960 ◆xJIyidv4m6 氏_Turn Against Destiny_第04話

Last-modified: 2010-01-29 (金) 02:59:34

第4話「七年」

 
 

青白い光の翼を広げたその姿はまさに天使。
ザフトの総司令官にして広告塔であるキラ・ヤマト乗るところのライトニングフリーダムを、
ヤマト隊の一人はそう評した。

 

「いくらヤマト隊長とはいえ、そう簡単にはやらせないわ!」

 

既に隊長同士の一騎打ちを残して、模擬戦は終了していた。
ヤマト隊のメンバーに適度に手加減されたホーク隊の新兵達は、敗れはしたものの、
端から見れば「かなり健闘した」と言える内容で模擬戦を終えている。

 

「行くよルナマリア……!」

 

ライトニングフリーダムのスーパードラグーンが本体の周囲にずらりと並ぶ。
機体中央のカリドゥスが砲腔を輝かせ、腰のクスィフィアス3が起き上がる。
マルチロックオンシステムがルナマリアのセカンドインパルスを捉える。
初代フリーダム時代からのキラの必勝の形、ハイマットフルバースト。

 

「……これで!」

 

ライトニングフリーダムが吐き出した圧倒的な火力を、身を捩ってかわす。
フォースのウイングを一枚持っていかれたが、ルナマリアは頓着せずに機体を前に押し出した。
突進しつつビームライフルを連射。ドラグーンを狙ったビームはその動きを阻害するも、撃墜には至らない。
それでも、接近するための時間稼ぎはできた。
ビームサーベルを抜き、ライトニングフリーダムに斬りかかる。

 

「くっ?!」

 

たまらずサーベルを抜き合わせて応じるライトニングフリーダムに、
ルナマリアはライフルを捨て、もう一本のサーベルを抜いた。

 

「ああっ?!」

 

エターナル艦橋で、メイリン・ホークが小さく悲鳴を上げる。
しかし、ライトニングフリーダムは前蹴りでセカンドインパルスと距離を取った。
今度はメイリンのみならず、他のブリッジクルーも小さく溜め息を漏らす。
この模擬戦は実弾を用いてのものだ。それは、「どうせなら」というルナマリアの提案からだった。
実弾を使っての模擬戦にはキラも腰が引けていたが、
「ヤマト隊長なら上手いことダルマで終わらせられるでしょ?」と茶目っ気たっぷりに言われ、
結局押し切られてしまった。

 

「どうしたんですかヤマト隊長……そんな逃げ腰でぇっ!」

 

接近戦を嫌ったキラにルナマリアのセカンドインパルスがライフルを掴み直し、再び連射しつつ突進する。
が、ライトニングフリーダムがドラグーンで弾幕を張って牽制し、
その弾幕は徐々にセカンドインパルスを包囲する。
ビームの弾幕を避けて距離を取りつつも、ルナマリアはライフルを更に連射。
その弾道は、間違いなくコクピットを狙ったものだ。

 

「精度が上がっている?それにこのタイミングは……!」

 

キラが避ける一歩先を予想して絶妙のタイミングで放たれるビームは、キラの予想以上に正確で、
際どいタイミングでの回避を強要させられる。
キラはルナマリアから明らかな殺意を感じた。

 
 

(何やってんだろ、私)

 

これ以上ないくらい絶好調で、キラ相手に互角以上の戦いを演じられているというのに、
ルナマリアは妙に冷めていた。
部下のために申し出たこの演習が、まるで自分から望んだかのように感じられていたのだ。
ルナマリア達が敗北した、七年前の復讐を遂げようとしているかのように。
ルナマリア本人でさえ、キラ達に対するわだかまりなどいい加減に風化したと思っていたというのに。

 

「ルナマリア、君がこんなにも腕を上げていたなんて……」
(ここでヤマト隊長を倒しても、シンが帰ってくるわけじゃない……)
「なら、半端に手を抜いてはいられない!」
(シンの背中を守れるように、って強くなろうと思ったけど、シンがいないなら私は何のために……?)
「行くよ!」
「えっ?」

 

ライトニングフリーダムが骨のような背中のウイングから、青白い光の翼を吐き出した。
急激にスピードが上がり、ルナマリアを翻弄する。

 

「は、速い?!」

 

セカンドインパルスを中心に据えて円を描くように飛ぶライトニングフリーダムをビームライフルで狙うも、
ヴォワチュール・リュミエールの最高速にはFCSが追い付かなかった。
即座にマニュアルに切り替えるが、瞬く間にカメラの外に消えていくライトニングフリーダムを
捉えることができない。

 

(私、強くなったよ。強くなった私を知ってほしい。
 今どこにいるのかもわからないけど、またあなたに会いたい……)

 

キラはライトニングフリーダムにビームサーベルを抜かせ、激烈なスピードで方向転換し、
セカンドインパルス目掛けて突進した。
それを一瞬の内に認識したルナマリアはまたもビームライフルを捨て、同じようにビームサーベルを抜く。

 

「うおおおおっ!!」
「シン、見てて!」

 

ビームサーベルを両手に構えた二機が交錯し、一瞬の後、
セカンドインパルスの右腕、右足が弾けるようにちぎれ飛んだ。
しかし、その一瞬の間にセカンドインパルスの左手が僅かに動き、
振り向くこともなく後ろに――ライトニングフリーダムに――ビームサーベルを投擲した。

 

「っ?!」

 

超人的な反射神経で避けたサーベルはコクピット横を僅かに掠め、漆黒の虚空に抜けていく。
安堵したのも束の間、何かがライトニングフリーダムの横を通り抜けた。

 

「ワイヤー?……っ!!!」

 

ワイヤー。
の先にあったのは、ロケットアンカーだった。
ルナマリア機に追加装備された、セカンドインパルスの左腕から伸びたロケットアンカーが
投擲されたビームサーベルを掴み、猛烈な勢いで引き戻す。
更にセカンドインパルスが左腕を振り、その慣性で、
ビームサーベルがライトニングフリーダムに襲いかかった。

 

しかし、その瞬間にキラの「種」が弾けた。

 

僅かに体を捌いてサーベルをかわしたライトニングフリーダムのカリドゥスが唸りを上げ、
セカンドインパルスの左腕を肩口から粉々に打ち砕く。
その余波はセカンドインパルスの胴体にまで及んだ。

 

「あっ……?」

 

胴体を削ったカリドゥスのエネルギーは、機体の胸部に小爆発を起こした。
ケーブルが弾け、内部機器が露出する。
もしも大気圏内なら派手に火花が飛び、もうもうと黒煙が上がることだろう。
そして、コクピット内も無事では済まされなかった。
ルナマリアはそれ以上言葉を発することができず、彼女の意識はそこで途切れた。

 
 

「お姉ちゃん……?!お姉ちゃん?返事して!お姉ちゃんっ!」
「キラ様、ルナマリア・ホークをエターナルに!医務室、怪我人の受け入れ準備を!」

 

光を失って焦点をなくした目のまま、キラは呆然としていた。
いや、目の前で起きた事態はしっかりと認識していた。
しかし、キラの自我が意識を――というよりは目の前の現実を――拒絶した。
嘘だ。二の腕を狙ったはずだ。カリドゥスが強すぎた?ビームライフルを使っていれば、あるいは――?

 

「キラ!」

 

かすれた声に、キラの目が焦点を取り戻した。
と同時に、原型を留めていないセカンドインパルスを自機の腕に抱え込ませる。

 

(どれくらい経った?彼女は無事なのか?ごめん、ルナマリア。
 ラクス、君が僕を呼んでくれなければ僕はきっと未だに……)

 

混乱している、と、キラの意識の中でどこか冷静な部分が囁いた。

 

「エターナル、緊急着艦用ネットを!」
「万端整っております!キラ様、お早く!」

 

落ち着きをなくしていたのは自分だけか、とキラは己を恥じた。
VLの翼を一瞬だけ広げ、急加速。エターナルとの距離を急速に縮めるや、
すぐにスラスターを吹かして減速し、相対速度を合わせる。

 

「お願いします!」

 

エターナルのハッチにセカンドインパルスが放り込まれた。
しかし相対速度を整えられたそれは、美しさすら感じる緩やかさで緊急着艦用のネットをたわませ、
ゆったりとエターナルのハンガーに漂った。

 

「急げ!」

 

セカンドインパルスのコクピットにエターナルのメカニック達が取り付き、ハッチを引き剥がす。
やがて、ひび割れたバイザーの内側に血玉を浮かべたルナマリアが引き出された。

 

「隊長……」

 

呆然と呟くホーク隊の少年とは対称的に、エターナルの艦橋では一人のクルーが冷静に職務に励んでいた。

 

「ラクス様、ホーク隊は隊長であるルナマリア・ホークを除けば全て新兵です。
 彼女を欠いては明日からの哨戒任務を遂行することは不可能です。
 ホーク隊はローテーションから外さざるを得ないかと」
「……」
「ラクス様」
「……編成はあなたに一任いたします。お願いしますわね」
「はっ」

 

さすがに苦々しく言うラクスともまた対称的に、男は黙々と職務に戻った。
ほんの少し前までは上へ下への大騒ぎだった演習宙域は、
まるでその男に引きずられたように落ち着きを取り戻していた。

 
 
 

とある艦船の一室、二人の男が話し合っていた。

 

「計画は変更された」
「ああ?なんでまた」
「新しい情報だ。ルナマリア・ホークが模擬戦で重傷を負った。
 シン・アスカには彼女が復帰するまでの間、ホーク隊の隊長代理をやってもらう」
「はあ?ホーク隊に副官はいないのかよ」
「多数の新兵と一人のベテランで構成される訓練部隊だ。副官も名ばかりの新兵なんだよ」
「よくもまあ、それで部隊の体面が保ててたもんだ」
「やむを得んだろう、ザフトも人手不足なんだ。三ヶ月もあれば彼女も復帰できるだろう。
 むしろ好都合かもしれん。
 復隊直後から計画通りのポストに就かせては、色々と支障が出たかもしれんしな」

 

男は言い捨て、部屋を出た。
自動で閉まっていくドアの隙間から覗く白い裾に、もう一人の男が溜め息を漏らす。

 

「ま、シンにはせいぜい俺達のシンパを増やしてくれることを期待するか」

 
 
 

「嫌ですよ、そんなの!」
「そうだよ、よりによって……」
「あなた達、病室で騒ぐなら出て行きなさい!……あら、起きちゃったかしら?」

 

白い天井。霧が晴れていくように、少しずつ五感が回復する。
薬の匂い、柔らかなシーツ、ようやく覚えてきた部下達の顔、小太りの看護士。そして……

 

「ジュール隊長?それに……」

 

回復してきた視界がまたもぼやけた。頬を伝う涙、涙――

 

「――シン」

 

その名を呼ぶ。六年振りに出会った二人。
ルナマリアが模擬戦で敗北してから、実に一週間後のことだった。

 

「会いた――アイタタタっ?!」
「??」

 

体を起こそうとしたルナマリアだが、それは激痛に阻まれた。
頭上に疑問符を浮かべながらも、慌ててベッドに駆け寄ったシンは、
ルナマリアの肩に手を置いて彼女を抑えた。

 

「無理するなよ。相当酷い怪我だって聞いたぞ」
「ごめん……」

 

ルナマリアの肩にシンの手が置かれたまま、「そういう視線」を交わす二人。
新兵達は二人の顔を交互に見つめ、イザークをじっと見つめる。
ザフト内では特に有名なイザークになかなか口を訊けない辺り、
やはりアカデミーを卒業したての新兵だった。

 

「お前達が想像しているような関係じゃあない。……以前はそうだったようだが」

 

新兵達の視線に耐えかね、イザークが言う。
言ったら言ったで、嘘だ、と言わんばかりの視線を浴びせられ、最後の一言を付け加えた。

 

「で、ルナマリア・ホーク。いいか?」
「はい」

 

肩から離れたシンの手が少し名残惜しいが、イザークとルナマリアは特別親密な間柄というわけではない。
そのイザークがわざわざルナマリアの病室に来たということは、仕事の話があるのだろう。
主に自分が怪我をしている間、ホーク隊をどうするかとか。

 

「貴様が復帰するまでの間、このシン・アスカにホーク隊の隊長代理を務めてもらうことになった。
 ……そうそう、まずはシンがザフトに復隊したことから言わねばならなかったな」
「本当ですか?!シン、本当に?」
「ジュール隊長が嘘言うわけないだろ」

 

軽く肩をすくめるシンに、ルナマリアはまたじんわりと目尻に涙を溜めた。

 

「本当なんだ……シン、帰ってきたんだ……」
「ああ、帰ってきたんだよ。泣くなよルナ……」

 

普段は鬼と見間違えんばかりのルナマリアが涙を流しているのを、ホーク隊の新兵達は驚いて眺めていた。
しかし、すぐに我に返った新兵達は、ルナマリアが起きる前までやっていた抗議を再開した。

 

「なんでシン・アスカなんですか?この人、メサイア戦役の戦犯でしょう?」

 

茶色の髪をぴっちりと七・三分けにした、背の低い少年が言う。
彼はホーク隊の形ばかりの副隊長で、新兵なりにその責任を果たそうと頑張ってきた。
その少年に、イザークが応じる。

 

「不満か」
「だって、シン・アスカのことはアカデミーでも習いました。
 デスティニープランに賛同して、ラクス様やキラ様を殺そうとしたって」
「できなかったけどな」

 

シンはどかりと病室の椅子に前かがみに座り込み、七・三分けの少年を見上げる。
必然的に下から睨み付けるような形になり、少年の肩が僅かに震えた。

 

「俺は正式にザフトに復隊して、正式に今回の件に関する命令を受けた。
 その辺はキラさんもラクスさんも承知の上だ。
 その上で俺に何か文句があるなら、俺やジュール隊長にじゃなくて議会にでも怒鳴り込んでこいよ」
「……」

 

少年は気圧されたかのように身じろぎしたが、やがてシンの目をまっすぐに見つめ、言った。

 

「……申し訳ありませんでした、アスカ隊長代理」
「『代理』は要らない」
「……はい」

 

せめてもの抵抗のつもりだったらしいが、それもすぐに止んだ。
そしてシンは椅子から立ち上がり、順繰りにホーク隊の隊員達を見回す。
これから数ヶ月を共にする仲間達の顔は、いささか童顔過ぎた。
シンは病室に集まった面々をぐるりと見回すと、言った。

 

「じゃ、よろしくな」

 
 

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