D.StrikeS_第11話

Last-modified: 2009-06-08 (月) 17:52:41

私とティアは、ずっと一緒だった。

 

 始めて訓練校で会ってから、ずっと二人で、辛い時も苦しい時も、楽しい時も悲しい時も。
 
 ずっと二人で支えあって、助け合って、そうやってここまできた。
 
 それはきっとこれからも変わらない。
 
 だって、ティアは私の大切な友達だから。
 
 そのティアが苦しんでいる今、私に出来ることは?
 
 シンに言われるまでも無かったんだ。
 
 ティアの傍に居る。支えてあげる。

 

 私には、それしか出来ないから……

 

 魔法少女リリカルなのはD.StrikerS、始まります。

 
 
 

 魔法少女リリカルなのはD.StrikerS
 第11話「今を変える為に望んだ力なの」

 

 

 

 ホテルアグスタへの出撃から数日が過ぎた。

 

 シンは既に午前中の訓練が始まっているのにも関わらず、六課の技術部を尋ねていた。 前の出撃で無茶をさせた所為か、あれ以来インパルスの調子が良くなくて、3日ほど前にメンテを頼んだのだ。
 それが終了したから取りに来てくれ、との連絡が入ったのでこうして出向いた次第だった。

 

「で、結局原因はなんだったんです?」
 シンはシャーリーから手渡された待機状態のインパルスを自分の胸元に着けながら尋ねた。
「シン君の言ってたとおり無理のさせすぎかな?
 今まで通ったことの無い位の量の魔力が一度に通ったことによって、デバイスの魔力を通す機能の一部がダウンしてたから。」

 

 シャーリーの言っていることにシンは思い当たる節があった。
 しかし、あの現象は自分の意思で起したわけではない。
 好きなタイミングで起せるわけではなく、またいつ発動するかシンすらもわからないでいるのだ。
 
「もし、もう一度その量の魔力を使ったらどうなりますか?」
「ん? それは大丈夫だよ。
 デバイスがちょっとびっくりした、とでも思ってくれればいいし、インパルスはすごく繊細なデバイスみたいだけど、ちゃんと耐えられるように改良はしておいたから。」

 

 ふと感じた不安は既に解消されていたようでシンは安堵する。

 

「それよりもシン君、ちょっといい?」
「なんですか?」
「これ、見て欲しいんだ。君のデバイスについて、調査し続けた結果いくつか解った事があるから。」
 聞き返すシンに答えながら、シャーリーはコンソールに指を踊らす。
 モニターに映し出されたのは、二本の大剣、一対の巨大な砲、そして赤い翼のような機械。

 

「これは……エクスカリバーにケルベロス……それにフォースの時に背中に出てくるスラスター?」
「そう、インパルスのモードが変わることによって現れる、君のデバイスが変化した形態……だと思ってたんだけどねー。」
「違うんですか?」

 

 シンの疑問にシャーリーは大きく首を振ってから答えた。
「まず、私達が勘違いしていたのはインパルスって言うデバイスの役割。
 これは起動したらバリアジャケットの様にシン君の体を包み込み、基本的な武装に変化する。
 これ自体も結構珍しいタイプなんだけど、それは別におかしなことじゃなかったの。」
 じゃあ何が普通と違うのか、シンの疑問を感じ取ったのかシャーリーが続けて口を開く。
「それはね、インパルス自身の機能はほぼそのまま、シン君の指示に対応してそれに答えられるデバイスを新しく呼び出すという点にあるの。
 そして、そのデバイスを使うのに最も適した形態に自身もアジャストする。」

 

「つまり、エクスカリバーやケルベロスはそれ一個で一つのデバイスだと……?」

 

「うん、インパルスがどんな種類のデバイスかって言われたら……そうだね、統括型演算デバイスって言うのが正しいかな?
 それ自身に大した戦闘力が無いけど、他のデバイスをどれだけ違和感なくシン君に使わせるか、その補助や演算の為にあるといっても過言じゃない。」

 

 よく考えたらインパルスが必要としてるカードリッジが二種類あった時点で気づくべきだったんだろうけどね、とシャーリーはそこまで言って一呼吸置き、さらに先を続けた。
「この考え方の何が凄いって、例えばなのはさんのレイジングハート。
 あれもいくつかモードはあるけど、基本的に遠中距離からの砲撃がメインっていうのは変わらない。
 それはどのモードでも変わらないなのはさんのスタンスでもあるし、レイジングハートの特性でもあるの。
 でもね、インパルスは違う。
 目的によって自分の形態を変えるのではなくて、目的によって必要とされる能力に特化したデバイスを呼び出す。
 そうすることによって、様々な選択肢を自身の主に示す。
 自身の機能によって主の戦い方を縛らない。
 用途によってデバイスのモードを変更するんじゃなくて、用途に応じてデバイスを使い分ける。
 これは今までのデバイス運用思想には無かった発想なの!」
 
 例えばスバルのように同時に二つのデバイスを使うものもいるが、それでも戦闘スタイルは一貫している。
 シンのように使用するデバイスで戦い方が180°以上変わるのは、今までに例の無いことらしい。

 

 よほどこの設計思想に感銘を受けたのか、うっとりとしながらひたすらに解説を続けていくシャーリー。
 シャーリーの長々とした解説を、大体理解しながらシンは考えた。
(状況によって使う武器を変えるって……普通のことじゃないのか?
 いや、こっちだとそうじゃないのかもな……)
 
 MSであるインパルスを駆っていた頃から作戦によってそのシルエットを変更していたシンは、別にその考え方に疑問を感じなかった。

 

 しかし、シャーリーの熱の入った解説を見るに、この世界ではそういう考え方は浸透していないのかも、と考え直した。

 

「……とりあえず今まで通り使えるってことでいいんですよね?」

 

「まあ、そうだけど……」
「じゃあ、それでいいです。
 難しいことなんてあんまりわからないですし、ちゃんと使いこなして見せますよ。」
 
 大体、自分のデバイスはわからないことが多すぎるのだ。
 なんでMSであったインパルスの機能を模しているのか、なんでこっちの世界に来たときシンはこれを持っていたのか、そもそもこれを作ったのは一体誰なのか……
 その他諸々、わからない事だらけだ。
 シン自身、使い始めた頃は気にしていたが、インパルスに聞いてもこの辺りの情報はだんまりを通しつづけているので、もう気にするのが馬鹿らしくなってきたのだ。
「じゃあ、俺は訓練のほう行ってきますね。
 まだ余裕で間に合いますし。」
「今日は模擬戦だっけ?」

 

 時計を見ながらふと思い出したようにシャーリーが聞いてくる。
「ええ、そろそろ始まるんでそれには間に合いたいなって。
 まあ、俺の場合普段からシグナムさんやらと模擬戦してますから、今更ですけど……」
 ティアナとスバルの二人が気にかかる。
 あの日からどうも二人でこそこそと深夜、早朝に訓練をしているらしい。
 スバルにはティアナを止めて欲しかったのに、むしろ自分の発破が逆効果になったらしく、シンはここ数日頭を抱える日々を過ごしていた。
 暇を見つけて注意しようとしても、逃げられてしまう。

 

「なにか気にかかることでもあるの?」
「……色々と。
 どうなるってわけでも無いと思うんですけどね……」

 

 どうにも自分は考えてることが表に出やすいようで。
 シンは一度溜息を吐いてから、シャーリーに向けて一礼をした。
「では、どうもありがとうございました。」
「いえいえー、デバイスのメンテとかは私の仕事だから。
 また調子悪くなりそうだったらすぐに持ってきてねー。」
 
 すぐに直して見せるから、と笑顔で送ってくれたシャーリーにもう一度会釈してからシンは部屋を退出した。

 
 
 

 シンの居なくなったメンテ室でシャーリーは画面に映し出されているインパルスのデータを見つめていた。

 

 実を言うと新しくわかったことでシンに言ってないことがあるのだ。

 

(まだ、全部解析が終わってないからあれなんだけど……)

 

 コンソールを操作し、画面に新たな情報を映し出す。

 

(デスティニーシルエット……
 インパルスに格納されてる全てのデバイスの同時展開、かあ……
 でもこれって、どう見ても欠陥だらけよね?)

 

 必要とされる魔力の量が半端じゃなく多く、またその魔力にデバイスの各フレームが耐えられるかどうか、かなり微妙なラインである。
 要は術者、デバイス共に負荷がかかりすぎる上に、燃費が悪すぎるのだ。
 確かに使えれば多大な戦力になりそうだが……

 

(でも、やっぱりおかしいよこれ。
 だって、インパルスなんてすごいシステムを考えられるような人が、こんな欠陥に気づかないはず無いもの……
 じゃあ、これは一体なに?
 何のための機能なの?)

 

 まるで樹海の中に迷い込んだように、答えが出ない。

 

 もどかしいその状況にシャーリーは歯噛みした。

 

(……そもそも、インパルスはやっぱり何処かおかしい。
 だって、機能の7~8割が常に戦闘以外の何かに使われ続けてるなんて……) 

 

 これもまだシンには言っていないことだ。
 インパルスというデバイスはその機能の殆んどを、戦闘ではなく別のことに使用しているという事実。
 何に使ってるのか調べようにも、その情報はどうやらあのデバイスの一番深いところに位置しているらしく、手が出せないでいる。
 
「私じゃここまでが限界かなあ……」

 

 インパルスの解析を始めて結構経つが、そろそろお手上げになろうとしていた。
 諦めたくない気持ちはあるものの、正直堅すぎるインパルスのロックをあけるのは一人では限界を感じ始めていた。

 

「うう~、なんか悔しいなぁ……」
 
 そういって目の前の机に突っ伏する。
 しばらくそのままで居たかと思うと、突然起き上がりまたモニターに向かった。

 

「いや、もう少し頑張ってみよう!
 なにかわかるかもしれないし……」

 

 コンソール上をシャーリーの10指が舞う。
 その横顔には先ほどまでの諦観した様子は見られなかった。
 
 

 

「すみません! 遅くなりました!」

 

 シンは訓練場に着き、フェイトやヴィータ、シグナムにライトニングの二人を確認すると駆け寄り、開口一番こう言った。

 

「いや、問題ねーよ。
 まだ始まったばかりだ。」
「ああ、それに遅刻者ならもう一人居る。」

 

 ヴィータとシグナムがそれを受けて答える。
 シグナムのからかいを受けてか、フェイトが顔を赤くしながら咳き込むがシンには事情が掴めず、疑問符を浮かべるだけだった。

 

「……?
 えっと、今はスターズの二人ですか?」

 

 とりあえずシンはエリオとキャロの後ろに立って、現状を把握することに努めた。
 訓練場のあちこちにスバルのウィングロードが引かれ、その中心になのはがいるのをシンは確認した。

 

「ああ、そーだ。なのはが相手してる。
 っと、クロスシフトだな。」

 

 クロスシフト、スバルとティアナの二人が使うコンビネーションのことを指してヴィータがそう言った。
 その声に反応して、全員がティアナとスバルの動きに注目する。
 
 まずティアナが仕掛けた。
 いくつもの光条がなのはを目掛けて不規則な軌道を描いていく。

 

 それを見て、フェイト、ヴィータ、シグナム、そしてシンが顔を顰める。

 

「……なんかキレがねーな。」
「コントロールはいいみたいだけど……でも。」
「あれでは高町を追い立てるのがやっと、と言ったところだな。」
 現になのははそれを悉くかわしている。
 三人の評価を聞きながらシンは不機嫌そうに心中で吐き捨てるように呟く。

 

(言わんこっちゃない。
 当たり前だ。あれだけオーバーワークを連日繰り返して精度が下がらないほうがおかしいんだ。
 くそっ、結局こうなっちまうのかよ!)

 

 既にシンには結果が見えていた。 
 何か策があるのだろうけども、例えそれがどんなものであったとしてもあの二人はまず間違いなく負ける。
 だからその結果は避けられない。経験からその確信があった。
 シンがふと意識を模擬戦の方に戻すと、丁度スバルがウィングロードを展開して、なのはに突っ込んでいくところだった。
 シンはそれを何処か冷めた目で見ながら、誰にも気づかれないくらい小さく溜息をついた。

 

 
 スバルはなのはが放った魔力弾を片手に展開したシールドで強引に弾き飛ばしながら、さらに前へ進んだ。

 

「でぇりゃあああああ~~~~!!」
 押さえ切れなかった余波が、体を掠めるが気にせず拳を振りかぶりなのはに向けて振るう。
 なのははそのスバルの行動を見て、顔を顰めながらレイジングハートをそれに合わせる。
 しばらく打ち合う形のままで居たが、なのはがレイジングハートを振りぬく事でスバルを大きく弾き飛ばした。

 

「こらスバル!
 駄目だよ、そんな危ない機動!」
 何とか展開しているウィングロードの上に着地したスバルに、なのはの鋭い叱咤が飛ぶ。
「すいません! でも、ちゃんと防ぎますから!!」
 それに答えてからスバルは構えなおした。

 

(大丈夫、今の所は作戦通り……!
 私は……私達は強くなった!)

 

 あの日、訓練から帰ってきたティアナと約束したのだ。
 二人で、一緒に強くなろうと。
 そしてそれから今日まで、死に物狂いで訓練を続けた。
 その成果を、今ここで―――

 

「見せてみせる!!」
(ティア!)
 スバルは念話で強くティアナに呼びかけた。
(ええ、見せるわよ特訓成果!
 クロスシフト-C、いくわよ!!)
 
「よっしゃああああ!!」

 

 自分を鼓舞する為に強く叫び、カードリッジをロードする。
 足に装着したマッハキャリバーが唸りを上げ、凄まじいスピードでなのはへと肉薄する。
「くっ……」

 

 なのはも迎撃をするが、それらを圧倒的なスピードで掻い潜り先ほどよりも気合の入った一撃を繰り出す。

 

「うおおおおおおおおおおおおっっ!」
「……ッ!」

 

 スバルの拳となのはの生み出したシールドがぶつかり合い、せめぎ合う。
 スバルはさっきの様に吹き飛ばされないように、足場を踏みしめ、全身の力で耐えていた。

 

(あと少し、あと少し持たせたらティアが!)

 

「……ティアぁっ!」

 
 
 

「ナカジマがもう一回行ったか。
 ランスターは……」

 

 模擬戦の様子を眺めながらシグナムが呟く。
 それを受けてフェイトが口を開いた。

 

「あ、あそこに。
 あれ……ティアナが砲撃?」
「らしくねーな……」
「そう、ですね……キャロ、見たことある?」
「わたしも無いかも……」
 
 ティアナが今まで訓練で砲撃の魔法を見せることは無かったはずである。
 そのことに一同が驚いている間に、ビルの屋上でなのはに狙いをつけていたティアナの姿が掻き消えた。

 

「あのティアさんはフェイク!?」
「じゃあ、本物は!?」
 エリオとキャロの二人が慌てて視線を巡らし、ティアナを探そうとする。

 

「なのはの下、ウィングロードの上にいるな。
 何するつもりなんだか……」
 
 シンが答えながらなのはの死角を通って、ウィングロードを駆け上がっていくティアナを見つめた。

 

 

 

 スバルがなのはと打ち合ってるのを確認するや否や、ティアナは駆け出した。
 あらかじめスバルが展開しておいたウィングロードの上を、一直線に。

 

(狙いは……なのはさんの頭上!)

 

 手に持ったクロスミラージュのカードリッジをロードし、銃口からオレンジ色の刃を生み出す。
 この魔力刃がティアナの特訓の成果であった。
 手っ取り早く強くなるには、と考えた末に思いついたのが選択肢を増やすこと。
 バックスの自分が接近戦も行えれば、その分、作戦の幅が広がると考えたのだ。
 また、様々なレンジで戦闘を行うシンへの対抗心があったのも否定は出来ないだろう。
(バリアを切り裂いて……フィールドを抜くっ!)

 

 なのはの丁度上に来たあたりで、ティアナは足場を強く蹴った。
「一撃、必殺―――! でええええぇぇぇぇぇいっ!!!」
 そしてそのクロスミラージュをなのはへと向け、落下していく。

 

(いける! あたし達は、強くなった!
 なのはさんにだって、勝てるんだ!!)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「レイジングハート……モードリリース。」
『Allight』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 ティアナがなのはとぶつかった衝撃を、肌に感じながらシンは小さく口を開いた。

 

「……終わりかな。」
「アスカ、お前もそう思うか?」
「……! 聞こえました?」

 

 いつの間にか自分の横に立っていたシグナムに驚きながらも、シンは答えた。

 

「あの、終わりって?」
 今の会話が聞こえたのか、不安そうにキャロが疑問の声を上げる。
「ん、この模擬戦がだけど。
 ティアナがバックスじゃなくて前に出た時点で終わり。」

 

「え、でも今のは決まったと思いますけど……?」
「いや、あれくらいでやられるようななのはじゃねーよ。
 ま、とりあえず見てろ。」

 

 エリオの声にヴィータが答え、そして煙が晴れようとしている訓練所を示した。

 

(ここまでは……気に入らないけど、もう仕方ない。
 これからだ、これからなのはが上手くあいつらを導いてやれれば……)

 

 自分のようにはならないで済む。
 シンは、自分の中に存在し続ける不安を振り切るようになのは達を注意深く見つめた。

 
 
 

「おかしいな? 二人とも、どうしちゃったのかな?」

 

 煙が晴れたそこには、なのはが立っていた。
 片手でスバルの拳を、もう片方の手でティアナのブレイドを受け止めたままの状態でなのはが呟く。
「頑張ってるのは分るけど……模擬戦は喧嘩じゃないんだよ?
 練習の時だけ私の言うこと聞いて、本番でこんな真似してたら……
 練習の意味、ないじゃない?」

 

 ブレイドを受け止めるなのはの手から血が滴り落ちる。
 
 坦々と責める様に事実だけを語る、普段の彼女らしくないその姿に二人は恐怖すら覚えた。

 

「だからさ……練習どおりやろう?
 ねえ?それとも私の訓練、間違ってるかな……?」
 
「―――ッッ!!」

 

『Brade erase』

 

 ティアナが飛び上がり、後方のウィングロードに着地する。

 

「私は……っ!
 もう、傷つけたくないから! 失くしたくないからっ!!」

 

 そして、その瞳に涙さえ浮かべながらカードリッジをロードし、思いのたけを叫んだ。
「ティア……」

 

 そんな相棒の姿に、スバルはその名を呟くことしか出来なくて……
 
「だから……だから強くなりたいんですっ!!!」

 

 そんなティアナの強い想いを、なのはは、

 

「少し……頭、冷やそうか?」

 

 そう、小さいが良く通る声で言い放ってから、ゆっくりとしたしかし確実な動作で片手をティアナへと向けた。

 

「クロスファイア……」
「ああああぁあぁあああ!! 
 ファントムブレ「シュート。」……あ。」

 

 なのはの指先から幾筋もの光が放たれる。
 その全てがまるで断罪のように、ティアナの体へと吸い込まれ、炸裂した。

 

「ティアっ……!? バインド!?」
 咄嗟に体を動かそうとしたスバルを桃色のバインドが縛り上げる。

 

「……そこでよく見てなさい。」
 
 なのはが感情を一切排除したような声音でスバルに告げ、もう一度指先に魔力を集中させる。
 その示す先には、すでに戦意とかそういったもの全てを失い、ただ呆然と立っているティアナが居た。

 

「なのはさんっっ!!!」
 
 スバルがもう止めてくれと、その想いを込めて叫んだ。
 スバルには信じられなかった。
 あの優しいなのはが、こんな風になるなんて。

 

 しかし、そのスバルの叫びはなのはには届かず、無慈悲にもそのなのはの魔法が止まることは無かった。

 

 スバルだけではない、その場で見ていた誰もがティアナが倒れる姿を想像したその瞬間。

 
 
 

「……っ!?」

 
 

 
 静寂を引き裂いて、一筋の紅い閃光がなのはを掠めるようにして空を駆けた。

 

 なのはは直撃さえしなかったものの、それによって集中が乱れ魔力が霧散する。

 

「……シン君?」  

 

 バインドが外れたスバルが落下していくティアナを受け止めに走るのを、呆然と見つめながらなのははそう呟いた。

 
 
 
 
 

 なのはによるティアナへの始めの攻撃の直後、近くのビルでその様子を見ていた面々は、それぞれ辛そうな表情をしながらも何か行動を起すことはしなかった。

 

 シンもこれは仕方ないことだと割り切っていたので、黙ってただ見守るつもりだった。
 なのはの周囲にもう一度魔力が集まりだし、スバルがバインドで締め上げられるのを見るまでは。

 

(なにする気だ、なのはの奴!?
 そこまででもう十分じゃないのかよ!?
 それ以上やったら……下手したらティアナの奴、潰れるぞ!?
 くそ、どうする……?)

 

『Mastar』
 
 シンが迷いを見せた瞬間、ただ一言インパルスが自分を呼んだ。
 その音声は……ただ、シンのことを信じて自分への指示を待っている、シンはそう感じた。
 脳裏に、ベルリンでの出来事が蘇る。
 あの時もっと何か出来ていたら、あんな結果にはならなかったかもしれない。
 ステラをあんな形で失わなくて済んだかもしれない。

 

 そんな考えが、浮かんで消えた。
 過ぎた過去にこだわるよりも今は目の前のことを。
 今の大切な仲間達のことを。

 

「だよな。見てるだけで何も出来ずに……最悪の結果を見るのはもう御免だ!
 ……インパルスっ!!」
 
『OK,My Mastar.』

 

 シンの声に相棒の反応は早かった。
 瞬時にシンの体を光が包み込み、その姿を変えさせる。

 

「シン!? おめー、何する気だ!?」

 

 シンがいきなりデバイスを起動させたことに気づき、ヴィータはそれを止めようとしたが、出来なかった。

 

「シグナムっ、なんで止めんだよ!?」
「まあ、落ち着け。アスカにも何か考えがあるかもしれんぞ?」

 

 ヴィータの体を抑えながらシグナムが言った。
 その間にシンは構えたライフルで魔力弾を放とうとしていた。

 

 なのはにギリギリで当たらない場所に狙いをつける。

 

(くそっ、どうしてアンタはそうも……!)

 

 心に苦いものを感じるのを認めながらも、シンは迷いを捨て引き金を絞った。

 

 結果はシンの狙い通り、放った魔力はなのはのすぐ脇を逸れていったが、なのはの集中を乱すのには成功した。
 シンはなのはの意識がこちらに向くのを感じた。

 

「エリオ、キャロ。
 悪いんだけどさ、模擬戦の順番変わってくれ。頼む。
 それと、フェイト隊長。
 出来たらあの二人を医務室まで連れてってください。
 睡眠薬でもなんでも使って、とりあえず休ましてやって欲しい。」

 

 視線はなのはへと向けたまま、シンは自分の近くに立っているライトニングの3人に声を掛けた。
 返事は無かったが、了承したと勝手に思っておくことにする。

 

「シン、おめー……何する気だっ!?」

 

「何って……そんなの決まってる。」

 

 ヴィータの叱責になんでも無い様に答えながら、シンは自分の体を飛び上がらせる。
 そしてなのはのほうへと体ごと向き直り、言いはなった。

 

「あの馬鹿に、一番頭を冷やさなきゃいけないのは誰か……教えてやるんだよ!」

 

 そう叫ぶや否や、シンはなのは達の元へと飛んだ。

 
 

 なのはは顔を俯けたまま、口を開く様子は無い。
 それを確認するとシンはティアナとその傍に駆け寄ったスバルに向けて叫んだ。

 

「スバル! それにティアナもだ! さっさと医務室行って休んで来い!!」

 

「……え? で、でも……」
「……な、なんで……私、たちが、アンタの言うことを……」

 

 何か言われるとは思って無かったのだろうか、うろたえるスバルと、なんとか意識は保ってるのだろうか、声に勢いは無いものの、反抗するティアナ。

 

「この……いいから聞け!
 お前らは自分達がどんな馬鹿な真似を続けたかわかってない!!
 そんな体の時に出動がかかってみろ! どうなっても俺は知らないからな!?」

 

 それらを一喝して黙らせる。

 

 そこにフェイトが二人のもとに駆け寄り、医務室へ行くように促した。
 二人は渋々といった感じで、彼女に従いその場から離れていく。
 それを見送ってから、今度こそシンはなのはの正面へと移動した。
 
「なあ、なのは……アンタ俺に言ったよな?
 あいつらのことは自分に任してって、大丈夫だから、私がどうにかするからって……!」

 

 シンの言葉になのはが反応する気配は無かったが、構わずシンは続けた。
 
「なんなんだよ、さっきのは!?
 これの何処が大丈夫なんだよ!?
 あのままだったらアンタがあいつら潰すとこだったかもしれないんだぞ!?」

 

「……シン君も……頭冷やしたほうがいいかな?」

 

 そこでなのはが顔を上げ、そう言ってからレイジングハートをその手に呼び出し構える。
「……このっ!!
 一番頭に血が上ってる奴の……言うことかあああぁああぁあっ!!」

 

 その姿にどうしようも無い苛立ちを感じたのは……何故かなのはの姿が、とても辛そうに見えたからかもしれない。
 そんなことを激昂した頭の端で考えながら、シンは己のデバイスを構えた。

 

「……ティアナとスバルは撃墜で模擬戦終了。
 それじゃあシン君、ちょっと順番早いけど……始めよっか?」

 

「なのはぁっ!
 今まではともかくな、今のアンタは間違ってる!
 少なくとも正しくなんてない!
 だから俺が、アンタのことを見極めるって言ったこの俺が今ここで止めてみせる!!」

 

 ぶつかり合うのは互いの意地。

 

 せめぎ合うのは互いの想い。

 

 譲れぬものがあったから、二人は戦う。