08MS-SEED_96_第4話5

Last-modified: 2013-12-23 (月) 19:59:56

「ミケル、APCへの攻撃はどうする?」
「水平方向から攻撃後、上昇―反転して撃ち漏らしを始末…でどうです?」
「それだ、任せる」
「了解、フラガ少佐との特訓の成果をお見せしますよ!」
 最初の攻撃以後MSを遠目に大きく旋回していたミケル機は、タッシル方向から回り込みつつ高度を下げて
移動している4両のAPCの斜め後方から突入した。
 低空を舐めるように飛行したミケル機はAPCに気が付かれる事無く射程距離まで接近し、機首の4門の機
関銃と羽根の付根にある大口径機関砲を一番後ろの車両に射撃を集中し、装甲化されているとは言えAPCの
装甲を穴だらけにした。
 ミケルはその車両に火が付くまで撃ち続けた後も機体をロールさせて旋回しつつ、その前の3両にも弾丸をばら撒く。
 最初の1両に比べると緩慢な攻撃ではあるが反撃されない為の牽制であり、この攻撃で車内に飛び込んだ弾
が誘爆を引き起こしてもう一両始末できたのは幸運と言えよう……ミケルは戦果を確認しつつそのまま機首を
引き起こして大きく機体を上昇させた。
 下からは生き残ったAPCが盛んに20mmクラスの機関砲を撃って来るが破壊された車両の煙で上空が見難く、
アイスキャンディーのように見える照準確認用に数発毎に混ぜられた後方に光を引く曳光弾はミケル機とは
まったく別方向に伸びていて脅威度は低い。
「うっ…」
「ぐっ…」
 ロールしながら機首を引き上げ続け、やがて機体は転地逆になるがミケルは操縦桿を戻さない、そのまま地
面に向けて降下のループを続ける為に強烈なGが2人をシートに押さえつける。
 その機動はここ数日ムゥに徹底的に叩き込まれた対地攻撃の機動の1つだった。
 ここで使いこなせなければ今までの訓練はなんだったのか……そしてスカイグラスパーの扱いに慣れない自
分に操縦方法を教え込んだムゥに申し訳ない。
 そんなミケルの意地がループを終えるまで操縦桿を戻す事を許さず、地上に対して垂直になった時には真正
面…即ち真下にAPCを捉えていたのだ。
「ナイス!」
 シローはミケルの見事な機動に感嘆しつつ回転砲塔式ビーム砲を、ミケルも機関銃と大口径機関砲をつるべ
落としに撃込み、機体を水平に戻した時には残りのAPCも破壊された車両の後を追っていた。
「やるな、ミケル!」
「へへへ……フラガ少佐の訓練の賜物ですよ!」
「こちらスカイグラスパー2、明けの砂漠、キサカへ、APCは始末した」
『了解、これより“説得”を行う…MSを近づけさせないでくれ』
「スカイグラスパー2了解、足止めするから急いでくれよ。
 よしミケル、次はバスターだ!」
「了解!!」

「ぐっ……肋骨が逝ったみてぇだ……」
「手を貸してくれ、足が抜けねぇっ!」
「俺の……俺の腕がぁ……っ!」
 デュエルとバスターが去った後、黒煙と火薬の匂いと……そして鮮血と肉の焦げた匂いに包まれた場所にアフメドは居た。
『なぜ……なぜこんな事に……』
 自問自答するが答えは出ない、あるのは助けを求める声と苦悶のうめき声……遠くの爆音が何か虚しい。
「みんな、大丈夫か!?」
 それでもここまで皆を引っ張ってきた責任感から体を動かす……負傷者を助け出し、無事なハーフトラック
を起し、散らばったまだ使える武器を探し集める。
 幸い転倒しただけの車両が数台と拾い集められたロケットランチャーはまだ無事だ。
「負傷者はここに残れ! 無事な者は武器を取れ、連合のMSに遅れを取るな!!」
「…アフメド、まだやる気なのか?」
「当たり前だ! 俺達の力はこんなものじゃない…まだ、やれる!!」
「……そうだな、仲間の敵討ちだ!」
「そうだ、行こう!」
「俺達の意地を奴らに見せてやれ!」
「よし! 行くぞ!!」
「止めろアフメド!」
 負傷者をそのままにMSを追撃しようとするアフメドを、砂丘を越えてやってきた車両に乗ったカガリが大声で制した。
「怪我人を放り出して戦いに行く気か!? 手当てもしないでこんな砂漠に放置したらみんな死ぬぞ!」
「俺達は戦士だ、その覚悟は皆出来ている! 誇りにかけて俺達の街を襲った敵をそのままには出来ない!」
「今の戦いで判らなかったのか!? そんな武器じゃMSには勝てない…もう沢山死んだんだぞ!」
「生きる死ぬは問題じゃない! 俺達は戦士として、砂漠の民としての誇りを護らなきゃならないんだ!」
「そうだ! このままでは済まされない!!」
「侮辱を受けまま生き残るぐらいなら死んだ方がマシだ!」
「今まで虐げられても自尊心を失わなかった俺達が今引く事はできない! 奴らを許すな!」
「俺達の意地を通そう、現に敵は居るんだ!!」
「「「そうだそうだ!!!」」」
「い い 加 減 に し ろ !」
 口々に気勢を上げる誇り高き戦士に向かって、カガリはあらん限りの大声で絶叫する。
「何が誇りだ、何が意地だ! そんなものの為に命を失うなんてバカげてる!」
「余所者のお前に俺達の気持ちは判らん!」
「他人の支配下に下らない。 それは昔からの…そしてこれからも変らない俺達の生き方だ!」
「お前達は現実が見えているのか!? 周りを見ろ、死んだ奴は本当に満足して死んだと思うのか!?
 爆死した奴も、踏み潰されて圧死した奴も、焼け焦げて焼死した奴も、本当に死んだ方がマシだったのか!?」
 カガリは、叫びながら泣いていた。
 崩壊した“ヘリオポリス”から地上に戻ってMS開発に手を貸す事を黙認する父ウズミに反発し、世界をそ
の目で見る為にキサカと共に――実際はウズミが視界の狭い直情型であるカガリを世界を見聞する事で視野を
広げ、経験を積ませる事で将来リーダーシップを取れる人物に鍛えて欲しいとキサカに頼んでいたのであるが――
“明けの砂漠”に飛び込んだのだ。
 それまでのカガリは彼ら“明けの砂漠”と近い感覚であった…誇りや理念を護る為に戦う事は当然であり、
無様に生き残るよりは死んだ方がマシだと思っていた。
 だが目の前の戦場が、カガリが始めて見る凄惨な戦場がその考えを打ち砕いた。
 綺麗な死体など一つと無く、どれも潰れ、千切れ、焼け焦げ、ただの肉片となり転がっているのだ……そこに人の尊厳など何も無い。
 吐かずにこの場に立って叫んでいられたのは生来からの負けん気と…吐いている場合では無いと言う意識と
…そして強烈な…ゴミのように人を殺したMSと、ここまで人が死んだにも関わらず態度を改めようとしない
目の前の連中への怒りからだ。
「誇りも、意地も、プライドも、理念も……死んだら何にもならないだろぉっ!」
「死んでも護らなければならない物がある!」
「戦士には死を恐れず行動しなければならない時がある……それが今だ! 女のお前には判らない!!」
「ああ、判らないね!!
 何故サイーブが地雷原やトラップを駆使していると思っている……まともに殺り合って勝てないからだ!
 お前達はそれにも気が付かず裸同然で突っ込んで行った、その結果どうなるかを考えもしないで!!
 その結果がこれだ! 勝っても負けても大局に影響しない戦い、そこで無駄に仲間が死んだんだぞ!
 男だ、戦士だなどと立派な事を言うが、お前達は自分達が無駄死にした後の事を考えているのか!?
 お前達が死んで悲しむ人を、お前達が居なくなった“明けの砂漠”の今後の事を考えているのか!?」
 車両の上から辺りの人間を見回しながら大きく身振り手振りを取って叫ぶカガリ。
「命を賭けて戦わなきゃならない時は確かにある……だが今はそうじゃない!
 このまま戦っても絶対に勝てない……それはみんな判っている筈だ。
 だから死んでも護らなければならない物があるとか、死を恐れないとか言うんだ……このままでは死ぬと判っているから!
 なら…死ぬと判っているなら死ぬな! 逃げてもいいんだ、死ななければまた明日はある!
 今日の屈辱に耐え、明日の為に生きる…それが男だ、それが戦士って奴じゃないのか!?」
 いつしかアフメドや若い“明けの砂漠”達は口も挟めずその演説に聞き入っていた……。
 言わば勢いで戦いに出た彼らだ…勢いが止まれば死にたくないとか、この戦いで死んでも無駄死にだとかは理解できる。
 それでも勢いがある限りは止まれなかったのだ…だがカガリはそんな彼らを止めた……声と、身振り手振りと、その視線で。
「だが…俺達は……」
「アフメド、お前がみんなを引いていたのは知っている…お前が自分の街を護りたかった気持ちは悪く無い。
 だが方法を少し間違えていたんだ……負傷者を収容して戻る、いいな?」
「……ぁ……ぁぁ……」
「その指揮はお前が取るんだ……責任は最後まで全うしろ」
「……ああ……判っている……」
 下を向いて拳を握っていたアフメドはしばし何も言わなかった…否、言えなかった。
 なにかと理由を付けても半分はキラへの対抗心――カガリにいい所を見せたいと言う虚栄心――なのだ。
 恥ずかしくて誰の顔も見る事ができない…死んだ奴らにはそれこそ顔向けできない。
 それでも『責任』の2文字は彼にとっても重かった…だからアフメドは声を上げて撤退の指揮を執った。
 自分も負傷者の回収を手伝おうと車両を降りかけたカガリにキサカは声を掛ける。
「まぁ合格です、概ね貴方の言った事は正しい……先程私が言った台詞と同じ所があった事は許しましょう」
「……キサカ、お前も思ったか? 私が女だから戦いを止めようとしたって……」
「……いえ、無益な戦いを止めるのは上に立つ者の義務であり最低限の資質の一つです、男女は関係ない。
 カガリ様、今のご自分の台詞を忘れませんように…自分の言った事はいつか自分に跳ね返ってくる物です」
「あぁ…判っている……ありがとう…………キサカ、車両を回せ!」
「了解、カガリ!」
「無事な者は負傷者を集めろ、武器は捨てて車両に負傷者を乗せるんだ!」
 アフメドとカガリは負傷者と遺体を回収し重傷者をタッシルの病院に入れるとアジトへと引き上げる。
 ミケル機がAPCを掃討していた為に邪魔される事は無かった……が。

「何を……見ているのですか? タッシルの中に何かが……?」
「……いいエ……別に……それよりあの連合のMS、熱対流をパラメータに入れ終わったみたいネ」
「射線を見て判るのですか、あなたは!?」
「判るのヨ、狩りの神に愛されるた射撃の天才である私には……ネ」
「はぁ……それにしても、戦闘中に射撃のパラメータを簡単に入れられるものなのですか?」
「まさか、普通は無理ヨ…少なくとも普通のMSと普通のコーディネイターでは、ネ。
 マしてやナチュラルになんて絶対無理……あのパイロット……フフフ……」
 タッシルに重傷者を運び込んだ事はある人物に気付かれていた……だが、その目撃者は妖艶な笑みを浮かべ
てそれを見送っただけで、長老の家の屋上から砂丘の向こうで繰り広げられるMS戦に双眼鏡を戻した。

「ガッデム…ちょろちょろとうるせぇんだよ!」
 何発か目の右腰アーム側に接続された350mmガンランチャーが放たれる……この武器は散弾による『面』の
破壊に特化された武装であり対空攻撃にうってつけの武器だ、その筈だった。
 だがうるさく周囲を飛び回るMAに今だ被害を与えていない、足場が悪く高速の目標を追従するとバランス
を崩して撃ち漏らした上にその都度機体バランスを戻してやらなければならない為と、そのMAが今までに見
た事の無い回避運動を取っている為だ。
「隊長、八秒後に二秒向けます!」
「判った、ランダム性を忘れるな! MSじゃないんだ、喰らったら落ちる!」
「了解っ!」
 ミケル機が取っているのはUC世界で編み出された航空(宙)機がMSの攻撃を避わす為の機動方法である。
 一年戦争当初、レーダーが効かないミノフスキー粒子下での有視界戦闘で連邦軍の航空機は壊滅的な損害を受け、
その後レビル将軍の音頭によりMSの開発が始まったのだがその完成は半年以上先であり、航空機は現状の機体で
MSと戦わなければなかった。
 レーダーや誘導兵器が使えない状態でMSは直接視認して射撃してくる、それまで誘導兵器はチャフ(金属片)
やフレア(疑似熱源火炎)で、背後に張り付く相手はいろいろなマニューバ(機動)で振り切っていた航空機は独
自にそれを回避する方法を編み出さなければならなかったのだ。
 そしてそれはMSの機動を研究してゆく中で確立された。 宇宙(そら)でMSは戦闘中直進しているようで
実は直進はしていない、移動方向をランダムに変える事で見越し攻撃が当たらないようにしていたのだ。
 単純なようで誘導兵器が使えない有視界戦闘状況下での回避運動はこれで十分、そして直線的にしか動かな
い航空機はいくら速度が早くとも的でしかない。
 このMSの機動を航空機用にアレンジ――AMBACできるMSと航空機ではできる機動が違う為――して
取り入れることでMSからの被弾を飛躍的に下げる事ができるようになったのだ。
 数秒毎に機体の進行方向を変えながら全体として進みたい方向に進み、定律のパターンでは無くこれをラン
ダムに行う機動で見越し射撃を回避する。
 パイロットへの負担も大きく燃費は悪化し速度は低下し戦場に長く居続ける事になってしまうものの、どう
せ航空機でMSを攻撃するには危険が伴うのだ。
 『それぐらいの危険は税金だと思え』シローやミケルにそう教えた教官はそう言い放って笑っていた。
 それぐらいの危険を冒さなければMSを倒せなかったし、そうまでしなければならなかった連邦軍の台所事
情を如実に表した物であるが…確かに有効だったのだ。
 時より苦悶の声を上げながら上下左右に振り回されながらも正面を睨みつけ、砂漠の地平線やどこまでも青
い空を映すキャノピーがバスターを捉えた瞬間、機関銃と大口径機関砲と回転砲塔式ビーム砲が発射された。
「オゥチ! そんなもんで!」
 ギリギリで機体を正面に向けたディアッカは胸部の装甲の厚い部分で攻撃を受けた…PS装甲で実弾は防げ
たが衝撃は防げない、ましてやビーム攻撃には実弾程の絶対的な防御力は無いがそれでも貫通はされず、ある
程度機体表面が傷つく程度で済む事ができた。
 あのまま側面で受けていれば腕に当たって下手をすれば腕が動かなくなるか、肩部にある220mm径6連装ミサ
イルポッドを貫通して誘爆を招いていたかもしれない。
 イザークのデュエルのアサルトシュラウドについているミサイルポッドであればPS装甲の外側に付いてい
るのでダメージはさほど無いかもしれないが、バスターは本体に付属しているのである…貫通されれば即ち内
部での爆発に他ならない。
 いくらなんでもそれは避けたい……PS装甲は実弾攻撃を無効にするがそれはひょっとすると内部での爆発
も防ぐ事になり、機体内部で発生した爆発が外に広がらず爆発の威力を内部に封じ込め予想以上の被害を…最
悪コクピットにまで爆圧を伝えるかも知れない……それは即ちパイロットの死だ。
 コーディネイターである彼の頭脳は一瞬でそこまでの考えに達し、攻撃を避けれないならばせめて被害が少
ないと思われる正面で受けたのだ。
 元々PS装甲の技術は連合から奪ったに過ぎず、彼も解析した技術者から『(外部からの)実弾攻撃は一切効
かない』と聞いただけで、内部で爆発が起こったらどうなるかは聞かされてないのだ……被弾すると思ってい
なかったので聞きもしなかったのだが。
 だが連合のMAは彼に攻撃を直撃させ、迎撃の350mmガンランチャーが追従する前に目の前を通り過ぎて無駄弾
を使わせた上で後方から彼が狙い撃ちした94mm高エネルギー収束火線ライフルを避わして飛び去ってしまったのだ。
「シィィィット……ふざけるな!」
 敵ながら天晴れな機動や攻撃と自分のMA1機落とせない無能っプリに次第に焦りを募らせるディアッカ。
 そのMAはそれまで相手したどんなMAよりも狡猾であった…速度を利用して一撃離脱に徹し、距離を離し
てレーダーが使えない事を利用して向こうの好きな方向から…ある時は高空からの撃ち降ろし、ある時は砂丘
に沿って超低空から接近して攻撃を加えてイザークとの連携を分断し、既に武器の間合いを把握されているの
かこちらに無駄弾を使わせ、バッテリーを消費させて飛び去る。
 実際シローらはバスターの武器の射程を大体把握していた……AAに開発者が居るのだから当たり前だ。
 これではどちらが狩人なのか判らない、焦りながらもどこか冷静な部分でそう考える。
 イザークの居る方向に歩を進めながら周囲の警戒を怠らない、敵はどこからでも来られるのだ。
 右を見て左を……と振り返ろうとした時に右の隅で何かが動いたと思った瞬間、スラスターを全開にして後
方に飛び退る、コーディネイターは伊達ではない。
 その目の前を通り過ぎる機関砲とビームの火線、比較的距離のある右120度からの攻撃を避わした事で攻
撃のチャンスがディアッカに巡ってきた。
 中距離以上離れての敵捕捉、これはひさびさに巡ってきた俺のターン!
 ディアッカは瞬時に戦いを組み立てて勝利の確信に口元を釣り上げつつ、機体正面をその方向に向けるとロ
クに照準もつけずに両方のミサイルポッドからミサイルを射出。
 照準を付けなかったものの12発のミサイルは扇状に広がりながら正面に弾幕を張る……本来ならある程度
誘導
する筈だがそれを機体を捻りながら上昇して避わすMAの下を直進して当たらない、だがそれは彼の思惑通りである。
 MAの兵装は大抵機首の向きにしかないので今は攻撃は出来ない、そしてMAはその投影面積が一番大きい
機体上面(下面ではなく上面なのは機体を捻った結果こちらに向いたらしい)をディアッカに見せているのだ。
「!」
 独り言を呟く暇も無く350mmガンランチャーをMAに向けて放……とうとした瞬間、MAからビームが伸び
て来てディアッカは目を疑った。
 機銃もビームも機首を向いている筈…と見ると機体中央にあるビーム砲はその砲口を彼に向けていたのだ…
…砲口を上げ、砲塔を旋回させて微調整をしてまで。
 最初は左肩の上を通り過ぎて当たらなかったビームだがそのまま砲塔を動かして火線を下げ、撃ち尽くした
ミサイルポッドを切り裂くように命中、小爆発を起した為にMAを捉えていた350mmガンランチャーはまたも
や外れてしまった。
「ブルシィィィッツ! あのビーム砲は砲塔式か! 今まで三味線弾いてやがって!」
「今だミケル、あれを使うぞ!」
「了解!」
 そのまま機体を捻りバスターに機首を向け両側のウェポンコンテナを開き、ミケルは親指でスティックに付
いているカバーを跳ね上げ、発射ボタンを押し込んでまず左側から必殺の兵器を放つ……同時に機種を上げて
離脱する事も忘れない。
 ミケルの放った必殺の兵器とはAAのミサイルの一種類である榴散弾頭ミサイルである。
 本来は艦尾大型ミサイル発射管から発射するのであるが、マードック班長がスカイグラスパーのウェポンコ
ンテナから発射できるようにむりやり改造したのだ。
 以前ナタル中尉がこれを使いミラージュコロイドにより視認不可能になったブリッツをあぶり出したのが記
憶に新しい(あくまで劇中の時間で)この榴散弾頭ミサイルは、無数の子々弾を周囲にばら撒く実弾兵器であり
PS装甲のG兵器には通用しない、だが……。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
 その無数の子々弾の与える衝撃まではPS装甲では防げない。 激しくシェイクされるコクピットの中では
姿勢制御もままならず、同時に外れた弾が砂漠の柔らかい地面をえぐった事もありバスターは後ろへ転倒し…そして……。
「ノォォォッ! PS(=フェイズシフト)・ダウンだと!? バッテリーはまだあるのに……っ!」
「隊長、バスターが灰色に!」
「PS・ダウンだ! 戻る前に攻撃しろ!」
「艦長、バスターがPS・ダウンした模様!」
「計画通りね……自分らで苦労して作った物を追い詰めるっていうのも妙な感じだけど……」
「いいぞミケル、殺っちまいな!」
 PS装甲を開発したのは連合側であり特に開発全般に携わっていたマリューは理解度も深く、故にその特徴
や利点…そして欠点も奪取し解析したザフトよりは知っていた。
 マリューを初めとしたAAクルー達はG兵器が敵に奪われ、こちらに刃をひるがえした時点からその対抗手
段――特にPS装甲を持った敵に対して通常兵器でいかに戦うか――を考え続けており、そのマリューらの出
した結論の1つがMAや航空兵力搭載の榴散弾頭ミサイル使用である。
 榴散弾頭ミサイルは前記の通り無数の子々弾をばら撒く実弾兵器でありPS装甲には通じない、だが無数の
子々弾をばら撒くと言う事に意味があるのだ。
 G兵器こと連合製のMSもバッテリーで動く……これはMSを動かすのも、ビームライフルやサーベル等の
武装も、そしてPS装甲もそれで動いているに他ならない。
 だがそれはそれぞれメインのバッテリーに直結している訳ではない、それぞれバッテリーから使用目的毎に
キャパシタ(蓄電器)に一時電力を蓄えてから使用している。
 言わば水タンクに溜めた水を水道管を引いて直接飲料、炊事、洗濯、風呂等に使うのではなく、一度バケツ
に水を取り出してからそれぞれ使っているのだ。
 何故このような方法を取るか…これは一気に電力を取り出すといろいろバッテリーに負担や不都合を与える
とかいろいろな理由もあるが、電力の使用優先順位に関連する。
 すなわち、MSで一番優先するべき電力の使用目的は生命維持装置、そしてMSの動作、武器、PS装甲…
と順番が決めてあり、バッテリーの容量が減った場合後者から電源供給を停止する為だ。
 この順番は理解できるであろう…まずパイロットが生きてなければMSは動かないし、手足を動かせなくて
は動けない、武器が無ければ戦えない……こうしてPS装甲はほぼ最後の方に回される。
 ともかく、全ての電力を使う物はまずキャパシタに一時蓄えられた電力で動いているのだ。
 そして今回のPS装甲付きMSに対しての榴散弾頭ミサイル使用であるが……マリューが指示しマードック
班長が手を加えたこのミサイルは悪魔のような正確さで丁度身長18mのMSを包み込む角度とタイミングで
炸裂するようになっており、正面にまんべんなく子々弾を当てたのである。
 PS装甲の欠点としてマリューが指摘したのは『PS装甲は当たった物に対して必ず効果を及ぼしその都度
電力を消費する』と言う点であり、まんべんなく全身に当てられた数百もの子々弾に対してPS装甲はその一
つ一つに対してマリューらが作った通りに動作した……全てに電力を消費して!
 こうして全身に…しかも1つの榴散弾頭ミサイルは先頭から順番に子弾を、それから更に子々弾をばら撒く
ので数秒間は着弾が続き、例えばバルカン砲を連続して当てられる等を考慮して決められたキャパシタの容量
を軽く凌駕したのだ。
 こうして一気にPS装甲用のキャパシタは空になり、その為メインバッテリーは残っていてもPS・ダウン
を引き起こしたのだ……今バスターの内部ではメインバッテリーからPS装甲用のキャパシタへ電力を供給し
ているがPS装甲を可動させるには数秒の間がある。
 その数秒間はPS装甲が使えずそれまでの実弾に対しても無敵っプリは失われたのである。
 上昇からループして再び機体をつるべ落としにしたミケル機は、止めを刺さんと砂漠に寝転んでいるグレー
のバスターに迫る!
 電子戦パックを通じてミケル機の戦いを見守っていたAA艦内がバスター撃破の瞬間を期待し固唾を飲んで
静まり返る……その最中、突然マリューは立ち上がって顔を青くした。
「いけない、避けて!」
「ミケル、ブレイク(回避)!!」
「!!!」
「ファッキン! これで!」
 照準機の中に映る寝転んだ状態で灰色のバスターが右手に握った350mmガンランチャーを持ち上げたと見え
た時、シローは嫌な予感――よりも激しい死の匂い――を感じてミケルに離脱を叫んだと同時にチャフ(金属片)
とフレア(疑似熱源火炎)をばら撒く。
 シローとミケルはPS・ダウン中のG兵器は攻撃できないと聞かされていた。
 榴散弾頭ミサイルが計算通りの効果を発揮した場合PS装甲用のキャパシタは空になり、まだメインバッテ
リーに十分な電力が残されている場合でも一時的に武器への電力供給を停止してもPS装甲用のキャパシタに
充電する為だ。
 PS装甲のキャパシタが空になる時は少なくとも攻撃を受けている筈で、ならばそれへの充電を最優先にすべき。
 マリューが手をかけていた時にはそうしていた……OSのかなり深い部分からそう作ったのだ、例えキラで
もその変更は難しく、ましてや奪ったG兵器を即座に戦場に投入し続けているザフトには変更不能とマリュー
は断言している。
 そんな絶対的なチャンスにも関わらずミケルはその指示に素直に従った…それはシローへの絶対的な信頼が
そうさせたのだ。
 砂漠で対立したものの、自分の気持ちを整理した後はMSを任せてくれたシローに、この世界に来てからは
混乱も無く適切な指示で孤立した部隊を引っ張り俺が必ず返してやると宣言したシローに、ミケルはUCに居
た頃以上の信頼を寄せていたのだ、だから回避した。
 そんな絶対的なチャンスをシローが反故にする指示を出し…否、叫んだのは死の匂いを感じたからだ。
 シローも数ヶ月前から戦場に出て戦い、危険な目にも何度も合っている……それこそ死ぬ思いも何度も。
 だがそれでもカレンやサンダース軍曹から見ればまだヒヨッコの類であろう…それぐらいでは戦場に潜む死
神の匂いを感じ取るまでには達観しない、達観できない。
 では何故シローにそれを感じ取る事ができたのか!?
 それはシローが数年分以上戦場に立ったと同じぐらいの圧倒的な死と、絶望と、それでも戦わなければなら
ない状況を体験していたからだ。
 ――アイランド・イフィッシュ――
 あの時の絶望とやるせなさと憎しみは、士官候補生だったシローを死神の気配を感じ取れる程にさせていた
のだ……あの絶望の宇宙(そら)に吹き荒れる嵐から生き残るにはそうなるしかなかったのだが。
 果たして今だ灰色のバスターの持ち上げられた右手の350mmガンランチャーは鋭く砲口を発光させ、電磁
レールガンから散弾をミケル機に向けて放ったのである。
「「!!!」」
 直前にブレイクしたおかげで散弾の集中する部分から外れる事はできたが機体にいくつもの衝撃が加わる。
 実はバスターには短時間でのバッテリー切れを避ける為、本体用以外に左右の武器それぞれサブジェネレー
タが、両膝にもサブバッテリーが内蔵されていた。
 これは砲戦仕様機が簡単に電源切れを起してしまうと支援攻撃に支障が出る事と、バッテリーやジェネレー
タを機外に露出させてもアウトレンジからの攻撃を前提とする機体であるから構わないとされていたからだ。
 これはバスター固有の装備であり、故に例えPS装甲用のキャパシタに最優先に充電を行っていても射撃が可能なのだ。
 マリューがシロー達に伝えた情報は嘘ではない、もしこれがデュエルであれば攻撃はされなかったであろう。
 だが2人が相手したのはバスターである…マリューはこの事をもちろん知ってはいたが出撃が急であり、ま
た出撃1つ行うにも艦長としてやるべきことは多く、すっかり失念していたのだ。
 この事は帰艦後報告され、その場でマリューは非を認め謝罪しそこでこの件は終わった…筈であった。
 シローら08小隊の面子にとって戦場での連絡齟齬は日常的…とまでは言わないが、それが小隊の全滅に繋
がる重要な情報であっても無い訳では無い事であり、いわば戦場では良くある事として認識されていた。
 だが一部のAA乗組員はそれでは終わらなかった……曰く『マリュー艦長は意図的に八小隊に情報を伝えず
抹殺を図った』との噂が艦内で囁かれ出したのだ。
 ナタルを始めブリッジの要員やマードック班長等は信じなかったし、ちょっと考えれば直におかしいと気が
付くだろう……マリューが言い忘れていた人物にはキラやムゥも含まれているし、08小隊でもシローとミケ
ルしか出撃していなかったのだ…抹殺には程遠い。
 だが噂とはそんな物であり、問題はそういう噂がはびこる状況に艦内がある――マリューは黒い噂が立つ程
度にしか乗員に信頼されておらずそんな規律の乱れを取り締まる人物も多くない――事なのだ。
 これはAAにはマリューやナタルを含めて新人や経験の浅い乗員がほとんどであり、その辺を締めるべき塩
味の効いた(経験豊富な)士官や下士官が絶対的に不足している事に由縁する。
 事実、マードック班長が君臨する整備部ではただのヨタ話程度と一蹴され、整備員達も信じはしなかった。
 だがこれは一両日中に解決する問題では無い……故に根が深く、今後いろいろと問題となって行く。
 逆に『ラミアス艦長はそんな重要な事を言い忘れる程の激務であり、休養と任務軽減が必要である』と進言
したのがシローら08小隊の面子だったのは皮肉と言えよう。

「ちぃぃぃっ!」
 ディアッカは即座に第2弾を放とうとしたがシローのばら撒いたチャフとフレアに反応し、何かを把握して
無害だと判断するコンマ数秒の間にタイミングを外してしまった。
 チャフはレーダー誘導ミサイルの探知を妨害しフレアは熱源に探知のミサイルに疑似熱源で欺瞞する物で350mmガンランチャー
にはまったく影響は無いのだが、コーディネイターの反射速度故にこれらに反応してしまったのだ。
 更にフレアの光がディアッカの網膜とバスターのディスプレイに焼き、その煙と周りを乱舞する銀色の金属
片と相成って視界を遮る。
 その間に薄い煙を引きながら上昇するミケル機は350mmガンランチャーの影響外に退避してしまった。
 ――だが。
「まだまだっ!」
 ディアッカはバスターを膝立ちに起こし、右側の350mmガンランチャーを前に、そして左側の94mm高エネル
ギー収束火線ライフルを後に連結した。
 これぞ“対装甲散弾砲”、バスターのバスターたる由縁、350mmガンランチャーと94mm高エネルギー収束火
線ライフルだけではバスター(=破壊者)とは言えない…この対装甲散弾砲と前後を逆にした“超高インパルス
長射程狙撃ライフル”があってこそ、真にバスターと言えるのだ。
 この対装甲散弾砲は350mmガンランチャー以上の射程、散弾密度、そしてダメージを誇る……だが同時に1回
で両方の武器分のエネルギーを使ってしまう仕様故にディアッカは今まで雑魚であるMAに出し惜しみをしていた。
 人生と言う名のゲームを楽しむディアッカは多少ギャンブラー的気質と言える…そんな彼は自分と相手の力
量や差を感情抜きに正確に把握しようと努める側面もある。
 自分や相手を正確に測る能力はギャンブラーには必須と言えよう…今の状況で勝ち負け、引くか引かないか、
そのリスク等々……それらを正確に天秤に掛けれないようではギャンブラーに…ゲーマーには成れないのだ。
 ディアッカはこのMAをもう雑魚とは思わなかった…ナチュラルであろうが強い奴は強い、そして自分を殺す事ができる。
 今は出し惜しみをするべきではない、そしてこいつらがその技量にあるのであればもう1機のMAとストラ
イクを相手にしているイザークはただならない状況にある……楽をしている状況では無い様だ。
 こうしてディアッカはまだ射程内で撃墜に十分な散弾密度の中にいるミケル機に対装甲散弾砲を放ち、連結
した砲身から放たれた閃光はそれまでの物とは桁違いの速度と、散布量と、力強さをもってミケル機に迫る…
…最早回避も間に合わない。

「「!!!」」
 とっさに機体を捻るミケル。
 だが更に強い振動がシローとミケルを襲い、左側から砲撃ではない閃光と爆発の衝撃が連続的に起こった。
「スカイグラスパー2とのリンク切れました!」
「ストライク、及びスカイグラスパー1ともリンク切れました、攻撃隊との通信不能!」
「キラ!? ちょっと返事しなさい!」
「スカイグラスパー2はどうなったの!?」
「通信回復せず……向うからのパケット来ません!」
「呼び続けて!」
「おいミケル大丈夫か! シロー返事して!」
 被弾し戦場離脱を図ったと思われるミケル機だったが、直後に再び攻撃を受けたようで突如として電子戦パッ
クを通じてAAに送られていたストライクとムゥ・ミケル機の通常回線やデータ通信も切断されてしまったのだ。
 最後の情報からミケル機が被弾した事は間違いない、だがそれからどうなったのか……それに答える物は居ない。
 静まり返るAAブリッジに、シローとミケルに叫び続けるキキの声だけが響いていた。

「電子戦パック破損! 左エンジンに火災発生! ミケル、機首を起こせ!」
「機体バランス保てません! コントロール不能! うわぁぁぁぁぁぁ…隊長ぉぉぉぉぉぉ……っ!」
「諦めるな! 諦めたらそこで終わりだ!」
 ミケルが機体を捻ったおがけで射線に対して横方向からの攻撃となり、被弾面積を小さくする事ができたの
で一気に爆発四散するような事はなかった。
 だが機体左側には何発か当たったらしく左側の電子戦パックは消滅、エンジンは破損、尾翼も穴が開き機体
のコントロールが出来なくなってしまったのだ。
 もしもウェポンコンテナの榴散弾頭ミサイルを右から使い、左側が残っていればこの時点で誘爆、爆散して
いただろう…ミケルが咄嗟に使った側を死神に差し出した事で即死は免れた……が、即死はまのがれただけで
あって、2人は今だ死神の手の中にいたのである。
「グゥレイトォ! どうだ!?」
 ディアッカは色を取り戻して行くバスターの中で、機体左側から黒煙と炎を吹き出しながら錐もみ状態にな
りながら砂漠の大地へ高度を落としていったミケル機を目で追いながら勝利の笑みを浮かべていた。

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