960 ◆xJIyidv4m6 氏_Turn Against Destiny_第05話

Last-modified: 2010-04-08 (木) 02:49:50
 

「アスカ隊長、よろしいですか」

 

ノックと共に、ホーク隊の副隊長がシンの私室に入る。
ぴっちりと七・三に分けられた髪の毛を見て、シンは彼が自らの副官であることを認識した。

 

「隊長が命じた、ホーク隊のMSパイロットの個人情報のリストです」

 

メモリースティックを手渡し、退出すべくきびすを返した彼の背中にシンの声が飛ぶ。

「ありがとな、ゴードン」
「……隊長」

 

心なしか床を踏みしめる足に力を込めて、副官の少年が振り返る。
その顔は怒りと呆れで引きつっていた。

 

「僕はエドワードです。ゴードンは背が高くてガッチリした体格の彼です」
「え……あ、悪い悪い」
「他の隊員の名前は覚えていらっしゃいますか」
「え、えっと……」

 

矢継ぎ早の追求に慌てるシンを見た副官の少年――エドワードは、
今しがた手渡したメモリースティックをやんわりともぎ取り、起動済みのパソコンに挿入した。
マウスを繰って幾度かクリックすると、ホーク隊の隊員たちの情報が顔写真付きで表示される。

 

「いいですか、背が高くて顔がいかついのがゴードン、整った顔立ちをしているのがジェームズ、
 背が低くてやや肥満気味なのがパーシー、唯一の女性パイロットがジュディです」
「えっと、……いかついのがゴードン、イケメンがジェームズ、
 ぽっちゃりがパーシー、女の子がジュディ?」
「よくできました。……隊員の名前くらい早く覚えていただけますか?
 ついでに、僕はエドワードです。余裕がありましたら頭の片隅にでも留めておいてください」

 

刺々しくシンに釘を差し、では、と一言言うとエドワードは今度こそ退出した。
その後ろ姿を苦々しく見送ったシンは、時計に目をやった。もうすぐ訓練の時間だ。
意趣返しというわけではないが、今日は念入りに鍛えてやろう。そう心に決めたシンだった。

 
 

第5話「ホーク隊出撃」

 
 

「遅い!お前ら本当に目ェ開いてんのか!」
「くっ、速い……!エドワード、狙えるか!」
「無理だ!ゴードン、行ったぞ!」
「パーシー、ゴードンを援護しろ!」
「ジェームズ、どこ狙ってんだ!」
「ジュディ、ボサッとするな!」

 

シンが復隊して一週間。
誰が何を言ってるんだかわからないほどに混雑した言葉の群れはまとまってスピーカーから流れ、
少年少女の混乱は加速する。
わかるのは、シンが彼ら五人を相手取ってしごき倒してるということくらいだ。
しかし、そのシンも、彼らの訓練後にはイザークにしごき倒されている。

 

『いいかシン、隊長という役職は戦闘指揮を取ればそれでいいといいものではない!
 事務仕事、隊員のメンタルケア、余所の隊との折衝、隊内外の人心掌握、物資の管理と、
 今適当に数えただけでとんでもない数の仕事がある!隊長職がどれだけの激務かわかったか!
 わかったら返事をせんかこの腰抜けェ!!』

 

シンの脳内でイザークの台詞が木霊する。脳髄を揺らすような大音声は、思い出すだけでもめまいがした。

 

「……頭痛い……じゃあアスランもそれだけの仕事やってたのか……?」

 

アスランの場合はタリアという上官がおり、アスランは戦闘指揮をやっていればそれで良かった。
しかし、シンは名実ともに(代理とは言え)ホーク隊の隊長である。
戦闘指揮を執って、報告書を書けばそれで終わり、とはいかない。

 

「おまけに明日は非番だってのに、俺の歓迎会やってくれるらしいし。頼むから休ませてくんないかな……」

 

赤服を着てザフトに戻ったシンだが、ホーク隊の母艦はミネルバ級二番艦マルス。
そしてその乗員は、ミネルバ級一番艦、デュランダル政権時代のフラッグシップの乗員の
生き残りそのままだった。
つまり、勝手知ったる我らがミネルバクルーに無理矢理飲み会に誘われたというわけだ。

 

「しかし、知らない奴増えてたな……当たり前っちゃ当たり前か。
 ていうかアビーが副長ってのは意外だな……」

 

隊舎の自室に戻り、ベッドに倒れ込む。少ない荷物は荷解きされないまま、部屋の隅でふて寝していた。

 

「……艦長、大丈夫なのかな……
 ……アビー、艦長イジメてないだろうな……
 ……ヴィーノ、気に入らない奴のMSのコード引っこ抜いてないだろうな……
 ……エドワード、もうちょっと柔らかくなってくれないかな……
 ……ジュディ、もうちょっと怯えないで接してくれないかな……」

 

『お帰り、シン』
艦長となったアーサーが締まりのない顔で笑う。

 

『お帰りなさい、シン』
クールな表情に僅かな微笑みを載せて、アビーが言う。

 

『よう、シン。お帰り』
赤いメッシュの下で、ニヤリとヴィーノが笑う。

 

『こ、こんにちは。……あの、お帰りなさ、い?』
知らない顔のオペレーターが、アーサーやアビーに調子を合わせてくれた。

 

「マリク、チェン、バート、みんな、変わってなかったな……」

 

そこまで言って、シンは眠りに落ちた。その顔は、どこか間抜けなほどに安らいでいた。

 

次の日、シンの歓迎会は行われなかった。

 
 
 

「二人の安否の確認はどうなっている?!」

 

オーブ軍一佐にしてザフトFAITH、C.Eの正義の騎士、アスラン・ザラが叫んだ。
オーブ宇宙軍旗艦改クサナギ級クサナギ。
そのブリッジで、アスラン・ザラがパイロットスーツを着込んだ状態で艦長席の隣に立っていた。

 

「未だに確認はできていません。しかし落ち着いて下さい一佐、兵が動揺します」
「しかし!……いや、済まない。失態だった」
「お気持ちはお察しします。アプリリウス市でテロとあっては、一佐もご心配でしょう」

 

シンがザフトに復隊してから八日目、アプリリウス市、最高評議会議長の公邸を狙ったテロが発生した。
その方法は単純そのもので、コロニー外壁のメンテナンス業者を装った彼らテロリストは
ザフトパトロールの隙を突いてコロニー内に侵入、公邸のちょうど真上から、爆発物を投下したのだ。
しかし、彼らには誤算があった。
一つは、最大の標的であるラクスは偶然にもキラを伴って外出していたということ。
もう一つは、彼らの逃げる算段について。
彼らは作業用MSに追加ブースターを施し、それで脱出するはずだった。
「脱出」。どこへ?当然それは母艦か拠点の類になる。
しかし、MSで行けるほど近くにある拠点に逃げ込むというのも妙な話で、彼らはやはり母艦へと逃げ込んだ。
しかし、追加ブースターなどという派手で目立つ移動方法は瞬く間にザフトに捕捉されていた。
そこで彼らを追跡したのが、エターナル級と肩を並べる快足艦、ミネルバ級である。
公邸襲撃の報を受けて緊急召集されたマルスのクルーは、
即座にテロリスト殲滅、もしくは捕縛の任に就いた。

 
 

「……なんで?」
「ん?どうしたんだいシン?」

 

既にパイロットスーツを着て準備万端なシンは、ブリッジでしかめっ面をしていた。
艦長席に座るアーサーが、シンの言葉に振り向く。

 

「なんで俺達なんですか?新兵ばかりのホーク隊にこんな任務任せるなんて、おかしいでしょ」
「確かにそうですね。艦長、どう思いますか?」

 

シンとアビーの疑問に、アーサーは顎に手を当てた。

 

「あ」
「?」
「どうしました?」

 
 

怪訝そうな二人に、

 

「今日ひげ剃ってなかった」

 

と言うと、あからさまに脱力した顔になる。
アーサーは慌てて真面目な顔を取り繕ったが、ミネルバの副長時代の彼を知る者にとって、
アーサー・トライン艦長の威厳なんて、あってないようなものだ。

 

「別に今更じゃないかな?メサイア戦役の時だって、
 ザフトのフラッグシップたるミネルバには君達ルーキーばかりだったし、
 むしろあの時よりは恵まれてるよ。
 隊長にはベテランのシンがいるし、ルーキーの彼らだってそう酷い腕でもない。何より、数がいるしね」
「そうか……そう考えるとそうかもしれないですね。艦のクルーだってベテラン揃いだし」

 

シンが視線をアビーに向けると、アビーは涼しげな目線と共に首肯する。クールなのは昔からだ。

 

「ということは、おかしいのは昔からってことか」
「おいおい……」

 

得心顔のシンにアーサーが苦笑いしたその時、それまで会話に入り込めなかった新人オペレーターが、
少女特有のかん高い声を上げた。

 

「高熱源体捕捉、戦艦クラスと断定。距離5000!」
「――来たな」
「来たねえ」

 

ニヤリと笑うホーク隊のトップ2。シンはすぐにブリッジを出て、ブリーフィングルームに向かう。

 

「熱紋照合完了。地球連合製、ドレイク級と確認。
 ……ですが、通常のドレイク級よりも速い速度で航行しているので、
 何らかの改造が施されている可能性があります」

 

銀髪に浅黒い肌の少女の不安そうな声に、アーサーはまたもだらしなく笑う。
この男の特技にして生来の癖なのだが、締まりがないことこの上ない。

 

「ああ、海賊だとか傭兵だとか、テロリストみたいな連中は『俺カスタム』が大好きだからねえ。
 しかも大概が極端な仕様で、『反応は飛躍的に良くなるけど異常にピーキーで扱い辛い』とか
 『極限まで装甲を削って機動性を高めてある』みたいなのばっかり。
 大切なのはパイロット本人の腕とバランスだっていうのに――」
「艦長、それはMSの話では?」

 

ああそうだった、とアビーの指摘に驚いたような顔をするアーサー。
そしてそれに呆れたような声が、ブリッジの各所から飛ぶ。

 

「大丈夫っすか艦長?」
「何なら役職代わりましょうか?操舵って結構疲れるんですよね」
「医者紹介しましょうか?俺の幼なじみに医学生の奴がいますから、そいつを通して――」
「はいはい、お喋りはそこまでだよ」

 

苦笑しつつもクルーを諫め、徐々に接近しつつあるドレイク級との戦闘態勢に入る。
帽子の下の目は、もう笑ってはいなかった。

 

「ローラ、ブリッジ遮蔽。コンディションイエローからレッドに移行」
「了解。ブリッジ遮蔽。コンディションレッド発令。パイロットは搭乗機で待機して下さい」

 

ローラと呼ばれた緑服の新人オペレーターがややたどたどしく読み上げる規定の文句に従って、
展望ブリッジからCICブリッジに移行する。アーサーは満足げに頷き、更に要求する。

 

「ローラ、全方位通信開いて。一応逮捕できるものなら逮捕したいし」
「了解です。国際救難チャンネル開きます…………どうぞ!」
「ありがとう」

 

一つ咳払いをして、アーサーが滑らかに語りだす。
彼は仕事用の舌とプライベート用の舌を付け替えているのでは、と、以前アビーは当てずっぽうに言った。

 

「あー、こちらはザフト艦、プラント本国防衛艦隊所属のホーク隊。
 私は当艦の艦長、アーサー・トラインです。ドレイク級、応答願います」
「…………」

 

反応なし。しかし、アーサーは一方的に続ける。

 

「返事をしたくないなら黙って聞いて下されば結構です。
 貴艦には殺人未遂、器物損壊、傷害、及び国家反逆罪の嫌疑がかけられています。
 よって当艦は貴艦及び貴艦に搭乗する全ての乗員の引き渡しを要求いたします。
 お分かりいただけましたか?」
「…………」

 

アーサーが真顔になった。

 

「アビー君、トリスタン一番から四番照準」
「了解、トリスタン一番から四番、照準合わせ。目標、前方ドレイク級」
「えっ、ちょっと、いいんすか?!」

 

アビーに代わって慌てたのは、実際に火器管制を行うチェンだ。
その逡巡通り、ミネルバ級の主砲であるトリスタンはまだ照準を定めていない。

 

「いいんだよ。降伏する機会は与えた。それに無反応ってことは、死にたがってるってことだ」

 

アーサーの冷徹な声が響く。ブリッジクルーが驚いて息を飲む中、ローラ一人が妙に困った顔をしていた。

 

「艦長、いいんですね?」
「ああ、彼らは重罪を犯した。報いを受けなきゃならない」
「……了解」

 

シリアスそのもののブリッジのオペレーター席からそろそろと手が挙がる。ローラだ。
困ったような焦っているような、そんな顔だ。

 

「何かな?」
「す、すいません。あの………………チャンネルが、その……開きっぱなしなんですけど……」

 

一瞬、言葉の意味を理解しかねたアーサーの目が点になった。
しかし、アームレストの上で浮いているマイクを見た瞬間、疑問は氷解した。
アーサーは恐る恐る両の掌を合わせ、ブリッジクルーたちに告げた。

 

「……ごめん、受話器がちゃんとはまってなかった」
「…………つまり、今の会話は向こうに垂れ流しだったと?」

 

ブリッジクルーたちの中で真っ先に体勢を立て直したアビーが尋ねる。
ローラがこくりと頷いたその瞬間、モニターに映るドレイク級から多数のミサイルとMSが躍り出た。

 

「やばい!」
「艦長!」
「た、対空砲火!CIWSで迎撃して!シン、モ、MS隊発進だ!」

 
 

ブリッジクルーが慌てている最中、シンは自身にあてがわれたMSを入念にあらためていた。
それはセカンドインパルス。ルナマリアの機体を、シンの機体として調整し直したものだ。

 

「シン、モ、MS隊発進だ!」
「了解。出撃準備、完了してます」
「よし、MSを出すぞ!」
「了解。発進シークエンスを開始します」

 

突然の事態に青ざめたローラが、シン達ホーク隊の管制官となる。
まずはシンのセカンドインパルスとエドワードのザクⅢが、それぞれ両舷のカタパルトに収まった。
「カタパルト接続完了。システムオールグリーン!」

 

既に戦闘は始まっている。断続的に艦を揺らす振動に沈黙を守りきれず、シンはブリッジを呼び出した。
モニターに現れたのは銀髪に浅黒い肌、中性的な顔立ちをした緑服の少女。

 

「ブリッジ、状況は?」
「だ、第一波のミサイル攻撃は迎撃に成功しました。MS隊は接近中のMSの迎撃をお願いします」
「了解。……あ、そういや君、名前は?」
「え?」

 

本来であれば今日の歓迎会で行われるはずだったやり取りだ。
マルスに馴染みの薄いシンは、まだクルーの顔と名前が一致しない。

 

「あ、えっと、ローラ・フリエルです。よろしくお願いします」

 

オペレーター席に座ったまま律儀に頭を下げる彼女に、シンは苦笑した。
若いなあ、と呟いて、まだ自分も二十代前半であることを思い出す。

 

「オーケー。ローラ、よろしく」
「はい!それでは、カタパルト開放します!」

 

ミネルバの両舷のカタパルトが開く。
シンと反対側のカタパルトでは、エドワードが出撃の時を待ちわびているはずだ。

 

「進路クリア!発進どうぞ!」
「シン・アスカ、セカンドインパルス、行きます!」

 
 

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