00-W_土曜日氏_109

Last-modified: 2009-07-11 (土) 20:53:56
 

 ♪パパパパ パパパパ
  パパパパ ポペプイヤッフー

 

  朝から晩まで 大佐大佐
  デートに成功 ヤタヤタ
  大事な時には アラアラ
  パペプピペポパポ パトリロ!
  戦闘起これば活躍
  飛んでけジンクス爆発
  撃たれてやられて墜落
  パペプピペポパポ パトリロ!
  カティも考えつかないことを するから不死身
  スペシャルに たいしたもんだぜ パトリロ!♪
(原曲:パタ○ロ!

 

 特に捻りなし。
 美しさも不死身さもある意味罪で誰も殺せぬコーラサワー、と。

 
 

「ああ、天ぷらそば美味えなあ」
「ズルズル音を立ててそばをすするな、フランス人」

 

 プリベンターは平和だった。
 それはすなわち、世界的な大事件が起こっていないことと同義である。
 もちろん、色々な事件や問題は日々発生している。
 が、彼らが出張るレベルの出来事は、ここ数週間まったく無い。

 

「やっぱり関西風だな、おい」
「知るかよ」
「おっ、シャレか? 知ると汁にかけた」
「違う」
「ついでに言っておくと、さっきの俺のもシャレだぜ。かけそばだけにかけた、なんてな」
「……」

 

 パトリック・コーラサワーは最近ご機嫌ちゃん。
 無理もあるまい、愛しのカティ・マネキンとの結婚式を一週間後に控えているのだ。
 テンション上がらない方がおかしいてなもんである。

 

「そばにはやっぱりいなり寿司だよな、もしくは玉子丼」
「だから知るかっての」
「そばやうどんに飯モンてのは何もおかしくねえよな! な?」
「ああもう、とっとと式を挙げてハネムーンに行っちまえよ!」

 

 相手をするデュオ・マックスウェルとしても頭が痛い。
 いや、ずっとコーラサワー絡みでは頭痛しっぱなしなのだが、この数日間の『多幸感いっぱいオーラ』を全身から振り撒きまくっているコーラさんは特にキツい。
 単に浮ついているだけならいいのだが、同時にゴーイングマイウェイぶりもスパークリングで、話がとにかくすれ違いまくること甚だしい。

 

「このネギがまたたまらんぜー」
「……」

 

 デュオは大きく溜め息をついた。
 別にそばに罪は無いし、コーラサワーが悪いわけでもないのだが、当分そばを食べる気になれなくなってしまった彼だった。

 

   ◆   ◆   ◆

 

「ふいい」

 

 男は額の汗を手の甲で拭うと、仕事の手を止めた。
 仕事と言っても、別に金稼ぎや社会貢献が目的のものではない。
 単に自分の洗濯物の処理である。
 太陽キラキラ、カンカン照りの下で、彼は自分の靴下を、物干し場の洗濯ロープに吊るしているのだ。

 

「あちーな、今日は」

 

 洗濯済みの靴下は、まだ桶いっぱいに残っている。
 全部吊ったなら、物干し場は一面靴下の園になることだろう。

 

「ビール、ビールっと」

 

 一度男は、靴下を置いて部屋の中へと入った。
 そして冷蔵庫からキンキンに冷えた缶ビールを取り出し、片手で器用に開けると、ガブリと食いつくように口をつけ、ゴクゴクと一気に喉の奥へと琥珀色の液体を流し込む。

 

「ぷはー、うめぇ!」

 

 飲み干すと、ぐしゃりと缶を握り潰し、ポイと部屋の隅にあるごみ箱へと放り投げる。
 空になった缶は、見事な放物線を描きながら、ごみ箱に飛び込んでいく。

 

「ふーいぃぃ」

 

 男はご満悦といった感じに、口の端を上げて笑いながら、息をつく。

 

「あちぃ時はやっぱり冷えたビールだぜ」

 

 バリ島、ロヴィナ・ビーチのとある貸切型のリゾート・ハウス。
 彼はここ数カ月程、ここを借り切って住んでいる。
 せわしない社会を離れての魂の洗濯と言った感じだが、実際は金持ちの道楽と似たようなもんである。
 金と暇が無きゃ出来ないのだ、こんなこと。

 

「旦那さん、いるだかねえ」
「おう、何だ、じいさんじゃねーか」

 

 呼び鈴も鳴らさずにハウスに入ってきたのは、赤銅色の肌と灰色の髪と髭の、年老いた小男だった。
 彼はここの管理人で、ここ以外にもいくつか同じようなリゾート・ハウスを所有している。
 ほぼ年中彼のハウスは貸し出されており、それだけでも彼の収入は結構なものとなっている。

 

「ほれ、注文していたもんを持ってきただよ」
「おう、ありがとうよ」

 

 懐からチップ代のお札を一枚取り出すと、男は管理人にそれを渡し、荷物を受け取った。
 中身は当面の食糧で、彼の嗜好からか、肉類が多い。

 

「じいさん、どうだ? 今夜は一杯つきあわねーか?」
「いいだかね?」
「なあに、構わねえよ……っと、すまねえなじいさん、コレだ」

 

 彼は右手をあげると、指で『電話』のポーズを取り、ふざけたように舌を出した。
 そして部屋の奥の机に歩み寄ると、卓上ホルダーから携帯電話を取り上げ、通話をオンにする。

 

「……」

 

 ひそひそ声で遥か遠くに居るであろう人物と会話する男の背中を、管理人は見るだけで、何も言わないし、何も聞かない。
 それが彼が決めたルールだからだ。
 金を貰ってリゾート・ハウスを貸し、金を貰って生活に必要なものを調達する。
 関係はあくまでそこまでで、チップを貰ったり酒を奢ってもらったりはするが、客のプライベートには決して踏み込まない。
 長年リゾート・ハウスの貸し出しを仕事としてきて、それを破ったことは一度もない。
 もっとも、向こう側から勝手に喋ってきた例を除いて、だが。

 

「じいさん」
「ん?」

 

 携帯電話をパタンと畳むと、男は管理人へと振り返った。
 その顔を見て、管理人は目をひとつ瞬かせた。
 男の顔が、さっきまでとは違ったような印象を受けたからだ。
 細かくは言えないが、どこか、獣に近くなったような……

 

「すまねえが、酒の話はナシだ」
「そらぁ残念だ」
「酒だけじゃねえ、ここの契約も明日で切らせてもらう」
「ほぅえ?」
「急な仕事が入ったもんでよ」

 

 管理人はもう一つ、瞬きをした。
 そしてたまにあることだ、と思った。
 急ぎのホニャララを理由にして、貸し出しの契約を途中で打ち切る客は、今までにもそれなりにいたのだ。

 

「食いモンと酒はよ、残していくからじいさんの家族で処分してくんな」
「そらぁありがたいこったね」
「靴下だけは持って帰るから、後の荷物は捨てるなり何なりしてくれや」
「ほいよ」

 

 管理人としては喜ばしいことである。
 つまりは、全部自分のものにしてしまっていいのだから。
 古着屋や古物商に売るなり何なりすれば、少ないながらも小遣い稼ぎにはなる。

 

「そいでよ、悪ぃんだが」
「?」
「領収書、用意しておいてくんねえかな」
「あいよ、あいよ」

 

 首を二度、管理人は縦に振った。
 すでに目の前の髭面の男は、『過去の客』になりつつある。
 大きなトラブルもなく、金払いもよく、愛想も悪くなかった、いい客に。

 

「ええと、名前は……普通に書き込んでいいのかね、ゲイリー・ビアッジさんよぅ」
「ああ、構わねえよ」

 

 ニッ、と男は笑った。
 その笑顔に、管理人は再び獣っぽさを感じた。
 猛々しい虎ではない、剽悍な鷹でもない、冷酷な鮫でもない。
 どれか一つに例えるのは難しいが、とにかく獣っぽい、と彼は思った。
 そしてそれは、長くリゾート・ハウスを貸し出しでいる彼にとって、始めての感覚でもあった。

 

   ◆   ◆   ◆

 

「しかし、いよいよカウントダウンって感じがして興奮するぜ」
「カウントダウンって何だ、天国へのか、それとも地獄へのか」
「バーカ、結婚式に決まってるだろ!」
「わかってる、わかってるがわかってないフリをしたかった」
「素直じゃねえなあ、全く」
「……」

 

 コーラサワーはとにかく心も体もテッカテカのワックワク。
 ツッコミ役のデュオですらその幸せボケぶりに辟易しているのだから、他の面子は尚更である。
 中でも最大の“被害者”はサリィ・ポォであろう。
 適齢期ど真ん中な彼女はここ最近、コーラサワーに会うことすら避けている。
 口には出さないが、やっぱり焦りに似たものを感じてしまうらしい。

 

「ポニテ博士のMS(ミカンスーツ)ももうすぐ完成だし」
「……」
「まったくよ、楽しいことばっかりだな、おい!」
「……そうだな」

 

 コーラサワーが幸せになることは、別にデュオは嫌ではない。
 マイペースっぷりに加速がかかるのが嫌なのだ。
 ツッコミも何も通じやしないのだから。

 

「ああ、早く一週間経たねえかなあ」
「まったくだ」

 

 とっとと結婚式が終わって、とっとと二人がハネムーンに行きますように。
 そして出来れば、長く帰ってきませんように。
 帰ってくる頃には、興奮っぷりも少しは冷めていますように。
 そう祈らざるを得ないデュオ・マックスウェルなのだった。

 
 

 プリベンターとパトリック・コーラサワーの心の旅は続く―――

 

 

【あとがき】
 次回で二部終了、第三部までは間が空くかもしれませんコンバンハ。
 ラノベ風味もどうにかせんといかんわけで、あと絶対にシリアスになんかなりませんのでよろしくサヨウナラ。

 
 

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