〝スターゲイザー〟は自問していた。戦う意味はあるのか、何故戦うのか、何故、何故。誰かが語りかける。それは、人が愚かな存在だからだと。では何故、人は人を救おうとするのか、何故、人は人を愛するのか。別の誰かが語りかける、それは、人の心が生みだす光だと。
では、私は何だ? 人では無く機械でありながら、こうして人のように戦い、人のように救おうとする私は。
また、別の誰かが語りかける。
それは、あなたもまた――
背中越しの〝スターゲイザー〟がフレイの意思とは無関係に律動を始め、彼女は驚愕した。
「な、何……!?」
〝スターゲイザー〟の中に宿る誰かが言った。
『『ニュータイプ』は、殺しあう道具では無いでしょう』
「ララァ・スン――!?」
フレイは自分の口から発っされた名に驚愕し、「わたし、何を……」とうめくよりも早く、〝スターゲイザー〟がフレイのもとから離れ〝デスティニー〟に攻撃を仕掛ける。
「待って、まだ――」
〈来たかララァ・スン!〉
わたしは、彼を止めたかった。だって、あんなにも優しい人だから。父とは違う人、それでも、父と同じようにわたしを愛してくれているから。彼の心に触れ、それを確信したから。
でも……。
〈フレイ、下がって!〉
〝フリーダム〟が全方位に正確な援護射撃を加えながら懇願する。
だって、だって……ラウなのに。わかりあえたのに……。
〝スターゲイザー〟の放つ拳の乱打が、〝デスティニー〟を弾き飛ばす。
結局、わたしは何にも進歩してない。フレイは半ば自暴自棄になりながら、昔のことを思い出していた。常に彼女は誰かに守られてきた、幼き日は母に、父に。今はアムロに、キラに……。結局、守られることでしか、自分と言う存在を外に出せないのだろう。フレイに、ラウを止める力は無い。
イメージの中の彼が、〝スターゲイザー〟と 嬉々として戦う姿を見たとき、フレイの描いた未来は崩れ去った。もう一度父と子をやりたかった。だから、勇気を振り絞って、ここに来たのに……。
「……お父さん――」
うずくまり涙声で呟いた時、機体が律動し両翼に装着された十基の〝ドラグーン〟が散開した。
フレイは気づかない。
家族への想い、その強さに。亡き母を、父を想うその気持ちこそが、〝ナイチンゲール〟の力となる事を。
どうしてあの時、もっとしっかりと抱きしめなかったのだろう。月で別れる時、もっとはっきりとこの想いを伝えておければ良かったのに。そうしたら、未来は違ったものになっていたかもしれないのに……。
とめどなく溢れる後悔と、それ以上に強くなる想いが強力な思念となり、〝サイコフレーム〟を介し増大され、ついに〝デスティニー〟の深遠に辿り着く。
そして彼の見たものと同じものを、フレイは覗き見た。
それは、星の数ほど繰り返された同じ戦争の歴史。そして、その度に、薔薇のような赤い髪をした少女が――。
ぞっと悪寒を感じた瞬間、フレイは深遠から一気に現実へと引き戻され、はっと我に返る。
〝デスティニー〟からおびただしい量の光が漏れ出す。やがてそれは灼熱の業火のように赤く広がると、『フレイの〝ドラグーン〟』が〝フリーダム〟のビームライフルを貫いた。
スクリーンに映る〝ドラグーン〟の信号が一基、また一基と、『敵機』を示すレッドへと変わっていくのをフレイは信じられない思いで見つめていた。
「な、なんで……」
〝デスティニー〟が右腕を掲げ、静かに手のひらを握り締める。
〝スターゲイザー〟が痙攣したように震え、その機動を停止させる。
〝ドラグーン〟全基が反転し、〝フリーダム〟、〝ハイペリオン〟、〝ソードカラミティ〟に狙いを定めた。
なんで、なんで、なんで! 混乱した頭で、フレイはわずかに思い当たっていた。月面の戦いで、〝ナイチンゲール〟は敵の〝デストロイ〟を掌握し、〝ドラグーン〟のように使った。それは、〝ナイチンゲール〟だけの特別な力だと思っていた。だが――
『それが、君の限界だ』
ラウの言葉が走る。
「わ、わたし……」
〝ハイペリオン〟と〝ソードカラミティ〟が合流し、モノフェーズ光波防御シールド〝アルミューレ・リュミエール〟を展開させる。
懸命に回避行動を取る〝フリーダム〟であったが、ついに光条が頭部に直撃し、フェイズシフトが落ち機体そのもののグレーへと戻っていく。
「――キラ!」
『君が私を覗いた時、私も君を見ていた』
〝ドラグーン〟から放たれたビームが〝フリーダム〟の胸部へと迫ったとき、残された右腕で辛うじてそれをかばったものの、誘爆した腕の爆風で機体が弾き飛ばされた。
〝ハイペリオン〟が〝ドラグーン〟の嵐を掻い潜りながら、懸命に〝フリーダム〟の元へと機体を走らせる。
わたしの、限界――。
無数のビーム粒子が〝ナイチンゲール〟の尾に当たる部分を貫き、フレイは慌ててそれを分離させた。
『君は強くなった。だとしても、君は――』
〝デスティニー〟が〝ナイチンゲール〟に迫り来る。〝ドラグーン〟が敵部隊と連携し、カナード達を追い詰めていく。援護は、来ない。
どうする、どうすれば――。
ふいに、〝ナイチンゲール〟のイメージが脳裏をかけた。その一陣のイメージは優しく、それでいてどこか寂しさを秘めていた。
ずっとずっと……あの〝ダガー〟に乗ったその時から、守ってくれていた、誰か。
その人に、さよならと告げられた気がした。
やがて、モビルコート〝ナイチンゲール〟が〝ウィンダム〟から分離し、輝き再び機動した〝スターゲイザー〟とドッキングする。
〝ナイチンゲール〟が力強く律動し、今までに見せたことの無いほど流麗な動きで敵部隊を斬り捨てて行く。その動きは、アムロに勝るとも劣らない圧倒的な力の差を感じるほど。
極みの到達点から更にその先にいる者。
フレイの知らない世界の動き。
〈引くぞ、急げ!〉
〝フリーダム〟を回収したカナードが告げると、〝ソードカラミティ〟が〝ウィンダム〟を抱き抱えスラスターを吹かせる。
〝ナイチンゲール〟の速度は、フレイの目で追うことのできないほどになっていた。
「パルス隊、帰頭しました。補給作業に入ります」
ミリアリアがわずかに安堵の色を見せ報告すれば、ナタルも同じくして胸を撫で下ろした。
映し出される映像に目敏く気づいたアズラエルが身を乗り出す。
「〝ナイチンゲール〟はどうしました?」
丁度通信モニターに映っていたフレイが寂しげな顔になった。
〈あの子、わたしがいないほうが強いみたいなんです〉
するとアズラエルは間抜けな顔をして「そぉぉ……なんですか?」と拍子抜けたが、すぐにもとの表情に戻り「ま、無事なら良いでしょう」と続けた。
ふと既に胴体と右脚部のみとなった〝フリーダム〟が視界に入り、派手にやられたなとナタルはパイロットの様子を聞こうかとわずかに身を乗り出したが、カズイの「上方より敵機!」と報告を聞き慌てて「迎撃、正面上!」と激を飛ばした。
すぐに〝アカツキ〟、〝カオス〟、〝ガイア〟、〝アビス〟が迎撃に向かう。
「アーガイル、艦をこのまま前進させろ! 本艦で敵の足を止める」
サイが「了解!」と告げるとすぐに〝ガーティ・ルー〟の艦体が下方に広がる巨大な台地を飛び越え、遠方に見える戦闘の輝きに向けて針路を取り始める。
ふいに、アズラエルが口を挟んだ。
「そろそろ、でスかネェ……」
何がそろそろだ。じとりとアズラエルを睨みつけると、彼は少しばかり真面目な顔をしてこう告げた。
「ミリアリア・ハウさん? モビルスーツデッキに連絡を。『あれ』をアルスター君にと」
モニターの端っこで、ぼろぼろの〝フリーダム〟から何とかキラが這い出して来たのを確認しフレイは天を仰いだ。
何やってるんだろ、わたし……。
状況に流されてばっかりで、何もできていない。
あれから――父が死んでから、もうじき一年が経とうとしている。
誕生日は三月十五日だから、まだ迎えていないけど、だからって、もう少し強くなれたって、そう思っていたのに……。
ふいに、通信が開かれ、フレイは視線だけをそちらにやる。
〈あーモシモシ、アルスター君?〉
「……何です? わたし疲れてるんですけど」
ぶっきらぼうに言ってやったが、アズラエルは気にしたそぶりは一切見せない。
〈ええ、ご苦労様でス。〝マルチランチャー〟の準備をマードック君にお願いしました。貴女にはそれで出てもらいマス〉
……何がご苦労様だ。こっちの気も知らずに。
「嫌だって言ったって、駄目なんでしょどーせ」
〈モチロン〉
結局、敵はこっちの状況に合わせてくれないんだよな……。
フレイは一度溜息をつき、〝マルチランチャー〟の説明に耳を傾けた。
遅れているな、とハルバートンは感じていた。
既に、こちら側の核は撃ちつくし、〝ユニウス・セブン〟は〝メテオブレイカー〟での粉砕段階まで来てしまっている。にも拘らず、艦隊の一部が〝ユニウス・セブン〟の南端に到達できた程度だ。
結局、各コロニーが参戦を渋ったのが効いていた。
増援を送ると伝達のあったコロニーに対してのみ、正確に敵部隊が攻撃を仕掛けたのは、ある種の答えである。
彼奴らには、法を犯した報いを受けてもらう必要があったが、それはこの作戦を成功させなければ意味が無い。
ならば、鍵を握っているのは、唯一〝ユニウス・セブン〟中央にまで乗り込めているアムロの隊か、あるいはわき腹から攻める〝ガーティ・ルー〟と〝アルテミス〟からの増援艦隊か……。
同時に、アズラエルが『あれ』を使うのならば今か、と思い当たっていた。
「艦隊を前進させろ」
言うと、一同がぎょっとし、ホフマンが目を見開いて言った。
「い、今ですか!?」
「無論だ。今このタイミングを逃せば、全てを失う事にも繋がりかねない」
ああ、やっぱりこの子は軽くて良いな、と懐かしみを覚えつつ、フレイは専用のショットガンを携え〝ガーティ・ルー〟のカタパルトから機体を発進させた。
すぐに敵の〝グフ〟がこちらに気づき、フレイはショットガンをばら撒きながら距離を取る。今装備している〝マルチランチャー〟でまともにモビルスーツ戦をする気は無い。
いらだったように〝グフ〟が乱暴にビームソードを抜きさると、すぐに無数のビームが〝グフ〟を貫き、何機かの〝ザク〟が慌てて後退を始めた。
アガメムノン級〝オルテュギア〟から発進した〝ハイペリオン〟、〝ウィンダム〟隊のものだ。
撤退していく敵を見送り、〝アカツキ〟達が警戒態勢に入る。
あの嫌味なおっさんに彼らを任せるのは癪だったが、それでも、彼はキラが勝ち得た絆の結晶の一つなのだから、それも良いかと自分に言い聞かせる。
仲良ししてなくたって、目指すものが同じなんだもんね……。
フットペダルを踏み込み、〝ウィンダム〟は見る見るうちに〝ガーティ・ルー〟から遠ざかっていく。
もう〝ガーティ・ルー〟の姿は見えなくなっていたが、フレイは寂しくは無かった。
ずっとずっと上を、もっと遠くからでも良い。この巨大な隕石の端から中央を狙える一直線上。
機体を停止させ、見据える。
眼下には巨大な岸壁、更にその下にはより巨大で美しい母なる大地が見え、思わず飲まれそうな錯覚を覚える。
そう、錯覚だ。
この巨大な母なる星は、人類全ての意思を飲み込むことなんてできない。
地球の大きさからしてみればちっぽけな小石でしかない〝ユニウス・セブン〟でも、地表に与えるダメージは大きい。
人類は、地球という揺り篭対して甘えすぎているのかもしれない。その居心地の良さから脱却できないのかもしれない。ひょっとしたら、永遠に……。
今、フレイは独りだった。そこに仲間も、守ってくれる鎧も無く、息を吸い、吐く。
少し離れすぎただろうか?
こうしていると、自分がいかにちっぽけな存在だって思い知らされる。でも、怖くない。暖かささえ感じる。
もう一度、自分は強くなれただろうかと自問する。
答えはすぐに思い浮かんだ。
うん、なれた。だって、わたし今うずくまってないもの。泣いてないもの。
わたしは、強くなった。
ほんの少しだけれど、それで十分よ。
高望みしたって、良い事なんて無いんだから。
〝ユニウス・セブン〟の中心に狙いを定めると、両肩のミサイルランチャーがゆっくりと律動を始める。
両肩のランチャーに、それぞれ一発ずつのミサイル。
フレイはそれが何なのかわかっている。
人の産み出した、禁忌の力。一瞬の光と永久の毒。
かつて〝ユニウス・セブン〟を焼き、オーブを焼いた、人の力。
核弾頭。
艦隊が用意した核ミサイルは全基が撃墜されており、恐らくこの両肩の二発が最後の核だろう。
これが、アズラエルの最後の切り札。
最後の玩具。
フレイは、それを恐ろしいものだとは感じていなかった。
目を閉じ、静かに瞑想すると、両肩のミサイルの最終ロックが外れていく。
それは、超長距離型の〝ドラグーンミサイル〟――。
「人が作ったものなら……」
使い方次第で、人を救えるはずなんだ……。
善意で人を殺す人がいる。エゴで人を生かす人がいる。そのどちらも見てきた。
もしも、どちらかしか選べないのなら、わたしは後者の方で良い。
この核で、人を救いたい。
フレイは前を見据える。巨大な大地が、今地球に落ちようとしている。かつて人が住んでいた楽園が、今は史上最悪の兵器として地球を汚染しようとしている。
大丈夫、きっとできる。
わたしは、昔の今日よりも、強くなっているから。
「――行け、〝ファンネル〟……」
静かに、それでいて決意をこめて言うと、両肩からミサイルが放たれ、スラスターを吹かせて加速していった。
これで、〝ユニウス・セブン〟は――、とフレイが思ったとき、通信妨害で繋がらないはずの通信回線が開き、信じられないほど明瞭な声で、ミリアリアが言った。
〈フレイ、聞こえる!? 〝ユニウス・セブン〟の――〉
「やるな『赤い彗星』!」
どれほど綺麗ごとを並べようと、所詮人は闘争の獣。高揚していくのがわかる。体が熱い。生を得た肉体のみに宿る、命の鼓動を感じる。
「来い、〝ファンネル〟!」
十二機もの〝デスティニーインパルス〟が一斉に姿を現し、同時に最冷却が完了した〝ミラージュコロイド〟による幻惑を仕掛ける。
〝ナイチンゲール〟は高速のジグザグ飛行で抵抗したが、ラウの本体を合わせ計十三機が繰り出す同時攻撃にはなす術も無い。
トリガーにかけた指が引かれようとしたのと、それはほぼ同時であった。影に、あるいはデブリに、あるいは別のモビルスーツに姿を眩ました一機の〝インパルス〟が、両断されたのだ。
「――やられた!?」
〝ナイチンゲール〟の攻撃ではない、あの少年達は撤退したというのなら、別の部隊……!?
「ここまで辿り着いたものがいたと――」
思わず呟いた時、その姿を見つけ、ラウは狂気に口元をゆがめた。
本物のデブリを隠れ蓑にして接近したユニコーンのエンブレムを左肩に塗装した〝デュエル〟が、そのままゆらりと動くと、更にもう一機の〝インパルス〟が応戦する間も無く両断される。
「――そうでなくては面白くない!」
『無益な戦いを……!』
輝きの中で、アムロが顔を顰めた様子が見える。
「この戦いの意味さえ解さぬ男がよく言う!」
透明になった〝ドラグーンインパルス〟五機を〝ナイチンゲール〟に向け、残った五機と〝デスティニー〟本体で〝デュエル〟に仕掛ける。
だが、一斉に撃ち放たれた見えないビームの嵐を〝デュエル〟はわずかに機体を反らしただけで回避しきり、そのまま振り向きざまに後方の〝インパルス〟二機をビームライフルで正確に撃ち落し、ラウはぞっとした。
間違いなく〝ミラージュコロイド〟は発動している。今、〝デュエル〟には千を超える〝インパルス〟が映し出され、一斉に攻撃をしかけたように見えたはずだ。それを、この男は……。
ゆらりと〝デュエル〟が動き、瞬間ラウは〝インパルス〟にビームサーベルを鞘走らせ、斬りかからせた。
まるでその呼吸に合わせるかのように、〝デュエル〟がビームサーベルを振ると、その刃の軌跡に吸い込まれるようにして〝インパルス〟が胴から両断され、誘爆していく。
馬鹿な、と思わず呻いた時、コクピットすらも透けて見えるアムロのイメージが、正確にラウの動きを把握している事に気づき、理解した。
これは、『合気』だ。
いや、それだけではない。私は今、やつによって攻撃を、させられている……!
一切の隙の無い〝デュエル〟の僅かな死角、ここしかないというその点をヤツは自分で作り――
その呼吸を、読まれている。
それは、ラウもまた一種のモビルスーツの天才である事を意味していた。ラウはそういう意味では、アムロに信頼されているのだ。この男は、確実にこの僅かな隙をついてくると。そうしなければ、自分が反撃に合うだろうという事に気づいていると。
そして恐らく、その事を今気づいた事に、アムロも気づいている。
……屈辱だった。
こんな男に……戦う事しかできない愚か者に、悲願を潰されつつある事が。
貴様はわかっているのか、この戦いの意味を。代価を払わせる為の犠牲は、仕方の無い事だと意言うのが。私の言う『奴等』とは、誰の事なのか……!
我等人類全ての敵なのだぞ、『奴等』は!
「……貴様のような男がいるから、愚民どもはのさばり、怠惰の限りを尽くすのだという事が何故わからん! 貴様は愚者に利用されているだけに過ぎないのだと言うのに、この私の邪魔をするのか!!」
それは、ラウの懇願にも似た魂の叫びだった。
『だからと言って、罪も無い人々を殺しても良いという道理は無いはずだ!』
また、一機の〝インパルス〟が〝デュエル〟に両断される。
「無知とは罪だ! 罪の無い人間など、この世にありはしない!」
MA‐BAR七三/S高エネルギービームライフル連射しながら、〝ナイチンゲール〟が同時に二機の〝インパルス〟を屠ったのを視界の端にとらえ、思わず唇を噛み締めた。
『それは貴様のエゴだ! 人が人の罪の在り処を決めてはならない!』
〝デュエル〟から放たれた凶悪なビームの本流が機体を霞め、余波の衝撃にコクピットが激震する。
「だから……だから何だと言うのだ! 私は人間だぞ! 世界で最も大切な人が、あの子が! もうじき死んでしまうかもしれないのだと言うのに、貴様はそれをただのエゴだと切り捨てるのか! それこそ、人間性の欠落だろう!?」
『あの子――!?』
ラウの想いに、〝デスティニー〟が――〝νガンダム〟が律動し、淡い輝きを放ち始める。
「あの子の為なら、私は罪も罰も一身に受ける!」
それが、垣間見てしまった未来。数多の過去。幾度となく繰り返された同じ歴史の中で、例外なく、あの子は殺されていた。
クスクスと笑う少年が、歴史が戻ると言っていた。
アムロ・レイという小石により生まれた波紋が世界を変え、あの子の運命を変えた。だから、今、あの子は生きている。だが、その変わった歴史が元に戻ろうとしている。
『ヤツ』が来る。
死ぬべきだった人を殺すために。
終わるはずだった世界を終わらすために。
同じ歴史に修正するために。
お前には聞こえないのか、『奴』の遥かな轟きが。
闇の中心を揺さぶる目覚めの唄が。
大地を割りそそり立つ正義という名の邪悪が、わからないのか!
過去の全てが、そうだった。
迫り来る悪の力に、勇気を示さなければならない。
復活の時は、近い。
それは、決して逃れられぬ『運命』。
隕石が落ちなくとも、私でなくとも、誰かが『因果』に導かれ、事を為す。
そして、目覚めが始まるのだ。
そして、人の命が吸われていく。
その命の中に、あの子の命がある。
それだけは……それだけは、何としても避けねばならない。
この命に代えても。
世界の命に代えても……!
「世界が滅ぼうとも、どれだけの人類が死滅しようとも、生きてさえくれればそれで結構!」
世界に居座る見ず知らずの人間の命など、いくらでもくれてやる! こんなちっぽけな星など、どうなっても構わない!
だからせめて、貴様が『ここ』にいるのと同じように、あの子を『ここ』とは違う『どこか』へ送り出す。そして溢れ出た命の輝きが、もう一人の子にも命を与えてくれる!
時間が無いのだ。もうその時が迫っている……!
貴様にはわかるまい、私のこの想いなど!
〝デュエル〟から放たれたビームが〝デスティニー〟に直撃した時、コクピットの〝サイコフレーム〟から光が放たれ、ラウは〝νガンダム〟が己を守ってくれていると確信した。
〝サイコフレーム〟が放つ心の輝き、光の共振がビームを構成する物資に作用し弾き返したのだ。
正しさなどいらない。怨まれても良い。自分がどうなったって構わない。ただただ、生きていて欲しい……!
〝ガンダム〟が私の想いに応えてくれる!
「アムロ・レイ……! 娘の為に死ねえー!」
エゴの塊。
即ち、無償の愛。
それが、狂い続けた男の行く付いた先であった。
同時に、きらと光る二つの何か。すぐに長距離ミサイルであると理解し、ラウはMA‐BAR七三/S高エネルギービームライフルの銃口を向け戦慄した。
「核!? どうして気づかなかった……!」
慌ててトリガーを引くと、放たれたビームに反応した二基の核ミサイルはまるで生き物のように回避してみせ、ラウは『それ』の主が誰であるのかを知覚した。
「……フレイ!」
それは、娘の成長を喜ぶような、幾度と無く刃を交えた宿敵に苦渋を飲まされたような、親の愛を理解しない我侭な子に対して苛立つような、どれともともつかないうめきの声であった。
「〝ファンネル〟!」
残存している四機の〝インパルス〟が慌てて迎撃に向かうと、その隙を目掛け二機を〝デュエル〟に撃墜され、更に二つを〝ナイチンゲール〟が葬った。
ラウは小さく舌打ちをして、〝デスティニー〟を後退させながら、「核は……!?」とモニターを凝視した。
同時に激しい振動と閃光が視界を襲い、ラウは思わず目を閉じた。
「〝ユニウス・セブン〟、割れます!」
の報にわずかに艦橋《ブリッジ》は湧き上がったが、アズラエルは〝ユニウス・セブン〟の動向に注視していた。
メリオルがすぐに軌道予測を割り出し、「そんな……」と小さく呟いた。
「どうした!」
と、ナタル。
「駄目です、このままでは破片は両方とも地球に落ちます、これでは――」
「そんな馬鹿な! 計算は完璧だったはずだ、二基でも、岸壁にぶつけて爆発させれば、そのまま加速して地球から遠ざかると!」
アズラエルが怒鳴り込めば、メリオルは真面目な顔で「起爆したのは一発だけです」と返されアズラエルは困惑した。
「一発……もう一撃は!?」
「命中はしたようですが、不発です……」
馬鹿な、ともう一度反芻しアズラエルはシートにもたれかかった。
そんな信用の置けないものを使用したつもりは無い。そもそも他のミサイルは撃墜されたとは言え、全基の起爆を確認している。よりにもよって、この一発が……?
ぞわり、と薄ら寒いものを覚えたアズラエルは、おもむろに「アルスター君は?」と聞く。
「待ってください、〝ミノフスキー粒子〟が濃くて……通信、繋がりません!」
ミリアリアが悲鳴にも似た声で告げると、すぐに「フレイ、応答して、フレイ!」と呼びかけた。
〈破片がこっちにも来るぞ!〉
スティングが言うと同時におびただしい量の〝ユニウス・セブン〟の破片が〝ガーティ・ルー〟を襲い、シンはとにかく少しでも数を減らすべくデブリ目掛けてビームライフルを連射した。
「数が多い!」
〈見えた、〝アークエンジェル〟!〉
アウルが告げ、強力な粒子がいくつかの岸壁を貫き、それが、〝アークエンジェル〟、〝パワー〟、〝ヴァーチャー〟、〝ミネルバ〟の四隻から放たれた陽電子破城砲〝ローエングリン〟だと気づく。
〈とにかく艦を守れ! 全てが終わって、生きてりゃ俺たちの勝ちだ!〉
〝カオス〟からEQFU‐五X機動兵装ポッドが射出され、〝ガイア〟が援護に入る。
〈守れば、良いの!?〉
〈高度が下がってきてる、このまま大気圏に飲み込まれるぞ!〉
「そしたら、みんなでオーブに帰れるな」
スティングの警告に、シンは冗談で返し、ステラが〈うん!〉と元気良く答える。
〈そりゃ良いや! オーブの海、好きだぜー!〉
〈お前らな……!〉
アウルが快活に笑うと、スティングもわずかに口元を緩ませる。
それは、恐怖を紛らわせるための空元気でしか無かったが、悲観にくれるよりはマシだろうと、シンが今まで生きてきたうえで身に着けた処世術の一つであった。
〝ミネルバ〟から発射された陽電子破砕砲QZX‐一〝タンホイザー〟の光をにらみつけながら、ディアッカは「結局こうなって!」と憤った。
「アスラン、下がれよ!」
その懇願は無視されるとわかりつつも、ディアッカは言わざるを得ない。あの大馬鹿者は、割れた破片の合間を縫うようにして、また一機の〝グフ〟を斬り捨てながら着実に破片を細かくしていく。
〈砕ききれてい無い? 〝メテオブレイカー〟はどうなってる!〉
アスランが慌てた様子で言えば、ニコルの〝ドム〟が割って入り〈このままでは――僕達も行きましょう!〉と返したのでディアッカも覚悟を決めねばならなかった。
「まったく――! アイザック、アスランを頼めるな!」
〈はい!〉
彼の〝グフ〟がすぐに〝ジャスティス〟に追いつき並走する。
「〝ミネルバ〟はそこで止まれ!」
追従しようとする〝ミネルバ〟を慌てて制したが、〈立場を示せと隊長から言われている〉とアデスがむっつり顔で答えれば、ディアッカは絶句するしかなかった。
ああもう、と頭を抱えながら「自分の命を軽視してちゃあ、誰も救えないだろうが」とひとりごち、諦め半分で〝ジャスティス〟を追った。
ザフトから譲渡されたモビルスーツの内の最後の一機〝セイバー〟の調整がようやく終わり、キラは待機室から飛び出した。
「坊主、良いぞ! 〝セイバー〟出すぞー!」
だが、マードックの怒号と同時に〝セイバー〟が動き出し周囲の作業員を掻き分けながらカタパルトへと向かうと、一同は騒然とした。
「なんだぁ!? どうしてパイロットがいないモビルスーツが動く道理がどこにあるんだあー!?」
混乱したマードックは、状況が理解できず固まってしまったキラを血走った目で睨みつけ、わなわなと怒りに体を震わせながらキラの肩を乱暴にゆすった。
「ふ、ふざけやがって、何度目だ!? 最初の〝デュエル〟と、次の〝デュエル〟と、〝アカツキ〟とで、最近はようやくまともになってきたと思えば、この土壇場でどこの大馬鹿野郎がこんな真似をしやがる、なあ!?」
「そ、そんな事言われたって、ぼく知りませんよお!」
「どこの馬鹿だって聞いてんだよ! ああ!?」
彼は思い切りキラを突き飛ばし、理不尽だと言う文句を言うよりも早く、マードックは頭を掻き毟りごった返すモビルスーツデッキの天井に向け大声で怒鳴り散らした。
「ラクス・クラインしか思い浮かばねえじゃねえかあーー!!」
じんじんと痛むお尻をさすりながら、立ち上がり、キラはおずおずと口を挟む。
「あの、ぼくのモビルスーツ……」
それが一番の問題だった。
まだ、フレイは戦っている。カナードも、トールだって……。自分だけがこんなところにいて良いはずがない。
一秒でも早く彼らの元へ駆けつけなければ……。
マードックはぜえぜえと肩で呼吸し、やがて少しずつ落ち着きを取り戻し、ひとりごちた。
「馬鹿野郎が……。俺たちがどういう気持ちで機体を整備して、送り出してると思ってやがんだ……」
……何となくだが、キラはわかっていた。たぶんラクスは彼ら整備班達の気持ちも、最初の頃と違って理解している。その上で、それでもと言い聞かせ……。
……やってる事同じじゃないか、とキラは頭を抱えたが、何故だか口元が笑ってしまう自分の様子すらも可笑しく、マードックに気づかれないようにふふと笑った。
「ったく、どうしてアイドルって人種はああも傲慢なんだろうな!?」
「あはは、知りませんよ。ラクスが特別なんじゃないです?」
「そりゃな! 良いとこの嬢ちゃんで、国一のアイドルともなりゃあそうもなる。だがな、それに付き合わされる身にも――ふ、うはははは! やめよう坊主、戦闘中だってのに俺は何を言ってるんだかな!」
「あはは……」
乾いた笑いで返したものの、キラは不安でいっぱいだった。モビルスーツ、どうすれば良いのだろう……。
だが、マードックの表情は諦めの色を見せつつも、どこかさわやかであった。彼がふいに言う。
「モビルスーツな、あるぜ坊主」
キラははっと目を上げ、マードックを見つめた。
「少し前にな――」
だが、彼は罰が悪そうに言い淀み、視線を反らす。
「その、あれだ、オーブに行った後にだな、何とか回収されたが使い物にならなくてだ、まあ、その辺を何とか誤魔化して――勿体無かったんだよ……〝ヘリオポリス”からさ、俺も、ハマナやブライアンや……とになくみんなでだな、作り上げた機体がそんな形でっての、嫌だろ?」
「はぁ……」
わけもわからず相槌を打ち、キラはマードックの後に続く。
「ハマナもブライアンもいねえんだ。ハマナの野郎はな、ガキだっていて、お前が生きて帰ってこれるように、俺たちは必死に戦った。そういう思いがあったから、はいそうですかと捨てられなかったってのもある。俺ら整備班のエゴってやつなんだろうけどな」
一瞬、豪快に笑うハマナの顔と、どこか頼りなさげなブライアンの笑顔が浮かび上がった。彼らは、もう戻ってこない。決して……。
「後はまあ、色々とだな、誤魔化したりしながら、整備班全員で、そりゃあもう好き勝手やったもんだ」
そういう彼は、次第に懐かしげな表情に変わって行き、続ける。
「もしも使う事があるんなら、パイロットはお前だろうと思ってた。なんでかわからんがな。整備班の連中も、みんなお前が乗るって賭けてたさ」
キラが答えられずにいると、激しい振動が船体を襲いわずかによろめくと、被弾した〝ガイア〟が乱暴に滑り込み、ネットにそのまま突っ込んだ。整備兵がすぐに〝ガイア〟に取り付いていく。
「ハマナ達が逝っちまった後もな、少しずつ、少しずつ、今の俺達がこいつをもう一度作ったらどうなるかってのを試してみたくてな……」
彼がとんと床を蹴り、無重力を飛んだ。キラは彼の後に続き、格納庫《ハンガー》の一番端に、隠すようにして覆われた灰色のコートに気づく。
状況に気づいた整備兵の一人が「班長、出すんですか!」と期待に満ちた声で言えば、キラはそれがまともなモビルスーツなのだとすぐにわかる。
「火を入れる! 準備させろ!」
と言いながら、マードックは機体全体に覆いかぶさる布を乱暴に取り去った。ばさりと無重力に舞い、わずかな埃と一緒に、キラの視界に見慣れた……本当に良く見慣れた特徴的な頭部が映り込んだ。
灰色の躯体。二本角のようなブレードアンテナに、人の顔を思わせる双眼《デュアルアイ》。それは、紛れも無く――。
「〝ストライク〟――」
思わず言うと、マードックはキラをぐいと手繰り寄せた。
「俺の言った意味、わかるな?」
はい、と言えなかったのが残念だった。ただ嬉しさと懐かしさで胸が一杯になり、言葉が出なかっただけなのだから。
彼は一度ばしんとキラの背を叩き、言う。
「こいつぁな、上にばれたらあんま良くねえんだ。だから、思い切りぶち壊して、お前は帰って来い」
不思議な気持ちだった。困惑と、感謝と、申し訳なさと、嬉しさと、気恥ずかしさと……。様々な感情がキラの胸の内に沸きあがり、既に作業に取り掛かり始めたマードックたちに向けて、「ありがとう」とひとりごちた。そしてかつての友を想う。
アスラン、ぼく達の世界は、たぶん君が考えているよりもずっと単純で、身勝手で、暖かいものだよ――。
コクピットに入り込めば、かつての〝ストライク〟と良く似ていたが、前面のモニターが改良され視界が大幅に広がっていた。全天周囲とまではいかなかったようだが、キラにはこれで十分であった。アームレイカーを採用しなかったのは、指がすっぽぬけやすいという不評があったからであろう。
キラのパイロットスーツと連結するシステムが〝フリーダム〟と同じく組み込まれているのは、マードックが最初からこのマシンをキラ用だと言った事の証明でもあった。つくづく凄い人達に、ぼくは助けられている――。
機体が律動すると、〝ストライク〟の双眼《デュアルアイ》が力強く輝き、メンテナンスベッドからキラは丁寧に体を起こさせる。
「〝ストライク〟、起動しました!」
すぐに通信モニターにマードックが映り込む。
〈良いな坊主、これで最後だ!〉
「はい!――装備は……!」
〈全部つけりゃあ良い! それだけのパワーはある!〉
〝ストライク〟の背部に〝エールストライカー〟が装着され、そのまま左右の肩、両の腕に〝ソードストライカー〟、〝ランチャーストライカー〟が装備されていく。同時に、知らない巨大な兵装が右腕部に無理やり装備された。それは、甲羅のように美しい強化アームのように思えた。
〈ブライアンはな、俺たちが改良したその〝ストライク〟を、〝ガンダム〟だって呼んでたんだ〉
〝ガンダム〟――。
OSの頭文字であり、ガルナハンのおとぎ話の英雄。
〈いいもんだろう少尉! お前はこれから、おとぎ話の英雄になるんだ!〉
それは、勇気の証。思わずキラは顔を綻ばせた。
「はい! キラ・ヤマトはX一○五〝ストライクガンダム〟で行きます!」
〈その意気だ、巨人の勇者なら、お前だって戻ってこれるだろう! 行って来い!〉
カタパルトに進められると、移り変わるようにして通信が入る。
〈少尉、もう時間が無い! 〝メテオブレイカー〟を守りつつ、あのアルスターの従兄弟とかいう大馬鹿者を連れ戻し、敵の迎撃だ! できるな!〉
真剣な様子のナタルが告げたあまりにも理不尽な注文に、キラは思わず噴出した。
〈笑うな少尉!〉
「すみません。中尉が可愛くて」
〈はっ……? はあ!?〉
耳まで真っ赤に染まったナタルが、少佐だろうと訂正する事すらも忘れて硬直した。その脇で爆笑しているアズラエルを無視して、キラは前を見て言い放った。
「モビルスーツは〝ストライク〟で行きます!」
〈針路クリア! 〝ストライク〟発進どうぞ!〉
ミリアリアが告げる。
「キラ・ヤマト、〝ストライク〟、行きます!」
不思議だった。
こんな絶望的な状況なのに。
これからあんなに嫌いだった戦いに身を投じるのだというのに。
今、この瞬間。
とても、楽しかった。
彼らと出会えて良かった。
おかげでぼくは、幸せだ――。
〝デスティニー〟を見失ったアムロは、己の不甲斐なさを呪っていた。核爆発の閃光と瓦礫の濁流に飲まれそうになったところを〝ナイチンゲール〟が〝デュエル〟を抱え高速で離脱する。
「――敵は!?」
瓦礫の合間を縫って進む〝ザク〟を狙撃してから、そのまま索敵を続ける。
〝デュエル〟を離し独自に行動する〝ナイチンゲール〟に、「少尉ではないのか?」とひとりごちた。
同時にモビルスーツのシルエットを捉え、それが敵〝ウィンダム〟だとわかればアムロはすぐに戦闘態勢に入る。
「そこ!」
二射を囮に、合計三射のビームを放つと〝ウィンダム〟は最後の三射目でコクピットを貫かれた。
一発は、不発だと……?
いぶかしげな顔を隠す気も無くラウは一人思考した。
得体の知れない力が働いているのかもしれないと考えたところで、新たな動きを掴み気を引き締める。
それは、偶然と言うより他無かった。或いは、神のいたずらなどと表現するものもいるかもしれない。
先ほど対峙していた〝デュエル〟でもなく、〝ナイチンゲール〟でもなく、いち早くラウの眼前に現れたモビルスーツが――
〝デスティニー〟のAIが、それを〝ストライク〟と識別した。
何だ? という僅かな疑問を抱きつつも同時にMA‐BAR七三/S高エネルギービームライフルとRQM六○Fフラッシュエッジ二ビームブーメランの波状攻撃をしかける。
すぐさま〝ストライク〟は大剣を盾にし一気にスラスターを吹かせ〝デスティニー〟に迫った。碌に回避運動も取らずに、しかし結果として、〝ストライク〟は僅かにビームを掠めただけにとどまったが、ラウは既にパイロットが誰であるのかはっきりとわかっていた。
MMI‐七一四〝アロンダイト〟ビームソードと十五・七八メートル対艦刀〝シュベルトゲベール〟が交差する。
「――少年、やはり君か!」
僅かに嬉々を孕みラウはまだ〝ドラグーン〟をたくみに操り〝ストライク〟の背後から斬りかからせる。〝ストライク〟はたまらず距離を取り、〝デスティニー〟へ応射を繰り返しつつ七五ミリ対空自動バルカン砲塔システム〝イーゲルシュテルン〟で二対のビームブーメランを退けた。
「しかし、そんな旧式の機体で我が〝νガンダム〟相手に――」
ふいに、〝ストライク〟の右腕に装着された巨大な装甲がはじけ飛んだ。
「――ッ!?」
ビームかく乱幕にも似た、小さな小さな何かが光を乱反射し、周囲を包み込む。
途端にコクピットに警報《アラート》をけたたましく鳴り響き、ぎょっとして状況を確認する。
射出したサイコミュ誘導型ビームブーメランの反応が途切れ、機体の全システムがエラーを出し始める。
〝ストライク〟が長剣を一気に振りかぶる。反射的にラウは掌部ビーム砲〝パルマフィオキーナ〟を発動させたマニュピレーターで掴み取った。
「〝アンチ・ファンネル・システム〟だとでも言うのかこの現象……!!」
迂闊であった。『脳波制御』は、第八艦隊の肝となるシステムだ。ほぼ全てを〝ガンバレル〟適正者で固めた戦闘部隊なのだから、そのようなものは技術的に実行できても、純粋な戦闘用コーディネイターが多数いるこちら側のアドバンテージを高めるようなものだ。
そして、この〝デスティニー〟の〝ミラージュコロイド〟が、脳波制御で行っている事は、敵側には知られていない。
だからこそ、直感的に理解した。
この少年は、ここでケリをつけるつもりだ。誰にも頼らず、たった一人で……!
〝パルマフィオキーナ〟で掴んだ大剣を握りつぶし、そのまま力任せに〝ストライク〟を引き寄せる。
「しかし少年、私がここで君の相手をしてやる義理など無いはずだ!」
苛立っていると自覚しながらも、ラウはそう言わざるを得なかった。
〈……ありますよ!〉
その強気な物言いの可笑しさに、肺から漏れた空気が唇に触れ「ほう」という言葉になった。
機体と機体がせめぎ合いながら、二つの巨人は互いににらみ合う。
〈フレイのお父さんなんでしょう!?〉
「遺伝子的にはそうだ。あの子は私の娘だ」
口に出して言う事の誇らしさは何とも形容しがたい感動のようなものを秘めていたが、目の前の白亜の巨人はひるむ事もせず次の言葉を続ける。
〈フレイは、ぼくの事が好きです〉
もう一度、思わず漏れた息が、固まったままの唇に触れ「ほう」と先ほどよりも小さな音となって響く。
〈ぼくもフレイが好きです。そう言えば、貴方はぼくから逃げる事はできない!〉
咄嗟に、ラウは子供の浅知恵でただの挑発だと自分に言い聞かせようとしたが、気が付いた時は、「小僧が」と呪詛に似た言葉を吐き出していた。
我ながら、馬鹿なことを言っているという自覚はあった。でも、フレイはラウを信じている。それは何かと考えた時、フレイを大切に思う親心なのだと確信した。ラウは、フレイにとって理想の父なのだ。即ち、世界で最も娘を愛するが故に、ラウはこの戦を通して何かをしようとしている。
その推察は、余りにも危険な賭けである。隕石落としという大罪を犯すような者の人間性をが概ねまともであるというふざけた大前提によって成り立つものであるから。
だが、キラはフレイの勘を信じた。たとえそれが、父と娘の間にある願望から出ただけの誤解、曲解であったとしても、それでこの命を失うのならば本望だと言う気持ちもあった。しかし――。
〝デスティニー〟の動きが止まった。キラはそのまま相手の出方を見る。
同時に後方の〝ユニウス・セブン〟が砕き割れ、無数の瓦礫へと姿を変えていく。
だがキラ達のいるもう片方の〝ユニウス・セブン〟は、未だ健在であった。
〝デスティニー〟が砕かれ崩壊していく方の〝ユニウス・セブン〟を仰ぎ見る。
〈もはや時間が無い〉
短く告げられたその言葉に、キラは意識を集中した。
〈〝ユニウス・セブン〟の破片は、このまま地球の重力に引かれて落ちる〉
それは絶望的な宣告である。
「フレイを、どうするんです」
それでも、キラは一番最初に聞くべき事を聞いた。世界などどうなっても構わない、でも、フレイが泣くところはもう見たくないから、泣かせるわけにはいかないから。
〈同志になれ、キラ君〉
唐突なその言葉に、一瞬キラは何を言われたのかわからずに硬直した。頭の中が真っ白になり、罠かと疑った時、ラウからの一切の攻撃は無くただ返事を待っているだけなのだと知り、彼が本気なのだと確信した。
〈オーブの核爆発を覚えているな?〉
「は、はい、九月二十七日の……」
はっきりと、覚えている。忘れるはずが無いあの日。夜中の夜明けとともに訪れた絶望。
〈本当ならばその日、あの子は死ぬはずだった〉
「貴方がやったからでしょう!」
かっとなって声を荒げ、ラウが彼女にやろうとしたことへの非難を浴びせたが、ラウは周囲を警戒したまま続ける。
〈だが結果として、あの子は生き延びた。時間と空間を飛び越え、その瞬間そこにいなかった事になったからだ〉
それは、まだ不確定要素が多すぎて公式には出せない、アズラエルから口頭で聞かされた真実であった。
しかし、何故彼がそれを知っている……?
〈同じ原理で、私は月面の戦いで、わずかだが刻を見た。あの子が死ぬその瞬間を――〉
「だったら、隕石落としなんてせずにフレイの側にいてあげてくださいよ!」
〈私が本気でこんな事をしていると思うか!? 私は『一族』のスピーカーになっているに過ぎん! 代わりなどいくらでもいる! 遅かれ早かれ隕石落としは決行されたよ、また別の誰かが首謀者となってな!〉
ぞっとする内容だった。今ここで聞かされるまで、気づく事もできなかった『本当の敵』の存在。その恐ろしさに思わずキラは飲まれた。
〈だから、私はもう一度〝νガンダム〟に星の輝きを集め、フレイをここではない何処かへ飛ばす!〉
それはつまり、奇跡に縋る行為。
僅かな可能性に賭け、地球の未来とフレイの命を天秤に賭けた――身勝手な理屈だった。
「無茶苦茶だそんなの! フレイの意思はどうなるんです!」
〈時間が無いと言った! 彼女に理解を求めている暇は無い!〉
「それは貴方のエゴです! フレイの気持ちも考えずに……友達だっているんですよ!」
〈エゴで何が悪い! 死者は何も答えてくれない、何も教えてはくれない……ッ! だから、あの子が生きていてさえくれれば、私はそれで良い! この世界がどうなろうと!〉
〝デスティニー〟と〝ストライク〟が同時に動くと、上空から無数のビームが降り注ぎ、最も醜い男の乗るモビルスーツが姿を現した。
〈ごたごたと御託を並べるラウ・ル・クルーゼェ!! このアッシュ・グレイが場を盛り上げてやろうかー!〉
〈〝リジェネレイト〟――!?〉
〈さぁー! スペクタクルショーの再演と行こうか!!〉
二つの狂気を見た気がした。愛に狂った男と、人の道に狂った男と――
どちらも、間違っている。
間違っているはずなのに……。
何故だか、キラはラウと同じ立場にたったとき、彼と同様の事をしてしまうかもしれないような確信があった。
もう二度と失いたく無いのだ、大切な人を。
怖くてたまらないのだ、失ってしまう事が。
恐怖故に、狂わねばならなかった。
その気持ちが、痛いほどわかった。
結果、彼の行動が間違っているのだとしても……。
それは、親の想いそのものであったのかもしれない。
キラの父も、独善の元にキラを生み出したのかもしれない。最愛の我が子を、何とかして生かす為に。
間違っている。どうしようもないほどに間違っている。
こんな事、許されるはずがない……!
正しいはずがない……!
でも、正しければ、それで人が死んでも良いと言う理屈はおかしいはずだ。誰かを救うために、誰かを犠牲にするというのも、間違っている。
弱肉強食と言う自然の摂理から、宇宙《そら》で生活を営むようになった現代でさえ人は逃れる事ができないのか……。
キラはぎゅっと操縦桿を握り、うめいた。
「ぼくは、嫌だ――」
悔しかった。どうしようもなく。
何もできない自分が。
戦う事しかできない自分が。
思い切り、フットペダルを踏み込む。
〝ストライク〟の全スラスターが一斉に輝きを増し、マードックにより出力が大幅に強化されたエールが生み出す爆発的な加速がキリキリとキラの体をシートへと押し付けた。
〈――少年!?〉
ラウがわずかに困惑した様子で言う。
〈ハッ! ヒビキが作った人の形の実験動物ー!〉
キラは思い切りビームサーベルを振り下ろす。〝リジェネレイト〟は腕から放つビームサーベルでそれを受け止め、ビームとビームの間に生じたスパークが飛び散った。
「〝デスティニー〟が人の想いを力に出来るマシーンだというのなら、フレイだけじゃなく、みんなを幸せにできるって思いませんか!」
〝リジェネレイト〟を蹴り飛ばし、すかさず三二○ミリ超高インパルス砲〝アグニ〟のトリガーを引いた。強大なビームの濁流から〝リジェネレイト〟はスラスターを吹かせ舞うようにして回避する。
〈甘いなヒビキの小僧! 貴様の言う『みんな』とやらの中に、他者より上へと生み出された飽くなき欲望の産物、作られた者達が入っているのかあ!? もうじき始まるかもしれない平和とやらに、その者達の居場所はあるのか!? その『みんな』の中に、この俺は入っているのかァーー!!〉
「それは――」
〈命は一つだ! 誰かの代わりなどいはしない! どいつもこいつもあいつもそいつもこの俺も! 自分達の事しか考えていなぁい!〉
〝リジェネレイト〟から放たれたビームが三二○ミリ超高インパルス砲〝アグニ〟を貫き、キラは火球となった〝アグニ〟を捨てた。
〈『あの何も知らない女の子』は、どこにいるかもわからん政治家の臓器スペアでしかなかった!〉
「――ッ!?」
それが、この男を狂気に走らせた最初の理由か。
しかし――
〈『あの女』の事は許してやろう、だがなぁ! この俺の中にいる俺が言うんだよ! もっと早く!! もっと多く殺せとなッ!!!〉
切欠は、理不尽へ対しての怒りだったのかもしれない。何故と問う正しい心だったのかもしれない。
だが、今目の前にいるその男は、既に『あちら側』へ回ってしまった。
ジグザグな変則機動を繰り返しながら、再び〝リジェネレイト〟が〝ストライク〟に迫る。
〈なあヒビキの小僧! 俺も救ってくれよォ! 死んでしまった者達も、俺が殺してきた者たちも助けてやってくれよぉぉおおーハハハハハー!!〉
〝リジェネレイト〟のビームサーベルが振り下ろされようとした時、ビームの粒子がその腕部を奪い取る。
〈――オォウ!?〉
途端に距離を取り、予備パーツで復元していく〝リジェネレイト〟に向けて、一機のモビルスーツが背中に背負う後光のようなビーム砲台から雨のような射撃を仕掛ける。
〈そうだ、命は一つだ! 俺の中に宿る出会いも、思い出も、俺だけのものだ……!〉
その機体――ZGMF‐X六六六S〝レジェンド〟は胸部に淡い光の粒を散らしながら、果敢に巨大な悪意に向けてビームを応射する。
〈ラウ・ル・クルーゼのデッド・コピー、ナチュラルの分際で!!〉
〈それがどうした! 俺には仲間がいる、友がいる! 他者を否定した貴様にはわかるまい! この、俺の体を通して出る力が――!〉
滑るようにして〝デスティニー〟が下方に回りこみ、ビームライフルを構えた。
その銃口は〝レジェンド〟に向けられている。
「――危ない!」
咄嗟にキラは叫んだ。
〝デスティニー〟から放たれたビームの粒子が尾を引き、〝レジェンド〟に――。
キラは〝ストライク〟を〝レジェンド〟の盾にし、身構える。
もう、誰も死なせたくない。救える命を、救いたい、そんな思いで――。
死を覚悟したその瞬間、力強い粒子の濁流が迫るビームの粒子を真横から打ち消し、はっとする。
〈下がれ!〉
きらりと陽光を反射させ左肩のユニコーンのエンブレムが瞬いて見えた気がした。
その声のなんと頼もしいことか。
〈躊躇ったなラウ・ル・クルーゼ! 貴様はやはりこの俺に殺されるべきだ!〉
そう、ラウは躊躇った。
僅かな隙が、キラに行動の暇を与え、〝デュエル〟に軌道を予測する時間を与えた。
それは、目の前にいる男の心の弱さを露呈していた。
彼は、レイも、そしてフレイも討つことができない。
同時に警報《アラート》が鳴り響く。
「システム、タイムリミット――!?」
それは、〝アンチ・ファンネル〟の活動限界を示していた。
〝デスティニー〟の機影がぐらりと揺らぎ、翼を煌かせ虚空へと消える。あらゆるレーダーから消失した見えない敵存在となって、襲い掛かる。
「大尉、敵が――」
いうが早いか否か、〝デュエル〟は〝ヴェスバー〟を投げつけビームで撃ち抜いた。圧縮されたエネルギーがとたんに暴走し、巨大な火球となり〝ユニウス・セブン〟の大地を焼き抉るとそこから無数の瓦礫が吹き上がる。
瓦礫に混じり、アムロはビームライフルの制御を手動で行い、一射目に弾速の遅い巨大な粒子を、すぐさま二 射目に鋭い粒子でそれを射抜き、舞う瓦礫の中央で更にビームの粒子が爆散した。
たとえ姿を消していても、どれだけ虚像を映し出そうとも、〝デスティニー〟はそこに存在しているのだ。全方位に向けて放たれた攻撃には、成す術はない。
ぐらりと情景が揺らぐと、翼状の基部に損壊を負った〝デスティニー〟が姿を現した。
再び、爆発。
同時に足場が砕け、それは〝ユニウス・セブン〟の粉砕を意味していた。だが、まだこの大きさでは大気圏で燃え尽きず、地球に甚大な被害を与えてしまう。
舞い上がるデブリに紛れ、〝デュエル〟が跳躍と同時に更に三射ほどビームを放つと、それは吸い込まれるようにして〝リジェネレイト〟に着弾した。
ああ、そうか……この人もまた、足掻いているんだ……。
それは偽善でも独善でもなく、限りなく純粋に近い善。
それがアッシュとの、そしてラウとの絶対的な違いだった。
この人は、絶対に負けない為に戦っている。
弱者を代弁し命を貪る者達、平和を謳い世界を乱す者達、彼らの掲げる正しさ、正義に対して、それでもと言い続ける、どこか青臭く、それでいて眩しい何か。
それこそが、希望と呼べるものなのかもしれない。
人が人であるために、決して失ってはならない気持ち。
〈行くぞ!〉
言いながらもビームの雨をばら撒き、〝デスティニー〟に応射する。たまらず距離を取る〝デスティニー〟を視界に捉えながらも、脱出した〝リジェネレイト〟の背部コクピットが遠くにまで逃げおおせたのも確認していた。
「〝リジェネレイト〟が……!? 〝レジェンド〟は〝ガーティ・ルー〟に向かってください!」
咄嗟に声をかけると、〝レジェンド〟はわずかに躊躇した。
〈だが、俺は〝デュエル〟の支援に――〉
「あのアッシュ・グレイとかいう人は戦う為に戦うような男だ! 〝ガーティ・ルー〟だって危険だ!」
主義も主張も、戦う為の建前。だからこそあの男は恐ろしい。
〈……了解した〉
短い沈黙の後、〝レジェンド〟が素直に従ってくれたことは内心感謝した。
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