「おい、カレー作ろうぜ」
「何をまた急に言い出すんだこの男は」
今日も今日とて出動のないプリベンター。
そんな平和なプリベンターだが、事件がまったくないわけではない。
事件と言っても外ではなく内で、そいで大抵その手の騒動はパトリック=コーラサワーが原因となることが多い。
で、今回もまた例外ではなくそうなのだった。
* * *
「いや、親戚から野菜を大量に送ってきてよ、俺一人じゃ処理できねーんだ」
「ほほう」
「ほったらかして腐らせるのはもったいねーだろ、だからお前らにもわけてやろうと思ってな」
この時代、ほとんどの野菜はバイオテクノロジーの発達によっていつの季節でも収穫できる。
コーラサワーの話によれば、遠い親戚の一人が大きな農場経営をスタートさせ、かなりの収益を上げたとのこと。
それで大盤振る舞いする気になったのか、はたまた余った野菜の処理に困ったのか、縁故を頼ってかなりの範囲に野菜を送りつけたという次第らしい。
「正味の話、十代くらい前まで遡らないと繋がらないくらい遠い親戚なんだけどな」
「もう完全に他人じゃないかよ」
「俺も生まれてこの方、一度も会ったことがない」
でもくれるというものを断るわけにもいかねーだろ、とコーラサワーは前髪をかきあげつつ言う。
タダより高いものはナントカという格言もあることはあるが、モノが食べ物だけに確かに無碍に拒否することもできないところではあるだろう。
「で、配るだけだと何なんで、ほれ、ジャガイモやら人参やらあるからいっそカレーでも、とだな」
カレーには多種多様な具を使うが、この時代もっとも一般的なのは所謂『日本風カレー』である。
カレーという料理そのものは18世紀にイギリスでその原型が作られて今日に至るが、カレー粉と小麦粉を炒めてカレールウをこしらえ、そこに肉と野菜を入れ、炊いたご飯にかけて食べるというのが日本で発達したカレー、すなわちカレーライスというわけだ。
料理・食事の手間、そして栄養補給の面でもお手軽であり、文化が世界的に流動した今では、ほぼカレーのフォーマットはこれに統一されている。
「カレーライスねえ」
「でもおいしいですよね、せっかくですから作りましょうよ」
「昼食をそれで賄うか」
「よし、礼は言わないがうけとってやる、ありがたく思え」
上から順にデュオ、カトル、トロワ、五飛の発言。
ヒイロは無言だが、これは別に特に言うべきことがなかったからであろう。
サリィとヒルデも黙ったままで、これもまたヒイロと同じ理由からかもしれない。
「そう言えば、軍隊でもカレーは食事として出るんじゃないのか?」
コーラサワーが持ってきたダンボールの中からじゃがいもを一つ取り出すと、コーラサワー、グラハム、アラスカ野ことジョシュアに向かって質問するデュオ。
かつてどこぞの国の軍隊では洋上などで日月の経過をお知らせする意味も込めて、土曜(もしくは金曜)に必ずカレーを食事として出していた……というマメ知識を思い出したのだ。
「あったな」
「うむ」
「アラスカ基地にも名物カレーがあった」
「何時だったか、演習で行った時に食べたリヨン空軍基地のカレーは絶品だったな」
「MSWAD本部の食堂のカレーは有名だった、ユニオンの中でも評判になっていたぐらいだ」
「アラスカ基地のサーモンカレーも負けちゃいませんよ。後ろから撃たれる美味さ」
軍隊時代を思い出し、思わず感慨に耽る三人。
普段はバカでバカしてバカポーンな面々だが、
これでも一応かつてはそれぞれに所属していた軍隊でエースを張っていたのだ。
まったくそう見えないのは、これはおそらく人徳という奴であろう、多分。
「ま、カレールウも市販のやつ持ってきたからそれで普通に作るとしようぜ」
「そうだな」
普通のカレー、つまり角に切った牛肉と、人参、タマネギ、じゃがいもを具として使うカレー。
余計なものを放りこむより、失敗もなく無難に作れて食べることが出来るだろう。
やれスパイスがどーのとかトッピングがどーのと多人数で作って料理が成功する試しがない。
いや、出来ないわけではないが、七割の確率で不満足な味になることは間違いない。
Aという人物が美味いと思っているものを、Bも必ず美味いと思うかと言ったらそうじゃないのだ。
皆でワイワイ作る時は平均レベルになるように目新しい試みは避けるべし。
特にここには個性的な性格の人間が揃っているわけで、
それぞれに主張しはじめたら闇鍋も真っ青なカレーが出来てしまうだろう。
「よし、それじゃ頼むわ、オデコ姉ちゃんズ」
「オデコ姉ちゃん言わないで」
オデコ姉ちゃんズ、それすなわちサリィ=ポォとヒルデ=シュバイカーのこと。
ちなみにここに五飛を加えるとオデコトリオ(コーラサワー命名)になるが、もちろんのこと正式に結成されたチームではないのであしからず。
コーラサワーが勝手に言ってるだけなので。
「こういうのは言い出しっぺが作るもんじゃないの?」
ぶつくさ言いながら、サリィはダンボールの中を覗きこむ。
男女同権のこの時代、厨房に立つのは女性という風潮は消えて久しい。
だが、やはりこういう時は自然と女性が料理を作る役になるから不思議である。
いや、そりゃ俺が作るという包丁上手な男性もいるだろうし、女性がいなけりゃどうあがいても男が作るしかないわけだが。
「男の料理だ!」とわけのわからん気合いを込めて、むさい男同士で鍋やら皿やらを用意する時の虚しさというのは体験した者でなければわかるまい。
話が逸れた。
で、カレーである。
結局、サリィとヒルデ、そしてお手伝いとしてカトルとデュオがキッチンに入ることになった。
ま、これも無難な面子選択っちゃ選択。
ヒイロや五飛もまったく料理が出来ないわけではないだろうが、手伝いとしては明らかに不適であろう。
「思い出すぜ、タクラマカンで大佐と一緒に食べたドクダミカレー」
「あれはいつだったか、カタギリが『即席カレーメーカー』を発明したことがあった」
「あー、サーモンカレー、もう一度食べたいなあ」
引き続き思い出に浸るバカ三人。
せめてテーブルでも拭けよ。
「おーいオデコの姉ちゃんズ、俺のカレー、よそる時に大盛りにしてくれよ!」
「だからオデコの姉ちゃん言わないで」
「ヒルデ、その肉を炒めたフライパンを投げつけてやれ」
「ダメですよデュオ、まだ使うんですから。それよりお米といで下さい」
「……いいわよ、大盛りにしてやるわよ」
何となく、楽しくない雰囲気でカレーを作るキッチンの四人なのだった。
* * *
そして。
『超激辛カレー用スパイス』を大盛りにされたコーラサワーが、口から火を吹きながら議事堂内を走り回るのは、これより30分程後のことになる。
プリベンターとパトリック=カレーサワーふんがくっくコーラサワーの心の旅は続く―――
【あとがき】
コンバンハ。
給料あげろコンチクサヨウナラ。