第四話『受け継がれるもの、散り逝くもの』
――真っ白な天井が見えた。
清潔感溢れる、というよりは病的なまでの潔癖さを表したような白さだった。
知らない天井だ……などと思ってる場合ではない。
意識が覚醒し、自分の身に降りかかった不条理極まりない記憶を思い出してベッドから起き上がる。
自分の胸に手を当ててみる。今この身を包んでいるのは拘束服ではなく患者服であり、その下には湿布や包帯の感触がある。
頭にも包帯は巻かれていた。
出来れば夢であってほしかった。
実はドッキリでプラカード持ったヴィーノやヨウランがネタバラシで出てきたり俺たちの戦いはこれからだ的な消化不良でありつつも、それはそれで味があっていいんじゃね?なオチだったり……まぁとにかく現実でないことを祈っていたが、そんな希望的観測は突然部屋 に入ってきた白衣の男によってコンマ数秒でものの見事にぶち壊された。
「もう目が覚めたか、意外にタフな奴だ」
「アンタは……っ!」
忘れるはずもない。自分がこんな無味簡素な部屋で寝覚めが悪い重いをしなければならなくなった元凶中の元凶。
「早乙女達人!」
「わざわざフルネームで呼ばれなくても自分の名前くらい知っている」
肩をすくめながら近づいてくる。
「とりあえず、話はできるか?」
「今さらっ……何を話すつもりだよ?」
「君を取り巻く状況のすべてを」
さらりと出てきた言葉に一瞬呆気に取られる。なんとか表情だけは平静を保ったものの、内心ではさらに疑惑が増していた。
「アンタの話が本当だって信じると思ってるのか?」
「話す前からその態度じゃ疑わしいが、まぁ聞くだけは聞いておけ」
そう言ってパイプイスを引っ張り出し、傍らに座る。
「…………」
「…………」
沈黙。どうすることも出来ないのでただ黙って待つ。
一分、二分、三分経つ。
「あー……」
「…………」
四分、五分、もひとつおまけに六分が過ぎ……
「長ぇよ!?」
「あぁスマン」
思わず突っ込んでいた。普通に謝られた。なんだこの展開。
「いや、どう説明しようかと悩んでいたんだが……」
ふぅ、と溜め息をひとつ置いた後、
「回りくどいの言い方は苦手だから単刀直入に言おう。シン・アスカ、ここはお前の知っている世界じゃない」
そんな電波なことを宣告された。
「…………マジかよ」
達人からすべてを聞いた後、出てきたのは何の捻りもない陳腐な言葉だけだった。
事細かにこの世界――西暦だったか――のことを説明されたがそれでも納得できず、最終的にそれが現実だと思い知らされたのは二つの証拠を示されたからだった。
まず一つは小さなモバイルに映し出された世界地図。オーブという国は影も形もなく、逆にユニウスセブン落下の影響を強く受けたはずの地上は落下前と何一つ変わっていなかった。
地図から消滅したはずの北京も綺麗に残っている。
あるはずのものがなく、ないはずのものがない。一瞬データの改ざんを疑ったが、こんな嘘をついて彼らに得られるものがあるようには思えなかった
二つ目はNジャマーが存在しないことだった。ザフトで支給されるパイロットスーツに備え付けられた簡易測定器を使ったところNジャマーの反応はまったく確認されなかったのだ。
こればかりはごまかしようもなく、それも自分から言い出したことなので偽装を疑う余地は皆無だった。
――まるで性質の悪いB級SF映画だ。大見得切った製作発表後から非難轟々、挙句、一部のスタッフが仕事をボイコットして流れに流れて丸一年、苦し紛れの未完成公開で黒い歴史にその名を残すことになるという伝説級の迷作に……
イカン、何を言ってるのか解らなくなってきた。
「とにもかくにも現実だ。理由はわからん。気まぐれな神が戯れ程度の気軽さでやらかしたことなのかもしれん」
「……もし本当にそんなことだったら、神ってのは俺の敵だ」
普段は信じてもいないものにこういうときに限って感情をぶつけるって人間ってのは勝手な生き物だなーと思いつつそれでも言う。
「で、アンタらは俺に何をさせたいんだ?」
「なぜそう思う?」
「でなけりゃあんなことやらかした後でこんな扱いされないだろ」
包帯を巻かれた頭を指差しながら言う。例のテストだのの合否は知ったことではないが、ここまで治療してこちらの現状を知らせるあたり自分はまだ解放されないのだろう。
「なるほどな、明白だ」
達人は得心したように頷き、腕を組みながら深くイスに座り直す。
「その話に移る前に聞いて欲しい。ゲッターと、鬼に関しての話だ」
――早乙女研究所の格納庫は常に慌しい。
研究員は整備も兼ねているので大抵はプロトゲッターのテストのための準備、もしくはテスト後の後始末で多くの研究員が忙殺される。 おかげでゲッター計画初期こそ結構な数の人員がこの研究所にいたのだが、今となってはそれの半分以下の人数しかいない。
もっとも、研究班はパイロットに比べればまだマシな方になるのだが。
……そして今日、格納庫はその『日常』とは違う空気で満たされていた。
「早乙女博士!」
階下からの呼びかけに目を向ける。ゴーグルを着けた研究員たちが奔走する中、一人がこちらを見上げていた。
「ケーブルの接続完了、いつでも行けます!」
「よし、実験を開始する。すぐに全員を下がらせろ!」
「わかりました!」
その言葉を聞き終えた後、視線を水平に戻す。
目の前にはワイヤーに吊り下げられ、大小無数のケーブルを繋げられた鋼の骨格。
機構を剥き出しにされた状態ではあるが鋭利な三又槍(トライデント)のシルエットはどこか獰猛さを秘めているかのようだった。
「博士、ゴーグルを」
「うむ」
手渡されたゴーグルを装着し、再び階下に目を向ける。退避は完了したようだった。
「よし……これより起動実験を開始する!」
「ゲッター線、注入します!」
隣に立った研究員がレバーを上げる。
ケーブルからエメラルドグリーンに輝くゲッター線が液体のように流れ込み、鋼の怪鳥の無機質な身体に毛細血管のように細く光が奔っていった……
「ゲッター線は一言で表すなら魔法の光体だ」
そんな言葉で始まった話はにわかには信じがたいものだった。
――それはわずかな量ですら膨大な力を秘め、宇宙を満たすように存在する無限エネルギー。
一時期はこのエネルギーをその無尽蔵という特性を活かし宇宙開発の面での研究が進められていたが、一部の研究者が軍事利用としての利用についてのレポートを提出し、それが政府の目に止まった。
以降ゲッター計画は宇宙開発という目的を兵器利用のための研究に移り変わり、政府が監修する中でのものとなっていった、ということらしい。まだまだ未知の存在であるというのに、である。
「……勝手な話だな」
「確かにな、だが父さんは進んでその話を受けた。特に人員に関しての優遇を約束する代わりにな」
「そんな、何で?」
「ほとんど同時期に現われたんだよ、鬼がな」
……鬼、この世界に来て初めて見たあの怪物か。
「父さんは鬼に対抗するためにゲッターロボを造り上げた。まぁ未だに完成していないんだが」
「完成してない? でもアレは」
「あれは試作機だ。基本的な機構は完成型と同じだが炉心の出力がまだまだ足りていない」
――衝撃だった。ただでさえMSを遥かに凌駕する性能のあれが試作品?
「そもそも、ゲッターロボってなんなんだ?」
「三機の戦闘機のパターンを入れ替えることで三種のロボットへの合体が可能、というのは知ってるな?」
……それは痛みとともに充分すぎるほど身に染みている。
「それぞれの形態は戦う地形や戦術に特化している。地形なら空戦、陸戦、海戦という具合にな」
「なるほど……」
シルエットやウィザードシステムと似ているな、と感じた。とはいえまったく別と言ってもいいほどの変貌を遂げるゲッターとは比べられるレベルではないが。
「本来なら三人でゲッター一機の編成だ。三人揃わなければ完全な力を引き出すことはできない」
「なるほど……って待った!」
今何かが引っかかった。
「どうした?」
「じゃあ何か? アンタ俺と戦った時って三人がかりだったのかよ!?」
「いや、俺一人だ。他の機体からでもコントロールが効くようになっている」
予想の斜めを行く答えだった。なんかこう認めたくない方向に。
「ってことは、あのときって」
「フルメンバーのときの三分の一以下の性能だった、ということだな」
……何だこの敗北感。これならまだ三人がかりだったほうがよかった。
「シン」
「……なんだよ」
不貞腐れる。ガキっぽいとは思うが手加減されたのにあれだけボコボコにやられたのだ、不機嫌にもなる。
「悔しいのか?」
「……そりゃ悔しいさ」
「それは俺に負けたことか? それとも無力な自分が、か?」
「だったら、なんだよ?」
どうにも意図が読めない。どこか誘導されてるような気がする。
「ゲッターのパイロットになってみないか?」
「――――は?」
意味が解らなかった。なんでそういう質問をかけるのかが。
「なんで俺が? っていうか、なんでそうなるんだよ?」
「例のテストの結果だ」
あぁそういえばそんな名目でしたね、あの私刑(リンチ)。
「ってことは合格だったのか俺?」
「いいや全然。及第点以下だ」
……待て。
「だがそれなりの素質がある可能性もある、というのがこちらの見解だ。一から鍛え直してみないか? ゲッターの、パイロットとして」
やなこった、と言いかけたが口から出ることはなかった。何故だろうか、厄介ごとだと解りきってるのにもう少し話を聞いてみたくなった。
「素質って、なんだよ」
「お前が俺に一発、良いのを入れただろう? あの爆発力だけはなかなかのものだった」
そう言いながら達人は自身の頬を指差して苦笑した。
「どうせ自分の世界に帰る当てもないんだろう? こちらはその手段を探す、お前はその代わりパイロットとしてこちらに尽くす、ギブ・アンド・テイクだ」
「……強引だな」
「父親譲りでな、その上しつこい」
最悪だよそれ。
だが確かにこちらでは行く当てはまったくない。プラントもザフトも――ついでにオーブも――存在しないのだから当然だ。
それに、
「……わかったよ」
少なからず、ゲッターという存在に興味があった。それはとても危ういものだと思う、しかしそれでも気になり始めていた。
――ゲッターとは、なんなのか?
「交渉成立だな。……あぁそうだ、これは返しておく」
そう言って傍らの小さなデスクに何かが置かれる。
ピンクの、携帯電話。
「あ」
「すまないな、お前が着ていた服に入っていたのを預からせてもらっていた」
そうか、いつもお守り代わりに持っていたから……
今の今まで忘れてた自分がなんか情けない。
「地獄へようこそシン・アスカ、どれほどの付き合いになるかわからんが歓迎しよう」
感慨を覚える暇もなく憎たらしいほどのふてぶてしい笑顔でそう告げられた。
――ひょっとして早まったか? 俺……
「ゲッター線の注入、完了しました!」
報告を聞き終え、早乙女博士はゴーグルを外す。外見上の変化は見られないが全身にゲッター線が走っているのをモニターで確認する。
「よし、続いて可変機構のテストを行う」
「合体モード、スイッチオン!」
ボタンが押された瞬間、鋼の骨格に変化が生じる。
両側の突起が折りたたまれ、中心の矛先が先端から二つに割れた。剥き出しの機構が連鎖式に細々とした変形を遂げ、割れた矛先の中心あたりで二つの光が灯った。
――すべては一瞬、コンマ数秒での出来事だった。
「…………どうだ?」
データを計測している研究員に問いかける。他の研究員も同じだ。
この一瞬のために長い時間が培われてきたのだ。今度こそ、今度こそはという期待が目に宿っている。
「計測完了……」
誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
「数値は予測の範囲内……成功です!」
ワッ、と格納庫で喝采が沸いた。抱き合う者、むせび泣く者、それぞれが堆積した思いを存分に溢れ出させていた。
「やりましたね、博士!」
「うむ……」
しかし早乙女博士は取り立てて反応を示すこともなく変異したマシンに目を向けていた。
「ようやく、か」
その言葉にどれほど感情があったのか、どんな思いが込められていたのか、この一時の成功に浮かれる者たちがその機微を察することもなく、鋼の宿した双眸だけがそれに気付いたように爛々とした光を発していた。
――前略、天国のお父さんお母さん、それにマユ。
と思ったけど何か伝える余裕もないので全略。不甲斐ない息子と兄を許してくれ切に。
「どうしたぁ新入り! もうギブアップかぁ!?」
「だ、だれ、が、ががが……!」
意地って時には面倒なものだよなーとか思いながらガチガチと歯が鳴る音を聞く。
ここは遥か上空1万mちょっと。平たく言えば雲の上。
そんな場所をマッハの速さでかっ飛ぶ戦闘機、『コマンドマシン』の後方操縦席で人には見せられないような姿晒している俺の名はシン・アスカ。
地球は、狙われて……
「ほぅら、お次はきりもみだ!」
「ぐぉぶっ!?」
腹から込み上げてくる嘔吐感をなんとか抑える。ボケる暇もありゃない。
――なんでこんなことになったのか、以下ダイジェストでお送りします。
傷を癒したシンは達人から他のゲッターチームのメンバーを紹介された。
どいつもこいつもえらく柄の悪い連中というかどこのマフィアか極道ですかと問いかけたくなった
がなんと自衛隊の陸海空のエリートを選出した上でゲッターの適正試験を潜り抜けてきた猛者たちとのこと。
これからの訓練は達人と彼らの指導の下行われるらしいと聞いて不安が二乗したのは言うまでもあるまい。
まずは基礎体力を測られたがこれはクリア。続いて操縦技術のテストもギリギリだが通過。運動神経・反射神経のテストも及第点でテスト尽くしの一日が終わった。
その翌日から訓練が始まったのだがその最初に課せられたのが音速下における戦闘であった。
ちなみにコマンドマシンは複座式で操縦は蛭田という男――例のテストで乗ったプロトゲッターの正式パイロットらしい
――に任せて自分はガンナーとしてシミュレーターの表示される仮想的を撃墜していく、という訓練だった。
ちなみに自分に合う戦闘服がなかったのでザフトのパイロットスーツで代用することになった。機能としては問題ないらしい。
MSの実戦を経験した身としてはこの程度のことどうってことない、そう思っていた時期が俺にもありました。ついぞ10分ほど前までですが。
以上、ダイジェスト終わり。
回想という名の逃避から帰ってみればそこは変わらぬ生き地獄だった。
――死ぬ死ぬ、これ余裕で死ねる。
いつぞやのカニモドキに引っ張りまわされた時とは比べ物にならない。
「どうだぁルーキー、ジェットコースターよりもずっとスリリングだろ!?」
ジェットコースターっていうかデッドコースターっすね。
急旋回、急上昇、急下降、急加速に急減速の連続。その度にあらゆる方向にGがかかりまくるもんだから身体を全方向から抑えられて正直指一本すら動かせません。
息も絶え絶えで目が霞んでモニターが見えないからターゲットも見えない、というか腕が動かせないから訓練が始まってから実は一発も撃ってません。
ていうか撃てません。
なまじ体力と丈夫さには自信が持てるくらいだからなんとか気を失わずにいられるものの、そのせいで内臓が飛び出そうなほどの圧迫感に絶えず苦しむ破目になる。
『――シン、大丈夫か? バイタルサインがレッドゾーンに入りかかっているが』
通信機から達人の声が聞こえた。これだけ意識がすっ飛んでいきそうなのに聴覚だけはまだまともに機能しているようだ、耳鳴りも酷いが。
「な・ん・と・か」
歯を食いしばりながら返す。
ホントはあんたらだってこれ無理だろとか悪質な新人いびりだろとかぶっちゃけありえねーとか言いたいことは山とあるのだがたった四文字の言葉だけで精根尽き果てそうだった。
『蛭田、あと一分で終了する。それ以上は危険だ』
「了解。ったく、だらしねぇ新人だぜ」
ふざけんなこのサ○野郎。
言いたくても言えないこの気持ち、どこの誰でもいいから察してくれ。
「ふ、ふへへ、ふへへへへ……」
ヤバ気な笑いまで漏れてきました。こらもう駄目かもわからんね。
「おらおらぁ! もう少しで終わるからって気ィ抜くんじゃねぇぞ!」
魂ならもう抜けかかってます。なんて皮肉を反射的に言おうとしたところで急加速がかかり、思いっきり舌を噛んだ。
「ぐ……!?」
鉄錆の味が口一杯に広がる。じわりと広がってくる痛みと不快感のおかげで危うく向こう側に渡りかけてた意識が引き戻される。
「――ぉ」
ぐちゃぐちゃになった頭で思い浮かんだのは当初の目的。多少マシにはなったとはい
え視界は相変わらず真っ赤になったり真っ暗になったりと目まぐるしく変化し続けるが、それでも何とか腕を動かす。
「ぬ、あ、あぁぁ……」
ジワジワと、ミリ単位でレバーまで手を運ぶ。
あと少し、あと少し、あとすこ……
「残り30秒! これで終わりだなぁ小僧!」
終わり? 本当に終わりなのか?
ふざけるな、俺はまだ何もやっちゃいない!
「クソッ、たれえぇぇぇぇぇぇ!!」
レバーを掴み、トリガーを引く。トリガーを引く。トリガーを……
そこで致命的なミスに気が付いた。
『攻撃を確認、しかし撃墜はありません!』
当然だった、狙いもつけずに当てられるはずがない。
「――チ、クショウ」
やってしまった、熱くなってこんな素人以下のミスをやらかすなんて……
『そこまでだ』
無常にもタイムアップが告げられる。わずかだがスピードが落ち、呼吸が楽になる。
『攻撃は二回、命中はゼロか』
ほとんどシートにへばり付いてただけだったからな、と自嘲気味に振り返る。
『まぁ、よくやったほうだな』
「へ?」
『初回で攻撃出来ただけでも評価できる、ということだ。賭けは俺の勝ちだな蛭田?』
チッ、という音が前から聞こえた。賭けってアンタら……。
『だがこれで満足するなよ。結局お前は目標を一つも落とせなかった、つまりは死亡だ。そのことに変わりはない。明日もまたやるぞ』
「……了解」
もう反発する気も起きなかった。手を少し動かしただけで全力を出し切っていた。
『今回の訓練は終了だ。蛭田、すぐに帰還しろ』
「わかった」
――だからだろうか、前方のあからさまな悪意に気付けなかったのは。
「おっと、間違えた」
「……え?」
何を間違えたのかと聞こうとした瞬間、コマンドマシンは音速の領域へと突入した。
「―――ッ!?!?」
不意打ちの衝撃で眼球が裏返り、口から何かが溢れ出し、意識は彼方へと旅立って行った。
……最近気絶すること多いよなぁ、なんてことが頭をよぎった。
――真っ白な天井が見えた。
知らない天井……
「ってそれはもういい」
自分で自分に突っ込みを入れながら――この時点で大分ヤバイよなと思いつつ――起き上がる。
よく周りを見渡せば昨日目覚めた部屋だった。もしくは内装が同じ部屋か。
「二日連続でこのパターンかよ……」
頭を抱える。少し、いやかなり甘く見ていたかもしれない。ふと視線を脇に向けると棚の上にマユの携帯が置かれていた。
「……なんでここに?」
手に取ってベッドから立ち上がる。窓の外を見てみると陽が山の向こうへ沈みかけていた。
3、4時間は気を失っていたらしい。まだわずかに足がふらついている。
「それになんか、口の中に違和感が……」
「当然だ、気絶しながら吐いてたんだからな」
振り返ると達人が壁に背を預けて佇んでいた。
「……アンタいたのか」
「これでもガキのお守りの任を受けてるんでな」
反論しようとして、やめた。いや出来なかった。言い訳すらできやしない。
「しかし危なかったな、もう少し遅かったら溺れ死んでたぞ」
自分の吐瀉物で溺死なんて冗談でも笑えない。まぁそんな笑えないことが現実にならなかっただけマシなのかもしれないが。
「スーツは洗いに出した。かなり凄まじいことになってたからな」
アーアーキコエナーイ。
「ってまさか、これにまで引っかかってたんじゃ……?」
おそるおそる携帯を見せる。
「ん? あぁそれなら無事だ。少しも汚れちゃいなかった」
「よかったぁ……」
ぶはー、と大きく息をつく。これまで被害にあっていたら首吊って飛び降りて海の藻屑となるしかない。
……我ながら猟奇的な順番だ。
「しかし、そんなに大事なものなのか?」
――あ~やっぱ来たか、と内心で苦笑しながらできるだけ何ともないように返答する。
「形見なんです、妹の」
あ、絶句してる。まぁ予想できた反応だった。
「すまない、さすがに遠慮がなさすぎた」
「別に気にしてないですよ。初めて会った人なら毎度聞かれてるし」
実際、ミネルバのアカデミー同期生なら大半は知っていた。男がピンクの携帯なんて持ち歩いてるのだから当然と言えば当選だった。
「妹、か……俺にも妹がいるんだ」
どこか遠くを眺めているような声音で語られた。
「この研究所に?」
「いや、たまにここへ来ることもあるが本業が忙しいみたいでな。今は離れている」
自分に倣ってか、傍らに並んで夕陽に目を向ける。燃えるような、血に塗れたような、そんな光景だった。
「……昔は、明るい娘だったんだがな。母さんが亡くなってからまるで変わってしまった」
「亡くなってって、まさか鬼に?」
「いや、病気だった。元々身体が弱い人でな。父さんの友人からも言われたよ、よく二人も子供を産めたと羨ましがられた」
来留間博士と言ったかな、と小さく呟くのが聞こえた。
「父さんは、死に目に会わなかった。いや見舞いにすら行かなかった。だが母さんは息を引き取る瞬間まで言っていたよ、どうか父さんを恨まないでくれと」
「妹さんは、早乙女博士を恨んで?」
「さぁ……どうだかな。少なくとも軽蔑はしてるみたいだが」
俺も含めてな、と溜め息に後悔が混じっているように感じた。
「――やり直せばいいじゃないですか」
半ば脊髄反射で言葉が出てきた。視線がこちらに向けられるがもう止まれない。
「家族がそんな風に溝を作ってるなんて……なんかこう、嫌じゃないですか」
生きてるのに、と言ってしまってから後悔の念が胸を埋め尽くした。何を勝手に自分と重ね合わせているのだと。
「……すみません、詳しい事情も知らないのに」
「いや、その通りだと俺も思ってはいるんだ」
そう言う達人の顔には自嘲気味の笑みが浮かんでいた。
「今日まで諦めかけていた。いや、実際諦めていた。だが確かにこのままじゃいけないな」
「達人さん……」
「もう一度、苦労してみるか。出来の悪い生徒が一人前になったらな」
――出来の悪いって、
「もしかしなくても俺ですか?」
「もしかしなくてもお前の事だ」
ガックリとうな垂れる。どうせ俺なんか……
「そう落ち込むな。ゲッターチームは皆三ヶ月の訓練を経て今に至るんだ」
あと二ヶ月と二十九日もこんな訓練が続くんですか。
「明日から吐いても止めないからな。なに大丈夫だ、気絶しても身体だけは鍛えられる」
悪魔だ、悪魔がいる。
「……俺死んじゃったりしないですか?」
何を今さら、と前置きされて答えが返ってきた。
「この訓練を受けたメンバーで生き残った四割が今のゲッターチームだ」
――ちなみに五割が死亡、一割が一生ベッドの世話になってるそうだ。
……父さん、母さん、マユ、ひょっとしたらもうすぐ俺もそっちに逝くかもしれません。
こうして地獄すら少しはマシなんじゃないかと本気で考えさせられた訓練が幕を開けた。
ようやく音速機動で気を失わないようになったところでこれまたシミュレーターと実機を利用した合体訓練、ゲッターでの模擬戦闘、生身の白兵訓練、エトセトラエトセト
ラ……どれも生半可なものではなかった。教官方の殺る気マンマンな指導のおかげかアカデミーの訓練なんてお遊戯に思えるくらいになってしまった。
どれもこれも翻弄されっぱなしだったがナイフを用いた訓練はかなり早い段階で高評価を得られた。
これだけは自信があっただけに満足……と思ったのだがその後の訓練は八つ当たりじみた教官の暴走で殺されかけた。
そうして一ヶ月が過ぎ、合体訓練以外は苦心の甲斐あってかどうにか実戦は出来るだろうというレベルに落ち着いたらしい。
もっとも肝心の合体を上手くこなせないようでは半人前以下だとも言われたが。
実際に接してみて分かったのだが、達人を始めとしたゲッターチームの面々は決して悪い連中ではなかった。
ただ少し性根が捻じ曲がっていたりちょっと陰湿だったりわりと常識から外れているだけで……こうして挙てみると自分でも信じられなくなってくるが、それでも悪人ではなかった。
彼らからは多くのことを教え込まれた。その過程でそれぞれに信念や目的があり、鬼に恐怖し震えていてもここにいることを知った。
――彼らからもっと学びたいことがあった。だがそんな思いは、砂でできた城のように簡単に崩されてしまった。
「ゲッターチーム応答せよ、ゲッター――」
「各自、情報を収集――」
「駄目です、爆発の影響で――」
気付けばそんな慌しい言葉が行き交いしていた。
……目の前で起こったことが信じられなかった。今日の訓練が終わった直後、再び鬼が現われた。
ゲッターチームは迎撃のためにメンテナンス中だった達人のゲッターを除き全機出撃、鬼と交戦し……そのほとんどが破壊された。
あまりにも圧倒的だった。あれだけの力を持つ機体が、MSを遥かに超越した能力をッ蔵したロボットが、自分をあんなに振り回した巨体が、
――たった一匹の鬼に、傷一つすら負わせられずに散っていった。
残る二機のゲッターが同時にゲッタービームを放ったがうち一発は相殺、もう一発は命中したものの出力不足で有効なダメージを与えられなかった。
直後に蛭田のゲッターが装甲を引き剥がして鬼を抱え、達人のゲッターが剥き出しになった炉心にビームを撃ち込んで反応させてゲッターエネルギーの爆発が起こした。
緑色の光が首なしのゲッターを中心に膨れ上がり、モニターがブラックアウトした。
「あ……あ……?」
違う、そうじゃない。それだけじゃない。
――死んだ、みんな死んでしまった。
あんなにも呆気なく、あんなにも簡単に。
「映像、来ます!」
ザッ、というノイズが画面に走る。
『こちら、達人……』
その声で意識が引き戻された。
――生きていた!
その安堵は、しかしすぐに霧散した。
映し出された画面では、達人は崩壊したコクピットの部品に埋もれていた。
『生きているのは……俺だけだ、父さん……他は、みんな――』
そこまで言って、達人が糸の切れた人形のようにガクリと倒れこんだ。
「達人さん!?」
司令室にざわめきが広がる。そんな中、落ち着いた様子でキーを叩き、バイタルをチェックする男がいた。
「死んではおらん。回収を頼む」
「は、はいっ!」
それだけの指示を出して早乙女博士は司令室を出ようとしていた。
「……それだけ、なのか?」
立ち去る背中に向かい問いかける。聞く耳があるのか分からなかったが、それでも下駄の音はそこで止まった。
「あんたの息子だろ? あんたの目的のために今まで必死になってた連中なんだろ?
それなのになんで、なんでそんなに落ち着いていられるんだよっ!?」
怒りよりも混乱のほうが大きかった。早乙女博士の態度はあまりにも冷めすぎていて、それが不思議で仕方がなかった。
「……お前はわしがどんな反応すれば満足なのだ?」
「どんな、って」
「泣き喚けと? 叫べと? 悔しがれと? 鬼どもに対して復讐を誓えと? そんなことは時間の無駄だ。
それより一刻も早くゲッターを御せる人間を探すほうが奴らに報いることができるというものだ」
――ギリ、と歯をかみ締める。
確かにそれは正論だ、非の打ち所のないほどの正論だ。
でも、それでも、
「俺は、納得できない!」
「ならばずっと沈んでいるがいい。邪魔にならん程度にな」
そう言い残し、早乙女博士は扉の向こうへと姿を消した。
「…………クッ」
歪んだ視界で天井を見上げる。
――この世界に来て、一ヶ月。シン・アスカという存在はどうしようもないほどに無力だった。
鬼の襲撃をなんとか退け、ついに戦闘用ゲッターのイーグル号が完成する
無力感に打ちのめされながらもそのゲッターの戦闘力を知り再び訓練を重ねるシン
しかし早乙女博士はゲッターのパイロットに相応しい男を見極めるために動き出していた
ついに研究所への侵入を果たした鬼の群れを掻い潜り、ついにシンは出会う
その男の名は、流竜馬!
次回! ゲッターロボ運命(デスティニー)
『波乱と絶望、そして流竜馬』
に、ゲットマシン・発進ッ!