「資材のほうは問題ありません。本部のほうからも打診があったようで、ディオキアからも可能な限り援助する、と」
マッド・エイブスが目の前に鎮座してあるグレーに染まったインパルスガンダムを前に、手元のコンソールを覗きながら隣にいるアムロ・レイに話し掛けた。
先の戦いで被害を被ったミネルバ並びにMSの修復もほぼ完了し、兼ねてより検討していたアムロの新しい乗機を再調整していた。
「そうか…、なら、遠慮なく使わせてもらうとしようか」
FAITHでも、軍属でも、ましてやコーディネーターでもないというのにこの待遇の良さは、破格という言葉も生温いものだった。
不気味なまでの待遇振りに、しかしアムロに気にした様子はなかった。
現在、ミネルバにはシンのインパルスのほかにもう一機同型のインパルスがある。いや、正確にはあった、とするほうが適切かもしれない。
外見上はさしたる変化がなくても中身のシステムが、インパルスがインパルスたる機構が大幅に書き換えられたためだ。
普通ならば、「コアスプレンダー」「チェストフライヤー」「レッグフライヤー」に分離して収納されるインパルスがこうして置かれているのも、通常のMSリニアカタパルトによる発進をアムロが希望したためである。
「二機の合体シークエンスでは展開に時間がかかり過ぎる」というアムロの現場主義のよるものだ。
なにより、各パーツを細かくチューンナップしており、換装を考慮しない調整を施した。おかげで最早アムロのインパルスは戦闘中におけるフライヤーの換装は埒外と相成ったのだ。
シルエットもフォースシルエットのみを念頭に入れてあるため、アムロ機はこの形態が通常と化した。
「頼んでいたモノはどうなってる?」
「ああ、頭部にレーザー機銃を設置させる件ですね。なんとかなりそうですよ、大尉のアイディアでそれほど手間はかかりません」
「僕のアイディアじゃない。前例があるから、それを引用したまでだよ」
アムロが注文をつけた一つに、頭部に武装ポッドを付けるというものがあった。かつていた世界のMS、ガンダムMk-Ⅱのバルカンポッドを参考にアムロ自身が設計した。
最初はバルカンポッドにしようかと検討していたが、フェイズシフト装甲などを考慮に入れて、急遽レーザー兵器に白羽の矢が立ったのだ。
「威力は出力の関係から精々戦車の装甲に穴を穿つ程度ですが、他の問題は概ねクリアーしてあります。連続で最大300発まで発射可能です」
「充分だ。それだけでも使いようはいくらでもあるから」
「質問があるんだけど、いいかい」
「…ハイネ?もういいのか、まだ寝てなくて?」
「よしてくださいよ、脳震盪なんて半日も横になれば充分だってのに、医務官が中々解放してくれなかったおかげで散々だ…FAITHになる前はこんなに待遇良くなかったぜ」
以前と同じ、凛とした顔立ちのハイネ・ヴェステンフルスが何時からか脇にたち、興味深そうに聞き入っていた。
額に巻いた包帯こそ目立つが、本人は本当になんでもないらしい。一応の原因はアムロによるのだが、「命と引き換えにこれで済んだんだ、文句言ったら罰が当たるぜ」とは本人の言である。
「で、なんなんだ。質問って」
「いやなに、せっかく様々な形態への換装を視野に入れた機体を、わざわざ一択に縛るのは何故かと思ってね」
「ああ、それなら単純な話さ。それで充分だからだ」
「……また随分アバウトだね。本部の技術者連中に聞かせてやりたいぜ」
「整備長にも同じことを言われたよ……それに、おれはカンニングしてるからそう言えるだけで褒められたもんじゃない」
ボソッと自嘲交じりに呟いたアムロの言葉は、ハイネ達には届かなかった。
『各乗組員へ!本艦はこれよりただちに発進します。搭乗員は速やかに持ち場に付いてください、繰り返します……』
艦内放送で流れるメイリンの声が、弛緩していた空気を張り詰めさせた。
俄然慌ただしくなった格納庫を早足で歩きながら、ハイネは訝しげに漏らす。
「発進だって?えらく急だな」
「…研究所があるという場所に偵察任務に行ったシン達に、何かあったのかもしれないな」
そのときである。格納庫の片隅から聞こえる声がアムロの足を止めさせた。
『――――――――――人は過ちを繰り返すぞ、アムロ。貴様はその罪業にいつまで立ち向かえる――――――――――』
「………なに!?」
アムロは、聞き違える筈のない声と久しく感じなかったプレッシャーに愕然と振り向いた。
『…ハロハロ♪』
しかし其処にはペットロボットがテンテン跳ねるのみで誰もいない。誰もいなかったのだ。
『アムロ、元気ダセ』
合成音しか洩らさないソレは親しげにアムロに近寄り、擦り寄るようにアムロの手の中に納まった。
「キサマは…」
「何してる!?先に行くぜアムロ大尉!!」
「あ、ああすぐ行く」
気持ちを切り替えるべく顔を振り、手の中のハロをポケットに仕舞い込むと、アムロもブリッジへと走り出した。
「シン…大丈夫?」
「……ルナこそ」
屋外の仮設テントで、青白い顔のルナマリアが声をかけてきた。他人の心配をする前に自分を心配しろよと思ったが、ルナマリアの心配げな声から、自分も似たような顔色らしい。
あちこちで忙しく立ち回る兵士たちの姿を見ながら、胸にわだかまるぶつける相手のいない怒りは消えるばかりか燃え上がる一方だった。
副長のアーサーから偵察任務を受けてからレイと二人でこのディオキアの施設跡に降り立った。
その後、施設の惨状にショックを受けたのか、レイが急に引き付けを起こし、慌てたシンがミネルバに救援を要請したのが事の発端だった。
小一時間ほどしたのちにミネルバが到着、医務室でレイが落ち着いたのを見て施設に踏み込んだのが……果たして何時間前のことだったか。
次々と施設から運び出される『遺体』が入った袋を目にすると、全てが麻痺してしまう。
シンは朝から何故か有頂天だった―――今は見る影もない―――ルナマリアを見やる。
「ルナ……アムロさんは?」
「まだ……施設に潜ってる。艦長に呼んでくるよう言われたんだけど、聞く耳持たず、ね」
「……どう、思ってるんだろうな、あの人」
「え?」
「同胞のナチュラルが、こんな……ひどいことをして、どう思うんだ?」
「シン……」
「だってそうじゃないか!あんな、コーディネーターは自然に逆らった、間違った存在だ!なんて謡いながら、自分たちのしてることはなんなんだよ!?悪魔の所業じゃないか!!!」
そこまで言ってシンはハッとした。これではアムロに対する陰口、八つ当たりもいいところではないか。
「ご、ごめん……別にアムロさんが悪いわけじゃないんだ。だけど……」
「いいのよ、シン。不満は吐き出したほうが、貴方らしいわ」
「……どうしたんだよ、ルナ。まるでお母さんみたいな口振りだぞ」
違和感バリバリである。
いつもなら、「なんですってぇ!!もう一回言ったんさい!!!」なんて蹴りとともに飛んできそうなのに、妙に、仕草といい、口振りといい、なんというか色っぽい。
不思議そうにルナを見つめるシンであったが……
<艦長! MS1機、接近中! 識別から”ガイア”と思われます!!>
「シン!」
「ああ、俺たちで行くぞ、ルナ!!」
行き場を失くしていた怒りを思う存分にぶつけてやる、とシンとルナマリアはMSに向かって走り出す。
そして、シンは出会う……
―時間は前後する―
深海に身を隠すアークエンジェル……そのお風呂場『天使湯』女風呂にて
ピンピロパレピン♪
「あら♪」
「?どうしたんだ、ラクス」
「ええ、『赤い彗星』さんからのログ通信ですわ☆」
――続く――