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Last-modified: 2010-11-12 (金) 00:47:38
 

~大西洋(たいせいよう)連邦、旧カナダ行政区、エルズミーア島北部

 

フィヨルドがいくつも点在するこの島のとある入江に、アークエンジェルが隠れていた。
ブリッジには、キラ、マリューらが集まり、皆沈んだ表情を見せていた。
〈先月、オーブ首長国連邦と大西洋連邦との間に結ばれた条約について、
 国内、そして各国在住のオーブ国民等による抗議がオーブ政府に寄せられており……〉
「軍事同盟は避けられるはずじゃなかったの!?」
マリューは艦長席の肘掛けを叩き、呻いた。
ブリッジのマルチモニターには、各国で放送されているニュース映像が流されている。
~オーブが、連合と手を組むこととなった。
そのニュースは、マリュー達の度肝を抜くには十分だった。
ノイマンやチャンドラも自分の席からモニターを見て眉をひそめている。
「カガリさんだって言ってたじゃない、条約の条項をいくつか変えられそうだって」
信じられることでは無かった。襲撃のあった日、カガリが嬉しそうに、
ユウナの尽力で条約締結に待ったをかけられると語ったのを聞いたのだ。それなのに。
こんな空気の中でも明るく振る舞っていたバルトフェルドがいないことは、
彼らの気を重くするのに拍車をかけていた。
しかし、このブリッジにいる人間達の中で唯一、顔色一つ変えない人間がいた。

 

キラ・ヤマトである。

 

「キラ君、貴方は…?」
キラは、マルチモニターの数多くのモニターの中で、ひときわ派手に光を放っている部分を見つめていた。
『勇敢なるZAFT軍兵士のみなさ~ん!』
露出が多く、ピッチリと体に密着して体のラインを強調する衣装を纏った、ピンク髪の少女。
ラクスそっくりの少女が、コンサートを行っている最中だった。場所は、ディオキア。
地中海方面のZAFT兵の慰問コンサートのライブ映像である。
「マリューさん、かわいいと思いませんか? この子」
「……!? そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!」
マリューは声を荒げた。
ラクスとバルトフェルドは一週間以上経った今も帰って来る気配が無く、
ただ、ラクスが合流地点だと言った、大西洋連邦の片隅で、ひっそりと隠れているしかない。
その現状に、彼女はイライラしていたのだ。
「それに、‘そのラクスさん’はニセモノでしょう!
私たちは、ホンモノの彼女を待ってなきゃいけないの!」
「…………」
キラは、無言で彼女をにらみ返し、
彼女はキラの様子がおかしいことに逆に戸惑って、
「キ、キラ君?」
「……戻ってきませんよ、彼女は」
キラは吐き捨てるように言った。
「……! 何を言ってるのよ!」
「仮に、ラクスが戻ってくるとして、もう十日ですよ!? いくら何でも遅すぎだ!」
「きっとすぐいつものように帰ってくるわ」
「嘘だ! だって、バルトフェルドさんからも何も連絡がないじゃないか!」
確かに、おかしかった。
二人が発った後、バルトフェルドは定期的にアークエンジェルにメールを送ってきて、
ラクスの安否について報告してきていたのだが、ある時点からプッツリととぎれていた。
それに、
「第一、都合がよすぎだよ。
僕らが出港してからなんですよ、オーブの立場が急転していったのは」
「いや、さすがにそれは偶然じゃぁ……」
「偶然じゃないんです!」
キラはブリッジのコンピュータから自室の端末に接続し、
端末でクラッキングして手に入れた画像を映し出す。
「これは……!」
「どうみても僕らでしょ?」
アークエンジェル、それも、上空から海中をすすむ姿を映したものだった。
「場所からみて、僕らが出港する時間ちょうどに、ハンガー入り口の真上から撮っています。
と言うことは、アークエンジェルがこの時出港するって知っていた人間しか、
この写真は撮れないんですよ」
「それはさすがに言いすぎよ、キラ君」
「……何処の誰が、好きこのんでMSが攻めてきた所で写真を撮るんですか!」
「そ、それは」
「よく考えてみてください。あの戦争が終わって、ここに住んだとき、
まだあの別荘の周りには殆ど人なんて住んでいなかった。
でも、僕らが来た直後に、どんどん人が増えていきましたよね?」
近所に人が増えて、寂しいと思わなくなったのも、一年半前。
近所と言っても、別荘近くの丘の上であるが。
「あそこの人たちからすれば、足下の大きな家が襲撃されたんですよ。
それだというのに、誰一人見に来ることもなかった。
普通なら、野次馬みたく遠巻きに壊れた家を見たりするもんでしょ!?」
不気味だと思った。
まるで、破壊されることも、出立することも全部知っていたみたいに。
誰一人、キラに反論できなかった、いや、反論する術も無く、ただ聞くしかなかった。
「今回だって、ラクスは出かけると言ってここを待ち合わせにした。
変だと思わない? ここは、大西洋連邦なんだよ?
もしも、……もしもだよ。ラクスが大西洋連邦と繋がってるとすれば」
「バカな事言わないで!」
マリューは思わずキラの上腕を掴んでいた。
ブリッジの皆は、言葉を失い、二人を見つめている。
「ラクスさんが……私たちを嵌めて、戦争に巻き込むつもりだって言いたいの?」
「ええ、そうです」
「だって、ラクスさんは…キラ君の…」
「僕だってこんな話信じたくありませんよ!
でも、そう考えるしか無いじゃないか!」
キラの頬を、涙が伝っていた。マリューははっとなって彼の手を離し、
「マリューさん、ここはもう離れた方が良いと思います。
彼女が戻ってくるとしても、もう危険だと思いますよ」
キラは、フラフラとブリッジを出て行き、後に残ったのは沈黙だけだった。

 
 

数時間後、もぬけのからとなった入江にMS部隊が攻め込んでいた。
MSのパイロットの中には、キラ・ヤマトうり二つの少年がいたというが、定かではない。

 
 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第14話

 
 
 

~旧グルジア行政区、ディオキア

 

青く澄んだ空、銀色に光る海、真っ白な雲と砂浜、そしてグレーの鋼鉄の床。
ミネルバは、ガルナハンを歓声に送られながら出立すると、
ディオキアに構えたZAFT軍基地に入港した。
「綺麗なところですね…」
アスランはタラップを降りて基地の高台から、
ディオキアの街を見下ろし、隣に立っていたシャアに言う。
「そうだな」
シャアは素直にそう思った。
自然もそうだが、旧世紀の人間が作り出したこの風景の美しさは素晴らしいものがある。
プラント育ちのレイとノエミは、地球でここまで綺麗な風景を見たことがなかったのか、
言葉を失って広々と広がる黒海とディオキアの街をながめている。
「……ルナマリアはどうしている?」
シャアは、基地に着くまでずっと引っかかっていた事を口にする。
尋常じゃない凶暴性を見せたルナマリアは、ミネルバに帰還するや、
恐怖に顔を引きつらせて部屋に走っていったという。
シャア達は、ガルナハンの街からミネルバに戻った後、彼女の部屋を訪ねたのだが、
彼女は入ってこないでの一点張りで、なかなか部屋から出てこようとはしなかった。
「シンが付いてやっています。…ほら」
アスランはミネルバのタラップを指さし、シャアは視線の先で、
シンがルナマリアの手を引いて来るのが見えた。
彼女はシンの腕に体を密着させるようにして、俯いたままだった。
端から見れば恥ずかしがっている女の子に見えなくもないが、
恐怖をひたすら押さえ込んでいるのがわかる。
「元気になってくれれば良いんですが」
仲間が死んで悲しくない人間などいない。

 

「生きている間に生きている人間がしなければならないことがある。
それを行う事が……死んだ者への手向けだ」

 

ショーンの死で落ち込むシン達に、ミネルバでシャアはそう言った。
自分は、死者を結局振り切れぬまま失敗したが、彼らならきっと出来る。
シャアは、不思議とそう思えていた。
「シンならやれるさ………ん? あれは……?」
ふと振り返った先、基地の最も広い区画と、基地を囲むフェンスにも人が押し寄せている。
シャアは首をかしげた。
そしてアスランは、どんどん青ざめていった。
アーサーが、タリアと共に基地側との寄港の手続きを済ませて戻って来るや、
「ラッキーですよ! いま慰問コンサートが始まるんだそうです」
「コンサート? 誰のだ?」
「ラクスですよ! ラクス・クライン!」
アーモリーワンで聞いたことがある。
シャアは今の今まで忘れていた、プラントのアイドルの事を思い出す。
そして、歓声と音楽が莫大な音量で沸き上がりシャアは驚きのあまり飛び跳ねた。
広場に作られた特設ステージの上に、ZAFTの空戦用MSディンと、
シャアには懐かしいとも言えるMSが、
ザクを両脇から支えてゆっくりと下りてくる。
ザクも、ピンク色に染められ、至る所にハートやラメといった女の子っぽい装飾が加えられている。
そして、ザクの掌の上で、少女が手を振っているのが見えた。
また、アスランが青ざめている原因があの子だと言うことにも気が付く。
彼の額には冷や汗が浮かび、関わりたくないと全身でアピールしていた。
「アスラン、どうかしたんですか?」
「へ? ああ、いや、な、何でもない」
レイがアスランに近づき聞いたが、
いかにも『何でもあります』としか聞こえない返答が帰ってくる。

 

『こんにちわ~! ラクス・クラインで~す!』
「「「「「「 うおぉぉぉおおおおおっ! 」」」」」」

 

ビリビリと地面が揺れ、ノリの良いイントロがスピーカーから流れ始め、
少女が歌い始めようとしたときだった。
少女は此方に目をやって、シャアの隣にいたアスランを見つけてしまったのだ。
『あ! アスランだ! お~い!』
「知り合いなのか!?」
「あ、その、これはですね……」
様子は尋常じゃない。明らかに、ラクスという少女はアスランに『好意』を持っている。
シャアは驚いて彼に振り向き、周囲の目線が悉く自分に集中しているこの状況に、
アスランはしどろもどろとなりながら後ずさるが、すでに遅かった。
「隊長、婚約者なんです」
「婚約者?」
「だから……アスランとラクスさん」
「……ほぅ、婚約者……! 何!?」
シャアは、アスランとラクスの顔を、交互に見やりながら、
なるほどと納得したように頷いて見せた。
「そうか、連絡する余裕などなかったからな……」
そして、ラクスが手を振りながら跳ねている姿のかわいらしさと、
跳ねるたびに上下に弾む、たわわに実る熟れた果実に視線をやって……
「……いいな」
「何がいいんですか! 何が!」

 
 

「こんなところにおいでとは、お仕事に暇でも出来たので?」
「ははは、君はいつも変わらないな、タリア」
タリアの嫌みを込めた台詞に笑って返したのは、ギルバート・デュランダルだった。
ディオキアのZAFT軍基地が保有する、ZAFT兵の宿泊施設。
そのテラスに呼ばれた彼女を、彼が出迎えたのだ。
「で、あなたがわざわざここにおいでになったとなれば、何かあったんでしょう?」
「やはりそう思うか?」
タリアは意地悪そうに彼の顔をのぞき込みながら、彼の足下に近づいていく。
デュランダルが彼女の背に手を回そうとしたとき、
「失礼します、議長」
その言葉を聞くと共に、二人はサッと距離を置き、声のした方を向くと、
金髪の青年が、テラス入り口に立っていた。襟元には特務隊の紋章が付いている。
「お呼びになった、ミネルバのパイロット達です」
彼の後ろに、シャア、シン、レイ、ルナマリア、アスラン、ノエミらが屹立し敬礼していた。
シャアと彼らが並んでいると、まるで修学旅行中の高校生と教師のようで、タリアは吹き出すのを我慢した。
「やぁ、久しぶりだね、シャア」
「議長もご息災のようで…」
デュランダルは彼らの下へ向かうと、シャアに手を差し出し握手した。
タリアの思った通り、パイロット達はみな目を丸くしている。
彼らはどうやら、自分たちの声が似通っていて、
一人が二役で喋っているように聞こえるのがわからないようだ。
突っ込む気は起こらなかった。
「アスランも、元気そうでよかった」
「え、あ、ありがとうございます」
デュランダルはアスランとも握手すると、今度はシン達の方向を向いた。
「それから…」
「シ、シン・アスカです!」
「ノエミ・ジュベールであります」
「ルナマリア・ホークです」
最後、ルナマリアの名前を聞いたとき、デュランダルは表情を変えた。
昔を思い出し、懐かしさを感じている、そんな顔である。
「そうか君が……ルナマリア君か」
「あの……何か?」
「いや、君の父、ローランドとは古い馴染みだったからね。
ちょっと昔を思い出していたんだよ。君たちもご苦労だったね、さぁ、食事の用意はもうできているよ」
用意されている大テーブルを、議長を上座に皆で囲むように座る。
デュランダルは、真っ先にシンに対し口を開いて、
「君の活躍は評議会でも評判になっているよ、シン・アスカ君。
オーブ沖で艦隊を追い払い、ガルナハン基地を陥落させたこととかね」
シンは、顔を紅潮させた。表情を隠すのがヘタなのだ。すぐはっとなって、
「いえ、あれはシャア隊長や、アスラン、みんながいたからできたんです」
シンは周りを見渡して、アスランやレイ達に目をやる。
彼らも、微笑んでいた。シンがほめられたことが、自分のことであるかのように。
「ああ、わかっているよ」
デュランダルも嬉しそうに言うと、グラスを傾けて、乾杯の音頭をとった。
楽しい食事の時間であったが、少し時間が進んだとき、デュランダルは少し物憂げな表所を見せていた。
「議長?」
レイが心配そうに聞くと、彼は、
「ああ、すまない。ちょっと複雑な事情があってね」
「……宇宙の方で何か進展があったのですか?」
アスランの問いに、デュランダルはため息で答えた。
進展どころかその逆なのだろうか……
「進展…と言える状態にはなっていない。
膠着状態のまま、時折小競り合いがあるが、今はそれだけだね」
デュランダルの言葉に、本国に家族が住んでいるタリア、ルナ、ノエミはほっと息をつく。
「しかし、地上もハッキリとは言えない状況だよ。
 連合がだんだんバラバラになり、こうして我々に協力を申し出てくる都市もあるくらいだ」
「でも、おかしくありませんか?
そもそも、宇宙のコーディネイターを許せないって叫んだ人がいて、
だからこの戦争が始まったんですよね?」
ノエミが不思議そうに言った。
「停戦に向けた動きなどは聞こえてないんですか?」
「残念ながら今は何も、連合が譲歩する様子はない。
……これ以上戦闘が続くのは厳しいが、そればかりはどうしようもないよ」
戦争とは政治だ。彼はそう言った。
それぞれの国の権益と利害の一致、
ぴったりとかみ合わなければ停戦を持ちかけようにもしづらい現状があった。
「戦わないことを選ぶ。それは、戦おうと決めるより遙かに難しいのだよ」
そこまでにいたり、シンが抑えきれないという顔で、思わず口を開いていた。
「あの……! あ、すみません」
慌てて頭を下げたシンに、デュランダルは微笑んだまま、
「かまわん、続けてくれ。実際、前戦で戦っている者の声は貴重なものなんだ。
私もそれが聞きたくて呼んだ、という所もあるからね」
「じゃあ……戦わない事を選ぶには、どうすれば良いんですか?
敵の脅威があるときは、戦わなければいけません。
でも私達は、近くの、手の届く所にいる人しか守れない」
「君は、どうすれば普通の人々を全て守れるのか、そう言いたいのかね?」
「軍人の領分を越えた考えだって、わかってます。
でも、そう考えないと、守れる人も守れませんから」
シンが自分の考えを言い終えたとき、今度はアスランが、思うところを口にしていた。
「しかし…、守るためとはいえ、
殺されたから殺して、殺したから殺されて、本当に最後に平和になるのか。
そう、言われたことがあります。私は、答えられませんでした。 
結局、そのまま今まで引きずっていますが…」
二人の意見を聞き終えて、
デュランダルは最後とばかりに、シャアにふってみる事にした。
「君らの言うことはよくわかったが、…君はどう思うね? シャア・アズナブル」
皆の視線が、シャアに集中する。

 

ゆっくりと熟考して、シャアは話し始めた。
「戦争…というより、全ての争いの根幹には、
お互いを理解できない、知ろうとしない、そういう感情があると言えるでしょう。
守るための力、それは、持つ分には何も問題はない。
ただ人類は、地球というゆりかごの中で長く生きすぎた。
結果として、コーディネイターとナチュラルはお互いの悪いところばかりを攻撃し、
力の使い方を誤り……まったく理解し合おうとしていない。
コーディネイターは、最初は人類と宇宙を結びつける架け橋だった。
しかし、コーディネイターが先に宇宙に共同体を作り、繁栄し、そして増長した。
ナチュラルより進化した存在だと。そして、自ら橋を切り落とした。
ナチュラルは、それを見て宇宙はコーディネイターの住処と断定し、理解しようとしなくなった。
地球にしがみつき、重力から逃れられなくなって……。
争いを世の中から無くすには、世界の人間達が真の意味で『進化した人類』になる必要がある!」

 

シャアは天を見上げて叫んだ。シン、アスラン、そしてデュランダル。
ここにいる全ての人間が、シャア・アズナブルという男の心底を垣間見たような気がした。
「私は、肉体・精神共に、相手を誤解無く理解することが出来る、
そして、その力を生かして大切な者のために使う事が出来る人間、それを進化した人類だと思う。
『ニュータイプ』
……わたしはそう呼んでいるがね」
「ニュー…」
「…タイプ」
みなが、初めて聞くその単語を、小さく反芻して、
「コーディネイターも、ナチュラルも、自らの汚点と美点を理解し、
双方がお互いの美醜を受け入れられるようになれば、
必然的にコーディネイターとナチュラルの対立は消えていく。私はそう信じているよ」

 

シャアが話し終わったとき、全員が考え込むような、そう言う表情を見せていた。
シャアはそれを見て、かつてアースノイドを理解せず、
自らが抱えている負の面も受け入れられなかった自分を思い出す。
彼らのような世代の子供達には、そうなって欲しくはなかった。
デュランダルが、真っ先に思考の海から脱し、
「コーディネイター、ナチュラル問わず、一個上のステージへ進む可能性、か。
かつてその思想を唱えた人がいたな」
C.E.に入って数十年、今から二十年以上前、地球・プラントで流通する学会誌に、
『Superior Evolutionary Element Destined-factor』
つまり、『優れた種への進化の要素であることを運命付けられた因子』が人間の中には存在し、
それを発現できる人間がいるという理論が掲載された。
荒唐無稽だとして散々周囲から酷評を受けたとされているその『SEED』と、
シャアがいま唱えた、新たな人類『ニュータイプ』。

 

それは、今の時代では希望の光と言うには、まだ淡いものであった。

 

「哲学的になりすぎたね、少し話を戻そう。
確かに、コーディネイターとナチュラルの確執が無くなるのは大いなる理想だ。
だが、大問題なのはそのナチュラル……いや、旧世紀の時代から人類が抱えてきた『負の面』にある」
デュランダルは立ち上がり、テラスの手すりに歩いていって、
自分たちを守るように佇むオレンジの機体を見つめた。
「あの機体は、『ZGMF-X2000 グフイグナイテッド』
最近になって、プラント本国の軍需工廠でロールアウトされた新型機だ。
戦争という一つの区切りの中で、技術の革新があり、
こうして次々と新しい機体が作られ、そして壊れていく」
いきなり、新型の名前と技術革新の方向へ話が飛んだことに、
シンやアスラン達は戸惑いを覚え、シャアは屹立するグフを、デュランダル同様見つめている。
「戦場では当たり前のように、銃弾を使い、ミサイルを撃ち、
爆雷を投下し、MSやMAは破壊され、人が死ぬ。
司令部はそれを補充・補填するために、新しい機体を作り、新しいミサイルを作り、弾薬を作り、
新たなパイロットを養成し、戦場へ送る。人間はそう簡単にはいかんがね。
生産ラインがスムーズに回転すれば、次々とものは生産され、そこには『利潤』が生まれる」
デュランダルは振り返り、ノエミに向かって、
「ジュベール君。あのグフは、一機に一体いくら掛かると思う?」
「いくらって……言われても把握できません」
「そう、把握できない。それほどの値段が機体一機にはかかっている。
考えてみてくれたまえ、これをただ冷静にビジネスとしてとらえれば、
これほど恐ろしく儲かるシステムは無い、と」
シン、アスラン、ルナマリア、ノエミは、全く違う戦争のものの見方に愕然とし、
シャア、レイは、ただ冷静に、彼の話に聞き入っている。
ただ、タリアは、彼らに聞かせたくない話だと思ったのだろう。
「議長、それは……」
止めようとしたが、彼の話は終わらなかった。
「タリア、君の言うこともわかるよ。
戦争である以上、それは仕方のないことだ。しかし…」
「その逆を考える人間がいる。そう言いたいのでしょう」
シャアがデュランダルの話を続けるように発現し、彼は顔を綻ばせた。
「その通り。もし、戦争が続いたならば、そのサイクルが生み出す利が計り知れぬ額となるだろう。
もし、それが目的で、適度に、そして頻繁に、戦争が起こったなら、その者は儲け続ける」
シン達が、ようやく話の内容が飲み込めたのか、悉くが立ち上がっていた。
顔はこわばり、受け入れられない現実を前にしているようだった。
「『彼らは神に仇為す者だ、これは聖戦(ジハード)だ』
『彼らは我らに何をした。それを忘れるな、立ち上がろう』
時代が変わるに連れて言い方は違うが、全ての戦争の裏にはいるんだよ。
よく本の中に『死の商人』という言葉で出てくる、そう言う連中がね」
シャアは、彼の話も理解できた。
(アナハイムがそうだったからな)
アナハイム・エレクトロニクス。
かつてU.C.の月面で、全世界に巨大な影響力を持っていた軍事企業。
連邦とネオ・ジオン。双方と太いパイプを持っていた彼らは、まさしく『死の商人』だった。

 

「その複合体の名前は、『ロゴス』。
ギリシアのストア哲学で、神の定めた倫理、神と同一視されたものだ。
彼らはおそらくそこからとってこう名乗っているのだろうが、神気取りの輩ほど厄介な者はいないな……」
シンやアスランが感じたのは、怒りではなく、
あまりに大規模な『人間の闇』の深さ、それへの恐怖だった。
「今回の戦争にも、彼らロゴスが一枚かんでいる可能性があるだろう。
何せ、『ブルーコスモス』の母体ともなった組織なのだから」
「ブルーコスモスですか!?」
アスランが叫んでいた。彼の脳裏に浮かんでいたのは、ムルタ・アズラエル。
前大戦を引き起こし混乱させた張本人、そして、故郷のプラントを核攻撃した団体の頭領。
彼はそう認識していた。
その男が率いていた組織を作ったのは、そのロゴスだというのだ。
「……彼らを何とかしない限り、この戦争に終わりが見えないだろうね」

 
 

「なぜ、あのような所で話を止めたのです」
シャアは、シン達が施設の部屋に戻った後も、テラスに残ってデュランダルと話し込んでいた。
タリアは、何故かあの後のデュランダルの誘いを蹴り、さっさと部屋へと戻ってしまっていた。
彼が解せなかったのは、デュランダルはロゴスが真の敵、
まるでラスボスであるかのように説明していたことにあった。
「軍事企業とて、人ありきで成り立っている。あなたはわかっているはずだ」
戦争特需で急成長、繁栄する。そういう軍事企業があるのは事実だ。
しかし、今の戦争は国の財政を疲弊させるため、長期的、大規模になればなるほど利益にはなりづらい。
戦争で人が少なくなれば買い物がいなくなり、企業が成り立たなくなる。
軍需産業にとって最も望ましい、あってほしいと思われるのは、
『軍拡競争』
つまり、前大戦からアーモリーワン襲撃に至るまでの、技術開発合戦、そしてにらみ合いが続くことなのだ。
今の情勢を考えれば、逆に購入してくれる軍隊や民間の武装組織が減っていっている状態であり、
むしろ連中からすれば迷惑この上ないはずだ。
「ああ、知っているとも。
彼らが表向き、各国家の主要企業のCEOであり、軍需だけでなく産業全般に関わっていることもね。
だから、私は何としてでも彼らを解散させたいんだ」
ロゴスを潰すのではなく、分解する。デュランダルはそう言った。
潰してしまえば、空前の大混乱が世界を襲う事になる。
それは何としても防がねば、戦争ではなく、より酷い紛争が彼方此方で起こるようになるだろう。
そのタイミングなら、新しい政治システムを構築するのに好都合だが、
それを利用する意図を頑なに否定した。
「そうしてしまえば、『彼女』の思うとおりになる。
…………それだけはごめんこうむるよ」
デュランダルの物憂げな顔を見て、
シャアはあることを思い出した。先日、マハムールに入る前、彼から届いたメールのことを。
「議長、この間の画像の件なのですが」
「ああ、この間、画像の説明をしてくれたね」
「ええ」
クィン・マンサ。ネオ・ジオンの開発した最大最強の怪物。
「やはり、とんでもない兵器だというのかね?」
「一個艦隊を叩きつぶすには十分すぎる性能を持っています。
それに、Iフィールドを発動されれば、サザビーだとダメージを与えるのもままなりません」
「それほどのものなのか……!?」
サザビーの武装は、シールドミサイルを除き全てがビーム兵器だ。
実弾兵器をぶち込むのが一番手っ取り早いが、クイン・マンサの厄介なところは、
その巨体に見合わぬ圧倒的な機動性にあるのだ。
「……何か新しい情報が入ったのですか?」
「良いニュースと悪いニュース、どっちを先にするね」
「……では、悪い方で」
「では悪いニュースから。先程、宇宙では進展がないと言ったが、
実際は今後どうなるかわからなくなってしまったよ」
デュランダルは、テラスで座っていた椅子の脇に置いていた、
アタッシュケースを手に取り中から一枚の紙を取り出す。
「警備隊から入ってきた情報だ。
……民衆がパニックになるだろうからまだ伏せてはいるが」
「これは……!」
シャアは、全身の血が凍り付くような感覚を覚えた。
自分は、この形状を知っている。というより、知らないわけがない。
自分はここにいて、ここでMSに乗って、アイツと戦ったのだから。
『ア・バオア・クー』、またの名を『ゼダンの門』。
ジオン公国が造り上げた最後の要となる要塞にして、
ティターンズの宇宙最後の拠点となった場所であった。
「やっぱり知ってるのか、あんた」
「……!? ……ハイネか、すまんな、さっきはなにも声をかけないで」
シャアの背後に、一人の青年が近づいていた。
ハイネ・ヴェステンフルス。
議長の護衛として、ディオキアに随行しているのだという。
そして、プラント核攻撃隊を殲滅したクィン・マンサと遭遇したとも。
「……たく、死ぬかと思ったぞ、そのクイン何ちゃらを見たときは」
「君に襲いかかってこなくてラッキーだったな。
おそらく、いや、十中八九、消えたアクシズの中に残っていたんだろう」
壊れた機体が再生されるなどと、そんなSFじみた展開は考えもしてなかったが、
サザビーやクイン・マンサのようなワンオフ機が、
完全に破壊されたはずなのに直っているのは、そうとしか考えられない。
「君の話では、君の世界では『ガンダム』に破壊されたのだな?」
「間違いありません。それで、アクシズの内部がボロボロになったのですから」
「でも現実として、甦ってる。…何か心当たりは無ぇの?」
「MSや要塞を元通りに出来る装置があるなら、私もとっくに使っていた!」
「ま、この不思議現象と関係があるんだろうけど、次は良いニュース。
…………アクシズを見つけた」

 

ハイネの言葉に、シャアは驚愕すると同時に、
見つかって良かったという安堵が心の中で広がっていくのを感じた。
ハイネの証言では、L5宙域とL2宙域の間。
デブリやNJで補足の難しい空域に堂々と浮かべていたらしい。
「あの要塞の核パルスエンジン、妙に高性能でよ、
まんまと逃げられちまったが、奴さん等が作業中で慌ててたのが不幸中の幸いだった」
ハイネが持ってきたのは、あのオレンジのグフの戦闘記録であった。
携帯端末に差し込んで、再生させると、シャアを驚かせるのに十分な映像が残っていた。
「固定させ損ねたんだろうな。
戦艦数隻、MS十数機が宇宙に放り出されてたよ」
かつて旗艦として搭乗していた赤い戦艦。
そして、左右を追従していた緑のMS達。その画像が残っていたのだ。
サザビーの修復も早いうちにおわりそうだという朗報でもあった。
しかし、彼らは気づいていなかった。

 

テラスの手すりの端っこに、夕日に照らされ光る、虹色の蝶が留まっている事に。

 

「そして、だ。是非とも君に意見を聞いておきたくて、これを持ってきたんだ」
デュランダルは、今度は嬉しそうに数枚の束になった書類を取り出して、シャアに手渡した。
「君のサザビーの新機構の中で、我々の技術でも実現可能なものを、色々と採用させて新設計した新型だよ。
全天周モニター、ムーバブル・フレームとマグネット・コーティングの組み合わせなどだが、
それだけでも相当な能力向上につながってね」
残念ながらあのオールレンジは採用できなかったという彼であったが、
青写真を見る限り、良い機体に仕上がるという結果が見えていた。
背部と脹ら脛に、大型スラスターを搭載し、また機体全体、至る所に小型のスラスターを搭載し、
高い機動性能を発揮するように設計されている。
「『究極のジン』『最強のザク』等と、開発陣は呼称して意気込んでいるよ。
機体制御は数値上これまで以上のじゃじゃ馬で、テストパイロットの候補者はいま選定中だ。
最終的には、ZAFTの象徴的な機体になると確信している、こっちの機体と共にね」
シャアが書類を一枚めくると、その下には二機のMSが描かれていた。
剣山を背負ったようなMSと、背中に巨大な羽を背負ったMS。
どちらもガンダムタイプだ。
「……名前はもう決めてある。
羽付きのMSは『デスティニー』、ドラグーンを搭載してあるのが『レジェンド』」
デュランダルは自慢げに言い切った。かなりの自信作らしい、そして……
「そしてその新型だが、一日中考えに考えて、決めたよ」

 

「『シナンジュ』だ。良い名前だと思わないか?
 私はこれに、アスランをパイロットに指名したいと思っているのだが……」

 
 

※※※※※※※

 
 

~ケネディ宇宙センター

 

そのVIPルームで、少女が受話器片手に怒鳴りつけていた。
「アークエンジェルを逃した?
バルト海・スカゲラク海峡・ノルウェー海・バレンツ海、隅々まで調べ尽くしなさい。
『キラツー』は、奴らを見つけ沈めるまで『ご褒美』はなしだと伝えておけば働きます。
……それに、何ですか宇宙での失態は。
『見つからないだろう』などという安易な発想でいるから、
最新鋭機と戦艦をみすみす失う事になるのですわ」
よりによって、数日後に宇宙に上がろうというタイミングで、最悪の情報が二つも入ってきた故に、
彼女の目は氷のような冷たさを放っており、護衛達はみな恐怖で顔を引きつらせている。
アークエンジェルは、完成から二年経った今でも、
単艦の戦闘能力は最強クラスであり、戦力として大いに役に立つ。
中の人間だけどうにかしてしまえば、外側が多少傷を負っても何とかなる。
しかし、逃げ出していたとあれば、自分への脅威となって立ちふさがるかも知れない。
デュランダルや、オーブのもとへ逃れる前に、何としてでも捕らえるか沈めねばならなくなった。
さらに、宇宙での『彼ら』の愚行も彼女の怒りを買った。
よりにもよって、アクシズの中で発見した戦艦・MSでも、
最高の性能をもった品を、デュランダルの犬共にくれてやる結果になったのだ。
「それと、デュランダルが地球に降りたという確証はとれています?」
『え、ええ。それは間違いありません。
ディオキアのZAFT軍施設に、ハイネ・ヴェステンフルスを伴って滞在中であると』
「ヴェステンフルス、ですか。あの厄介な男が…」
『それと、デュランダルが近頃懇意にしているというミネルバのパイロット。
彼についても、今まで素性不明でしたが、名前だけは確認できました』
デュランダル肝いりのミネルバ。
オーブ沖や東南アジア、ガルナハンでの戦果はめざましく、
ラクスも無視できぬ存在となりつつあったこの船だが、
MS部隊の指揮を執っている男が何者なのか、それだけがわからなかったのだ。
『……名前は、シャア・アズナブル。
 数ヶ月前にアーモリーワンで姿が確認されています。
 それ以前の情報が存在しておりませんが……? ラクス様?』
「……シャア・アズナブル」
ラクスを取り巻いているプレッシャーが増加した。
不愉快な感情が、アクシズという単語以上に響いてくる。
何故だかわからないが、頭の中にビジョンが浮かんでくるのだ。
~『グリプス』『ジャミトフ』『コロニーレーザー』
~『ザビ家』『赤い彗星』『百式』『ミネバ』
さらに、そんな不愉快な感情に加えて、
何とも言えぬ暖かい感情も、同時にわき上がってくる。
心の中に欠けている何かを埋めて、満たしていくような。
「ぐぅ……」
突如、頭痛が彼女を襲い、彼女は膝を地に着いた。
護衛達が何事かと近寄るが、彼女は彼らを制し、よろめきながら立ち上がる。
「リンドグレン……宇宙に上がるのは延期です。
『ジュピトリス』の皆さんにもそう伝えておいてください」
『ラ、ラクス様!? どうなさったのです!』
「地球でやることが出来ました」
そう言って、彼女は電話を切った。

 
 

「『シャア・アズナブル』……、会ってみる必要があるかも知れませんね」

 
 

第14話~完~

 
 

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