シグナム副隊長を始めとしたヴォルケンリッターによる訓練も始まった。
同時に今の生活にもようやく慣れてきた俺は、最近よく昔のことを思い出すようになった。
楽しかった、幸せだったオーブでの子供時代。
辛くても、レイやルナマリアといった仲間達と切磋琢磨しあったアカデミー時代。
そしてザフトレッドとしてインパルスやデスティニーを駆った少し前までの出来事。
悲しいこと、思い出したくも無い様なこと……
嬉しかったこと、何にも変え難い大切なこと……
それら全てを少しずつ、吟味するように思い起こす。
それはきっと、今の俺を構成している大切なものだから……
魔法少女リリカルなのはD.StrikerS、始まります。
魔法少女リリカルなのは D.StrikerS
第8話「一つの出会い、小さなきっかけなの」
「さて、これからの六課の指針についてなんやけどね。
今まで明らかになってへんかったガジェットの製作者、それにレリックの蒐集者については現状ではこの男。」
はやての声がストームレイダーのコンテナ部に響き渡り、それに合わして一人の男を写した映像が現れた。
「ジェイルスカリエッティ。
主に生体関連の違法研究で指名手配されてる犯罪者なんやけど、この男って線で調べることになったわ。」
「これに関しての捜査は主に私が担当するけど、皆も一応頭に入れておいてね。」
「「「「はい!」」」」
はやての言葉をフェイトが受け継ぎ、それを受けたスバル達が威勢よく返事をする。
(生体関連の、違法研究……)
そんななかシンは先ほどはやてが口にした単語を心の中で繰り返し呟いていた。
つまりそれは、
(……連合の連中ががやってたようなことと同じなのか?)
エクステンデットと呼ばれる存在達がいた。
遺伝子を操作して生まれたコーディネイターに対抗するため、後天的に手術や薬物投与などで身体能力や処理能力を無理矢理に強化された人間を指して言う。
かつてシンが守りたいと思った少女もその内の一人だった。
(くそっ、この世界でもあんなことをしてる奴がいるのかよ!?)
苦虫を噛み潰したような表情でシンは心中で毒づく。
信じられない、というよりも信じたくなかった。結局世界が違えども人は同じ過ちを繰り返していくのだと、それが真実なんだと突きつけられたような気分がして。
シンはぎりり、と奥歯を強く噛み締める音が自分の中から聞こえた気がした。
(ステラ……俺は、俺は……!)
「シン君? 今のミーティング、ちゃんと聞いてた?」
「……へ? あ、ああ、ホテルでやってるオークション会場での警備が仕事なんだろ?」
思考の海に沈んでいたシンの意識を引き上げたのは、なのはの声だった。
その表情はお世辞にも機嫌がいいとは言い難いもので、シンは少々慌てながらも事前に聞いていた今日の出動内容を答えた。
なんとか事なきを得れたか、と気を抜こうとしたがそうは問屋が下ろさないらしい。
「じゃあシン君の今日の担当は?」
「うっ、あー、えっと……」
「…………」
痛いところを突かれ口ごもるシンに、なのはは何も言わずただじっと見つめた。
数秒、息がつまりそうな沈黙を置いてから、シンががっくりと肩をうな垂れて口を開いた。
「……ゴメンナサイ、キイテマセンデシタ。」
「ふふ、素直でよろしい。」
そんなやり取りを楽しんだかのように、先ほどまでの表情が嘘のような笑みでなのはが頷いた。
シンもそれを見てふっと息をつき、肩から力を抜く。
自分の手を見ると知らずに強く握り締めていたらしく、それは白くなっていた。
少し感情的になっていたらしい。心の中で落ち着け、と呟く。
改めてなのはを見ると未だに笑顔のままシンを見ていた。
それによって波うちだっていた自分の心が少し静まるのをシンは感じたが、何故かそれを素直に認める気にはなれなかった。
「で、俺は何をしたらいいんですか?」
「シンは私達と一緒にホテルの中の警備をしてくれるかな。
外はフォワードとヴォルケンリッターの皆が警備してくれる手筈になっているし。」
少々の気恥ずかしさを隠すために、仏頂面をしたままあげたシンの声にフェイトが答えた。
「というわけでシャマル、そろそろホテルにも着くしシンに例の物を。」
「はいはーい、了解ですよはやてちゃん。じゃあ、シン君のはえっと……これね、はい。」
はやての言葉に待ってました、と言わんばかりの笑顔でシャマルが足元に積み上げてあった箱のうちの一つをシンに渡す。
「あの、シャマル先生。それ、なんなんですか?」
ずっと疑問に思っていたのだろう。シャマルがシンに渡した箱を指差しながらキャロが聞いた。因みに同じような箱が他にも3つある。
シンをはじめスバルやティアナ、エリオも疑問に思っていたことである。全員が視線でもって問いかける。
それに対してシャマルは更に顔を綻ばせ、
「うふふ、これはね。シン君と隊長達のお仕事着よ~。」
そう言った。
「お仕事着、なあ?」
ホテルについた後シンは渡された箱の中身、オークション会場に入るための衣装に着替えた後、会場の入り口辺りの警備についていた。
隊長達のドレス姿に対してシンは真っ黒なスーツを着ていた。
これでは客というよりも本当にガードマンと言ったほうが正しいだろうとシンは思う。
警備が仕事なのだからこれはこれで正しいのかも知れないが、何処か釈然としないものを感じながらシンは仕事を続けた。
因みに着替えた後、はやて達に馬子にも衣装~等と言われたのはお約束である。
「というか、なんで俺までこっちの警備なんだよ? どう考えてもなのは達だけで足りてるだろ。」
そうシンは一人ごちた。
だが逆に、外の警備が足りてないとは思わない。
シグナムを始めとしたヴォルケンリッターの面々の強さは、あれから毎日のように訓練に付き合ってもらってるので身に染みて理解しているし、フォワード陣が弱いともシンはこれっぽっちも思っていなかった。
だから自分が居ないからといって外の警備がどうこうなる、とも思わなかったのだが……
「それはそれで、あんまりいい発想じゃあないよな、うん。」
自分が居なくてもいい、という考え方は堕落への第一歩だ。
とりあえず今は自分に課せられた仕事を、と思い会場を見渡した。
(とりあえず異常はなし、か……気楽なもんだな。)
このオークションに出品される品物に反応してガジェットが来るかもしれない、とのことだったが。
ここに集まった金持ち連中はそんなことも知らずにいるのだろうな、と思いシンは深くため息をついた。
その時である。
「そんなに盛大にため息をついたりして、どうかしたのかい?」
自分の後ろから掛けられた声に反応して振り返ると、そこには長い緑の髪が特徴的な白いスーツを着込んだ男が立っていた。
任務中ということもあり周囲には気を配っていたにも関わらず、自分の後ろをとったその男にシンは驚愕せずにいられなかった。
「……何か自分に用でもあるんですか? これでも仕事中で忙しいんですけど。」
「おや、奇遇だね。実を言うと僕も丁度仕事の途中なんだよ。」
はぐらかすように言う男にシンは堪えきれなくなり、口を開いた。
「アンタ、一体なんなんだよ?」
警戒心を隠そうともせずに尋ねるシンに、その男は苦笑しながら答えた。
「僕はヴェロッサアコース、好きに呼んでくれていいよ。
ああ、それから他人に名前を聞くときはまず自分から……違うかい、シンアスカ君?」
「な……どうして俺の名前を知ってるんだよ!?」
よろしく頼むよ? と人好きのする笑みを浮かべ言うヴェロッサに、シンは動揺を隠せずにいた。
「知りたいかい? どうして僕が君の事を知ってるか。」
尋ねてくるアコースにシンはきつく睨みつけながら頷いた。
「おいおい、そんな剣呑な雰囲気にならないでくれないかい。
別に僕は君の敵ってわけじゃない、どちらかと言うと味方だよ?」
これでも管理局の人間だし、とIDカードを見せながら付け足されるとシンとしてもこれ以上疑うわけにはいかず、不承不承納得する。
「で……だ。君と一度話してみたかったんだけど、少し時間……いいかな?」
笑顔のまま言うアコースにシンは頷くことで応えた。
ティアナは自分の受け持ち場所を警護しながらスバルと念話で会話をしていた。
『今日は八神部隊長の守護騎士揃い踏みかぁ。』
『そういやそうね。スバル、あんたは結構詳しいわよね、副隊長たちのこと。』
『お父さんやギンねぇからちょっと聞いてるだけだから。
副隊長達やシャマルさん、ザフィーラは八神部隊長が個人で保有している戦力ってことと、それにリィン曹長が合わさった6人は無敵の戦力って言われてること……くらいかなあ。
まあ、八神部隊長の出自とか能力は特秘事項だから私も詳しくは知らないんだけど……
ティア、なんか気になるの?』
『いや、別に……』
『そっか、それじゃまた後でね。』
『うん。』
そうして念話が切れた後、ティアナはゆっくりと考え始めた。
(やっぱり……六課の戦力は無敵を通り越して異常だ。
一体八神部隊長はどんな裏技を使ったんだか……)
静かに、それでいて周囲への注意を怠ることなく六課の分析を始めるティアナ。
(全員がオーバーSクラスの隊長陣に加えて、副隊長達もニアSクラス……
管制やバックアップのほうも将来のエリートばかり。
私達フォワードだって、あの年でBランクのエリオに竜召喚っていうレアスキルを持つ
キャロ。二人ともフェイト隊長の秘蔵っ子って言われてるし……
スバルだって、今でこそ危なっかしい所が目立つけど潜在能力や可能性は計り知れない。)
そして―――
(シンアスカ……あいつは一体何者なの?
魔法を使い始めたばかりで、よく出来た偽者とはいえなのはさん達がデータを作ったガジェットを倒した。
そしてその数週間後にはなのはさんやフェイトさんと肩を並べて戦えるようになってる……)
後で聞いた話だと、はじめてガジェットと戦ったのは魔法を使い始めて数時間たつかどうか、という頃だったらしい。
冗談じゃない、と思う。
自分達が何年もかけてようやく辿り着いた場所に、シンはたったの数週間で追いついてきたと言うのだ。
これが笑い話でなくてなんなのだろう。
ティアナは自分の中に芽生えつつある暗い感情を押さえ込み、かぶりを振った。
「……やっぱりあの中で凡人は私だけ、か。」
確認するように小さく呟き、ティアナは目を閉じた。
ふう、と息を吐き閉じていた目を開く。そこには、決意のようなものが宿っていた。
(でも、そんなの関係ない。
私は証明しなくちゃいけないのだから。例えどんな強い敵でも、きつい任務でも……
―――ランスターの弾丸は全てを貫けるんだって。)
小さく、しかし強く心の中で言い放った、その時であった。
「……通信、本部から?
え、敵襲!?」
状況が動き出した。
シンは場所を変えようかと言うアコースに連れられ、ホテル内の人気が少ない廊下の一角まで来ていた。
「さて、まずはどうして僕が君の事を知ってるか……だったね。
だけどその前に少し自己紹介をしておこう、これが君の問いに関する答えにも繋がる。」
確認するようにしてアコースが言う。シンは何も言わずにただ先を促した。
「では改めて……僕の名前はヴェロッサアコース、さっきも言ったけど管理局で査察官をしている。
つまるところ部署さえ違えど君と同じ管理局の人間、ということさ。
そしてどうして僕が君の事を知っていたかと言うと……これは姉に聞かされたことでね。」
「姉……?いや、待った……じゃあなんでアンタ、じゃなくてアコースさんのお姉さんが俺のことを?」
答えになってるようでなっていない回答にシンは頭を抱えそうになる。
自分の知り合いにアコースの姉がいる……?
しかしその可能性をシンは否定する。
こちらの世界に来て間もないシンにとって、知り合いと呼べる人間は未だ数えるくらいしか居らず、その殆んどが見た感じアコースより年下だったからだ。
そんなシンの姿を見かねた様にアコースが口を開いた。
「僕の姉は教会騎士団の騎士をしていてね、元々家柄のこともあってかなりの権力を持ってたりするんだよ、これが。
君が居る六課の設立にもあの人が大分力添えをしたしね、今では六課の後ろ盾の一人でもある。」
「……なるほど。」
そこまで聞いてシンは合点がいった。
つまり、アコースの姉はお偉いさんで六課にとっても重要人物。
そして恐らくシンが六課に入ったことも、はやて当りを通じてその人に伝わっているはずだと。
実際は伝わっているどころか、シンが六課に入ることにすら彼女―――カリムが噛んでいたりもするのだが、流石にそこまでは想像できないでいた。
「と、まあそういうわけさ。
最近あの人から君の資料を見せて貰う機会があってね、本人が偶々目に入ったから声を掛けてみた……それだけだよ。」
シンが納得したように頷くのを見て、アコースは更に言葉を続けようとしたその瞬間だった。
シンのデバイスを通じて通信が入った。
アコースに対して一度頭を下げてからその回線をシンがオンにすると、小さくはやての顔がモニターされた。
「八神部隊長? どうかしたんで……」
『どうかした、やあらへんよ。
勝手に持ち場を離れたりして、今どこにいるん?』
しまった、という顔になるシンを見てはやては溜息をついた。
『はぁ……減俸1ヶ月。』
「なぁ……!?」
上司による余りにも非情と言える裁きにシンは絶句する。
「ちょっと待った、はやて。彼は僕が連れ出したんだ、悪いのは僕で彼じゃないよ。」
と、そこでその間に割り込むようにしてアコースが顔を出して言った。
『え……ろ、ロッサぁ? なんでロッサがシンと一緒におるんよ。』
思いもよらない登場人物に鳩が豆鉄砲を食らったような表情になるはやて。
「ちょっと、ね。
それよりもはやて、そんなことを伝えるために通信を繋げたわけじゃないんだろう?」『ああ、そうそう、ロッサはもう気づいとるよね。』
「僕の能力を忘れたかい?
一応辺りには猟犬は放ってあるからね、状況は把握してるよ。」
自分が理解できないところで話が進んでいくことに少々の不満を覚えたシンは、会話に割り込むように口を開いた。
「結局何がどうなってるんです? 俺にもわかるように説明してくださいよ!」
『あー、えっとな、シン。簡単に言うと敵が来たんよ。
現在私の子らとフォワード陣が迎撃中で、シンも含めた私達はこのままホテル内部の警備を続行する。
ということでええね?』
はやてが自分でも言ったとおりに現状を簡単に説明、シンに指示をだした。
敵が来た、の部分を聞いたところでシンは少し体を硬くした。
「了解です、場合によっては……」
『うん、オークションはそろそろ始まるけど、シンはそのままそっちにおって。
状況に応じてシャマルから指示が出ると思うから、それに従ってな。
こういう時のための遊撃戦力なんやから。』
つまりそれは、状況によっては自分にも出番がある、ということで。
『とりあえず一旦これで通信切るな。あー、それからロッサ?
後で色々聞かしてもらうから覚えといてな?』
「それは怖いな、忘れちゃってもいいかい?」
などと軽口を叩くアコースをはやてが軽く睨みつけたと思うとぶつりと通信が切れた。
「やれやれ、はやては変わらないなぁ。」
心なしか楽しげな笑みを顔に浮かべながらアコースが呟き、そして表情を改めシンに向き直る。
「さて、僕は君の疑問に答えた。
なら今度は僕の番でいいかな、君に聞きたい事があるんだ。」
「聞きたいこと……ですか?」
シンは身構えるようにして聞き返した。
「君の話を姉から聞いてから気になっていたことがあるんだ。
そう……君はどうして戦っているんだい?」
「……はい?」
「ああ、分り難かったかな?
つまりね、君はこっちに来るまでもずっと戦ってたわけだろう、戦争で。
それに敗れて死んだと思ったら、何の因果かここ……ミッドに来ていた。」
あってるよね? と聞いてくるアコースにシンは苦々しいものを感じながら首肯した
「君がこの世界に来て何を感じたのか、それは僕にはわからない。
ただ君はもう一度戦うことを選んだ。
それが何故か、気になってね。機会があれば君に聞いてみたいと思っていたんだ。」
突きつけられた問いにシンは困惑していた。
(何故戦っているか……だって?)
シンが返事に困っているのを見て取ったアコースが更に口を開く。
「君には選択肢があった筈だ。
もう争いなんかとは関わらず、静かに、平和に、生きていくという選択肢が。
管理局はそこまで非道な組織じゃないし、君を見つけた彼女達はかなりのお人好しのはずだ。だからその選択肢は君に与えられていたはずなんだ、それでも君はそれを選ばなかった。
それは何故だい?」
すっと目を細めシンに問いかけるアコース。
そうだ、確かにその未来は自分の前に提示されていたのだ。
そしてそれはもしかしたらとても平穏で、心安らぐものだったかもしれない。
何故自分はまだ戦うことを止めてないのか、シンは胸中で呟いた。
「そ……れ、は……」
自分が再び戦いの場に身を置いた理由、レイや副長との約束を果たすためだろうか?
(違う……レイや副長が俺に望んだのは”生きる”ことだ。)
それを果たすだけならむしろ平和を享受するような、そんな生き方のほうが遥かに成し遂げやすいだろう。
なのに、自分は、もう一度、戦うことを決めた……何故だ?
自問した瞬間、脳裏によぎったのは余りにも眩しかったあの笑顔。
自分に成せなかったことを真っ直ぐに願い続けていることがわかってしまうあの笑顔。
『大丈夫だよ……その想いがあるなら、まだシン君は戦えるよ。』
そしてふと彼女の、なのはの声が聞こえた気がした。
(そうだ、俺はあの時もう一度、もう一度頑張れる、そう感じたんだ。
この手は何も守ることはできなかったけど、それどころか沢山のものを壊してきたけど。)
それでも守りたいと願うその想いは死んでいなかったから。
「俺、は……これまで沢山のものを守れずにいて、そしてそれと同じくらいのものを……壊してきました。
気がついたらこの手は、すごく沢山の人の血に染まってて……
そして信じた未来はいきなり現れた連中に壊されて、俺自身もそいつらにやられて……!
こんな俺が、何かを守るなんてっ、出来るはずなんかないんだっ!」
そこで一旦シンは言葉を区切る。
知らずに強くなっていた語気を落ち着けるかのように、2、3度呼吸をしてからまた話し出した。
「でも、俺にはまだ戦える力があった。」
そうだ、それでもまだ守れると、言ってくれた人がいた。
だから、だから―――
「だから俺は今でも戦っています、自分のような存在を出さないように。
俺みたいに、理不尽な力によって全てを奪われてしまう、そんな存在をこれ以上生まないために。」
自分の言うべき事はこれで全て言ったはずだ、とシンは口を閉じた。
そんなシンをじっと見つめながら黙ってシンの言葉を聞いていたアコースが喋りだす
「自分みたいな存在を出さないために……か。なるほどね。」
そして今シンが言ったことを噛み締めるように、目を閉じ頷きながら言葉を紡ぐ。
「うん、悪くない、悪くないと思うよ。
綺麗事だと笑う人もいるだろうけど、少なくとも僕は君を笑いはしない。
僕は君じゃないからさ、軽々しく君の気持ちはわかるよ、なんて言う事は出来ないけどその考え方はきっと正しいものだと思う。」
そこまで言ってから数秒間を置いてからアコースは続けた。
「少し話は変わるけど僕は元々孤児でね、教会に保護されて紆余曲折の結果今の家に引き取られたんだ。」
「あれ、じゃあさっき言ってたお姉さんとは……」
「うん、血は繋がってないよ。義理の姉弟、ってわけだ。
僕が彼女に出会ったのはまだ小さい頃だった、世界のこともよくわからず、気がついたらグラシア家に引き取られていた。
あの人は……そんな僕を本当の弟のように、扱ってくれたんだ。
と言ってももともと兄弟や家族が居たわけじゃないから、多分姉がいたらこんな感じなんだろうなぁ……って想像でしかなかったわけだけどさ。
ただ、あの笑顔が温かくてさ……」
懐かしむような表情で、それでいて何処か自嘲気味な笑顔をその顔に貼り付け、語り続けるアコースをシンはじっと見つめていた。
ふと、シンは彼が語る引き取られた家の家名と、彼が名乗る名前が違うことに気がついたが、口を挟む気にはなれなかった。
なんとなく、この話は黙って聞くべきなんじゃないかと、そう思った。
「僕はあの人に心底救われたんだ。あの人に出会えたからこうして今生きていられると本気で思ってる。
僕が管理局にいるのは少しでもあの人の力になれたらと、幼いながらに決意なんてものをしたからだ。
幸いにも僕にはちょっと特殊な力があったしね。」
「なあ、シン君。君は僕の問いに正直に答えてくれたと思う。
だから僕も今まで一人の友人を除いて言うことが無かった、僕の戦う理由を教えよう。
僕はね、彼女の為に今こうしている。」
はっきりと、さっきまでの何処か飄々とした態度が嘘のように真っ直ぐにシンを見てアコースが言い切った。
そしてそれ以上は何も言わずにアコースはシンの反応を待つようにただシンを見続ける。
「……どうして、俺にそんな大事なことを話したんですか?」
シンにはわからなかった、何故初対面のアコースがこうも自分に腹を割って話してくるのかが。
その言葉にアコースはああ、と応えて。
「僕はさ、こう思っているんだ。
人が本当にいざという時に、全ての力を出せるのはきっと自分にとって変え難い、とても大切な何かの為なんだと、ね。」
「それは……自分以外の誰かの為に、ってことですか?」
それならさっき自分が言ったことと同じではないか、という意味をこめてシンが言う。
「んー、ちょっと違うかな。
そうすることが自分の為でもある、そんな大切な誰か……ってことさ。
例えば僕にとってはそれが義姉だったりするわけなんだけど。
……君には、いるかい?」
そんな大切な誰かが、とアコースがシンに問いかける。
シンは俯き、目を伏せ黙考した。
かつて守りたいと思った人達は皆死んでしまった。
この世界に来てからは、それこそ今の生活に慣れるのに精一杯で、そんなことを考える余裕も無かった。
それが素直な今の心境だった。
「……怖いかい?」
「な、何がですか?」
そんなシンの胸中を見透かすようにアコースが掛けた声にシンはびくりとした。
「君はもしかしたら大切な何かを持つことを、いや、ちょっと違うな。
大切な何かを持つことでそれを失ってしまうことを怖がってるんじゃないかな、って思ってね。
僕は大まかにしか君の過去を知らない。けどね、大まかには知ってるんだ、そして今君の話も直接聞いた。
その上でこう感じたんだけど、気を悪くしたならすまない、謝るよ。」
そう言って頭を下げるアコースに対して、シンは悪態をつこうとして、つけないでいた。
もしかしたら心のどこかで恐れていたのかもしれない、と気がついたら認めていたからだった。
思い当たる節は、あった。
(前の出撃でエリオとキャロが危なくなった時、俺は何をしていた?
ただ、仲間を失うかもしれないという状況にに震えていただけじゃないか!)
「くそ、俺は……っ!」
自分自身に対する怒りからか、シンは強く壁に拳を叩きつけた。
そんなシンにアコースは笑いながらこう言った。
「焦らなくてもいいさ、もう少し肩の力を抜くといい。
そして少しだけ視野を広く持つんだ、自分の考え方だけに捉われないで、もっと沢山の人の考え方に触れるといい。」
優しく諭すようなその言い方にシンは少し冷静さを取り戻した。
「……さっき聞いたあなたの考え方、とかですか?」
「! ああ、そうだ。あれはあくまで僕個人の考え方だ。だからそれが絶対に正しいなんてことはない。
けれどそうやって色んな人の想いに触れることは、きっと君のためになる。
ついでに言うと、さっきは大げさにいったけどね、自分にとって大切な物なんてのは、そう、きっと思ったよりも身近にあるものさ。
大丈夫、君ならきっとわかる。」
そう締めてもう自分が言いたいことは無い、という風に口を閉ざしたアコースを横にシンは思うところがあって、黙ったままでいた。
沢山の人の考え方を見ろ、と言われてシンがまず思いついたのは何故か憎い筈のアスランだった。
結局、自分達を裏切ってしまったけど、彼はいつだって自分に沢山のことを伝えようとしていたじゃないか。
今までだったらそんな裏切り者が言おうとしていたことなんて、と頭ごなしに否定していただろうけど、アコースと話した今、シンはあの上司が自分に何を伝えようとしていたのか、それが少し気になった。
それが自分とは相容れないものだったとしても、それを知りたいと思っていることにシンは驚きを隠せずにいた。
そこまで考えた後、顔を上げるとふとアコースと目が合った。
「あ、あの……」
シンが口を開きかけたその時、また通信が入った。
出端をくじかれた形になったシンは、不機嫌そうに回線を開く。
今回通信を送ってきたのはシャマルだった。
「シャマル先生、何の用ですか?
戦闘はもう終わったんですか?」
『え、ええ。一応敵の第一陣は倒したんだけど……』
通信が始まるや否や矢継ぎ早に質問をするシンにシャマルはたじろぎながらもそれに答えた。
「第一陣は、って。増援が来たんですか!?」
シャマルに問いながら、同時にシンはアコースを見る。
先ほどのはやての通信の時に気づいたことだが、アコースはどうやってかは知らないがここに居ながらも外の状況を把握しているようだったからだ。
果たしてシンの読みは当たっていたようで、アコースは小さく頷いて囁く様にして言った。
「うん、僕のほうも今確認した。
規模は第一陣とそう変わらないけど、確かにガジェットがこのホテルに近づいてきてる。」
『えっと、先に言われちゃったけどそういうことなのよ。
それでシン君にも迎撃をお願いしたいの。』
現在迎撃の指揮をとっているのがシャマルだということは、事前のミーティングでシンも知っていた。
そしてその要請を受けながらも疑問に感じた事をシャマルに聞くことにした。
「了解しましたけど……さっきのと同じ規模なら俺が出る必要あるんですか?」
『あー、それはね、えっと……』
何故か口ごもるシャマルをシンは訝しげに見た。
『スバルとティアナは今日はもう使わねーからな、その代打だ。』
と、通信にいきなり割り込む声があった。ヴィータである。
「ヴィータ副隊長、今日はもう使わないって……まさか、あいつら怪我でもしたんですか!?」
『うーん、そうじゃないんだけど……』
『ティアナの馬鹿がスバルを誤射しやがった。
間一髪で直撃は防げたんだけどな。』
「誤射ってはあ!? 何やってんだよ、あいつらは!」
一瞬、最悪の事態を想定していただけにシンは声を荒げる。
『まあ、というわけだからな。もう今日はあいつらは下がらせることにした。』
『シン君には南東の方角から来る敵をお願いするわね、敵は弐型が5機と参型が1機。
参型はまだあんまりデータも揃ってないから気をつけてね。』
「あー、ハイ、了解です。フェイス01、只今より迎撃の任につきます。」
シンはまだ慣れない管理局式の敬礼を二人にしてから通信を切った。
そしてアコースに向き直る。
「すみません。俺、行ってきます。」
「ああ、僕が君に話したいことはもう全部話したしね。
気にせず行ってくるといいよ。」
アコースが見送る中、シンは廊下を駆け出して少しして振り返った。
「ありがとうございました! また、いつか!」
そう言うが早いか、ほぼ同時に頭を思いっきり下げる。
それを見てアコースは一瞬驚き目を見開いたが、すぐに笑みを浮かべて口を開いた。
「ああ、今度会う時は僕の作ったケーキでも食べてくれよ!
これでも結構自信あるんだ!」
それに対してシンは笑うことで応え、もう一度駆け出した。
迷いが無いとは言い切れない。
自分が戦う理由すらも定まりきれてきれていないかもしれない。
それでも、戦うと決めたのだから。