青い芝生、咲き誇る花。
白いあずまやに細かい装飾が彫られたテーブルとチェア、調度を損なわない程度に穏やかに吹きあげる噴水。
どっからどーみてもブルジョアなお家のお庭だが、ただ一点異常……というかおかしい物がそこにある。
庭の丁度ど真ん中にポツンと象、じゃない像が立っているのだが、それが何と純金製のキ○ーピーちゃん。
しかもただのキュー○ーちゃんではなく、まるでミ○ランジェロのダビデ像の如く肉感的であり、憂いに満ちた表情の○ューピーちゃんである。
さらにそのリアルキ○ーピーちゃんを囲むように、これまた純金製のアッグ、アッガイ、アッグガイ、ジュアッグ、ゾゴックが立ち並んでいる。
さて、こんなイカれた、もといイカしたセンス抜群のこのお屋敷の所有者はと言うと。
「ようこそリリーナ様、我がお茶会へ」
「お久し振りね、ドロシー」
はい、皆さまご存じ、黒い分裂眉毛と金髪ロン毛が特徴のお譲様。
あのドロシー=カタロニアさんです、はい。
* * *
「どうぞお召し上がりになって、《ニホン》は《シズオカ》から取り寄せた一級の茶葉ですわ」
「ありがとう」
招待主のドロシーはロームフェラ財団の幹部であったデルマイユ公爵の孫で、客のリリーナはサンクキングダムのお姫様。
ともにどっから見ても正真正銘の令嬢で、こういった二人にあうお茶はまぁ紅茶と相場が決まっているのだが、ところがぎっちょん、ここで二人が飲んでるのは何故か緑茶だったり。
しかもお茶うけが駄菓子のカレー煎餅と来た日にゃあ、いったいどこの中年奥さまのおやつタイムだと小一時間突っ込みたくなる。
こんなものを用意してリリーナを招待するドロシーもドロシーだが、はてさて、平気な顔で煎餅をパクついているリリーナもリリーナだと言えようか。
まぁ見方によっちゃあお高くとまってないので、親しみ易いと思えないこともない、かもしれない。
「ところでドロシー」
「何でしょう、リリーナ様」
「先日小耳にはさんだのですけれど、貴女、プリベンターに出資しているというのは本当?」
リリーナはドロシーを真っ直ぐ見つめている。
その瞳は清らかだが、どこか不安の雲もかかっている。
理想主義に漬かり過ぎだという批判を受けることの多い彼女だが、基本は素で優しい一人の女の子。
親友のドロシーがまた火遊びを始めたのかという疑念もあるし、何よりプリベンターにはヒイロ=ユイがいる。
物事というのはどこで転がり始めるかわからない、どうしても心にひっかかってしまうリリーナなのだった。
「ふふ、そうですわね……」
即答はせず、ドロシーは右手の人差し指で茶器を弾く。
これが薄いティーカップなら、さぞかしチーンと雰囲気のある音がしたのだろうが、残念、彼女が手にしているのは寿司屋にありそうなくらいにごっつい湯呑みである。
ま、一応有名な陶芸家が作った逸品ではあるのだが。
「その通りですわ、リリーナ様」
「どうしてそんなことを……」
リリーナの目指すところは完全平和主義。
人と人とが傷つけあうことなく、対話によって問題解決を図る穏やかな世界が彼女の望むもの。
無論、それが簡単に実現出来るとは思ってはいない。
人が感情の生き物である以上、必ずすれ違いと諍いが起こるからだ。
だがそれでも、彼女は振り続けるつもりでいる、理想の旗を。
そしてその一方で、そこに至るまでの道のりにどうしても欠かざるべきものとしての、プリベンターという存在も容認している。
一見矛盾しているようにも思えるが、世界政府の中枢に関わる者として、現実と向き合わねばならないという厳しい事情がある。
紛争を未然に防ぐために、世界に未だ残る武器の爪痕を無くすために、プリベンターはどうしても必要なのだ。
「決まっていますわ、リリーナ様もおわかりのように、プリベンターには戦うための手段が必要ですの」
「戦う……」
「人類は未成熟な生物ですわ、リリーナ様」
もちろん、ドロシーもリリーナの想いを十分に理解している。
しかし、彼女はリリーナ程の覚悟はない。
見方を変えれば、現場主義なのだ、ドロシー=カタロニアという人間は。
いかに完全平和主義が崇高なものであるとは言え、それを快く思わない者は大勢いる。
いらぬ火種を撒こうとする連中もまだまだたくさんいる。
ならば、どうしてもそれに対応するべき存在が必要となってくる。
ドロシーとしては、どこまでもリリーナには気高くあって欲しい、輝ける存在であって欲しい。
場合によってはリリーナに代わって汚れ役をひっかぶるつもりでもいる。
だからこそ彼女はプリベンターを支援する。
リリーナとその理想を守るために。
「……争いを止めるプリベンターが、争いを生む組織になってしまうかもしれないのですよ」
「リリーナ様、それは違いますわ」
「え?」
「彼らは、彼女らはそれ程弱い人間ではありませんことよ」
ドロシーは急須から新たなお茶を湯呑みに注いだ。
自分の分と、リリーナの分を。
「リリーナ様、もう少しプリベンターを信じておあげになったらどうかしら?」
「信じる……?」
「ええ、レディ・アンなら決して間違った方向にプリベンターと世界を持っていきませんわ」
「……」
「だからこそ、有事のために準備をするのです。それが無用になってくれればと祈りつつも、ね」
覚悟という面では、確かにリリーナの方がドロシーよりも上かもしれない。
しかし、プリベンターという組織の在り方については、ドロシーの方が現時点では理解度が高いと言えた。
ちゅうか、心配症に過ぎるところもあるのだ、リリーナに。
「リリーナ様はヒイロ=ユイを信じていらっしゃるのでしょう?」
「え?」
「ならば、彼と共にある者たちもまた、信じるに足るのではないかしら」
そこで語りを止めると、ドロシーはずずずと緑茶をすすった。
さすがに良家の子女か、湯呑みで緑茶でも相当サマになっているのが素晴らしいというか何というか。
「そう……ですわね」
リリーナは視線を、自分の手元の湯呑みに落とした。
そして気づいた、先程ドロシーが淹れてくれたお茶、そこに茶柱が一本立っているのを。
「ヒイロ……」
リリーナも、緑茶をすすった。
一人の少年の姿を、頭に思い描きながら。
* * *
「うわあああああああああ、何しやがるちんちくりん! 俺が、俺の股間がああああ!」
さて、所変わってプリベンターの『カタギリ謹製・悪人とっ捕まえ武器』の試験場。
テストが始まってからかれこれ三十分は経過しているが、もう最初からパトリック=コーラサワーさんの絶叫大会の場と化している。
「カトル、次のターゲットを」
「りょ、了解」
ぽちっとな、とカトルが手元のスイッチを押すと、うぃぃいんと巨大なコーラサワー看板がヒイロの乗るMS(ミカンスーツだってヴぁ)の前に出現。
かれこれ何枚目の『的』なのか、用意したサリィ=ポォも、ペイント弾を撃ってるヒイロも、叫びまくっているコーラさんも覚えてない。
「目標確認……」
「なあああ、こらちんちくりん! ヒイロ! さっきからてめぇ、股ぐらばっかり狙いやがって!」
「当たり前だ、急所だ」
「あれは一応MS(これはモビルスーツ)の代わりなんだろ! なら急所っておかしいじゃねーか!」
「……」
「無視かてめー! バーロー!」
そう、テストの初っ端はペイント弾。
そして担当がヒイロになったわけだが、この男、ひたすら看板コーラの股間ばっかり狙って撃っている。
ペイントのカラーは白から青から赤からたくさんあるわけだが、もうそれがために看板コーラ、悲惨な状態になりまくり。
看板の図柄がなまじカッコつけたポーズだけに、とことん笑いを誘う結果になっている。
デュオとヒルデはずっと腹筋崩壊しているし(だからターゲットのスイッチ担当がカトルになった)、
アラスカ野ことジョシュアは笑い過ぎて呼吸困難に陥り、救急車で病院に運ばれていった。
トロワと五飛、グラハムは大声で笑ってはいないものの、口の端が微妙に歪んでいることから、爆笑をこらえているのは一目瞭然。
サリィとカトルだけが困ったような顔でテストに従事しているが、これは二人の生真面目さがおかしさ探知回路を無理矢理封じ込めているためであろう。
「ぐわあああああ、また、また俺の股間がぁぁぁぁあ」
「……射出の精度は問題ないようだ」
ヒイロ、澄まし顔。
十何発も看板コーラを恥ずかしい目に合わせてこの態度、茶目っ気を通りこして何だか結構意地悪な境地に入ってきている。
ま、彼はもともと明るい子らしいですし、某ドクターの話では。
「よし、次だカトル」
「も、もう勘弁してくれぇぇぇえ」
半泣きのコーラさんを余所に、ポリポリと頬を掻きながらカトルはまたスイッチを押して新たに立てるのだった。
茶柱ではなく、看板コーラを。
プリベンターとパトリック=コーラサワーの心の旅は続く―――
【あとがき】
もう残業は勘弁してほしいコンバンハ。
ちょっとリリーナとドロシーのパートが長くなり過ぎたので反省サヨウナラ。