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Last-modified: 2011-05-15 (日) 17:35:25
 

~L5宙域・グワダン

 

「シャア・アズナブルの身柄は、我が方に返して頂けるのですか?」
随員としてグワダンに同行していたシン・アスカは、
ギルバート・デュランダル議長の申し出の言葉を聞き、
シャアが近衛兵達にいちど室外へ連れ出された直後、
ラクス・クラインを睨みつけ、グッと身体を前へと乗り出させ、言った。
先程まで緊張で足が少し震えていたのが嘘のようにおさまり、
シン本人も、こうして今自分が落ち着いていられることに驚愕していた。
アスランが彼の前に手を出して制そうとしたが、ラクスが手をスッと上げそれを止めた。
「返さないとは、言った覚えはありませんわ。
 プラントと地球の各国が、私達をどう扱うかを見たいだけ」
ラクスが、シンの方を見る。ランチの前を飛んだときと同じように、
シン・アスカという人間に興味をもったように見えた。
のぞき込んでくる彼女の目は、グワダンの他の将兵のように死んだ目ではなく、
先程見せていた‘亡霊共の首領’であるラクスでもない、
彼女に残っていた最後の良心、少女としての部分が見えた。
「貴方は『ガンダム』のパイロットですわね?」
「……ええ」
「とても若いですわ。そこのアスラン・ザラも、そして私も。
 若い人間には、時間が必要なのです。考えることにも、何事にも。
 ……考える時間が必要ないのは、考えることの少ない年寄り共だけですわ」
ラクスが、立ち上がる。デュランダルが彼女を引き留めようとした。
もっと、話を詰めたかったのだろうが、彼女は構わず踵を返し、
彼らの意図を悟ったかのように、言い残した。シンの赤い瞳を見つめて。
「私とて故郷であるプラントとは、
 より良く事を進めたいのです、シン・アスカ」
お互いに眼の中にあるものを読み取ろうとしているのか、
周囲の人間達の存在が希薄になり始める。
「その証明として、シャア・アズナブルの身柄はお返しするつもりですわ。
 ですが、万が一の時は……?」
万が一。その言葉を聞いたとき、シンは頭にカッと血が上った。
感情が高ぶったと言った方が、この場合正しい言い方だろう。
ズキッと頭に鋭い痛みが走り、シンは頭を手で抑え、俯いた。
だが、アスランやデュランダルからの反応が聞こえない。
肩に手を乗せられる感覚も揺さぶられるであろう時も、やってこない。
おかしいと、シンは感じた。ゆっくりと目を開ける。
その時シンは、ラクスが被っているものが全て剥がれ落ちている瞬間を見た。
ラクスと自分だけが宙に浮き、一糸まとわぬ状態で向かい合っている。
ベルリン戦の時、レイが見たという空間はこれだろうか?
何を画策しているか解らない、不可解で不気味な指導者の顔。
戦前から大衆に見せ続けた穏やかな歌姫、女性としての顔。
先程見せた凶悪なまでのプレッシャーを除かせた魔女の顔。
全てが剥がれ落ち、自らの身体に流れる血から、
ふつふつと沸き上がる感情に戸惑う一人の少女の顔が現れる。
それと同時に、声が聞こえた。
『お前は王になるべき人間なんだ、ラクス』
「……? 誰だっ!」
ぼんやりと、髭の男が話しかけてくる映像が浮かぶ。
ラクスに話しかけているのに、自分に話しかけているように見える。
一体これは何だ!? そう思いながら、シンは男の手を振り払う仕草をした。
男の姿が、消える。そして次に現れたのは、『羽クジラ』であった。
カレンダーは、確かアプリリウスでそれが展示されている施設の休館日。
職員ではない、白衣の人間達と先程の髭の男が、
あのクジラの化石に群がり、両脇の柱からそれを下ろしている光景である。
ちょうど側面部分をいじっていた白衣の女がその一部を開き、シンは驚愕した。
端末だった。それもC.E.の基準ではない、別の何か。
……それが何か判断する間もなく、化石が割れた。
プシューッと空気が抜けて、ちょうどクジラの頭にあたる部分が、
ゆっくりと上部へとせり上がっていく。中は、冷凍装置のようだった。
シンがオーブにいた頃、妹のマユと一緒にレンタルでみたDVDで、
『ジュ○シック・パ○ク』なるSF映画があったが、
あれで裏切り者の職員が潜り込んだあの冷凍装置とそっくりだ。
内部に設置された固定装置に、何本もの試験管が安置されていたが、
大半が時間が経過していたのか割れて中身が飛び散っており、
無事なのは数本という悲惨な状況である。
名前が、試験管の設置する金属部分に刻印されていた。
『レビル』『ギレン』『ドズル』『キシリア』『エギーユ』『ギニアス』
『カミーユ』『No.4』『ロザミア』『ブレックス』『ジャミトフ』『ジェリド』『バスク』『ヤザン』
『ジュドー』『グレミー』『マシュマー』『プル』『ギュネイ』『クェス』『バナージ』『フロンタル』
『シーブック』『マイッツァー』『カロッゾ』『ベラ』『ウッソ』『マリア』『クロノクル』『カテジナ』
『ドモン』『シュウジ』『キョウジ』『ウルベ』『ヒイロ』『リリーナ』『ミリアルド』『トレーズ』
『ガロード』『ジャミル』『シャギア』『オルバ』『ソラン』『ティエリア』『リボンズ』『グラハム』
それらが全て人間の遺伝子であるという事が、何故かシンには理解できた。
……彼女の記憶にそって見ているからだろうか?
無事に残っている二本の試験官固定器具に刻まれた名前は、『ハマーン』『シロッコ』。
そして、その隣に刻まれている名前は……!?
シンの意識はその文字を読み取らぬまま、また別の風景へと移り変わる。
広大な青々とした空間と、岩山。そして、中世ヨーロッパの石造りの建造物に似た何か。
しかしそれらは、そこにあったかと思えば消え、現れたかと思えば形が変わっている。
まるで、訪れた者の心にあわせて変化していっているようにも見える。
ラクスが、目の前にいた。十年ほど前の、まだ幼く清らかだった少女のラクス。
彼女は、巨大な湖の湖畔に駆け寄って行く。
危ないと、シンはその時少女がラクスであることも忘れて手を伸ばしていた。
だが、少女を捕まえることが出来ない。
スッと、身体を手がすり抜けて、これが記憶の中なのだと再度悟る。
ラクスが、少年に駆け寄っていく。黒髪で、彼女と同じ年頃の。
シンはその姿を見たとき、背筋を恐ろしい何かが駆け抜けて、
その姿を見つめた目を動かせなくなった。
恐ろしい、とてつもなく巨大で深い力と闇。そして膨大な『知』。
それが、ここまで恐怖を伴ってのしかかってくるとは!?
その時、シンは池の向こうにある物体に気が付いた。
ラクスは、気付いていない。記憶の片隅にありながら、彼女が目を向けようとしないもの。
それは、湖面から天高く伸びている二本の柱であった。いや、柱と言うより……
「……角?」
シャープで美しい曲線を描いたそれは、
紡錘形のような形、クワガタの角のように生えており、
まるで生き物の角のようである。
その角を見上げていると、視線を感じた。
ドクン……と、心臓の鼓動が早くなる。
身体全体を、巨大な手が掴んだような苦しい感覚に襲われる。
目線を、下に戻す。

 

黒髪の少年が、ジッとシンの目をのぞき込んでいた。

 

記憶の中なのに、何故……!? 彼奴は何者だ!?

 

そしてシンの意識は、現実に引き戻された。

 

何時間もの時間が経っているかのように思えたが、
アスラン達が反応を示していない所から見て、数秒も経っていなかったに違いない。
ハッとなったのはシンだけでなく、ラクスもである。
摩訶不思議な映像が見えたとき、彼は自分の中にあるものが吸い出される感触があった。
恐らく、彼女はシン・アスカの中を見たのである。
ラクスは、目では動揺を見せつつも、平静を保って言う。
「万が一、彼の身に危害が及んだ時は……。必ずやプラントに協力しましょう」
その表情に、シンは可愛らしさが残っていると感じていたが、
ラクスはそこまで言うと、先程までのプレッシャーを取りもどし、シンをギッと睨みつけた。
その瞬間シンは、彼女は自分を完全に敵と見なしたと言うことを確信する。
プラントどうこうではなく、彼女の中を見た人間として。
ラクスは部屋から退去する旨をデュランダルに告げると、
再びシンへと向き直って、言った。
「シン・アスカ。一つだけ言っておきますわ。
 ……土足で人の中に入るなど、恥を知りなさい」
底冷えのする声、目は氷のようであった。しかし、シンは恐怖をもう感じなかった。
彼女が目指している所は、おぞましき魔道であることは察しが付く。
が、その全てが彼女の独りよがりの妄想から生まれた産物であることを悟った。
気付くと同時に、許せなくなった。
デュランダルのように争いのない世を作ろうという訳でもなく、
東アジアやオーブのように、自国の国民の利益を図るわけでもなく、
ジブリール達のような、身勝手ながらも一貫した目的を持っている訳でもない。
子供の我が儘。
ラクスのそれが、滑稽な我が儘にしか見えなかったのである。
人民を支配するとかそう言う事は考えていても二の次でしかない。
根底にあるのは、夢見る少女の考える事に過ぎないことと気付いた。
去っていくラクスの後ろ姿を眺めながら、
「……若いのはどっちだよ」
ひとり、そう漏らしていた。

 
 

※※※※※※※

 
 

~L1宙域・ゼダンの門

 
 

ヘブンズベース陥落以降確実に、
地球各国に暮らすロゴスメンバーの不安は増大していた。
地球の巨大企業のトップという顔を持っている彼らの裏の顔は、
まだ世間には公にされておらず、まだ立場が危ぶまれるという事は無い。
しかし、いつ築き上げてきた地位が瓦解するかという点、
地球のジジイ共はその事しか考えていないように、ロード・ジブリールは思えた。
中には、デュランダルと通じて自分だけでもと考え出す者がでるとも限らない。
ジブリールはまだ、自分が負けたとは考えていない。
最後の最後で生き残った人間が勝ちであると、彼は考えていた。
国家や巨大勢力同士の争いに最も必要なのは、
決戦兵器も要塞ももちろんであるが、重要かつ不可欠なのは『世論』だ。
人民とは残酷な存在だ。
自分たちに希望を見せてくれる者には、惜しみなく称賛の言葉をかける。
だが一度でもそれを裏切ることあらば、人々は今までの称賛も受けた恩恵も忘れ去り、
ただ罵倒の言葉をあびせ泥を投げ、延々と呪詛の言葉をはき続けるのだ。
今、デュランダルという男は地球圏の世論という味方を得ているが、
ヘブンズベースでの敗北は、多少なりともそれに影を落とすことに成功している。
ゼダンの門の存在を、先程ジブリールは公にした。
地球圏国家間の首脳やメディアに、情報を流したのである。
宇宙には、まだ巨大要塞と月基地の存在がある。
地球を狙う決戦兵器の存在も、それとなく匂わせることで、
反大西洋連邦、ユーラシア連邦政府の運動家も表だった行動が取れなくなった。
公の情報には、ゼダンの門は地球連合宇宙軍要塞であるとさせているが故に、だ。
デュランダルには、ますます人民の期待と不安が押しつけられるだろう。
そして、このゼダンの門を落とすのも、自ずと彼だけの責務になっていくはずだ。
ただ、ジブリールは意識していなかった。
その考え方は、逆説的に言うならデュランダルの声望を高める結果になり、
ZAFT・プラントという組織を通しての反連合姿勢を、ますます強める結果となったことであると。
脅威を示すことで自分たちへの反論を押さえ込むことに成功。
そして、ゼダンの門に戦力を固めた事を認知した事で、彼は増長していた。
「貴様の驚き絶望する様が見えるぞ、デュランダル」
ジブリールは、天井を見上げて笑みを浮かべる。
最後まで、担がれた御輿の気分を味わっていると良い。そう考えていた。
そして彼は、気に懸けているその男が動きを見せたことを、先程知った。
「それにしてもあの女狐め、どういうつもりだ?」
ラクス・クラインがデュランダルと接触を図った事である。
アクシズは現在L2宙域、ゼダンの門とは反対側の月周囲を漂っており、
後々にはこちら側に戦力を出すよう要請するつもりであっただけに、
なぜ今になってデュランダルと接触を図ったのかが、彼には理解できない。
「こちらにゼダンの門を渡した理由がなくなるではないか」
思考の海に沈み始めた我が身を、はっとなって引き上げる。
もらったものは大いに使わせてもらえばいい。
それが彼女に害になろうと、それはあの女の自己責任だ。
ジブリールは、端末をいじって秘書官を呼び出すと、
アクシズに向けて打診するよう命令した。L1宙域は幸い、こちらの勢力圏内でもある。
「ロアノーク隊はドゴス・ギアへの配属を終えたのだな?」
『はい、ネオ大佐以下ロアノーク隊はドゴス・ギアへ配置完了。
 並びに、ジェガン小隊三つは現在艦載作業中であります』
「了解だ。一度隊員で会っておきたい男がいる。
 大佐とヤマト中尉を呼び出し、アクシズに打診しろ。
 得体の知れぬ赤い艦をそのままこちらに一度よこせとな」

 
 

機動戦士ガンダムSEED DESTINY IF
~Revival of Red Comet~
第33話

 
 

~ゼダンの門

 

「そう畏まることはない。戦場で生き延びてきたという事は、
 君が選ばれた者だという証明だよ、キラ・ヤマト君」
ジブリールは、目の前で緊張している青年を見て、昔を思い起こした。
まだ組織の中で地位を確立していなかった頃だが、
あの時は組織の中で話題になっていた事を思い出す。
ユーレン・ヒビキ博士の造り上げた人工子宮と、『最高のコーディネイター』。
組織の上層部や一部の人間は最高レベルの才能を、
どの分野でも遺憾なく発揮できる存在と位置づけていたが、彼の認識は違った。
彼の推測した『最高』とは、親の思い通りに‘設計’できる事。
スポーツ選手にしたい、アイドルにしたい、画家にさせたい。
自分の後を継がせたいなど親の思うところはそれぞれであり、
当然のように子供をコーディネイターとすることが流行った時期がある。
当時親の思ったように生まれてこないコーディネイターも少なからず存在し、
ヒビキ博士の研究対象はそこであった。人工子宮によって安定した状態で、
設計したとおりのコーディネイターを誕生させること。
ジブリールが『安定している』事を『最高』と規定したのは、訳がある。
あらゆる点で図抜けた才能を持たせてしまうことは、逆にその個体の‘向上心’を殺すことに繋がるからである。
何をやってもうまくいくなど当人が一番つまらないはずで、
何をやっても長続きせず結局器用貧乏止まりで終わってしまうだろう。
結果として、人工子宮の研究はアル・ダ・フラガの資金援助によって完成し、
最高のコーディネイター『キラ・ヒビキ』が誕生した。
当然、組織は彼を狙った。しかしすでに彼は別の場所へ移され消息不明。
結局はあやふやになったまま暗殺計画は立ち消えとなった。
その標的が、今こうして自分の部下として前にいるのだ。
現実は小説より奇なりとは、よく言ったものである。
キラ・ヤマトに加えられた調整のことは聞いている。
それ故に、こういう言い方をした。彼は今、
『二年前から幻視痛に所属し、ミネルバと戦い続けてきたMSパイロット』
なのだから。キラは、自分の所属している組織における、
指導者に当たる男を前にして、ピッと背筋を伸ばし直立不動の姿勢で、
「いえ。自分はただ、惨敗の連続と思っております」
「アークエンジェルを落とし、
 ZAFTの新型の猛襲から逃れたのは君の実力だ。
 それは惨敗ではなく、勝利だよ。私にとってはね」
「ありがとうございます、閣下」
「……良い部下を持ったじゃないか、大佐」
ジブリールは隣に立っていたネオに目をやった。
「……ええ。私も喜ばしく感じております」
仮面の向こうに、ネオは複雑そうな表情を見せる。
明かな反感。それを、言葉の端から感じた。
ジブリールは口元に笑みを浮かべる。
反感を抱くのは良い。もし明らかに反するような行動を取るのなら、
こちらは彼らの記憶を開放すればいい話だ。
ネオの本名も、キラがどの艦の為に戦っていたかも、
フレイ・アルスターの経歴も考えた上で、あの大天使を落とさせたのだ。
自らが手を下した罪という名の事実を知らしめることが、最大の罰である。
それまでは良質な手駒として動いてくれる故に、笑うしかない。
「そうそう、君ら二人を呼び寄せたのは他でもない……」
ジブリールはそう言って、机の引き出しを引き、
ある物々しい物体を一つ取り出して、キラの眼前に滑らせた。
ガントレット……いや、ブレスレットだろう。
超小型単発式拳銃を、装着者の手の動きと連動しスライド式に掌へ射出するカラクリであった。
映画『シャー○ック・○ー○ズ』において、某教授が使用していた物とよく似ている。
「これは……?」
「‘御守り’だ。今からここへラクス・クラインが来る。
 ……訳の解らない女と会うのだ。これを使うこともあろうて」
「このような回りくどい真似をせずとも、
 『鎮魂歌』をちらつかせればあの女は自ずとこちらにつきましょう」
ネオが、間に割り込む。
「あれを使うには時期が早すぎるし、使えば場所が敵に割れる。
 あの女の動きが全くつかめない以上、撃つ相手を吟味しなければならん」
「ならばなおさらです。
 ZAFTは着々と宇宙の戦力も蓄えております故、
 楽観できぬ事は閣下もご存じでしょう。地球のシンパが手を翻す前に……」
「貴様はそれほどあの兵器を使いたいのか?」
「……そのラクスという女との会見に意を挟むつもりはありません。
 ただ、足下が崩れぬうちに全て終わらせるべきと思ったまでであります」
ネオはそう言い残すと、ジブリールに一礼して部屋を早々と退出した。
キラは上司の様子が尋常でない様子を見て、
同じようにジブリールに一礼すると、銃を抱えたまま彼の後を追った。
「ふむ……」
地上で第一線に立たせすぎたか、猛々しい気性が現れ始めている。
事は慎重に運ばねば何事もうまくいかない事くらい、分かっているだろうに。
もしや、薄々自分がどんな存在か気づき始めたか?
そんな事を考えながら、彼は引き出しの中から菓子を取り出した。

 

「閣下は悠長すぎる!
 あの女を待っていては全てひっくり返るぞ!」
ネオが怒髪天を突く形相で、ゼダン門の廊下を進む。
仮面越しでも怒気をまき散らしている事はわかり、
職員や兵士達は関わるまいと距離を置いていた。
キラは居心地の悪さを感じつつ、先程の仕込み銃を腕にセットして軍服の袖に隠した。
「ひっくりかえるって、どういうことです?」
「どうもこうもそのままだ。 閣下は、『鎮魂歌』をただ存在させているだけにすぎん」
食堂に入りコーヒーを注文する。イライラが、収まらない。
一方のキラはケーキを頼んでいた。
「彼奴等やお前達が普通の暮らしができるようにするためだ。
 コーディネイターを滅ぼす気なんて、閣下には無いのさ」
「僕には理解できません。
 あの兵器を使って、大佐はどうしようと言うんです?」
「あの砂時計を、一掃する」
「…………!?」
キラは立ち上がっていた。給仕の少女が、
彼が突然立ったことに縮み上がり、彼ははっとなって謝り、もう一度座った。
ネオはその様子を見てため息をつき、
「キラ、お前俺が『蒼き清浄な~』なんて考えてるとでも思ってたのか?」
「い、いえ……と言えば嘘になります」
「……いいか、キラ。
 閣下は、あそこをまた地球圏の工廠として再利用したいんだ。
 つまり、暮らしてるコーディネイター達を労働力にした本来の形に戻したい。
 そのためには、ZAFTの軍備を全てここへ引きつけなきゃならん」
「だから、ラクスに会いたいと言うんですか……」
キラは、ユニウスセブンで回収したポッドから出てきた桃色の少女を思い出す。
もっと、自分に深く関わっていたような気もするが、全く思い出せない。
「その通り。二つの勢力が結ぶとなりゃ、デュランダルだって動かざるを得ないからな。
 そうやって艦隊を引きずり出して、そこを撃つんだよ。第二射ができるかはその時の状況次第だ」
鎮魂歌は必殺兵器。一発撃ち十分な結果を出せれば使う必要性が無くなる可能性が高い兵器である。
ZAFT艦隊を殲滅して、プラントが防衛機能を無くして軍門に降ったとなれば、
後はコーディネイター達を酷使する世の中が始まる。
そうしてプラントを支配し始めたなら、不満を抱かない人間はいるはずもない。
コーディネイター達がひしめくその地域の治安を厳格に維持するために、
「どっち道、アウルやスティングみたいに、
 言うことを聞くように生まれて、それ以外に生き方のない子供達が使われる。
 だったら、もう必要ない状態にしちまう意外無いだろうが……」
ネオは、置かれたコーヒーのカップを手に取り一口すする。
スティングやアウルだって戦ってきて、
ベルリンでステラを失い、そろそろ限界なのだ。
彼らがこれ以上、殺伐とした空気のある空間から遠ざけてやりたかった。
独りよがりだとか身勝手だと言われ、後ろ指をさされる事になろうと構わない。
もう戦争を続ける理由はない方が良い。全てを更地にしてしまえばいい。
ネオの仮面に隠れた顔を身ながら、キラは彼が半ば自棄になっているような気がした。
このまま行けば、きっと少年達のために戦って死ぬことも平気でやるに違いない。
どうやって、止めたらいいだろう?
手首にはめたブレスレットを服の上からさすり、
キラは、ケーキにフォークを刺した。

 
 

※※※※※※※

 
 

~L5宙域

 

「……はねクジラが!?」
「ええ、白い服を着た連中が集まって。あれって機械だったんですね」
グワダンから帰艦したシンは、ランチから出たアスランへと駆け寄って、
ラクスの中に見たあの光景の事を話した。あの不思議な池の話は、伏せた。
あればかりは、ただのオカルトだと信じたい。
記憶の中の存在に、次元の壁を越えて睨まれたような感覚。
アレばかりは二度と思い出したくないものだ。
「……俺がほいほい議長に会うわけにいきません。
 隊長がいない現在MS隊の指揮を執るのはアスランです」
「わかった……だが妙だな。それは幻覚だったんじゃないか?」
「俺だって、最初はそう思いましたよ。
 でもアスランも聞いたでしょ? 彼女が最後に言った台詞」
「『人の中に入る』……か?」
「その台詞が一番の証拠です。議長は信用するかと」
「了解。一応、議長には俺から上申しておく。
 レイ達にはお前から伝えてくれ、頼んだぞ」
アスランはそう言うと、デュランダルがランチから降り立つのを見、
彼のそばへと付き添ってハンガーを出て行った。そしてシンは、気が重くなる。
レイやルナマリア、そしてメイリン達同僚に、
シャアがあちらに人質として残った事実を伝えなければならない。
特に最近のメイリンの様子を見るに、隊長に気があるようにも思えた。
「……どうやって言おう」
シンはガックリと肩を落とし、ハンガーを振り返る。
サザビーのいないハンガー。ただそれだけで、ふと寂しい気持ちになる。
シャア・アズナブルという男と、そう思えてしまうほど付き合いも長かったという証左。
サザビーの解析はされないだろうか?
絶対するだろうと、持ち帰るようシャア本人は言っていたのだが、その可能性はラクスが否定した。
シンは、その時の彼女の目が嘘を言っていないことを悟って置いてきたのである。
部下が解析を試みれば後ろから撃ち殺すと目で語っていた。
そんな判断をした自分が馬鹿馬鹿しくなるが、過ぎてしまったことであり今更悔やんでも仕方が無い。
シンは踵を返し、ハンガーを後にした

 

~その数分後

 

彼が想像したとおり、自分の身体は宙に浮き首を締め上げられる。
メイリンが、鬼のような形相で自分を見上げており、
シンは背筋が寒くなるのと同時に、頭がぼうっとしてくるのを感じていた。
「何でっ!? どうして隊長を置いて来たのよぉ!」
「……!? 止めなさい!」
「……その手を放せ、メイリン!」
「嫌ぁっ!」
まさかこれほどの反応をされるとはと、
咳き込んで呼吸を整えながら、内心驚いていた。
レイとルナマリアが、泣き叫ぶメイリンをシンから引き剥がし、
ソファへと無理矢理座らせてルナマリアが懸命に彼女を宥めている間、
レイがシンの背をさすった。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫。それより、こうなるなんて全く……」
「半分はどストレートな言い方をしたお前のせいだが、俺も正直意外だ。
 メイリンがああも取り乱す等、初めてだからな」
「ショーンやノエミが逝った時以上か?
 まさかメイリン……」
「それはあるまい。
 隊長はちょうど彼女の倍の年だぞ……」
人質として残っているシャアの身より、
メイリンの行く先が少々心配になった。まさか年上好きとは。
失礼な発想に思えるが、シャアの身に万一が起きるという心配は、
何故か二人には胸にわいてこなかった。直感が、彼は大丈夫だと告げていたのである。
メイリンが落ち着くのを待って、シンはラクスとの間で起こった現象のことを口にした。
レイは、ベルリンで体験したあの妙な空間の事を想いだしたらしい。すこし表情が暗くなる。
「では見たんだな?
 はねクジラの内部に人間の遺伝子が……」
「ああ。確かに保管されてた。
 時代が経ってて、大半が劣化で壊れてたけどな」
何のために、誰がそんなものを?
と考える前に二人は、はねクジラがただの化石であると言い張っていた、
コーディネイターの元祖といえる男の事を想いだしていた。
アスラン・ザラがその件についてデュランダルに上申した際、
デュランダルが、ようやく合点がいったという表情を見せたと言うが、
アスランはソレについて多くを語ろうとはしなかった。
レウルーラが一度本国に帰国した次の日。
プラントのメディアほぼ全てが、
アプリリウス内にあるジョージ・グレン記念館の前に殺到していた。

 

〈ジョージ・グレン記念館前よりお伝えいたします。
 本日午前9時、ギルバート・デュランダル議長は、
 ZAFT軍兵士数十名を引き連れ記念館内部より『はねクジラ』の移送を開始しました。
 なお、今回の移送に関しての情報は一切開示されておらず、その意図は……〉

 

※※※※※※※

 
 

~宇宙・某所

 

「……気付いてしまった、か」
もはや自らの肉体を持たぬ意思だけの男は、
TVの中で、兵士達数十人の手で運び出されるはねクジラの姿を見、
あの中に保管されていたもの、そして木星で発見した存在のことを思い出していた。
男の名は、ジョージ・グレン。現在は脳だけが現存し生きながらえている存在である。
画面を見て彼は、とうとう、人間達が開けてはならないパンドラの箱に手をかけた、
もしくはすでに開けてしまったのだと確信し、流れるはずもない涙を流す。
かつて、コーディネイターであると告白したとき、
《 僕はこの母なる星と、未知の闇が広がる広大な宇宙との架け橋 》
と称した。それを、今では心底後悔していた。
それを、ロウ達には打ち明けられずにいたのである。
未知の闇。その言葉を体現する存在を、木星で発見した。
それは、ジョージを初めとする「ツィオルコフスキー」のクルー全員で、
墓まで持って行く共通の秘密として、歴史の闇に葬ったままにしておきたかった。
木星で見た『奴』の姿は、彼は今でも鮮明に思い出すことが出来、
また今でも思い出すだけであるはずのない肉体に悪寒が走る。
木星地表、ガスで覆われたあの星の地表にマシーンで降り立ったとき、
岩山のように盛り上がった地面に『埋まって』、
半分その身を露わにしていた『機動兵器』。
当時、まだMSという大型機動兵器の概念は存在せず、
これが発想の原点となったと言っても過言ではない。
全身を分離できる仕組みになっている、グリーンの大型兵器。
左右は非対称的で、まるで破壊と修復を長きにわたって繰り返してきたような印象だ。
何より目を引いたのは、胸部に刻印されたような『X(エックス)』の文字。
そして自分と数名のクルーは、其奴の目と刻印が確かに光り、自分達を睨みつけたような気がした。
全身に襲いかかる悪寒を認知し、ジョージはただ確信した。
「『神』や『悪魔』が存在するなら、奴こそまさしくそうだった……」
奴が叫んだような気がした。マシーンのモニターが、砂嵐になる。
故障はしていない……その時だけ、乗っ取られたのだ。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
けたたましい音が鳴り響き、モニタにある文字が映る。

 

『∀』 『X』

 

何のマークだろうか?
交互に現れるそのマークは、どこか不気味で神々しい。
そしてマシーンの通信機器から、どこからともなく音が聞こえる。
奴の、声だった。
《 WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY! 》
死にものぐるいで、木星の引力を振り切って地表から脱出した。
ガスによって、クリーミーな外見を持つ木星の地表を見下ろしてみる。
奴は、追いついていないとわかる。全身を安堵の念が包み込む。
ただ、木星のガスがミキサーのようにグルグルとかき乱されているのを見た。
地球の何十倍という広さを持つあの星の表面を、あの大きさの兵器一機で!
愕然となりながらそれを見つめていると、その『嵐』の中から一個の物体が、
ジョージの乗るマシーンめがけて迫ってきた。
それが『はねクジラ』だった。
捨てるべきだ。最初は誰しもがそう考えたが、
人類の夢を託された船の乗員として、あの『はねクジラ』だけは手放せなかった。
中を、ジョージは知っている。……人間のDNAだ。
それも、確かに地球の技術で作られた‘地球人のDNA’保管装置。
しかし、化石のカモフラージュは明らかに数百年以上の時が経っており、
それを考えれば、遙か昔地球で作られたオーパーツを考えるのが自然だ。
彼の推測だが、あの怪物は『カリ・ユガ』『ラグナロク』『ハルマゲドン』等々、
地球において古くから語られてきた天の怒り、戦いの元になった存在ではないのか?
故にジョージは言い残したのだ。コーディネイター達の中でも、
とりわけ人の上に立つことになるであろう子供達、プラントの礎を創った子供達に。
『あのはねクジラには絶対に手を出してはならない』と。
だが、ジョージはお人好しすぎたと後悔した。
開けるなと言われた子供は、どうあってもそれを開けたくなってしまうもの。
彼は、TVの向こうに移る現議長を見、傍らを守る少年達を見、その目に確かな意思を感じ取った。
「……『ソレ』の中身に手を出すな。宇宙には、知ってはならない闇もあるのだよ」

 
 

※※※※※※※

 
 

~グワダン内部・ラクスの間

 

シャア・アズナブルは、艦の主の部屋へと通された。
不思議なことに、彼には一切の拘束具を付けようとせず、
発信器付きのブレスレットを着けさせられたくらいであった。
この女の意図が読めない。目の前で鼻歌を口ずさみながら、
ポットにハーブを入れる女の横顔を見、部屋の中を見渡した。
客間のように権力や畏怖を示す金や黒は無く、絢爛ながらも白や赤、ピンクを基調としている。
シャアが座っているのは、わりかしベッドに近い位置に置かれた小さな丸テーブルと、バロック調の椅子。
テーブルクロスは純白の美しい装飾が施されたもの。
そして部屋の中の明かりはキャンドルのみと、古くさい仕様。
ここはハマーンの少女趣味がそのまま残されていたのである。
(この女は何故私に残れと言ったのだ?)
沸かした湯をポットに注ぎ、部屋の中にほんのりとした甘い香りが漂う。
人質、捕虜に近い立場であるが故、
ある程度厳しい対応を覚悟していたのだが、これは何だ?
ハンガーにサザビーを置いていても、解析させるわけでもなく、
ハンガー脇へとわざわざ運ばせてカバーまで掛けている。
しかも自分を立ち会いに呼んでまで。そこまでして優遇して、何がしたいのだ?
ラクスはシャアの目の前にハーブティーのカップと、クッキーの入った小皿を置く。
怪訝そうな表情を浮かべるシャアを見た彼女は、
彼が疑っているのだと悟り、シャアの皿からクッキーを一つとって口にした。
彼女が、シャアと向かい合うように座る。
両手の指を絡ませ、その上に顔を載せシャアの顔をのぞき込む。
先程の交渉の場において見せていた顔は存在しなかった。
ロドニアの研究所で始めて出会ったときにしていた、あの目をしている。
今回の交渉で改めて目にし、シャアは気付いた。
ディオキアで会った‘ラクス’は替え玉だ。
それで良かったと心底思うが、今はそんなことを口には出来ない。
彼にとって居心地の悪い空気が、部屋に流れ始める。
彼にとっては針のむしろに座らされたような気分であったが、
目の前で、微笑みを浮かべたまま自分を見つめる女にとっては違うらしい。
(これでは‘デート’ではないか……全く……!?)
そんなことを考えたとき、シャアの足を温かいものが触れる。
ラクスが、足を絡めてきたのだ。ヒールを脱いで、ストッキングに覆われた白い足を、
シャアの脹ら脛から膝にかけて、ゆっくりとなであげる。
シャアはこの段階になって、もしやと思った。この女が自分を選んだのは……
「……冗談は止めて頂きたい」
「冗談? まさか、私はただ身体の欲求に従っているだけですわ」
シャアはそれとなく足を引き、拒絶の意思を示すものの、
ラクスはそれに何の反応も示さず、
「……どうして、私をそれほどまでに嫌がるのですか?」
「嫌に決まっている。貴女がやったことを考えればなおさらな」
「……フフ、ベルリンの事、気付いてますのね」
「当たり前だ」
シャアは吐き捨てるように言い、カップのハーブティーを飲み干した。
感情が高ぶって、カップに毒があるか無いかなど気にせず、
加えて敬語でなくなっていたが、ラクスはむしろそれが喜ばしいらしい。
「このグワダンの事も、アクシズのことも、
 クィン・マンサも、貴方はご存じなのですね」
「…………」
クッキーを一つつまみ、彼女は笑みを絶やさず続ける。
「こうやって、二人きりで話したかったのに、つれませんわ」
「貴女が普通の女性で、ただの組織の指導者だったらまだいい。
 だが貴女は‘普通’ではない。……貴女からは、知っている人間を感じます」
シャアがそう言ったとき、ラクスの目が明らかに変わった。
‘女’の目になったと言えば良かったろうか。
やっと気付いてくれた。言ってくれた。
喜びがその目から、彼女の全身から感じ取る事が出来る。
「ラクス・クライン?」
「……『シャア』」
「……!?」
シャアの背を、冷たい感覚が駆け抜ける。
声音も違う女の声なのに、どうしても、あの人間の声に聞こえる。
「……『ハマーン』?」
シャアの言葉に、ラクスはただ黙して笑うだけであった。
ラクスが立ち上がり、シャアも思わず立って、後ずさる。
「正解ですが、はずれですわ。
 やはり、この‘血’のせいでしたのね……」
「‘血’……?」
「貴方の名を聞く度に! 顔を見るたびに!
 声を聞く度に! 私の身体が疼くのですわ!
‘貴方が欲しい’
‘貴方の顔をもっと見たい’
‘貴方の声をもっと聞きたい’……!
 その『ハマーン』と言う女の血が叫んでいるのですわ……」
彼女の感情の中に、怒りが混じり始める。
まるで、自分の知らぬ感情に振り回されることに怒っているかのように。
「それがいつもいつも、私の邪魔をするのです。
 これを沈めるのは、この身が求める欲を満たしてしまう事だけ」
「満たす? それはどういう……!? ……ぐ……ぅ!」
「……フフフ」
最後まで、言葉を続けられなかった。
シャアは、自分の心臓が急激に高鳴り始めることに気付く。
……盛られた。それに気付いたときは遅かった。
身体の自由がきかなくなるかとおもったが、違う。これは……!
「そう睨まないでください、シャア。
『シルデナフィル』を少しお茶に混ぜただけですもの」
うっとりとした表情を浮かべながら、ラクスはシャアを突き飛ばす。
マットの上に転がされ、シャアは理性が飛びそうになるのを必死で押さえつける。
ラクスが、来ていた漆黒のドレスを脱ぎ捨てる。
下には、透けるほどに薄い紫のキャミソール一枚と同じ色のショーツのみ。
絶妙なプロポーションとシルクのような肌は、妖艶な美しさを醸し出している。
ラクスはシャアのたくましい胸の上へと寄りかかり、その胸板に豊満な乳房を押しつける。
臑を、膝を、太ももを、ゆっくりと彼女の白い手がなで上げて来る。
こみ上げてくる快感を振り払おうとしたが、藻掻く彼の表情を見たラクスはますます喜ぶだけだった。
「……その顔です。……もっと、その顔を見せて……」
「……き……貴様……!」
「『ラクス』と、呼んでください。今だけでも……」
彼女はシャアの頬を両手で押さえると、
拒絶する彼の意識を押しつぶすように、自らの唇を押しつけた。

 
 

第33話~完~

 
 

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(ジョージパート用BGMとして氏が本文に掲載)

 
 

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