あの子達が模擬戦の途中で見せたあの動き、教えたはずの無い戦術。
それらがかつての私の姿を脳裏に呼び起こした。
力が欲しくて、みんなを守りたくて……
そして無茶をして自分自身を傷つけた馬鹿な私。
止めなくちゃ、あの子達を私みたいにしちゃいけない。
決めたから、教導官になった時。
もう自分のような存在は出さないって、決めたから。
でも、あの紅く燃える瞳が、始めてあった時と同じように、私の心に突き刺さる。
私は……間違えたのかな?
魔法少女リリカルなのはD.StrikerS、始まります。
魔法少女リリカルなのはD.StrikerS
第12話「「始まり」をくれた君と交わす約束なの 前編」
「ん……あ、れ……ここは?」
ティアナは体を起そうとしながら、呟いた。
あの模擬戦の後、フェイトによって医務室まで連れて来られたのは覚えているから、やはり医務室なのだろうか、などと考えながら視線を巡らす。
「あ、ティア。起きた?」
「スバル……?」
声のするほうを向くと、彼女と同じようにベッドに寝そべっているスバルが目に入った。
「おはよ、ティア。私もだけど良く寝たよね~。」
「よく、寝た……って、嘘!? 9時過ぎ!? って、ええ、夜!?」
スバルに言われふと目に入った時計を見てティアナは驚いた。
「あら、二人とも起きた?」
「シャマル先生……」
その時部屋のドアが開き、白衣を纏ったシャマルが入ってきた。
「どう、体の調子は?
昼間の模擬戦で撃墜されちゃったらしいけど、なのはちゃんの訓練弾は優秀だから痛みとかは無いと思うんだけど……」
「……はい、確かに痛むところは無いです。」
模擬戦でのなのはの姿を思い出し、沈んだ声音でティアナが答えた。
スバルもそれを見て表情を暗くさせる。
「それにしても……二人とも大分無茶したでしょう?
ここ何日か、殆んど寝てないんじゃない?」
かなり疲れが溜まってたわよ~、と笑いながら言うシャマルに二人は気まずげに顔を見合わせた。
「あの……シャマル先生。」
「あらスバル、どうかしたの?」
ふと気づいたようにスバルが顔を上げて、シャマルに問うた。
「あの後、模擬戦がどうなったか知ってますか?」
スバルの質問を聞いて、ティアナはハッとした。
(私への攻撃をシンが邪魔をして……)
それからどうなったのか、ティアナには想像もつかなかった。
「なのはちゃんとシン君は引き分け、って形で終わったそうよ?
……私も詳しくは知らないんだけどね。」
何処か含みのある言い方をするシャマルに、二人は困惑するしか無かった。
丁度同じ頃、シンは一人訓練場に向かって歩いていた。
目的は恐らく今日行った模擬戦のデータを検分しているなのはと会うことである。
半ば喧嘩を売るような形で始まったシンとなのはの模擬戦は、結局引き分けという形で幕を閉じた。
あの後、しばらく戦闘を続けたのだが、ある程度時間が経ったころにシグナムとヴィータによって制止されたのだ。
その後は今日一日は自主訓練、という形になり先ほどそれを終えたばかりであった。
(あのまま続けてたら、負けてただろうな……はぁ。)
自分は一杯一杯だったが、なのはの方にはまだ余裕があった様な気もする。
「意気込んで歯向かったものの……実力の差はまだまだ大きくて、か。」
だが、シンは負けたこと自体はさほど気にしていなかった。
戦うからには勝ちたいという気持ちもあったが、それよりも止めたい、という気持ちのほうが強かったからだ。
今にして思えばあの時の自分は冷静で無かったと思う。
もちろんなのはだって口調こそ終始穏やかだったが、シンにはとても落ち着いていたとは思えなかったが。
なのである程度時間を置いてから、なのはに会いに行くことにしたのだ。
「さて、なのはは……と、あそこか。」
訓練場に着いたシンは辺りを見回し、案の定モニターに向かっていたなのはを発見し、近づいていく。
目に映る光景はこの2ヶ月で見慣れたものだが、よく考えるとこの2ヶ月間なのはいつも自分達の訓練を見ていたことに、ふとシンは気づいた。
いつだってこうして誰よりも遅くまで訓練場に残り、訓練の様子を確認しなおしてるのは、きっとなのはが誰よりもスバル達のことを考えているからなんじゃないか。
そんな風に考えると、先ほどの自分はやはり余計なことをしたのではないか、そんな気分に駆られる。
「なのは、ちょっといいか?」
しかしそれを確かめるためにここに来たのだから、シンはその気持ちを抑えて口を開いた。
「ん、ってシン君……? うん、いいよ。
私も話したいことあったから。」
なのはが作業を中断させシンに向き直った。
そしてそのままの状態でしばらく沈黙が続いた。
どちらから切り出すことも無く、ただ互いの瞳を見合うだけの時間が過ぎて行く。
「ふぅ……とりあえずさ、さっきは俺も冷静じゃなかった。ごめん。」
多少の焦れったさを感じたシンがまず頭を下げた。
「シン君……ううん、私もシン君の言ってたとおり頭に血が上ってたかな、ごめんね。」
それを受けてなのはもシンに対して頭を下げる。
お互いに非を認め合うことで、シンは少し場の空気が軽くなったような気がした。
だから思い切って、なのはにシンは尋ねてみることにした。
「なあ……なんで、あんな風にしたんだよ?
あの時のティアナはもう戦意なんて残ってなかっただろ?
始めの攻撃だけで十分だったって俺は思う。」
「そうかも、しれないね。
でも、あの子達かなり無茶してたよね?
私に隠れて訓練もしてたみたいだし……」
それを止めるにはやはり一度叩いてしまうべきだと思ったんだ、というなのはのその考えを受け、シンは唸った。
「でもさ、それでもあの追撃はどうかと思う。
あれじゃ、なのはがあいつ等を壊しかねなかったぞ?」
結局シンがなのはを止めたかった理由はそこにあった。
程度の問題である。
シンには模擬戦のなのはの行為がやりすぎに見えたのだ。
実際、なのはを睨みつけるスバルの形相はかつての自分を想起させるに十分なものだった。
「……私、どうしたらいいのかな?」
ポツリと、なのはが零した。
その響きが余りにも弱々しくて、シンは少し驚いた。
シンにとって高町なのはとは、いつだって強くて、自信に溢れていて……そんな人だったから。
「……話したらいいだろ、ちゃんと。
あいつらが分かってくれるまで、さ。」
だから、シンは真面目に悩んだ後、そう言った。
「あいつらは馬鹿だよ。
見てて腹が立ってくるくらいの大馬鹿だ。
でもな、だからこそちゃんと言ってやらなきゃ駄目なんじゃないかって思う。」
自分だってそうだった。
ちゃんと、言って欲しかった。
あんな頭ごなしに叱るだけじゃなくて、もっとアスランの考えてることを教えて欲しかった。
だからと言ってアスランが裏切るのを止められたかは分からないし、結局何も変わらなかったかもしれない。
少なくとも、あんな風にいがみ合うことは無かったと思う……おも、う?
(……そーでもないかもしれない……まぁ、アスランだし。)
とりあえず今はそんなこと気にしても仕方ないので、黙ったままのなのはを眺めた。
目を瞑ったまま考えことをしてるのだろうか、時折頷く仕草を見せていた。
「うん、そうだね。
ティアナとスバルが起きたらちゃんと話してみる。」
閉じていた目を開き、微笑みながらそう告げてくるなのは。
「ああ、それがいいと思う。」
肩の荷が下りた様な気分になりながら、シンはそう答えた。
「あの、さ……シン君?
その、ありがとうね。シン君が止めてくれなかったら、私きっとやりすぎちゃってたから。
私があの子達を私みたいにしなくて済んだから……
だから……本当にありがとう。」
(……っ!?)
ほっとしたような声音で自分に向けて礼を言うなのはに、シンは一瞬胸が高鳴るのを感じた。
いつも浮かべてる笑顔とも、偶に見せるシンに違和感や不安を感じさせる笑顔とも違った、始めて見る様なその笑顔。
シンはそれに一瞬見惚れてしまった後、大きく首を振った。
(お、落ち着け、落ち着くんだ俺!
クールに、そう、クールになるんだ!)
不思議そうにこちらを見てくるなのはに気づかれないように、一度深呼吸。
(ふぅ……よし、落ち着いた。
……って、あれ? 私みたいに……って……)
その言葉に含められたニュアンスに、ふと違和感を感じた。
「なのは?
もしかして……なんか昔にあったのか?」
だから、あんな行動にでたのか?
そう問い詰めるようなシンの視線に根負けしたのか、なのはは頷いた。
「きっと、ティアナ達にも言わなきゃいけないだろうし……
シン君も、聞いてくれるかな?」
神妙な表情でなのは。
シンがそれに答えようとした、その時であった。
訓練場、いや、六課の隊舎に設置されてる全てのスピーカーからけたたましい音が鳴り響いた。
なのはとシンもその音が意味するのは何か、理解していた。
「出撃!?
くそっ、なんてタイミングで!」
「言ってても仕方ないよ!
早く集合しないと、ほら急いで!」
毒づくシンを促しながら自身も既に駆け出しているなのは。
追いかけながらシンはふと思いついたことを口に出した。
「ティアナは出撃させんなよ!?」
「わかってる!
今のあの子を戦場にだしたら……どうなるか!
とりあえず私は司令部の方に顔出してくるから、シン君は出撃の準備をお願い!」
「了解だ!」
なのはが言おうとしてたことも気になったが、とりあえず今は敵が来たのだ。
シンは意識を切り替えると、走ることに集中した。
シンがヘリの前に移動してから程なく、スターズ、ライトニング両小隊の面々が集まった。
そして現状の説明があり、出撃するのはなのは、フェイト、ヴィータ、そしてシンの4名であることが告げられる。
「フォワードの皆はロビーで待機、シグナム副隊長の指示に従って動いてね。」
「「「はい!」」」「……はい。」
それに対する返事もティアナだけ何処か覇気に欠けていた。
それを見てなのはが一瞬考える素振りを見せてから、口を開いた。
「あと、それから……ティアナは出動待機から外れとこうか。
今日はベストの体調じゃないだろうしね。」
「―――っ!」
その一言で場の空気が一気に硬化したのを感じながら、シンは横目でティアナの様子を伺おうとした。
「……言うことを聞かない奴は、使えないってことですか?」
ティアナは俯き、肩を震わせながら呟くようにして言った。
それを受けてなのはは一度小さく溜息を吐いた。
「あのさ、ティアナ。
それ当たり前のことだって、自分で言ってて気づかないかな?」
「現場での命令や指示はちゃんと聞いてます!
教導だってサボったりせずに真面目にやってます!
でも……それ以外の所での努力まで、言われたとおりにしなきゃ駄目なんですか!?」
一気に捲くし立てるようにしてティアナ。
その言い様にヴィータが動こうとするが、片手を上げてなのはがそれを制した。
(私は、知らなきゃいけない。
この子がどう思ってるか、何を望んでいるか。
ちゃんと聞かなきゃいけない。)
「私はっ! なのはさん達みたいにエリートでもないし、スバルやエリオの様な才能もない。
ましてやキャロみたくレアスキルを持ってるわけでもない……
シンの様にさっと強くなっていける様に器用でもないです!
だから、少しくらい無茶したって、死ぬ気で頑張るくらいしなきゃ……強くなれる分けないじゃないですかっ!?」
身を切るような叫び、ティアナの本音。
それをそこまで聞いた時点で動き出した影が二つあった。
シグナムがティアナの制服の襟を掴み、硬く握り締めた拳を振りおろす。
それとほぼ同時に、シンがシグナムの腕を横合いから掴んで、その動きを止めた。
「アスカ!?」「シン!?」「シンさん!?」
驚きの声が上る中、シンは静かに口を開いた。
「……気持ちは分りますけど、駄目です。
こいつは殴ったくらいじゃ通じませんよ、それで通じるならさっきの模擬戦で理解できてるはずだ。」
「……む。」
シンの言葉を受けて、渋々と拳を下げるシグナム。
それを認めてからシンはティアナの方を向いた。
「良かったな、出動待機から外れて。」
「なっ……!」
シンのその言葉にティアナが激昂しかけるが、それよりも早くシンが次の言葉を言い放った。
「お前さ、なんにもわかってないだろ?
強くなりたいのはわかる。
俺だってそうだ。
でもな、あんな無茶な訓練続けて、その結果が今日の模擬戦だ。
自分がどれだけひどい動きしてたか自覚ないだろ?」
坦々と、それでいてその目はきつくティアナを睨みつけながら発せられるその言葉に、ティアナは気おされていた。
「戦争は……戦いはヒーローごっこじゃねーんだよ。
自分一人で戦ってるなんて勘違いしてるんだったら……お前、本当に馬鹿だ。」
(……ヒーローごっこじゃない……か。
俺に言えたことじゃないんだけどな……)
自分で言いながら苦いものをシンは感じていた。
これではアスランと同じだ、と気づいてはいたもののそれ以上に言い方が思いつかなかったのだ。
そんな自分の不甲斐無さに臍を噛みながら、ティアナの反応を待つ。
「わ、私は……そんな風になんか考えてない!」
「じゃあ、どういうつもりだったんだよ?
この前の出撃でのあの誤射は、今朝の模擬戦やそれに至るまでの無茶な訓練は。」
「アンタになにが……!」
「自分の無茶がどんな事態を引き起こすのか、んでもってそれによって被害を受けるのは誰か、その辺のことちゃんと考えてみろよ。
もし、今朝の模擬戦が実戦だったらどうなってたか、とかさ。
自分の目の前で、人が死ぬってのは……堪えるぞ?」
多分に含められた脅すような声音で告げられた言葉に、ティアナは射竦められたように、肩を震わした
「……ち、違う、私は……」
「とりあえず! この話はここまでだ。
出撃が遅れたらどっかで被害が出るかもしれないしな。」
ティアナの抗弁には取り合わず、シンはそう言ってから背を向けてヘリに向かった。
『シグナム副隊長、後頼みます。』
『お前な……はぁ、わかった。』
「ヴァイス! もう出れるか!?」
「乗り込んでさえ貰えたらいつでも!」
シンの念話を受けて、シグナムが声を張り上げ、コックピットのヴァイスがそれに答える。
シンに続いて、ヴィータ、フェイトがヘリに乗り込んでいき、後はなのはを残すのみとなった。
「ティアナ、帰ったら……ちゃんと話をしよう?
私は、もっとティアナと話がしたい。
じゃないと、きっと伝わらないから。ね?」
力なく、その場にへたり込んでしまったティアナに、なのはが声を掛ける。
しかし、それに対するティアナの返事は無かった。
なのはは寂しそうに笑ってそれじゃとその場の面々に言ってから、ヘリへと乗り込んだ。
ヴァイスの操るヘリが飛び立った後、その場には茫然自失としたままのティアナと、それを心配そうに見守る三人、そして仏頂面をしたシグナムが残された。
(さて……どうしたものか。)
腕を組んだままシグナムが胸中で呟く。
出動前で時間が無かったのもわかるが、こうも投げっぱなしのまま出て行かれても正直困る、と彼女は思う。
(こういうのは苦手なんだが……
とりあえず明日の訓練を覚えておけよ、アスカ?)
そんなことを考えつつシグナムが口を開こうとした時、スバルが立ち上がり声を上げた。
「シグナム副隊長!」
「なんだ?」
スバルはシグナムを睨みつけたかと思うと、一瞬視線を彷徨わせてから、自信なさげに言った。
「め、命令違反とかはやっぱり駄目だし、それを止められなかった私も駄目だったと、思います……」
一旦、そこで言葉を止めるスバル。
「でも、強くなりたいとか……っ! きつい状態を何とかしたいとか……っ!
その為に頑張るのって、そんなにいけないことなんでしょうか!?
ティアが……私達がしたことってさっきシンが言ったように、駄目なことだったんですか!?」
半拍ほど間を置いてから、彷徨っていた視線はシグナムへと定められ、強い語気で語りだす。
瞳にはうっすらと涙さえ浮かべられていて……
そんなスバルの必死な姿に心が揺らぐのをシグナムは感じた。
(……私も、変わったな。)
今までの自分なら耳を貸さなかったかもしれない。
しかしその変化が彼女には何処か心地よかった。
こうなったのは恐らく、はやてやフェイトとの出会い、最近で言えばきっとシンも影響を与えているのだろう。
シグナムがそう感じながら、これからどうするか思案していた丁度その時のことであった。
「自主練習や、強くなるための努力は、すごくいいことだよ?」
「……シャーリーさん?」
物陰から現れた、その場にいるはずの無い人物の登場に、一同は少々驚きを隠せなかった。
「シャーリー、持ち場はどうした?」
「オペレートはリィン曹長が居てくれてますから……
それよりも、なのはさんも、シン君も、この子達も皆不器用すぎて……なんか、もう見てられなくて。
皆! ロビーに移動するよ、そこで全部教えてあげる。
なのはさんの教導の意味とか、昔あの人に何があったとか。」
「え……?」
一瞬、彼女が言った事を理解できずに、スバルが聞き返した。
「説明してやる、と言ってるんだ。
アスカの言ってた通り、お前達がちゃんと理解できるようにな。」
ロビーに於いてシャーリーとシグナムにシャマルを加えた面々が話したなのはの過去は、ティアナ達に大きな衝撃を与えた。
なのはがまだ幼かった頃、半ば巻き込まれる形で魔法を知り、すぐさま生死を別つような実戦を繰り返し行っていたこと。
その事件―――プレシアテスタロッサ事件―――が終わって間も無く、また新たな事件に関わっていったこと。
その中で更なる力を求めた彼女が、当時まだ不安定と言われていたカードリッジシステムを用いて、その事件を収束に導いたこと。
―――そしてなによりも。
それらの事件で繰り返した無茶と、そしてなのは自身が自らに課した訓練が原因で、その二年後。
なのはが任務中に大怪我を負い、管理局に復帰するどころか、まともに歩くことすら出来なくなるかもしれない……
そんな状態になってしまったこと。
「なのはさんはね、教え子に自分みたくなって欲しくないから……
あんな思いを味わって欲しくないから……
本当に、本当に丁寧に……一生懸命皆の教導してるんだよ。」
スバルや、ティアナと言ったフォワードのそれぞれが、今知った事実を自分の中で考え込んでいる時、シャーリーがそう洩らした。
「そう、だな……
ベクトルは違うが、アスカの奴も恐らくはそう思っているはずだ。
お前達を自分のようにしたくない、とな。」
「シンが……ですか?」
シャーリーの言葉を継いでシグナムが口を開き、それにスバルが疑問の声を上げた。
「ああ、だからあの時、あいつは高町を止めようとしたんだ。
この中でここに来るまでのアスカについて知ってる奴はいるか?」
シグナムの問いにスバルはハッとした。
―――私達、シンについてなにもしらない……?
ティアナやキャロも同じように思ったらしく、目を合わすと同意するように頷くのをスバルは確認した。
そんな中、エリオだけが違う反応を見せた。
「……僕は、知ってます。」
顔を俯かせながら、あまり大きくない声で、そう呟いた。
「「「え……?」」」
「同じ部屋ですし、偶に寝る前とかに色々話して貰ってましたから。
あの人は、シンさんは……この世界に来る前まで、自分の世界で軍隊に入ってたと言ってました。」
エリオの言葉を、他のフォワードの面々驚きながらも、何処か納得しながら聞いた。
シンが時折見せた戦闘慣れしたような動きは、そこからきていたのかと。
「ちょっと待ってよ。
じゃあ、シンの奴……」
ティアナは先ほどのシン言葉を思い出しながら声を出した。
「ええ、軍に居たって、エリオ君が言ってたでしょう?
シン君は、ここに来るまでずっと戦争をしていたそうよ。
そして、その中で沢山の仲間を失って……そして自分すらも死んだと思ったら、気がついたミッドに来てたそうよ。」
「ここ最近のアスカの訓練への集中は凄かった。
あいつはな、言っていたよ。
自分がお前達に無茶な訓練を止める様に言ったって、聞いて貰えるはずが無い。
なら、この先その無茶が祟って何かあった時、少しでも自分が今より強ければ被害を抑えられるかもしれない、とな。」
「そ……んな……」
シャマルとシグナムによって突きつけられた事実に、ティアナは大きく肩を落とした。
何も知らなかったのは自分のほうだった、勝手に敵愾心を抱いていた自分だったのだ、と。
誰もしゃべらなくなり、ただティアナが時折洩らす嗚咽のような声だけがその場に響いていた。
そんな沈黙が続く中、エリオが口を開いた。
「今日の模擬戦の後、訓練の合間に聞いてみたんです。
なんで、ティアナさん達がした訓練がいけないことなんですか? って。
僕には強くなろうとしてたティアナさんや、スバルさんが間違ってたとは思えなかったんです。
そうしたら……」
『なあ、エリオ。
さっきのが模擬戦じゃなくて実戦だったらどうなってたと思う?
ティアナとスバルが危なかった? いや、それもそうなんだけどな。
それは、まあ……仕方ないだろ。こんな仕事してるんだから、その可能性は誰にだってあるんだよ……
そんなの真っ平ごめんだけどな。
じゃあ、ティアナとスバルが敵にやられた、その後は?
……
分らないか?
守るはずだった人たちの命が失われるんだ。
俺達の仕事は、ロストロギアやそれを狙うテロリストから民間人を守ることだろ?
その俺達がやられたら、その人たちが危なくなるのは当然だ。
あなた達を守るために、日々訓練を重ねてきています。でも今日は訓練のし過ぎで実力がだせなかったんです、ごめんなさい。
なんて、そんな勝手な事、言えると思うか?
力がある奴の勝手に巻き込まれて死んでいくのはな、いつだって力を持たない人達だ。 俺の……家族もそうだった。
国が掲げたご大層な理念って奴のせいで、攻め込まれて……そして皆死んだ。
理念は守られた? 理念さえあれば、オーブは不滅?
そんなわけあるかよ! 死んだんだよ、俺の家族はっ!
もっと考えてあいつ等が動いてたら……クソっ!
……っと、ごめん、ちょっと取り乱した。
とりあえずそういうわけなんだよ。
俺達はいつ出動が掛かるか分らない状況でいるんだ。
なら、いつでもそれに対応出来るようにするのは当たり前なのに、あそこまで訓練しちゃいけないって事だ。
管理局に入ったばかりの俺が言うのもなんだけど……この仕事ってそういうものなんじゃないか?』
エリオが語った、シンの言葉。
それを聞いてティアナが嗚咽交じりの声をあげた。
「……っ、私っ、馬鹿だ……っ!
っく、何も知らないで……ぃっく、考えないで……勝手な、事ばかりしてっ!」
「ティア……」
「私は……っ、私は―――!!」
髪を振り乱しながら、ティアナは声を荒げた。
そんなティアナを横からスバルがそっと支える。
暫らくそうしていると、ティアナも落ち着いたのか荒かった呼気が大分穏やかになっていく。
「ランスター、それにナカジマもだ。
いいか、お前達はまだまだ強くなれる。
やり方こそ間違えてはいたが、強くなりたいという意志自体は悪いものではない。」
そんな二人に対してシグナムが静かに、しかし力強く言った。
「今回のことで少しでも反省したのなら、高町達に悪いと思うなら……強くなれ。
間違ってしまったことを悔やむよりも、それを次に活かせるようにしろ。
それが、今のお前達にできることだ。」
「わ、私は……なのはさんに、きっと愛想つかされてる……
私だったら、きっとそうしてる……」
「ティア……」
シグナムの励ましの意味を込めた言葉に、ティアナは消極的なことを言う。
「ああ、それは有り得ないわね。」
「そうだな、有り得ない。」
しかし、なのはを古くから知るシグナムとシャマルは、その可能性をすぐさま切って捨てた。
「ねえ、ティアナ、それに他の皆も聞いててね。
なのはちゃんはね、あれ位で愛想尽かしたりするような人じゃないわよ。
ましてやティアナ達のことを嫌いになっちゃうなんて、まず有り得ないから、大丈夫。」
「そうだな、一度受け持った自分の教え子を途中で投げ出したりはしないだろう。
高町なら、きっとお前達が望んでいる強さを与えてやれるはずだ。」
「シャマル先生……シグナム副隊長……」
スバルが感極まったように瞳に涙を浮かべながら言う。
「だからね、なのはちゃんが帰ってきたらちゃんと話して、もう一回一緒に頑張ってみて。
大丈夫、きっと上手くいくから、ね?」
「……っ! はい……っく、……はい!」
シャマルの暖かく包み込むような言葉に、今まで我慢していたのだろうか。
堰を切ったように流れ出した涙を拭いながら、ティアナは何度も頷いた。
泣きながらも、ティアナの心は暖かかった。
その涙が、決して悲しみから生まれたものではなかったから。
そんな風に感じながら、暫らくの間、彼女はそのまま泣くことを止めなかった。