「くそぉ、何で俺がこんな目にあわなきゃなんねーんだよ」
白いシーツ、白いかけ布団、白い壁、そして頭に巻かれた白い包帯。
パトリック・コーラサワーはまたしても――病院にいた。
事の次第はもう説明する必要もないかと思うが、まぁそこを敢えて簡単に述べると、最近ぜーんぜん出番がないことにコーラサワーの精神がちょっと焼き切れてしまったため、デュオがちょいと手を打って喝を入れてやった。
その際、生理二日目で寄らば噛みつくキングコブラ状態だったヒルデをたきつけてドカチンハンマーで側頭部をしこたま殴らせ、結果、コーラサワーはまたしても病院にカムバックすることになってしまったわけだ。
しかしそこはさすがは自称スペシャル模擬戦二千回無敗超エースなだけあって、たんこぶと少量の出血、そして脳震盪だけで済んだのだから、もう人外の域にある打たれ強さをと言っていい。
一応大事をとって、精密検査を含めて数日入院することにしたのだが、ぶったたかれた翌日にはもうこの通りピンスコピンとしていたりなんかする。
デュオの当初の目的も達成されたようで、鬱っぽい症状も何とか吹っ飛んだようではある。
「あんのクソアマ、退院したらギャフンと言わせてやるかんな、覚えてやがれ」
口では偉そうなことをぬかしているが、一応元軍人として、女子供に上げる拳は彼は持っていない。
先日幼稚園の子供と一悶着起こしたが、まぁあれは目線が同じであるからして、粗暴行為と言うより子犬のじゃれあみたいなもので。
「……コーラサワーさん、検温の時間です」
ブツクサ文句を口にするコーラサワーだが、そこにドアを開けて看護婦が一人部屋に入ってきた。
「ようねーちゃん、久し振りだな」
「二度と会いたくありませんでしたけど……」
前回の入院時、コーラサワーの暴走によってさんざんひどい目にあったあの新人看護婦さんである。
あわれ、まだ“コーラサワー番”は彼女の役目らしい。
未来豊かな若者をこのような問題人間にぶつけるとはなんともえげつない病院だが、ぶっちゃけ彼女は防波堤なのだろう。
彼女ひとりが不幸を背負えば、そこでコーラサワーという大波は堰きとめられ、そこから他には被害がいかないという寸法だ。
ここのナース長か院長、人間としては冷酷だが、経営者としては有能なのかもしれない。
「おいねーちゃん、コーヒー持ってきてくれ」
「私はカフェのウエイトレスじゃありませんけど……」
「かたいこと言うなよ、病人の面倒見るのが看護婦の仕事だろ」
「どう見てもコーラサワーさんは病人に見えません」
この看護婦、なかなか言うようになっている。
もしかしたらこの間に彼女の中で意識改革が行われたのかもしれない。
だが、たかが二十歳を越えるか越えないかのねーちゃんが模擬戦を十年間も繰り返してきた男に勝てるはずもなく。
「うるせーやつだな、じゃあよ、舟券買ってきてくれ。今日住之江でデカいレースがあんだよ」
「……うっ、ううううっ」
「ううう、じゃねーよ。今から買い目言うからメモしろよ」
「いやあ、ああああああもういやああああああああああああ」
くるりと反転し、脱兎の如くコーラサワーから逃げだす看護婦。
可哀想だが、これもまた神が彼女に与えた試練であろう。多分。
「……」
走り去る看護婦の背中を、ヒルデ・シュバイカーは壁にもたれながら黙って見送った。
つきのものも終わり、多少心が落ち着いた彼女はいささかの罪悪感にかられて見舞いに来ていたのだ。
しかし、看護婦とコーラサワーのやりとりをドア越しに耳にし、その中に飛び込むのをやめた。
そして、見舞いの品の温泉まんじゅうをパクつきながら思った。
バカは死ななきゃ治らない、今度はデュオに日本刀を用意してもらおう、と。
【あとがき】
週の中日にコンバンワ。
いつかコーラサワーの真面目でまともな活躍を見たいですなと遠い目をしながら思いつつサヨウナラ。