CCA-Seed_427◆ZSVROGNygE氏_02

Last-modified: 2009-03-21 (土) 17:23:00
 

失いし世界を持つ者たち
第2話「再会」

 
 

 艦橋にいた全員が、報告者に顔を向け、次いで私に視線を走らせた。
 その好奇心と薄ら寒さを混ぜ合わせた視線に対して、私は報告の中身を受け止めることに追われて特別な反応を出さなかった……と思う。

 

「……トレースしろ。ただ、先ずは接近する連中に対応する必要があるだろう。リゼルをスタンバラせろ、ジェガンよりも早く対応できる。ぐずぐずするな! 通信手!第1戦闘配備命令はどうしたか!」
「了解!!」
「直ちに!!」

 

 部下は慌てて作業に取り掛かる。
 あの新聞が発売されて数日、私はどこか上の空であった。
 その人間が突然いつもの調子に戻るのだ。驚くのも無理はないだろう。

 

「時間がない、戦闘ブリッジは使わないで対応する。火器管制解除、砲撃用意。以後不明機を左からα1、2、3と呼称する!!」
「火器管制解除、砲撃用意!!」
「リゼルで左右から追い込んだところを、主砲で撃ち落とす!」

 

 ……いずれにせよ、部下に対する責任は果たす必要がある。
 仮に戦闘になっても負けはしないだろうが、この状況では人的な被害を受ける可能性は大いにある。

 

「リゼルR1、2、カタパルトスタンバイ完了」
「よし、発進させろ。パイロットには作戦を通達しておけ」
「了解!」

 

 両舷カタパルトから、RGZ-95『リゼル』が勢いよく飛び出す。
 まず左にR1・R2が、続いて発進したR3・R4が右に向かい、所定の位置へ展開していく。本艦所属のリゼルは4機。数の上で有利だ。

 

「司令、ミノフスキー粒子は散布しなくて宜しいのですか?」

 

 先任参謀のトゥースが具申してきた。艦隊所属の将兵は、私のことを「艦長」と呼ぶことが多い。
 しかし、司令部要員の連中は律儀に私のことを「司令」と呼ぶ。
 『ロンド・ベル』が『第13独立機動艦隊』に再編され(それでも、我々を『ロンド・ベル』と呼ぶ連中は多い)、部隊と司令部機能が拡大しても、私は司令と旗艦艦長を兼任していた。これは多分に政治的な事情が背景にある。
 1年戦争以来、ペガサス級やテンプテーション級、アーガマ級、ネェル・アーガマ、そしてカイラム級と、一貫して軍に所属する船の指揮を執り続けた私は、既に現人神のような扱いを将兵や世間から受けている。
 例えばグリプス戦役において、エゥーゴのジャブロー降下作戦後、参加パイロットを宇宙に返す際に、ケネディ宇宙センターで任務成功を不安視した兵が、回収するアーガマの艦長が私だと知ると顔を輝かせ、戦闘しながらでも大気圏離脱シャトルの回収をしてくれると、本気で信じたらしい……実際に何度か実行することにはなったが。
 そのうえ最近では「アムロ・レイとともに世界を救った英雄」とまで言われる始末だ。
 言われる方の身になってみろ、恥ずかしい。

 

 ……そんな事情から、私を艦長職に置くことで将兵の士気を高める、という目論見があった。
 もちろん、もうひとつの事情もある。
 艦長職を続けさせて准将より上に昇格させない、という上層部の意志だ。
 私は艦長職にはそれなりに誇りと愛着を持っていた。また一般論として、40代初めで準将官の扱いは充分であろうし、退役することも考えていたので、上層部の思惑はそれほど気にならず、また艦隊勤務であれば広報の指示でパンダにならなくともいいので、兼任という措置は精神衛生上ありがたかった。

 

「……いや、不明機のデータを収集する必要がある。それに宇宙空間ではないから、このタイミングで散布しても決定的な効果はないだろう。おい、後続は出せるか?」
「下駄の準備に少し掛かるようです」
「よし、各艦にも準備ができしだい出させろ、但し後部ハッチからだ。出撃する直後に狙われる危険性がある」
「了解!」
「艦長!敵機の速度が上がりました! リゼル隊が挟撃するよりも早くこちらに接敵する可能性があります!」

 

 こちらに気づいた……にしては妙だな。
 連中は我々を攻撃する気でこちらに来たはずだ。それなのに迎撃機を確認してから速度を上げるとは。なぜ最初から全速で接敵しなかったのか。
 不明機の行動に違和感を持ったが、深く考えている時間はない。

 

「主砲開け!当てなくていい。まずは威嚇砲撃で敵を誘導し、十字砲火に誘い込む。同時に対空砲並びに回避運動用意! 以上各艦に知らせ! データの収集は忘れるなよ!」
「了解! 主砲砲撃開始、威嚇砲撃のため、命中不要、目標正体不明機周辺!」
「てっー!」

 

 命令後、ラー・カイラムをはじめとした各艦から、光の矢が放たれる。
 いくらMSが、対艦攻撃力に優れようとも、武装を強化しようとも、直撃さえすればMSの装甲では戦闘艦の有する武装の攻撃力には耐えられない。
 要はMSと艦艇を効率的に連携させて敵を撃破すればいい話だ。今回は敵の速度を見誤ってしまったが、次に生かせればいい。
 回避した敵の動きをみると、先に感じた違和感が再び生じた。連中はこちらを攻撃するつもりではなかったのだろうか。
 最初の一斉射の後に、編隊を崩して散開するまではわかる。こちらは泳がしてから沈めるつもりだ。ゆえにミノフスキー粒子が存在していないが、精密射撃をしていない。ところが向こうは最大速度で接近してこないで、一瞬だが静止した。
 しかし接近していたのは間違いない。どういうことだ。

 

「艦長、カメラ内に敵機を捕捉、画像解析を開始します!」

 

 思考することを報告が遮った。新たに表示されたパネルに視線を移す。ミノフスキー粒子の影響もないので、すんなりと解析は終わった。
 しかし、首をかしげざるを得ない画像が浮かんできた。

 

「ジオン系……ですな」

 

 メランが自信なさげに言葉に出した。私に意見を述べたというより、私と同様の疑問を感じたからかもしれない。
 機体はモノアイを使用していていることから、間違いなくジオン系であろうことは推測できる。
 地上の連邦正規軍でモノアイを使用する機体は、もはや現在のところハイザックくらいである。
 5年前の軍縮で地上軍は大規模な再編を行った。アッシマーなど、旧ティターンズや連邦地上軍で使っていたモノアイ系の機体は、安価なアンクシャとジェガンの混合編成か、リゼルにモデルチェンジしている。ハイザックにしたって、一部の地方部隊で旧ジオンの接収機を使っていたような部隊へ配備されたはずで、この地域に配備はされていないし、
 そもそも改造したところで、単独で飛行して空軍力を補えるほどの速度を出せるような可能性に満ち溢れた機体では断じてない。
 ジオン系ではあるようだが、不明機は何を原型にしているのか全くわからない。頭部が白銀ベースの配色で、胴体は紫色である。挙句にご丁寧に鳥みたいな翼が背中に付いている。
 ネオ・ジオンが運用していた『ザクⅢ』ではないかという回答が一瞬よぎったが、すぐに打ち消した。あれは重MS全盛時代の花形機、あれを飛行させようなど誰も考えないだろう。SFS(サブ・フライト・システム)が安価に供給できる時代に、わざわざ改造などする必要がない。テロリストなら他に使う資金があるだろう。

 

「完全な新型機だというのか?」

 

 私はメランの言葉に反応するような形で、湧き上がる心情を吐露した。
 しかし、SFSも使用せずに運用できる新型機なら、なぜ事件が収束した時期に投入するのか、この疑問がわき起こる。しかも、これだけ他の機体系統から違う機体をゼロから作るとは……背後関係や人脈からして、妙なものを感じた。
 オペレーターの報告は、再び思考を中断させる。

 

「後方からリゼルが接敵します!!」

 

 散開した不明機は三方に分かれたが、左右に展開したそれぞれに挟撃できずに戻ってきたリゼルが2機ごとに背後から仕掛けた。
 私はパイロットに対して普段から一対一で戦うことを非常の場合を除いて禁じている。アムロ並のベテランパイロットであれば話は別だが、戦闘行為において人的損害は可能性も含めて減らす配慮はすべきなのだ。
 背後からの接近に気づいた不明機は、砲撃を避けつつ大きく円運動し、第1撃をかわして反撃する姿勢を見せた。だが双方ともに時間差をつけた第2撃で、α1は撃墜され、α3は損傷してバランスを崩した。

 

「よし、α3に精密射撃!撃ち落とせ!」
「各艦、精密射撃始め!」

 

 バランスを戻したα3に、メガ粒子が叩きつけられ、α3は落下することなく光球と化した。
 残ったα2は、α1が撃墜された段階で戦意を失っていたらしく、砲撃回避に専念しつつ、離脱を始めている。

 

「よしっ!!」

 

 艦橋の雰囲気が明るくなる。

 

「砲撃中止! 艦長よりMS隊へ。追わないでいい、それより艦隊を直掩しろ。観測員は、α2をトレースしろ。
 おそらくミノフスキー粒子でロストするだろうが、逃亡方向は今後の掃討作戦を行う上で重要なデータとなる」
「「了解!」」

 

 今後を踏まえた指示を与え、勢いでガンダムについて確認しようと考え、観測員に尋ねた。

 

「観測員! νガンダムはどうなった!」
「健在です!どうやら我々と同じ相手を撃退した模様です。レーダー手からの報告では、ガンダムと行動しているのは艦船である模様です!」
「艦船だと!?所属は不明だったな」

 

 さすがに戦闘中は部下も表面上は好奇心の色を出さないで、事実を端的に報告する。
 この報告で、私はどこかで期待していた自分を心の中で笑い、安心すると同時に、友人の墓を掘り起こされたという怒りの感情が湧き上がった。

 

「所属不明艦の位置は?」
「モルッカ海峡を東に向けて航行中です」

 

 既にモルッカ海峡に入っているなら、アラフラ海にいる我々としては、進路を北上し、ニューギニア西部を縦断するルートを採る必要がある。
 それを行うとダバオへの到着が遅れるが、他の部隊に任せるわけには……ん、他の部隊?

 

「おい!ダーウィン基地はどうした?」
「それが……戦闘開始直後から通信が繋がりません。それどころか、近隣の連邦軍部隊並びに基地のすべてが通信途絶しています」
「なんだと!?」
「通信機器の故障ではないのか?だいたい、ミノフスキー粒子はないんだろ?」
「いやメラン、通信機器がいかれていれば先の戦闘で支障が出るはずだがまるでない。これは……」

 

 どういうことだ?周囲は先ほどの昂揚感に冷や水を掛けさせられたように沈黙している。

 

「艦長、明らかに異常です。事態の把握のためにも、とにかく計器類の再チェックはすべきです」
「司令、アデレードのグッゲンハイム大将に回線をつなげてみては?」

 

 雰囲気を見て、メランと新任の若い参謀の1人が、それぞれ善後策を提示するが、どちらも建設的な内容には聞こえなかった。
 確認はすでに戦闘開始前にしている。少なくともあの嵐に遭遇した直後の状況で、手を抜く将兵はウチにはいない。そのくらいは部下を信用している。
 後者は個人的な心情を置いても、問題外だ。確かにすぐに連絡可能な、参謀本部の将軍である。しかし、基地を含めて周辺と回線がつながらない状況で、彼に通信がつながる保証は何もない。また数日前の一件からも、無能ではないだろうが有事に即応できるとは思えない。今回の嵐における失態を聞けば、喜び勇んで私の解任を通知するだろう。
 私はこの若い参謀の給与査定表にマイナスの横棒を引きながら、先ほどからずっと抱いていた違和感がもたげてきた。

 

 正体は先のメランの言葉で気がついていたが、その違和感は解けることなく、しこりとなっている。
 なぜ連中はミノフスキー粒子を使わなかったのだろうか。
 我々は突然の接近を許したが、それはあくまで我々全員が気絶しているという、本来ありえない状況であったからだ。
 つまり、不明機はミノフスキー粒子も散布せずに、連邦軍の対空監視網が敷かれている空域で、この太陽の下で呑気に飛行していたことになる。
 その行動はマフティーという象徴を、法治国家にあるまじき所業で処刑した我らが地球連邦政府に対して、復讐を公言する怒りに燃えたテロリストの行動とは程遠い。
 見境を失っているのであれば、なおおかしい。カミカゼ覚悟の攻撃なら、こちらの迎撃に反応する必要がそもそもない。ましてや僚機撃墜で撤退している。
 この矛盾が解決できない限り、この違和感は解けそうにない。ゆえにより情報を収集する必要がある。

 

「いや、どちらも必要ない、むしろ展開しているリゼルを周囲の索敵にあたらせよう。直掩はジェガンでもできる」
「了解しました。それでは……」
「艦長!」

 

 メランの応答を遮り、オペレーターがホラー映画を見て絶叫するような声をあげた。

 

「なんだ?」

 

 メランは不機嫌をあらわにして、オペレーターに顔を向けた。

 

「それが……νガンダムより通信です! しかもこれは……10年前のロンド・ベルの暗号回線です!!」
「っ!!」

 

 人間は本当に驚くと、かえって反応ができないというが、いまの艦橋いる面々がまさにそうだ。
 しかし、それが意味することが、各々に伝わったとき、明確に恐怖という感情が顔に浮かび上がり始めた。

 

「……回線を繋げろ」

 

 そのとき、どんな顔をしていたのだろうか。
 少なくとも画像に出た男の顔を見た時、私は喜びよりも心霊現象に遭遇した心境であったことは確かだ。
 彼によると「オトッチャンの白目がそんなにあるとは思わなかったと」後に茶化して話してくれた。

 
 

『応答してくれ。こちら、地球連邦軍新興外郭独立部隊ロンド・ベル、MS部隊隊長アムロ・レイ大尉だ。
 ……やはり、ブライトだったか』

 
 

 画面の男は、10年前に行方不明になったときと全く変わらぬ、私が失った若さのままで、あの柔和な笑みを浮かべて、私を見ている。
 ハサウェイを喪って数日……数日で私の感情がこれだけ揺り動かされるのは、一年戦争以来ではないだろうか……