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Last-modified: 2010-05-01 (土) 09:15:40

~宇宙・某宙域~

 

 一隻の戦艦が、ゆっくりと、暗黒の海を進んでいた。
 地球軍の船であった。
 ザフト系の戦艦にはない機械的なフォルムをもち、グレーのカラーが特徴的な戦艦だ。
 艦の名前は、“ガーティ・ルー”。 地球軍第81独立機動軍に所属する宇宙戦艦である。
 艦が向かう場所は、L4宙域に存在する、“アーモリーワン”。さる任務のための航行であった。
 女が、窓の向こうにあるコロニーを、複雑そうな表情で見つめていた。
 赤い長髪を蓄えた美小女であった。
 いや、美少女‘だった’と言った方が、正しいのかもしれない。
 彼女の体、特に右側は、凄まじい火傷の後が目立っている。見たところ、前大戦の時負ったもののようだ。
 この時代、その傷くらいなら消すことは可能である。しかし、彼女はそれを決してやろうとしない。
 白が特徴的な軍服に身を包んだ彼女は、小さなため息をつきながら、外に目をやったままである。
「なにを黄昏れているんだい、お嬢さん」
 優しく、彼女に声が掛けられ、彼女は振り向いた。
「ファブリス大尉!」
 彼女は慌てて敬礼した。彼女の前には、柔和な表情が似合う茶髪の青年が立っていた。
 ここ何週間か前に、彼女のいる隊に配属された人物である。
「そう堅くならなくても良いよ、セリナ中尉」
‘ファブリス’、‘セリナ’。
 この部隊の中で、二人はこう名乗っている。
 これが本名ではなく、仮に与えられたものであると、本人達も分かっていた。
 しかし、実のところ本当の名前は分からないので、実質本名のようなものである。
 ファブリスは彼女の横に流れ、手すりに腕をかけて体勢を整える。そして、彼女が口を開いた。
「こえが」
「ん?」
「声が、聞こえるんです」
「声が?」
 時折、宇宙にいると頭に響くのだという。
 自分と同年代の少年の声で、自分の本当の名前を呼んでいるらしい。
 しかし、少年の顔はおぼろげでハッキリと見えず、声もまた、よく聞こえない。
 少年の名前も、思い出せない。
 でも、その人物が自分にとって大切な人で、その声が聞きたくてたまらない声で、忘れてはいけないと分かっている。なのに、その少年のことを全く覚えていない。
 彼女はそう言った。

 

 ファブリスが彼女の横顔を見ると、頬に一筋の涙が流れていた。
「……わからないではないな、俺も」
「大尉もですか?」
「ああ。大切かって聞かれれば、逆だと思うが」
 彼自身、何か大切なものをなくしているような気がしてならないときがある。
 それは部屋の中であったり、トレーニングルームの中であったりと様々だが、
 特に顕著なのが、
‘コクピットの中’だ。
 与えられたMSの訓練をしている最中に、必ずと言って程ソレは訪れる。
 男の声で、呪詛さながらに彼の頭にこびりついて離れない。

 

~『私……が粛正し…………………!………!』
 誰だ?
~『貴様こそっ、………を無駄に………………と何故気づかん!』
 誰だ!?
~『……は、私の……………れるかもしれなかった女性だ!』
 誰なんだ!

 

「あの、大尉? どうしたんですか? 恐い顔を……」
「え!? あ、すまない」
 いつの間にか、彼の顔が歪んでいた。
 思い出したくないのか、思い出したいのかどうか定かでないが、あまりいい思い出でないことは間違いない。
 気まずい雰囲気となったのを彼は一瞬後悔したが、運良く助け船(?)が現れた。
「「セリナ(お)姉ちゃん!」」
 廊下の向こうから二人の少年少女が、彼女めがけて突進してきた。
 水色の髪を短めにそろえている少年と、柔らかな金髪をたなびかせる少女だった。
 彼らは、今回ファブリスらが参加する作戦の要であるエクステンデッド、
 アウル・ニーダと、ステラ・ルーシェであった。
 彼らは、もうアーモリーワン潜入用のシャトルに入っていなければならない時刻のはずではないか。
「アウル、ステラ! どうしてこんな所にいるの!? 作戦時間まであと少しじゃない!」
「ネオが出発前にあいさつしとけって」
「うん! ネオが言ってたもん!」
 またあの人か、とファブリスがぼやく。
 ネオ・ロアノーク。
 地球連合軍第81独立機動群『ファントムペイン』の指揮官である。
 普段は軍務に忠実な人物で、気さくな性格もあって好感が持てるのだが、
 エクステンデッドの3人に対し何かと甘いところがあるのと、
 あの奇妙な仮面が欠点だった。特に、ファブリスはあの仮面が苦手だった。

 

-頭に響く声と、何か関係があるのだろうか?

 

 『噂をすれば影』という言葉はどうやら本当らしい。
 アウル達が現れた角から、仮面の男が顔を出す。その姿を見るや、ファブリスは顔をしかめた。
「いい加減慣れてくれないかなぁ、大尉」
「そうしたいのはやまやまですが、その仮面が僕にはどうも……」
 彼が仮面を外してくれればいうことはない。でも、
「コレは上から『外すな!』って言われてるんだって。俺も納得できないけど」
 彼は仮面をポンポンと叩きながら言う。
 彼曰く『この間女性クルーが気味悪がっていたのを聞いちまった』らしく、外すことを何度も考えているらしい。
「っと」
 一呼吸入れたネオの言葉の奥底に、ほんの少し冷たいものが混じる。
 ネオの表情の変化は微細なもので、つきあいの長い人間でないと完全に読み取るのは難しい。
 しかし、一番新参であるファブリスが、実行に移すのが一番早かった。
 ネオとは別の意味で気味悪がられているのが、彼だ。
『相手の気持ちが分かっているとしか思えない』
 ガーティ・ルー内での彼の評価の一つである。
 彼は、クルー全員のその時の機嫌や、
 考えていることを大まかではあるが把握しているとしか思えない行動をとることが多々ある。
 時には、相手が表情にも声にも出していないのに、意中をくみ取ったように動くこともあるのだ。
 ファブリスは、アウルとステラの背をポンッと、軽く押した。
「行け」
 と、その目が語っている。
 アウルとステラは頷くと、ネオの言葉を待たずに、廊下の向こうへと消えていく。
「無事に帰ってきてくれれば良いんですけど」
 セリナが、彼らに聞こえない程度に言った。ネオとファブリスも、無言で頷く。
 ファントムペインのみならず、地球軍内において、
 エクステンデッド達は人間扱いされず“生体CPU”と、パーツとして扱われていた。
 無論、強化人間として育てられる時点で、人権だの何だの言えなくなっているのは確かだ。
 しかし彼らは、アウル、ステラ、スティングの3人には、少しでも暖かく接しようと誓っていた。
 偽善・欺瞞。
 そう言ってしまえばお終いかも知れない。
 そう言えない立場にいることも、理解しているつもりである。
 けれども、道具としての人生しか許されない彼らを人間らしく想ったって、いいだろう。
 彼らとの間にある“絆”に近い感情が、たとえ作られたものなのだとしても。

 

 明日は10月2日。
 また、世界の歯車が狂う。

 
 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第3話

 
 
 

 L4に浮かぶ、軍事工廠コロニー“アーモリーワン”。
 その一角にある演習場で、4機のMSがにらみ合っていた。
 正確に言えば、1対3という、片方が極めて不利な条件に置かれている。
「ガンダムタイプ、そしてザク、か」
 シャア・アズナブルは、模擬戦の相手である3機を見て、思わず呟いた。
 シャアのいた世界において、決して相容れることのなかった、「ガンダム」と「ザク」。
 それが、仲間として肩を並べている光景は、奇妙でもあり、またおもしろくもあった。
「見せてもらおうか、C.Eのガンダム。そしてザクの性能とやらを!」
 シャアは、思わず叫んでいた。
 今、自分が30の境を越えた、いい年をした大人であることなど、今の彼の念頭には無い。
 ただ純粋に、あの少年達の力を見てみたい。そう思っていた。

 

 ビィーッ!!

 

 始まりを告げるブザーが鳴った。
 まず先手を切ったのは、トリコロールの色が映えるガンダム、『インパルス』だった。
 機動戦闘向きと見えるバックパックを背負ったインパルスは、模擬戦用ビームサーベルを抜き、
 身構えたと思った次の瞬間、爆発的にスピードを上げて突進してきた。
『てやあぁぁぁっ!』
 いかにもシンらしい攻撃の仕方である。
 そういえば、先日の模擬戦も同じような攻め方だった。が、あの時よりもすこし勢いが緩い。
「さて……」
 シャアはザクを大きく真上へとジャンプさせた。
 この間とは違い、シャアザクには今回‘ブレイズウィザード’が装備されている。
 その装備の性能確認のためのジャンプでもあった。
「‘重い’な」
 ジャンプの初速と、高度が二回りほど強化されているのが、わかる。
 しかし、重量が増している分、落下へ移るまでの短さと、自由落下の速度も上がっている。
-デメリットがメリットを殺している
 シャアのブレイズに対する評価だ。
 重力の影響が低い月面や宇宙空間ならまだ実用するに問題はなさそうだが、
 あの地球の重力下において、この装備はデッドウェイトとなりかねない。
 それに、重い分だけ接近戦時の小回りも出来なくなる。
「スラスターのみのバックパックは無いのか? ……む!?」
 その時、シャアは放たれる二つの殺気を感じ取った。
 目下のインパルスでなく、向こうに見えるザクからである。
 シャアザクと同じく、ブレイズを装備した白いザクが、背中のミサイルポッドを開き、
 シャアザクと同じ赤を纏ったルナザクが、その手に持った巨大な砲塔を此方に向けている。
「やはりコレが狙いか」

 

『てええぃっ!』
 ルナザクの砲塔から、大きなペイント弾が放たれる。
 シャアは、一瞬だけバックパックのブースターを最大出力でふかし、空中で制止した。
 シャアザクの股の間をペイント弾がすり抜け、演習場の外まで飛んで行く。 弾は格納庫の間をすり抜け、地面へと着弾する。
 角度が悪かったのか、辺り一面にピンクの花が咲き、
 数機の哀れなジンと兵士達が全身を桃色に染めていた。
『かわした!? ……レイ!』
 ルナマリアが叫ぶ。
 それとほぼ同時に、レイのザクはミサイルポッドから数多のミサイルを発射し、
 シャアが着地すると踏んだポイントにミサイルをたたき込む。
 着弾した箇所には爆煙があがり、辺り一面を覆い尽くし、シャアの視界を奪った。
「煙幕か、考えたな。……だが!」
 シャアは少し感心したが、二人がある大事な何かを意識していないことに、少々呆れもした。
 彼はその巻き上がる煙のど真ん中に着地し、レイとルナはここぞとばかりに、
 着地したと思われる箇所にビームライフルと巨砲のペイント弾を打ち込んだ。
 しかし、
「お友達を放っておいていいのかね?」
『『え? ……!? ああ!』』
 打ち込んだ先で、シールドを構えていたのは、シャアのザクではなく、シンのインパルスであった。
 シールドで胴体や頭部を守ったものの、右腕部やバックパック部分に被弾していた。
 シャアザクの姿は、もうそこにはなかった。
 着地した瞬間。シャアは煙を大きく巻き上げない程度に、機体を横へ滑らせたのである。
 シャアザクの後ろに回っていたシンは、それを追おうとした。しかし、煙の向こうから弾丸の雨あられ。
 で、この結果ある。
 模擬弾がヒットしたことで、OSは機体が被弾したと判断し、それより先の部分は動かなくなる。
 つまり、右腕が味方に殺されたわけだ。
『レイ! 左前方!』
 しかし、そんなことを怒る余裕は無かった。
 レイザクの左モニターには、すでに赤いヤツがビームトマホークを片手に、
 灰色の煙を突き破ってその姿を現すのが見えた。
『チィッ』
 早すぎる。
 少なくとも、ザクのデータからみれる速度では、まだ煙の中にいるはずなのだ。
 しかし、もうすでにヤツはいる。
(……まさか!?)
 この演習場には、基地内等の障害物が混在する場所での戦闘を考慮して、
 至る所に大小の障害物が設置されている。
(まさか、その障害物を飛び跳ねながら移動したというのか? YOSHITUNEじゃあるまいし!)

 

 機体を反転させる時間も残っていないようだとレイは判断すると、
 即座にビームライフルを左手に持ち替え、迫るシャアザクめがけ放つ。
 だが、
「甘いなっ!」
『なっ!?』
 シャアザクはまたも予想を超えた動きを見せた。
 前のめりになるように、跳ねたのである。
 レイザクの放ったビームを、シャアザクは顎の下、胸の前、股の間と、
 ビームを空中前転でかわすという、前代未聞の方法で避けたのだ。
 レイ本人のみならず、それを見ていたシンとルナ、
 そして演習場の周りにいた兵士達からも、驚愕の声が上がった。
 シャアザクはその勢いを殺さぬまま、レイザクの懐に飛び込むと、がら空きとなっていた脇腹に蹴りを入れた。
『ぐああぁっ!』
 かつて味わったことの無い衝撃に、レイは思わず声を上げていた。
 レイザクは宙を舞い、ルナザクの横を通り抜け、地へと倒れ込み、その後ぴくりとも動かなかった。
 レイは気絶したのである。
 一方、シャアザクは蹴った衝撃を利用し障害物の一つに降り立った。 
『レイ!』
『くっそぉおおお!』
 インパルスが、残った左手で腰のライフルを手に取ると、シャアザクめがけ乱射する。
 レイが戦闘不能となったことに逆上し、完全に冷静さを失っている。
(……エリートといえどまだ子供か)
 シャアはライフルから放たれる弾丸を、障害物から障害物へ次々と飛び移ることでかわしてゆく。
 ペイント弾をくらったことで機動性が死んだインパルスの傍らにあっという間に近づいた彼は、
 インパルスのライフルをたたき落とし、トマホークをコクピット部に直撃させる。
 インパルスのモニターには『Defeat』の文字が赤く浮かび、インパルスは力が抜けたようにガクンと姿勢が崩れた。
……ガァンッ
 通信機越しに、シンがコクピットのどこかを悔しさのあまり叩いた音が聞こえるが、
 シャアはすでにルナザクへ標的を変えて移動していた。
 ルナザクからは戦意と言えそうな感情が欠落しているのが感じられ、
「(仲間がやられたのが堪えたらしい)」
 シャアがトマホーク片手に迫り来るのを、ルナザクはただ黙って待っているかのように見えた。

 

 その時だった。

 

『いやあああぁぁぁぁっ』
「……何!?」
 ルナザクが急に姿勢をかがめたのだ。
 トマホークは宙を切り、ルナザクは右足を軸にして自身を時計回りに回転させ、
 巨砲オルトロスを棍棒のようにシャアザクにたたき込んだ。
 無意識下でとっさに行ったことだったこともあり、シャアは予想外の動きに驚愕した。
 反応したときはもう遅く、オルトロスの砲身はシャアザクの横っ腹にクリーンヒットし、
 コクピットの中でシャアの体は揺れた。
「……ええぃ!」
 ぬかった。
 しかし、その一撃もシャアの勢いを覆すには至らなかった。
 空中で姿勢を立て直したシャアはライフルを取り出し、ルナザクのがら空きになった胴に2、3発ペイント弾を打ち込んだ。

 

~十数分後

 

 シャアは、格納庫でメンテナンスを受けているシャアザクの傍らで、シン達のアカデミー時代の資料に目を通していた。
 先の結果がシャアからすれば酷いものだった故に、編成や戦術等の変更を考えるために借りてきたのだ。

 

-シン・アスカ。
 彼の突出しがちな所は、初めのうちは若さ故のものだと思っていた。
 カミーユ、カツ、ギュネイらの顔が一瞬浮かぶが、シンのそれは若さとはまた別のものなのではないかとも言えた。
(何かに焦りを感じているのか、彼は)
 特に、初めて模擬戦をやったときに感じた感情に、それがあったのだ。
 かわされた。当てられた。そういうときに顕著に表れる。
 自分がまだ弱いと感じたときに限って、彼は焦り、攻撃的・直情的な部分が悪化する。
 ただ、評価できるのは、近中遠どの距離でも遺憾なく力を発揮できるタイプであることだということだ。
 それ故、インパルスに選ばれたのだろう。

 

-レイ・ザ・バレル
 彼は及第点と言えるものではあった。しかし、どこか自分に踏ん切りを付けているのが、会ったときの第一印象だ。
 そして、ポーカーフェイス故に仲間内に知られていないようだが、この少年もなかなかの激情家である。
 先の戦闘の折、シンに攻撃が当たった才の彼の感情の起伏が激しく上下したのだ。
 静かに怒りを爆発させるタイプなのだろう。
 また、味方や敵の位置関係を瞬時に理解するのが得意らしく、成績にもそれが表れていた。
 接近戦は苦手なようだが、砲手には最も適しているとも言える。

 

-ルナマリア・ホーク
 この少女はなぜガナーを装備しているのかわからない。
 アカデミーでの射撃(人、MS両方)の成績は低く、ワザと向いてない装備をしているとしか思えなかった。
 だが、MSのバランスを取る能力。
 つまり、重量のあるモノを振り回したときなどのバランスのずれを直感で修正する事が出来るようで、
 先の戦闘でのアレもその一つだったのだろう。
 アックス、ランスといった、サーベル以上に扱いにくい接近戦兵器で戦うなら、シン以上に力を発揮するタイプだ。

 

 まだ彼らは16~7。磨けばまだまだ輝く余地はあろうが、シャアはどこか心に引っかかるものがあった。
 それは、3人に共通しており、成績など紙面からでは分からないものだった。
 彼らのの思念の中心には、必ずと言っても良いほど邪気が混じっているのだ。
 かつて、自分も持っていた感情であるだけに、
 彼らのその感情の大本がなんなのか気になって仕方なかった。

 

「………『復讐心』、か」
 シャアは、どこか悲しげにほの暗い宇宙を見上げる。
 この時、わずかな邪気がこの場所に近づいていることなど、彼はまだ知らなかった。

 
 
 

第3話~完~

 
 
 

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