Azrail_If_74_第02話

Last-modified: 2007-11-09 (金) 21:59:21

血のバレンタインより4日後、プラント最高評議会のクライン議長が地球圏に発した宣言、
所謂「黒衣の独立宣言」は地球連合理事会において、完全に黙殺という意見で一致した。
特に大西洋連邦の時の大統領であるゼーレン・アッシュはこう断言した。

「先に手を出したのは誰か? 地球を困窮させているのは誰か? プラントの野蛮な挑戦
には屈するわけには行かない。それが地球の総意である」と。

血のバレンタインより先んずる事、一週間前。
コペルニクスの悲劇によりその首脳陣の爆殺を期にその地位を継いだアッシュ大統領は、
その支持基盤であるブルーコスモスの影響を強く受けており、妥協と取られる言辞を行う
事は出来ない事もあったが、彼、アッシュ大統領もナチュラルとして、個人的な悪感情を
プラントに対し抱いており、それは多かれ少なかれ、地球連合首脳の共通見解であった。

NJ(ニュートロンジャマー)。
プラント最高評議会付主席報道官は楽観的に語ったものだった。
これは通商を妨害するだけの、クリーンな装置であり、これがプラントの地球への融和の証だと。
その優しい装置により、地球の総人口の1/10が死滅した時に、初めてプラントはその自らの行い
に恐怖した。

「蒼い血或いはノブレス・オブリュージュ・2」

寧ろ質素とも言える執務室で何時ものように傘下の企業への決済等を行いつつ、彼、ムルタ・
アズラエルは悩んでいた。
悩みの種は多い。
凪のように少しだけ書類が少なくなった午後の一刻。
首を回しながら呟く。
「あー、疲れました。全く…これだけの被害とは予想外ですよ、全く」
NJによる通商破壊により、地球圏の経済は大不況と呼ばれる状態に変遷し、アズラエルもその
傘下の企業の大幅な赤字修正により、彼の莫大な財産の内の幾ばくかを市場に溶かした。

加え、宙間戦闘用MAであるメビウスが、ザフトの新兵器であるMSにキルレシオの上では到底、
対抗出来ず、多くの熟練したパイロットを失っている事も又、アズラエルに取っては頭が痛い。
アズラエルは、彼の唯一の上位意志決定機関であるロゴスと、一つの見解を巡り、ここ数日
折り合いが悪かった。
メビウスにおける脱出機構の洗練化及びメビウスの装甲向上化プランをアズラエルはロゴスに
提出し、それが却下されたからである。
「でも、ですよ…? このプランによりパイロットの救命率が上がりますと、そのパイロット
を養成する費用に対し、費用対効果の上で、格段の向上を示し…」
ロゴスの一人はアズラエルを制し「それは分っている。だが…プランを導入するとなると
現状の生産工程では対応出来ん。君も初期投資費用という言葉は知っているね?」と皮肉るでも
なく、続ける。
「パイロットの救命率が向上したとしても儲かるのは政府でしかない。我々は慈善団体では
無いのだよ…ムルタ君」
思わずバンと机を叩きながら、アズラエルは立ち上がる。
「そういう問題じゃないんです! これは長期的視野に立って見ると、寧ろビジネスとして、我々
国防産業が大儲けするチャンスなんですよッ! 戦争はまだまだ続きます。だから、それを
痛くない形で終らせる為にも…現状じゃ、パイロットの在庫が尽きちゃいますよ?」

延々と議論が続く中、結局、その日は平行線で終った。
空いている時間にアズラエルは考える。
結局、MAメビウスの現状の能力において、国防産業連合が得るウマミは少ない。
何故なら、多く消耗される中、政府…中でも国防総省は、メビウスのダンピングを敢行し、更に
国防産業の利益部分を圧殺しようとしていた。
政府としても、これ以上の戦費の出失は避ける必要が財務省より、要望書の束となって、彼らに
それを要請していた。

「だから…国防総省を黙らせる意味合いもあるってのに…頭の悪い馬鹿ばっかりですよ、全く」
アズラエルはぶつぶつと独り言を呟きながら、端末にある書き物をしていた。
書き綴る中で、次第にアズラエルの胸の内に、小さな勝利の予感が沸いてくる。
それと共に、口元にも自然と笑みが零れた。

同じ頃。
L1宙域に位置するコロニー世界樹には地球連合第1、第2、第3艦隊、のべ80隻の航空母艦及び攻撃
艦艇、駆逐艦艇が集結していた。
偵察艦艇より月と地球の橋頭堡である、このコロニー世界樹に対し、ザフトの総攻撃が始まる事
を予知し、ユーラシア連邦及び東アジア共和国も又、地球連合として、その多くは無い宙間戦闘
艦艇集結させている。
第3艦隊はユーラシアと東アジアの混合艦隊であり、残る第1と第2は大西洋連邦の独自の艦隊で
あり、総指揮は知将として知られるハルバートン准将が執っていた。

「地球圏の興亡はこの一戦にあり。諸君の検討に期待するところ大である」

ハルバートンをして指揮官に選ばれたのは、大西洋連邦及び東アジア共和国及びユーラシア連邦
間の政治的綱引きの結果であった。
この宙間での戦闘を期に、一挙に月面においての勢力展開を狙った大西洋連邦であったのだが、
共同受権者である、東アジア共和国及びユーラシア共和国は及び腰であった。
それは極秘裏に月面に建設中のプトレマイオスクレーターにおける大西洋連邦月面基地に対する
暗黙の非難でもあった。
ハルバートン自身、この戦闘を副官にこう語ったと言われる。
曰く「これはファニーウォー、だと」
様々な思惑を秘めながら、戦闘は開始される。
『世界樹攻防戦』の始まりであった。

「戦艦クイーンヴィクトリア沈黙! 右翼艦艇が手薄ですっ!」
「空母キングジョージ…アンノウンを確認! 右翼突破されます! ザフト艦隊、世界樹に接近」
ふ、とハルバートンは顎を撫でた。
艦隊指揮艦『エドワード』内ブリッジの空気は冷ややかであった。
「…仕方ありませんな。彼我戦力差、というよりも、ザフトの兵器が強すぎます」
軍人らしからぬ、厭戦めいた言葉を口にし、ライト副官は溜息をついた。
ハルバートンはスクリーンを見つめたまま、副官の言葉に頷く。
「…知っているかね。大鑑巨砲主義が崩れた時代の事を。当時と今は状況が似ている…。さて、
上の連中はどう考えているのやら」
「分らぬほど低脳では無いでしょうな。ただ…このメビウスにも金がかかっていますから」
「アズラエル財閥か…死の商人連中は五月蝿いからな」
深い溜息を付きつつ、ハルバートンは考えていた。
ライト大尉はふと気が付いたように「それで司令…如何致しますか?」と続ける。
眉間に皺を寄せ、ハルバートンは答える。
「現戦域からは撤退だな。世界樹には民間人は残っているのか?」
「はい。深宇宙開発機構の研究スタッフを中心に200名ほど」
「後ろの補給艦艇を回して連中を保護しろ。その後…」
ハルバートンは左右を見やり、小声で呟く。
「世界樹を渡すわけにはいかん。ネクロトラップは念入りに、な」
ライトも声を低める。
「良いのですか? 上が五月蝿いのでは?」
「なに、ザフトとの交戦中に自然崩壊、これで良いだろう」
ハルバートン自身、漠然とはしていたが、この時彼の頭にはある計算が浮かんでいた。
この彼のアイデアが戦場を一新する事となる。
「はぁー、L1宙域での戦闘はザフト優位で終りましたか…」
アズラエルは大きく溜息を付き、椅子に深々と崩れ落ちた。
流石に予想はしていたとはいえ、世界樹コロニーまでもが崩壊との知らせに、アズラエルは瞬間、放心した。
サザーランドはそんなアズラエルを見下ろしながら、淡々と報告を続ける。
「東アジア共和国航空宇宙軍はほぼ壊滅。ユーラシア共和国宇宙軍はヨシフ准将が撤退の折、旗艦と共に
MIAとなっております」
目を瞑り、額を神経質そうに揉みながら、アズラエルは内側からの崩壊に耐える。
「ふう。大体の所は分りました。それで我々は制宙圏はほぼ失ったと…そういう事ですね?」
「…アズラエル様においては、ご理解が早く助かります」
当所、この戦闘における被害を楽観視していたアズラエルを責めるかのように、サザーランドは言に皮肉を
込めた。
「終った事は終った事です。まあ、これで僕としても話は進めやすくなる面もありますからね」
「アズラエル様はこれを狙っていたのでしょう?」
その問いには答えず、アズラエルは続ける。
「さて、忙しくなりますよ。老人どもには僕から話を付けます。中佐は国防総省との折衝をお願いします」
「いよいよですな」
「ようやくですよ、まったく。これで僕の案が通ります。そう、当所からの予定どおりに」

数日後。
大西洋連邦国防総省長官、ダグラス・ジーンによる宇宙主戦力兵器の大幅な見直しと、新たな主力兵器の
開発が発表された。
MAメビウスの開発・改良は新たなる段階を迎える。
それと同時に、ハルバートン准将は独自のプランを進めていく。

戦況は未だ暗く、闇はその晴れる事を知らなかった。