「悲しい、悲しい話をしよう」
「いきなり何だ?」
グラハムの奇抜な衣装もすっかり見慣れ、むしろ陣羽織はともかく仮面だけなら格好いいんじゃないかと思えなくもなくなってきたある日の昼下がり。
休憩室で並んで壁にもたれ掛かっていた二人だったが、唐突に口を開いたグラハムにコーラサワーはコーラの瓶に口をつけながら胡乱な眼を向けた。
「私のこの仮面だ。某有名デザイナーに意匠を起こしてもらい、某有名メーカーに特注で私の骨格にピッタリ合った物をわざわざ作ってもらった、この特に愛着の強い仮面なのだがな」
「ふんふん、その仮面が?」
「うむ、喜び勇んで連日着けていたのだがな、昨晩帰宅して仮面を外し、鏡を覗き込んだら……それはそれは
恐ろしい異変が起こっていたのだ」
「あ、わかった。日焼け跡がくっきりついてたんだろ?」
しかしグラハムは頭を振った。
「そんな誰でも簡単に想像のつく結末ではない。もっと恐ろしいことだ」
「ああそうかい」
コーラサワーはぞんざいに相槌を打った。
彼の愛は無限大でも博愛ではないので、麗しい美女相手でない限り好んで話を弾ませたいとは思えないのである。
が、グラハムの方はそれで終わらせる気はないようだった。
「知りたいか?」
「興味ないね」
「知りたいだろう?」
「だから別にいいって!」
「いいや、知りたいはずだ。そして君は見るべきだ」
「いーやーだー!」
グラハムの得体の知れない迫力に圧され、コーラサワーは彼から離れるようにじりじりと横移動する。
するとグラハムも距離を詰めるように横へずれた。
蟹歩きを繰り返したのち、最終的にコーラサワーは角まで追い込まれて逃げ場を無くす。
「さあもう逃げられんぞ哀れな子羊、大人しく私に従いたまえ!」
「うわーん綺麗なオネーチャンに迫られるなら嬉しいけど、ムサい男はいやだぁー」
「ふっふっふ。さあ存分に拝むがいい、私のこの素顔を……!」
グラハムは仮面に手をかけ、おもむろに取り外した。
彼のご尊顔を拝したコーラサワーは呆然としてコーラ瓶を取り落とす。
数拍の間を置いて、絶叫が館内に木霊した。
「何事だ!」
騒ぎを聞きつけた残りの面々が、慌てた様子で駆けつける。
そして振り返ったグラハムの顔を見ると、皆一様に息を呑んで硬直した。
「……えーと、グラハム・エーカー?」
沈黙を破って、サリィが恐る恐る尋ねる。
「貴方、自分の顔が今どういう状況かわかっているかしら」
「もちろん熟知している」
「なら話が早いわ。さっさと医務室に行ってらっしゃい」
仮面を外したグラハムの素顔は、汗によるかぶれで真っ赤に腫れ上がっていたのだった。
◆ ◆ ◆
後刻、平静を取り戻したコーラサワーはこう語ったという。
「やっぱ仮面なんざ無粋だよな。男なら顔で勝負しなきゃだろ!」
ある種嫌味とも取られかねない言葉だったが、あまりに清々しい笑顔で朗らかに言い切るため、周りの誰もツッコミを入れることはなかったそうな。