CCA-Seed_◆ygwcelWgUJa8氏_24

Last-modified: 2012-10-16 (火) 21:21:17

 まどろみの中で、キラは透き通るような声を聞いていた。
 
 「……わかっている、時間はもう無いのだ。あの子にとっても……」
 
 どこかで聞いたことのある声だ。そう……。
 ――ゆるゆると目を覚ますと、まだそれが夢の続きであるんだと思った。
 その時キラには、そうとしか思えなかった。天蓋付きのベッドに輝くような白い壁。赤い絨毯が敷かれ、目を見張るほど煌くシャンデリアが眩しかった。そして輝くような金髪をなびかせて、自分を覗き込んだ。
 
 「やあ、気がついたかね」
 
 どこかで聞いたことのあるような優しい声色に、キラは重い頭を右手でささえる。
 この人は誰だろう……。まだ本格的には覚醒していない頭で、のろのろと考えていると、もう一つの足音が近づいてきた。
 
 「おや、彼が目覚めたのですね?」
 
 柔らかな声に目を向けると、三十代後半の黒髪の男性が、盲人特有の探るような足取りで入ってくるのが見えた。
 
 「ええ、マルキオ導師」
 
 マルキオと呼ばれた男が言う。
 
 「あなたは傷つき、私の祈りの庭にたどり着いたのです……」
 
 その声は穏やかではあったが、過度のいたわりは含まれていなかった。彼は淡々と事実を告げる。
 
 「そして、私がここへお連れしました」
 
 少し落ち着いてから、キラは自分が〝プラント〟にいることを知った。地球の、どことも知れぬ小島で戦い、死んだはずの自分がどうして――と、ただでさえ傷を負い、混乱した頭で理解するには時間がかかった。
 なんでも、さきに会ったマルキオ師の伝道所があの島にあり、たまたま彼に用があって島を訪れたジャンク屋の男が、キラたちとアスランたちの戦闘に出くわしたのだという。そして、擱坐した〝ストライク〟のコクピットから、負傷したキラをマルキオのところまで運んでくれたらしい。
 その後、ちょうど和平交渉の仲立ちとして〝プラント〟に呼ばれていたマルキオが、キラの素性を隠して、このグラン邸――金髪の青年の名は、フレノワ・グランだと言うらしい――に運び込んだのだという。
南太平洋にぽつんと浮かんだあの島では、確かに満足な手当てはできなかっただろうが、マルキオがわざわざここにキラを同道したのは、この家の持ち主であるフレノワにキラの話を聞かされていて、彼に興味を持ったからだという。
 
 「――もうじき雨の時間だ」
 
 ぼうっと海を見ていたキラは、声をかけられて振り向いた。ティーセットを手にしたフレノワが、優しくと微笑んでいた。
 
 「お茶は好きかい?」
 「え……?」
 
 未だ覚醒できぬ頭でぼおっとしながら言葉の意味を理解しようとするキラの様子に苦笑をもらしながら、フレノワはティーポットに手をかける。彼は純白のカップに紅茶をやさしく注ぎながら口を開く。
 
 「そう警戒しなくても良い。私はラクス・クラインとも親しくてね? ずっと昔から、彼女の事は良く知っている」
 
 キラは徐に彼の表情を探り見ようとしたが、艶やかな金髪が邪魔をしてみることはできなかった。
 
 「君とは一度、こうして話をしてみたかった」
 
 あくまでも優しい声色の彼の言葉に、キラの心臓はどきりと跳ね上がる。あったばかりの彼が、ぼくと――?
 ――しかし、とキラは思う。
 
 「あの、御好意は嬉しいです。でも、ぼくは連合の人間ですから……」
 
 しばしの沈黙ののち、フレノワが一人ごちる。
 
 「連合、か……」
 
 ほんの一瞬、艶やかな髪の隙間から彼の表情が視線に入る。何かを懐かしむような、愛するような――迷いのような、そんな表情。
 
 「〝オペレーション・スピットブレイク〟――聞いた事は?」
 「えっ?」
 
 キラは思わず聞き返したが、フレノワはスカイブルーの瞳をちらと向け、続ける。
 
 「もうじき、ザフトは地球連合軍本拠地であるアラスカ〝JOSH‐A〟へと侵攻する」
 
 アラスカ――。
 何度も何度も繰り返し口にされたその地名。
 そこに、友がいる。そこに、兄が――
 
 「〝一○五ダガー〟というそのマシン、無事に〝アークエンジェル〟に収容されたようだ」
 
 はっと現実に引き戻され、キラは男の顔を見つめる。まだ二十代のように思える彼のその眉間には、その容貌に似つかない深い皺が刻まれており、彼の指先もまた老人のようにか細く、キラは一瞬驚いたが、表情には出さないように努めた。彼が言う。
 
 「……君の守りたい人は、まだ皆アラスカにいる――では君はどうする?」
 
 試すような視線に、キラは真っ向から向き直る。フレイが、そこに――
 
 「ぼくは、〝アークエンジェル〟に帰ります」
 
 フレノワは満足した様子でうなずく。すると――
 
 「ならば、それが貴方のやるべきことなのでしょう……」
 
 盲目の導師は、人の心を落ち着かせるような深い声で言う。
 
 『あなたは、『SEEDを持つ者』なのですから――」
 
 『SEEDを持つ者』――それは、キラのことだけではないらしい。マルキオによれば、ラクス・クラインもそうなのだというのだが、無宗教の家庭で育ったキラは、そんな彼に対して距離をとろうとしていた。
 フレノワがおもむろに口を開く。
 
 「私は君に力を託そう」
 
 彼は振り返り、執事に告げた。
 
 「彼に連絡を。『ディスティニープランを発動せよ』――と」
 
 そして数分後、戸惑うキラはフレノワから渡されたザフトの軍服に身を包み、車のシートに収まっていた。
 車から降り、長いエレベータで無重力支点付近まで上昇して、フレノワが入っていったのは、軍の施設らしいブロックだった。キラは何も聞かず、彼に従う。
 またエレベータに乗り、長い通路を進んだ先には、セキュリティチェックを必要とするらしいドアがあり、その前には彼らを待ち構えていたように、二人の技官が控えている。彼らはフレノワが頷くと、正規のものか偽造したものか、キー・スリットにIDカードを通し、ドアを開けた。フレノワとキラは足を止めることも無く、その奥に進んだ。
そこは格納庫かなにかの工場らしく、高さも床面積もかなりの広大な空間だった。ライトが落とされているために、よく見て取ることはできないが、反響の具合でそうとわかる。二人はキャットウォークの上を進み、フレノワがあるところで手すりを掴んで体を止めた。キラもその横に降り立つ。暗くて良くわからないが、何か巨大な構造物が目の前にあるようだ――。
 そのとき急にライトが点灯し、目の前に浮かび上がったものに、キラは大きく息を呑んだ。
 
 「――ガン……ダム……?」
 
 〝ストライク〟の――Xナンバーのものに酷似したフォルムのモビルスーツが、二人の目の前にひっそりと控えていた。機体の色はディアクティブモードを思わせる暗い鉄灰色、背中には〝シグー〟のそれを思わせる巨大な翼が見える。
 
 「……これはZGMF―X一○A〝フリーダム〟――」
 
 一瞬、冷たい視線になったフレノワであったが、すぐにまた流れるような声色で答える。
 
 「奪取した地球郡のモビルスーツの性能をも取り込み、ザラ国防長官のもと開発された、ザフト軍の最新鋭機」
 
 だから〝ストライク〟とも似ているのだ。たぶん、PSシステムや、コンパクト化されたビーム兵器も導入されているのだろう。しかし、最新鋭機――ということは、ザフトでも極秘とされるものではないのか? そんなものを、どうして彼が……?
 
 「あなたは……いったい?」
 
 キラは彼の表情をのぞき見たが、そこから何かを読み取ることはできなかった。
 
 「これをオーブのウズミ・ナラ・アスハ様に届けてくれたまえ。――平和の鍵となるこの機体を」
 
 〝フリーダム〟を見つめながら言う彼に促され、キラは〝フリーダム〟の上に乗り移った。胸部の上にハッチが開き、コクピットからシートがせり上がる。
 
 「さよならだ、キラ君。――生きたまえよ」
 
 フレノワの口元が邪悪に歪んだことに気づかないまま、キラはコクピットに入り、機体に電源を入れた。駆動音とともにOSが立ち上がり、モニターにシステム名が流れるように浮かび上がる。
 ――Generation
    Unsubdued
    Nuclear
    Drive
    Assault
    Module……
 キラの唇に、苦笑が浮かんだ。これも『GUNDAM』だ。おそらく拿捕した機体のOS名を見た技術者の誰かが、遊び心から名づけたのだろう。
 全周囲モニターがオンになり、計器パネルに次々と光が入っていく。キラは素早くスペックに目を通しながら、機体を立ち上げていく。
 武装は、頭部にMMI―GAU二ピクウス・七二ミリ近接防御用機関砲、腰部にMA―MO一ラケルタ・ビームサーベルと、MMI―M一五クスィフィアス・レール砲、背中に負った翼の中にM一○○パラエーナ・プラズマ収束ビームを装備し、手にはMA―M二○ルプス・ビームライフルを保持する。
その一つをとっても、〝ランチャーストライク〟の〝アグニ〟に匹敵するほどの、すさまじい火力だ。これだけのパワーをどうやって……と、目を走らせていたキラは、ある一語に目をとめて息を呑んだ。
 
 「――Nジャマーキャンセラー……?」
 
 その意味するところを、キラは理解していた。この機体は核エネルギーによって動いているのだ。なぜ自分にこのような恐ろしい兵器を手渡したのか、キラには理解できない。同時に、フレノワと名乗る彼のことも――。それでも、キラは前を見据えていた。
迷っている暇は無い、迷えば迷っただけ、救えるはずの命が散っていくから、守りたい人を危険に晒してしまうから。キラはスロットルとレバーに手をかける。バーニアスラスターからガスが噴射しはじめ、機体に接続していたケーブルがはじけ飛ぶ。
 上方のエアロックハッチが次々と開いていき、星空が見えた。
 真空の海の向こうに輝く蒼い星に向けて、キラは飛び出した。
 無知という大罪をその身に抱え、
 その手に、剣を託されて――。
 
 
 
 
PHASE-24 闇の胎動
 
 
 
 
 「――最新鋭機が強奪された!?」
 
 ユウキから告げられた突然の報告に、アスランは戦慄した。慌しく着替えを済ませ、アスランは本部の中枢への通路をたどり、オペレーションルームから漏れてくる切迫したやりとりに身を竦ませる。
 
 「――何をしている? 追撃部隊を出させろ!」
 「〝ジン〟タイプじゃあ駄目だ、〝ゲイツ〟を回せ!」
 
 かつて、これほど切羽詰ったやりとりがあっただろうか? アスランは尋常でない事態なのだとひしひしと感じながら早足でそこを通り過ぎ、国防委員長執務室の手前で秘書官に告げる。
 
 「認識番号二八五○○二、アスラン・ザラ、国防委員長の命により出頭いたしました!」
 
 問い合わせの間を胃が焦げるような思いで待ち、ほどなく「どうぞ」と秘書官が頷くと、突進するように奥のドアを目指した。
 
 「失礼します!」
 
 すぐさま父に事情を問い詰めようと、はやる気持ちで入室したアスランは、執務室の中の触れれば切れるような緊張した空気に気を呑まれて立ちすくむ。
 
 「誰が手引きしたかと聞いておるのだ、あれは極限られたものしか知らぬものだというのに!」
 「は、現在調査中ですが……」
 「監視カメラの映像一つ残っていないというのは、どういうことかと聞いているのだ!」
 
 父が苛立ちを隠そうともせずに補佐官に怒鳴りちらしていると、勢い良くドアが開き、別の補佐官が早足に入ってくる。
 
 「アイリーン・カナーバ以下数名の評議員が、事態の説明を求めて議場に詰め掛けています」
 
 パトリックは険しい視線を彼に投げ、同時にドア脇に立っているアスランに気づいて、「少し待て!」と短く指示した。
 
 「臨時最高評議委員会の招集を要請するものと思われますが……」
 
 補佐官の言葉を聞き、パトリックは憎憎しげに鼻を鳴らした。こんなときに――と、思っているのだろう。おそらくその最新鋭機のことは、議員ですら知らぬところのものだったのだろう。すぐさま父が声を荒げた。
 
 「やつらはシーゲルに任せると伝えろ!――急げよ!」
 
 父の言葉を聞き、少なくともシーゲル・クラインも協力してくれていたことを察し、少しばかり安堵した。
 補佐官はパトリックの急き立てられ、慌てて「わかりました」とだけ答え、部屋を出て行く。部屋に残ったのが自分と息子だけになると、パトリックは大きく息をつき、椅子に沈み込んで額に手を当てた。その弱気なしぐさに、思わずアスランは心苦しくなり、父に歩み寄る。
 
 「父上……」
 「……すまんなアスラン。面倒なことになってしまった」
 
 うな垂れる父を、何とかして助けたい。アスランは唇をかみ締めながら次の言葉を待った。
 
 
 
 「モビルスーツが強奪されたことは聞いているな?」
 「はい、ユウキ隊長から」
 
 アスランが答える。父は苦渋に満ちた表情になり、続けた。
 
 「――いつか話したことがあるな? 建造中のNジャマーキャンセラー搭載型モビルスーツのことを……」
 
 アスランは、はっと思い立ち、この切羽詰った状況の意味を理解した。
 
 「では、強奪されたというのは――!?」
 
 父は力なく頷き、口を開く。
 
 「……X一○A〝フリーダム〟。そして、司法局が提示した共犯者は――私だ……」
 「――ッ!? 馬鹿な!?」
 
 父の口から発せられた信じられない内容に、アスランは思わず噛み付いた。
 
 「父上がそのようなことを、するはずが無い!」
 「無論だ、アスラン。だが〝フリーダム〟が強奪されたのは事実であり、現場から私がいたという証拠がいくつもあがっている……!」
 
 言い知れぬ怒りが胸のうちにふつふつと湧き上がってくるのをアスランは感じた。いったい誰がこのようなことを!? なぜ父を巻き込んだ! ぎりと奥歯を噛み、アスランは向き直る。
 
 「では、私の任務は〝フリーダム〟の奪還――?」
 
 言うと、父は無言で頷いた。
 
 「――ZGMF―X○九A〝ジャスティス〟。今のお前に相応しい機体だ。……頼む」
 
 そして彼はデスク上の呼び出しスイッチを押し、机のデスクから何か箱のようなものを取り出した。
 
 「手続きが間に合ったのは、不幸中の幸いだった――」
 
 アスランは箱の中に目をやり、そこに銀色に光る徽章を見つけて驚きの声を漏らす。
 
 「これは――〝フェイス〟の……?」
 
 〝フェイス〟――Fast Acting Integrate Tactical Headquarters(戦術統合即応本部)とは、その名の通り通常の命令系統には属さず、軍功、人格ともに優れていると認められた人物にしか与えられない資格だ。
 
 「いつか、この日が来ると思っていた……」
 
 そう言いながら、父はアスランの左の襟元に徽章をつける。父の手は、いつの間にか自分とあまり変わらぬ大きさになっていたことに驚きつつ、少し悲しく、そして嬉しかった。
 
 「私は国防長官としての席を追われることになるだろう……」
 
 アスランは愕然と父の顔に見入った。それだけではない、父は、裏切りの汚名を――
 いつの間にか、部屋にはユーリ・アマルフィの姿があった。さっきのコールで呼ばれたのは彼だったらしい。
 
 「アスラン、これからはお前自身で考え、お前自身の命で動け。お前の心にある正義を、私は信じる」
 「父上……」
 
 お願いです、そんなことをおっしゃらないでください。これではまるで――アスランはその先の思考を無理やり抑え込んだ。
 
 「――私よりも先に死ぬなよ、アスラン」
 
 
 
 全ては、ラクスの知らぬ出来事であった。ザフトの最新鋭機――ZGMF―X一○A〝フリーダム〟の強奪。ラクスはわかるはずもない。何故今〝フリーダム〟を奪う必要があったのかも、何故キラがこのプラントにいたのかも――。
 マルキオがふむと考える。
 
 「では、ラクスは本当にご存知無いのですね?」
 
 先ほどから何度も聞いた質問に、ラクスはうんざりして答える。
 
 「導師様こそ、本当にその方はフレノワ様なのですか?」
 
 フレノワ・グランとは、ラクスが幼少からずっと親交を持つ、〝ファクトリー〟というクライン派で形成された組織の創設者である。
 マルキオが盲目の眼でこちらを見据え、言う。
 
 「それは間違いありません、幾度と無くお会いした、フレノワ・グランその人でした」
 
 ラクスは、彼と会ったことがない。メールでのやりとりだけを、ずっと昔から繰り返してきた。お互いに多忙であり、すれ違いばかりであったから。
 父であるシーゲル・クラインもまた、パトリック・ザラの共犯者として責任を取らされようとしている。Nジャマーキャンセラーなどという諸刃の剣を作った狂人として、議会からも非難の声が上がり、辞任も止むを得ないだろう。
 かねてよりクライン派の支援をしてくれ、ラクスの行動の拠点とも言える秘密組織――〝ファクトリー〟と双璧を成すもう片方、〝ターミナル〟とも連絡が付かないのだ。ラクスは苛立ちを必死に抑え込みつつ、マルキオに向き直る。
 
 「サン・カンタン様は……?」
 
 サン・カンタンもまた、ラクスが幼い頃から知る――フレノワ同様、文通やメールでのやりとりだけではあったが――同志であり〝ターミナル〟のリーダーでもある者の名だ。
 マルキオが力なく首を振ると、ラクスは形の良い唇を思い切りかみ締めた。何故このようなことになってしまったのだろう。〝ファクトリー〟も〝ターミナル〟も、必要な力だとラクスはずっと信じてきた。
世界が混沌へと突き進もうとしたとき、ラクスはマルキオの教えの元に、同じく志を共にする仲間と『SEEDを持つ者』たちとともに世界を 正すべく――その力と才能と、権利があるのだと、ずっと教え込まれてきた。それがラクス・クラインなのだと、それこそが彼女の存在意義なのだと。
 マルキオがふと口を開いた。
 
 「案ずることはありません。自分の向かうべき場所、そしてせねばならぬことは、自ずと知れるでしょうから……」
 
 彼は歌うようにして続け、最後に一言付け足した。
 
 「それが、あなた方『SEEDを持つ者』の運命《さだめ》なのです――」
 
 『SEEDを持つ者』――人と世界を融和し、すべての人に希望をもたらす、約束された存在。マルキオが常々語り聞かせてきた、その存在。しかし、とラクスは思う。〝アークエンジェル〟において、彼女は何もできなかった。
傷ついた人を救うことも、戦いを止めさせることも――友人の父を救うことも……。そんなものが、『SEEDを持つ者』だというのか? 何もできない、ただ厨房で料理をまかなうことしかできないものが、約束された存在? 背後の自分が今のラクスを汚い言葉で罵る。
 
 「そして、ラクス様。あなたこそが、この宇宙で最も高潔な『SEED』を持つ者なのです」
 
 彼の口から出た言葉に、ラクスはびくんと肩を揺らす。マルキオはそんな彼女の様子を感じ取り、ふっと笑った。
 
 「全ては、『SEED』の導きの元に――」
 
 ラクスは一人自室に取り残される。妄信的に彼女を信じ続けた盲目の男の背中など追う気すら起きない。彼のその姿は、今のラクスにはたまらなく恐ろしいものに感じ、つい今さっきまで自分は『彼と同じ場所』にいたことに身震いした。
 〝アークエンジェル〟は、素敵なところだったと、今でも思う。フレイなら、なんて言ってくれるだろう。どうやってわたくしを救ってくれるだろう。一緒に泣いてくれるだろうか、抱きしめてくれるだろうか、慰めてくれるだろうか。それは拙い少女の現実からの逃避でしかない。
 〝アークエンジェル〟で友を得、人としての生を得、生きることの楽しさを見出し、人の痛みと悲しみを知ることで、己に身に同じものを宿し、コーディネイターの完璧な絶対者として育てられた彼女は、その代償としてただの壊れやすい少女へと成り果てた。
 今まで積み上げてきたものが、足元から崩れ去っていく。否、それすらも間違った表現であった。『積み上げてきた』ものではないのだ。何者かによって、『積み上げられて』きたもの――。
それはマルキオであり、フレノワであり、サンであり――そして彼らの傀儡《くぐつ》と化した、お人形のラクス・クライン。本当のわたくしではない別のラクス・クライン、アイドルとして、『SEEDを持つ者』として作り上げた偽りの自分。では、本当のわたくしはどこ?
 ――答えなど、見つかるはずがなかった。
 何故こんなことになってしまったのだろう。この十六年は、いったいなんだったのだろう。自分を救うためにと散っていった人々は、いったい――。
 とめどなく溢れる自責の念に押しつぶされ、ラクスはそのままベッドへと顔をうずめ、誰にも悟られることの無いようにして大粒の涙をシーツに押し付けた。
 何故こんなことになってしまったのだろう。何故こんなことをしてしまったのだろう。少女の小さな肩に、責任という重圧が重くのしかかる。平和のため、世界のため、人々のためと信じていた行いが、いまや『戦争の火種』となって地球へとばらまかれていく。なんて皮肉なことだろう。力を失くした――否、最初から力など無かった少女は、 その事実に打ちひしがれ、絶望した。
 
 
 
 アスランは〝ジャスティス〟が移送されたナスカ級戦艦に向かい、格納庫のモビルスーツを見上げる。
 すでにスペックは頭に入っていた。ZGMF―X○九A〝ジャスティス〟――頭部にはGAU五フォルクリス機関砲、胸部にMMI―GAU一サジットゥス二○ミリ近接防御機関砲を装備し、また肩のパーツは分離してRQM五一バッセル・ビームブーメランとなり、
〝フリーダム〟と共通のMA―MO一ラケルタ・ビームサーベル、MA―M二○ルプス・ビームライフルを持つ。背面に負った巨大なバックパック〝ファトゥム―○○〟は分離可能で、〝グゥル〟のような飛行支援体《リフター》として使用することも、また独自航行させることも可能だ。
このMA―四Bフォルティス・ビーム砲とM九M九ケルフス旋廻砲塔機関砲の二種がマウントされている。
 〝ジャスティス〟――己の正義に生きよと父は言った。ならば、これこそが父からの贈り物か――。
 このナスカ級は、〝フリーダム〟討伐のために急遽用意された、いわゆる直行便だ。だが、〝ジャスティス〟以外にも一機、見慣れぬ機体が搬入されているのを見つけ、眉をしかめる。
 ホワイトを基調とした装甲色のその機体は、〝ジン〟からの流れを受けたデザインを若干残してはいたものの、今までのザフト系列からは一線を駕した設計思想なのだと一目でわかった。
 親しみのある頭部の単眼《モノアイ》に頭の羽飾りのような一本角、鎧武者を思わせるフォルムであったが、違和感は拭えない。
 ふいに、聞きなれた声がアスランの背にかかる。
 
 「ZGMF―一○○一〝ザクファントム〟。ニューミレニアムシリーズの試作機だ」
 「クルーゼ隊長?」
 
 驚いて振り向くと、艶やかな金髪を揺らしながら仮面の男が挑発的な笑みを浮かべ、〝ザク〟と呼ばれた白いモビルスーツを眺めている。
 
 「これこそが、正統な血統を受け継ぎし者。〝フリーダム〟のような紛い物とは格が違う」
 
 彼の言葉の意味が理解できず、アスランはいぶかしげな顔になる。彼の心情を察したのか、ラウはふっと力を抜き、向き直る。
 
 「少しでも君の助けになればと思ったのだろう。ご立派な親心だ」
 
 皮肉の込められた彼の言葉から、アスランは父が差し向けてくれた護衛なのだと理解した。
 
 「とりあえずは、おめでとうと言ったところかな? アスラン・ザラ君」
 「は?」
 
 わけがわからず聞き返すと、彼は大げさに呆れてみせる。
 
 「君の昇進のことだよ。クラインの姫君も無事連れ帰り、核動力の新型も授かる……順風満帆と言ったところではないか」
 
 白々しい言葉の羅列にアスランは嫌悪を覚えつつ、顔の出さないよう形式上のお礼を述べた。
 
 「これも隊長のおかげです。オーブに『足つき』がいると進言してくださったのは隊長でしたから」
 
 すると、彼は意外そうに口元を歪め、言う。
 
 「ふ、ふ。そうだったな」
 「隊長?」
 
 今度こそラウは仮面の上からでもわかるほどいやらしく口元を歪め、言い放った。
 
 「いや、良い。私は君に感謝してるのだよ、これでもね」
 
 その言葉に含まれた真の意味が理解できず、アスランはただ眉間に皴を寄せるだけであった。
 
 
 
 連合の制服に着替えたフレイは、おもむろに食堂へと足を運んだ。〝アークエンジェル〟よりも少しばかり広めのそれは、食の楽しみをクルーたちに教え込んだラクスの頑張りの賜物ともいえたが、その彼女がここにいないのでは、宝の持ち腐れだ。
カガリがいて、ミリアリアがいて、ラクスがいて――楽しかった日々は帰ってこない。ムラタ料理長も〝アークエンジェル〟とともに行ってしまったし、新しいクルーも決まっていない。新品の調理場をラクスが見たら喜んだだろうなと思いつつ、それが無駄な妄想だと気づき、胸が痛んだ。
 カナードが言うには、ラクスの私物は形式上フレイのものとして〝ドミニオン〟の彼女の部屋へと移されたそうだ。
 ……彼女は、部屋に戻るのが怖かった。また誰もいない部屋、一人ぼっちの世界が始まろうとしているのだ。夜中ふと目が覚めたとき、誰もいないというのは恐怖でしかない。父も、母も、既にこの世界には存在していないのだから――。
……ラクスは、私のお母さんになってくれるかもしれなかったのに――フレイはもう一度彼女の微笑みを思い浮かべ、唇を噛んだ。
 ――あの子、友達できたかな……嫌な思いしてないかな……。
 ぶらぶらとしていると、気がつけば格納庫に来てしまったことに気づき、そのまま〝ダガー〟の様子を確認しに足を進めた。既に四肢は外され、特徴的なゴーグル型のフェイスカバーの奥に覗かせる双眼《デュアルアイ》は死んだように光を失っている。
メンテナンスベッドに寝かされた〝ダガー〟に様々な管がつながれ、管を辿っていくと、そこでセレーネとアズラエルが何やら難しい話をしているのに気づく。
 ふと、アズラエルがこちらに気づき、相変わらずの表情で言った。
 
 「やあ、お目覚めのようですネ」
 
 セレーネがちらと見、視線だけで挨拶し、ソルが「大丈夫?」とフレイの状態を気遣った。フレイは軽く二人に挨拶し、見る影も無い愛機の姿に胸を痛めた。
 
 「治らないんですか? この子……」
 
 アズラエルが答える。
 
 「〝ダガー〟自体は、もう使えないでしょうネェ」
 
 やっぱり……。みんな私を置いてどこかへ行ってしまうんだ――フレイは寂しいのだ。彼女の心情を察したのか、アズラエルは少しばかり励ますような口調になる。
 
 「ですが、心配はいりませン。コクピットとAⅠをそのまま移植すれば、今までと同じように使えますヨ」
 「本当ですかっ?」
 
 フレイはぱっと笑みをこぼした。
 
 「もちろん。既に新たなボディは用意してありますしネ」
 
 良かった。またこの子と一緒にいられるんだ。フレイはほっと胸を撫で下ろし、〝ダガー〟の双眼《デュアルアイ》を見上げた。右手のひらをそっと掲げ、指の隙間からのぞき見る。ちらと覗く〝ダガー〟の頭部は、やっぱりフレイのお気に入りである。
そんな彼女の様子を横目で捉えつつ、アズラエルは、計器を操作しながらちらちらとモニターと資料を照らし合わせているセレーネに声をかける。
 
 「――それで、どうだったんですか?」
 
 するとセレーネはうーん、と難しい顔になり、向き直る。
 
 「ええ。やっぱり『三人』いるようです」
 
 いったいなんの話をしているのだろう。フレイは「ふむ」と考え込んでいるアズラエルの顔を覗き込む。
 
 「『三人』って?」
 
 すると、彼は嫌な顔一つせず淡々と答えた。
 
 「人工知能の――いわゆる人格というやつですヨ。最初から積んであった一つ目の他に、新たに二つの人格が生まれつつあるようです」
 
 セレーネがつづく。
 
 「現在最も優秀なのが、二つ目の人格です。――性別もある。本当に凄いわ」
 
 興奮した様子でてきぱきと何かの計測を続ける彼女に、アズラエルがおやと首をかしげる。
 
 「それは初耳ですヨ?」
 「今わかったんです、贅沢言わないでください」
 「おやおや、手厳しい」
 
 〝ダガー〟に本来搭載されている人工知能は一つ。もともとは、惑星探査のモビルスーツに組み込まれる予定であり、そのモビルスーツは、自分の意思で考え、動き、成長するという目的で作られていたと言う。
現在〝ドミニオン〟に乗り込み、〝ダガー〟の専属整備士として責務をこなしているセレーネ・マクグリフとソル・リューネ・ランジュは、深宇宙探査開発機構《Deep Space Survey and Development Organization》――通称D.S.S.Dと呼ばれる調査団の一員であった。
そこへ、アズラエルがある商談を持ちかけ、彼女たちはクレタ島で〝アークエンジェル〟に乗り込み、ここにこうして来たのだ。本来は〝ダガー〟に搭載された人工知能の成長を見届ける、もしくは補佐する予定だったのだが、ここに来て想定外の事態に見舞われた。
人口知能に、新たな人格が芽生え、それが本来想定した人工知能よりも遥かな成長速度で進化していっているのだ。
 ふと、セレーネが端末を弄る手を止め、息をつく。
 
 
 
 「〝スターゲイザー〟には、二つ目のAIを――彼女を使います」
 
 アズラエルが肩眉をひょいと吊り上げ、首をかしげる。
 
 「一つ目と三つ目はどうなンですか?」
 
 すると彼女は力なく首を振る。
 
 「一つ目はまだまだ未熟です。単独で行動させるには危険が多い。――三人目は、私達に協力的では無いし、未知数の部分が多すぎるんです」
 
 そこまで言って、彼女はあっと気づき、フレイを気遣った。
 
 「私達にとは言っても、全員あなたの事は大好きみたいですから、大丈夫ですよ少尉」
 「あ、はい……」
 
 正直話についていけてなかったのだが、大丈夫というのだから大丈夫なのだろう、たぶん。
 アズラエルが通路の奥からやってくる人影に気づき、表情をさっと商売人のそれに改める。
 
 「やあアムロ君。調子はどうですか?」
 
 アズラエルが指先でぴっと挨拶すると、呼ばれたアムロはやれやれとため息をつく。そんな様子に気を害した様子無く、アズラエルは彼が手に持つデータディスクを催促するように手を差し出した。アムロがちらとフレイに視線をやり、短く「元気そうだね」と気遣い、彼に向き直る。
 
 「一応形にはできた。要望に添えるだけの性能にはなったと思う」
 
 アズラエルはアムロからデータディスクと紙の資料を受け取り、食い入るように読み漁る。
 
 「へえ、流石はと言ったところですね。……〝ダガー〟系のパーツを七十%以上流用できるってのも助かります」
 「基本は〝ダガー〟を組み替えただけさ。内部までそうはいかないが……」
 「そりゃドーモ」
 
 そう反しながらも、アズラエルはアムロの言葉など耳に入っていないようだ。一通り資料を流し見、満足したように頷き、いやらしい笑みを浮かべた。
 
 「ふ、ふふふ。――確かに貰い受けましたよ」
 
 言いながら、彼はぺらぺらと紙のページをめくっていく。終わりの方に差し掛かったところでぴたと手を止め、表情を変えた。
 
 「――〝ストライカーパック〟、ですか?」
 「ああ。『着る』形で使うことにする」
 「フーン? 差し詰めモビルコートと言ったところでしょうが、何故そんな回りくどい真似を?」
 
 アズラエルの問いに、アムロはやれやれと首を振って答えた。
 
 「俺のとは作られた場所が違うんだ、完全に修復することはできない」
 
 尚もいぶかしげな顔を作る彼に、アムロは続けた。
 
 「大破したザフトの最新鋭機を完璧な状態に直せと言われても無理だろう? それと同じことさ。必ずしも同じにはできないし、破損部分が多いのなら致命的にもなる」
 「ナルホド。それにこうしたほうがより――この子は安全だ、と」
 
 一度、アズラエルはいやらしい視線をフレイに向けた後、すぐさまアムロに向き直る。
 
 「最初からそのつもりだったのだろう? なら、俺はやれることをやるだけだ」
 「ええ、ご立派ですヨ。おかげでうちの社は後二十年遊んでいても安泰です」
 
 忌々しげな表情になるアムロに、フレイはどういうわけか声をかけることができなかった。
 
 
 
 突然、鳴り始めた警報《アラート》に、ナタルは驚いて副長席に座るメリオルを見やった。
 
 「どうした――?」
 
 状況がわからず、パイロットシートのサイや、通信シートのカズイらが顔を見合わせる。基地全体に告げるけたたましい音が鳴り響き、外の兵士たちも何が起こったのかと周囲を見回し、駆けていく。〝ドミニオン〟の艦橋《ブリッジ》で、カズイが声をあげる。
 
 「統合作戦室より入電!」
 
 モニターに映し出された将校の顔を見、ナタルは問いかけた。
 
 「サザーランド大佐、これは――!?」
 
 その声にかぶせるように、サザーランドは命令を下す。
 
 〈〝ドミニオン〟はただちに発進、迎撃を開始せよ!〉
 
 ナタルやほかのクルーたちは、突然の発進命令に虚を衝かれた。
 迎撃――? ということはまさか、敵襲?
 ――この〝JOSH―A〟に?
 画面のサザーランドは続ける。
 
 「してやられた! やつらは直前で目標をこの〝JOSH―A〟へと変えたのだ……!」
 
 苦虫を潰したような顔で、サザーランドが吐き棄てる。
 ――パナマでは、なかった?
 パナマへの侵攻は陽動だったのだ。ザフトが狙っていたのはこの〝JOSH―A〟――アラスカだったのだ……!
 
 「ここを敵の手に渡すわけにはいかん。なんとしてでも死守せよ! 厳しい状況ではあるが、各自健闘を。――以上だ」
 
 そう告げて、彼は慌しげに通信を切った。サザーランド自身もやることが山済みで、〝ドミニオン〟だけにかまってはいられないのだろう。
 
 「〝アークエンジェル〟と〝パワー〟、月に向かわせたのが仇になりましたね」
 
 メリオルがやれやれと溜息を吐く。すると、背後の扉が開き、一人の男が悠々と入り告げる。
 
 「やれやれ、戦いの女神はこちら側に、ということですネ」
 「アズラエル理事!?」
 
 ナタルは驚いて彼の顔を見、唖然とした。まだこの厄介者が残っていたとは。
 
 「やだなぁ、社長たるもの、現場を知らないとネ?」
 
 どういうわけか優越感に浸りつつ、彼は続ける。
 
 「ですが、ボクがこちらで良かったですよ、ホント。ジブリール君でしたらこうも行きません。それに――」
 
 彼がちらと通信モニターに目をやる。すると、ぱっとモニターに光がともり、一人の士官が映し出される。
 
 〈艦長、発進の許可を頼む〉
 「――『白い悪魔』は、まだ〝JOSH―A〟にいる」
 
 アズラエルがにたりと厭らしい笑みを浮かべた先には、モニターに映るアムロの姿があった。
 
 
 
 「――ちょっとぉ! わたしの機体どれよー!?」
 
 連合の総本山〝JOSH―A〟のごった返す格納庫フレイはいらだちを隠さずに地団駄を踏んだ。困り果てている作業員になおも詰め寄ると、遠くから聞きなれた声が聞こえてきた。
 
 「〝ダガー〟はぶっ壊したんだろう! なら、諦めてじっとしてろ、アルスター!」
 
 〝ストライクE〟のコクピットから身を乗り出し、カナードが周囲の騒音に負けないよう声を上げる。
 
 「馬鹿なカナードはじっとしている方が怖いってのを知らないんでしょ!」
 
 きっとあいつは膝を抱えてうずくまっていることの怖さをしらないんだ。フレイは言い終えてからフンと鼻をならした。
 
 「なら、〝ストライクダガー〟でも使え! ケーニヒのやつはそうした!」
 「だからぁ! どれに乗れば良いってのよ!?」
 
 格納庫には、十数にも及ぶ〝ストライクダガー〟が、出撃を今か今かと待ち望んでいるのだ。一度強い衝撃が格納庫を襲い、フレイはバランスを崩しそうになる。カナードが声を荒げた。
 
 「どれでも良い! 今ここに貴様より使えるパイロットはいないからな!」
 「お、大声で言わないでよ! そういうことぉ!」
 
 後から聞いた話だが、短い期間であったがこの〝JOSH―A〟でカナードはMSの教官をしていたのだという。アムロは新型の開発を任されていたし、ムウとジャンは月へ行ってしまったのだから、順当と言えば順当なのだが、彼の性格上かなりの鬼教官として恐れられていたらしい。
案の定、先ほどの暴言とも取れる言葉に、待機中 のパイロットたちは苦い顔をするだけだ。
 
 「もう、ほんと馬鹿ばっかりっ!」
 
 フレイは適当に一機の――シールドに47とマーキングされた――〝ストライクダガー〟に目をつけ、だっと駆け出す。背後から、「じ、自分の機体であります!」という青年の声が聞こえたが無視しつつ流れるような動作でコクピットに滑り込んだ。
すぐさま機体を起動させ、〝ストライクダガー〟独特のゴーグルに光がともった。
 
 「フレイ・アルスター、〝ストライクダガー〟行きますよ!」
 
 〝ストライクダガー〟の精密な集音マイクが、〈自分のでありますぅーっ!〉という悲痛な叫びを拾ったが、気にも留めずにフットペダルを踏み込んだ。機体は彼女が思うがまま、己の手足の延長となって動いてくれる。なんて素直な子なんだろう、というのが彼女の率直な感想。
 基地の格納庫から飛び出し、アラスカの青空の鼓動をしかと実感し機体を加速させる。ここ一帯にはまだ敵の侵入は許していないようだが、彼方の火線を見るに、突破は時間の問題だった。
はっと悪寒を感じ、右舷方向へとビームライフルのトリガーを引き絞る。放たれたビームの粒子は、今まさに〝ストライクダガー〟に止めを刺さんと重斬刀を振りかぶる〝ジン〟のコクピットに吸い込まれ、やがて爆発した。
 
 「ここまで来たやつらがいた!?」
 
 すかさず助けた仲間の機体から通信が入る。
 
 〈すまない、助かっ――ああ!? 女の子が乗ってる!?〉
 
 驚愕の声を上げる相手にむっとしながら、フレイは周囲を警戒しつつ答える。
 
 「〝ドミニオン〟所属のフレイ・アルスターです、ちょっと機体借りただけですから、後退しててください!」
 〈借りたって!?〉
 「後退してください!」
 
 そう怒鳴りながら、上空から迫る二機の〝ディン〟目がけトリガーを引く。
 
 〈〝ドミニオン〟のフレイ……『赤い彗星』か! しかし、一機では――〉
 
 三発のビームのうち一発が〝ディン〟に命中し、もう一方は頭部から放ったイーゲルシュテルンを叩き込まれそのままアラスカの大地へと激突した。
 
 「被弾してるでしょう! それと、その変な名前で呼ばないで!」
 〈――でも!〉
 「邪魔だって言ったんです!」
 〈……く、すまない!〉
 
 彼が後退していくのを確認してから、フレイは自機を前進させようとした瞬間、鋭い殺気が背筋を突き抜け脳髄へと響き渡った。即座に機体を滑らせるようにして近くのコンテナへと身を隠す。ほぼ同時に、ビームの太い粒子が滑走路の一部を融解させた。
 ――この感覚は、知っている。そうだ、これは……。
 
 
 
 「今のを避けた? まさか、あの小娘じゃあないよな……」
 
 漆黒に塗られた〝ゲイツ〟のコクピットで、ヒルダは独り言のように呟いた。
 
 〈『足付き』はとっくにいなくなってるって話だが〉
 
 とヘルベルト。
 
 〈しかし、あのレベルのパイロットがごろごろいるとも思いたくは無い、な〉
 
 マーズが注意深く述べる。
 
 「……野郎ども、気を引き締めな。マジでかかるよ」
 〈了解!〉
 
 相棒の二人が即座に反し、ヒルダは47とマーキングを施された目の無いモビルスーツの前に躍り出た。敵は即座に反応しビームを撃ち放つ。ヒルダは回避運動を取りつつ、ヘルベルトとマーズの援護射撃に助けられながら二連装ビームクローで敵機のシールドを抉った。
 追い討ちをかけんとばかりに距離を詰めようとするも、敵は即座にシールドを捨てビームサーベルを構え、懐に飛び込んでくる。光刃と光刃が交差し、ビームの粒子が泡立ち閃光となって弾ける。たまらず二機のモビルスーツはバランスを崩し、互いに睨みあう形で激突した。
 
 「こ、この思い切り、貴様は――!」
 〈アハ、やっぱりおばさんだっ! おばさぁん!〉
 「小娘ぇ!」
 
 白い機体を蹴り飛ばし、ビームライフルを構えたが、ライフルごと右腕を切り取られ、ヒルダは苦渋の重いで一歩後ずさる。
 白い機体が着地の反動を利用し、サーベルを構えつつ再び迫る! 〝ゲイツ〟の両腰に装備されたビーム砲内蔵型ロケットアンカーエクステンショナル・アレスターEEQ七Rを起動させ憎き小娘に撃ち放ったが難なく切り払われ、ヒルダは驚愕した。
 
 「どうしてこっちの手の内がばれている!?」
 
 ビームクローで応戦しつつ、既に周囲の機影は自分たちだけになりつつあると確認し、後退信号を出した。
 
 「心中するつもりはない! 後退だ!」
 
 
 
 応射しつつ撤退していく〝ゲイツ〟たちを見送ってから、フレイはようやくかはっと深い息を吐ききることができた。
 あの腰から出た武器……あれはやばかった。機体にデータが入っていなければ――自動回避プログラムが作動してくれていなければ、間違いなく殺られていた。
 ヘルメットのバイザーを開け、汗を軽くぬぐってから友軍の反応のする方角目指し、〝ストライクダガー〟が大地を蹴った。
 広大な滝の見える位置まで来たところで、フレイは〝ドミニオン〟の漆黒の機影を見つけ、合流すべくスラスターを吹かせる。映像を拡大し確認すると周囲には十数にも及ぶ〝ゲイツ〟に、五機ほどの〝ストライクダガー〟が必死に応戦していた。
まだ三キロほど距離はあったが、フレイはビームの出力を最大にまで引き上げ、〝ドミニオン〟の周囲で飛び交う 光に向かって二射ほど撃ち放ってみる。
 光の粒子はむなしくアラスカの青空に拡散し、それだけであった。
 
 「……大尉みたいにはいかない、か」
 
 援護射撃を加えながら〝ドミニオン〟の甲板に降り立ち、フレイはシールドを構えた。
 
 「〝ドミニオン〟、聞こえますか!?」
 
 通信を入れようとした瞬間、ばっと目の前に〝ゲイツ〟が覆いかぶさる。――しまった!
 あわてて応射しようとする前に、別の〝ストライクダガー〟がビームサーベルで〝ゲイツ〟のコクピットを貫いた。
 
 〈よう、病み上がり〉
 「なんだ、トール?」
 〈なんだってなんだよ?〉
 「良い腕だって言ったの」
 〈へへっさんきゅ〉
 
 二機の〝ストライクダガー〟はがっちりと背中合わせになりビームライフルを〝ゲイツ〟に向かってかまえる。
 ちょうど一機撃墜した〝ストライクE〟が甲板に降り立った。
 
 〈このまま押し返す!〉
 
 カナードの力強い声が、フレイの気持ちを後押ししてくれた。
 
 〈アルスター少尉、貴様はこのまま〝ドミニオン〟の指揮下に入れ!〉
 
 〝ドミニオン〟艦長のナタル・バジルールから通信が入る。彼女の映る通信モニターの端でアズラエルがひらひらと手を振って見せたが、無視した。
 
 「りょうかーい。どうすれば良いんです?」
 〈〝ドミニオン〟に残って敵を殲滅しろ〉
 「本体は叩かなくて良いんですか?」
 〈別動隊が向かっている〉
 
 なら、アムロ・レイはそこかなと思い、そこは心配はいらないだろう。
 〝ドミニオン〟のハリネズミのような弾幕に一機、また一機と破壊されていく〝ゲイツ〟。カナードの〝ストライクE〟が縦横無尽に大空を駆け巡り、敵を翻弄する。フレイとトールが怯んだ敵を確実に落としていく。そのとき――
 
 〈上空より敵機!〉
 
 ミリアリアから通信が入る。はっと見上げ、十数機の〝ジン〟を目視した。全機が黒を基調としたカラーリングに塗られ、隊長機と思しきマシンには、両の腰に二本の実体剣、背中には身の丈ほどもありそうな細見の刀を背負い、両手にバズーカが装備されている。
〝ジン〟らは素早く手持ちの銃器を構え、一気に〝ドミニオン〟へと迫りくる。
 すかさずビームライフルを構えトリガーを引く。一射、二射、三射と全て躱され、フレイは確信した。
 
 「サトーさんが来たんだ……」
 
 ひとりごちたあと、すかさず仲間たちに通信を入れる。
 
 「トール、カナード、気を付けて! こいつら強いわ!」
 〈あの動き、忘れるものか!〉
 〈……肌がびりびりしやがる〉
 
 〝ドミニオン〟が対空砲イーゲルシュテルンを起動させ、蜂のように飛び交う〝ジン〟に応戦するも、敵機はそれを難なく回避し、バズーカの一撃を〝ドミニオン〟の左舷エンジンに向けて撃ち放つ。
即座にフレイは弾頭を射抜き、立て続けに応射した。〝ジン〟はたまらず後退し、その影から隊長機の〝ジン〟がバズーカを撃ち、更に後退したはずの〝ジン〟がいつの間にか眼前に迫り、フレイは慌ててシールドを構えた。
 
 「カ、カナード、勝てない!」
 〈チームワークで――!〉
 
 〝ストライクE〟がガトリングシールドで群がる〝ジン〟をかく乱しつつ、フレイをかばうようにして躍り出る。トールの〝ストライクダガー〟が右脇を固め、フレイは左手側へと回りこむ。
 すると、十数機の〝ジン〟は一斉に身を翻し、〝ドミニオン〟の艦体を足場にしながら、まるで興味を失ったかのように基地施設へと向かっていく。
 
 〈うそお!?〉
 〈――前!〉
 
 驚きを隠せないトールに、叱りの言葉が飛んだ。白銀の刀を抜き去り、隊長機が一気に距離を詰め、刀を振り下ろす。ビームライフルを切り裂かれ後ずさる〝ストライクE〟をかばうようにしてトールの〝ストライクダガー〟がサーベルを鞘走らせるも、それよりも早く返す刀で左足を膝関節から奇麗に切り裂かれ、〝ドミニオン〟の甲板に突っ伏した。
 
 「こいつはぁ!」
 
 あの刀の前ではどうせシールドなんて通用しないんだ。フレイは〝ストライクダガー〟のシールドを〝ジン〟の視界を遮るように思い切り投げつけ、右手にビームサーベルを構え盾ごと〝ジン〟を貫こうとするも、素早く回り込んだ〝ジン〟の一太刀で、サーベルを持った右腕がアラスカの青空に舞った。
 ――今引いたら負ける!
 まだ勢いは死んでいないはず。フレイは右足で思い切り〝ジン〟の胴体部を蹴りあげた。がつんと鈍い音をたて、〝ジン〟の躯体が小さく浮かび上がる。その時、接触回線が開いた。
 
 〈――やるようになった、君!〉
 「サトー……さん」
 〈だが!〉
 
 〝ストライクダガー〟のキックをガードしたままその足を持ち、〝ジン〟の出力に任せ、無理やり投げ飛ばす。短い浮遊感の後に来る強い衝撃に、フレイは一瞬息をするのを忘れた。背中の激痛に顔をゆがめている間に、〝ストライクE〟がグランドスラムを抜き去り、傷ついたフレイとトールをかばうようにして〝ジン〟と対峙した。
 
 〈吹っ切れたようだな、少年〉
 〈………………〉
 
 沈黙で返されたサトーは、楽しげに笑い、告げた。
 
 〈敵に話す舌は持たん、か。それもまた良し。――参る!〉
 
 
 
 〝ドミニオン〟の甲板の上でモビルスーツ戦が行われている。その事実にナタルは焦っていた。自分が艦長となった初陣だというのに、もう戦死者を出してしまうというのか? 碌に援護もできずに……。
 
 「〝ディン〟、接近! 数、六!」
 
 慌てているミリアリアを端目で捉えながら、今日からはマリュー・ラミアスらを始めとする主だったクルーはいないのだという事実を目の前に突きつけられた。
 
 「〝コリントス〟、〝ウォンバット〟起動! 敵を近寄らせるな!」
 「了解!」
 
 即座にメリオルが慣れた手つきで対空防御ミサイル〝コリントスM一一四〟と大気圏内用ミサイル〝ウォンバット〟を起動させていく。ナタルは振り返った。
 
 「司令部とコンタクトを取れ!」
 「ま、待ってください――メインゲートの防衛に成功! レイ大尉が支援に来てくれるとのことです!」
 
 カズイが声に安堵の色を浮かべつつ応じる。それとほぼ同時にメリオルが操作を終えた。
 
 「艦長!」
 「てえーっ!」
 
 迫る〝ディン〟に向けて、一斉にミサイル群が放たれた。その嵐のような攻撃に、二機の〝ディン〟が飲まれ、爆散していく。
 黒い〝ジン〟は、〝ストライクE〟と二機の〝ストライクダガー〟の攻撃を受け流しつつ、一つ、また一つと〝ドミニオン〟の砲塔を切り裂き始めた。メリオルが慌てて振り返る。
 
 「〝ウォンバット〟一番沈黙! 被害が広がっていきます!」
 「く、何とかして追い払えないか!」
 
 早くあの〝ジン〟を艦体から離さなければ、彼らも危ない。何か策は……いったいどうすれば――。
 
 「あー、そういえば」
 
 緊張した艦橋《ブリッジ》に似つかない、悠々とした声でアズラエルが思い出したように呟いた。
 
 「ほら、こう……宙返りのようなことを……ええと、こう、横にぐるっとして、できませんかネ?」
 
 あまりに酷い提案に、ナタルは声を荒げて怒鳴りかけたが、自分の中の何かがそれに待ったをかけた。
 
 「し、しかし、それは――」
 
 即ち、奇策である。今の状況を打開することが、できるだろうか――。
 
 「ボク、やった人知ってるんですけどネェ? 名前だけ、ですけど。ええと、確か日本語っぽい名前の……」
 
 アズラエルが後押しするように告げ、メリオルが振り向いた。
 
 「ナタ、頑張って……」
 
 その言葉で、ナタルは吹っ切れた。
 
 「まったく、〝ドミニオン〟だというのに!」
 
 これでは〝アークエンジェル〟と変わらないではないか。自分が笑みを浮かべていることになど気付かず、ナタルは指示を出す。
 
 「バレルロールをかける! アーガイル伍長!」
 「え、ええっ!?」
 
 サイが唖然とした顔で振り返り、ミリアリアが「ほ、本当にやるんですか!?」と目を丸くした。
 バレルロール――樽を転がすような、進行方向軸での三六○度ロールのことだ。だが、小回りのきく戦闘機ならばいざ知らず、〝ドミニオン〟のこの巨体での宙返りは困難を極める。
 
 「パルス中尉に通信を繋げ!」
 
 ぱっと通信モニターにカナードが現れ、苛立たしげに舌打ちをする。
 
 〈取り込み中だ!〉
 「見ればわかる! が、本艦はこれよりバレルロールをかける!」
 〈バっ――!? ふ、ハハハハハッ! 了解だ、任せる!〉
 
 カナードは子供のように目をきらめかせながら、通信を切った。ふざけたような命令に即座に了承してくれたカナードに内心感謝しつつ、ナタルはいまだ固まっているサイに向きなおる。
 
 「アーガイル伍長……頼む」
 
 じっと彼の目を見据えるナタル。まだ年端も行かぬ彼に、このような大役を任せるのは酷なことかもしれない、しかし今はやってもらうしか無いのだ。サイはぎゅっと唇を噛みしめ、思い切り息を吸い込み勢い良くそれを吐ききった。
 
 「――了解……」
 
 ――ありがとう。ナタルは心の中でそっとつぶやき、前を見据えた。
 
 「本艦はこれよりバレルロールをおこなう! 衝撃に備えよ! 繰り返す――」
 
 カズイの艦内アナウンスが響く。
 
 「よろしいですね、理事」
 
 ナタルが確認しつつ、シートベルトをしめる。クルーもあわてて体を固定し、とんでもないアクロバット飛行に対して身構えた。
 
 
 
 〝ドミニオン〟の巨大な躯体が勢いよく傾き始める。事前に情報を知っていたカナードたちは即座に反応し、甲板にしがみついた。
 
 〈な、何ィ!?〉
 
 たまらずバランスを崩し、転がり落ちていくサトーの〝ジン〟目がけ、フレイは駄目押しにと狙いを定めるが、照準がぶれて上手くいかず、苛立った。彼女の様子を知ってか知らずか、カナードが声を荒げる。
 
 〈狙いなど良い、撃ちまくれ!〉
 「わかった!」
 〈こいつ、落ちろよ!〉
 
 肘までしか無い右腕でなんとかしがみつきつつ、フレイは隠し玉として用意していたショットガンを腰から抜き、〝ジン〟目がけ連射した。二機の〝ストライクダガー〟と〝ストライクE〟の繰り出す猛攻を回避しつつ、〝ジン〟は手に持つ白銀の刀を左舷尾翼に突き立て、辛うじて転落を免れ、フレイはぎょっとする。
 
 「うそ、落ちない!?」
 〈――援護!〉
 
 〝ストライクE〟がバルカンで威嚇しつつ肉薄し、〝グランドスラム〟を思い切り振りおろす!
 次の瞬間、フレイは目の前の光景に息を呑んだ。
 
 〈……見事、だ〉
 
 サトーが短く告げる。ずるりと崩れ落ちる黒い機体。彼は続ける。
 
 〈まさか、この私に――〉
 
 トールがしがみついていた手を離し、シールドを構えて突進していく。
 
 〈――〝サンダースラッシュ〟まで使わせるとは!〉
 
 左手に持つ白銀の刀で〝ストライクダガー〟の左腕を切り裂き、返す刀で背部バーニアを切り裂いた。
 重なり合って〝ドミニオン〟から転げ落ちていく〝ストライクE〟と〝ストライクダガー〟を視線で追いながら、フレイは動けないでいた。嘘だ、どうして……。カナードとトールが敵わない相手に、わたし一人で勝てるわけないのに……。
 〝ドミニオン〟の躯体がゆっくりと元に戻る。そこには、未だに無傷の漆黒の〝ジン〟と、右腕とシールドを失った満身創痍の〝ストライクダガー〟だけが残された。
 ゆっくりと立ち上がり、左翼に突き立てた刀を抜く〝ジン〟。その姿がたまらなく恐ろしく、フレイは必死にショットガンを撃ち放ちながら震える声で叫んだ。
 
 「カ、カナード、トール! 早く来てよォ! ねえったらあ!」
 
 放たれる散弾を悠々と避け、〝ジン〟の〝サンダースラッシュ〟と呼ばれた刀がショットガンを切り裂き、そのまま足を払われ胴体を思い切り甲板にたたきつけられた。その衝撃でフレイは息をかはっと吐き、モニターいっぱいに映る〝ジン〟の姿に怯えた。
 ――こ、殺される……!
 しかし、フレイの想像に反し〝ジン〟はゆっくりと〝ストライクダガー〟に背を向け、歩き出した。その進路の先には〝ドミニオン〟の艦橋《ブリッジ》が――。
 今度こそ、フレイは戦慄した。サトーは殺す気なのだ、あそこにいるミリアリアを、ナタルを――仲間たちを。でも今のわたしに何ができるの? あの人はわたしを見逃してくれたのよ、闘って勝てるわけないし、こうしてじっとしている意外にできることなんてないじゃない。
彼女は荒々しく呼吸をし、茫然と〝ジン〟の背中を見つめた。こうし ていれば助かる。何もしなければ、助かるのだ。自分の、命だけは――。
 フレイは思う。
 〝ストライクダガー〟はゆっくりと立ち上がり、残された左手にビームサーベルを構える。黒い〝ジン〟は振り返り、刀を鞘に収め居合の構えを取る。
 
 〈……理由を聞きたい〉
 
 たまらなく怖かった。死ぬのも怖ければ、負けるとわかっている戦いを挑むのも、カナードとトールを打倒した相手に一人で戦うのも……でも――。
 
 「――もう、独りは嫌なの……」
 
 溢れ出る涙は恐ろしさ故に。だがそれは死ぬことへではない、大切な人たちを失うことへの恐怖。そうか、とフレイは理解した。あの子がわたしに命をくれると言ったのは、こういう理由だったのかもしれない。自分が死ぬことよりも、誰かを失うのが怖い、それだけのことだ。今のわたしと、同じ気持ち。
 〝ジン〟がそっと柄に手を置き、完全な臨戦態勢へと移行する。フレイは震える指で操縦桿を握りなおし、フットペダルを思い切り踏み込んだ。
 わたしにどこまでできるんだろう。どこまで戦えるんだろう――。
 〝ジン〟が刀を鞘走らせた瞬間、彼の放つ気迫がフレイの全身を駆け巡り、白い奔流となって脳髄を突き抜けた。
 ――見える!
 目にも止まらぬ横なぎの太刀筋を、己の眼ではなく感覚で知覚した。〝ストライクダガー〟は体勢を落とし、すれすれのところで居合切りをかわす。だが反撃するにはまだ早い、左の二太刀目が来ることなどわかっていた。倒れこむようにして距離を詰め、刀の射程の内側に――。
 次の瞬間フレイが目にしたものは、ブラックアウトしたメインモニター。感じたものは、倒れていく自機の独特の浮遊感。衝撃が体を襲ってから、フレイはようやく気がついた。〝ストライクダガー〟の関節は、最初の一太刀を回避した時点で完全に死んでいたのだということに。モビルスーツの性能が、彼女の反応速度についてこれなかったのだ。サブカメラが復活し、不鮮明な画像がモニターに映る。アラスカの青空と太陽を背に、頭部の角飾りを失った黒い〝ジン〟が刀を構えこちらを見下ろしている。
 ――角だけ、か……。
 わたし、弱かったな……。もう涙は出てこない。ただ、死への恐怖は無くなっていた。だって、パパとママに会えるもの……。ぐらり、と視界がくらみ、フレイの意識がわずかに遠のく。
 逆光に照らされる〝ジン〟は、一瞬の躊躇ののち、刀を逆手に構え、〝ストライクダガー〟のコクピットに狙いを定めた。
 そういえば、あの子にも会えるかもしれないな、と考えたところで、なんで今キラのことを思い出さなきゃならないかと苦笑してしまった。良い子、だったのにな。また明日にでも、ひょっこり顔を出すような気がして、彼がもういないのだという実感が沸いて来ない。どうしてだろう……。白銀の刀がきらと太陽光を反射させ、フレイの瞳をくらませる。
 そんな中、ふと太陽の中心に黒い粒のようなものを見つけ、目を細めた。
 ――何だろう。
 その黒い粒は少しずつ大きくなっていく。
 〝ジン〟がはっと何かに気づき、頭上の黒い粒を見上げ、慌てて回避運動を取るも、粒から発された光条が肩を掠めたまらず距離を取る。
 粒はやがて大きくなり、それはモビルスーツだとフレイは認識した。
 輝く白い四肢、ボディはグレイと青のツートン、頭部には角に似た四本のアンテナ――Xナンバーと非常に似通った形状を持ちながら、フレームには共通するところが見受けられない。
未知のモビルスーツは〝ストライクダガー〟の前で、巨大な六枚の翼を広げた。その姿は、まるで人類を守るために舞い降りた天使にも似て見える。
 フレイの意識は、そこまでだった。
 
 
 
 突如舞い降りた未知のモビルスーツを唖然として見つめていたクルーたちだったが、そのとき、通信機から聞き覚えのある声が飛び込んできた。
 
 〈こちら、キラヤマト――〉
 
 クルーたちは一様に息をのむ。アズラエルがおやおやと苦笑を洩らした。
 
 〈援護します。今のうちに後退してください――!〉
 
 信じられない――ナタルはしばし呆然と、目の前の機体から発せられた言葉を聞いた。
 そんな、馬鹿な……。キラは死んだはずだ。だが――この声は紛れもなく彼のもので、しかもこのタイミングで――。
 黒い〝ジン〟はすぐさまキラの搭乗する機体に斬りかからんと身構えるが、二機の間を津波のようなビームの粒子が割って入り、通信モニターにぱっとアムロの顔が現れた。
 
 〈遅れてすまない、これより援護に入る!〉
 
 その声のなんと頼もしいことか。太い光条が〝ジン〟を正確に狙い、追い詰めていく。カズイが慌てて振り返る。
 
 「後方より機影、〝ジン〟です!」
 
 ナタルはしまった、とばかりに身構えたが、想像していたような攻撃は一切来なかった。後方から〝グゥル〟に乗った〝ジン〟が、更に後方へ向けて射撃を繰り返しながら〝ドミニオン〟の上空を通り過ぎる。
たまらず黒い〝ジン〟が信号弾を撃ち、撤退していき、〝ドミニオン〟の周囲に二十数機にも及ぶ〝ストライクダガー〟が各々の武器を構え、着陸した。
 
 〈聞こえるか、〝ドミニオン〟! これより貴艦の援護に入る!〉
 〈こちら第七守備隊の――〉
 
 続々と援護を告げる通信が入り、ナタルはその場に茫然と立ち尽くした。アズラエルがやれやれと首を振り、肩の筋肉をほぐしながらつぶやいた。
 
 「辛勝ってとこですかねエ」
 
 と。
 
 
 
 ……猫が、死んだ。私の猫が――。ずっと、ずっと一緒だった――『    』……。
 きっとこれはあの夢の続きなんだ。フレイは母の墓標のそばに、『    』のお墓を立て、そっと語りかける。
 
 「『    』……おまえ、おかあさんが一人じゃ寂しいから行ってあげたのよね……」
 
 風が吹き、小さな十字架にかけられた花の輪がふわりと揺れた。木々がざわめき、木の葉が舞い散る。
 
 「わたしたちのぶんも、おねがい、おかあさんを元気づけてあげてね」
 
 すると――
 
 「『      』」
 
 ふいに、誰かがわたしを呼んだ。そっと見上げると、吹く風に金髪をざわめかせ、ブラウンのコートに身を包む兄がじっと見下ろしていた。彼はそっとうつむき言う。
 
 「しばらく会えなくなる」
 
 ……え? 彼女は何を言っているのか理解できず、呆然と彼の言葉を待った。
 
 「『    』さんと話し合って決めた。ボクは『   』の学校へ行く」
 
 『   』……まさか……! わたしは思わず聞き返す。
 「『   』!? 『   』さんの行っていた学校!?」
 
 それがどういうことを意味するのか、わたしはもうわかっていた。
 
 「でも、あの人は『   』へ行って軍人になるのよ!」
 
 兄は私を突き放すように答える。
 
 「関係ない。ボクはボクだ」
 
 彼は振り向き際に、わたしに最後の言葉を告げる。
 
 「さようなら、『      』」
 
 と。
 わたしはたまらなくなって叫んだ。
 
 「どうして……どうしてみんな行っちゃうの!!」
 
 遠ざかる兄の背中に、私は必死に叫んだ。
 
 「どうしていなくなっちゃうのよ!?」
 
 お願い、行かないで、お願いだから……。
 
 「おかあさんが死んで、『    』も死んじゃったのに、おにいさんまで!」
 
 わたしは着ているコートを脱ぎ捨て、必死に追いかける。
 
 「まって!」
 
 必死に、追いかける。
 
 「行かないでにいさん!!」
 
 必死に、必死に……。大切な繋がりだから、たった一人の、残された家族だから。大好きなにいさんだから……。
 
 「キャスバルにいさぁん!!」
 
 そのとき、わたしは風に包まれた。そしてわたしはわたしでなくなり、ただのフレイ・アルスターに……。
 
 『モビルスーツの性能差、というわけかな?』
 「全部です、全部。そりゃあ性能がもう少し良ければあんな負け方しなかったとは思うけど……」
 
 また夢の続きだ。そうでなければ、鳥が喋りはしないし、ましてやモビルスーツ戦のダメ出しを言われるなどありはしないのだ。
 
 『それと、武器だな。君に相応しい装備があれば、ああはならなかった』
 「だからぁ、〝ストライクダガー〟は〝ファントムパック〟使えないのー」
 『そういう意味も含めて、自分に合ったモビルスーツに乗らなければその力を十分に発揮することはできないのではないかな、フレイ・アルスターさん?』
 
 赤い鳥の小さなくちばしから発せられたもっともな正論に、フレイはむーっと唇を尖らせた。頭ではわかっているのだ、そんなことは。でも、自分に合ったモビルスーツなんて言われてもそれが何なのかはわからない。
 そんな彼女の様子に苦笑しながら、赤い鳥は片方の翼を自慢げに広げる。
 
 『そう悩むことは無い。君は色んな人に守られているからね、モビルスーツだって、良いマシンが手に入る』
 「だと良いんですけどおっ」
 
 なんだか適当にあしらわれてる気がして、フレイはぷいとそっぽを向いた。その様子がおかしかったのか、赤い鳥はくくっと含み笑いをこぼしたあと、ふっと息を整える。
 
 『さ、目を覚ますんだ』
 
 視界いっぱいに広がる見慣れた天井。なんだか最近ここで目覚めてばっかだなと溜息をついてから、フレイは上体を起こしあくびを一回し立ち上がる。ハンガーにかけられた自分の制服をぬるぬると着、とりあえずはと自室を目指した。
歯も磨きたいし、顔も洗いたかったからだ。通路の途中で体のどこかに痛みは無いかと確認したが、 特に異常は見当たらないようで一安心だ。
 フレイにあてがわれた士官用の個室。戦闘で無くなってないかとも心配したが、それも杞憂であったようだ。ただ、ラクスたちと一緒に撮った写真を飾ってある写真立てがデスクの上から落ちていたのには苛立ちを覚えたのだが。
 顔を洗い、歯を磨き、髪を整えてからフレイは食堂へ向かった。お腹はペコペコだった。
 
 「あ、フレイ、おっはよ」
 
 食堂へ入ると、まずミリアリアが迎えてくれた。
 
 「おはよミリアリア。わたしどれくらい寝てた?」
 
 彼女の問いに、カナードがトレーの乗せられた簡単なビーフを突きながら答える。
 
 「丸一日だ。ちなみに今は昼だからな」
 「げっ、そんなに寝てたの?」
 
 なんということだろうか……。寝過ぎは肌がむくむし、美容にも悪いのだというのに……。
 
 「寝る子は育つ、とは違うのかな?」
 「……そういうもんか?」
 
 カズイがうーんと考え、サイが呆れて突っ込んだ。
 
 「フレイは発育良いからなあ、これ以上育ったら凄いことに――痛てて!」
 
 いやらしい視線を向けるトールの耳を、ミリアリアが思いきり引っ張った。
 
 「ま、まあまあミリィ……。でも、みんな無事で良かったよ」
 
 誰かが聞き覚えのある声でそういうと、すかさず皆から「お前が言うなっ!」と突っ込みが入り、それはすぐに笑い声へと変わる。
 フレイは一度その声にぱちくりと瞬きをした後、友人たちの輪の中をくいっと覗き込んだ。すると――
 
 「あ、フレイ……。えーと、久しぶり……?」
 
 少し前となんら変わらぬ姿のキラが、いつものおどおどした様子でそこに座っていた。
 嬉しいような、でもなんとなくわかっていたような。そんな微妙な感情になりながら、フレイはどう反応したらいいのかわからず目をぱちくりさせながら立ち尽くし、とりあえずとっさにあの時好きかもって言ったのは何かの間違いですとか言おうと考えていた。
 
 
 
 「オーブへ、でありますか?」
 
 作戦司令部へ呼び出されたナタルは、サザーランドから下された指令に眉をひそめた。
 彼が言うには、〝ドミニオン〟は単独オーブへ向かい、そこである重要な物資を受け取る手筈なのだという。既にオーブとの連絡はとっているとのことで、根回しの速さに関心もしたものだが、唯一受け入れがたい事実があった。
 オーブへと進路を取る〝ドミニオン〟の艦橋《ブリッジ》で、ナタルは無限に広がる大海原を眺めつつ、ちらと端目で真っ赤なワインを口に運び、満足げな笑みを浮かべるアズラエルをとらえる。
 
 「んー、良いですねェ。ボクはビールも悪くないとは思うんですが、こういうモノも……たまりません」
 
 彼がオーブまでついてくると聞かされた時、ナタルは唖然としながら、上官であるサザーランドに向かって何故かと返した。すると彼は、あきれ果てたように首を振って、謝罪の言葉を述べただけであった。
 結局、軍を抜けるタイミングを逃し、しかもフレイ達はこのまま残るというのだから、ナタルはしぶしぶながらもこの〝ドミニオン〟のキャプテンシートに座るしかないのだ。アズラエルは彼女の心情を察することもなく、ワインのボトルをちらとナタルに向けた。
 
 「どうです、キミも?」
 「勤務中です」
 
 心から湧き上がる嫌悪を隠し、淡々と告げた。アズラエルは気を害した様子なく、副長シートに座るメリオルにボトルを向ける。
 
 「……未成年です」
 
 彼女は短く言い放つと、アズラエルはうーんとひとしきり考えながら艦橋の人員を見渡し溜息をついた。
 
 「あーあーもう、女子供ばっかりじゃないですか」
 
 ……悪かったな。ナタルは心の中でそっとつぶやいた。
 
 
 
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