D.StrikeS_第10話

Last-modified: 2009-06-08 (月) 17:52:04
 
 

 あたしは力が欲しかった。
 大切な兄を、兄の持った力を、それを嗤った奴らに認めさせるために。
 
 でもあたしはミスをした。
 あの子は必死であたしを庇おうとしたけど、それが逆に腹立たしかった。
 
 あたしは、どうしたらいいんだろう?
 自問して出る答えは一つだった。
 
 もっと力が欲しい。
 もう二度と間違わないために、もう二度と傷つけないために。
 
 努力しなければ、もっともっと。
 それしかあたしには許されていないのだから。

 

 魔法少女リリカルなのはD.StrikerS、始まります……

 
 

 魔法少女リリカルなのはD.StrikerS
 第10話「響きだした不協和音なの」

 
 
 

『で、どうでした? あの情報は役に立ちましたか?』
「うん、ビンゴやったわ。
 早速の情報提供ありがとうございます、ヴェステンフルス三等陸尉。」
 
 事後処理も一段落した後、はやてはハイネに通信を入れていた。
 
『いえいえ、それが仕事ですから。
 ああ、それと自分のことはハイネでいいって言いませんでしたっけ、八神二等陸佐殿?』

 

「あ、そういえばそうやったね。
 じゃあ、ハイネ三尉でええ?」

 

『いや、いっそのこと後ろのカットでそのままハイネと。』

 

「わかった、了解やわハイネ。」

 

 おーけーおーけーと頷くハイネ。

 

「それにしても本当にオークションにガジェットがくるとは思わへんかったわ。」

 

『まあ、そこのオークションはきな臭いものも多く扱ってますからね。
 それにしても一応伝える位の気持ちだったのに、実際に部隊を動かしていただけるとは思いませんでしたよ。
 随分と思い切ったことをしますね。』

 

「まだわからへんことばかりですから、ちょっとした情報でも今は信じるしかないんやわ。
 だから、そっちから回されてくる情報はホント重宝してる。」

 

 と、互いに笑いながら言い合う。
 実際主犯らしき人物の目処はついたものの、未だに手探りなのは変わらないままであった。
 起せる行動は殆んど何かが起きてからの対処療法的なものでしかなく、今回の様に待ち構えることが出来ることは珍しいのである。

 

『ま、なんにせよこっちの情報が役に立ったなら良かったですよ。』
 ハイネが何処か誇らしげに言う。

 

「ははは……っとそうや、お願いしたいことがあるんやけど。」

 

 ふと思い出したようにはやては用件を伝える。
 ハイネはそれを聞いて腕を組んで考える素振りを見せた。

 

『人探し……ですか。』

 

「そう、今言った条件に当てはまる召喚士を探して欲しいんよ。」

 

『って言っても虫を操る……とか位の情報じゃ大して絞り込めませんよ?
 お、丁度いいところに。
 ギンガー! 人探しが得意な奴ってうちの小隊いたかー?』

 

『え、なんですかハイネって、きゃあ!?』

 

『お、お、おおおお!?』

 

 どんがらがっしゃーん、とけたたましい音が鳴り響いたかと思うとはやての目の前のウィンドウからハイネの姿が消えた。
 一瞬ギンガの姿も見えたような気もしないでも無かったが、早すぎてはやてにはよくわからなかった。

 

「あ、あのー。ハイネ? ギンガ?」
 はやての心配げな声に答える者はなく、ウィンドウにはひらひらと舞い散る大量の紙片―――恐らくは書類の類であろう―――だけが映し出されていた。
 しばしの沈黙を経て、いや正確には画面外の音をマイクが拾っていたのでなにやら押し問答のようなものが聞こえはしたが、はやては気にしないことにした。
 
『……っと、失礼しました二佐。
 とりあえず人探しの件、了解しましたので捜査が進展し次第追ってこちらから連絡を取ります。』

 

 画面の下の方から顔だけを覗かせて、どこか憔悴した感じでハイネが答えた。
 彼らしくない姿にはやては笑いを堪えるのに多少の苦労を必要とした。

 

「あ、うん、助かります。
 というか大丈夫?」
『ええ、大丈夫ですとも。
 どっかの馬鹿が大量の書類ごと突っ込んできただけですから。』
『馬鹿とはなんですか馬鹿とはー。
 いきなり大声出すハイネが悪いんですよー。』
『拗ねんなよ、面倒くさい。
 ああ、そうだ。二佐にお願いしたいことがあるんですけど、いいですか?』
 画面外に居るであろうギンガとのやり取りは置いておいて、ハイネの言うお願いにはやては意識を向けた。
「物によるけど……何?」
『いえね、一度そちらの技術部にお邪魔したいなー、なんて。
 どうですか?』
「まあ、ええけど……なんでまた?」
 技術部、つまりはシャーリー達に彼が何の用があるというのだろう。
 はやては大いに興味を惹かれ、聞いてみることにした。

 

『それはまあ……そのときのお楽しみって事で。
 大まかに言うと作って欲しいものがあるんですよ。
 そちらの技術部の腕は凄いって聞いてますんで。』
 
「わかったわ、ほんなら日取りは追って連絡するから。
 とりあえず今日はこの辺りで。」
 
 ハイネが何のために六課の技術部に訪問したいと言ってるのかは結局わからないままだが、さりとて問題が起こるようには思えなかったのではやてはそれを許可した。

 

『どうも、感謝します。
 それでは、失礼します。』

 

「うん、ギンガによろしく~。」

 

 ハイネとの通信を終えた後、はやては大きく深呼吸をした。
 今回の事件について考えてみる。
 
(一体だけ出てきたアホみたいに硬いガジェット、それとそのガジェットを倒した時のシンの異常なまでの魔力反応。
 更にはようやくガジェット以外に”敵”と呼べる存在の出現、ただし正体不明……かあ。
 なんというか、わかってはいたけどかなり厄介なことになってるなぁ)

 

 まだ詳しい検査は行っていないが、回収した件のガジェットの装甲にはこの世界に無い未知の技術が使われてる可能性が高いとの事らしい。
 まあ、その辺りはスカリエッティが絡んでいるのならば不思議なことではないか、とも思うが。
 
「まあ、ティアナのことはなのはちゃんに任すとして……とりあえずは、と。」
 言ってはやてはシャマルから上げられてきた報告書に目を通す。
 やらなければいけないことは、まだ無くなる気配を見せなかった。
 

 
 
 
 

「……」
「……」

 

 カポーン

 

「だ~~~~~っ!!」
「お、落ちついてください!!」

 

 起動六課の男性浴場、いきなり叫んだかと思うとがしがしとシンは自分の頭を掻き毟った。
 浴槽のお湯が大きく跳ね、漂っていたアヒルのおもちゃ数匹が宙を舞う。
 
 エリオが慌てて落ち着くよう言うが、シンの耳には入ってこない。
「なんなんだよ、さっきのあれは!?
 ティアナの奴何考えてんだ!?」
「僕にはなんとも……
 と、とりあえず落ち着きましょう!」
 怒り心頭といった風なシンをやはりエリオは落ち着けようと尽力する。
 しかし、シンが怒るのも無理ないとエリオは思っていた。

 

 事は先ほホテルから六課に到着した直後に起きた。

 
 

「スバル、あたしこれから一人で訓練してくるから。」
 隊舎に着いて解散が告げられるなり、ティアナが硬い声音でその場に居た面々、スバルにエリオ、キャロといったフォワード陣とシンに向けて言い放った。
「え、訓練って……ティア、休まないの?」
「平気よ、これくらい。」
「じゃ、じゃあ私も付き合うよ!」
「休んどけって言われたでしょ、それに一人でやりたいから……」
「そ、そっか……ごめん。」
 心配そうにしているスバルをにべもなく切って捨ててから、ティアナは彼らに背を向け歩き出した。
 スバルは気まずそうに顔を俯けてそれ以上何も言おうとせず、エリオとキャロは幼さ故だろうか、場の雰囲気を敏感に感じて困惑していた。
 
「おい、ちょっと待てよ!」
「……なによ?」
 半ば唖然としていたため何も言えないでいたシンがここでようやく口を開く。
「なにじゃない! 
 何考えてんだ、お前は! さっきまで出動があったのに今から訓練なんて……
 明日もいつも通りに訓練があるんだぞ!?」
 
「だから何なのよ。それくらい分かってるわ。
 それにね、大活躍だったあなたと違って私は暇だったから体力も余ってるの。
 わかったら放っといてくれる?」
 多大に皮肉のエッセンスが加えられたその物言いに、シンはわなわなと肩を震わす。
「それ、どういう意味だよ……?
 なあ、おい!?」
「っさいわね!
 あんたみたいな天才にはわかんないでしょうね!?
 私みたいに才能がない奴はね、這い蹲ってでも努力するしかないのよ!」
「―――っな!?」
「だってそうでしょ!?
 まだ魔法に触れてたった二ヶ月くらい! なのに今日の出撃はもちろん、始めての出撃だってかなりの戦果をあげてた!
 それにシグナム副隊長や他のヴォルケンリッターの人たちによる付きっ切りの訓練!
 六課に入ったのだってなのはさんやはやて部隊長の後押しがあったからって聞くし!
 そんなアンタに凡人の私の気持ちなんてわからないでしょう!?
 だから放っといてよ!」
「はあ!? 
 何言ってんだ……っておい、待てよ!」
「てぃ、ティア!!」
 シンとスバルの静止の声も聞かずにティアナはシン達に背を向けて走り去った。
 その場に後味の悪い沈黙だけがのこる。
 少しして口を開いたスバルの提案でその場はお開きとなり、風呂でも入ってから話すことになった。
 
 そして今に至る。

 
 

「なあ、キャロも言ってたけど、そんなに俺ってすごいのか……?
 あ、目は閉じてろよ、泡入るぞ。」
「うーん、そうですね。シンさんが始めて魔法使ったのって僕たちと初めて会った日なんですよね?
 あ、はい、わかりました。」
 ごしごしとエリオの髪の毛を洗いながら、ため息混じりにシンは呟く。
「ああ、確かにそうだけど、なんかおかしいのか?」
「じゃあ、魔法っていうのを使うまでにどれくらい時間かかりました?」
 
 エリオの問いにシンは少し考え込んでから答えた。
「……すぐ、だったな。」

 

 デバイスの起動は初めての挑戦で。
 その後教えてもらった飛行の魔法も、戸惑いながらもなんだかんだで使うことは出来た。
「ちなみに僕は10日位かかったんですけど……あ、これは変な意味で言ってるんじゃないです。
 こういうのは適正があるんですけど、大体2週間から1ヶ月くらいが平均らしいです。」
 これはシンもフェイトから聞いて知っていた。
 
 自分が普通よりも魔法に関する素質があるとは、確かにその時言われていたのだ。

 

 ただそこまで気にすることでもないと言われていたし、実際自分でもまだまだだと感じていたのでそれについて特に考えることはしていなかった。
 それがこういう形で自分に帰ってくるというのは想像もしていなかったのもある。
「僕は、シンさんは悪くないと思います。
 あ、でもティアナさんが悪いって言いたいんでもなくて……
 なんて言ったらいいんだろう?」

 

 黙ってしまったシンを気遣うようにエリオが言う。
 それを嬉しく思うと同時に、シンはまだ子供であるエリオにそんな気遣いをさせてしまったことを恥ずかしく思った。

 

「悪い、とりあえずティアナのことは後でスバルに聞こう。
 じゃ、流すぞー。ちゃんと目閉じてろよー。」
 じゃばー、と桶に溜めておいた温水をエリオに頭から掛けてやる。
 それを泡が落ちるまで何度か繰り返してから、シンはエリオを解放した。
 

 
 

「ティアにはね、お兄さんが居たんだ。」
 風呂から上がり、休憩所に集まった他の面々にスバルは語りだした。

 

 ティアナに兄が居たこと、その兄が管理局のエリートでいたこと、とある任務の途中に殉職したこと、その死を管理局の人間が酷くなじった事。
 そしてそれがまだ幼かったティアナを深く傷つけたであろう事。
 ティアナが必死なのはそんな兄が教えてくれた魔法が無能なんかじゃないって証明してみせたいから。
 切々とスバルの口から語られるティアナの過去を三人は黙って聞いた。

 

「私が知ってるのはここまで。」
「そっか、だからティアナさんは執務官を目指してるんですね……」
「うん、ティアにとって憧れみたいなものだから……」
 あの、シン?」
「なんだよ。」
 
 キャロに答えた後、スバルはシンに向き直った。

 

「あの、さっきのこと気にしないでってのは無理だと思うけど……その、ティアのこと悪く思わないで欲しいんだ。
 ティアもシンのことが嫌いであんなこと言ったんじゃないんだよ。
 多分、羨ましかったんだと思う。
 ティアはさっき行った理由でもともと空士志望だったから、飛行魔法とか簡単に使えるようになったシンのことがさ。」
 
 スバルの懇願にシンは瞑目する。
 もちろん、さっきのティアナの態度や言い分には腹が立った。
 しかしスバルの話を聞いた今、シンにはティアナの気持ちが痛いほどわかったし、ティアナが自分に抱いている感情もそれとなく理解できた。
 つまりは昔の自分と同じなのだ。
 ひたすら強くなることだけを考えていたアカデミー時代の自分と。
 なら先ほどのティアナの行動もわからないでもなかった。
 一度挫折したならそれを取り返す位の勢いで訓練を、それでも駄目なら更に訓練を。
 そんなかつて自分が歩んだ道をティアナは進もうとしているのだろう、とシンは当たりをつけていた。
 
 しかしそれでは遠くない未来、確実に破綻する。
 無茶な訓練を重ねて重ね続けて、確かに強くなれるかもしれないが……その方法では駄目だということをシンは経験上理解していた。
 また、昔のシンはアカデミーという訓練だけをしていればいい環境に居たが、今の自分達は違う。
 出動さえかかればどんな時であろうとそのまま実戦に赴かなくてはいけないのだ。

 

(ティアナの奴、その辺のことわかってんのか?)

 

 ティアナが何を考えているかを想像してシンは顔をしかめる。
 そんな表情の変化を察したのか、スバルが困ったような顔になるのを見てシンは慌てて弁解をした。
「いや、違う違う。
 とりあえずスバルの言いたいことは判ったし、俺もティアナのことをどうこう言うつもりはないよ。
 まあ、腹が立ってるのも事実だけどさ。」

 

 シンの返答にスバルは少し安心したように、ほっと息をついた。
 
「俺も似たようなもんだったしな……」 

 

 それを見ながら呟いたその言葉にスバルとキャロは首を傾げ、エリオはハッとしたようにシンを見やった。
「いや、なんでもないよ。ほら、エリオもそんな心配そうな顔すんなって、な?
 とにかく、今のあいつを支えてやれるのはスバル。 
 お前だけなんだから、しっかりな。」

 

 昔、家族を失くした自分を支えてくれたのはアカデミーの友人達だった。
 ならば、ティアナを支えてやれるのも恐らくはスバルだけだろう。
 少なくとも自分が余計な茶々を入れるよりはそれが確実だと思った。
「うん……そうだね! なんてったってパートナーだからね!」
 シンの言葉にスバルはすぐに力強く返事をした。
 そんなスバルの様子に場の雰囲気が明るくなる。

 

「さて、明日も早いし俺はもう寝るよ。」
 スバルの返事に満足したシンは座っていた椅子から立ち上がり、ぐっと伸びをした。
「うん、お休みー。
 ありがとうね、シン。」
「はい、お休みなさいシンさん。」
「おう、お休み。
 エリオはどうする? 俺はもう戻るけど。」
「僕ももう少ししたら部屋に戻ります。
 まだ眠くならないんで……」
「ん、了解。」

 

 最後にもう一度お休み、と言ってからシンはその場を離れた。

 
 

 一人で部屋に向かう途中、喉の渇きを覚えたシンは自販機の前でスポーツ飲料を飲んでいた。
 一人になって落ち着いて考えれば考えるほど、シンの中の一つの感情が燻りだした。

 

「わかってはいる。
 あいつの気持ちがどんなものか、わかっちゃいるんだよ!」

 

 しかし、苛立ちが治まる気配を見せない。
 先ほどスバル達にはああ言ったものの、やはりティアナに対する怒りが消えようとしない。
 理由はなんとなくだが解っている。

 

 自分に対して噛み付いてきたあの姿が、重なるのだ。

 

 ミネルバにアスランが来た時、彼に突っかかっていた自分と、重なって見えるのだ。

 

 そしてその姿が酷くちっぽけに見えた。
 
 ティアナを通してかつての自分を見ることで、シンは自分の矮小さを思い知らされた気分だった。
 だから、腹立たしい。
 一種の同属嫌悪と、それよりも強い自己嫌悪にシンは苛まれていた。

 

「くそっ。」

 

 飲み干した缶を力任せに握りつぶす。
 
(あの人も……アスランもこんな気持ちだったのか?)
 ふと、シンはそんな考えに至った。
 いつの話だったか、アスランにお前は昔の俺と同じなんだよ、と言われたのを思い出す。
 その時は何言ってんだこいつ、位にしか思ってなかったが、今ようやくわかった気がした。
 きっと今の自分と同じなのだ。
 今、シンがティアナを通して昔の自分を見ているように、アスランもシンを通して昔の自分を見ていたんじゃないかと、シンは思う。

 

 だから伝えたかったのだろう。それでは駄目だ、と。 
 考えてみたらアスランが言っていた事は支離滅裂なものが多かったが、結局はその一言に終始していたように思う。

 

「……だとしたら、やっぱアンタ馬鹿だよ、アスラン。
 伝わるわけ、無いじゃないか。」

 

 うな垂れる様にしてシンは呟いた。

 

 だって必死なのだ。
 必死で自分の信じた道を行こうとしているのだ。

 

 それを頭ごなしに否定するだけじゃ、何も伝えられるわけが無い。
 
 何も、変えられない。

 

「あれ、シン君?」

 

 ティアナに対して苛立ちを覚えるたびに、昔を思い出して自己嫌悪に浸るという器用な真似をしているシンに、声がかかった。

 

 シンが俯けていた顔を上げるとそこには見知った顔が一つ。
 
「ああ、なのはか。
 まだ仕事してたのかよ、アンタ?」

 

 こちらに歩いてくるなのはを認めつつ、シンはその声にこたえた。

 

「うん、とりあえず今日中にやるべきことは終わったけどね。
 そっちはもう寝るところ?」
「ああ、そのつもりなんだけど……
 その、なのは。ちょっといいか?」

 

 なにかな、と尋ねながら自分の正面まで来たなのはをシンは見る。

 

 しばらく迷ってからシンは話し出した。

 

「ティアナのことなんだけどさ、あいつ大丈夫かな?」
 
 声に出してから、自分は何を言ってるんだろうとシンは思った。
 大丈夫なわけが無いのに……

 

「……どうだろう、ティアナは頑張り過ぎちゃうきらいがあるからね。
 正直言って少し不安はある、かな?」

 

 苦笑いを浮かべながら言うなのはにシンは目を瞠った。

 

「いいのかよ、そんな弱気なこと俺なんかに言って?」
「聞いてきたのはシン君でしょ。
 それにシン君には出来るだけ本音で答えたいな、って思ってるし……」

 

「俺に? なんで?」

 

 疑問を口に出すシンになのははもう一度苦笑してから答えた。

 

「だってシン君が管理局に入ったのって、わたしを見極めるためなんでしょう?
 なら、隠し事はあんまりしたくないなー、って。
 あれ、どうしたの? わたし変なこと言ったかな?」

 

「いや、あー。そうだな、うん。」

 

 首を傾げるなのはに何とか相槌を打てたものの、シンは内心驚きを隠せずにいた。

 

 確かに六課にこないか、となのはから言われた時にその様なことを言った。
 しかし、あれはどちらかというと素直になのはの言い分を認めるのが悔しくて、つい口から出てしまった言い訳みたいなもので、最近はそんなこと殆んど意識しなくなっていたのだ。 

 

「まあ、俺のことは置いとかないか?」

 

 なんとなく分が悪い気がしたので、シンは強引に話題を元に戻した。

 

「うん、そうだね。
 とりあえずティアナのことは任せてくれないかな。
 これからいつもよりも訓練中とかも気にしてみるね。」
 
「ああ、多分俺が出っ張ってもろくな事にならない気がするし……」
 
 ティアナにとっての自分が、自分にとってのアスランのようなものだとすれば、下手に手を出すと余計に話がこじれる可能性が高い。
 スバルもちゃんとティアナのことを支えてやれると思うし、目の前のなのはだって彼女達のことをちゃんと気にかけている。

 

「ティアナだけじゃないよ。
 スバルもエリオもキャロも、皆わたしの教え子で、わたしはあの子達の教官だから。
 大丈夫だよ、何かあってもわたしがなんとかするから、ね?」

 

 笑顔で言うなのは。
 その姿にシンは言い様の無い不安と既視感を覚えた。

 

(この感じは……そうだ。
 始めての出撃でなのはと話した時にも……あの時も確か……)

 

 シンは改めてなのはを見る。

 

 自分でもよくわからなかったが、何故だかその笑顔が見ていてとても辛かった。

 

「……シン君、どうかしたの?」

 

 声を掛けられて自分が思考に集中していたことにシンは気づいた。
 ハッとしてなのはの方を改めて見るが、先ほど感じたような雰囲気は無くシンは首を捻る。
「いや、なんでもないんだけど……」

 

(気のせい、だよな?
 これで、大丈夫だよな?
 なのはやスバルだっている。
 ティアナは大丈夫のはずだ……)
 
 なのになんでこうも不安になるんだろうか。
 シンは自分の中に降って湧いたなにかを打ち消すように強く頭を振った。

 

 この数日後、この時の選択を激しく後悔させる出来事が起こってしまうことを、シンはまだ知る由も無かった。