ラッセ=アイオンは困り果てていた。
というのも、先ほど預かった荷物の中で、処理に困るものがあったからだ。
そもそも、この荷物を預かった時点で既におかしかったのだ。
「どうも、マイスター運送です。本日の荷物をお預かり致します」
プリベンター本部へ赴いた彼がお決まりの口上を述べると、そこの職員であるらしい中華系の少年が、奇妙で不適な笑みを浮かべて指差したものが件の荷物だった。
その、人一人が余裕で納まりそうな大きめの段ボール箱は、中に何を入れてあるのやら、激しく振動しているのだ。
しかも中からは呻き声らしきものが聞こえてくる。
何が入っているのか訊きたいような訊きたくないような、
とにかく不安を煽る要素がこの時点であまりにも多すぎた。
その上、伝票は差出人無記名なばかりか、送り先には『どこか適当に』などといい加減なことが書かれている。
「あの、これは……」
「む、暴れていては運びにくいか? すまんな、すぐに黙らせる」
ラッセが訊ねたのは動いていることに対してではなかったのだが(もちろんそれも気になるが)、黒髪の少年は人の疑問を勝手に解釈したらしく、その場にいた仲間に「おい、誰かこいつを黙らせろ」とのたまった。
しかし彼の仲間たちも顔を見合わせるだけで、具体的に動こうとするものはいない。
それどころか、皆揃って困惑の表情を浮かべている。
「なあ、五飛。いくらなんでもこれは人道に悖るんじゃねえのかなぁ?」
長い髪をお下げにした少年がチャイナ少年を恐る恐る諌めるが、彼は気に介した様子もなく、逆にお下げの少年を説得にかかった。
「いいか、よく考えろ。今が決断の時なんだぞ。ここでこいつを流して恒久的な平和を得るか、こいつに同情してこれまで通り俺達が耐え忍ぶ道を歩み続けるか。 お前がどちらを選ぼうと責めはせんが、未来のことを考えればどちらが良い選択かは自明の理だと思うがな」
「うっ……」
お下げの少年は迷う素振りを見せた。
秤にかけて大きく揺らぐ程度には、どうやら箱の中身を彼らも持て余しているらしい。
傍で見ているだけのラッセでもその程度の事情は読み取れた。
といって、彼らの事情をこちらが酌んでやる必要はないわけだが。
こんな得体の知れない、しかも荷主が責任を負う気のない荷物など受け取れるわけがない。
いくらサービス業といっても譲れない線はあるのだ。
「お客さん、いくらなんでもこれはうちじゃあ受け取れません。何を企んでるのか聞く気はありませんが、うちは便利屋じゃないんですぜ」
「そんなことを仰らず。もちろん、労力に見合うだけのお礼は致します」
奥から更に別の少年が現れた。金に近い色の髪に色白の肌の、アラブ系の少年だ。
同じアラブ系でもうちの刹那とは随分違うな、と思考が横滑りしてしまうのは、目の前の現実から逃れたがっている証拠である。
けれどもやはり現実はラッセを捉えて離さない。
「まずは前払いということで……どうかお納めください」
アラブ少年は言うや否や、ラッセの手を取ってそっと札束を握らせたのだった。
子供の癖になんとえげつない手段を使うのかと呆れるより先に頭が真っ白になった。
「……。…………。………………。……………………な、何言ってんですお客さん! つうか、いいか坊主。子供が大人をからかうんじゃない!」
我に帰ると業務用の態度をかなぐり捨て、説教モードへと移ろうとしていた。
が、柳に風というように、カトルは涼しい顔で聞き流す。
「安心してください、そちらのスメラギ主任には既に話を通してあります」
「なっ!? ぬ、ぐぅ……なんて用意周到な」
ラッセは言葉を失う。
にこにこと笑うアラブ少年に、パッと見アレルヤに似た長い前髪の少年が問いかけた。
「おいカトル、それは本当か?」
「ええ、もちろん。快く承諾してくださいましたよ」
「そうか。ならば、俺も腹を括るとしよう」
前髪少年は言うなり、ガタガタ揺れまくる段ボール箱に向かって吹き矢を吹いた。
矢は箱を貫通して内部に突き刺さり、中身の何かが悲痛な呻き声を盛大に発して、それから急に沈黙した。
「トロワ、今のは何だい?」
「サーカスの備品から拝借して来た眠り薬だ。象でも三日は起きない」
「そ、そう、凄いね……」
カトルが心持ち引き気味になった。
トロワ=バートンという男、一度腹を括ってしまえば意外とやることが大胆である。
「……というわけだ。これでこいつを心置きなく引き取ってくれ」
チャイナ少年の強い視線を当てられ、ラッセはもはや抵抗する気概を失ってしまったのだった。
* * *
…………と、こんな経緯を経て荷物を預かったはいいが、扱いに困って仕方なく営業所まで持ち帰り、主任であるスメラギ=李=ノリエガに相談してみる。
「どうすりゃいいんですかスメラギさん。どこか適当になんて、俺だって困っちまいますよ」
「あらぁ、別にいいじゃない。思いつくところに持って行って押し付けてくれば」
「んなこと出来るわけないだろう! 万が一何かあったとしたら責任は誰が取るんだ」
「どうにかなるわよぅ」
ラッセは声を荒げるが、スメラギの態度は暖簾に腕押し、糠に釘。
何を言ってものらりくらりと躱される。
そして彼は気づいた。
スメラギの頬がやけに赤いのと、彼女の背後に並ぶ大量の酒瓶を。
その品々はラッセが外回りに出る前まではなかったはずだ。
ということは、恐らく。
「なに買収されてんだあんたは! 自分が何やってるかわかってんのか!」
「だってぇ、くれるっていうんだもの。断る理由なんかないじゃなーい」
「……いずれ摘発されて訴えられても知らんぞこの会社」
「大丈夫よぅ、いくらでも揉み消せるんだから」
スメラギの言葉は嘘ではない。
この《マイスター運送》は、創始者イオリア=シュヘンベルグの代から現在に至るまで、数多くの有力者と太いパイプを持っているのである。
例えば、世界政府においても相当の発言力を持つコーナー一族や、代々続く有名な資産家である王一族など。
また王一族はかつて竜一族とも繋がりを持っていて、当主の息女の王留美(ワン=リューミン)と五飛は面識があったりもする。
つまりこれらの伝手を頼れば、マイスター運送どころかプリベンターの決して表出しできない問題まで全てひっくるめてなかったことに出来るのだ。
「やめてやろうかな、こんな会社……」
疲れた溜息と共に呟かれた言葉は、酔いどれたスメラギの耳にもしっかり捉えられてしまった。
「あら、やめるの? なら再就職先を斡旋してあげてもいいわよ」
「どこだ?」
「二丁目のゲイバー」
「頼むから、頼むから本気でやめてくれ。ただでさえ筋肉キャラってだけでいらん誤解受けまくってるのに、そんなところに連れて行かれたら本当にもう……! 俺はそんな気なんてこれっぽっちも! 欠片もないんです! 頼むからガチホモ扱いは勘弁してください!」
心底ガチホモ扱いが嫌らしく、プライドの一切をかなぐり捨て必死で土下座する。
全身全霊で拝み倒され、流石にスメラギも弄りすぎたかと良心が咎めたようだ。もしくは、ドン引きした。
頭が冷えた彼女は、全力で拝み倒すラッセの肩を優しく叩き、立ち上がらせる。
「ま、冗談はおいといて。本当にこれの処置は貴方に一任するわ。どこかに捨ててきちゃってもいいし、受け取ってくれる人を探し回ってもいいし」
「と言われてもなぁ。俺だってどうすりゃいいか思いつかな」
喋りながら荷物に視線を投げた瞬間、動かなくなっていたはずのその箱から急に
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!」
この世の絶望を一気に解き放ったかのような、胸が押し潰されそうなほど苦しげな悲鳴が、箱の中から発せられた。
* * *
――ある朝、パトリック=コーラサワーが不安な夢からふと覚めてみると、ベッドの中で自分の姿が一匹の、とてつもなく大きな毒虫に変わってしまっているのに気がついた。
固い甲殻の背中を下にして、仰向けになっていて、ちょっとばかり頭をもたげると、まるくふくらんだ、
褐色の、弓形の固い節で分け目をいれられた腹部が見えた。
その腹の盛りあがったところに掛け蒲団がかろうじて引っかかっているのだが、いまにも滑り落ちてしまいそうだ。
昨日までの足の太さにくらべると、いまは悲しくなるほど痩せこけて、本数ばかり多くなった足が頼りなく目の前でひらひらしている。
いったい、自分の身の上に何事が起こったのか――
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!」
自分の身に降りかかった出来事を受け入れられず、恐怖に引き攣った絶叫を上げた瞬間……コーラサワーは再び夢から覚めた。
どうやら今のは夢から覚めた夢だったらしい。盛大に安堵の溜息をつく。
そこでようやく、自分の現在の状況を把握した。
動かない手足、塞がれた口、暗闇に閉ざされた狭い空間。
思い出した。
ヒイロに身動きを封じられた挙句、五飛に箱の中へと閉じ込められてしまったのだ。
(虫になった夢はこのせいかバーロー! 本気で怖かったじゃねえかよぉぉぉぉ)
たった今まで見ていた悪夢が蘇って、コーラサワーは箱の中でさめざめと泣いた。
が、それも一瞬のこと。
すぐに感情は怒りへとすり替わり、またもや全身を揺らして芋虫のように暴れ出した。
(出せっ、ここから出しやがれ!)
喋っているつもりでも、口をガムテープで封じられているせいで呻き声にしかならない。
それでも彼は体力が続く限り叫び、暴れまわることを止めようとしなかった。
ところで、彼が《象でも三日は眠る睡眠薬》を打たれたはずでありながらわずか数時間で目覚められたのは、当然彼がスペシャル様だからである。
そんな彼も暴れ通しでいい加減体力の限界が訪れ、ぐったりと疲れ果てて動けなくなった。
呼吸を整えながら外の様子を窺おうと耳をそばだて、気づく。
(あれ?)
小憎らしい同僚の少年たちの声が一切聞こえないのだ。
聞こえてくるのは、耳慣れない声同士の会話だけ。
『なあ、スメラギさん。開けてやったほうがいいんじゃないんですかね?』
『けど、プリベンターの人たちからは決して開けるなと言われているのよね』
『んなこと言ったって、酸欠で死なれでもしたら夢見が悪くなりましょうよ』
『それもそうね……とはいえ彼らとの約束をまるっきり反故にするわけにもいかないし。 じゃあラッセ、首が通る程度の穴を開けて、顔だけ外に出してもらいましょう』
(そんな約束律儀に守るな!全部開けやがれ!!!)
と内心で叫ぶが、言葉にならないのでは伝わりようがない。
結局女の声が言うとおり、段ボール箱の上部に頭大の穴が開けられ、逞しい男の腕がコーラサワーの髪を掴み、顔だけ外に出されたのだった。
会話をしていた男女の顔は、そういえば少しだけ記憶に残っていた。
以前花見をした際に一緒に馬鹿騒ぎした連中だ。
スメラギと呼ばれた女の方が顔を近づけて訊ねてくる。
「ねえ、貴方はどこに送って欲しい?」
「んんんんん!」
「え、なぁに、何て言っているのかよくわからないわ」
「んんんんん!」
「スメラギさん、ガムテープ取ってやらんと何も喋れんでしょう」
「あら、そういえばそうねぇ。うっかりしてたわ」
スメラギは軽く酔っ払っているらしく、目は少しトロンとしていて、息がほんのり酒臭い。
「今すぐ剥がしてあげるわね」と言うなり、彼女は容赦なくコーラサワーの口に貼られているガムテープを引っぺがした。
「痛えぇーっ!?」
絶叫する彼の様子に腹を抱えてゲラゲラ笑うのが憎らしい。
コーラサワーは復讐を誓ったが、彼女が美人であることと、目を惹く豊満な胸のせいで、復讐心は一瞬で霧散した。
さて、と彼女は再び向き直る。
「プリベンターの人たちに貴方をどこか適当に送ってくれと頼まれているのだけど、どこか希望の場所はあるかしら?」
「どこにも送らんでいい、さっさと俺を帰してくれーっ!」
「あら、本当に帰りたいの?」
「へ?」
「だって、こんな目に合わされてまで、そんなに帰りたい場所なのかしらと思って」
そう言われれば、そんな気もしてきた。
わざわざあんな奴らがいるところに帰る利点などないかもしれない。
けどなぁ、と迷う気持ちもある。
いつの間にか『プリベンターのパトリック=コーラサワー』である自分を、気に入っていた部分もあるようなないような、と。
「なんだったら、好きな人のところに送ってあげましょうか?」
「 そ れ だ ! 」
迷いなど、もはや吹っ切れた。
「待っていてください大佐、貴方のパトリック=コーラサワーがいま参ります!」
身動きが取れないことなど完全に忘却の彼方、今はただ愛しのカティ=マネキンの元へ逢いに行くことだけが彼の心を支配していた。
「いいのかそれで、あんたは」
コーラサワーを運ぶ役割を押し付けられたラッセはがっくりとうなだれた。
* * *
そんなこんなで、コーラサワーを配送用コンテナへと運び込む。
「しかしさあ」
「ん?」
「あんたも哀れな奴だな。こんな風にお荷物扱いされて。水曜どうでしょうの旅企画だって、こんな無茶振りはせんぞ?」
「だろだろ? 俺ってなんて可哀想なんだろうなぁ、あんなにプリベンターのために尽くしてきたのに。今の俺ってばまるでグレゴール=ザムザみたいだよなぁ」
コーラサワーの問題行動など知る由もないラッセは、同情的な態度を示す。
コーラサワーは少しだけ泣いて見せるが、次の瞬間には大佐との対面を夢想して相好を崩した。
「あー、早く逢いたいです大佐ぁー」
切り替えが早いのが彼の長所。
そんなこんなで、段ボールコーラサワーとラッセ=アイオンの旅が始まったのだった。
(続くといいな)
【あとがき】
タイムギャルの原典は流石に知りません。
小学生の頃メ○CDに移植されたのを遊んだことがあるだけです。
真夜中にこんばんわ皆様ご機嫌麗しゅう。
記録係さんのオチに繋げられるか現段階で不明ですが、というか続けられるかどうかも不安ですが、段ボールコーラ旅路編です。
このネタを書くためだけに『変身』を買ってきましたが、ろくすっぽ読んでません。だって活字は苦t(ry
あと、水曜どうでしょう的にいうなら大泉君=コーラさん、ミスタ君=グラハム、藤村君=デュオ、嬉野君=トロワでどうでしょう。異論は認めます。
ちなみに安田君はジョシュアね。……わかる人だけわかってください。それでは。