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Last-modified: 2011-03-02 (水) 07:56:49
 

~ジブラルタル基地・第二ドック・ミネルバ格納庫内

 

「おお、ヨウラン。酔ってしまうとは情けない」
「シン、どこぞの王様みたいな言い方止め(ry…! うぇ…」
シン・アスカは、咄嗟にポケットからエチケット袋を取り出して、
球状のシミュレータから出てきたヨウラン・ケントに手渡した。
ミネルバに新しく搬入された機体の数々は、忽ち艦内に広まり、
こうしてシミュレータ使用を求める人間が現れ始めていた。
その大半が、三面モニターから360°画面への変化に慣れず、
今のヨウランの様になる者が殆どだった。
例えるなら、ごく普通のアナログTVから大画面のデジタルハイビジョンTVへ買い換え、
最初に電源を入れて画面を見た時、新しい画像に眼がチカチカする感じである。
別の言い方をするならば、自分の廻りにハイクオリティの映像で、
空中に浮かんだような感覚と、MSの高機動によるGが加わるのである。
……初見では吐くなと言う方が無茶である。
それこそ、訓練されたコーディネイターであるという自信を持っていただけに、
最初はCG映像で徐々に慣らすべき所を飛ばしたのが失敗だった。
わかっているがプライドがそうさせないらしい。
……全く馬鹿馬鹿しい限りだ。
シンはヨウランの背中をさすりながら、そう思った。
「でもまぁ、新しいものばっかりだし、仕方ないけどさ」
ミネルバクルーにとって、全てが新し過ぎたのである。
コクピットはもちろんのことであったが、
装甲は高価なチタンをベースに作られた合金製。
フレームは従来のジン・ザクのようなモノコック構造ではなく、
骨格となるフレームありきで成り立つムーバブル・フレーム。
何より技術陣の度肝を抜いたのは、関節部に塗布されたコーティングにあった。
磁気を帯びたコーティングを行うことで摩擦を少なくし、
反発する力と引きつけ合う力により駆動速度が大幅に向上。
難題であった重量の改善に加えた新技術の導入により、
性能は一世代どころか二世代先へ行っている感があった。
一番泣かされることとなったのは、目の前でゼイゼイ息をしている、
ヨウランたちメカニックマン達である。
整備の仕方がまるで違う機体が一斉に搬入され、それら全てを覚えなければならないのだ。
彼らにとって唯一ありがたいのは、
マグネット・コーティングによって関節の摩耗が少なくなり、
切り落とされたりしない限り、交換が殆ど必要ないことぐらいだろう。
ヨウランの背をさするのを止めたシンは、喧噪に包まれているハンガーを見渡す。
すっかり様変わりしたなぁ。そう思っていた。
最初、このミネルバに配備された頃は殆どのクルーが実戦未経験の新米ばかり、
平和条約が結ばれて、戦争が起きるとしても先のことと、
雰囲気もどこか緩いものがあった事は否定できなかった。
それが変わっていったのは、何時の時からだったろう?
思い起こしてみてシンはふと、
(ああ、隊長が来てからだ……)
隊長、シャア・アズナブルが来た時が転機であった。
彼が来て少し起った頃、アーモリーワンの強奪事件があって、
ブレイク・ザ・ワールドが起きて、戦争が始まって……。
そうやって、大きな物事で考えると悪い方向のように思えるが、
(でも、隊長がいたからって時も、あったよな……)
もし彼がいなかったとすれば、デブリ帯でどうなっていたろう?
東南アジアで囲まれたとき、どうなっていたろう?
ガルナハンで彼が暴徒になりかけた民衆の間に壁になってなければ、
連合の人たちはどうなっていたろうか?
隊長だけではない、自分やレイ、ルナマリア、ノエミ。
タリア艦長に、アーサー、メイリン。ヨウラン、ヴィーノ、マッドの親方。そして、アスランとハイネ。
誰か一人欠けていれば、今こうしていなかったかも知れない。
わからないものだよな、と、デスティニーへ向かいながら思う。
「‘運命’か……、まさかな……」
デスティニーの巨躯を見上げて、シンはそんなことを考えた。
ミネルバに集まり、今まで戦ってきて、多くの人に出会った。
東南アジアやガルナハンで、コニールをはじめとした弱者の立場にいる人々。
キラという、自分とっては憎むべき家族の仇。
それが、自分の同僚であり友であるアスランとは親友だった。
今まで幾度も刃を交えたステラたちは、強化人間という時代が生んだ不幸な存在。
こうして、この数ヶ月の中に、十何年分の何かが詰まっているように思えて、
それはすべてこの機体の名前が表すように、出会うことが『運命』だったのではないだろうか?
と、そこまで考えて、シンはがらでもない事をと頭を振って、
デスティニーの調整のためコクピットへと向かう。
すると、コクピットハッチがすでに開いていることに気づき、
中をのぞいてみると、彼のよく知る人物が、パネル状のものをモニター後部、
リニアシートの根元あたりでいじっているのを見つけた。
「受信の調整はこのあたりでいいか……。
 ん、シンか、どうした?」
シャア・アズナブルであった。
基地のハンガーにいた技師が一緒で、
どうやらデスティニー、レジェンド、シナンジュらの調整にも顔をだして、
……というより大いに関わっているように見える。
「この全天周囲モニターには慣れたか?」
「いえ、まだ若干の気持ち悪さは残ってます」
馬鹿馬鹿しいと先ほど思ったばかりだが、
CGに切り替える気になれなかったのはシンも同じであった。
2、3回と繰り返しシミュレータに乗り続け、ようやく酔わないようになった段階である。
「でも、あと1、2回で慣れきって見せますよ」
「ならばいい」
そう言って、シャアが頬をゆるめる。
この人も丸くなってきてるよなぁ、シンはそう感じていた。
アーモリーワンで初めて会ったときは、抜き身の日本刀のような、
何人たりとも自らの心の領域に踏み入れさせない氷の心を持っていた。
実際、怖い人だと思っていたし、冷酷非情な印象が強かった。
だが、それも今になっては勘違いだと気づく。……彼は、不器用なまま大人になっただけなのだ。
まだ子供でしかないシンが思うのもおかしな話だが、そういう気がするのである。
思わず、シンはクスクスと笑ってしまい、とたんにシャアは不機嫌そうな顔を見せる。
「……なんだ?」
「い、いえ! なんでもありません!」
「…デスティニーの動作チェック等は自分でやっておけ」
シャアはぶすっとした顔のまま、デスティニーのコクピットを出て行き、
シンは、彼が怖いのだけは相変わらずだと言うことを再確認した。
射すくめられる眼光は和らぐどころか逆に迫力が増した気がする。
そそくさと、シンはデスティニーの武装チェックに取りかかっていった。

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第25話

 
 

「わかっていたとはいえ、やはり凄いものですわね」
ベルリンにおけるクィン・マンサの戦闘記録を眺めながら、
ラクス・クラインはその圧倒的な攻撃力、防御力に舌を巻いた。
地球軍の核攻撃隊を襲撃させた際は、相手が貧弱すぎて評価のしようがなかったが、
今回の相手はファントムペインの秘蔵っ子であったデストロイ、
加えてミネルバ隊の精鋭達にフリーダムである。
前大戦時は無敵を誇ったフリーダムすら、幸運とはいえ易々と破壊しうる攻撃力。
デストロイのビーム、そしてミネルバの艦首砲すらも防ぎきるだけの防御力。
切り札としか言いようのない力があると改めて再認識した。
今現在彼女がいる所はかつて、アクシズの主が使用していた絢爛豪華な設えの部屋。
薄紫のネグリジェを着ソファに身を預け、バローロを一口含んだ。
プロシュット・ディ・パルマを一切れ口へ放り、噛みしめる。
仄かな肉の甘みと適度な塩加減が、彼女の頬をゆるませる。
……素晴らしい至福の時だと、彼女は感じていた。
緩やかなクラシックの音色を聞きながら、最高のワインと生ハムを食し、
自らの旗下である最高峰のMSによってもたらされた戦勝報告に耳を傾ける。
これ以上身が火照ることがあろうか?
彼女は、オーガズムへと達さんばかりの快感すら感じた。
「そういえば……」
ふぅっ、と熱い吐息を漏らした彼女は、
間近に置いてあった小テーブル上の端末をいじり、
大西洋連邦とユーラシア連邦に残された数少ない地上の拠点、
スエズ運河に建設された基地の飛行場を映し出す。
宇宙から降下されたHLVより降ろされる、一個大隊規模のマラサイ、大方35機くらいだろう。
その姿勢があまりに必死すぎて、逆に哀れに思えてしまいそうだった。
ガルナハン周辺のゲリラに加え、アフリカ共同体からの攻撃に晒されているそこは、
もはや陸の孤島と呼ぶに相応しい状態となっていた。
ラクスは画面の映像を確認している時、古風な作りの電話機のベルが鳴る。
部屋全体、家具の装飾について異論を唱える者は多いが、黙らせている。
この古くささのすばらしさが、何故部下はわからないのだろうか?
コール音がして数秒後、彼女は受話器を取った。
「……私ですわ」
「夜分に申し訳ありません、ラクス様」
「リンドグレンですか、何の用です?」
男の声は緊迫した様子であり彼女は興が冷め、
凍てついた顔つきへ変貌し、威圧感溢れる声で応答した。
東アジアの動きであれば、もうすでに耳に入っている。
ハワイを陥落させたことで、太平洋上の制海権はすでに東アジアとオーブのものとなった。
さらに、東アジアは国境線を越えてユーラシア各地の反ユーラシア勢力と手を組み、
オーブも赤道連合の混乱平定を名目とした軍駐留を推し進めているとも。
ヨーロッパ圏で大西洋に残されたのはもはやグレートブリテン島とアイルランド、
そしてグリーンランドとアイスランドのみであり、ユーラシア大陸上での連合は、
もはや風前の灯火と形容するに相応しいものであることを。
「月に潜り込ませた細作の一方にて、
 月基地で開発が進んでいる新兵器の全容が見えつつあるとの情報が」
「……! 至急私の端末に送りなさい!」
心の奥で引っかかっていたジブリールの切り札の一つ、
是が非でも手に入れねばと考えていた情報の、
極一部が手に入ったとなれば、ゆっくりくつろいでいる時間はない。
『Loading』の文字が点滅する時間すら惜しく、
コツコツと指でテーブルを叩きながら、彼女は画面を見つめる。
その後、パッと画面が切り替わり、図面と文章で埋め尽くされた資料が現れた。
「これが、『鎮魂歌』ですか」
「はい。ダイダロス基地の設営がそもそもこの基地のためだそうです」
「それと、例の月基地の防衛のためでしょうね。
 月基地と発掘途中のMSの情報は入っていますの?」
「申し訳ありません。
 そちらは依然として尻尾を掴む事が出来ません。
 もう少々お時間をいただきたく……」
厳重なまでの監視の下行われているため、情報収集が容易でないのは、
ラクス本人もわかっている故、それに関しては不問にした。
ただ、彼女の頭を悩ませるのは、この大量破壊兵器の存在である。
これでは、こちらが要塞や新型MSを用意しても主導権がジブリールのもののままだ。
しかし……
「構いませんわ。ジブリールが新型を用意しようが、
 おそらくソレを投入する頃は趨勢は変わっています。
 出したところでどうもならないでしょう。それに、『窮鼠猫を噛む』といいますから、
 彼の最後の一噛みを許してやっても良いはずです」
追い詰めた猫をネズミが噛めば、猫とて驚き動きを止める、
ならば、猫もネズミも丸ごとその場で食してやればいい。
「報告ご苦労様でした、リンドグレン。
 ……貴方、『本業』の方は大丈夫ですの?
 そろそろ、デュランダルとツァオが近づく頃ですから、そちらもお願いしますね」
「お任せ下さい」
そう言って、向こうは通話を斬った。
彼女は、シャンデリアを見上げながら、
少しずつ、確実に両者が傷ついてゆく事を実感し、
また火照る感覚と共にバローロを飲み干した。

 

※※※※※※※

 

「長い間本国を開けることになる。
 私が本来目を通すべきものが、其方にも廻って来ているはずだ。
 その時は頼むぞ、エリオット」
「了解です、議長」
ギルバート・デュランダルは、内政事務次官エリオット・リンドグレンとの通信を終え、
執務室の机の上で手を組み、頭を預ける。睡眠時間を削りすぎているせいか、身体が重い。
先日、東アジア共和国大使が、わざわざこのジブラルタルに足を運んできたとき、
こういう形になるやもとは薄々思っていた。ツァオ・フェンからの言伝で、
『ぜひともプラントと東アジアの友好関係を深めていきたい』
簡単な話が、同盟関係を結ぼうと持ちかけてきたわけである。
デュランダルとしては、宣戦布告の5秒後に攻撃を敢行するという、
獣心剥き出しの姿勢をとりかつタイミングを見計らい、
勝者の側に便乗する姿勢が見え見えの東アジア、そしてツァオという男を好かない。
だがそれは個人の話で、東アジアの海軍力はハワイ制圧の速さから見て明らかであり、
手を組むことにデメリットは少ないともいえる。
まだ大西洋には地球上で最大級の『ヘブンズベース』が存在すること。
加えて、スエズ基地の軍備が増強されたという情報が入り、周囲の親プラント勢力の被害が増加。
ジブラルタルに救援要請が入った事も、東アジアとの同盟が魅力的に思える一因になっていた。
日増しに存在感を強大化させてゆく東アジアに内心脅威を抱きつつ、
それを表に出さず、彼は今度はミネルバの動向について思慮を巡らせる。
先に挙げたヘブンズベース攻略は、彼らの存在無くして実行は不可能。
しかし、スエズを先に叩いておかなければ、
宇宙からの援軍というバックアップを得ている連合を中東地域からたたき出せない。
だとすれば……と、彼は心を固めると基地司令部、並びに本国中央政治局との通信を繋いだ。

 

「東アジア出向部隊との合同作戦だぁ!? 正気かよ!」
一週間後、シン達ミネルバパイロットは、
基地司令部より出頭命令を受け、ジブラルタル基地の巨大なミーティングルームへと向かっていた。
何でも、スエズ基地の防備がこれ以上厚くなる前に、
今の内に叩いてしまおうというのだ。そこまではいい。
しかし問題なのは、これが東アジア共和国との合同作戦であるという事にあった。
シンの文句に対してアスランが、
「シン、それは仕方ないだろ。
 東アジアの存在は、プラントにも無視できない。
 彼らからの申し出を無視するわけにはいかない立場にあるんだ」
「ですが、気が引けますよ。
 あのハワイ侵攻だって、ほぼ奇襲作戦だったじゃないですか」
宣戦布告から5秒で攻撃。
その直前まで地球連合に属し、大西洋連邦とも良好な国交を続けていただけに、
あの奇襲攻撃は賛否両論であった。
「だが、あれにより大西洋連邦は南北アメリカの西海岸から外海へ出てこれなくなった。
 これで、彼らも我々も的を絞ることが出来る。
 結果的には、俺たちのメリットにもなったわけだ」
「それはそれ、これはこれです!」
アスランの物言いにシンは反発したが、
すでに命令として発布された以上、それには従わねばならない。
シン、アスラン、レイ、ルナマリア、ノエミ、ハイネら六名が乗ったエレベータが、
基地第一会議場の存在する階に到着した。

下りた先の廊下には、巨大な窓と、その向こうに広がる地中海が見え、
ふと、ハイネは目下に見えるジブラルタル基地の入り口付近に、
東アジアから出向してきた艦隊がその威容を見せつけているのが目に入り、
空母二隻の間に、何やら赤く巨大な影が見えることに気が付いた。
「……何じゃありゃあ!」
彼の叫びに皆が反応し、見下ろす先にある物が何であるかを視認すると、
全員が眼をカッと見開いて驚愕する。
空母の間にあったのは、約80mはある巨大なMAであった。
ベルリンのデストロイも十分な大きさを誇っていたが、
目下のアレは、デストロイすら超える大きさである。
よくよく見てみれば、巨大MA以外に東アジアが引き連れてきたと思われるMS群は、
そのどれもが彼らの知らぬ形状でありながら、かつZAFT系の意匠を持った水陸用MSであると気づく。
黒を基調とした造りが印象的な、アッシュをより大型化かつ強靱にしたようなMS。
水色を基調としたカラーを持ち、ゾノを彷彿とさせる長大なクローが特徴的なMS。
今までの水陸MSとは特徴を一新した、球形のボディで、先程の水色のMSをデフォルメしたMS。
そして、一際目を引くのが、MSとは思えないほど、癒し系のオーラを放つ茶色の水陸用MS。
「いつの間にあれほどの数をそろえていたとは……」
レイが皆の心中を代弁するかのように、呟いた。
彼らがジッと水陸MS達を見下ろす事数分後、
彼らの背にピリリと感触が走り、一斉に振り向いていた。
「ひっ!」
ビクッと身を震わせたのは、連合軍の制服を着込んだ、彼らとほぼ同年代の少女であった。
襟章には少尉を示す星が、そして上腕部に東アジア所属を示す紋章がある。
第一印象としては良く整っている顔で、漢民族の中でも細身の方だった。
まだ軍という特殊な環境には不慣れらしく、オロオロした様子である。
「あ、あの……、ZAFTの方、ですよね?」
「ああ、そうだが。そう言う君は……」
「ジョウ・インチェン少尉です。今時の作戦に私も参加しますので」
お声をかけた次第です。そう言って、彼女はまだぎこちない敬礼をした。
この子もパイロットなのだろうか?
そんな気がしない分だけ、一同は不安になった。
(まさかこの子が? いや、そんなはずは……)
シンは、モヤモヤとした心中の霧が晴れないまま会議場へ向かい、
会議場に足を踏み入れると、すでに別部隊のZAFT軍人や、
東アジアからの出向組が出向いていた。

 

「これより、ZAFT並びに、東アジア共和国国軍による共同作戦、
 スエズ基地攻略作戦についてのブリーフィングを行う」
シャア・アズナブルがZAFT側の軍人代表という形で、会議場の大型モニタの前に立つ。
会議場は薄暗くなり、モニタに鮮明な地図が映し出された。
スエズ運河~アジア圏とヨーロッパの物流を結ぶ、海上の要衝である。
それを挟むほどの規模を誇る基地が、スエズ運河北方に設置されている。
「ガルナハン基地が陥落し補給が滞っていたはずのスエズ基地であるが、
 月の地球軍からの救援もあって、今だねばり強く抵抗を続けている。
 ヨーロッパ圏の趨勢が決まってきた今、ようやく後顧の憂いは消え、
 スエズ攻めに集中できるようになった。しかし……」
シャアはモニタの一部を指し棒でタッチする。
すると、モニタに数枚の映像が現れた。それには、ぼやけてはいるがMSらしき影が見える。
アスラン、そしてハイネの二名だけ、その写真に驚愕の表情を現す。
赤くZAFTのザクに似た形状を持つ『マラサイ』と呼ばれるMSの姿である。
「敵も愚かではない。月基地から新型が降下されており、
 防衛網は以前以上に厚くなったと考えて良いだろう。
 相手が憔悴していると思わず、各々注意して作戦に望んでもらいたい」
そこまで言ってシャアはZAFT側の座席前列に座り、
今度は東アジア国軍の男が立ち上がり、モニタの前まで歩み出る。腕章には、大佐を現す星があった。
「ZAFTの軍人方には、お初にお目に掛かる。
 ここから先は私、ルゥ・フェンシャンが説明させてもらおう。
 我々並びにZAFT艦隊は、明日午前〇六〇〇ジブラルタルを出立。
 エーゲ海沖にてディオキアのZAFT艦隊による給油を受けた後、
 そのままスエズへと向かう……」
地図上に、ZAFTとアジア艦隊の航行予定ルートが表示され、
粛々と作戦内容についての通達が行われる中、アスラン達は一抹の不安を隠せなかった。

 

※※※※※※

 

~旧アイスランド

 

かつては『常備軍を持たない国』と言われたこの北方の島国。
ここは、その呼び名を信じられなくなる光景が、島全体に広がっている。
旧アイスランドは八つの地方で分けられていたが、
そのうち『西部フィヨルド』『西アイスランド』『南西アイスランド』、
そしてアイスランド最大の都市レイキャヴィークを含む『大レイキャヴィーク』を除いた地域。
約八万平方㎞もの広大な地域全体が巨大な軍事施設と化していた。
この基地は、『ヘブンズベース』。
天の御国を意識したかのような名称を持っていた。
その基地の敷地内、ミールダルス氷河の上では、今現在激しい戦闘が行われていた。
戦闘と言っても、本物のではなく模擬戦だ。
しかし、模擬戦とするには激しすぎるとしか言いようが無く、
氷河脇に存在するMSハンガーの入り口、並びに地区基地のモニター前には、野次馬達が押しかけている。
二機のMSが、冬でありながら珍しく雪の降らぬ青天の中で、
激しく火花をまき散らしながら、その武威を見せつけ合っていた。
片方は、ホアキン隊所属のスウェン・カル・バヤンが搭乗する『ギャプラン』であった。
先のベルリン戦で‘奴’と交戦した際、装甲や頭部が損傷を受け、
ゼダンの門から送られてきたパーツで修復したものである。
外見の印象が替わり、所々が白い装甲板に変更されており、
以前スウェンが搭乗していた『ストライクノワール』の流れを汲んだ二丁のビームピストルを装備。
頭部の印象も以前のZAFT系から、連合のGに近いデュアルアイへ換装されている。
もう一方は、殆どの人間がヤキンのフリーダムを連想するであろう、そういう外見であった。
全体的なシルエットもほぼ似通っていて、Gタイプのヘッドに腰のカノン砲と、
それに装着されているビームサーベルも、フリーダムと一致していると言って良い。
唯一違うのは、背部ウイングの構造とライフルのみであった。
プラズマキャノンと冷却装置、そして強力な推進装置であったフリーダムのウイング。
それとは違いこの機体のウイングはより細身で、
何らかを格納する部位と見られる金色のフレームから青い光が走っていた。
そして、二丁のライフルは連結できるようにも設計されているようで、
腰の後ろにマウントラッチが設けられている。
二機ともして、常識はずれの機動性を発揮しながら、
互いに互いの首を飛ばさんばかりの殺気を放ち、
サーベルを一合二合と打ち付け合う。
それが三〇合目にさしかかった時、今回の模擬戦は終わりを告げた。
お互いのサーベルが、互いの首元を寸前捉えていたのである。
「君、やるね……」
「……貴様もな」
ギャプランのコクピットに、彼と同じ年頃の青年の声が聞こえる。
キラ・ヤマト中尉。
彼は、近日ロアノーク隊に配属される事になった、
大西洋連邦所属の復隊したパイロットだと軍内部では公表されている。
MS戦闘の技量は凄まじく、今現在同軍内で最強と目されている、
ファブリス・アナトール・ロワリエ大尉、ネオ・ロアノーク大佐。
その両名に迫る技量を持っているとさえ言われている。
背中を預ける男として相応しいかどうか、
こうして勝負を挑んだわけだが、それがうなずける強さであった。
基地のハンガーに機体を戻し、昇降機を下りて行くとき、
スウェンは彼へ抱いていた疑念を解いていた。
以前北ヨーロッパで交戦したフリーダムと似た操縦だと、
ふと思っていたのであるが、奴のような躊躇めいたものは無かったのだ。
ミューディ・ホルクロフトとシャムス・コーザらが駆け寄ってくる。
二人とも、スウェンの実力を知っているだけでなく、
ギャプランが化け物じみたMSであると確信していただけにショックだったらしい。
スウェンは憤る二人を抑え、キラというパイロットの顔を再び見に行った。
ハンガーに収められた機体のコクピットから、茶髪の青年が出てくる。
その傍らに、赤毛の少女が駆け寄るのを見たスウェンは、
それがロアノーク隊のセリナ中尉……、
いや、今は名を変え、『フレイ・アルスター』と名乗っている少女だと気づく。
彼女がキラにタオルを手渡すのを見、ふぅと軽いため息をすると、その場を黙って去っていった。

 

「キラ、お疲れ様!」
「ありがとう、フレイ」
キラ・ヤマトは、コクピットを開けフレイの満面の笑みに迎えられながら、
ヘブンズベースMSハンガーのキャットウォークに足を下ろした。
ヘルメットを外して彼女の差し出したタオルを受け取り、顔中に垂れている汗を拭き取りながら、
あのギャプランとか言うMSのパイロットの腕は相当高いと確信していた。
一度じっくり話をしてみたいなぁと思いながら、彼は自らに与えられた機体を見上げる。
~ストライクフリーダム(以下Sフリーダムと記載)
前大戦時、ZAFT軍虎の子のMSとして開発された、
地球連合のGATシリーズを模倣かつ「我々の方が」という誇示も込められたフリーダム。
それを元に、「ZAFTへ絶望を振りまくため」という皮肉を込めて造り上げた、
大西洋連邦、つまり『ファントムペインのフリーダム』である。

月で解析が続けられているロストテクノロジーも流用して設計されている。
エンジンにはNJC搭載の核分裂ではなく、開発者不明の核融合エンジンを搭載。
新世代MSの基盤といえるムーバブルフレーム。
新機軸のコクピットとされている『全天周囲モニター』には、
月で発見されたという特殊フレームも採用されているらしい。
そして、関節部に施されたマグネット・コーティング。
ヴォワチュール・リュミエールを用いた推進装置。
宇宙で搭載される予定のオールレンジ兵器。
そして、チタンを用いたPS装甲より軽く強靱な装甲板。
色々な要素が詰め込まれ、機体も従来より3m程大型化している。
全てに置いてあのフリーダムを超えるフリーダム、その自信が彼らの間にはあった。
「フレイの方は終わったの?
 何だっけ……確か、『デルタプラス』って言うMSの調整」
そう言って、キラはハンガーの奥の方へと目をやった。
ダガーをより強靱かつ大型化させた機体が数機並んでいる。
キラが言ったデルタプラスは二機あり、グレーから塗装されている最中である。
一機はマゼンダ、もう一機はブラウンに、だ。同じように目をやった彼女は胸を張って、
「ええ、もうあのコクピットにも慣れたわよ?
 操縦中に吐くなんて、女として絶対に許せないわ」
「ハハ……」
苦笑しながら、彼は彼女と共にロッカールームに向かう。
各々シャワーを浴びて汗を流しきった後、厚手のカーテン一枚を隔てて、
軍のインナーを着込みながら、ふとフレイは思ったことを口にする。
「そういえば、キラは慣れたの?
 うちの指揮官二人、結構なじみやすいでしょ」
「ん? ……まぁまぁかな。
 ファブリスさんとは結構話が合うんだけど…」
「ああ、あんた機械好きだったわね」
「いや、好きって言ったって僕はソフトの方だよ。
 あの人の専門はどちらかって言えばハード系だから」
だからこそ、わからないことをやりとりして逆に話が弾んだりして、
彼とは結構早い内にうち解けることが出来た。
スティング、アウルらとは、ほぼ同年代という事もあってそう時間は掛からなかった。
基地内のレクリエーションフロアでバスケに興じる事も多くなってきている。
ただ、スポーツでは彼らに勝てないこともしばしばである。
ビデオゲームでは絶対負けない自信があるのだが……。
「ふうん。で、大佐とは?」
フレイのこの言葉に、キラは少し引けた表情になる。
「ロアノーク大佐は……なんだろ。
 懐かしい感じがして逆に気が引けちゃうって言うか……」
「『懐かしい』? 会ったことあるの?」
「そうじゃないんだ。
 なんかこう、前に会った人とそっくりて感じで」
「でも思い出せないんでしょ、その人のこと」
「うん……」
そう、その辺りがモヤモヤと霧が掛かっていて、
誰とそっくりだったのかわからないが故に、ネオとの接し方がよくわからなくなっているのだ。
「ごっそり抜け落ちちゃってるんだよね」
「忘れてるって事は、その程度って事よ。
 気にしない方が良いわ」
フレイはそう言って、カーテンをひろげる。
軍服はスカートからズボンに替えてあり、トレンチコートを小脇に抱え、
トートバッグを腕に下げていた。
「私たち今日の午後はオフのはずよ。早く行きましょ。
 レイキャヴィークでご飯と買い物に付き合ってくれるって約束、覚えてるわよね?」
「う、うん。勿論覚えてるよ!」
‘覚えてる’の辺りに異様に力がこもっており、
拒否したらどうなるかを0.2秒の間で考えた彼は背筋が寒くなり、
二つ返事で外出の準備のために自室へ駆けていった。
空模様が怪しくなり、白い雪がハラハラと降り始めた頃、
キラは軍の車両を一台借りて、レイキャヴィークへ向けて車を走らせていた。
「そう言えば、大佐ってカレーとナンが大好きなのよ、知ってた?」
「大佐が!?」
「そう。スティングがカレー好きで、それが感染ったの。
 けっこうキモイわよ、歌いながら大鍋でカレー煮込んでたんだもん」
いつかきっとカレー風呂に入るに違いないわ!
そう確信を持って言い切る彼女を余所に、
キラはあの仮面の大佐がカレーをたっぷり入れた風呂の中で身体をこするのを想像し、
こみ上げてくるものを必死で押さえ込んでいた。
「歌はね、こんな感じなの。
『にんじん、じゃがいも、たま~ねぎ~♪』って!」
「まさかそんな……」
そこまで言いかけたキラは想像し一瞬爆笑しかけ、
ハンドルミスをしそうになり、背筋が凍る思いであった。
「……以後この話題禁止ね」
「……うん」
そう言いつつも、キラは幸せな気分であった。
またこうして彼女と、それもより仲良く笑顔で話せるなどと、想像だにしていなかった

 

この感覚が何時までも続けばいいのに、キラはそう思った。
あと数週間で、ここも戦火に呑まれることになると、薄々予感しながら。

 
 

第25話~完~

 
 

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