アークエンジェルに乗艦している者達の目には、にわかには信じがたい光景が繰り広げられていた。
自分達を追撃して来るザフト軍戦闘ヘリの編隊に向かって、レジスタンスの車両群が果敢に攻撃を仕掛けて行く。
それは一時的にとは言え連合・ザフト両軍が手を組み、彼等レジスタンスを敗走させたのだから、目を疑いたくなるのも無理はなかった。
「……どうしてレジスタンスが!?」
後部甲板で戦闘ヘリの迎撃を行おうとしていたキラは、ストライクのコックピットで呆然と呟いた。
本来ならレジスタンス達は、アークエンジェルを攻撃して来てもおかしくはない。だがレジスタンスは、まるでアークエンジェルを守るように戦っている。
「マリュー、どうする?」
前部甲板のνガンダムに乗るアムロが指示を仰いだ。
「……彼らの標的がザフト軍なのは理解出来ますけど。……多分、小判鮫なんだと思います」
マリューは少し考え込み、先日受け取ったサイーブからの手紙の事を考慮しながら答えた。
するとナタルが、理由が分からないと言った表情で聞き返す。
「小判鮫……ですか?」
「……彼らはこちら側に対して、誠意を見せない限りは組むつもりは無いって表明したんだもの。これは共同戦線でもなんでも無いわ」
レジスタンスを見詰めるマリューは眉間に皺を寄せて渋い顔を見せた。
その間にも事態は進行する。アークエンジェルの後方上空で爆発が起こった。
「上空で爆発!? ムウがやったのか!?」
「爆発を確認! フラガ機が敵偵察機を一機撃墜!」
アムロがモニターで確認すると、トノムラが報告の声を上げた。そして数秒もしない間に再び上空で爆発が起こる。
「ムウさんが二機目を撃墜しました!」
爆発を目にしたキラが、カメラを望遠に切り替えてスカイグラスパーの機影を確認すると声を上げた。
同じくブリッジのモニターで撃墜を確認したマリューは、少し目線を外すと慎重な面持ちでνガンダムに回線を開いた。
「アムロ大尉。レジスタンスへの対応ですが、協力がある訳ではありませんから邪魔になるようなら構いません。……しかし、余計な敵を増やす事も避けたいので、その辺りも考慮していただけますか?」
「……当てるな。と、言う事だな。分かった。やってみよう」
確かにマリューの言うように余計な敵は増やすべきではない。レジスタンスの動きを目で追いながらアムロは頷き、ストライクに呼びかけた。
「キラ。話は聞いていたな? 極力、レジスタンスに当てないように撃つぞ」
「了解。突破して来る敵機を優先して迎撃します」
キラは指示に頷くとスコープを引き出した。
ストライクは左肩から九四mm高エネルギー収束火線ライフルを引き抜き、三五〇mmガンランチャーと連結。超高インパルス長射程狙撃ライフルをザフト軍戦闘ヘリへと向ける。
スコープを覗くキラは目を細め、右翼の一機に狙いを付けると、コックピットを避けるようにトリガーに指を掛けた。
「当たれ!」
「近付けさせるかっ!」
ストライクと同様に、νガンダムもアグニの砲口をヘリへと向けビームを走らせる。次の瞬間、狙われた戦闘ヘリ二機は熱量に因り爆散した。
アークエンジェルからの攻撃を受け、戦闘ヘリ群は散開しながら攻撃を始めた。レジスタンス達は手近な機体に攻撃を狙いつつも、砂漠を縦横無尽に走り回る。
「前に出るか!?」
艦の前方に出ようとした一機をアムロは確認すると、すぐ様アグニを向け撃墜。そのままνガンダムはアークエンジェルのブリッジ上へ跳び上がり、立て続けに接近するもう一機を叩き落した。
一方、後部甲板上のキラも、冷静に敵機を捌いて行く。
「後ろに回り込むつもり!?」
「狙いはスラスターだ。何があってもやらせるなっ!」
「分かってます!」
スコープを覗くキラは目を細めてトリガーを引くと、続けて後方に回り込んだ二機目を撃墜する。
その間にどうやらレジスタンスも戦闘ヘリ一機を撃墜したようで、爆発と炎を上げて砂漠に破片を飛散させた。だが、戦闘ヘリは尚も撤退する気配を見せない。
機数を減らすザフト軍機を尻目にランチャーを構えるカガリは、仲間達の仇を討てる喜びからか顔を綻ばすが、背後の敵機が矛先を自分へと向けたと気付き、表情を強張らせた。
「――こっちを狙ってる!? キサカ、左に避けろ!」
「っ!」
バギーを追うように攻撃ヘリの機関砲が火を噴く。それを避けるべくキサカはハンドルを左に切り返すが、執拗にヘリは追い続ける。
「カガリ、飛び降りろ!」
「お前を見捨てるなんて出来る訳がないだろうっ!」
逃げ切るには無理があると感じたキサカが顔を歪ませ指示するが、カガリはそれを拒否した。
戦闘ヘリから吐き出される弾丸が砂を弾いて行く。いよいよ終わりだと思った瞬間、突然、戦闘ヘリが光に飲み込まれた。
「あっ……!?」
「……なっ!?」
九死に一生を得た二人は突然の事に驚きを隠せずにいた。だが、ハンドルを握ってる為に呆けている訳にもいかず、キサカはすぐさまアークエンジェルへと目を向けた。
「……また助けられたか」
自分達の方にビーム砲を向けているνガンダムを確認し、キサカの口からは自然と言葉が零れた。だが、まだ戦闘が終わった訳ではない。
ストライクのコックピットでは、キラが目を細めスコープの向こう側に狙いを定めていた。戦闘ヘリのキャノピーの向こう側には生身のパイロットが見える。
「……これでっ!」
標準が重なると躊躇いながらも指に力を入れる。超高インパルス長射程狙撃ライフルから放たれたビームが、正確にヘリのキャノピーを居抜き、その瞬間まで人であった物と鉄の棺桶を爆散させた。
キラはヘリオポリスからここまでの間、幾度かの戦闘を経験してはいるが、敵として倒して来た相手の死を、その目で直接見る事は無きに等しかった。
「そんなので出て来るから……」
バイザーを上げたキラは、吐き捨てるかのように呟いた。
勿論、キラ自身もこれが人を殺めると言う行為なのは重々承知している。しかし、やはり生身の人間が死ぬ瞬間を見るのは気持ち良い物ではない。だが、やらなければやられる。それが戦場と言う場所なのだ。
そんなキラの呟きなど、この戦場では気に留める者などいないのもまた事実で、状況は常に動き続ける。
残り一機となったザフト軍戦闘ヘリは多勢に無勢となり、撤退しようと機首を持ち上げ、旋回に入ろうとした。
「くらえっ!」
残りの一機に狙いを絞ったカガリが、少女らしからぬ鋭い表情でランチャーの引き金を引いた。勢い良く吐き出された弾頭は機体に直撃し、遭えなく爆音とともに破片を砂漠に飛散させた。
沸きあがるレジスタンス達。銃器を空に向け乱射する者までいる。その光景は外の者達からすれば、異様に見えるだろう。
その中、事の成り行きを冷静に捉えている人物がいた。
「……上手く行ったか」
サイーブはお膳立ての成功に少しばかりの笑み湛え、通信機のスイッチを入れた。
「アークエンジェル、聞こえているか? そっちの艦長を出してくれ」
レジスタンスからの連絡を受けて、ミリアリアを除いたブリッジ要員達は皆、「今更」と言う表情を見せるが、マリューは一応と言う事で出る事にした。
「アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアス少佐です」
「“明けの砂漠”代表のサイーブ・アシュマンだ。貴艦の援護を感謝する。そっちの誠意は見せてもらった。この前の事は水に流し、貴艦と共同戦線を組みたい」
スピーカーから聞こえて来る言葉にマリューは呆気に取られるが、すぐに何か腑に落ちた表情を見せた。
「艦長。どう言う事でしょう?」
「繰り返す。貴艦の誠意は見せてもらった。先日の一件は水に流す。貴艦と共同戦線を組みたい。そっちは脱出しなきゃならねえんだろう? 俺達は少しでもザフトの数を減らしたい。お互い、悪い話じゃねえはずだ」
レジスタンスの行動に対してナタルが質問を投げ掛けるがサイーブの声がそれを遮る。
「そういう事……」
「は? それは一体……?」
確信したようにマリューが呟くとナタルは席を離れ艦長席へと向かうと、彼女が口を開くのを待った。
「……彼は、私達が誠意に当たる何かをして来るまで、和解する訳にはいかなかったのよ。何も無しに手を組んでしまえば、上辺だけの事とは言え下に示しがつかないわ。こう言う形を採る以外無かったのね」
「……随分と回りくどい事を」
「彼等も組織って事ね。レジスタンスのリーダーは、この事で苦労したんじゃないのかしら? それにバルトフェルド隊がここを離れた事で、何か事情が変わったのかもしれないわね」
レジスタンス側の事情など無関係のナタルは呆れ気味に言うと、マリューは若干の憶測を踏まえて答えた。
彼等とは一件以来、反目しているだけだったが、事情はどうあれ少しは戦力を増やす機会がやって来たのだからこの機を逃す訳にはいかない。
「聞こえてるか? 返事をもらいたい」
返事が返って来ない事でサイーブの声が荒れ気味になると、マリューは早速とばかりに答えを返す。
「……マリュー・ラミアスです。条件付きであなた方と共同戦線を組みたいと思います」
「条件だと?」
「行動を共にする間はこちらの指示に従っていただきます。もちろん無茶な指示を出すつもりはありません。……我々は脱出しなければなりませんし、そちらはザフト軍の戦力を減らしたいのでしょう。……双方に悪い条件では無いと思いますが?」
不審気な声が聞こえて来ると、マリューは彼の言葉を使って切り返した。
サイーブはしばし沈黙してアークエンジェルを見上げると、ゆっくりと口を開いた。
「……分かった。その条件を呑もう。その代わりと言っては何だが、頼みたい事がある」
「なんでしょう?」
「あんたらと一緒に、ここを脱出させたいのが二人ばかりいるんだ。そいつらを大陸の外まで送り届けてくれ」
「……乗艦を認めろと?」
「そういう事だ。……あんたらが脱出出来たとしても、その後、補給も無しに基地まで行ける保障はねえだろう? この二人の組織はデカイからな。ヤバイ時には役に立つぞ」
レジスタンス側に不利があるような事は避けなければならない。サイーブは少しでも対等の状況にと事を運ぼうとする。
条件的には申し分ないが、果たしてレジスタンスの言う事が本当なのかとナタルは眉を顰めて顔を向けた。
「……レジスタンスを乗艦させるつもりですか?」
「まだ先が見えないのよ。もし補給を受けられるのならば、その機会を潰す訳にはいかないわ」
「ならば、乗艦する者の武装解除をさせてください」
確かに先に何が起こるか分からない以上、補給は正しく生命線であり、確証は無いが戦力が増える事も考えれば断る理由は無い。しかし、艦内の安全面等を考慮しなければならず、ナタルは仕方ないと言う表情で進言したのだった。
マリューは無言のままで頷くと、サイーブに向かって声を低くして告げる。
「二人の武装解除と危険物を持ち込まない事が条件です。よろしいですね?」
「ああ。よろしく頼む」
返答にサイーブは応じると、周囲を見回してアークエンジェルに乗せる二人を捜した。そして、ほどなく目的の二人を見つけるとバギーを併走させる。
「キサカ、聞こえてるか?」
「ああ。聞こえている」
ハンドルを握るキサカが頷く。後ろの荷台ではランチャーを担いだままのカガリが、仲間達と同じように勝利に酔いしれていた。
サイーブは彼等を尻目にインカムを通じて淡々と言い放つ。
「あれに乗って、お前達はここを出ていけ。いい加減、潮時だ」
「……分かった。感謝する」
確かにサイーブの言うように潮時だろうと思い、キサカは静かに頷いた。
理由はここ二、三日、町での取締りが厳しくなった事だ。何が原因なのかは未だ不明ではあるが、とにかくレジスタンスやブルーコスモス達には厳しい状況になり始めた。
そういう状況の中、カガリの身を考慮すれば一刻も早く帰路に着くべきで、サイーブの言うように正しく潮時と言って良かった。
渡りに船と行った状況に、キサカは高度を下げ始めたアークエンジェルへと目を向けて息を吐いたのだった。
アンドリュー・バルトフェルド隊と共に砂漠を飛び立ち、既に二十分。ラクスを乗せた航空機はジブラルタル基地を目指している。
ガラスの向こう側。その遙か先には空と大地の境目が見て取れた。いつもなら美しいと目を見張っているであろうラクスは、誰かを心配しているような表情で窓の外を眺めていた。
本来ならば隣にアスランが座っていてもおかしくはないのだが、小一時間ほど前に婚約解消をした事もあって、彼は同僚であるディアッカと共に後方の席に着いている。
「ここから覗いてもアークエンジェルは見えんぞ」
反対側の席から突然声を掛けられ、ラクスは思わず振り返った。
「はい……。分かってはいるのですが……」
「心配か?」
声の主であるバルトフェルドは文庫本を片手に聞き返すと、ラクスは問いに小さく頷いた。
するとバルトフェルドは仕方ないと言う顔つきで文庫本を閉じると、彼女に向かって口を開いた。
「いきなり砂漠に来て、まともに現地訓練もやってない連中に、アークエンジェルが落とせるとは思えないんだがな」
「……それならば良いのですが」
「アンディが落とせなかったんだから他の人じゃ無理よ。それにあの隊長さん、他の隊長さんからの信頼されてなさそうだもの」
一向に心配事を払う事の出来ないラクスに向かって、アイシャが自信あり気に言うと隣のバルトフェルドが頷き、そのまま言葉を引き継いだ。
「確かにあの言い様では、協力をしようとする気が失せるからな。むしろ恐いのは他の基地の兵士達だ。彼等の中には砂漠に慣れている者もいる。そう彼等の方がエリートなんかよりも怖い物さ」
「……大丈夫なのでしょうか?」
バルトフェルドの言葉に、ラクスは更に表情を曇らせた。
追撃するザフト軍とアークエンジェルの戦力差はあまりにも大きすぎる。まともに交戦したのでは勝ち目は無い。今のラクスに出来る事と言えば、精々無事を祈る事くらいだろう。
そんなラクスを見てか、バルトフェルドは仕方ないと言った顔で小声で話し始めた。
「……ここからはオフレコで頼むぞ。ラミアス艦長達が気付いてくれれば良いんだが、彼等に脱出ルート仕込んだチップを渡してある。その通りに行けば、両軍とも最小の損害で済むはずだ」
これがばれれば確実に死刑と言う話の内容に、ラクスは目を丸くすると、誰かに聞かれていないかと周りを見回した。だが、そんな彼女を余所にバルトフェルドは言葉を続ける。
「まあ、その通りに行かないとしても、あの船にはアムロ・レイ、ムウ・ラ・フラガがいる。それに君のキラ・ヤマト君もかなりの腕だ。ちなみに言って置く。自慢ではないが、この辺りでは僕の隊が一番強かった。言いたい事は分かるな?」
言いたい事が分かったのか、ラクスはコクコクと無言で頷く。
「しかし、君にそんな表情をさせるキラ・ヤマトは罪作りな男だな。……約束をしたのだろう? 信じてやれ」
「はい!」
バルトフェルドは彼女の指に光る物を指差して言うと、ラクスは柔らかい笑みを見せて頷いた。
ラクス・クラインとアンドリュー・バルトフェルド隊を乗せた航空機は更に上昇して行った。
カガリ、キサカを乗せたアークエンジェルが再び砂漠を飛び立ち、十五分ほどが過ぎていた。
レジスタンスの車両群は陽射しを避けるように、大多数がアークエンジェル船体の影に隠れながら併走している。
モビルスーツは両機は引き続き甲板上で警戒に当たっていたが、ザフト軍の後続が来ない事もあって警戒ランクを落とす事となり、指示を受けたキラはアムロに回線を開いた。
「アムロさん、ストライクをハンガーに戻すよう指示が出ました。済みませんけれど、よろしくお願いします」
『今は休んでおけ。あまり気負いすぎるな』
「はい」
後部甲板上のストライクがスラスターを噴かし、跳び上がるようにしてνガンダムのいる前部甲板上に移動して行く。
その途中、先に戻って行ったムウと引き続きνガンダムで警戒に当たるアムロの通信内容が聞こえて来た。
『アムロ、聞こえるか?』
『ああ。聞こえている。状況に変化は?』
『見ての通り。だけど、この分だといつ針路を塞がれてもおかしくなさそうだから、先が分からん分、芳しくは無いさ。それで済まないが、トールのお守りを頼む』
『分かっている。いざとなれば呼び出すつもりだ。覚悟しておいてくれ』
『ああ、勿論』
二人のやり取りを耳にしたキラは、カタパルトデッキに移動する前にふと機体を停止させ回線に割り込んだ。
「僕も甲板上で待機していた方が良いんじゃ……?」
『休むのも仕事のうちだぞ』
『そういう事、そういう事。それにOSのバージョンアップもするんだろう? 根を詰めんなよ』
「分かりました。後の事、よろしくお願いします」
アムロとムウにそう言われてしまってはそうするしかなく、キラはストライクをカタパルトデッキへと移動させた。
エアロックが開くと格納庫の端にはレジスタンスの車両が一台。辺りを見回すが既にムウはブリッジに上がったようで、待機中のトールはシミュレーター訓練に一人勤しんでいるのが確認出来た。
「坊主! エールパック以外の装備はそのままにして、ハンガーに入れろ」
「了解しました」
すぐにマードックからの指示が飛んで来ると、キラはそれに従いストライクをハンガーに納め、機体を降りてロッカーへと向かった。
先ほどの戦闘での出来事を、洗い流すようにしてシャワーを浴びたキラは、報告を終えると自分の部屋へと歩いて行った。
元々人数の少ないアークエンジェルは静まり返っている。だが、ある部屋の前を通り掛かった来た時にすすり泣くような声が聞こえた気がした。
「……誰?」
キラは立ち止まって辺りを見回す。そして、誰かがいるであろう部屋の扉を開けて中へと足を踏み入れた。
外はまだ明るいと言うのに部屋の中は暗いままで、誰かがベッドに腰掛けて項垂れているのが分かった。キラは目を凝らすとその正体に驚く。
「サイ!? ……どうした……の? もしかして何かあった!?」
「……キラ? ……うん。……フレイと」
暗がりの為にサイの表情は良く分からないが、フレイの名が出た事でキラは顔を強張らせた。
「……フレイと? もしかして……僕が……原因?」
「……」
「……ごめん」
問い掛けるがサイは答えず、キラは原因が自分なのだと理解して小さく謝った。そうして暗闇の中で沈黙が訪れる。
一分にも満たない時間が流れ、いた堪れなくなったキラは踵を返そうと背を向ける。そうして歩き出そうとした時だった。
「……キラってよりも……あの友達……の方かな。原因は俺にもあるんだけどさ……。……キラの友達ってどんな奴なの?」
うつむいたままのサイが自嘲するように話し、そして旧友の事を聞いて来た。
当然のように足を止めたキラは振り返り、一瞬、アスランの事を話すべきかと悩んだ。だが少なくとも、自分が原因の一つである事は間違い無いのだ。
「アスランはね……」
キラは自分とアスランの事を話すべきだと思い、サイにまだアスランと仲が良かった頃の事を話し始めた。
一言一句聞き逃さないようにサイは目を瞑りながら聞き入る。そうして、キラが話し終えると、
「そう……なんだ……」
と言って弱々しく微笑み、サイは問い掛けた。
「キラもさ、フレイの事、好きだったんだろう?」
「……うん。ヘリオポリスにいた頃は好きだったよ。でも今はラクスがいるから」
どう答えるべきかとキラは思ったが、今のサイに嘘は吐くべきではないと思い素直に頷いた。
「そっか。でも、フレイの相手がキラじゃなくて良かったよ……。いや、良くないか。誰が相手でも、どんなに良い奴だとしても……。目の前にいたら、俺、きっと殴ってたと思う。……俺はさ、今、アスランって奴、思い切り殴り殺したいよ」
サイは覇気の無い笑いを浮かべ、泣きながら本音をぶちまけた。
理由はどうあれサイからすれば大切だった人を取られたのも同然で、プライドも想いも全てをズタズタにされたような物だ。その彼がそう思うのも無理はなかった。
キラは思う。アスランがサイにした事を、自分がアスランにしたのだと。今のアスランは、きっと自分の事を呪い殺したいくらい憎んでいるのかもしれないと――。
そして、プラントに戻って行ったラクスの身を心配した。
そんな事をキラが考えていると、サイが床に目を落として呟く。
「やる事も、大切な相手もいてキラは良いよな」
「……僕の事が……妬ましい?」
「……うん。キラの事が妬ましいよ」
思わぬ言葉にキラは戸惑いつつ躊躇いながら聞き返すと、サイはまるで自らを貶めるように笑みを浮かべて答えた。
これもサイの本音なんだとキラは理解すと、どう目の前の友達に声を掛けて良いのか分からなくなり、呆然と立ち尽くした。
だが、そんなキラに向かって、再びサイが口を開いた。
「八つ当たりなのは分かってるんだ。……今は一人にしてくれないか?」
「……あっ。……うん。気が付かなくて……ごめん」
「謝るなよ。キラが友達で良かったと思ってるんだから……。戦闘で疲れてるんだろう? 早く休んだ方が良いよ」
顔を伏せて謝るキラを見て、その人の好さにサイは微かに苦笑した。
それを見てキラは、サイは立ち直る事が出来ると確信すると色々な意味を込めて、
「……ありがとう」
と言って踵を返した。そして、通路に出たキラは扉が閉まると一度だけ振り返る。
フレイとの事は可哀想ではあるが、普段からあまり感情を剥き出しにしないサイが『友達で良かった』と言ってくれた事と、自分に心の内を打ち明けてくれた事が嬉しかった。
そうしてキラは前を向くと、自分の部屋へと向かって歩き始めたのだった。
ラクス・クライン、アンドリュー・バルトフェルドが去り、静かになったはずのザフト地上部隊北アフリカ方面軍本部内が再び慌ただしく動き始めていた。
その北アフリカ方面軍本部内の一室――。
ラクスの見送りを終えた指揮官は、報告を聞くなり表情を堅くした。
「敵艦を見失っただと!?」
「二機の偵察機、戦闘ヘリ部隊からも連絡は途絶えています。敵艦は進路を変更したようでして……」
「後続のモビルスーツはどうした?」
「脚の遅いジン・オーカーで追うのは難しいようで……。攻撃にも参加出来なかったようです。それから一応ですが、各基地に偵察機を飛ばすよう申し伝えてあるとの事です」
「ちっ……。他の基地との連携が上手く行かなかったのか。屑どもが!」
レセップスで出ている副官の代役として、報告を上げに来た十代の兵士が緊張気味に答えると、指揮官は顔を歪めて吐き捨てた。
どうやらこの兵士は指揮官が苦手なようだ。
だが、指揮官はそんな事など気にする様子も無く、デスク上の地図に目を向けて聞き返して来た。
「レセップスは?」
「配置に変更は無いと聞いています」
「未だレセップスは交戦をしてないんだな?」
「そのような報告は受けておりません」
矢継ぎ早に繰り出される問いに、兵士は下手な事を言わないように答えると唾を飲み込んだ。
目の前の指揮官は口元を手で押さえ、地図を睨んでいる。
「……どこへ消えた? ……っ。とにかく早く見つけるんだ。敵艦が見つかり次第、レセップスを向かわせろ。他の基地には、レセップスが到着するまで足止めをするよう指示を出しておけ。私もレセップスに向かう。至急、ヘリを用意させろ」
「りょ、了解しました!」
指揮官が兵士の方に顔を上げると厳しい顔つきで指示を出した。兵士は慌てて敬礼をして踵を返す。
「レセップスは副官さんに任せるんじゃなかったのかよ。言う事コロコロ変わるし、面倒な隊長だよな……」
彼は扉を閉じると溜息を吐いてぼそりと呟いた。そして、仕方ないと言う感じで通路をトボトボと歩き始めた。
まさか砂漠に飛ばされると思っていなかった彼は、本気で転属願いを出そうと思いながらも仕事に勤しむのだった。
アークエンジェルとレジスタンスが、ザフト軍戦闘ヘリ部隊を退けてから約四時間ほどが経ち、徐々に陽が西に傾き始めていた。
向かう先は紅海。向かう先に変わりは無いが、バルトフェルドからもたらされたデータを元に、針路に若干の変更を行って敵の目を欺くように航行している。
もたらされたデータ通りに航行する手もあったが、やはりバルトフェルドが敵将と言う事もあって、そのままと言うのはやはり抵抗があった為、このようになった次第だ。
その砂漠を行くアークエンジェルのブリッジに、サイーブへの連絡役をしているキサカとカガリの姿があった。
「サイーブは何と言っているんだ?」
「車両を各方面に出して、ザフト軍の動きを知らせると言っている」
カガリがコンソールを覗き込みながら聞くと、インカムを片手にキサカが立ち上がって答えた。そうしてチャンドラに礼を言うとマリューに声を掛けた。
「ラミアス艦長。サイーブは車両を出して、ザフト軍の動きを知らせるそうだ。動きがあれば逐一知らせる」
「相手の動きを知らせてもらえるのは助かるわ。……感謝します。と伝えていただけますか」
「了解した」
「それでですが、アフリカを脱出したとして、もし、補給が必要な場合はご協力いただけると言う話ですが……」
「……いささか面倒はあるだろうが、こうなった以上は約束はしよう」
「それを聞いて安心しました」
少々渋い表情を見せるキサカではあったが力強く頷くと、マリューは少しだけ微笑んだ。
だが、その二人のやり取りを見ていたカガリの表情は、知らず知らずのうちに険しい物になって行く。
「失礼します」
扉が開くと書類の束を持ったキラが姿を現した。
「……お前か」
「……君は!? 乗り込んで来たの、君だったんだ……」
カガリが険しい表情をそのままに顔をむけると、キラは目を丸くして驚いた。
そんなキラの元にキサカが歩み寄り声を掛ける。
「少年。先日以来だな。あの時は話を聞いてくれた事を感謝している。少しの間ではあるが、よろしく頼む」
「……はい。よろしくお願いします」
キラ差し出された手に戸惑いながらも、好意的な態度を見せるキサカと握手を交わした。
「それでヤマト少尉、何かしら?」
握手を終えたキラにマリューが声を掛けると、キラは背を伸ばして向き直る。
「交代の報告をしておくようにムウさんからと、あとストライクのデータを書き換えたのを知らせておけって、マードックさんから言われました。これがストライクの報告書です」
書類の束を受け取ったマリューは書類の束を捲り、目を通して行く。
内容的には先日の演習で得たアムロのデータを元に、OSをバージョンアップ。それによりストライクはほぼ限界までの駆動が可能となり、どこを見ても性能が著しく向上していた。
ただ気掛かりなのは、ミドル・ショートレンジでキラが使いこなせるのかと言うパラメーター設定になっている事だ。
「……アムロ大尉のデータを反映させられたのね。でも、キラ君、使いこなせるの?」
「完全とはいかないですけれど、アムロさんのおかげでストライクの動きも良くなってますから。前よりはやれると思います」
「そう。それは良かったわ。期待してるわね」
力強く頷きキラが自信を見せると、マリューは頼もしそうな目で少年を見た。
キラとて演習後、ラクスといちゃついてばかりいた訳では無い。アムロのデータを元に自分にフィットするようにOSを組かえ、ミドル及びショートレンジで力を発揮出来るように訓練を繰り返して来たのだ。
特にキラが力を入れて取り組んだのがショートレンジ――接近戦だった。
恐らく、以前アムロに言われた事が自信に繋がっているのか、天性の才能と上官二人のアドバイスが相まって、才能が開花しつつあった。
「それじゃ、僕はストライクで待機します」
マリューが束を閉じると、キラは敬礼をして踵を返そうとした所をカガリが呼び止めた。
「お前がストライクに乗っているのか?」
「うん。そうだけど?」
「……いや。私はてっきり、あのモビルスーツに乗っているのかと思っていただけだ」
キラが素直に頷くと、カガリは甲板上でアグニを抱えるνガンダムを見ながらぶっきらぼうに答えた。
以前、格納庫で一悶着あった時に、キラはνガンダムから降りて来たのだから、勘違いをしても仕方がないのだが、事これに関して、正確に言えばカガリの思い込みでしかなかった。
そのカガリは、νガンダムに向けていた視線をキラへと向けると、νガンダムを親指で指差しながら質問をぶつけて来た。
「……聞きたい事がある。あれもモルゲンレーテが造ったモビルスーツなのか?」
「それは……」
「悪いけど、そういう質問は軍規に関わる以上、簡単には答えられないわ。ヤマト少尉、行きなさい」
「はい。失礼します」
言い淀むキラに助け船を出すようにマリューが会話に割って入ると、キラはホッとした表情を見せて敬礼をすると足早にブリッジを出て行った。
未だアムロとνガンダムの事に関しては誰にも知らせていない。νガンダムに疑問を抱く整備兵達にしてもマードックが抑え付けている状態なのだから、時期が来るまでは話すべき事柄ではないのだ。
質問を遮られたカガリは不機嫌そうにマリューに顔を向ける。
「……ラミアス艦長。あいつはヘリオポリスで民間人だったはずだ。それがどうしてパイロットをしているんだ?」
「あなた……。あの時、ヘリオポリスにいたの?」
「……ああ」
「知り合い?」
「……一度、会った事があるだけだ。……その時は、無理矢理シェルターに押し込まれた」
ここ最近、キラがらみで色々とあった為にマリューが眉を寄せると、カガリはバツが悪そうな顔を見せて目をそらした。
「……そう。彼らしいわね」
目の前の少女を見ながらマリューは、ヘリオポリスでストライクの操縦を取って代わられた事を思い出して微笑を浮かべた。
その傍らでモニターに映るデータを見ていたキサカが、感心した様子で呟く。
「しかし、これだけのデータを良く揃える事が出来たな……」
まさか敵将から送られた物だと言う訳にも行かず、マリューは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「それにしてもアンドリュー・バルトフェルドらしからぬ部隊の動かし方だ。町の物々しい警備と言い、何かあったとしか思えんな」
「だけど、これで仇が討てるんだ。今度こそあいつを倒してやる!」
モニターを見続けるキサカがザフト軍の動きを思い返して眉を寄せるが、そんな事はどうでも良いと言う感じでカガリは息巻いた。
「「……?」」
マリューとナタルは不思議そうに顔を見合わすと、数秒後に納得したように二人は頷いた。
答えは簡単だった。要するにレジスタンス達は、アンドリュー・バルトフェルドがこの土地にいない事を知らないのだ。
そんな二人にカガリは怪訝そうな顔を向ける。
「……なんだ? 何かおかしい事を言ったか?」
「えーっとですね……」
「アンドリュー・バルトフェルドはプラントに召還されたそうだ」
「はあ? ……今、何と言った?」
苦笑いを浮かべるマリューを遮り、ナタルが完結に真実を述べると、カガリは耳を疑い聞き返した。
「だから、アンドリュー・バルトフェルドは、もうアフリカにいないのよ」
ここまでバルトフェルドに固執する理由が分からないマリューは、思わず指でこめかみを押さえながら要点だけを伝えた。
それを聞いたカガリはと言えば……。
「なっ……!? なんだとー!」
その場にいた全員が驚くほどの大声をブリッジに響かせた。
こうしてこの日は、そう大きな戦闘も無く、アークエンジェルの夜は更けて行った。
そして翌朝――。
交代の時間となったアムロは格納庫に向かうべく通路を歩いていると、昨日乗り込んだレジスタンス二人を引き連れたナタルと顔を会わせた。
「アムロ大尉。おはようございます」
「ナタルか。おはよう。これからブリッジか?」
「はい」
挨拶を交わし終えたナタルは笑みを浮かべるが、すぐに表情を戻してアムロと話し始めた。
「今の所、状況に変わりは無さそうですね」
「起こされなかった事を考えれば、そういう事だろうな」
「ええ。……一時とは言え、敵を巻けたのは救いですが、それも時間の問題だと思います」
「だろうな。それで彼等が?」
「はい。昨晩から彼等にザフト軍の動きを調べてもらっています」
アムロは後ろにいる二人を見ながら尋ねると、ナタルは頷き一歩引いてカガリとキサカを見据えた。
そうすると、キサカがアムロへと歩み寄る。
「アムロ大尉」
「ん? ああ。どうして俺の名前を?」
「さっき、バジルール中尉がアムロ大尉と」
「なるほど」
キサカの返答に、アムロは納得したように笑みを零した。
見た感じ、キサカと言う男は堅物ではあるが、悪い人間ではなさそうだった。
そこへアムロと同じく交代時間となった、置き抜けのトールがやって来た。
「アムロ大尉、バジルール中尉。おはようございます! ……って、お前!?」
「お前っ!?」
上官二人に敬礼をしたトールは、その後ろにいるカガリに気付き表情を険しくしたが、それはカガリも同様だったようだ。
買出しの一件ではカガリの印象が相当悪いのか、少女を一睨みしてからトールはナタルに詰め寄った。
「バジルール中尉。何でこんな奴、乗せたんですか!?」
「艦長の決めた事だ。……それに今は、彼等にザフト軍の動きを調べてもらっている。協力態勢にあるのだから、口を慎め」
「……分かりました」
ナタルに一喝されたトールは、渋々引き下がった。
とりあえずその場が治まった事で、挨拶の続きをとキサカがアムロに顔を向けた。
「アムロ大尉。君とはまだ挨拶を済ませていなかったからな。レドニル・キサカだ。短い間ではあるがよろしく頼む。……つかぬ事を聞くが、我々がザフト軍と事を構えた時に指揮をしていたのは君か?」
「ああ。ああ言う結果になったのは残念だ。上手く行けば、戦死者は減らせたとは思うんだが……」
思わぬ質問にアムロは少しばかり目を伏せて答えるが、すぐに気を取り直し、
「アムロ・レイ大尉だ。君達を歓迎する」
と言って、キサカに手を差し伸べた。
キサカは差し伸べられた手を取り握手を交わすと、後ろに立つ少女に目を向ける。
「カガリ」
今の会話でアムロがあの戦闘で指揮を執っていた人物だと知ると、カガリは心の底から怒りが湧いたが、キサカとサイーブが言っていた『自分達は助けられた』と言う言葉を思い出し、仕方なしに怒りを抑えつけて手を差し出した。
「……カガリ・ユラだ。……私はお前達を許した訳じゃないからな」
「アムロ・レイ大尉だ。よろしく頼む」
目の前の少女の鋭い眼光と棘のある口調に、アムロは小さく肩を竦めてその手を取った。
カガリとの握手を終え、アムロはキサカがそうしたようにトールに顔を向けた。
「トール。短い間とは言え味方なんだ。挨拶はしておけ」
「……分かりました」
頷いたトールはキサカの前へと出ると手を差し出した。
「……トール・ケーニヒ少尉です」
「先日の非礼は詫びさせてもらう。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
紳士的な態度を見せるキサカに対して、トールは柔らかい対応を見せたが、その隣のカガリに対しては明らかに違っていた。
「トール・ケーニヒ少尉だ」
「……カガリ・ユラだ」
乱暴に差し出された手をカガリも同様に取ると、不敵な笑みを浮かべて一気に力を込めた。
最初は我慢してしていたトールだが、口の端を吊り上げて握った手を振り払う。
「……お前。ただの握手なのに、どんだけ力入れてんだよ! たくっ……なんでこんなのが女やってんだよ」
「お前に言われる筋合いは無い! フンッ!」
握手を交わしたはずの二人は睨み合う。どうやら互いの印象は最悪らしい。
子供達の行動に大人達は苦笑いを浮かべてたしなめると、やるべき仕事の為にその場で別れる事となった。
「それでは、私は彼等と共にブリッジに向かいます」
敬礼をしたナタルがブリッジに向かって歩き始めるとキサカとカガリが続いた。
「俺達も行こう」
「はい」
三人を見送ったアムロとトールは格納庫へと向かう。その途中、トールは隣を歩くアムロの顔をチラチラと見ながら尋ねてみた。
「あの……アムロ大尉。俺、いつ出れるんですかね?」
「演習には参加したのだから一応はやれるだろうが、ムウはまだその時期には無いと判断したのだろう。必要とあらば、無理にでも出撃してもらう事にはなるんだ。そう急ぐ必要は無いさ」
「必要とあらば……ですか?」
歩き続けながらアムロが答えると、トールはその意味に少しだけ首を傾げる。だが少なくとも、今の所は出番が無いのを理解した。
それから十秒もしない間に、けたたましいアラーム音と声が艦内を駆け巡る。
『――第二戦闘配置発令! 総員、第二戦闘配置!』
一瞬、二人は立ち止まり、表情が一変して険しい物となる。
「敵が近付いて来ているのかっ!? 急ぐぞ!」
「はいっ!」
アムロが急かすように言って駆け出すと、トールも全力で後を追い始める。
続々と休んでいた者達が部屋から持ち場へと向かう中、二人は通路を駆け抜けて行った。
けたたましい音と艦内放送が響き、彼女は目が覚めた。
それまでベッドの中で寝ていたフレイは不機嫌そうな顔で寝返りをうつが、まだ音は鳴り止まない。
「……一体なによ?」
ベッドから体を起こしたフレイは、怒りながら扉を開けて通路の様子を窺った。
目の前を乗組員達が風のように駆け抜けて行く。
「……うそっ!? 本当に戦闘が始めるの!?」
フレイの表情は強張り、恐怖から体が震える。そして力が抜け切ったように床に尻餅を着き、自らを抱きしめた。
そこへブリッジに急いでいたミリアリアが通り掛かり、彼女に駆け寄る。
「フレイ!? どうしたの!?」
「ミ……ミリアリア! こ、これから戦争なの!?」
「うん。そうだけど……」
震えるフレイに対し、ミリアリアはさも当たり前のように答えた。
「……ミリアリア。あなた、恐くないの?」
「……えっ? ……ああ、そういう事。もちろん恐いわよ」
「……そういう風に見えない」
「恐いとか言ってらんないのよ。私も死にたくないから……」
顔を恐怖の色に染めたフレイの言葉に、ミリアリアは少し悲しげにはにかんだ。そして少し戦いに慣れてしまった自分を寂しく思った。
一方、フレイはプラントかヘリオポリスにいた頃に戻りたいと思った。あそこならこんな恐怖に脅えなくて済むのだから。そして、初めての戦場に死を意識する。
「私……死ぬ……の?」
「ううん。……死なないよ。……トールもキラも、みんな頑張るから大丈夫」
震えるフレイは縋り付くように見上げると、ミリアリアは首を横に振って励ました。
そこへミリアリアの名を呼ぶ男性の声が響いた。
「ミリアリア! 何してんの!?」
「サイ!」
ミリアリアが振り向くとサイが駆け寄って来た。
二人の前にやってきたサイは顔を強張らせる。それはフレイも同様だった。
「……二人とも何かあったの?」
二人の様子がおかしいのを察したミリアリアが問い掛けた。
ミリアリアから見ても、昨日の身柄交換時に起きた出来事は余りにも衝撃的だった。それも踏まえて、何らかの事が二人に起こったと思うのは仕方がない事だろう。
昨日の事を思い出したくないサイは、誤魔化すようにミリアリアを急かす。
「……何もないよ。とにかくブリッジに急ごう」
「うん」
「……フレイ。昨日はごめん。危ないから扉を閉めるよ」
ミリアリアが立ち上がると、強張らせたサイはフレイに目線を合わせないままで扉のスイッチを押し込んだ。
機械音と共に扉が横にスライドし、厚い鉄の板が彼等を分け隔てる。
「あっ……」
伸ばし掛けたフレイの手が宙を彷徨う。
「みんな……どうして戦いたがるのよ……。死んじゃうかもしれないのに……」
薄暗い部屋に取り残されたフレイは目を潤ませると、冷たい床の上に手を落として呟いた。
アークエンジェルのブリッジは、レジスタンスからの報告を受けて慌ただしさを増していた。
現在、レセップスがアークエンジェルに向かって南下中で、このまま進めば、確実に一時間以内に接触。それと同時に、ザフト軍の先行部隊も確認。こちらは二十分ほどで接触予定と言う事だ。
これらから分かる事は、少なくとも二十分後には確実に戦闘を行わなくてはならないと言う事実だった。
「十分後に第一戦闘配置にシフトさせて」
艦長席に座るマリューは指示を飛ばすと、モニターを睨んだ。
報告がモニター画面に続々反映されて行く。ザフト軍は北から東へとアークエンジェルを包むように立ちはだかろうとしている。敵は予想以上に手強い。
「……このまま進めば、下手をすれば頭を抑えられる可能性もあるわね」
マリューは呟くと爪を噛んだ。
そこへカガリとキサカを引き連れたナタルが飛び込んで来た。
「遅れました! 状況は!?」
「説明するわ。聞いて」
息を切らすナタル達にマリューは状況説明を始めた。すると三人は、見る見るうちに表情が硬化して行く。
「……ここまで時間を稼げただけでも奇跡と言った所ですね」
「出来るなら、最後まで奇跡が続いて欲しかったわ」
モニターを見詰めるナタルが眉間に皺を寄せると、マリューは溜息を吐いて愚痴を零した。
敵は大隊規模を動かして来ている。まともに組んだところでアークエンジェルに勝ち目は無い。
「レセップスが近付いていると言う事は、本隊だと思って良いでしょう。奇跡を望む事なんて出来ません」
「分かってるわよ。どちらにしても頭を抑えられれば、突破は容易ではなくなるわ。どっちの脚が早いかの勝負になるわね」
「敵の数にも因りますが、突破してしまえば後は追って来る敵を落とすだけで済みます。どの道、ここまで来てしまっている以上、紅海に抜けるべきでしょう」
「一点突破ね。……もしもの時の為に、最悪の想定もしなきゃいけないわね」
ナタルが逐一修正されて行くモニターを見詰めたまま進言すると、マリューは頷いて少しだけ顔を歪ませ、そモニターを睨み続けた。
そうしてマリューは、舵をと執るノイマンへと顔を向けた。
「艦の速度、上げられる?」
「ええ。一応ですけれど」
「相手が揃いきる前に突破をしたいわ。少しでも良いから、お願い」
振り返ったノイマンが小さく頷くと、マリューが厳しい表情のままで言った。
そうしたやり取りがアークエンジェルのブリッジでなされてる間、パイロットルームではパイロットが集まり情報を元に戦い方を話し合っていた。
大方の内容はいつも通り、前はムウとキラ。そして後ろはアムロと言う位置取りとなった。ただいつもと違うのは、ムウがスカイグラスパー二機を代わる代わる使う事。
それは、実戦経験の無いトールに使わせるより、ムウが二機を回し続けた方が効率が良いからと言う理由からだった。ちなみにこれはムウが言い出した事であり、トールに反論の機会は許されなかった事は言うまでもない。
「正面と左舷側で良いんだな?」
「はい。ピートリー級地上戦艦が多数接近中です。この距離ですから既に我々も捕捉されているはずです」
「分かった」
コンソールに映るトノムラから情報を聞き終え、アムロがスイッチを切ると全員が顔を見合わして頷いた。そしてムウとアムロを先頭に格納庫へと向かい始める。
その途中、淡々とした表情でムウが口を開いた。
「……まあ、敵の数が多いだけでいつも通りだな。さっき話した通り、航空戦力は俺が先行して敵を叩く。キラはギリギリまで出撃を待て」
「でも、数が多いんですよ。本当に大丈夫なんですか?」
「場合によっては、お前に出てくるモビルスーツ全部の相手をしてもらわなきゃならないんだ。余計な敵は俺とアムロに任せておけ」
「分かりました」
こんな状況にありながら余裕を見せるムウに、キラは少しだけ笑って頷いた。
どうしてキラが笑ったのか――。本来なら笑ってられない空気を、ムウが少しでも吹き飛ばそうとしているのが分かったからだ。
いつもの戦闘と違い、今回は余りにも数が多過ぎる。数だけなら低軌道会戦の方が遙かに多いが、あの時のように味方がいる訳ではない。レジスタンスの協力があっても微々たる物で、孤立無援と言って言い。
そんな状況だけに、自分も前を出るべきではと思っていたアムロは目線だけをムウへと向ける。
「ムウ。前を二機で支えるのは無理がある。俺も前に出た方が突破はしやすいだろう」
「いや。アムロはアークエンジェルを守ってくれ。でないと俺達の帰る場所が無くなりそうだからな。勿論、支援も当てにしてるぜ」
「……了解した。俺は支援と接近する敵機を落とす。やられるなよ」
「ああ。こんな所でやられるつもりは無いさ」
アムロの言葉にムウは頷くと、軽く笑ってから真剣な表情に戻した。
四人が扉の前に立つと、空気が抜ける音と共に隔てていた板が横にスライドし、パイロット達は格納庫に足を踏み入れた。
整備兵が忙しなく動く中、ムウはトールへと振り返った。
「トール、お前は留守番だ。それからさっき言った通り、二号機も使わせてもらう。ただ、いざって時には、その時ある機体で出てもらう。準備と覚悟だけはしておいてくれ」
「……分かりました」
「命令が無い限り出るなよ」
「分かってます」
念押しするように言い聞かせるムウは、トールが力強く頷くと、「よし」と言って、背を向けた。
「んじゃ、お先に!」
ムウは背中越しに片手を挙げて、スカイグラスパー一号機へと乗り込んで行く。
「キラはカタパルトデッキで待機だ」
「了解!」
続くようにアムロがνガンダムへと向かいながら指示を出すと、キラは頷いてストライクへと向かう。
「キラ! やられるなよ!」
「うん! 分かってる!」
ストライクへ向かう友人の背中にトールが声を掛けると、キラは振り返って笑顔で答えた。
スカイグラスパーとアグニを抱えたνガンダムがカタパルトデッキに消えると、ストライクが後を追う。そして、エアロックが閉じられた。
トールはパイロットルームに戻るか悩んだが、すぐにスカイグラスパー二号機の元へと向かい、機体の側にあった小型コンテナに腰を下ろした。
「……俺がもっと上手かったらな。……命令だし、仕方ないか」
ヘルメットを抱えたトールは愛機を見上げながら呟く。
戦闘開始までの十数分間を、乗組員達は無事を祈り、息を飲んで待ち続けた――。