凶悪犯が護送中の車両から脱走、現在も逃走を続けている――
数刻前にそんな一方がもたらされてから、現在はほとんどのメディアが総力を上げて、この事件の経過を追い続けていた。
それだけならばあくまで警察の管轄で終わっていたはずだが、この事件にプリベンターも係わらざるを得ない状況となっている。
というのも、逃走中の凶悪犯がよりによってビリー=カタギリの所有するみかん農園を襲撃、そしてあろうことか敷地内に併設されていた研究所から試作中のMS(ミカンスーツ)新型機を強奪したのである。
MS(ミカンスーツ)まで絡んできてしまった以上、プリベンターは立場上黙視していられない。
警察と連携を取りながら、凶悪犯の捕獲とMS(ミカンスーツ)の奪還を速やかに達成する必要があった。
「すまないね。協力するつもりが、却って君たちに迷惑をかけることになってしまって」
「君が悪いわけではない、気にするな」
申し訳なさそうに頭を下げるカタギリに、友人のグラハムが答える。
その口振りだけ聞けばいかにも逞しく頼れそうな印象であるのに、現実はそうもいかないから不思議である。
「ところでその試作中の新型機だが、今のとどう違うんだ?」
「よく訊いてくれた。君たちが今所有しているのは“MK-01・ネーブルバレンシア”、対して新型は“MK-02・ウンシュウ(温州)”。01との変更点は、操縦者のヘルメットに特殊なパイプを繋ぐことにより、コックピットにいながらにしてみかんジュースを飲めるようになったことさ」
「……それだけか?」
「それだけだよ?」
「……すまん、訊いた私が悪かった」
流石のグラハムでも、ビリーの天然振りには適わなかった。
話を戻そう。
プリベンターの急務は、とにかく逃亡犯を捕らえること、これ一点だ。
簡単なようだが、相手も武力を得てしまった以上、油断はできない。
万が一にも相手にMSで市街地を暴れまわられたら被害は甚大である。
そこでプリベンターたちが採った選択は、囮を使って人気のない所へ誘き寄せ、一斉に取り囲んで捉えるというものだった。
サリィの判断によって、誘導地点はアラスカの雪原、囮役はコーラサワーと決定された。
ジョシュアにとってアラスカはホームグラウンドであるから、囮役は自分に任せてほしいと申し出たのだが、サリィ曰く、「囮役には、『まず死なない』と安心できる人間の方がいいのよ」との理由であった。
コーラサワーの不死身ぶりはもはやお墨付きである。
「不死身が選抜理由って理不尽じゃね?」
ジョシュアのツッコミはもっとも。だが現実的にも意外と重要な利点だったりする。
そんなわけで、ようやく実際の任務で初めてMS(ミカンスーツ)が運用されることになったのだった。
* * *
『こちらプリベンター・バカ。目標はうまいこと引っかかってくれたぜ。フェイズ2に移行する!』
「こちらプリベンター・ドラゴン。了解した、問題がなければそのままフェイズ3まで続行しろ」
コーラサワーからの通信を五飛が受け取る。
作戦を簡単に言えばこうだ。
まずコーラサワーがMS(ミカンスーツ)で逃亡犯の眼前を動き回って注目を集め、相手が食いついてきたら応戦しつつ移動開始、アラスカへと誘導する。
目的地に到着したら、グラハム機、ジョシュア機と共に三方から取り囲んで確保という流れである。
念のためヒイロとトロワも予備戦力としてMS(ミカンスーツ)に乗り別ルートからアラスカを目指しており、デュオ、カトル、五飛は輸送機で3バカの後を追うように飛んでいた。
警察との連携のためサリィとヒルデが本部に残ったので、本日の現場指揮官は五飛である。
それにしても、無駄にハイテンションなのは相変わらずなものの、今日のコーラサワーはやけに殊勝だった。
余計な口答えはせず、命令無視の勝手な振る舞いもせず、五飛の指示どおりやるべきことを無難にこなしている。
もともとコーラサワーは性格に問題はあれど軍人としては優秀であったため不思議ではないのだが、これまでの傍若無人な振る舞いの数々を目の当たりにしてきた彼らにとっては意外な思いである。
今日に限ってコーラサワーが大人しい理由、それは五飛の格好にあった。
現在の彼の服装は、横流し品から入手したAEUの軍服と軍帽、そして眼鏡。
なぜこんな格好をしているかというと、実はコーラサワー直々の頼みである。
「AEUの軍服着て眼鏡かけた状態で高圧的に命令してくれたら頑張れる気がする」
つまりはカティ=マネキン元AEU軍大佐を髣髴とさせる装いなのであった。
五飛としては断りたい気持ちであったのだが、彼は実際やや近視であるので眼鏡をかけることには抵抗はないし、他の面々からもその提案に支持があったから、作戦をスムーズに進めるためならば仕方がない、と五飛は不承不承ながら引き受けたのだが、わざわざコーラサワーなんぞのためにこんな真似をしてやっているという事実がどうにも腰を落ち着かせない。
よくよく考えれば義理立てする必要などないはずなのだ。
従う道理などあるまい。
そう思って軍帽を脱ぎ眼鏡を外そうと手をかけた瞬間、画面の向こうでコーラサワーが絶叫した。
『眼鏡外すのダメーッ!』
「す、すまん」
驚きで肩が跳ね、反射的に謝ってしまう。
咄嗟に我に帰るものの、自分がコーラサワー如きに謝罪してしまったという事実は最早覆せるものではなかった。
デュオにもカトルにもしっかり聞かれているし。
五飛は悲嘆に暮れた。
「この俺があんな奴なんぞに押し負けるとは……ナタク、俺を叱ってくれ」
「ちょ、しっかりしろよ指揮官、この程度で沈んでてどうすんだよ!」
「そうですよ、似合ってるしいいじゃないですかたまには。こんなことで君の誇りは傷つきやしないよ」
しかしこうして二人に慰められることも、彼の誇りを叩きのめす要因となるのだった。
そちらはさておいて、コーラサワーである。
恐ろしいほど順調に事は運び、無事アラスカの雪原へと降り立った。
MS(ミカンスーツ)に乗った逃亡犯もすぐ側へと降り立ち、間を置かずコーラサワー機へと突進をかけてくる。
「おぉっと!」
そこはエースと称されるコーラサワー、ひらりと難なく躱す。
遅れてグラハム機とジョシュア機も到着し、逃亡犯の機体を中点に三角形となる配置についた。
彼らの目的は、相手の隙をついて三方から一気に襲い掛かる、通称トライアングルアタックだ。
某ペガサス三姉妹から脈々と受け継がれるこの必殺技は、三人の息が合わないと成立しない。
まったく気が合わないように思えるこの三人、けれど彼らは成功を信じて疑わなかった。
コーラサワーもグラハムもジョシュアも、性格はまったく違えど共通する素質がある。
即ち。
「大佐のキッスは頂きだぁ!」
「抱きしめたいなぁ、ウンシュウ!」
「いつまでも自分だけのものと思って!」
三人ともバカであるということ。
奇襲だというのにわざわざ声を張り上げて相手にタイミングを知らせるような愚かさが、却って彼らの気持ちを一つにしていた。
操縦技術だけはずば抜けて優秀な三人は、MS(ミカンスーツ)の性能ぎりぎりまで出力を上げて驚くべき運動性を
見せ、一息に間合いを詰め逃亡犯の機体へと肉薄する。
三人も、輸送機から様子を見守っていた五飛たちも、誰もがほぼ作戦の成功を信じた、その瞬間。
なんと相手は、自身が傷つくのも躊躇わずその場で爆弾を爆発させたのである。
「へっ? んなぁー!」
爆風の煽りを受けて機体が後ろへ倒れた。
思ったより威力は低かったようで双方とも損傷は少ないが、それにしてもとんでもない反撃方法である。
頭のネジの飛びっぷりはコーラサワー以上かもしれない。
そしてそれは事実であった。
「あん、通信?」
機体を起こしながら、モニタに映った逃亡犯と思しき姿を確認する。
ぼさぼさの金髪に荒んだ目をした、まだ年若い少年だった。
相手からの通信を受信したのはコーラサワーだけではない。
グラハムもジョシュアも、輸送機の五飛たちもである。
彼はいったい何の目的で通信してきたのか。相手が言葉を発するのを固唾を飲んで見守る。
しばしの空白の後、ようやく少年が口を開いた。
通信機を通して音割れしたその言葉は――
『あげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃげゃ!』
いかにも狂気じみたその声を聞いて、輸送機の三人は眩暈を感じた。
頭痛を堪えるように額に手を置いて、五飛が憎々しげに呟く。
「馬鹿が増えた……!」
バカとバカは惹かれ合うのか。
そう思うと疲れで一気に肩が重くなった気がした。
(多分続く)
【あとがき】
ご無沙汰しておりました皆様ご機嫌麗しゅう。
今回はここまでしか書けなかったので、続きは出来上がり次第投下します。
他の職人さんと世界観を共有するか否かという話に関してですが、私にとっては土曜日さんが土台を築き、水曜日さんや不定期さんが話を膨らませてスレ住人の皆さんが広げていった世界観を気に入って乗っからせてもらったクチなので、私個人のオリジナル路線に走る事は出来そうにありません。
なので、これからも共有の世界観で書かせてもらいます。
他の職人さんには迷惑をかけるかも知れませんが、これからも面白い設定があったらどんどんパクッ……げふんげふん、参考にしていきたいと思ってます。
もしかしたら名無しさんがポロリと零した設定も拾う可能性もあるかも。
即ち……他人のネタをも逃がさぬ模倣人の超←重↓力↑
それでは。