CCA-Seed_98 ◆TSElPlu4zM氏_第34話

Last-modified: 2008-05-25 (日) 13:22:44

 陽射しも高い砂漠に砲弾が飛び交い、幾多の爆音を響かせていた。
 唯一の連合側艦船であるアークエンジェルは、多数のザフト軍を相手に奮戦しているものの、やはり多勢に無勢と言った感が否めない。
 この戦闘が始まり、既に二十分強が経過。その間にこれが二度目の出撃なるムウは砲撃を潜り抜け、砲塔式大型キャノン砲のトリガーに指を掛け押し込む。
 攻撃はジン・オーカーに直撃し派手に爆発を起こした。だが、これも大多数の中の一機を潰しただけに過ぎない。

 

「くそっ! 数が多すぎる!」

 

 ムウは忌々しげに吐き捨てると、再びトリガーを押し込む。それと同時にアラームが響き、彼に弾薬切れを知らせた。

 

「弾切れか!? スカイグラスパーは弾薬切れだ! 次の機体を用意しておいてくれ!」

 

 すぐにアークエンジェルへと通信回線を開き指示を出した。Nジャマーの影響もあって、離れ過ぎると通信すらままならない。そのあたりも考慮せねばならず、苦しい戦いが続く。
 そのムウが乗るスカイグラスパーのコックピットに突然、警告音が響いた。

 

「――ちっぃ! ミサイルか!?」

 

 ムウは機体を翻し、全速力で上昇を始めた。後方からミサイルが接近する。

 

「ムウさん、避けてください!」

 

 キラの声が響くと機体の下をビームが通過し、スカイグラスパーを追うミサイルを撃墜した。
 見下ろしたムウは、ソードパックにビームライフルを装備したストライクに目を向けた。

 

「済まない!」
「ストライクもエネルギーがまずいんです! 早く後退してください!」

 

 返事をするキラの声は思わぬほど逼迫していた。
 エネルギー消費の激しいストライクは、アークエンジェル前方のモビルスーツ群を一手に相手にしなければならず、既に三度の換装を済ませている状況にあった。
 本来ならここにアムロの乗るνガンダムからの支援砲撃が加わる所だが、二機は突破口を切り開く為に突出している状態となっていた。
 しかもアムロは一人で左舷側の敵を相手にしている。流石に無い物ねだりは出来ない。
 アークエンジェルの被弾を少なくする為にこのように戦っては来たが、時を追うごとに不利になって行く。そんな状況もあり、ムウは方針を変更せざるをえなかった。

 

「お前も下がれ! このままだと孤立するぞ! アムロの援護を受けられる距離で戦うんだ。すぐに戻って来る。やられるなよ!」
「分かってます!」

 

 キラはスカイグラスパーを見送りながら、敵モビルスーツ群に銃口を向け発砲した。すると当たり前のように数倍、数十倍の攻撃がストライクを襲い、トリコロールのボディが敵弾を弾いた。
 流石にストライクのPS装甲が無ければ、いくつ命があっても足らない状況だった。

 

「……っ! ストライク、後退します! ストライカーパックの準備をお願いします!」

 

 コンソールのエネルギーゲージに目を向けたキラは、下唇を噛んでアークエンジェルへ回線を開き、怒鳴るように伝えると操縦桿を後ろに引いた。
 ストライクが頭部イーゲルシュテルンとライフルを乱射しながら徐々に後退を始めると、ザフト軍モビルスーツ群はジワジワと戦線を押し上げ始めた。

 
 

 その頃、アークエンジェル甲板上にいたアムロは、νガンダムの左手に構えさせたアグニを駆使し、左舷側の敵を相手にしていた。

 

「落ちろっ!」

 

 甲板上からブリッジ上へ跳び上がったνガンダムがアグニを放つ。ビームはアークエンジェルを狙う後方のザウート一機と近付く戦闘ヘリをまとめて葬り去った。
 今のアークエンジェルからすれば、大した破壊力を持たない戦闘ヘリよりも、ビーム兵器による遠方からの狙撃を行うザウートの方が脅威と言えた。
 νガンダムが艦上を移動した事で、舵を取るノイマンの眼前をケーブルが遮った。

 

「ケーブルで前が!? アムロ大尉、ケーブルが邪魔です!」
「前方からミサイル接近!」
「ヤバイっ!?」

 

 チャンドラがミサイルの接近を告げると、思わずノイマンの顔が歪むが――。

 

「イーゲルシュテルン、ってー!」

 

 いち早く反応したナタルが迎撃を指示し、イーゲルシュテルンミサイルを次々と撃ち落として行った。

 

「……ふう」

 

 生きた心地のしなかったノイマンは、思い切り息を吐いた。
 ブリッジ上のνガンダムが邪魔となるケーブルを手繰ると、ノイマンの目の前のケーブルが退かされ、再び視界が開ける。

 

「済まなかった。これでどうだ?」
「大丈夫です。気にしないでください」

 

 アムロの声にノイマンは答えると、ちらりとナタルの方に目を向けるが、すぐに前へと向き直った。

 

「左舷、弾幕薄いぞ! 狙撃してくる敵機にはゴットフリートとウォンバットで対応しろ! ヘルダート発射!」

 

 ナタルの掛け声と同時に、アークエンジェルの艦橋後部からはミサイル群が白い尾を引きながら飛び出して行った。
 その間、細かい指示を出していたマリューの目に、帰艦するスカイグラスパーの機影が写ると、コンソールの受話器を手にする。

 

「スカイグラスパーが着艦するわ! 格納庫、次の準備して!」
「このままでは焼け石に水だ。ラミアス少佐。サイーブ達は戦闘ヘリの撃墜に集中させる。そちらはそれ以外を」

 

 艦長席の傍までやって来たキサカが告げると、マリューは頷いて矢継ぎ早に指示を飛ばして行く。

 

「フラガ少佐は乗り換え次第、すぐに再出撃を! ストライクと共に正面モビルスーツ群の殲滅を優先させて! バリアント一番、ゴットフリート第一砲塔と一緒に使って! ナタル、第一砲塔を正面へ向けさせるわよっ! いいわね?」
「了解! ゴットフリート二番。照準、左舷モビルスーツ群! ミサイル発射管全門装填! 一番から一二番は正面へ。一三番から二四番は側面モビルスーツを狙え! ウォンバット、ってー!」
「サイーブ、聞こえるか? モビルスーツは地球軍が相手をする。航空戦力のみを叩け」

 

 大人達がそれぞれの役目をこなしている中、カガリはただ眉間に皺を寄せて戦場を睨み付けていたが、一向に好転しない戦況に苛立ち気味にマリューへと詰め寄った。

 

「……このままじゃ! ラミアス艦長、もう一機、モビルアーマーがあっただろう。どうして出さない!?」
「パイロットが新人なのよ。実戦の経験も無いのに、こんな戦いに出せば打ち落とさせるだけよ。それならフラガ少佐に使ってもらった方が良いでしょう」
「しかし――」
「――敵増援出現! 機体識別! バクゥです! 数は不明! ……このシグナルは!?」

 

 この忙しい時に詰め寄られたマリューは険しい表情で返すと、カガリは反論しようとしたが、それをチャンドラの報告が遮った。

 

「報告はハッキリして!」
「バクゥの後方にレセップス! 敵本隊だと思われます!」
「ちっ! ……力圧しで来るつもりね」

 

 一喝されたチャンドラは、モニターを厳しい目で見ながら再度報告する。マリューは戦場を忌々しげに睨み付けながら吐き捨てた。

 

「このままじゃ、やられるだけだぞ!」

 

 苛立つカガリが怒鳴るが、マリューは子供の言い分に付き合う気が無いのか無視した。
 カガリの言うように、仮に現時点でトールがパイロットとして使いようがあったとして、もう一機投入したとする。確かに今よりは多少は押し気味に戦いを進める事は出来るかもしれない。
 だが、もしこの状況でスカイグラスパー両機とストライクが同時に補給を受ける事となれば、戦線を維持する事すら不可能となる。そうなればアークエンジェルは完全に敗北する。
 どの道、補給はローテーションで行わなければならず、各パイロットには苦労を掛ける事にはなるが、それも致し方ない状況なのだ。
 緊迫した状況にあるブリッジに、追い打ちを掛けるようにチャンドラの報告が続いた。

 

「レセップスよりさらに敵増援確認! ラゴゥ及びバクゥ! くそっ! Nジャマーの影響で機数は不明! ん!? ……レセップスのこの動きは!? ……レセップス、針路変更! 正面モビルスーツ群後方に回り込むと思われます!」
「このままじゃ頭を抑えられるわ! 速度、上げられないの!?」
「この状況じゃ無理です!」

 

 焦りの色が濃くなったマリューが難題を問うと、ノイマンが前を睨みながら舵を切って答えた。
 こうなっては仕方がないと業を煮やしたナタルが、状況を打破する為にインカムを通じてマリューに進言する。

 

「艦長! ローエングリンの発射許可を!」
「それは駄目よ! 地球を汚染する訳にはいかないわ!」
「しかし、撃墜されては意味がありません!」

 

 ローエングリンを大気圏内で使用すれば、ガンマ線による深刻な放射能汚染をもたらす。そう言う事もあり、マリューは首を縦に振る事は無かった。しかし、そうも言ってはいられないナタルは反論した。

 

「これじゃ落とされるのを待ってるのと同じじゃないか! ……こうなったら!」

 

 マリュー、ナタルのやり取りを目にし、カガリは苛立ちからか叫ぶとブリッジを飛び出して行った。

 
 

 眼前には青空と砲弾が飛び交う戦場が広がっている。
 バルトフェルドに代わり、ラゴゥに乗る事になった司令官は遠目に見える白い船体に目を向けると、スロットルを軽く開いた。するとラゴゥからは威嚇に似たエンジン音が響いた。
 彼はその音に満足したのか、ほくそ笑むとレセップスのブリッジへと回線を開いた。

 

「どうなっている?」
『はい。現在――は変わらず我が軍が圧し――ます。このま――けば決着は時間の問――でしょう』
「敵モビルスーツは?」
『前線に出て――た、ストラ――後退を始め――ます』
「そうか。確かにこの数相手ではな……。敵パイロットに同情したくもなるが、情けは無用だな」

 

 Nジャマーとジャミングの影響でレセップスとの通信状況は良くは無いが、副官の報告を聞いた指揮官はほくそ笑む。
 操縦桿を前に押し込むと、脚部に付いたキャタピラが勢い良く砂を巻き上げ、ラゴゥが移動を開始した。
 ラゴゥの前部ガンナー用のシートに座る部下が、モニターを見ながら彼に告げた。

 

「隊長。先発の五機が前線に到着したようです」
「うむ。他の隊に落とされては話にならんからな。我々も前に出るぞ」

 

 白い船体を晒すアークエンジェルを眺めながら、司令官はペダルを踏み込んだ。機体はスピードを増して六機のバクゥと共に前線へと近づいて行った。
 他の隊への牽制を兼ね、先発として出した五機のバクゥが命令を上手くこなしている事で、彼は上機嫌な笑みを見せる。

 

「フフフッ。それにしてもラゴゥは使いやすい。……流石にこれなら戦果も挙がる訳だな」

 

 その言葉はまるで、バルトフェルドがモビルスーツの性能を頼りに実績を重ねて来た。と、言わんばかりだ。
 彼からすれば地球などに来たくはなかったのだから、代わりに本国へと戻るバルトフェルドに恨みを抱きたくなるのだろう。
 だが彼はそれだけに止まらず、無用にもその矛先を味方である他の隊にも向けた。

 

「……しかし、たかが戦艦一隻に手こずるとは。先任とは言え、他の隊はよほど出来が悪いと見える。こんな連中ばかりとはな。……レセップスに砲撃を強めるように言え」
「了解しました」

 

 司令官の指示に部下が頷くと、同時に戦場に敵モビルアーマー、スカイグラスパーが三度姿を現した。それと入れ代わるように、敵艦のハッチに向かってトリコロール色のモビルスーツが帰艦して行くのが見えた。
 モビルスーツ――ストライクは補給の為に退いたのだろうが、司令官からすれば艦を沈める絶好の機会がやって来たのだ。

 

「よし! 一気に敵艦を叩くぞ! 続けっ!」

 

 この機を逃すまいと司令官は気合の入った声を上げた。
 ラゴゥと六機のバクゥは、白い大天使へと向かって疾走して行った。

 
 

 キラの背後でカタパルトデッキのハッチが閉じ、続けて正面のエアロックが開く。格納庫内は慌しく整備兵達が動いていた。
 戦況が圧されている事もあって、キラはバイザーを上げる間も無く、すぐにストライクを格納庫内へと進める。するとコックピットにマードックの声が響いた。

 

「坊主! ハンガーでソードストライカーパックを外して、カタパルトデッキで換装を済ませろっ! 次はバスター装備だっ! ガンランチャー忘れるなよ!」
「分かりました!」

 

 大声で捲くし立てるマードックの指示に答えたキラは、ストライクをハンガーに納めてからヘルメットのバイザーを上げた。
 下ではマードックが、部下達に向かって指示を飛ばしているのが見えた。

 

「外したパックに充電しろ! スカイグラスパーの補給はどうなってる?」
「今やってます!」
「スカイグラスパーには予備のエールパックを取り付けろっ!」

 

 コックピットを開放したキラが、思い切り空気を吸い込み肩で息をしていると、一人の整備兵が身を乗り出すようにしてボトルとタオルを差し出した。

 

「お疲れ。すぐに出てもらうぞ」
「あっ、はい」
「聞いてると思うが、次はバスター装備だ。やられんなよ」
「分かってます。これ、ありがとうございます」

 

 差し出された物を受け取ったキラは、ヘルメットを脱いで顔を拭って喉を潤した。
 キラがストライクの換装が済むまでの短い休憩を取っている頃、格納庫にカガリが息を切らして駆け込んで来た。

 

「あった!」

 

 エールパックが装着されようとしている戦闘機を見つけたカガリは、目をギラつかせて機体の元へ一目散に駆けて行った。
 その姿を見たマードックは、一瞬何事かと言う顔をすると、すぐにカガリを呼び止める。

 

「おい、なんだ!? お嬢ちゃん!」
「機体を遊ばせていられる状況か! こいつで出る!」
「はあ!? なに言ってんだよ、お前?」

 

 駆けながら答えるカガリの前に、腰を上げたトールが立ちふさがった。

 

「パイロットはお前か!? お前が出ないのなら、私が出ると言ったんだ」
「ふざけるなよっ! 民間人を出せる訳がないだろう!」
「やられてからじゃ遅いんだぞ!」

 

 カガリは押し退けるようにしてタラップに足を掛けるが、トールも大人しく黙っているつもりは無い。

 

「こいつは俺の機体だってぇの!」
「えっ!? おまっ!?……うわぁっ!?」

 

 トールは乗り込もうとするカガリの腰に両腕を回すと、引き摺り降ろすようにして放り投げた。
 このゴタゴタで整備兵達の目が二人に向くが、構っていられるほどの余裕は無い。あらかじめ用意されていたエールストライカーパックがスカイグラスパー二号機に連結された。
 腰をぶつけたカガリは、少しばかり顔を歪ませてスカイグラスパー二号機に乗り込もうとするトールの後ろ姿を睨んだ。

 

「ってて……。お前なっ!」
「命令が無い以上、出撃は出来ないんだ。悪く思うなよな」

 

 二号機の前部シートに収まったトールは、機体の安全確保の為にキャノピーを下ろそうとスイッチに手を伸ばしたが――。

 

「だっー!」

 

 気が済まないカガリは立ち上がると駆け上がり、無謀にもキャノピーが閉じかけた状態のコックピットにその身を飛び込ませた。

 

「痛っ……! 間に合った……。お前、閉める事は無いだろう!」

 

 突入時に頭をぶつけたカガリは、患部を押さえながら後部シートに逆さまの状態で息を吐いた。そして、そのままの体勢でトールに怒りをぶつけた。

 

「おっ、お前! たく、危ねえなぁ……。挟まれたらどうすんだよ!?」
「……フン!」
「勝手にいじくるなよ!」

 

 体勢を立て直したカガリが後部シートで何やらいじくり始めると、トールは慌てて制止しようとしたが、後ろからシートベルトを装着した音がした途端――。

 

「よしっ、行ける! 補給はもう良い。これだけあれば十分だ!」
「何言ってんだよ!?」
「私が出ると言ったんだ。早く離れて!」

 

 カガリが機外の整備兵達に向けて言うと、本気だと言う意志を見せる為に一度エンジンを唸らせた。

 

「脅しじゃない!? ……くそっ! 補給中止だ! 離れろ!」

 

 乗り込まれてしまった以上、こうなっては外部からは手が出せない。マードックは顔を歪めて怒鳴り散らして指示を出すと、次々と補給用の器具が外されて行く。
 二十秒も経たずに粗方の器具が外されると、カガリはコンソールを再度いじくりトールに声を掛けた。

 

「おい、つかまってろよ!」
「おい、やめろって!」
「うわっ!? お前、何やってんだよ! まだ補給が済んでないんだぞ!」
「武器は付いているだろう。これだけあれば十分だ」

 

 トールの制止を無視し、カガリは操縦桿を握るとゆっくりとスロットルを開いた。それと共にエールストライカーパック装備のスカイグラスパーが宙に浮いた。
 不測の事態が起こった為にブリッジへ連絡を取ろうとしていたマードックを風圧が襲う。

 

「おい、ブリッジ! うわっぷ……」
「下がれ! 吹っ飛ぶぞ! ハッチ開けて!」
「あーもう! 今時のガキは! ハッチ開けろ! 落としたら承知しねぇからなっ!」

 

 インカムを通じてカガリの声が響くと、マードックは格納庫で大惨事を起こされるよりはマシだと判断したのか、仕方なしに指示を飛ばすがその声は明らかに怒気を孕んでいた。
 エアロックに続きハッチが開く。カタパルトデッキの向こう側に青空が広がると、スカイグラスパー二号機は一気に飛び出して行った。
 突然の出来事に驚いたのは整備兵ばかりでは無い。再出撃を待っていたキラもその中に含まれている。

 

「トール!? マードックさん、何があったんですか!? 早くパックを外してくださいっ!」
「レジスタンスのガキが二号機を乗っ取りやがった! すぐに外させる。待ってろ! おい、早くしろっ!」

 

 焦るキラをマードックが制すると、担当していた整備兵に怒鳴りつけた。

 

「もうすぐ終わります! 待ってください! ……取り外し完了!」

 

 三十秒と経たず整備兵が声を上げて両腕で大きな丸を作ると、クレーンによって宙吊りにされたソードパックは天井近くまで引き上げられて行った。

 

「坊主、行け!」
「はい!」

 

 インカム越しにマードックが指示をすると、キラの返事と共に三五○ミリガンランチャーを手にしたストライクがカタパルトデッキへと移動し始めた。

 
 

 νガンダムの頭部がアークエンジェル前方へと向いた。
 アムロの目にザフト軍モビルスーツ群が徐々に距離を詰め始めたのが見えた。
 誰がどう見ても一方的な戦闘になっている事には間違い無い。これ以上押し込まれては戦闘継続も不可能になるのは目に見えていた。

 

「ザフト軍はストライクが退いた事で戦線を押し上げて来たか。このまま押し込まれては、落ちる事になるぞ」

 

 目に見える現状とレーダーと照らし合わせ、アムロは顔を顰める。
 状況が状況とは言え、そのアムロの心中に新たな心配事が生まれつつあった。
 それはヘリオポリス以降、これだけの大規模戦闘と言えば、第八艦隊に守られた低軌道会戦以外は経験しておらず、クルーやパイロット達がこの戦闘に耐え得る事が出来るのかと言う事だ。
 立場の差異はあれど、大規模戦闘にも慣れてはいないキラ、マリュー、ナタルの三人は特に心配になる。
 現状の戦況から言ってキラは個の戦いを迫られやすく、敵機の数も通常の倍以上で相手にしながら長時間戦わなければならす、精神的消耗は著しいはずだ。
 そして、マリューとナタル。この二人の判断次第で、目的である『勝敗を度外視した突破』の成功が決まると言って良い。
 特にマリューに限っては艦長として経験も浅く、この戦闘でのプレッシャーは相当なはずで、ほぼ敗走も見え始めているだけに、引き際の判断が全ての鍵になる。
 それだけにナタルが、艦長であるマリューをバックアップしきれるかと言う事も、この作戦の要因となるのだ。
 そう言った事を考えながらも、アムロは手を休める事無く敵機を落とし続けている。
 するとアークエンジェルのハッチが開き、エールストライカーパックを装備したスカイグラスパーが飛び出して行った。

 

「スカイグラスパー!? トールか!?」

 

 アムロは出撃して行った機影を見送り、思わず眉間に皺を寄せた。
 誰が命令を出したか知らないが、トールが出て行ったと言う事は、かなり危険な状況まで来たと言う事だ。事実、押し込まれているのだからそれも頷ける。
 そうしているとνガンダムのレーダーが接近する新たな機影――ラゴゥ、バクゥを捕捉する。

 

「……やるしかないか。ブリッジ! ケーブルを最大まで引っ張るぞ!」

 

 砲撃を続けながらもアムロはブリッジへと回線を繋ぎ、νガンダムの右手でケーブルを手繰り始めた。

 

『アムロ大尉!? 何をするおつもりですか!?』
「下でアークエンジェルと併走しながらモビルスーツの相手をする。ナタル、左舷側のタンクもどきを叩けるか?」

 

 アムロはナタルの問いに答え、逆に実行可能かを問い返す。
 ザウートは遠方に配置している上に、撃墜しても次から次へと湧いて出て来る。アムロとてその全てを撃ち落とせと言っている訳ではない。

 

『……了解しました。お任せください! 御武運を!』

 

 少しの沈黙の後にナタルはしっかりとした声で返して来た。

 

「頼む! アムロ・レイ、νガンダム! 行くぞっ!」

 

 頷いたアムロはペダルを軽く踏み込むと、アグニを抱えたνガンダムは下へと飛び降りて行った。

 
 

 そのνガンダムが飛び降りる光景を、ザフト軍司令官は喜々とした表情で見届ける。本当ならば早々と敵艦を沈めるつもりでいたが気が変わったようだ。

 

「艦上にいたモビルスーツか!? 紐付きでは自由に動けまい。手始めに奴からやるぞ!」
「はっ!」

 

 司令官からすれば、目の前のνガンダムはメインディッシュ前の前菜と言った所なのだろう。
 着地したνガンダムに目標を定めたラゴゥ、バクゥが動き出す。後方のザウートは直接アークエンジェルへの攻撃に徹している。

 

「数は多いが、バルトフェルド隊ほどではっ――落ちろっ!」

 

 敵の初動を確認したアムロは明らかに劣る相手だと判断すると、動きの鈍いバクゥを狙い早めに撃墜に掛かった。
 νガンダムの抱えるアグニの砲口が問答無用に火を噴き、接近しようとするバクゥ一機を砂丘もろとも消し飛ばすと、その直後、コックピットにキラの声が木霊した。

 

『アムロさん! 援護します!』
「左舷側の敵は俺が相手をする。キラは構わず前をこじ開けろ!」
『っ! 了解!』

 

 発進後、砂の上に着地したストライクは、アークエンジェルの前方の敵を落とすべくスラスターを唸らせて離れて行く。

 

「何をしている!? たかが一機に手こずるなっ!」

 

 早々とバクゥ一機を撃墜され、怒りに駆られた司令官が部下達に怒鳴り散らした。すると二機のバクゥがνガンダムに接近しながら攻撃を仕掛け始めた。

 

「来るか!?」

 

 アムロはバクゥの動きにいち早く反応し、νガンダムを僅かに後退させながらアグニを構え直させる。
 するとアークエンジェルの底部イーゲルシュテルンが稼動し、νガンダムを守るように弾幕を張り始めた。

 

「ナタルか!? 助かる! そこだっ!」

 

 弾幕を回避しながら陣形を立て直す為に後退にするバクゥの隙を突いて、再びアグニが火を噴く。一機は頭部が横凪に吹き飛び、もう一機は腰を打ち抜かれ爆散した。
 立て続けに撃墜をされた事で、バクゥは腰が引けたように攻撃を再開し始めた。

 

「くそっ! ナチュラルの分際で!」

 

 予想以上に手強いモビルスーツを前に、指揮官は顔を強張らせて吐き捨てた。
 残ったバクゥ三機がラゴゥを守るように攻撃を仕掛ける。
 アムロの目から見て、この隊のパイロット達はバルトフェルド隊と比べ動きが稚拙な上に隙が多かった。しかも、立て続けに味方が撃墜された事で弱腰になっているが見て取れた。

 

「腰が引けたか!? ならば、その隙に――」

 

 既にラゴゥ、バクゥは脅威でないと判断したアムロは、ペダルを踏む込みνガンダムを大きくジャンプさせた。

 

「――タンクもどきを黙らせる!」

 

 跳び上がったνガンダムは、後方のザウートを狙い空中でアグニを構えた。途中、ラゴゥ、バクゥの攻撃が襲い掛かるが、アムロはペダルワークで回避して行く。

 

「当たれっ!」

 

 二度三度とνガンダムが空中で跳ねながら、アグニの砲口から二発のビームが放たれた。遠方でザウートの爆発を確認する事が出来たが、撃墜したと言っても数機のうちの一機でしかない。
 未だ多数のザウートの確認出来る以上は、アークエンジェルが危険に晒されている事に変わりはないのだ。
 降下態勢に入ったνガンダムは、下方のバクゥへ砲口を向けて発射し始めた。
 一方、苦戦する指揮官はプライドからか、降下してくるνガンダムを何としても討ち取ろうと躍起になった。

 

「撃て! 私は着地を狙う! いいなっ!」

 

 多数のバクゥが射撃する中、ラゴゥが格闘戦に持ち込もうと着地ポイントへと接近仕始めた。
 それに伴い、隊長機に流れ弾を当てない配慮の為なのか、ラゴゥが接近するごとにνガンダムへの砲撃が減って行く。

 

「やはり着地狙いか!」
「小賢しい真似を! 落ちろ!」

 

 アムロはνガンダムの右手にサーベルを握らせ、ペダルを細かく踏んで着地のタイミングをずらし始めると、バクゥはビームサーベルを光らせ苛立ったように飛び掛かって来た。

 

「その程度で!」

 

 予測済みだったアムロは、接触する直前にペダルを再度踏み込み、νガンダムを跳ね上がった。

 

「なっ!? 消えただと!? ――上か!?」

 

 一瞬にしてνガンダムを見失った指揮官は、ラゴゥが着地すると同時に真上を見上げたが、生憎とそこにはコックピットの内壁以外は無かった。そして、次の瞬間――。

 

「うわっ!? え、援護を――」

 

 激しい衝撃がラゴゥを襲った。瞬く間にダメージが次々と表示されて行くモニター。援護を求めようと指揮官が口を開いた瞬間、爆炎が彼を無情にも飲み込んだ。
 ラゴゥの残骸が飛び散り、砂の上に次々と突き刺さる。
 残ったバクゥ三機のパイロット達は上官が討ち取られ呆然としたのか動きを止めた。だが、戦場で動きを止める事は言わば死に繋がる。それは彼等も例外では無い。
 突然、ビームが爆炎を切り裂き、一番手前にいたバクゥを襲った。爆散した味方を見て、残り二機のバクゥは慌てたように動き出す。
 揺らめく炎と黒煙の向こうからνガンダムが姿を現し、二つの目が鈍く光らせた。

 
 

 アークエンジェルのイーゲルシュテルン砲塔が旋回し、果敢に攻めるザフト軍戦闘ヘリの横っ腹とエンジンに無数の風穴を開けた。
 戦闘ヘリは小さな爆発すると残った弾薬類に引火し、激しい爆音を上げて無残に飛散。その衝撃はアークエンジェル船体とクルーの鼓膜を激しく揺らした。
 つい今し方、スカイグラスパーが飛び出して行ったが、気を掛けようにもこの状況で手が回らない。それほど余裕の無い所までアークエンジェルは追い込まれていた。

 

「ゴットフリート及びバリアント標準! 正面、敵モビルスーツ群! 発射!」
「底部イーゲルシュテルンはνガンダムの援護を続けろ! ウォンバット全門装填! 左舷ザウート及び前方モビルスーツ群を黙らせろ! ってー!」

 

 マリュー、ナタル、二人の指揮の元にアークエンジェルの火器が、休む暇なく動き続ける。

 

「糞っ! レセップスが約三○○秒後に予定針路上に進入! 接触は約七二○秒後!」
「っ!? 完全に頭を抑えられた!? まずいわ!」

 

 チャンドラが顔を引きつらせて報告すると、マリューが顔を歪ませた。
 想定上、最悪の展開が現実の物になろうとしている事もあって、クルー達に動揺が走った。

 

「まだ負けが決まった訳ではない! 攻撃を続けろ!」

 

 ナタルはインカムを通じて一喝すると、攻撃指示をパル達に任せてマリューの元へと向かった。

 

「艦長。やはりローエングリンを使うべきです」
「それは……」
「先ほども言いましたが、アークエンジェルを撃墜されては意味がありません。我々の任務を忘れないでください」

 

 苦い表情を見せるマリューに、ナタルは厳しい目を向けた。

 

「届けなければならない事くらい分かってるわ。だとしでも、あれを使えば……」
「汚染と言っても永遠ではありません。影響があるのは発射した箇所から着弾地の周囲数百メートルから数キロがいい所です」
「だけど……」

 

 現状のローエングリンを地上で使用すれば、着弾地は汚染の為に数年間人が近付く事すら出来なくなる。マリューは一人間として頭を悩ませた。

 

「それではパワーを減退させて発射させるのはどうでしょう? 汚染その物を抑えるのは不可能ですが、確実に敵モビルスーツ群を薙ぎ払う事は出来ます。それに上手くすれば汚染範囲も最小で済むかもしれません」
「パワーを減退……。汚染は最小で済むかもしれない……」
「我々がストライクを本部に持ち帰る事が出来れば、この戦争は数で勝る連合側の勝利で終わります。我々は勝つ為の切り札を持っているのです。……艦長。大局を見誤らないでください」

 

 提案を耳にしたマリューが言葉を反芻していると、ナタルが説得するような落ちついた口調で語り掛けた。
 心の中で戦況と良心を天秤に掛けると、マリューは苦々しい表情を浮かべて決断を下した。

 

「……落ちる訳には行かないわ。仕方ないけど、やりましょう。ローエングリン発射スタンバイ!」
「各機に射線上から待避するように連絡しろ! レジスタンスへの連絡も忘れるな!」

 

 満足そうに頷いたナタルが声を張り上げて指示を飛ばすと、ブリッジ要員達の顔に血色が戻り活気付き始める。

 

「ローエングリンを使用する! 地上ではどう影響が出るか分からない。格納庫にいる者は全員ノーマルスーツを着用しろっ! おい、バスカーク。各エリアの閉鎖指示を出せ!」
「はい! カタパルトデッキ及び格納庫、エアロックを完全閉鎖します! 各エリア状況を知らせてください!」
「サイーブ! アークエンジェルがローエングリンを使用する。前へ出ずに艦の後方に位置取れ」

 

 チャンドラ、カズイ、キサカが自分の担当する箇所に指示を出して行った。
 その間もザフト軍からの攻撃が次々と襲いかかり、アークエンジェルを激しく揺らした。

 

「くっ!? 狙いは前方のレセップス及びモビルスーツ群よ。早くして!」

 

 歯を食い縛るマリューは、一秒でも時間が惜しいと言った様子で指示を飛ばした。
 その声とほぼ同時にアークエンジェルの両カタパルトデッキ下が解放され、戦況を覆す一撃必殺の兵器――特装砲ローエングリンが姿を現した。

 
 

 目の前にいきなり青空が広がると、トールは陽射しの強さに思わず目を細めるが、次の瞬間、痛みに襲われた。
 理由は単純。シートベルトをしていなかった為に、機体がほんの少し左右に動くだけで体をコックピットの各所に打ち付ける羽目になったからだ。
 トールは何とか体勢を立て直して体をシートに固定すると、必死に叫びながら操縦桿に手を伸ばした。

 

「このバカおんなーっ!」
「バカとは何だ!? バカとは!」
「バカだからバカって言ったんだ! このーっ!」

 

 後部シートでカガリが吠えるが、やけくそ気味のトールは怒鳴りながら操縦桿を握りしめた。そして、空いた手でコンソールパネルを叩き、何とかコントロールを奪い返す。

 

「あっ!? お前っ!」

 

 操縦の感触を失ったカガリは驚き、パネル越しで見えないトールを睨んだ。
 ここは戦場なのだから当然のように狙われる訳で、二人の乗るスカイグラスパー二号機のコックピットに警告音が鳴り響いた。

 

「やべっ!?」

 

 スカイグラスパー二号機を砲撃が襲うが、トールは操縦桿を倒して辛くも回避した。

 

「はぁ……。死ぬかと思った……」
「……どれだけ下手なのかと思ってたんだけど、お前、新人のくせに案外やるな」
「知った口利くな。俺はフラガ少佐に直接教えてもらってんだ。バカにすんなよ!」
「エンデュミオンの鷹に教えてもらってるのか? 凄いじゃないか」

 

 見下した言い方にトールが怒鳴り返すと、カガリはその言葉の内容に目を丸くして、何か納得したような表情になった。
 そうしている間にもスカイグラスパー二号機を再び砲撃が襲い掛かって来た。

 

「くそっ!」

 

 カガリの言葉に応える暇が無いほど、トールは避ける事で精一杯の様子だ。

 

『こちらアーク――ジェル! これよりローエングリンを使用――。各機、射線上より待避せよ! 繰り――す。これよりローエン――ンを使用する。各機、射線上よ――せよ!』
「ローエングリン!?」

 

 コックピットに途切れ途切れの通信が響くと、トールは操縦桿を左右に切りながらモニターを確認した。今撃たれたら確実に塵になる事は間違いない。

 

「上昇しろ! 射線に乗っているぞ!」
「分かってるってえの!」

 

 後部シートのカガリが命令口調で指示すると、トールは苛ついた様子で一気に操縦桿を引き込み、安全域まで機体を上昇させた。

 
 

 その頃、更に前で戦うムウは再出撃したストライクが接近しているのを確認。後退しながら連携を取ろうとしていたが、何せ敵機の数が多く苦戦している状況にあった。
 攻撃を回避したムウがトリガーを押し込むと、ランチャーストライカーパックのアグニからビームが放たれジンオーカーを消し飛ばしたが、敵の層は厚く、間髪入れず反撃がなされた。

 

「これは……ヤバイかな?」
「ムウさん!」
「キラか!? 助かる!」

 

 ようやく追い付いたバスターストライクがガンランチャーを撃ちながら援護に入り、ムウは回り込むようにして体勢を立て直した。
 そうして戦う二人の耳に、突然とも言える通信回線がアークエンジェルから飛び込んで来た。

 

『こちらアーク――ジェル! これよりローエングリンを使用――。各機、射線上より待避せよ! 繰り――す。これよりローエン――ンを使用する。各機、射線上よ――せよ!』
「なんだと!? マジでローエングリンを使うつもりか!?」
「狙いは……レセップス! 射線上から待避しないと!」

 

 放射線であるガンマ線を撒き散らすローエングリンの使用に、ムウとキラは戸惑いを見せた。だが、圧倒的不利な戦局を覆す大火力はこれ以外には有り得ない。

 

「ムウさん。僕は左舷側に出ます」
「お前、追い込まれるぞ」
「正面のモビルスーツはローエングリンが薙ぎ払ってくれます。せめて今はアークエンジェルに敵を近付けないようにしないと」

 

 ストライクは敵モビルスーツ群に攻撃を加えつつも徐々に後退。キラはムウの言葉に反論しながら、わずかに機体を左へと旋回させた。
 アークエンジェルから見て、敵機は左舷側から正面へと移動している為に、キラの向かおうとしている辺りは当然のように敵の数も多く、苦戦する事は間違い無いだろう。
 だが、ストライクとスカイグラスパーが敵機が少ない右舷側で守りに入れば、アークエンジェルは野晒しとなり、敵モビルスーツ群から集中砲火を浴びる事は必至だ。

 

「確かにそうなんだが……仕方ねえ。やるしかないな。……んっ? スカイグラスパー……トールか!? 誰が命令を出した!? おい、キラ。何か知ってるか?」

 

 機体をロールさせ敵弾を回避してる最中、ムウは視界の片隅にスカイグラスパー二号機を捉え、表情を険しくした。

 

「くっ! レジスタンスの子が一緒に乗ってるみたいで……良く分かりませんけど、いきなり飛び出して行ったんです」

 

 ストライクはPS装甲とバッテリーの多さをフルに駆使し、左手と右肩のガンランチャーで相手を無差別に撃墜して行くが、やはり多勢に無勢。そんな中、キラは歯を食い縛ってムウの問いに答えた。
 どう言う経緯かは知らないが、トールが出撃している事実が変えようが無い。とにかく、スカイグラスパーの乗り換え、補給と言う図式が崩れ去った事で、突破に時間を掛けていられなくなった。

 

「……トールの事は後回しだ。援護するから移動しろ! 早いとこローエングリンを撃って突破しない事には、かなりヤバイ事になるぞ!」
「分かりました。すぐに移動します。援護、お願いします!」

 

 ムウが捲くし立てると、キラは少しばかり早口で答えペダルを踏み込んだ。
 攻撃の手を緩める事無くストライクとスカイグラスパー一号機は、アークエンジェルの正面左舷側へと移動を開始した。

 
 

 二人がそうしている頃、アークエンジェルの傍で戦うアムロが残り二機のバクゥを葬り去ろうしていた。
 νガンダムが移動した後には、モビルスーツだった物が砂にまみれ亡骸をさらしていた。
 二機のバクゥは指揮官機であるラゴゥを失い、アークエンジェルに併走するνガンダム相手に奮戦するも、余りにも相手が悪すぎた。

 

「これで!」

 

 νガンダムがサーベルでバクゥを正面から叩き切ると、アムロは援護をしていた機体に向かってアグニのトリガーを引いた。吐き出されたビームはバクゥへと向かって疾走し、上半身を飴のように溶かし爆発させた。
 艦と併走しながら紐付きの武器を手に戦い、圧勝しながらも戦況は変わる事は無い。

 

「……マリューは火力で薙ぎ払うつもりか。 ローエングリンは地球を汚染――まずいっ!?」

 

 アムロはアークエンジェルを見上げ呟く。そして、すぐに周辺を見渡して警戒に入ると、遠くから高速で近付くいくつかの点を見つけた。
 νガンダムが跳び上がり、そのいくつかの点に向かってアグニを構える。

 

「対艦ミサイル!? 抑え切れるか!? 当たってくれ!」

 

 アークエンジェルを狙う対艦ミサイルの数は約一〇。質の悪い事に、違う方向から二、三発づつ発射しているようだった。
 空中に制止したνガンダムが構えるアグニが光を吐き出し、二発を光が飲み込むと、νガンダムは自然落下を始める。だが、アムロはその最中も狙いを着けてトリガーを引き続けた。
 アグニの砲口から走る光は、薙ぐようにして三発のミサイルを消し飛ばす。

 

「間に合えっ!」

 

 着地したνガンダムが再び跳躍した。
 グングン近付く残り五発の対艦ミサイル。
 アムロは一番数の多い三発のミサイルに向け狙いを着けるが、遠方のザウートからの砲撃がそれを邪魔する。

 

「ちっい!」

 

 砲撃を避けると再度ミサイルへと狙いを着け、トリガーを押し込んだ。連射の利かないアグニではあったが、辛くもばらけたミサイル二発を撃ち落とした。
 νガンダムは再び自由落下に入った。
 既に残りのミサイルは砲撃で落とせる距離を切っている。だが、全てを落とす事は出来なくとも、その数は減らす事は出来る。

 

「だが、まだ!」

 

 アムロは落とし切れなかった一発を無視し、機体を二発のミサイルへと向けて着地と同時にペダルを踏み込んだ。
 背中のバーニアノズルが勢い良く青白い炎を吐いて、機体が上昇して行く。

 

「いけるか?」

 

 アグニを放つが距離が無い上に、加速したミサイルをビームを捉える事は出来ない。
 上昇を続けるνガンダムのビームサーベルに小さな光の刀身が発生する。

 

「とどけっ!」

 

 νガンダムが二発のミサイルへと向けて上昇速度を上げ、目の前を通過するギリギリでビームサーベルを振ると、光の刀身が一気に伸びた。
 ビームサーベルが鋼鉄の筒を切り裂くと、対艦ミサイルの一発はコンマ数秒遅れで爆発を起こした。

 

「うわっ!」

 

 爆発の衝撃がνガンダムを襲い、エアバッグが飛び出しアムロの身を守った。それと同時にコックピット内にけたたましい機械音がなり響く。
 アムロはエアバッグを退かすようにしながら操縦桿を操り辛くも着地。コンソールモニターへと目を向けると、そこには機体の損壊箇所が表示された。
 右腕とビームサーベルは無事に残っているものの、右肘の駆動系が深刻なダメージを受けていた。更にフレームの歪みも増したようで、機動に若干の違和感を感じる。

 

「右手腕が使えなくなったか……。それよりもアークエンジェルは!?」

 

 以前から懸念していた事が現実となり、アムロは苦々しい表情を浮かべるが、すぐに上を飛ぶ白い船体へと目を向けた。
 船体の一部は黒く煤け、黒煙を上げていた。そして艦前方、両カタパルトデッキ下から砲門がせり出して来る様子が見える。

 

「アークエンジェル、まだやれるな?」
『つぅ……。二発喰らいましたが、航行に支障はありません。引き続き敵機への砲撃をお願いします』
「了解した。再度、艦上での砲撃を開始する」

 

 トノムラからの報告を受けたアムロが、νガンダムをアークエンジェルの甲板上へと跳び立たせた、その瞬間――。

 

「攻撃が来るぞっ! 避けろ!」

 

 背後に攻撃の気配を感じ取ったアムロが叫ぶが、巨大な船体が避けきれる訳も無かった。
 遠方からザウートの放ったビームが、左舷ローエングリンの砲門を溶かし、激しい爆発を起こさせた。
 勿論、その爆発音は前線にいたパイロット達の耳にも届き、全員が振り返った。
 アークエンジェルの左舷側ローエングリン砲門は完全に大破。ハッチと二番カタパルトデッキの一部は爆発と熱の影響によって装甲が飴のように拉げ、炎と黒煙が白い船体を汚して行くのが見えた。

 

「ああっ……!? アークエンジェルが!」
「直撃を喰らったのか!? 流石にあれだけデカイのを守るのはアムロでも無理か。早いとこ何とかしないとマジでヤバイぜ」

 

 痛々しい姿を晒すアークエンジェルを見てキラは絶句し、ムウは焦りの色を濃くした。
 このままでは確実にアークエンジェルは沈み、全滅は免れない。

 

「負けてられるかよっ!」
「アークエンジェルは落とさせないっ!」

 

 二人は今まで以上に必死になってトリガーを押し始めた。
 ストライクとスカイグラスパーの火器が次々と火を噴き、ザフト軍モビルスーツを血祭りにして行く。だが、それでも多勢に無勢である事に変わりは無い。
 これで勢いづいたザフト軍が一気に押し込もうと戦線を押し上げ始め、ストライクとスカイグラスパーは後退を余儀なくされた。

 
 

 一方、スカイグラスパー二号機を操るトールは、敵モビルスーツからの砲火を避けつつ、アークエンジェルにどうにかして戻ろうと必死になっていた。

 

「アークエンジェルが!?」

 

 後部シートのカガリが悲鳴に似た声を上げた。
 その声につられたトールは振り返ると、その目に痛々しい姿のアークエンジェルが映った。
 艦の後方に続くレジスタンスの車両群は、この戦闘で更に数を減らしている。

 

「畜生! やりやがって!」
「くそっ! おい! 私が砲手をする。お前は操縦に集中しろ。私達でレセップスを落とすんだ!」

 

 トールと同様に怒りを顕わにしたカガリが、闘志を剥き出しにして言った。
 だが、トールに取ってムウの命令は絶対であり、指示を受けていない以上動く事は出来ない。

 

「命令がねえんだから無理なんだよ!」
「命令が何だ! やらなきゃ、やられるぞ!」
「冗談よせよ! 補給中だった所為で、武器だって中途半端にしか積んでないんだぞ!」
「ビーム砲も積んでいるだろう。ありったけの武器を使えば落とせる。やりもしないで言うな! このままだとアークエンジェルは落とされるだけなんだぞ! 本隊のレセップスを落とせば、奴等は後退する! 私の仲間の死を無駄にするな!」

 

 反論するトールにカガリは必死に捲し立て、最後は泣きそうなほどの怒鳴り声で訴え掛けた。
 想像したくも無いが、確かにカガリの言うようにこのままではアークエンジェルは必ず沈むのが目に見えている。
 トールは戦えないジレンマから、わずかな間頭を悩ませた。

 

「……くそっ! やれば良いんだろ、やれば! こうなったら、やってやるよっ!」
「よしっ! 後ろは任せろ! 奴等を蹴散らしてやる!」

 

 やがて決断を下したトールはやけくそ気味に吐き捨てると、カガリは満足そうな顔を浮かべた。
 やることは決まった――。

 

「行くぞ!」

 

 トールは操縦桿を握り直し、レセップスへと機首を向けるとスロットルを解放する。
 二人を乗せたスカイグラスパー二号機は一気に加速し、戦場の空を切り裂くように敵艦へと向かって飛んで行った。