人間は、生きていく為には、働いて代価を得なければならない。
何故かと言うと、そういう風に社会形態を発展させていったからだ。
生きていく為に必要なお金は、自らの労働で稼ぐ。
意にそまぬ仕事でも、やらねば食ってはいけないのが人の世なのだ。
無論、人間それぞれには色々と格差があるわけで、万人が額に汗水垂らして働かねばならないわけでもない。
一日寝て過ごしても暮らしに全く困らない人間もいれば、どれ程働きたいと望んでも、職そのものが身近にない人間だっている。
ある人物は仕事についてこう答えた。
「仕事なんてしたくない、自分の理想は無為徒食だ」と。
またある人物はこう答えた。
「自分の趣味が仕事に出来たらいいね」と。
学校を出て、社会に船を出し、職を探す(選ぶ、では決してない)。
自分が望んだ職業に就ける者の割合は、決して大きくはない。
多くの者は、朝起きて、溜め息を吐きつつ仕事先に足を動かす。
無論、楽しいことを仕事に出来れば、それはそれで言うべきことはない。
だが、働くということは、楽しいとかつまらないとかの問題では、結局ない。
労働階級の差だとか、ワーキングプアとか、雇用差別とか、そういうものも社会制度の問題で、人間が働くという行為から見れば、結局は末節に過ぎない。
人間は、人間であるが為に働く。
働くことによって得るのは、金や物だけではない。
自分は人間である、という証を手に入れるために、仕事をするのだ。
「ふぅん……もうちょっと、データの上積みが必要かな」
モニターが放つ青白い光を上半身に浴びながら、ビリー・カタギリは呟いた。
長身にポニーテール、身につけているのは作務衣の上に白衣、履いているのは健康サンダルと、外見はちょっと浮世離れしているものの、頭の奥にある脳味噌は天下の一級品である。
今の肩書はしがない市井の一研究者だが、その頭脳を欲しがる者は、企業だけでも両手両足の指、いや、千手観音の指でも足らないであろう。
「今のところ、一番エネルギー代替効率がいいのは、紀州有田の川田温州か」
化石燃料、原子力、太陽光、今あるエネルギーは、全て何らかの問題を抱えている。
彼の目下の研究テーマは、究極のエコ・エネルギーを開発することである。
そして現在、ミカンの皮を燃料にするエコ・ドライブを、完成間近までこぎつけているのであった。
「うーん、でもやっぱり、品種による効率の差を埋めていかないとなあ」
これを発表すれば、おそらく、いや間違いなく彼はノーベル賞を受賞出来るに違いない。
だが、その理論はともかく、現実問題として“画期的なエコ・ドライブ”として世に出すには、まだまだ色々と片づけなければならないことがある。
「ふわああ、休憩でもしようかな」
物理化学一般を修めている彼だが、本来の専門分野は、『メカ』になる。
彼の師匠はレイフ・エイフマンといい、『汎用的特殊形態機械のバランス制御、及び複数の関節部の可動制御』において、大きく貢献した人物である。
MS(モビルスーツ)の進歩を速めたとも言われ、一時はOZに強制的に身柄を拘束されそうになったこともある。
現在は隠棲して悠々自適の身だが、その世界的科学者の、第一の弟子にあたるのが、ビリー・カタギリということになる。
「えーっと、確かドーナツがまだ残ってたはずだけど……」
サンダルをパタパタと音たたせながら、ビリーはキッチンに向けて廊下を歩く。
彼の家は『研究所』と呼んで差し支えない程、様々な機器に満ち溢れ、広さも相当なものである。
自らも研究者のつもりで、特定の仕事には就いていない。
かつて開発した技術等を特許として持っており、その収入で暮らしている。
言ってみれば、日々の研究が彼の仕事である、ということになるだろうか。
「牛乳が古くなっちゃってるな、新しいのを買いに行かなきゃ」
趣味と仕事が一緒になっている研究者、という言葉を使うと、何だか他人を受け入れない偏屈者にも思えるが、彼はそれには当てはまらない。
人付き合いが広い方とはさすがに言えないものの、友人や知人はそれなりに多く、それらに会いに表へ出ることに何の抵抗も感じない。
身内に総合企業の大手『アロウズ』の会長、ホーマー・カタギリを叔父として持つが、こちらとは最近あまり繋がりがない。
以前はその能力を惜しんでか、アロウズに再三再四誘ってきたホーマーだったが、一年程前からはうるさく言わなくなってきている。
そんなホーマーに申し訳ないとは思いつつも、ビリーは今の生活を捨てる気はない。
人それぞれに生き方がある、というのが彼の考えである。
「牛乳と卵と……あと、お味噌も新しいのを買わないとなあ」
冷蔵庫をのぞきつつ、買いこまなければならない食材をチェックするビリー。
基本、彼は食べ物に関してはあまり頓着がない。
料理は出来るが、シェフ並の腕前というわけでもなく、レトルト食品や外食にも特に抵抗はない。
好きな物はドーナツで、これはちょくちょく専門店に買いに行っている。
また、先祖に日本人がいるためか、和食をどちらかというと好む傾向がある。
友人のグラハム・エーカーもまた日本カブレなので、彼が遊びに来た時などは、酒も料理も全てが和風づくしになる。
まあ、納豆にワサビとカラシをたっぷりかけ、その上から味噌汁をかけてさらにタクアンと一緒に鍋に放り込む、なんて食い方もするもんだから、本当に和風なのか何なのかワカランこともあるが。
「そうだなあ、せっかく買い物に行くのなら、プリベンター本部に寄っていこうかな」
彼に妻はいない。
意中の異性がいないわけでもなく、結婚願望もあるが、そちら方面には上手く立ち回れないのがビリー・カタギリという男だったりする。
また、一人暮らしであり、生活を助けてくれる家事手伝いの類の人間も雇ってはいない。
自らの研究を外部に漏らすわけにもいかない、という理由があるからだが、家電系は全てホーム・コンピューターで制御されているから、特に不自由をしているということはない。
まあ彼程の能力があれば、それこそ緑髪のドジっ娘とか、語尾に「~ロボ」をつけるようなメイドロボの一体でも作れそうだが。
「MSもはやいところ、彼らに渡してあげなくちゃね」
MS、すなわちミカンスーツ。
彼が開発したミカンエンジンを搭載した、人が乗り込んで操縦する大型ロボット。
プロトタイプ“ネーブルバレンシア”から、今度はプリベンターのメンバー個人個人に合わせた、所謂専用機を作り上げた。
本体そのものは完成はしたとはいえ、こちらもまだまだ発展途上、未だプリベンターに渡すには至っていない。
とはいえ、近日中には、プリベンターの新しい戦力として、世界の裏から平和を守ることになるであろう。
「それにしてもグラハム、どこに行っちゃったのかなあ」
親友、グラハム・エーカーは最近全く姿をビリーのところに見せていない。
最後に会った時、「自らを厳しく鍛え直す!」と言っていたので、おそらく修行に出たのだろう、とはビリーも推測出来るのだが、どこで何をどう修行しているかまでは、さっぱり見当がついていない。
付き合いもそれなりに長く、グラハムの性格ややり方もよく知っているので、心配こそしていないが、それでもやっぱり気にはなる。
「さて、それじゃ行こうかな……ええと、車のキーはどこにやったっけ」
車庫へと向かいながら、ビリーは白衣のポケットを探った。
車庫には数台、車があるが、どれも高級車とは言い難い。
街の道路にいくらでも見かける普通車ばかりであり、彼による魔改造も受けていない。
一般の道路を走るにあたって、過度の改造は違法になるのだ。
さすがに、その辺りは心得ている彼である。
「ああ、あったあった」
が、しかし。
この車庫の下にある、地下の倉庫には。
「さて、それじゃあ行くとしようかねえ」
彼の能力の限りを尽くて作り上げた、魔改造どころではないMSたちが、眠っている。
目覚めの時を、近くに感じながら。
プリベンターとパトリック・コーラサワーの出番はもうすぐ―――
【あとがき】
コンバンハ。
連休中も仕事があるのでたまりまサヨウナラ。
誤字脱字がありましたら申し訳ありません。