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Last-modified: 2011-05-12 (木) 00:30:23
 

~東アジア共和国・南京

 

「亡きツァオ大統領には申し訳ないが、
 この部屋の内装は派手すぎですね……全く」
ZAFTの新艦隊が本国を出港する数日前。
東アジア共和国政庁の大統領執務室を見回して、
ジューガー・リァン新大統領はそういう感想を持った。
成都を中心とした南西行政地区の長官であった彼が、
共和国会議過半数からの推挙を受け、大統領に就任した二日目の事である。
前任のツァオ大統領が使用していた執務室の装飾などを見ると、
かつて古代の中国地区に存在した皇家か貴族の部屋を思い起こさせる。
威厳を強めるにはもってこいであるが、今現代において必要とは到底思えない。
それに、椅子は派手で座りにくいし、机も装飾が邪魔だ。
物事は全てシンプルでなければならない。身の回りで複雑なのは政治で十分。
リァン大統領は部下に命じて、内装を改めさせシンプルにし、
部屋の間取りの大半は資料や書籍などを収納する棚で埋め、
自分が落ち着いて政務に集中でき、かつすぐ情報を得られる造りに。
知的好奇心旺盛な自分の趣味も兼ねている点については、
よく彼はデュランダル議長と比べられている。学者肌なのだ。
秘書官達や官僚達から見るに、以前の悪趣味さに比べれば遙かにマシであった。
「大統領なのですから、少し威を示す生活はして頂きませんと……」
「大統領だからこそ、率先して生活は質素であらねばならないのです」
お気に入りの白い羽扇をはたはたと扇ぎながら、
彼は大統領就任早々ぶち当たる難題、
各国との外交に関する案件に目を通していた。
ツァオ大統領の強攻策は確かに、東アジアを現在の世界情勢に於いて、
プラントと大西洋連邦両者が無視できぬ領域にまで高めた結果となっている。
ただ、その全てが東アジアの利のみを追求した形であり、
このまま政策を引き継いでしまえば、『中華思想』を体現する国家となってしまう。
この戦争が終わった後、プラントや地球圏各国とどう相対する気だったのだろう?
ツァオ大統領の行った大西洋とヨーロッパへの背信は、
向こうの国民感情に相当な悪印象を与えていることも事実であり、
膨大な人口を有する東アジアにとって、
自国内の経済のみで国民を食わせるのは最大の課題であるのにもかかわらず、だ。
特にプラントの軍事力に対抗できる腹づもりは、リァンはしていなかった。
シャンブロがあるといえども、あの‘サザビー’や‘シナンジュ’は、
呂布や関羽、張遼や張飛が如き『万もの兵に値する』機動兵器とみなしていた。
抽象的であるが、そこに存在しているだけでも、
味方を何倍にも強くし、敵を何倍にも弱める効果があろう。
ただそこにいるだけで大きく戦場に影響をあたえるというのは、驚異的と称す他無い。
今ここで成すべきはプラントやオーブとの対等な外交姿勢を構築することである。
威圧し上から見続けているのでは、
ナチュラルを見下したコーディネイターの過激派と、何も変わらない。
「そんな時代遅れの思考では、新しくなりつつある世界は統治できません。
 未だに民族や国家、宗教にすがる考えこそ、互いの摩擦と勘違いを生み争いの種になるのです」
中東地域を見てみれば、かの地域はコズミック・イラという新たに時代になってもなお、
民族や宗教という括りに縛られ、治安の安定はZAFTの駐留で保たれている状況だ。
確かにこの東アジアや、大西洋連邦とユーラシアが二年前に行っていた権益争いは、
国を治める人間として考え、そして行って当然のものではある。
自国の国民の生活を安定化させて国を栄えさせること。それこそが政治家の本分である。
しかし、時代が変わった今、旧態依然とした考え方でいてはたして良いのだろうか?
政治家も、ただ自国の事のみを考えてゆくだけではいけないのではないか?
リァンは、若い頃から考え続けていた。
政治家が自国と他国の垣根を越えて、地球圏全体の繁栄と安寧を作り出すには、
ありとあらゆる人民が畏敬と畏怖を持ち、疑う気力すら起こさせない巨大な組織を作る必要があると。
世界の人間達が信じる各々の神を殺し、新たな『人工の神』を作り出す必要があるのだと。
こうして大統領になった今、彼は世界に呼びかけることが出来るのだ。
彼の心は天に上らんばかりに舞い上がっていた。
彼は部下を呼び出し、プラントの政治局へ電文を送るよう命じた。
代替わりしてからの挨拶は、手を結んでいる国家全ての首長が集まるべきだ。
そしてその場所に最も相応しいのは、人類がこれから進出していく場所、宇宙。
プラント首都アプリリウスで多国間協議を開くべきだと思っていた。
そしてそこで、自分は表明するのだ。

 

~ 『地球圏統一国家構想』 ~

 

「『地球連合』ではないもっと上の、地球という一つの国にする。
 それと時間をかけていけば、次世代の子供達は思うでしょう。
 自分たちは一つ同じ国に生まれた国民なのだと……」
彼はデュランダルとよく似ていた。
学者肌の所も、ロマンチストな所も。ただ一つだけ違うのは、実行に移すか否か。
そして、今世界を覆い尽くそうとしている悪意に気付いているか否かであった。

 
 

※※※※※※※

 
 

~L5宙域・レウルーラ艦内

 

『指定ポイント到達まで10㎞を切りました。ブリッジより通達します。
 シャア・アズナブル、シン・アスカ両名は搭乗機を起動状態へ。
 アスラン・ザラ並びに議長随員は、ブリーフィングルームへ集合してください。
 なお、他のMS隊員も搭乗機で待機。繰り返します……』
元ミネルバクルー、そしてジュール隊とオレンジショルダー隊が、
レウルーラを始めとする新型戦艦三隻で編成される艦隊に編入され数日。
連戦の疲れがまだ完全に取れぬ中で出撃命令が下った。
戦闘を目的としたものではなく、デュランダル議長の外交目的による出港。
行く先はL5宙域の外れに存在する、デブリ帯やL1宙域との境界すれすれのポイントであった。
つい先日ZAFT軍戦艦数隻が消息を絶ち、民間シャトルが謎のMSを目撃した箇所に近い。
メイリン・ホークの声が艦内に響き渡り、
ギルバート・デュランダルは豪奢に誂えられたVIPルームを見回して、
本来のこの部屋の主が今、搭乗機へ乗り込まんとしている光景を思い浮かべる。
そして自分が今、緊張している事に同時に気が付いた。
密会という形であり、公式でメディアに公表するようなものでなく、
随員と一部のクルーにしか会談相手のことを伝えてはいない。
レウルーラを追従するムサカ級二隻のクルーで知っている人間は、
ハイネ・ヴェステンフルスとイザーク・ジュールのみだ。
『本物のラクス』との会談は、彼自身初めてであり、
プラント最高評議会議長となってから後、ずっと恐れ続けてきた相手である。
その気になれば世界情勢を左右しうる程のネットワークを持つ最大級の地下組織。
噂に因れば『司書』を初めとした別の地下組織を、
力試し程度の感覚でひねり潰したとも聞いている。
シャア・アズナブルと出会ったあの時、
この目で見た特徴的な小惑星の姿は未だ彼の記憶に焼き付いており、
そこで開発されたというMSがどんなものかという興味もあった。
ベルリンではその一機『クィン・マンサ』が姿を現し、
全てを圧倒するほどの猛威を見せつけていった事も、シャアの口から聞いた。
コズミック・イラという時代が始まって以降、
最大最悪のイレギュラーによって、全ての歯車は別の方向へ回り始めていた。
本来なら、デスティニーやレジェンドのスペックは当代最強のMSであったろう。
本来なら、もっと早い段階で『ロゴス』の存在を公表し、
自らが若い頃から夢見ていた『戦争の起こりえない完全な管理社会』の樹立を目指していただろう。
だがシャア達イレギュラーの存在が現れたことで、
若き日からの、学者として心血を注いできた全てが否定された。
シャア・アズナブルという男を見れば解る。
彼はナチュラルでありながら、
コーディネイターを凌駕した能力を有した存在だった。
だがそれは遺伝子の優勢によるものではなく、彼の不断の努力で手に入れた成果だ。
苛烈な幼少期から、復讐のために捧げた青年期に培った能力と、
『ニュータイプ』という遺伝子工学や生物学では判別不能な無二の力。
デュランダルの考えていた人間の限界を、
人という生き物は飛び越える事が出来るという生きた証明。
一度、コーディネイターという存在に絶望しかけた。
かつて最初のコーディネイター、ジョージ・グレンは、
コーディネイターを「調整者」「地球と宇宙とを繋ぐ架け橋」、
そして「人の今と未来の間に立つ者」と呼んだ。
……ソレは正しい見方だったのか?
……コーディネイターはただの障害だったのではないか?
……ニュータイプとして進化していく過程の中で生まれた異分子だったのではないか?
デュランダルの思考の中に、最初はそんな考えが巣くった。
だが、彼はそういう可能性一つ見せられただけで心折れるほど、彼はヤワではなかった。
コーディネイターからだって、ニュータイプは生まれて良いはずだ。
新時代を切り開く人類は、
ナチュラルとコーディネイターの壁を簡単に壊せるはずだ。
ジョージの言葉だって見方を変えれば、
人類を順調にニュータイプへと導く先導として、
コーディネイターが生まれたのだと解釈し直せばそれだけで印象はガラリと変わる。
これからのプラント、いや、全てのコーディネイターはそうあるべきなのだ。
ナチュラルを凌駕した存在、生き残るべき種族などではなく、
新たな領域へ踏み出す手助けをする存在なのだと、これから証明して行けばいい。
ならばいち早くこの戦争を終わらせて、人類の大半を新しい環境へ持って行かねばならない。
デュランダルの心はそういう意味では晴れやかであった。
目的が定まらなかった時と比べて、何とも心地よいではないか。
しかし、これから向かう先にいる存在は、
そんな晴れやかな彼の心境をかき乱し濁りを与える者だ。
「……平和の歌姫……か。
 シーゲル・クライン、厄介な子を残してくれた」
その時、VIPルームのインターフォンが鳴り、
小さなモニタにアスランの顔が映る。
『議長、指定ポイント到達までわずかです。ランチへおいで下さい』
「わかった、すぐに行く」

 

※※※※

 

「でけぇ……」
シン・アスカは艦内モニタに映るグワダンを見、一言だけ言った。
一言で言い表すならば、巨大なクジラだ。
赤い船体を有する巨艦は、レウルーラはおろか、ミネルバやアークエンジェルが子クジラに見える。
グワダンと言う名は、今こうしてハンガーへ出向いたときに初めて耳にした。
「では君は議長に同行しランチに搭乗するのだな?」
『ええ、隊長とシンが着艦するまで外の護衛を。
 艦内では我々と行動を共にするという事になります』
共にハンガーにでたシャアはというと、壁の通信機でアスランと話をしている最中だ。
アスランは随員の長役として議長に随行し、会談の際に彼の隣に立つそうだ。
…………大丈夫だろうか?
ふと、そんな事を考える。国家元首が共を連れているとはいえ、
まだ敵か味方かハッキリしない連中の艦に表敬訪問しようと言うのだ。
もし会談が決裂して訪問した議長達が人質になった場合、目も当てられないことになる。
デュランダル議長の、アクティブな姿勢も敬意を表するが、
それが時にマイナスに働くこともある。ミネルバの時のように。
『会談は此方で行うべきではなかったのでしょうか?』
アスランも、シャアにはそう漏らしていた。
「打診してしまった以上、今更そんな事は言えん。
 少なくとも、頼む側なのはこちらだ、君はそれを上申しなかったのか?」
『しましたよ。ですが、議長は行くと言って聞きません』
シャアとしても、会談はレウルーラ艦内で行いたいと考えていたが、
デュランダルは行くべきだと主張した。
『彼女』を此方につける為には、こちらから出向くのが筋である。
それだけは譲れないと言う以上、シャアやアスランには何も言えない。
「……議長に黙って、随員には出来る限りの装備をさせよう。
 無論、服の下に収まる範囲でな」
『もうやってますよ。
 薄型の防弾チョッキに固定酸素。解毒剤を塗ったハンカチ
 ……むこうでどうせチェックされますから、武器は持ちません』
「よし、ブリッジには第一種戦闘配置を解かぬよう打診しておいてくれ。
 こちらは、全てのMSを機動状態にして待機させる」
そう言って、シャアとアスランの通信は終わった。
シンは思わず彼の後ろに近づいていって、
「そんなに好戦的な態度でいいんですか?
 今回の目的は会談でしょう。戦闘が目的じゃぁ……」
「会う相手が相手だ。ライオンの檻の中に裸で立ちたいか?」
「そりゃあ嫌です。
 でも此方がギラギラした目で会いに行ったって、
 向こうが納得してくれるとも思いません」
「正しいものの見方だな。だが、それは個人での話だ、シン。
 この場合、向こうもすでにこちらと同じ事をやっていると見ろ」
組織同士での話し合いに殺気はつきものなのだよ。
シャアはそう言うと、シンの肩をぽんと叩いて、
サザビーのコクピットに向かって床を蹴った。
スーッと、無重力下のハンガーを泳いで滑り込む後ろ姿を見、
デスティニーのコクピットに乗り込んで、シンは機体を起動させた。
全天モニタが映し出され、周りを慌ただしくメカニックが動き回っているのが解る。
すると、ここのメカニックとして赴任し腐れ縁と化したヨウランが、
デスティニーのコクピットハッチに触れて、触れあい通信で言った。
『議長達、ランチに乗り込んだってよ』
「わかった。隊長と俺は先に出る。
 そこ、どかないと吹っ飛ぶぞ」
周囲のタラップが外されて、シンはデスティニーをカタパルトへ歩かせる。
すでにサザビーは、上部カタパルトから発進し、レウルーラ上空で待機していた。
「シン・アスカ、デスティニー、行きます!」

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第32話

 
 

レウルーラとグワダン間の宙域に、MSが居並んでいた。
キノコに手足が生えたような形状をしているMS。
シンにとっては初めての、シャアにとっては久しぶりに見るMSであった。
『ガザD』~アクシズの量産MSガザCの後継機。
作業用MSから開発されたガザCは生産性を最優先し、
支援用MSと言うこともあって、運動性能や機動性も低かった。
変形も4回程行えば関節部に異状が出るという強度のもろさ。
さながら自走砲をそのまま大きくしたようなMSと言っても差し支えない。
ガザDは、そのCの問題点を払拭した機体である。
ジェネレータを強化し、機動力を高め、武器も増設させ、
バインダーの位置を変更し強度もUPさせている。
「気味悪い……」
シンは居並ぶガザDを見やる内に、
背筋を寒い何かが駆け抜けていくのを感じていた。
デスティニーに搭乗してからというもの、
他の機体に乗っているパイロットの存在を感知したりする事が増えたが、
あれらから感じる感覚の中には、人間らしさが欠片も残っていなかった。
まるで、意識を共通させているかのように、
平坦で冷淡、ゾッとするほどの静寂は、まるでマシーンのよう。
その時、グワダンから黄色い達磨のようなMSが姿を表した。
武器は、持っていない。だが、シンは先程よりも恐ろしい何かが、
自分達めがけて近づいてくることを自覚した。
武器を抜こうと思った、いや、抜きたかった。
目の前の存在に斬りかからなければ、死ぬ。
もう一人、冷静に事態を見ている自分がそう告げている。
だが、それを必死に押さえつけた。
黄色いMSが、ランチの眼前まで来ると、
シンは全体を見てみて、サザビーと似ているような印象を抱いた。
小さめの頭部はともかく、全身にバーニアを設置して、
大型の重MSながら高機動を実現しているコンセプトはよく似ている。
奴は、モノアイを不気味に光らせ、ランチの中をまるで吟味したかのようで……
そう思った瞬間、奴が目の前にスッと入り込んでくる。
『……シン、動くな!』
サザビーからシャアの通信が入る。そんな事は分かっている。だが……
(止まれ……止まれよ……!)
手のふるえが止まらない。
シンはその時ようやく悟った。自分は、恐れている。
目の前のMSに乗っている存在の‘禍々しさ’を肌で感じているからだ。
黄色いMSの手が、まるで上位の人間が人間の顔を除くときと同じように、
デスティニーの顎に手を当ててクッと持ち上げる。
『これが……貴殿等の『ガンダム』か?』
「……デスティニーといいます」
『運命…か。大層な名だ……。
 ZAFTの正規兵は若いな、名は?』
「シン・アスカです」
『シン、か……覚えておく』
心臓を鷲づかみにされているような感覚が、彼を襲う。
明らかに、一瞬の間だけ目の前の奴は、
このデスティニーを侮れぬ『敵』と認識していた。
その瞬間浴びせられたプレッシャーは、彼の何もかもを押しつぶそうとしてくる。
彼は必死になってそれをはねのけた。尋常じゃない力だ。
そして奴はシンから離れ、サザビーの周りをじっくりと眺め廻る。
心臓を掴まれるようなプレッシャーが自分から離れたとき、
シンは思わず口の中に溜まっていた空気を、かはぁとはき出した。
『それが『サザビー』か……』
『……そうだ』
サザビーをねっとりと見回した後、
奴はサザビーの頭部をじっと見て、シャアとの通信を試みる。
ふと、奴から発せられるものに、何故か少女らしいなにかが混じるのを悟る。
『やっと、其方から出向いたな。
 同道して頂こう、シャア・アズナブル』
妖艶な声が通信機越しに聞こえ、
奴はランチに一瞥をくれると身を翻しグワダンのカタパルトに着艦した。
見事な操縦だった。無駄が無くなめらかで、とても重MSとは思えない。
ただ一つだけ、シンには引っかかっている事があった。
『ガンダム』とは、全天モニター採用の新型は搭載していないが、
当代のMSほぼ全てのOSに書かれている文字列の頭文字ではないか?
だが彼女は、デュアルアイでV字アンテナがある機体の総称として、
ガンダムと呼んでいるように聞こえたのである。
「どういうつもりだ? 彼奴……」
そして奴の姿を見送った後、グワダンのランチ用デッキにランチが着艦し、
シンとシャアの二機はランチ脇に機体を着艦させ、
ガザD、そしてモノアイを有した重MSの監視の下、彼らも機体を降りランチの下へと向かう。
初めから二人はパイロットスーツを着ず、軍服を着た状態であった。
シンは思わず、シャアに聞いた。
「ここの連中、壊しはしないですよね……」
「交渉次第だろう。ただ、こうして虎の子を無防備にする以上、
 それを壊して名に泥を塗ったりはしないと思いたいな」

 

※※※※

 

「何なんです、先程の対応はっ!」
随員の一人は荒々しく声を上げた。
彼が言っているのは先程の黄色い重MSの、明らかにこちら側をなめきった行動にあった。
だが、デュランダルも、アスランも、あの行動に憤りを覚えつつも何も言えずにいた。
随員達を宥めながらアスランはそっと、自分の掌を開いた。汗ばんでいる。
あの巨体を見たとき、確かに自分は緊張していた。
発せられる圧迫感に、禍々しい存在感は、
自分がよく知っている『彼女』とは程遠い怪物のものになり果てている。
それとも、自分がその怪物がみせる姿に気づけなかっただけなのだろうか?
キラは、もしやそれに気づいたから、ああやって逃げ回っていたのか?
そんな事を考える。アスランの様子に気づいたか、
デュランダルが、二の腕をポンポンと叩いて、
「大丈夫か、アスラン。顔色が悪いようだが……」
と、顔をのぞき込んでくる。
「あ、いえ。問題ありません」
「そうか。だが無理するなよ?
 戦続きで休んでいないのだからな、君は」
「ありがとうございます」
そして、グワダンのハンガー内部に酸素が十分に溜まった事を告げる通信が入り、
アスランを先頭に、随員達に守られたデュランダルがランチから降りる。
出迎えに並んだ兵士達、そして将校の着ている軍服は、
彼らの見たことのないものであった。
旧世紀時代のヨーロッパ、特にWWⅠ・WWⅡ時代の軍服を、
緑を基調としたカラーリングに仕立て直したような印象である。
そんな彼らが整列している姿から感じるものに、
アスランとデュランダルは吐き気を感じる自分がいることに気付く。
彼らからは、生気を欠片も感じないのである。
ガザDの軍団の中をすり抜ける時もそうであったが、
彼らの目はパッチリと見開かれており、端から見れば峻厳な軍人に見えよう。
しかし、なぜこうも居心地が悪いのだ!?
敵国の土地でもここまでの悪寒は感じまい。
まるで、ネクロポリス、死者の国に迷い込んだかのような感覚。
そう言った方が、彼らの心境をよく表していた。
(こいつらは……亡霊だ!)
アスランが出迎えの士官に敬礼し、士官は慇懃な対応で彼らを迎え、
「こちらへ……」
随員達が士官の後に続き、シンとシャアがそこに合流する。
アスランは一度デュランダルの脇に下がった。
その時、彼の視界の端に赤い影が映る。
(……ん?)
アスランはハンガー上部、
タラップの脇の辺りにいた将校の後ろ姿を見た。
ブルーのカラーリングの、通常の軍服とは異なるダブルジャケット型。
だがその髪の毛を見た瞬間、心に何かがひっかかる。
そうだ、あの髪の毛に生えている特徴的なクセ毛は!
シンも気付いたらしい、アスランの脇を肘で小突き、
「あれって、まさかルナ!?」
「いや、そんな事は無いだろ……」
彼女はレウルーラのギラ・ドーガコクピット内で待機中だ。
こんな場所にいるはずがないではないか。
そう思って、アスランは随員達の後へと付いていった。
艦内の造りは、軍艦とは思えなかった。
いや、それこそ通常の軍艦と変わらない所は勿論あるのだろうが、
おそらく政治活動も同時に行える造りにしてあるのだろうと感じた。
レウルーラの『あの部屋』と似て、
中世ヨーロッパの宮殿を意識した造りの廊下を進み、
同じように豪華絢爛な装飾が施された大扉の前に立つ。
ゴゴゴ…と、音を立てて扉が左右に開いて行く。
デュランダル達の足が振動を感じ取り、彼らは身を引き締める。
謁見の間が、視界の中に入ってきた。
10mはあろうかと思われる天井と、美しい装飾。
何もかもが、太古に忘れ去られた何かを心から引きずり出そうとしてくる。
レッドカーペットが敷かれ、儀仗兵を従えた青年が彼等を出迎えた。
一般の兵士達の軍服に紋章を刻み込んで、マントを着用した、
かつての‘騎士’をイメージさせる青年で、顔は……
「「……!?」」
シンとアスランは、その顔を見た瞬間思考が停止した。
自分のよく知っている人間、‘キラ・ヤマト’とうり二つの顔がそこにあったからである。
しかし、キラの優しげな容貌は微塵もなく、抜き身のナイフのような緊張感すら漂わせていた。
「デュランダル議長でいらっしゃいますね」
「そうだ」
「我が主がただいまこちらへ参ります故、こちらでお待ち頂きたい」
と、深々とお辞儀をして青年は横へと退き、
手をスッと指し示して前へ出るよう促した。
長いカーペットの上を一同は歩き、玉座の前へと立つ。
周りに武装した儀仗兵が並んで、
玉座の脇に侍女が並んで主人を待っている光景は、
まるでファンタジーや史実モノの映像作品を見ているようで、
アスランは奇妙な錯覚に陥る。
ここで妙に落ち着いているのは、シャアであった。
アスランとシン、随員達も彼の冷静な対応に内心首をかしげるが、
デュランダルだけは違った。彼は、シャアが‘ここを知っていること‘を‘知っている’から。
儀仗兵の一人が謁見の間の脇入り口から小走りで入ってきて、
先程の青年の下へと駆け寄ると、青年に耳打ちする。青年は頷くと、
「ラクス様の御成りである!」
凛とした声が屋内に響き渡り、
儀仗兵たちが一糸乱れぬ動きで姿勢をただし敬礼した。
不気味に思った。統制がよく行き届いている。
と言うより、行き過ぎている気すらしたのだ。
まるでプログラミングされたかのような生気のない敬礼。
そして、謁見の間に、黒いドレスを着た女性が現れた。
その時、その空間にいる生きとし生ける者全てがひるんだ。
パンジーの口紅とマニキュア、そしてヒール。
漆黒のドレスを纏った彼女は妖艶で、絶世の美しさをもっているように見えた。
また凶悪なまでのプレッシャーを彼らに叩きつけてくる。
心臓が締め上げられるような感覚に襲われながら、
シン、アスラン、そしてシャアはデュランダルの脇に控えた。
アクシズの主、ラクス・クラインは玉座に座らず、
玉座の前、つまり彼らと同じ高さに立った。
「このような所へお出でいただいたこと、感謝いたしますわ。
 ギルバート・デュランダル議長」
丁寧な物言いが、これほどまで軽薄に聞こえるのは初めてであった。
デュランダルは、一歩前に出て随員達の間を抜け、
「こちらこそ、手厚い‘歓迎’に痛み入る次第です、ラクス・クライン。
 交渉の余地を与えて頂いたことにも感謝の言葉がありません」
デュランダルは顔に微笑みを張りつけて、彼女にお辞儀をした。
肩が少し震えているのに、アスランは気が付いた。
それが怒りなのか恐れなのかは、解らない。
ラクスが微笑んだ。それだけで、周囲の空気が変わる。
(まるで……ここにいる全員が『ラクス』のようだ……)
そんな感想を抱く。
彼女は、こんな形での会談は予定していなかったと、
デュランダルの手を取って詫びた。
周囲が彼女のためと勝手に進めた結果だと、そして……
「お茶を淹れましょう。……キラツー、案内を」
(……Ⅱ(ツー)!? ……どういう事だ!?)
アスランは内心驚愕した。
そっくりさんと言うには似すぎており、
キラと認識するには違いすぎる青年。それを、彼女は『Ⅱ(ツー)』と呼んだ。
何を意味しているのか、彼の脳裏に単語が一つ浮かんでくるが、否定する。
その単語を認めてしまうと、正真正銘キラ・ヤマトという人間が、
人間の悪意から作り出された産物になってしまう。
友人だった者として、その一線だけは踏み越えてはいけない気がした。

 

※※※※

 

案内の青年の背中を見つめながら、シャア・アズナブルは確信を持っていた。
目の前の青年から感じる、我々に向けられる悪意は、ベルリンで感じたソレと同一であった。
クィン・マンサから感じた、幼く純粋な悪意。
(哀れな少年だな、彼は……)
青年将校と同じ顔を持つ、ベルリンで消息を絶ち、
ヘブンズベースで現れたとアスランが語った少年、キラ・ヤマト。
目の前の存在を見て結論する。彼は、『プル』だったのだ。
正確に言うなら少し違う。
U.C.世紀に於いて、ハマーン・カーンがネオ・ジオンを率いていた時代、
ニュータイプ部隊として編成された量産型キュベレイのパイロット、『プルシリーズ』。
ニュータイプの素養を持った人間のクローニング。
先天的に遺伝子操作を施し、高重力下においても血流を保つ強化筋肉。
心臓補助のための、本来存在しない内臓の設置と神経系の強化。
コーディネイターと連合のエクステンデットの混合体と呼べばわかりやすい。
キラ・ヤマトの場合は、恐らく本体の優秀性に気付いた連中が彼の遺伝子を入手。
クローニングを行って強化改造を行った上で、培養によって成長を早めた個体であろう。
おそらく、実年齢は10才かそこらでは無かろうか?
シャアの勝手な推測であるが目の前の青年が時折、
感情を隠しきれていない未熟さを見せることから、間違いあるまい。
だがもし本当だとしたら、あの本物の『キラ』は哀れと呼ぶほか無い。
なまじ能力があったばかりに利用され続け、
アムロのようになる事も出来ず、
結果として、ああいう事になってしまったのだから。
それはともかくとして、シャアは、
ラクス・クラインに対する殺意を押さえ込むことに躍起になっていた。
グワダンの内部を見たとき、えもしれぬ懐かしさを感じるのと同時に、
得体も知れない連中が踏みにじっているのだという認識を持つ自分がいた。
玉座には、本当はミネバ・ラオ・ザビが座っていた。
シャアの本意ではないとはいえ、あの場所は彼女のものだ。
傍らに立っていたのは、ハマーンであった。
歩む道と考えを違ったがために殺し合いをしたが、
彼女もまたスペースノイドの事を想っている人間であったことは認めている。
それら全てを、あのラクス・クラインは蹂躙している。
アクシズ…ハマーンのやり方は自分の思うところとは違っていたものの、
別の人間が踏み入って良い領域ではないとも想っていたのである。
これから向かう先も、彼は知っている……客室だった場所だ。
古くさいインテリアでまとまっている部屋、赤を基調にした壁紙に、装飾付きの柱とモニタ。
かつてはハマーンの趣味だった、白を基調とした家具が置かれていた部屋は、
新しい主の心を表しているかのように、金と黒で統一されていた。
おそらく、どの部屋も同じようになっているに違いない。
デュランダル、シャア、アスラン、シンら四名のみが通され、他の随員は隣室へと案内された。
「どうなされたのです? ……お座りになって下さい」
彼らの後から入ってきたラクスは、微笑んで椅子へと招き、
侍従達が椅子を引いて、一礼するとそれに腰かけた。
四人の内で一番緊張しているのは、シンであった。
無理もない。おそらくこのような席に座った事はないだろうから。
加えて、彼が感じていたのは先程とのギャップもあったろう。
ランチ前で接触したときの彼女の声音は、
ハマーンやシロッコを彷彿とさせるプレッシャーを内包していた。
あれを聞いてひるまない人間は少ないはずだ。自分やデュランダルはともかくとして。
そしてラクスはデュランダルと相対する場所に座り、数人の将校が彼女の隣に座る。
彼女が、切り出す。
「それにしても、意外ですわ。
 デュランダル議長は多忙な方と聞いていましてから。
 きっと親書を使者に託してくる形で終わるだろうと思っていましたのに」
「私とて礼を尽くす立場でもありますからね。
 地球圏の趨勢を決めようと言うのに、出ないわけにいきますまい」
目の前に侍女達がティラミスを置き、カップにアールグレイが注がれる。
ほんのりとした甘い香りが部屋を満たし、プレッシャーが和らいだように感じた。
デュランダルが、アスランに目でサインを送り、
彼はランチからずっと抱えていた小型のアタッシュケースから、
丁寧にファイリングされた物を取り出した。
「使者の役割は自分が、と言う事になりましょうか……」
デュランダルは、アスランを介して彼女に親書を渡すことにしていたのである。
アスランはスッと傍らに近づいた侍女に、親書の入ったファイルを渡す。
それを受け取ったラクスは、じっくりと、
一行一行丁寧に読み取って、二度目を通した。
「これは、東アジアのものも含まれていると考えてもよろしくて?」
「ええ。代替わりしたばかりで彼は来られませんが、
 確かにリァン大統領の打診して来た電文も同封しました」
「……なるほど、『地球圏統一国家』ですか。
 貴方は、私にこの構想を受け入れろとおっしゃるのですね」
シャアは、小さく唇を噛んだ。
地球圏統一国家構想……つまりは、
C.E.の歴史において、再び地球連邦政府を構築する事を表している。
彼にとって、これほど皮肉な顛末は無かった。
今自分はかつては滅ぼそうとした組織を創る側にいるのだ。
最初その構想を聞いたときは反対した。
官僚主義と大衆に呑み込まれた巨大組織がどうなるかを、
30年以上生きて身にしみて知っている彼からすれば反対するのも当然であったが、
その時デュランダルは言った。
「確かに君の言うことももっともだよ、シャア。
 だが、創る段階において間違いを犯さなければ、巨大組織は健全たり得ると思わないかね?」
その言葉も、解る。
地球連邦政府が誕生したU.C.0001年、ラプラス事件。
リカルド・マーセナス初代首相ごとコロニーが爆破され、
その時発表されるはずであった『宇宙世紀憲章の原盤』が失われる結果となった。
それに何が書かれているのかは、シャアは知らない。
だが、あの事件をきっかけにして、
シャアの知る腐った巨大組織が誕生する結果となったことは理解していた。
それだけに、あの事件が無ければどうなったのかを考えると、
デュランダルとリァンの唱える考えに真っ向から反対する訳にもいかなかった。
しかし、この時シャアは目の前の女がコレを受け入れるとは考えていなかった。
この女がもしハマーンやシロッコの思想を受け継いでいるとしたならば、
この構想を受け入れるとはとうてい考えられなかったからである。
だが、この時の彼の予想を、目の前の女は飛び越していった。
「わかりました……考慮しておきます」
意外だった。シャアだけではない、デュランダルも、アスランも。
皆内心驚き、目の前の女の考えが読めなくなった。
ラクスは一度ファイルを置くと、カップを手にとって一口含む。
ふぅと息をつく姿は、確かに妖艶で人を惹きつける魅力を持っている。
『魔性』という言葉が必要であるが。
「考えておくとは……」
「今回の会談は意見交換をするためのものではありませんわ。
 プラントに私達の存在を認知して頂くのが目的です。それ以上のものはありません。
 ……ちょうどこの辺りはロードジブリールの目が近いですし」
ジブリール。彼の存在をちらつかせられた事で、先に進めなくなった。
協力を得るという目的はあるものの、それはもっと先の話だと暗に拒否されたに等しい。
ラクスは一同を見回して、シンを見、アスランを見、
そしてシャアに視線を合わせ、フッと微笑んだ。
その彼女の様子を見て、デュランダルはまだとりつく島はあると確信する。
「では、また日をもって骨組みを貴女の下へ送りましょう」
「……日限は?」
「二週間で」
「それでは長すぎますわね……」
「国家間の協議なのです、ラクス・クライン。
 向こうとの帳尻合わせもしなければなりません」
「……ならば仕方ありませんわ。
 一週間です。アプリリウスにグワダンで出向きましょう」
デュランダルが、彼女の見えないところで拳を握っているのが、アスラン達に見えた。
彼が急いている証であった。不安な気持ちに駆られるが、発言権は今の彼等にはなかった。
時折世話話も交えつつ、話はゆっくりとしたテンポでありながら、
一行として内容が進む気配がないまま終わろうとしていた。
ちょうどテーブルの上から食品が消えようとしていた段階で、ラクスが、
「デュランダル議長」
「何か?」
「一週間待つのは我が方です。
 ……一人、我が艦に置いては下さいません?」
「……!? それは……!」
承伏しかねる。そう言いかけて、デュランダルは口をつぐんだ。受け入れられる訳がない。
彼は今になって、連れてきたのがよりによって現ZAFTの三強である事に後悔した。
もし、ここで拒否してしまい、彼女が別勢力……つまりジブリールに走ったなら……。
先程彼の名が出たことで、デュランダルはまんまと流されたのである。
そして彼女の目が一点に注がれている事からも、言いたいことはハッキリしていた。

 

~シャアを置いていけ~

 

彼女は、そう言っていたのである。
デュランダルは、渋々と、了承の言葉を口にしていた。

 
 

第32話~完~

 
 

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