CCA-Seed_◆ygwcelWgUJa8氏_28

Last-modified: 2012-10-23 (火) 20:41:30

 進水式と軍事式典を終えた新造艦〝ミネルバ〟の艦橋《ブリッジ》で、ミゲルは疑わしげな視線を艦長に向けていた。蜂蜜色の髪を前に流した、凛とした風情の女性。だが彼女がギルバート・デュランダルと親しい間柄であることなどは、とうに調べがついていた。
 
 (……ならば、こいつは男と女か)
 
 すると傍らの副長アーサー・トラインが、そんなミゲルの思考など知りもせず、緩みきった顔でちらと背後のVIP席に座る二人の女性に目をやる。その視線に気づいたラクスが、ふわりといつもと同じ天使のような微笑で答え、ミーアは白い歯を出し健康的な笑顔で答えた。
アーサーの顔はにやけっ放しになり、タリアはじろときつい視線を送る。MS通信管制担当のメイリン・ホークが十四歳というあどけなさを残した顔でくすりと笑みをこぼす。操舵手のマリク・ヤードバーズがやれやれと首を振り、火器管制のチェン・ジェン・イーと索敵、レーダー担当のバート・ハイムが苦笑をもらした。
 少しずつだが彼らという人物が見えてた。やはりタリアが自分たちへの監視役だろうか? いや、そう決め付けるのはまだ早い。注意を向ける対象としてはそうだろうが、他にもそういう役割の人間が乗艦しているだろうから……。
 
 「司令部より入電。〝ミネルバ〟、発進せよとのことです」
 
 工廠内の司令部よりもたらされた命令を、バートが告げる。
 
 「了解したと伝えて」
 
 そう言って、タリアは変わらぬ表情で虚空の闇を見据えるイザーク隊長代行をちらと見、副長のアーサーに視線を向けた。
 
 「これより〝ミネルバ〟を発進させます。各員――アーサー!」
 
 先ほどからにやけた顔で、指令そっちのけでアイドル二人に手を振っていた彼はぎくりと飛び跳ね、恐る恐るタリアに向き直る。苛立ちを隠さない彼女の視線にさらされ、アーサーはこじんまりと頭をたれた。
 
 「まったく。――〝ミネルバ〟発進シークエンス、スタート」
 
 彼女の指令のもと、着々と艦の発進が進められ、巨大な艦体がドックを抜け、無限の星々が広がる漆黒の海へと進められる。
 艦に搭載されたモビルスーツのうち、〝ガイア〟、〝アビス〟、〝カオス〟はあくまで別の部隊へと届けられる機体だ。となると、正式に新しくザラ隊の者となるのは、この艦〝ミネルバ〟と、〝ザク〟に乗る新米赤服、ルナマリア・ホークという少女――メイリンの姉らしい――そして〝インパルス〟のレイ・ザ・バレルという少年の二人。
 では、あの子供は……?
 ミゲルは尚も苛立った。あの子供……ネオという子には、どの部隊へ行くとも、それこそ素性も、それが本当の名であるのかすらわからなかったのだから。タリアという女はこのことを知っているのか? 下された命令が、『今後起こる戦闘で、ネオ・ロアノークへの関与は一切認めない』などという馬鹿げたものだということを。
 彼らの疑問を乗せつつ、〝ミネルバ〟は宇宙《そら》を悠々と進んでいくだけだった。
 
 
 
 
PHASE-28 たましいの場所
 
 
 
 
 〝アメノミハシラ〟へと針路を取った〝ドミニオン〟、〝クサナギ〟の航海は順調であった。アズラエルが迎えによこさせた地球連合のネルソン級戦艦の〝オーキンレック〟、〝ウェーヴェル〟が取り囲み、計四つもの艦影が虚空の空に並び立つ。
 シンはようやく部屋と通路の掃除が終わり、モビルスーツデッキへとやってきた。あの戦いの後、ナタル・バジルールにきつい叱りの言葉を受け、独房入りを言い渡されそうになったが、キラ・ヤマトの進言でそれは免れることができた。
おかげで今日も、未だに一言も喋れないでいるマユの面倒を見てから、こうして罰として言い渡された艦内の掃除に取り掛かっているのだ。それでも、

 「――だからって……」

 と納得できない言葉を漏らしてしまうのは幼さゆえ。今でも部屋に戻ると、そこに父と母の姿が無い事実に打ちひしがれる。たまらず声を上げてしまいそうになる。だが、膝を抱え小さくうずくまる妹の姿が、シンの折れてしまいそうな心を繋ぎとめていた。ここで駄目になるわけにはいかないんだ、マユを不安にさせるわけには……。
 清掃用のエプロンと三角巾を結びなおし、周囲を見回す。
 〝フリーダム〟、〝ハイペリオン〟、〝デュエルダガー〟が丁寧にメンテナンスベッドに寝かされ、整備員が班長であるコジロー・マードックの指示のもとてきぱきと補給作業が続けられている。同じように四機の〝ストライクダガー〟にも整備員が取り付き、被弾箇所を修理している。
 そこから少し離れた位置で、セレーネ・マクグリフとソル・リューネ・ランジュの二人が、〝ストライクルージュ〟と〝アカツキ〟のデータを検証している。
 どれもシンにとってはわからない世界であったが、なぜ二機にだけ特別な人がついているのだろう、という疑問はあった。
 とんと無重力の床を蹴る。ふわりと体が浮き、そのまま押し付けるように手すりに体を固定した。なんて静かなんだろう。戦闘が起こらなければ、ここもこんなに寂しい場所だったんだ。シンが小さくため息を吐くと、息は白いもやとなって漂い、消えていく。
 
 「それに、寒い」
 
 彼が清掃に取り掛かろうとした所で、ふと目を引く赤毛の少女が、少し離れた場所で小さく膝を抱えているのを見つけ、思わず声をかけた。
 
 「あの、どうも……」
 
 なんて言ったらいいのかわからなかった。デパートで会った時、彼女は迷惑なほど明るく、我侭で、みんなの中心にいるような少女だった。だからマユは彼女に憧れていたし、テレビ番組でも散々取り上げられてきたのだろう。しかしここにいる彼女はどうだろうか? 人を避けるようにして格納庫の端でうずくまる彼女は……。
 ややあってシンに気づいたフレイは、力なく微笑み、言う。
 
 「……元気?」
 「あ……はい」
 
 死人の様な瞳に見据えられ、シンはどぎまいた。
 ――この人も、こういう表情をするんだ……。
 
 「ここ、寒いですよ。戻ったほうが良いんじゃないですか」
 
 シンが言うと、フレイは「……うん」とだけ言い、そのまま動かなかった。『赤い彗星』と謳われる連合の若きエース、フレイ・アルスター。テレビや雑誌では決して見ることのできない、奥底の彼女を、垣間見た気がした。ひょっとしたら、彼女は今まで無理をしてきただけなのかもしれない。そんな思いが、シンにこんなことを口走らせたのかもしれない。
 
 「僕、本当に感謝してるんです。フレイさんが助けてくれなかったら、きっとあそこで……」
 
 脳裏に白き〝ザク〟の姿が蘇る。自分たちの街にミサイルをばら撒き、父を、母を、友人たちを焼いていったあの『白い悪魔』が。シンは思わず拳を握り締める。
 
 「――わたし、ナチュラルなのにね」
 
 ふいに、彼女は独り言のようにつぶやいた。そのまま彼女は膝に顔を埋め、震える声で小さく吐き棄てる。
 
 「――こんな力が欲しかったんじゃない……みんなを、守りたかっただけなのに……」
 
 シンははっとして少女の小さな躯体を見据えた。
 ……力が無いのが悔しかった、何もできないのが辛かった。でも……でも、『力』って何なんだろう。その答えは、彼の目の前にあった。
 ――強すぎる力は、自分をも傷つける。
 先の戦いで、彼女は華々しい戦果を遂げた。正規軍人である〝ストライクダガー〟隊も、コーディネイターの乗る〝フリーダム〟、〝ハイペリオン〟をも遥かに超えた撃墜スコア十八。たった一機のモビルスーツで四隻の戦艦を撃沈した、ナチュラルの少女。シンはたまらなくなって声を荒げる。
 
 「でも! その力のおかげで、僕もマユもこうしてるんです……。だからそんなこと言わないでください。あなたが、助けてくれたんですから……」
 
 彼女は恩人なのだ。だから、その恩人が傷ついているのなら、何とかして助けてあげたい。彼女はそっと顔を上げ、力なく微笑んだ。
 
 「あなた、優しい子ね」
 
 彼女はそっとシンの袖を掴みそのままゆっくりと自分の下へ引き寄せる。
 
 「あ、ちょっと……」
 
 分けも判らず、シンはされるがまま、姿勢を落とし、座り込んだ彼女に抱きしめられた。女性特有の甘い香りが鼻腔いっぱいに広がり、顔まで真っ赤になり彼女を見上げる。フレイは目を瞑り、寒さを凌ぐようにして震えながら深く息を吐ききった。
 ――この人、寂しいんだ……。
 それが、シンの感じた感想であった。
 
 
 
 手元の資料を機嫌よく流し見ながら、長さ一一二ミリ、直径二八ミリほどの円筒形をしたスナック菓子を口に運びながら、アズラエルが小さく鼻で息をし、さくさくと音を立てながら口元をチーズ味の粉末で汚し、思考をめぐらすようにして遠い目をした。
 無重力空間で粉物を食べるなと大声で怒鳴りたい衝動を堪えながらも、ナタルは締め付けられるような悪寒を感じていた。これはいったい……?
 ふいに背後の扉が開き、ナタルは振り向いた。
 
 「君か、ここの掃除は後で良いと言ったはずだが?」
 
 問われた少年、シン・アスカは、そのまま赤い瞳でナタルをじっと見据る。
 
 「あの、〝アカツキ〟を貸して貰えませんか」
 
 思わずナタルが眉を潜めると、アズラエルがゆったりと振り返り、答える。
 
 「ふーん? でもキミ、妹さんがいるんでショ?」
 
 シンは一瞬逡巡したが、すぐに顔を上げた。
 
 「守りたい人が、何人もいちゃいけないんですか」
 
 アズラエルがにっと口元を醜く歪める。ナタルは咄嗟に言い放つ。
 
 「貴様一人の力で何かが解決できたりはしない。さっさと自室へ戻れ」
 
 すると、アズラエルはまた口を挟む。
 
 「まあまあ、良ーじゃありませンか。せっかく戦ってくれるって言ってるんデスから」
 
 ――この男!
 
 「まだ子供です!」
 「オヤ? この子は駄目であの子たちは良いとでも?」
 
 彼の視線に悪戯めいた色が混じる。
 
 「そ、それは……」
 
 ナタルは口ごもり、視線を逸らした。
 
 「アルスター君をモビルスーツに乗せたのは、アナタだと聞いていますが? イヤぁ、良い判断でしたけどネェ?」
 
 唇をかみ締め、ナタルは力なくシートに座りなおす。罪悪感が、ナタルに反論する気を萎えさせた。彼は勝ち誇った笑みを浮かべ、続ける。
 
 「それに、もう〝アカツキ〟はキミ以外に動かすこと、できませんからネ」
 
 シンが「えっ?」と表情を変えたが、アズラエルは気にせず言った。
 
 「いえ。とにかくそう言ったからには、君にはちゃーんとパイロットをやってもらいますからね?」
 「は、はいっ!」
 
 ナタルの心情とは裏腹に、少年の顔は晴れやかだ。その選択が何を意味することかもわかっていないのだろう。
 
 「また、巻き込んで……」
 
 そう毒づいた瞬間であった。鋭い鈴の音が彼女の耳を劈き、同時にミリアリアが口元を抑え蹲ったのは。
 そして、〝オーキンレック〟の艦体を無数の光条が貫いた。
 
 
 
 ――何、これ。来るの……? 何、何これ……。何かが、来る……。わたしと同じ人が、いるの?
 異変を感じ、〝ストライクルージュ〟のコクピットに収まった瞬間、艦全体に警報《アラート》が鳴り響く。とたんに慌しくなる格納庫。すぐさま出撃命令が下り、慌ててきたキラ達には目もくれず、フレイは〝ルージュ〟を発進させた。
 〝ルージュ〟の全天周囲モニターの端で、爆散していく〝オーキンレック〟を捉えたが、そこに敵の機影は見当たらない。今の〝ルージュ〟の装備は〝I.W.S.P.〟。あまりにも複雑な武装で、コーディネイターくらいしか使うことはできないと言われていたそれは、武装のほぼ全てを脳波制御で行う事でとりあえずの解決を見せた。
だが、彼女にとってそれは好都合だ。左肩には彼女のファミリーネームのアルスターの頭文字、Aに鷹が泊まったようなエンブレムを新たにペイントし、ビームライフルでどこから来るかもわからぬ敵に向ける。機動性、加速力は、〝ガンバレルストライカー〟より遥かに上だ。
 〝ウェーヴェル〟から〝ストライクダガー〟隊が発進し、〝ドミニオン〟からもモビルスーツ隊が出撃する。〝クサナギ〟が後方に下がっていくのを見、フレイは当然の処置だと感じた。今ここでカガリを失うわけにはいかないから。全天周囲モニターの足元には、青く輝く星が広がっている。
だが、わたしは、貴方は? 貴方? 貴女ではなく、貴方と言ったの? わたしは……? だあれ?
 ――フラガ少佐?
 瞬間、閃光が走る。〝ドミニオン〟が回避運動を取る。遅れた〝ウェーヴェル〟は光の条に貫かれ、誘爆していく。
 無数の光条が次々と〝ストライクダガー〟を貫き、それはやがて〝ルージュ〟にも伸びる。
 
 〈――フレイッ!〉
 
 キラが叫んだ、フレイはそれをうるさいなと感じながら網目のように繰り出される光条をことごとく回避する。
 ――誰かが、わたしを見ている。わたしの心を覗き見ている。それは誰? フラガ少佐? ううん、違う、どこまでも同じ存在、でもわたしは貴方に会ったことがあるような気がする。生まれる前から知っているような気がする。貴方は――
 
 
 
 〈……凄い。敵のパイロットは、こちらの位置と地球の一直線を読めるのか〉
 
 〝ミネルバ〟の艦橋《ブリッジ》で、イザークは通信機越しにネオ・ロアノークの独り言を聞き、思わず「どうした?」と返す。
 
 〈凄いモビルスーツとパイロットです。あのパイロットこそ、本当の意味で『新たな者』に違いない。そうでなければ、この〝ドレッドノート〟のオールレンジ攻撃を避けられるはずが無い……〉
 
 あの少年が、これほどまで饒舌になっている? 皆が固唾を呑んで見守る中、イザークは苛立った。今、〝ミネルバ〟は、敵の部隊とも、そして〝ドレッドノート〟とも遥かに距離を置いている。
それがギルバート・デュランダルらから下された任務。黒い『足つき』――確か〝ドミニオン〟といったか――を見つけ次第、単独で〝ドレッドノート〟を向かわせ、その戦闘の結果を寸分違わず報告せよ、とのことだからだ。
その際、戦闘への手出しは一切無用とも言われている。だからこそ、気に食わない。なぜこんなまどろっこしいことをする必要があるのだ。つい今見せたような力があれば、〝ミネルバ〟隊をあわせ戦果を期待できるはずなのだから。
 〝ドレッドノート〟の傍らには、機体のテストも兼ねて、〝インパルス〟が寄り添っている。それを補佐するように、ルナマリア・ホークの赤い〝ザク〟。ディアッカの〝ザク〟が正面を固める。だが、それだけだ。彼らに手を出すことは禁じられている。
 どのみちこの距離からでは、〝ミネルバ〟の主砲である陽電子破砕砲QZX‐一〝タンホイザー〟ですら、照準もままならないだろう。
 
 
 
 蜘蛛の巣のように張り巡らされるビームの軌跡にキラは戦慄した。瞬く間に貫かれていく味方モビルスーツ。既に〝ウェーヴェル〟から出撃した〝ストライクダガー〟は全滅しており、〝オーキンレック〟の部隊など、自分たちが撃墜されたこともわからぬまま散っていたのだから。
 
 〈六つの敵がいる……。ううん、違う、七つ、八つか? これは……〉
 
 フレイがうわ言の様に続けながら、ビームの嵐をたやすく突破する。
 
 「カナード、これって……!?」
 〈――〝ガンバレルストライカー〟のようなものかッ!〉
 「〝ガンバレル〟……!」
 〈敵に回せばこうもなる!〉
 
 ならば、この敵は、ガンバレル適性を持つもの。そう、アムロやフレイと同じような、コーディネイターを超えていくものたち。だが、これは――。
 
 「フレイ、一人じゃ無茶だ! 下がって!」
 
 キラは懸命に呼びかけたが、彼女は一向に耳を貸さず、ひたすら闇から繰り出される光条と戦っている。その光条は、キラ達へも伸び、〝ドミニオン〟の〝ストライクダガー〟を、一機串刺した。
 
 〈あっ……〉
 
 〝アカツキ〟で出撃してきたシンが、情けない声を上げる。
 
 〈ど、どこからの攻撃だ!?〉
 
 〝ストライクダガー〟のパイロットが驚愕して叫ぶのと同時に、キラは目の端で、ほんの一瞬うごめく何かを捉え、反射的に機体を滑らした。同時に〝ハイペリオン〟、〝デュエルダガー〟が動き、光条が降り注ぐ。それはキラたちのいた位置と、残された三機の〝ストライクダガー〟に容赦なく降り注ぐ。
 
 〈――早い……!〉
 
 一機、また一機と〝ストライクダガー〟を貫いていく。爆散していく最後の〝ストライクダガー〟。残された〝アカツキ〟にも光条が襲い掛かる。
 
 〈み、みんなは……!〉
 
 彼は目の前で起こった出来事が信じられず、呆然と呻く。
 
 「シン、逃げるんだ!」
 
 キラは咄嗟に叫ぶも、彼は動く素振りが無い。〝アカツキ〟に光条が直撃する。だが〝アカツキ〟特有の対ビーム防御・反射システム〝ヤタノカガミ〟がそれを弾いた。キラは安心する暇も無く、とにかく機体に回避運動をとらせ続けた。
 
 〈ちくしょお! 後少しだってのに!〉
 
 トールが苛立ち、カナードも緊迫した様子で動き続ける。あと少しで、〝アメノミハシラ〟に辿りつけていたのに、このタイミングで……!
 とにかく、今はフレイの力にならなければ。キラは〝フリーダム〟のスラスターを吹かせ、〝ルージュ〟に接近する。咄嗟に、彼女が叫んだ。
 
 〈来ちゃだめ! この敵は普通の人には無理よ! 来ないで!〉
 
 ――ぼくが、普通……?
 光条が〝フリーダム〟を襲う。キラは咄嗟に回避すべくフットペダルを思い切り踏み込んだ。一気に加速する〝フリーダム〟。網目のようにして追いすがるいくつもの光。ついに、それが〝フリーダム〟の右腕を貫いた。
 ――そんな!
 立て続けに繰り出される光の帯。眼前に迫る光がキラの視界を焼き、直撃コースなのだと知ると同時に、〝デュエルダガー〟がシールドを構え〝フリーダム〟の盾となって躍り出た。
 
 「トール!?」
 〈カナード、助けろぉ!〉
 
 ビームの雨に晒されながら、〝デュエルダガー〟のトールが声を上げた。
 
 〈〝ハイペリオン〟を使うッ!〉
 
 カナードが〝フリーダム〟を抱きかかえ、モノフェーズ光波防御シールド〝アルミューレ・リュミエール〟を展開させると、瞬く間に三機のモビルスーツを光の盾が包み込んだ。
 
 〈生きてるな、キラ!〉
 「カナード、この敵……!」
 〈邪魔よ!〉
 
 フレイが叱責し、〝ハイペリオン〟はキラとトールをかばいつつ後退する。遠ざかっていく〝ルージュ〟の赤を目に焼き付けながら、キラは己の無力さを呪った。
 
 
 
 「す、凄い……」
 
 アーサーが呆然とつぶやいた。彼を叱咤することも忘れ、タリアは次々と聞こえてくる戦果に顔をゆがめた。
 私は、こんなこと聞かされていない……。あんな少年がパイロットだということも、これほどの力を持っていることも、たった一人で戦いに向かわせることも……! だが、従わなければならない。これが、ギルバート・デュランダルから、ラウ・ル・クルーゼを通し告げられた最重要任務の一つなのだから。
 
 「〝フリーダム〟、撤退していきます! す、凄い戦果です……」
 
 メイリン・ホークが怯えるのも無理は無い。〝フリーダム〟はザフトの英知を結集した、いわば傑作機。それをこれほどまで簡単に……。その戦果を挙げ続ける少年を思い浮かべ、タリアの胸がちくりと痛む。タリアは、〝ドレッドノート〟に乗る幼すぎる少年に、自分の子を重ねていた。年齢的にもそう遠くない……。
 
 「――ジュール隊長代行」
 
 気がつけば、傍らの若き隊長代行に声をかけていた。
 
 「何か?」
 
 彼が視線で返す。
 
 「〝ミネルバ〟を前に出すわけにはいきません? 〝ドレッドノート〟、むざむざ敵にやらせるのは忍びないわ」
 
 すると、イザークは意外そうに方眉を吊り上げ、すぐにいつものしかめっ面に戻した。
 
 「いや、〝ミネルバ〟はこの位置で待機を」
 「……なぜ?」
 
 彼女が問うと、彼は苛立たしげにつぶやいた。
 
 「足手まといになる」
 「えっ?」
 
 気がつけば、アーサーやメイリン、バートといったクルーたちも振り向き、イザークの言葉を待っていた。彼はやれやれと首を振り、説明する。
 
 「こちらの位置をつかませないからこその〝ドレッドノート〟なのだろう。安易に母艦の姿を晒しては――議長の言っていたのはこういうことなのか……? だが……」
 
 言葉を区切り、途中からは彼の独り言である。だが、それでも、納得できないものがあるのだろう。それはタリアとて同じことだ。
 モニターには〝インパルス〟のカメラから映し出される〝ドレッドノート〟と赤い〝ストライク〟の戦闘状況が、刻々と映し出されるだけだ。無限の闇を駆け巡る赤い軌跡と閃光。
 その光景を見ながら、妙な緊張感を覚えつつ、タリアはふと思い立っていた。
 ――ああ、だから『赤い彗星』なのか。
 
 
 
 遅い、遅い、遅い!
 
 「もう少し早く反応してよ!」
 
 繰り出されるビームの嵐を避けながら、フレイは自機の反応の鈍さに苛立っていた。既に各関節は悲鳴を上げているにもかかわらず、未だ、敵の自動砲台のひとつも落とせていない。所詮は、〝ストライク〟のマイナーチェンジでしか無いのだろう。こんな中途半端な機体を、よくもわたしに!
 
 「――下!」
 
 真下から放たれた光条を避けつつビームを放つも、それは空しく虚空へと消えていく。そのとき――
 
 『凄いね、君は……』
 
 言葉が、走った。フレイは咄嗟に反応する。
 
 「子供……?」
 
 ばっと光条が花ビラのように舞い、〝ルージュ〟を包み込む。スラスターを吹かせそれを避け、充満する殺気から逃れる。
 降り注ぐ光、光、光。避ける、避ける、避ける。もうどれほど戦っただろう。永遠に戦い続けている錯覚すら覚える。全体を包み込む敵意。その中を駆け巡る〝ルージュ〟。次の攻撃はどこからくる? 次は、次は、次は――
 
 〈フレイさん!〉
 
 〝アカツキ〟がキラ達の制止を振り切って駆けつけ、〝ルージュ〟のそばに――
 
 『ふふ、来た、来た、敵が――』
 
 幼い少年の邪気が、フレイの心に響き渡る。
 光条が〝アカツキ〟目掛け放たれる。
 
 〈こんなものぉ!〉
 
 対ビーム防御・反射システム〝ヤタノカガミ〟。それはビームを受け付けぬ輝きを持つシステム。しかし――
 
 〈な、なんで!?〉
 
 〝アカツキ〟の脚部が千切れとんだ。めまぐるしく動き回る〝アカツキ〟の間接部を、敵が狙撃したのだ。
 ――やめろ……。
 フレイは咄嗟に〝アカツキ〟を庇おうとスラスターを吹かせたが、ビームの巣がそれを邪魔する。
 
 『消えてしまえ、僕を苛めるやつ』
 
 ――やめろ、やめて……。
 とどめの一撃が、〝アカツキ〟に向かって放たれる。それを止める手立ては、彼女には無い。胸のうちが暑くなる。心がざわめく。わたしの中の誰かが悲鳴をあげる。わたしを見る誰かが声を荒げる。わたしを殺す誰かが息を呑む。ああ、わたしは何を見ているの。わたしは、わたしは――
 フレイの脳裏に、知るはずも無い出来事がフラッシュバックする。目の前にいるのは〝ストライク〟に似た何か。わたしの隣には、片腕を切り裂かれた赤い単眼《モノアイ》のモビルスーツ。
そして、わたしは、いえ、彼女は……。歌声が聞こえる、鈴の音が聞こえる、貴女は誰? どうして彼をかばったの? 愛していたから? 愛しているから? では、その出会いは何故? 運命だとしたら、残酷すぎる……。
 誰かがわたしの右手に優しく手を重ねる。別の誰かが私の左手に優しく手を重ねる。それが、フレイに命を救う力を与えてくれる。その心が命じるまま、叫んだ。
 
 「――ガンダム!」
 
 その瞬間、力の鼓動が彼女の子宮、心臓を通り、目もくらむほど眩く白い何かが脳髄を突き破り宇宙《そら》を駆けた。漆黒の闇は色を変え無限に広がる蒼き海となる。星の瞬きは命の灯火。星の鼓動は愛。何もかもがクリーンであり、全ての時が止って見える。同時に、フレイを守る少女と男を跳ね除ける黒い何か。
 フレイの中に眠っていた何かが、完全に覚醒した。
 〝ルージュ〟の双眼《デュアルアイ》が赤く輝く。〝アカツキ〟に迫るビームの軌跡を予測し、フレイはそれを撃ち落した。
 
 『これが、君の力……』
 
 見える、見える、全てが見える。わたしを狙う橙色の物体が四機。白い何かが二機。それがこの戦闘の正体。そして、遥か遠方にそれを操作する本体が一機、そして、そして――
 飛び交う〝ドラグーン〟の軌跡を感じ、フレイは思うがままにビームライフルのトリガーを引いた。放たれたビームは〝ドラグーン〟の行動にぴったりと合わせるかのように命中し、それは爆発した。
 〝ルージュ〟はスラスターを吹かせ、ビームライフルを腰にマウントし、右手を伸ばす。縦横無尽に飛び交う〝ドラグーン〟の一基を掴むと、フレイは全てを認識し、叫んだ。
 
 「プレア・レヴェリィィィーッ!!」
 
 
 
 津波のような赤き思念が、戦場を駆ける。その力強さに頭痛を覚えたレイは、次の瞬間劈くような声に顔をゆがめた。
 
 〈うわぁあああッ!〉
 
 ――ネオがやられた!? いや、これは……。
 
 〈聞こえる、レイ! 〝ドレッドノート〟に何があったの!? そちらで確認できる!?〉
 
 慌てた様子のタリアがモニターに映りこむ。すぐさまレイは答えた。
 
 「〝ドレッドノート〟は健在です。――これは……」
 
 ――パイロットへのダイレクトアタック!
 掴んだ〝ドラグーン〟を介し、あの赤い〝ストライク〟は直接ネオを!? いや、それだけじゃあない。同時に〝ドレッドノート〟の脳波限界数値を超え、オーバーヒートを起こさせたのか!
 短い思考の後、レイは己に向けられた強力なプレッシャーを知覚した。
 
 『何、故、こ、ろ、し、た!』
 
 発せられた〝ストライク〟の言葉の波動に、レイは心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える。次の瞬間、〝インパルス〟は動かなくなった〝ドレッドノート〟を右手に抱え、〝ミネルバ〟へと進路をとった。
 
 「敵に見つかりました、撤退します!」
 
 遥か遠方から、力強いビームの粒子が〝インパルス〟の左腕をシールドごと焼いた。続けてもう一撃、力強いビームが〝インパルス〟上方を駆ける。
 
 『見つけたぞ、 ラウ・ル・クルーゼ!』
 「君は、フレイ・アルスター!?」
 
 刺すようなプレッシャーに向かい、レイは叫んだ。この力は危険だ!
 
 『何故、殺す!』
 
 ――やめて……。
 二つの思念が、同時に響く。レイは思わず振り向いた。
 
 『ま、た、繰、り、か、え、す、の、か!』
 
 ――助けて。
 
 「フレイ・アルスター?」
 『ハハハハハハハハ! アハハハハハ!』
 
 ――誰か、助けて。
 遥か遠方の赤い〝ストライク〟の装甲を透けた先に見える赤毛の少女。その更に後ろに、血に塗れた何者かが少女に絡みつくようにしてこちらをにらみ付ける。
 
 「黒い髪の白い女が見える!?」
 〈レイ、どうしたの!?〉
 
 ルナマリアが心配げな声を上げる。
 
 「俺を呼んでいる……? だが、お前はアルスターじゃない!」
 
 
 
 「面舵!」
 
 唐突にイザークが叫び、操舵手のマリクが慌てて艦を滑らせる。その直後、艦橋《ブリッジ》すれすれを、極大なビームが走り去った。
 一瞬の出来事。だが、タリアに冷や汗をかかせるには十分すぎる出来事である。
 
 「あ、あの距離から……」
 
 アーサーが驚愕していうつぶやきを、咎めるものなどいなかった。何故、この位置がばれた。何故、狙いをつけられた。何故、ビームが拡散せずここまで届いた。彼女の感じた全ての疑問を掻き消すように、イザークが告げる。
 
 「〝ミネルバ〟後退! 牽制しつつ戦線から離脱する!」
 「え、ええ」
 
 〝ミネルバ〟のクルーは皆蒼白になっているというのに、この男は顔色ひとつ変えずに言ってのけたのだ。タリアは驚きを隠せずに周囲を見回す。動揺を見せていないのは彼だけではなかった。
 
 「赤いモビルスーツ……アムロ・レイで無いのなら、何者でしょうか?」
 
 シホが注意深く、それでいていつもの様子で言うと、イザークは答えた。
 
 「あの赤い〝ストライク〟はフレイ・アルスターだとアスランから聞いている。だが……」
 
 そのままイザークが考え込む。
 ああそうか、ザラ隊はこういう敵と戦い続けてきたのか……。
 彼女たちの背後の席で、ラクス・クラインがぎゅっと唇を噤み目を細めたのに気づきもせず、タリアはようやく納得した。彼らが誰一人として違わず、エースパイロットとしての実力を持っていることを。この若さにして、これだけの技量を身につけれたことを。
 彼らは、強くならざるを得なかったのだ……。生き延びるために。
 その時――
 
 〈〝ミネルバ〟、聞こえるか!〉
 
 新兵二人の支援に当たっていたディアッカが慌てた様子でモニターに映る。
 
 「どうした!」
 
 すぐさまイザークが食いつく。
 
 〈すまんイザーク、赤いヤツに追いつかれそうだ!〉
 「援護を出す!――俺も出る!」
 
 こうして、〝ミネルバ〟と〝ドミニオン〟の戦闘の火蓋は、切って落とされた。
 
 
 
 〝ドミニオン〟の艦橋《ブリッジ》で、アズラエルは食い入るようにモニターを見つめていた。
 あの日、あの時、彼はあの機体のコクピットで全てを見た。人の心の輝きを、戦いの歴史を、一人の人間が作り上げた伝説を、終わり無く続く黒き歴史の真実を。
 そこに全てが記録されていた。闇の歴史を戦い抜いた鋼の巨人たちのことも、それを操る戦士たちのことも、何もかも――。
 それを作り上げたのは、コーディネイターなどという汚らわしい者たちではない。自分たちこそが進化した人類だと、新たなる者たちだと言い張っていた連中ではない。お前達では、無い!
 ナチュラルの可能性――。
 人工的に遺伝子を弄ることでは到底到達できない高み。ナチュラルが自然のまま、ありのままに進化していくことで生み出される新たなる人類。子宮の中で弄らねばならないコーディネイターなどとは違い、これは全ての人類に平等に開かれた扉。
 しかし、不安もあった。果たして、本当に我々はそこにたどり着くことができるのだろうか、アムロ・レイが特別なだけではないのか、と。
 彼は裏に手を回し、同じくガンバレル適性を持つハルバートンの下に、素質を持つものたちが集まるよう仕向けようとした。しかし既にそれはハルバートン自身の手により、実行されつつあった。だからアズラエルは自然にそれを行えるよう、そして貴重な人材を失わないよう、優先して補給物資を送らせた。
ハルバートンは実に良く動いてくれた。指示などはしていない、彼が独自に動いた結果なのだ。その時点からアズラエルは、彼も同じ目的なのだと推察した。
 それでも、アムロ・レイに匹敵する者は現れなかった。ムウもモーガンもハルバートンも、確かに力の一端はあるものの、本物には程遠い。深く険しい溝があると言ってもいい。
だからアズラエルは、建造中の〝ダガー〟に、無理やり『あれ』のコクピットを埋め込み、未完成の部品を〝ストライク〟から流用してまでも補給物資に加えたのだ。この機体から新たなる者が生まれ出てくれるよう、願いを込めて。
 あの少女は、あくまでも『可能性のうちの一つ』でしかなかった。〝ダガー〟に引きずられただけの存在かもしれない、という疑いがあったのだ。事実、この〝ドミニオン〟には、〝ダガー〟に搭載されている〝サイコフレーム〟の力に引き寄せられ、その扉を開きかけているものも多い。
ナタル・バジルールやミリアリア・ハウが良い例だろう。〝クサナギ〟のカガリ・ユラ・アスハもだ。皆〝ダガー〟を中心にして、その力が広がりつつある。
 だが、それはいい。重要なのは、コーディネイターを超える力を持ったものが、『こちら側』のナチュラルから現れることだからだ。アズラエルはひたすら待ち続けた。完全な覚醒が来る日を、本物の――〝ニュータイプ〟が生まれる日を。ずっと――。
 彼は無言でコンピュータを開き、今の地球連合にとって、もっとも重要なあるデータを表示させる。
 それは深紅の竜か、もしくは不死鳥か。どちらにしても〝小夜啼鳥〟には似ても似つかないほど凶悪な外見のそれが映し出される。これこそが、地球連合の切り札にして要となる機体。ナチュラル全ての希望となるマシン。
 MSN‐○四‐二〝ナイチンゲール〟――その単語が、画面の中で光り輝いて見える。
 アズラエルは口元を歪めた。
 ――見ろ! 僕はいつも正しい! この機体が鍵だと、はじめからわかっていたのは誰だ?
 他の誰でもない、このムルタ・アズラエルだ!
 
 我々側からも、〝ニュータイプ〟は生まれた! 人類の後継者は、コーディネイターなどではなかった! それも、何の実戦経験も無い、普通の少女だとしても! 扉は開かれている!
 鍵は既に手中にある。
 もはや、ブルーコスモスもコーディネイターも眼中には無い。――しかし、と彼は思う。
 かつて、ファーストコーディネイターであるジョージ・グレンは、『コーディネイターとは、人類と新たに生まれるであろう新人類の架け橋『調整者(コーディネイター)』になるよう命名した』と述べた。計らずとも、彼の言ったとおりの結果になったのだ。
事実、アムロ・レイは人類の希望であるニュータイプでありながら、恐れられ、幽閉されたこともある。だがこれはどうだろうか? 更なる外敵であるコーディネイターがいることで、生まれる前に遺伝子を弄ることでしかなることができないコーディネイターがいることで、ニュータイプという存在は、素直に『人類の希望』として受け入れられるかもしれない。
ならば、ニュータイプが人々の希望であり続けるためにも、コーディネイターという種は、必要悪として存在すべきなのかもしれない、とも思う。
 誰にでも開かれた進化への扉。そして、それはナチュラルだけに開かれたものだとアズラエルは推測する。
 その証拠が、メンデルで開発されたスーパーコーディネイターの二人。キラ・ヒビキとカナード・ヒビキ。彼女の対として、二人を生かし続けてきた。〝ダガー〟と共にしていれば、ひょっとしたら彼らもニュータイプに目覚めるかもしれないと思いながら。
だが、彼らは目覚めることはなかった。時間がかかるだけかもしれないとも思ったが、ナタルにニュータイプの兆候を見た時点で、その可能性は消えうせた。その事実が、さらにアズラエルを愉快にさせる。
 ――どうだ! 自分たちこそが進化した人類などとのた打ち回って、その結果がこれだ! お前たちには当に未来などなかったのだ!
 ニュータイプは、人類が過酷な宇宙環境に適応するために、知覚や理解力などが向上し、第六感が極めて発達した人類だとアズラエルは推測する。ならば、遺伝子操作により、視力や筋力などの肉体的部分で、過酷な宇宙環境でも難なく生活できるコーディネイターが――既に宇宙に適応した彼らが、そこから更に進化する道理は無い。
 彼の視線の先には、新たな敵を知覚し、殲滅に向かう〝ルージュ〟の姿がある。
 
 「アルスター少尉、戻れ! 何をしている!」
 
 ナタルが慌てて指示を出す。
 その時、ミリアリアが「ひっ」と怯えた声を上げインターカムを外し、皆が驚いて目をやる。
 
 「ハウ伍長……?」
 
 メリオルが注意深く呼びかける。ミリアリアは全身で恐怖を表しながら、つい先ほどまでフレイと通信を入れていたインターカムを異形のものでも見るかのような目つきで見据える。
 そこに、ムルタ・アズラエルの大きな誤算があった。
 その、魔神は――
 
 
 
 〝ミネルバ〟から次々にモビルスーツが発進されていく。ミゲルは、高機動用の〝ブレイズウィザード〟装備した〝ザクウォーリア〟に乗り込み、『黄昏の魔弾』に恥じぬ動きを見せる。同じくニコルの〝ザクウォーリア〟も、〝ブレイズウィザード〟だ。
 シホは青く塗られた〝ザクウォーリア〟に乗り、ディアッカやアイザック、ルナマリアと同じく支援用の〝ガナーウィザード〟を装備した。
 スカイブルーに塗られた〝ザクファントム〟に乗り込んだのは、イザークだ。彼は近接格闘用の巨大なビームアックスを携えた〝スラッシュウィザード〟を装着し、隊でこれを装備しようするのは、他にはラスティのみである。
 更にはリーカの〝ガイア〟、マーレの〝アビス〟、コートニーの〝カオス〟も加わり、最後にミハイルの〝ザクファントム〟が、〝ブレイズウィザード〟を装備し、しんがりを勤める。
 これが現在のザラ隊の戦力。ここに、〝ジャスティス〟を駆るアスランがいれば、戦力としても、隊としても申し分無いのだが、今言っても始まらないことだとイザークは自分に言い聞かせ、虚空の闇に煌く『赤い彗星』を見据えた。
 すれ違いざまに、イザークは〝インパルス〟に通信をいれ、命令を下す。
 
 「貴様とルナマリアは〝ミネルバ〟からの支援をしていれば良い! 実戦の空気に慣れることだけを考えろ!」
 〈りょ、了解!〉
 
 ルナマリアの上ずった声。だが、レイの返事が無いことに不振を抱き、イザークは声を荒げた。
 
 「聞こえたか! レイ・ザ・バレル!」
 
 モニターに映る彼ははっと顔を上げ、息も荒く周囲を見回した。
 
 「……レイ?」
 
 イザークが眉をひそめると、彼は何かに怯えるように弱々しく答える。
 
 〈ジュール隊長……、歌が、聞こえませんか……?〉
 
 ――歌……? 彼は続ける。
 
 〈こ、これは……歌わせてはいけない歌だ……聞こえてはいけない歌なんだ! アルスターの後ろの女が、俺たちを巻き込んでまで、こんなにはっきりとした……〉
 
 戦場に出て、パニックになるものはこういうことを言うのかもしれない。だが、イザークの目は、赤い〝ストライク〟を纏う力場のようなものを捉えていた。血のように赤く禍々しい思念のようなものを。
 ――馬鹿なことを俺は考えている?
 相手は一機、こちらは十三機という圧倒的数の差。モビルスーツの性能も、旧式の〝ストライク〟などとは比べ物にならないほどこちらは有利の状況。しかし、とイザークは思う。
 〝カオス〟のコートニーが、震える声でつぶやいた。
 
 〈――歌が、聞こえる……?〉
 「コートニー、貴様も?」
 〈い、いえ……。歌のようなものとしか、それに、よくわかない……〉
 〈――わからない!?〉
 
 コートニーの逡巡に、レイが驚愕して声を荒げる。
 
 〈『こんなにはっきり聞こえている』のに、貴方たちは、何も聞こえないんですか!?〉
 
 イザークの背筋にぞくりと冷たいものが走る。だが、こうしている間にも〝ストライク〟は着実に距離を狭めて来るのだ。イザークは決意を固めた。
 
 「各機は〝インパルス〟を援護!――レイ、貴様は〝ドレッドノート〟を収容次第〝ミネルバ〟からの狙撃を任せる。前へ出ようとは思うな!」
 〈……り、了解〉
 
 苦しむような声でレイが言い、正式にザラ隊への編入が決まっている八機の〝ザク〟が、一斉に〝ストライク〟に攻撃を仕掛ける。
 
 「ルナマリア・ホークは〝インパルス〟の支援だ」
 〈は、はい!〉
 
 M一五○○〝オルトロス〟高エネルギー長射程ビーム砲を撃ち放ちながら、赤い〝ザク〟が後退していく。既に〝ストライク〟は目前にまで迫っている。逃げる〝インパルス〟とすれ違い様、イザークは自機に装備されたMA‐MR〝ファルクス〟G七ビームアックスを抜き去る。身の丈ほどもあるそれは、巨大な両手斧だ。
それをちらと確認し、俺向きの武器だと確信する。
 ディアッカ、シホの援護の元、イザークは〝ファルクス〟を一気に振りかぶり、MMI―M八二六ハイドラガトリングビーム砲をばら撒きつつ〝ストライク〟に切りかかった。
 赤い〝ストライク〟は咄嗟にシールドを構えたが、そんなものはこの〝ファルクス〟の前では紙切れも同然だった。高出力のビームの刃は耐ビームコーティングの施されたシールドだろうと切り裂く!
 ビームの刃にえぐり斬られ使えなくなったシールドを棄てた〝ストライク〟はビームライフルを構える。即座に返す刃でそれをなぎ払い、ショルダータックルを仕掛けた。だが、イザークの猛攻もそこまでだった。
 〝ザク〟の全体重をかけた体当たりを、赤い〝ストライク〟は片手で止め、無理やり胸元まで引き寄せる。
 
 「この力……!」
 
 アスランから得た情報に、〝ジャスティス〟をも上回るパワーを持つ機体だとも記されていたのだ。しかし易々とやられるイザークではない。〝ストライク〟に握りつぶされつつある右肩のシールドを爆砕させ、再び〝ファルクス〟で斬りかかる。すぐさま〝ストライク〟は〝ザク〟の胴体を思い切り蹴り、そのままスラスターを吹かせ距離をとる。
 ミゲル、ミハイルの〝ザク〟が追いすがり、AGM一三八ファイヤビー誘導ミサイルをばら撒いた。
 迫るミサイルを、〝ストライク〟頭部〝イーゲルシュテルン〟で丁寧に打ち落とし、ミゲルの橙の〝ザク〟に迫る。
 間髪いれずディアッカとシホの〝ザク〟がM一五○○〝オルトロス〟高エネルギー長射程ビーム砲による援護射撃を加え、〝ザク〟と〝ストライク〟の間を割った。
 苛立った〝ストライク〟に〝カオス〟から放たれたEQFU‐五X機動兵装ポッドが容赦の無い攻撃を加えていく。回避運動を取れば、〝アビス〟から一斉射撃が行く手を遮り、〝ガイア〟がその機動性でかく乱する。
 悪くない、決して悪くない状況だ。惜しむらくは、〝カオス〟、〝ガイア〟、〝アビス〟の三機は別の部隊に編入されてしまうことだ。なんと勿体の無い……。ザラ隊にはのどから手が出るほど欲しい人材だというのに。
 ふいに入った〝ミネルバ〟からの通信に、イザークは今の高揚感を害されたような気持ちになったが、表情には出さないよう勤めた。
 
 「どうした?」
 〈この宙域に接近する機影があります。おそらくは連合のものかと思われますが……〉
 
 そう言って、通信士のメイリンは言葉を止めこちらの判断を待った。
 今なら〝ストライク〟を討てるかもしれないという考えがふつふうと湧き上がってきたが。あれにただならぬものを感じているのもイザークである。もしも、アスランの報告にあった、ビームを弾くバリアーのようなものを張って見せたりでもされれば、たちまちこちらの戦況は不利になるかもしれない。そして連合の増援。ならば――
 イザークは撤退の合図を示す信号弾を撃つ。弾かれたようにして後退を始める〝ザク〟部隊を見、良いチームだと口の中でつぶやいた。
 それでも決して逃がすまいと襲い来る〝ストライク〟に狂気じみたものを感じながら、イザークは〝ファルクス〟で胴体部を一閃。コクピットごと斬り裂く――否、確実にビームの刃が入っているはずの胴体部で〝ファルクス〟の刃が止まる。〝ストライク〟の双眼《デュアルアイ》が灼熱のように赤く染まる。
 ――何か、まずい……!
 ゆらりと〝ストライク〟の手が伸びるのと同時に、イザークは〝ファルクス〟を棄て一気に後退をかけた。
 
 
 
 「敵部隊の撤退を確認!」
 
 管制担当のカズイが報告すると、未だに震えが止まらないでいるミリアリアの代わりにMS管制シートに座ったメリオルが向き直る。
 
 「〝ストライクルージュ〟は機能を停止しました。ヤマト少尉が回収を申し出ていますが?」
 
 ナタルは思い切り息を吐ききり、命令を下す。
 
 「任せる。〝アカツキ〟も忘れるな」
 
 メリオルは「了解」と短く返答し、通信先のキラへ指示を出していく。
 ナタルは思い切り息を深く吐き、傍らで何かを考え込むアズラエルを睨みつけた。
 
 「……理事、ご説明していただけるのでしょうね?」
 
 彼女の殺気を含ませた声を無視し、アズラエルは尚も考え続ける。ナタルは思わず激昂した。
 
 「理事ッ!」
 
 私の部下を、あの少女を、得体の知れない機体に乗せあのような目に合わせて!
 ナタルがぎりと奥歯をかみ締めると、アズラエルは苦渋に満ちた顔で独り言のようにつぶやいた。
 
 「あんなシステム、僕は知らないぞ……」
 「――ふざけるな! 貴方が作った機体でしょう!」
 
 もはや上官だの、出資者だのはどうでも良かった。私の友人を――!
 
 「……ふ、ふふ。僕たちの力で、あんなもの作れるわけ無いじゃないですか……」
 「戯言を――!」
 
 尚も何かに思考を巡らすアズラエルは、そのままふっとシートに背を預け、天を仰ぎ見る。
 
 「……暴走したというのか?――いや、ひょっとしたら……」
 
 彼は目を細め、短い逡巡の後、続けた。
 
 「――四人目が……?」
 
 ナタルには、その言葉の意味するところなど理解できるはずもない。だが、一つだけわかっていることがある。あの〝ストライクルージュ〟というモビルスーツは、危険な存在だということだ。
 
 
 
 キラが〝ストライクルージュ〟と〝アカツキ〟を連れて〝ドミニオン〟に戻ると、専属スタッフのセレーネとソルが大慌てで駆けつけ、〝ルージュ〟のデータを確認し始めた。
 
 「パイロットよりも大事にして……!」
 
 キラは誰にも聞こえないよう毒づきながら〝フリーダム〟を乗り捨て、鎮座した〝ルージュ〟のコクピットに取り付いているマードックたちに詰め寄った。
 
 「――フレイは!?」
 「坊主、開かないんだ!」
 「えっ?」
 「内側からロックが掛かってるって言やあそうだが、こりゃあ?」
 「開けてくださいよ!」
 
 ぼくじゃあ君を守れないのか……! 世界で一番守りたい人だというのに、ぼくは!
 
 「――無理やりやることはできないんですか! 外側からとか!」
 「もう試したよ!」
 
 マードックが慌しく怒鳴り、すぐにセレーネに向かい「早くしろ!」と声を荒げた。
 すぐさま〝ハイペリオン〟が近づき、マニュピレーターで〝ルージュ〟のコクピットを掴む。
 
 「坊主、やってくれ!」
 「カナード!」
 
 マードックとキラが同時に叫び、〝ハイペリオン〟は〝ルージュ〟の胸部ハッチを無理やりこじ開けた。
 
 「――フレイ!」
 
 キラはコクピットの中に滑り込み、うずくまる彼女を抱き上げた。その身体の冷たさに、キラはぞっとする。氷のような少女の体は、まるで死んだように――
 抱きかかえコクピットから飛び出すと、少女はがちがちと歯をならし、そのまま全身で震えだした。彼女はキラの体温にすがるようにして背に手を回し、紫色になっている唇を頬に当て、そのまま嗚咽を漏らす。
 こんなに怯えているフレイを見るのは、初めてだった。キラは彼女を優しく抱き、そっと冷たい髪を撫でた。そのとき――
 
 〈――どけっ!〉
 
 外部マイクでカナードが叫んだ。はっとし、キラは見た。〝ルージュ〟の双眼《デュアルアイ》が血のように紅く輝き、キラを――フレイを逃がすまいと襲い来る。その姿は、まるで主人を求めてさまよう亡霊のよう……。
 即座に〝ハイペリオン〟が割って入り二機のモビルスーツは互いに睨み合う形で掴みあった。
 
 「な、なんだあ!?」
 
 慌てて非難していくマードックたちに紛れ、通路へと向かうキラは、腕の中のフレイが
 
 「――パパ、ママ……助けて……」
 
 と震える声でつぶやいたのを、聞き逃さなかった。
 
 「何も、できないで……ッ!」
 
 キラはやるせない思いを吐き出そうとしながら〝ハイペリオン〟を押しのけて尚も迫る〝ルージュ〟に驚きを隠せない。
 ぬっと〝ルージュ〟の右手がキラたちへ迫る。そのとき、スラスターを吹かせ、〝アカツキ〟が思い切り体ごとぶつけ、〝ルージュ〟の巨大な躯体がよろめいた。フレイの体がびくっと震え、キラは庇うようにして抱く腕に力を入れる。
しばし〝ルージュ〟と〝アカツキ〟の双眼《デュアルアイ》が交差し、短い沈黙ののち、〝ルージュ〟は機体を停止させた。
 
 
 
 戦闘宙域から離脱して束の間、〝ミネルバ〟はすぐさま敵の砲撃に晒された。駐留していた連合の部隊が、そのままこちらを追撃してきたのだ。
 
 「手負いの獣だと思って……!」
 
 とイザークは吐き捨て、シホに状況を確認する。
 
 「先の戦闘で、いくつかの機体は関節部に損害を受けました、すぐに戦闘に入れるかどうかは……」
 
 彼女が申し訳なさそうに言うと、イザークは「試作機だものな」と返し、すぐに思考の深くへと落ちていく。
 報告によると、戦えない機体は〝〝ガイア〟、〝アビス〟、〝カオス〟の三機に、ミハイルとアイザックの〝ザク〟だ。となると、現在のこちらの戦力は、イザーク、ディアッカ、ニコル、ラスティ、シホ、ルナマリアの〝ザク〟タイプに、レイの〝インパルス〟のみとなる。
 敵艦は、アガメムノン級が一隻に、ネルソン級が四隻と、〝ミネルバ〟一隻に対して大層なことである。
 連合のモビルスーツの完成度の高さは、馬鹿にできないところまできている。二倍の数までならば対応できるという自負もあるが、ここまで差があるのでは、そうもいかない。
 だが、追いつかれるのも時間の問題である。もはや、戦いは避けられないのだ。
 ほどなくして、イザークらに出撃命令が下った。
 
 
 
 「んもー、ほんとしつこい!」
 
 〝ザク〟のコクピットの中で愚痴ると、モニターの中のレイがちらと見、すぐさま視線を戻した。
 相変わらず何考えてるかわからないやつだ。こんなやつの友人やってあげてる私ってなんて偉いんだろう。そんなことを考えながら命令を待っていると、妹のメイリンがてきぱきと指令を告げていく。
 イザークたちが出撃していくのを端目で捉えながら小さな緊張感に身を震わせていると、自分の番はすぐにやってきた。
 
 〈〝ザク〟、発進どうぞ!――気をつけてね、お姉ちゃん……〉
 「平気よ。このアタシがそう簡単にやられると思ってんの?」
 〈でも……〉
 「赤なのよ。あ、かっ!」
 
 そうとも、赤服はエースの証。エリート中のエリート、憧れのザラ隊。むざむざやられたりするものか!
 
 
 
 〝ミネルバ〟から発進し、並走していた青い〝ザク〟から通信が入り、イザークの顔がモニターに映った。
 
 〈レイ・ザ・バレル〉
 「はい」
 
 淡々と答えると、イザークは続けた。
 
 〈貴様とルナマリア・ホークは後方支援だ〉
 「――は? しかし……」
 
 思わず反論したレイを一瞥し、イザークが念を押す。
 
 〈俺達に任せろと言っている〉
 「……了解」
 
 有無を言わせぬ語調に、レイはそう答えるしかなかった。
 イザークのほうが自分よりも一段も二段も格上だ。相手は年上だし、経験でも技量でも自分を上回っている。そんなことは、わかっているのだ。だが――。
 レイは焦っていた。何故、この〝インパルス〟を与えられたのが、『未来など当に残されていない』自分なのか、と。
 かすかな不満を抱きながら、操縦桿を握る。
 イザークの〝ザク〟が先陣を切る。レイはその後方で、徐々に近づいてくる〝ストライクダガー〟の編隊に向けてビームライフルを構えた。
 
 
 
 アガメムノン級戦艦〝オルテュギア〟――従来のアガメムノン級を独自に改良したそれは、船体中央に巨大なドームを備え付けていた。丸天井の下には、血のように紅い装甲を持つ、巨大な――あまりに巨大すぎて、その全貌を見てとることさせ難しい、異様な兵器が収められていた。
 ビラードは、〝オルテュギア〟の艦橋《ブリッジ》からゆったりと指示を飛ばす。
 
 「出てきたか……。ん、頃合だな。『あれ』を出せ」
 
 彼の傍らで、ガルシアが「は」と短く返し、指示を反復していく。
 だが、ガルシアは疑問を持っていた。彼は、『あれ』の元となった本物の『あれ』を見たとき、身震いをした。もちろん、恐怖のあまり、だ。『あれ』はこの世の物ではない、そんな気がするのだ。ビラードは詳しいことを教えてはくれない。開発経緯は、連合で開発中のある機体を裏取引により入手したということであった。
だが、ガルシアは違うと感じた。大西洋連邦の技術力には、舌を巻くばかりだった。次々と開発されていく新型に、ユーラシアの権威もこれまでかとすらも思っていた。だからこそわかる。確かに外見や各部に使われている部品の一部は、大西洋連邦のそれだろう。だが、本質的な何かが……歪んでいるのだ、あの機体は。
 〝オルテュギア〟のカタパルトハッチが開き、全高三十メートルをゆうに超える、まさに要塞ともいうべき巨体が姿を現した。カブトガニを思わせる円盤形の本体下部には、鳥のように折れ曲がった二本の脚部が伸びている。そう、これは、モビルアーマーなのだ。恐るべき火力をその巨体に秘めた――。
 月基地のそれと思わず姿が重なり、まるで血まみれの巨神だ、とガルシアは直感的にそんな感想を持った。いや、もしくは魔神というべきか。
 敵新型戦艦のモビルスーツ隊が、虚空の闇を切裂いてモビルアーマーを包囲していく。
 まず、ザフト側が仕掛けた。新型戦艦の方向が火を噴き、報告にあった〝ザク〟とかいうモビルスーツが、いっせいにビームを放つ。それらは漆黒の海に佇むモビルアーマー――あまりに巨大な的――にむかっていった。
 無数の火線がモビルアーマーの巨体をまさにとらえようというとき――円盤部前面のリフレクターが光った。とたんに、機体の直前ですべてのビームがはじき返される。アルテミス同様、このモビルアーマーにも鉄壁の盾が装備されていた。陽電子リフレクター〝シュナイドシュッツ〟SX一○二一だ。
 そしてモビルアーマーが反撃に転じる。円盤上部から突き出した二対の砲身が展開し、迫り来るモビルスーツ群に向けられる。それ自体三十メートルにも達しようという巨大な砲身が火を噴いた。強烈なビームが漆黒の宇宙《そら》を切り裂き、モビルスーツ群の陣形を無理やり崩す。
 高エネルギー砲〝アウフプラール・ドライツェーン〟――そのあまりの威力にガルシアは息を呑んだ。
 
 
 
 何が、起こった……? 巨大な何かが現れた途端、閃光が走り、イザークの視界を焼いた。すぐさま状況を確認すべく、周囲に目を向ける。
 左足を失ったシホの〝ザク〟が、群がる〝ストライクダガー〟に懸命に立ち向かう。ラスティの〝ザク〟は駆動系にダメージを負ったようで、動きにいつものキレが無い。ディアッカの〝ザク〟はスラスターを損壊しており、デブリに体を固定しようやく援護をくわえている状況だ。
ニコルとミゲルは、目立った損害は見受けられないが、代わりにと二桁にも及ぶ〝ストライクダガー〟を二機で相手にしてくれている。
 〝ストライクダガー〟の一群が、イザーク機を捉え、ビームを撃ち放つ。正確で力のある狙いだが、回避できる!
 ガトリングビーム砲をばら撒きつつ距離を詰め、〝ファルクス〟で一閃。すんでのところで躯体を捩り直撃を避られたものの、盾ごと左腕を切り裂いてやった。即座に別の〝ストライクダガー〟が援護に入り、イザークの攻撃を封じる。
更にとビームサーベルを突きたてる〝ストライクダガー〟を蹴り飛ばし、そのままの勢いで別の〝ストライクダガー〟を袈裟切りにした。
 これだけ戦って、やっと一機。だが、この一瞬の間に、イザークは一つの違和感を感じていた。今まで、彼らは〝アークエンジェル〟隊と相手にしてきてわかったことが一つある。それは、我々コーディネイターと互角異常に戦える者の特徴である。
〝アークエンジェル〟にいた者の中で、イザークたちと互角に戦える者は、大きく分けて二つのタイプがある。一つは、白と黒の〝ストライク〟に乗る者や、〝ロングダガー〟に乗る『煌く凶星J』――言わば、連合のコーディネイターである。
そしてもう一つは、『白い悪魔』や『赤い彗星』、『エンデュミオンの鷹』を筆頭とする、完全なナチュラルでありながらもコーディネイターの反応速度を超える者たちだ。まるで予知能力でもあるのではないかと思うほど圧倒的な反応の速さ。その機動に、どれほど苦渋を舐めさせられてきたことか……。
だが、この敵は違う。後者よりも、前者――コーディネイター側に近い動きをするパイロットたち。それでも、この敵をコーディネイターと断言することは出来ない事実が一つある。もしも、コーディネイターだとしたのならば、敵のパイロットは遅すぎるのだ。反応だけではない、行動や対応、全てが。
だから、イザークは六機もの〝ストライクダガー〟を相手に、たった一機で戦うことができるのだ。それでも、強敵であるということには変わりは無く、これだけの数を相手にしながらあの巨大なモビルアーマーと戦うのは至難の業だ。
 モビルアーマーの甲殻から突き出た砲等から再び極大な粒子が降り注ぎ、ザラ隊の面々をじわじわと追い詰めていく。何とかしてこの状況を打開する手は無いのか……。イザークは苛立ちつつも、懸命に活路を見出そうとしていた。
 
 
 
 だ、駄目だ、それと戦っては――!
 辛うじてモビルアーマーの攻撃を逃れたレイは、パニックに陥りかけているルナマリアを尻目に、別の声を聞いていた。
 ――助けて、誰か、誰か。
 先ほどから見知らぬ女性の声が、あのモビルアーマーの中から鈴の音と共に聞こえ続けている。心が割れそうに痛い、このあふれ出る気持ちは何だ?
 レイは引き寄せられるようにしてモビルアーマーへと〝インパルス〟を進めさせる。
 
 〈ちょ、ちょっとレイ、どうするのよ!?〉
 
 ルナマリアが驚愕して引きとめるが、無視した。
 二機の〝ストライクダガー〟が行く手を遮り、ビームを撃ち放つ。虚空を駆ける粒子に乗った思念には、明確な意思が読み取れた。これは、何だ? 誰かを護ろうとしている? 救おうとしている? いや、俺に救いを求めているのか? 何故?
 サーベルの一閃を避け、すれ違いざまにビームサーベルで胴を薙ぎ払う。
 その瞬間、今殺した相手の思念の全てが濁流となって、〝インパルス〟のコクピットに備え付けられた、ザフトが作り出した疑似的な何かを介し、レイの心に襲い掛かった。
 どくんと心臓が高鳴る。目の前に広がるビジョンは、どこかの施設。ブルーコスモスのテロの巻き添えとなって死んだ両親。行くあての無い幼い自分。引き取られた施設で、僕は地獄を見た。来る日も来る日も誰かを殺した。
同い年くらいの子供も、もっと小さな女の子も、老人も、皆、殺した。そして、少しずつ、自分の心が、静かに死んでいくのがわかった。それでも良いやと感じていた。……お父さんだけが僕を救ってくれた。お父さんが、僕に名前をくれた。でも、お父さんは知らないんだ。
あの男は、僕たちをただの道具としてしか見てないことを。お父さんは、お父さんは――。彼の思考は、そこまでだった。
 レイはつい先ほどまで〝ストライクダガー〟のコクピットで焼け死ぬ感覚を己のものとしたことで、酷く焦燥していた。頭痛も、吐き気も襲ってくる。残されたもう一機の〝ストライクダガー〟が、怒りを張らんで突撃してくる。レイは、これに対応できない。焦点の合わない目で睨みつけるも、体が思うように動いてくれない……。
 
 〈レイ!〉
 
 赤い〝ザク〟が庇うようにして立ちはだかり――。
 
 〈キャアッ!〉
 
 ビームトマホークが〝ストライクダガー〟の胴体部を抉り、ビームサーベルが、〝ザク〟の左腹部を貫いた。
 ――ルナマリア!
 〝ストライクダガー〟が力を失い、爆散していく。〝ザク〟はそのまま死んだように闇の海を漂う。レイは慌てて〝ザク〟を抱き寄せ、友人の安否を確かめた。
 
 「聞こえているか、ルナマリア! 返事をしろ!」
 
 一秒、二秒と待ってみても、それは返って来ない。一瞬の不安が過ぎったのも束の間、あらゆるものを押し殺すかのような殺意が、レイを襲った。はっとして顔を上げると、巨大なモビルアーマーが、イザークたちの懸命の抵抗をものともせず迫っていた。〝インパルス〟の後方には、〝ミネルバ〟がある。
一刻も早く、ルナマリアをそこへ連れ帰る必要がある。〝ザク〟の中に彼女の命の鼓動を感じてはいたものの、それは既に灯火へと変わりつつある。だが、彼女を連れ帰ったところで、眼前に迫る魔神をどうにかできねば、同じことだ。ラウ、何故貴方は俺などにこの〝インパルス〟を任せたのですか。
何故ギルは、俺を――。それは、ほんの一瞬の思考。僅かな躊躇。その全ては、悪魔の砲頭から粒子が放たれた瞬間に消えうせていた。
 
 『貴方は、どうしたいの?』
 
 誰かが耳元で囁いた。唯一レイが確認できたのは、流れるような美しい黒髪、褐色の肌。だが、アルスターに取り付いていたあの死神のような女ではないことはすぐにわかった。
 
 なんて、優しい声なんだろう。
 レイは、答えた。
 ――みんなを、助けたい。
 
 
 
 〝ミネルバ〟の艦橋《ブリッジ》に入った報告に、タリアは信じられない思いをしていた。モビルスーツデッキで突如起こった異変。搭載された〝インパルス〟のシルエット、そして予備のフライヤー全てが出撃していったのだ。
 
 「どういうことか説明なさい!」
 
 タリアが声を荒げると、モビルスーツ整備班長のマッド・エイブスが答える。
 
 〈説明って言ったて、なんて言えば良いかわからんのですよ!〉
 
 頑固だが職人気質の彼が、ここまで困惑した姿を見たことが今までにあるだろうか? タリアが続ける。
 
 「貴方の見たままで構わないから、状況を!」
 
 一瞬の逡巡の後、マッドが答えた。
 
 〈そりゃ、突然動き出して、勝手にハッチが開いたとしか――〉
 
 ――馬鹿な……。それが、タリアの素直な感想であった。ギルバートの用意したこの艦は……彼を疑うつもりは無いが、こんな事態を予測することなど、できなかった。艦が勝手に動く? いったいどうなっているのだ、この艦は……。
 困惑の色を隠せないクルーたちの中、たった一人だけが――ミーアと共にVIP席に座るラクスだけが、この現象の意味と理由を正しく理解していた。
 誰にも聞こえないよう、彼女がそっとつぶやいた。
 
 「同じ――あの時と」
 
 
 
 イザークは、敗北を予感していた。それでも、なんとしても〝ミネルバ〟と新型だけはアスランの元へ届けようと懸命に戦い――モビルアーマーから〝インパルス〟目掛けビームが放たれた時、彼は敗北を確信した。俺は、護れなかったのだ、と。
 だから、ビームの粒子が止んだ後、そこに、『何事もなかったかのように〝インパルス〟がいる』ことは、彼の理解の範疇を超えたことであった。
 否、イザークはこの現象を知っている。幾度と無く煮え湯を飲まされてきたあの〝アークエンジェル〟に、これと同じ事を――奇跡と呼べるほどの何かをしてみせる者たちの事を……。
 ゆらりと〝インパルス〟が動き、ビームライフルを構える。呆気に取られていたニコルの〝ザク〟が、慌ててルナマリア機を回収し後退していく。それを逃がすまいと、モビルアーマーの砲頭から再び光条が走る。
 イザークが対応に移るよりも早く、〝インパルス〟を淡い光が包み込み、やがてそれは前方に集中し盾のイメージへと変わる。濁流のようなビームの粒子を、淡い光が弾いていく。粒子が止み、再び無傷の〝インパルス〟。
〝ミネルバ〟から発進してきた〝ソードシルエット〟、〝ブラストシルエット〟が、主を護るようにして旋回している。〝インパルス〟が〝フォースシルエット〟をパージすると、流れるような動きで〝ブラストシルエット〟が装備され、そのままM二○○○F〝ケルベロス〟高エネルギー長射程ビーム砲を撃ち放つ。
モビルアーマーは即座にアルテミスの傘に良く似たリフレクターのようなものを張ったが、淡い光を纏った光条は、それをいとも容易く貫いた。
 一瞬の静寂。やがて、モビルアーマーの各部位から小さな爆発が起こり、少しずつ広がっていき、それは完全に誘爆していった。
 つい先ほどまでこの戦場を支配していた悪魔は、もはやただの鉄くずと化した。
 慌てて撤退していく残存部隊。
 イザークは、陽光を受け煌く〝インパルス〟の姿から、目を離すことができなかった。
 
 
 
 今回の当事者として、艦橋《ブリッジ》に呼び出されたキラとカナード、シンを、アズラエルはつまらなそうに見据えた。ナタルが心配げな顔になって聞く。
 
 「……アルスター少尉はどうしている?」
 
 彼女としても、友人の安否は気がかりなのだろう。恐らくは、フレイがモビルスーツに乗るきっかけを作った者の一人としての罪の意識もあるはずだ。
 
 「〝クサナギ〟からカガリが来てくれてますから――」
 
 するとナタルは表情を改め、少しばかり不機嫌になる。
 
 「報告は無いぞ?」
 
 キラが少しばかり苦笑し、「――カガリですから」と答えると、ナタルはやれやれと首を振った
 カガリとフレイは非常に親しい間柄のように思えた。ならば、今は任せておくのが二人にとっても一番良いのかもしれない。
 
 「では、詳しい状況を聞きましょうか」
 
 アズラエルは注意深く問う。覚醒してくれたかと思った矢先の出来事、一言一句を聞き逃すわけにはいかない。
 キラ、カナード、シンがそれぞれ自分の見た〝ルージュ〟の状況を説明し終えると、アズラエルは眉間に皺を寄せ、わずかに落胆した。彼らからは、参考になる情報は何一つ聞けなかったからだ。ふとMS管制シートに座るミリアリアに声をかける。
 
 「……あー、ハウ君? あの時君は何を聞いたんですか?」
 
 少年たちから聞いた情報だけでは、やはり事の核心に迫るには程遠い。あの時の彼女の反応は尋常ではなかった。同じく目覚めつつあるものとして、何かを感じ取ったのかもしれないのだ。
 彼女が短い逡巡の後、口に出すのを恐れるようにして小さく告げる。
 
 「さ、最初に、歌声が聞こえて――」
 
 ――歌声……? アズラエルはわけがわからず次の言葉を待った。すると――
 
 「――歌? あれは、歌だったのか……?」
 
 ナタルが口を挟み、ミリアリアは無言で頷く。彼女にも聞こえていた? となると、これは目覚めた者にのみささやきかける何かだろうということは容易に想像できる。アズラエルはミリアリアに視線を戻し、「それから?」と促した。
 ミリアリアは寒さを凌ぐようにして肩をそっと抱きしめた。
 
 「――男の人か、女の人の声がして……、『何故殺した』って……」
 
 アズラエルには彼女の話内容の意味を理解できはしなかったが、それは自分が古きナチュラルであるが故のものであるからだと考え、注意深く耳を傾ける。
 
 「い、嫌! もう私……」
 
 怯えるようにして言葉を切る彼女に、ナタルが気遣うように彼女の肩にそっと触れた。
 〝ルージュ〟による精神の侵食とでもいうのだろうか……? ならば、今〝ルージュ〟は、あれのデータにあった、『サイコガンダム』のようなものに近い存在ともいえるのだろうか。だが、そのような、戦闘を強要させるシステムなど入れた覚えは無い。だとしたら、『誰か』が彼女の心を取り込もうとでも……?
 
 「――『あの男』でも無い、『彼女』でも無い……では、誰だ……?」
 
 便宜上、〝ルージュ〟に搭載されたAIには名前がつけられている。当初から組み込まれていたもっとも知能が低いものを、『レイ』。二つ目に生まれた女性型を『ララ』。そして三つ目のアズラエル達に非協力的な者は『シャルレ』。
セレーネがそう名づけたのだと聞いたとき、彼は因縁めいたものを感じたが、そこへ四つ目が現れるとなると話は変わってくる。
 キラ達の背後の扉が開き、入ってくる人影を見つけアズラエルはちらと視線を向け、手を上げた。
 
 「やあセレーネ君。――で、どうでした?」
 
 世間話や皮肉を言っている暇は無い。今は時間が惜しい。彼女は無表情のまま、淡々と告げた。
 
 「ええ、見つかりましたよ。……『四人目』が」
 
 ――やはり。 『レイ』、『ララ』、『シャルレ』、共に度合いは違えど、パイロットであるフレイの事に関してのみいえば皆好意的な態度を示している。そんな彼らが、フレイにあのような――ましてや、無理やり機体に縛り付けようなどといった真似をするはずがない。
 ……『四人目』は、思っているよりも危険な存在かもしれない。アズラエルは一頻り考え、天を仰いだ。
 せっかく目覚めた能力者。今ここで壊れてもらうわけにはいかない。だが、あの機体を遊ばせておくことは、連合にとっても大きな損失となることも確かなのだ。先の戦闘データも、その前も――〝ダガー〟として生を受けてからずっと、その全てが〝小夜啼鳥〟覚醒のための大事な要因なのだから……。
 
 「後は、彼女がどう出てくれるか……」
 
 パイロットであるフレイ・アルスターも、マシンである〝ルージュ〟も、どちらも失うわけにはいかないのだ。果たしてフレイはどう出てくれるのか……。アズラエルにわかるはずもなかった。
 
 
 
 誰かがわたしに囁いた。殺してしまえと。また最初からやり直してしまえば良いと――。私は恐怖に屈し、全てを差し出した。女は嬉々としてわたしを使い、〝ルージュ〟を操っていくのだ。
 先の記憶は、鮮明に脳裏に焼きついている。フレイは自室のベッドの隅で、震えの止まらぬ体をぎゅっと抱きしめ、ひざを抱えて蹲った。
 わざわざ〝クサナギ〟から飛んできてくれたカガリが、おずおずと隣に座り、フレイは彼女の肩にそっと頭を預けた。
 あれはいったい何なんだろう。あの、モビルスーツは……。
 ――〝ルージュ〟は、わたしに何かをさせようとしている。否、わたしにではない、わたしたちに……。AIたちが〝ルージュ〟の操縦を奪ってくれていなければ、もう元には戻れなかったかもしれない。それが、たまらなく恐ろしい
 カガリが迷うようなそぶりを見せ、おもむろに口を開く。
 
 「お前、さ……。もう戦うの止めろよ……」
 
 彼女のその言葉が、どれだけ嬉しかったことか……。
 貴女だけは本当のわたしを知っている。貴女の言葉に、今までどれだけ勇気付けらて来たことだろう。貴女の笑顔に、何度助けられたことだろう。貴女はいつだって、太陽のようにわたしを照らしてくれる。こんなわたしを……。
 
 「……駄目よ」
 
 だから、フレイは言うのだ。
 
 「……わたしにだって、戦う理由はあるもの」
 
 最初の理由は復讐だった。父を奪ったあの男を、殺してやりたいと思った。でもそれはすぐに違うことだと気づかされた。世界には、宇宙《そら》は心で満ちているのだと、あの人は教えてくれた。人を愛することの素晴らしさを、あの子たちが教えてくれた。
そしてわたしは、あの男の心にも触れることができた――。今ならわかる、あの男が父を殺した時、何故あんなにも悲しげな顔をしていたのか。何故母の名を呼んだのか……。彼らの間に何があったのかまではわからない。
だが、あの男の心にあったのは、間違いなく、わたしのママへの深い愛情と強い後悔、わたしのパパへの親愛と小さな嫉妬。どうしてだろう。わたしはあの人を憎いとは思えなくなっている。
何故、あの時、わたしの心に触れたレイ・ザ・バレルという子を、彼だと感じたのだろう。そう感じさせてくれるパワーを、〝ルージュ〟は持っている。
言わば諸刃の剣なのだ。一人殺すたびに、それを――殺された者たちの怨念のようなものを、わたしを通じて〝ルージュ〟が食らう。ならば、あの機体こそがガルナハンの街で聞かされた、〝ガンダム〟なのかもしれない。フレイは唐突に思い立った馬鹿げた考えに苦笑しながら、ゆっくりと立ち上がる。
 
 「――なら、〝ストライクガンダム〟か、〝ガンダムルージュ〟かはわからないけど……」
 
 そうすることで、貴女の力になれるのなら――
 
 「わたしが乗るしか無いから、ね」
 
 それに、きっとパパとママは、わたしの選択を誇りに思ってくれるかもしれないから。
 
 「でも、あれはお前の命を吸っているマシンなんだろう?」
 
 すかさずカガリが憤る。フレイはそんな彼女をそっと抱き寄せた。
 
 「お、おい――!?」
 
 慌てるカガリに構わず、彼女は口を開く。
 
 「――わたしね、クルーゼとずっと昔に会った事があるような気がするの」
 
 記憶ではない、心が覚えているのだ。わたしはそれにようやく気づいた。
 
 「それが、どうしてあんなことになったのかわからないけど、でも、だったら、あの人と戦うのはわたしの役目のような気がするんだ」
 「――えっ?」
 
 カガリが唖然と聞き、フレイは続ける。
 
 「本当はとても優しい人だって、そんな気がする。優しくて優しくて、それで、たぶん――壊れちゃったんだって――」
 
 それが、あの時触れた彼の心に触れたフレイの率直な感想。しかし、とフレイは思う。
 
 「――でも、そういうことなら……」
 
 フレイは一度目を強く閉じ、亡き父と母に思いを寄せる。あなた達は、わたその選択をどう思ってくれますか。なんと言ってくれますか。
 
 「あの人の心を壊した人が、どこかにいるはず……」
 
 それこそが、この戦争に潜む、敵。世界の闇そのものな気がしてならない。どれだけ戦っても、どれだけ頑張っても、その何かを倒さねば、きっとまた同じことの繰り返しだから……。
 
 「だからさ、カガリ。ずっとわたしの友達でいてよね――?」
 
 そう言って微笑むと、カガリは照れくさそうに視線を逸らす。
 
 「そりゃ、そのつもりだけどもさ……」
 「それなら、わたしはずっと頑張っていけるもの。だから心配しないで、カガリ」
 
 もしも、もしも本当に〝ガンダム〟なら、わたしの心を殺そうとする者からすらも、守ってくれる気がしたから。貴女の大好きなオーブを、取り戻してあげたいから。あの人の心を、救ってあげたいから――。
 それが、フレイの選択であった。
 
 
 
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