強さってのは、結局の所なんなのだろう。
俺は、かつて強くなりたいから力を求めてザフトに入った。
努力して、頑張って、最新鋭MSインパルスという力を手に入れた。
力、だ。
最終的にはあのアスランすら倒すことが出来る程になった、俺の力。
でも、俺は結局昔のままで、誰一人救えずにいた。
そんな力を持っていることを強さと言うのならば、俺はそんな強さ、欲しくなかった。
もし、力が強さでないのなら、スバル達が強いって言うあいつは……
なのはは、本当に強いのだろうか?
わからないけど、でも、何か変じゃないかな、って俺は思う。
魔法少女リリカルなのはD.StrikerS、始まります。
魔法少女リリカルなのは D.StrikerS
第13話「「始まり」をくれた君と交わす約束なの 後編」
「はぁ……なにやってんだかな、俺は。」
出動から帰ってきたシンは、陰鬱な表情で地面にへたり込みながら整備員達がヘリの後始末をする様をぼけっと見ていた。
何が彼をこうも落ち込ませてるのかは勿論本人にしか分らないので、ヴァイスを始めとしたその場に居る面々はとりあえず放置の方向らしい。
六課に着いた後、できるものなら出撃前の続きをなのはから聞けないものか、と思っていたシンだが……当のなのはがティアナの元に向かったのだからどうしようもない。
シンとしてもそれ自体に反対な訳ではなく、寧ろ歓迎したい位なのだが、どうにも手持ち無沙汰でいけなかった。
寝ようにも戦闘を行ったばかりでは気が立って睡眠欲を感じることはなかった。
故に自分でも珍しいと思うが、シンはほけーっと作業を続ける姿を眺め続けていた。
出撃前になんであんなこと言っちゃったんだろうなー、とか。
幾らなんでも偉そう過ぎただろ俺、とか。
ちゃんとなのはとティアナが話せてるんだろうかなー、とか。
俺の過去もどうこうってシャーリーが言ってたけどエリオ辺りが色々言っちゃったんだろうなー、とか
そんな益体も無いようなことばかりが浮かんでは消えていく。
そんなシンに背後から近寄る影があった。
「シン、今ちょっといいかな?」
フェイトであった。
先ほどまでシンと同じように出動していた彼女であるが、シンはてっきり自室に戻ったとばかり思っていた。
それが今こうして自分に対してお疲れ様、と言いながらスポーツ飲料を差し出している。
「フェイト隊長……
どうかしたんですか?」
受け取った缶を軽く手の中で弄びながら、シンは尋ねた。
「ちょっと通りかかったらまだシンが居たから、かな。」
別に大きな意味があったわけじゃないんだけどね、とフェイト。
「……はあ。」
少し困ったようにシンは相槌をうった。
そしてそこで会話が途切れてしまう。
なんだかなぁ、と思いつつも、シンは気になっていたことを聞いてみることにする。
「そういえば……なのはって昔、何かあったんですか?」
「ああ、さっきシャーリーがフォワードの皆に言っちゃったこと?」
「多分、それです。
出動かかる前になのは自身が教えようとしてくれてたんですけど……」
「さっきの出動で聞けずじまい?
でも、それならなのは本人から聞くのがいいと思うんだけど。」
当然の指摘をされて、シンは少し言葉に詰まった。
確かに続きは後で、ともなのはに言われていたし、無理にここでフェイトから聞く必要も無いとも考えられたが……
大した根拠は無かったが、それでも今聞くべきだとシンは思った。
「そう、かも知れないです。
でも、当事者には見えないことって、あるんじゃないかなって思うんです。」
―――だからフェイト隊長、俺は今あなたに教えてもらいたい。
そのシンの言葉にフェイトは暫しの間瞑目し、押し黙ったままでいた。
それを見つめるシンには、今彼女がどんなことを考えているかなど想像も出来なかった。
ただ、彼女の答えを待つことのみ許された。
「……なんで、君は知りたいの?
教えてあげてもいいんだけど、その前にこれだけ聞かせてくれないかな。」
フェイトの問いにシンは返答に窮した。
改めて考え直してみるとよく分らない。
仲間だからとかそういうのかも知れないし、もしかしたら違うのかもしれない。
ただ―――
「あいつ……笑って言うんですよ。
皆は自分が守る、何があっても守ってみせるって。
見てて辛くなるような、なんか色々我慢してるような、そんな笑い方しながら。」
「……」
始めてそれを見たのは初出撃の時、エリオ達のピンチにシンが冷静さを欠いた時だった。
それから今日まで何度か聞いたその言葉、見たその笑顔。
その度に言い知れぬ不安の様なものがシンの中に溜まっていた。
「誰かを守るって言いながら、そんな表情をする。
その理由を俺は知りたい。
……知らなきゃいけない、そんな気がするんです。」
確信めいた口調で言いつつも、シンの中にしっかりとした確証があったわけではなかった。
ただ、何を考えているのか表情に出にくい友人と付き合った経験からか、なんとなく気づいたのだ。
気づいて、しまったのだ。
そんなシンを見て、フェイトはふぅ……と一度溜息を吐いてから口を開いた。
「……今から、8年前のことなんだけどね。
なのはに一つの任務が与えられたんだ。
とある管理外世界の調査……そこで想定されて無かった敵が突如現れて戦闘が起きた。
普段のなのはならなんてことなく終わらせることが出来た筈の戦いだったと思う。
……でも、その時は違った。」
「……違った?」
坦々と語り続けていたフェイトがそこで一旦言葉を区切った。
その横顔には苦渋の表情が見て取れて、思わずシンは聞き返した。
「そう、なのはが始めて魔法を使ったりした時のことは……知らないよね?」
シンがその問いに頷くとフェイトは先を続けた。
「その事件の2年前、今からだともう10年前になるかな。
なのはは一つの事件に巻き込まれる形で魔法を知ったんだ。
それまでは戦闘どころか魔法のことすら知らなかった、本当に普通の女の子だったのに。
偶然、なのはの住んでいる町にロストロギアがばら撒かれて。
偶然、そのロストロギア、ジュエルシードを管理していた人物と出会い、協力することになって。
……そして必然的に、その頃ジュエルシードの力を必要としていた私となのはは敵対した。」
見てみる?と聞かれたシンは素直に頷いた。
そしてバルディッシュのデータ領域に保存されていた映像が、宙空に映し出される。
そこには海上で二人の少女が互いにデバイスを構えながら向き合っていた。
「あれは……なのは、と……」
「そう、10年前の私となのは。
これが大体1ヶ月位経った頃かな、なのはが魔法を知って。」
シンの言葉を継いでフェイトが言う。
シンはそれに答えるのを忘れる位に、目の前に映し出された戦闘に見入っていた。
(これが……魔法を覚えて1ヶ月……?)
丁度、フェイトの攻撃を耐えたなのはが、フェイトの体をバインドで拘束、とんでもない大きさの砲撃を身動き出来ないフェイトに向けるシーンが移った。
「え、えげつない……」
「今でも……偶に夢に出るよ、これ。」
恐らくは必死だった為にに取った戦術なんだろうが、見ていて心臓に良くないとシンは感じた。
隣でフェイトが体を震わしているのとは別の理由で。
「あの、俺まだあんまり魔法には詳しくないんですけど……これって体に良いもんじゃないですよね?」
なのはの砲撃魔法、SLBを指差しながらシンが言う。
あれだけの魔力を放出が体に与える影響はシンには計りしれなかった。
「収束系でこれだけの規模の砲撃魔法、威力は身を持って味わった私が保証する。
当然、体にかかる負担もそれ相応のものになるの。」
カタカタと小さく肩を震わせるフェイトをみて、トラウマって怖いよね、なんて一瞬思ったりもしたが、シンはとりあえずフェイトの反応を待つことにした。
閑話休題
「落ち着きました?」
「うん、ごめんね。
それで続きなんだけど……」
少しの間沈黙を続けていたフェイトが先を続ける。
「この事件の少し後、またなのはの住んでいる町で一つの出来事が起きた。
それが闇の書事件と呼ばれる事件。
これには私やなのはだけじゃなくて、はやてやヴォルケンリッターの皆も深く関わってるんだけど……細かい所は割愛するね。
とにかくその事件の中で私となのはは一度負けた。
そして、私達は力を求めた。
守るために、救うために……強い力が必要だった。
それがあの時はまだ不安定だった、ある意味で諸刃の剣とも言えるカートリッジシステムの使用。」
今ではそれなりに普及してるけどね、と付け加えてフェイトは一旦話すのをとめた。
それで少しだけ何かを考えるような素振りを見せてから、もう一度話し出した。
「私はね、まだ良かったんだ。
小さい頃から魔法に触れてたし、自分の限界とかはちゃんと理解できてたから。
でも、なのはは……凄い才能を持ってたし努力もしてたんだけど、どこまでなら無茶しても大丈夫ってのがその時はまだ分ってなかったんだと思う。
大切な人たちを、そしてその人たちが住む世界を守るために。
なのはは自分自身さえ気づかないうちに、自分の体を傷つけ続けたの。」
そして……と繋げてからフェイトが言う。
「さっき言った様にその二年後。
なのはの体に溜まり続けたダメージは最悪の結果として現れた。」
そこでフェイトが言葉を一旦止めた。
シンは思わず息を呑む。嫌な予感が止まらなかった。
既にその先が予想出来てはいたが、それが当たっていて欲しくないと、心底から思った。
「その任務でなのはは重症を負った。
それこそ、魔法を使うどころか二度と歩けなくなるかも知れない位の怪我を。」
「……っ!」
一瞬、引きつるように息が止まった。
ガツンと頭を強く殴られたような気分だった。
なのはは自分が叶えられなかった願いを貫き続けている人。
叶え続けてきた人、何を失うでもなく、全てを守り続けることが出来た人。
シンはずっとそう思ってきた。
とても強く、眩しく、自分の目に映った笑顔をまだ覚えている。
でも……それはやっぱり違った、のか?
―――だとしたら……俺は……!
シンが自問自答を繰り返しているのに気付いているのかいないのか。
フェイトは先を続けた。
「なのはは強かった、多分……強すぎた。
そんな状態になっても、誰に泣き言を言うわけでもなくて、人前で……家族の人たちの前でも泣いたりもせずに。
私達が心配しても、大丈夫って笑って……
「そんなわけ……ないじゃないか!」
……シン?」
フェイトの言葉に割り込むようにシンが口を開いた。
「大丈夫なわけ、無いだろう!?
まだ、10やそこらの女の子が……そんな事になって、大丈夫なんて……涙を見せないなんて……
そんなの嘘に決まってるじゃないかっ!
そんなの……っ! ただ、我慢してるだけじゃないか……」
シンは自分の中に溢れ出る憤りを感じながら、敬語を使うことすら忘れ、語気荒く声をあげた。
例えば、そんなことを知らずになのはに対して知った風な口を利いた自分に対して。
例えば、その時なんで誰も彼女に怒鳴りつけてでも泣かしてやらなかったのだろう、といった思い。
そして、だからと言ってその時自分が居たとしても、何が出来たとも思えないと考えてしまう事実。
それらが単なる八つ当たりなのは、頭の隅で理解できていたが、それでも我慢できなかった。
責める様にそう捲くし立ててからフェイトを見て、シンはハッとした。
「……そうだね、それは私にもわかってた。
でも……きっと、私達じゃ駄目なんだ……
私じゃ……駄目なんだよ。」
何かに耐えるように、自分を真っ直ぐ見ながら言ってくるフェイトを見て、シンは一気に冷静さを取り戻した。
一番無力感を感じてるのは、目の前で唇を噛み締めながら、それでも静かに話を続けているフェイトに他ならないと、はたと気付いた。
「……すみません、頭に血が登ってました。」
「ううん、気にしなくてもいいよ。
きっと、シンの方が正しいんだって……今なら、私も思うよ。
あの頃は、まだ私も小さくて、どうしたらいいか判らなくて……
気がついた時には、なのはは一人で立ち上がってて……もう、どうしようも無くなってて。
ねぇ、シン……もう一つ、聞いてもいいかな?」
「……? はい、大丈夫、ですけど。」
頭を下げるシンにフェイトは静かな笑みを浮かべながら首を振って言った。
「君にとってなのはは……どういう存在?」
「俺にとっての……なのは?」
問われた内容を、口にしながら、シンは考えた。
ほんの少し前と今ではそれに対する答えが大分変わったように思う。
想いが、自然と湧き出てくる。
それをシンは、そのまま言葉にして伝えようと思った。
「俺がここで今、こうしているのはなのはのお陰なんです。」
「ん? ああ、君がなのはのことを見極めるっていう?」
フェイトの言葉に、シンはゆっくりと首を左右に振って否定の意を示した。
「それ……違うんですよ。
確かに俺はなのはにそう言ったけど、本当は違うんです。
俺は、何も守ることが出来なかった。
そんな俺の目には始めてあった時、あいつが……なのはが凄く眩しく映ったんです。
俺なんかと違って守りたいものを失わずに、自分の手で守り続けてることが出来てるんだって……」
「……」
「今だから、はっきりとわかる。
俺は……きっとあの時こう思ったんです。
この人の傍で、もう一度頑張れば……
俺でも笑えるんだろうか、こんな風に。
俺でもまだ何かを守れるんだろうか、かつて願ったように。
まだその為の力があるなら、俺は……俺は―――!」
そこでシンは一度自分を落ち着けるように息を吸い、吐いた。
「でも、違ったんだ。
なのはを見てるうちに、なんとなくそれがわかってきて。
そして、今……それが俺の中で形になりました。
あいつは……なのはは、きっとそんなに強くない。
必死で、いつだって必死で、自分の身すら省みないで……
その末に、かろうじて手に入れた勝利であって、守ることが出来た、っていう結果があったんだ。
ここに来てから色々あいつについての風聞を聞きましたけど、それらが語るほど、なのはは強くなんてない。」
「それで……シンはどうしたいの?」
そこまでシンが語ったところでフェイトが口を挟んできた。
「それがわかって君は今、何がしたい?」
シンはそのいきなりの問いに呆けた様にフェイトを見返した。
(どうしたい……?
俺は、一体どうしたいんだ?)
瞬間、それに対する答えが浮かんだ。
(ああ、そんなの……)
―――決まってるじゃないか。
シンは一度軽く頭を振り、悩む自分を見守るようにしていたフェイトに向かって、宣言するように口を開いた。
「俺は―――」
ティアナが去った後、海に面した場所に、なのはは一人立ちすくんで呟く。
「教導官失格かなぁ……。」
本当は、あそこまでするつもりは無かった。
ただ、ティアナが、スバルが、かつての己のように無理な訓練を続けているとわかって。
それがどういうことなのかも理解していない二人を見た瞬間、頭が真っ白になった。
後は推して知るべし、である。
教導官の思想として、確かに叩いて鍛える、というものはあるが。
それは決して二度と立ち上がれないように叩きのめすというものではないのだ。
その点において、やはりあれは失敗だったと、後になればなるほどなのはは感じていた。
もしも、あの時シンが自分を止めなかったら……
あの二人に拭いきれない傷を付けていたかも知れない。
肉体的にではなく、精神的に。
守りたいものを自分の手で壊してしまったかも知れない。
そこまで考えて、視界がじわりと滲んでいることになのは気付いた。
「……ッ!」
ゴシゴシと、強く袖で目元を拭う。
いつもこうだ。
失敗をして、その後一人で泣く。
誰かと居たら我慢出来るのだけれども、一人になるとどうしても駄目だった。
望んでいないのに、目から涙が溢れ出てしまう。
(泣いちゃ……駄目だよっ!
わたしが泣いたら、みんなに迷惑が掛かる……!
わたしは……泣いたら駄目なの!)
そう思うのに、涙は一向に止まらなかった。
それどころか次から次に目の端から零れ落ちていく。
そんな時、ふとなのはは思った。
(そういえばシン君も……始めて会った時、泣いてたな……)
医務室の扉越しに聞いた、あの慟哭は忘れられるものでは無かった。
自分の力の無さを嘆いて、どうすれば判らず、ただ悲しみをぶちまけた様な泣き声。
その時の自分は、ただ扉に背を預けて、彼が寝付くまでその場に居続けるしか出来なかった。
彼を救ってあげたいと、心の底から感じた。
傲慢だろうとなんだろうと、構わなかった。
ああ、それにしてもおかしな話である。
救いたいと感じた人物に、今自分は救われているのだから。
ティアナたちを余計に傷つけずに済んだ。
あの子達としっかりと話をして、互いに理解することが出来た。
そのどちらもシンが居てくれたから出来たことだと、なのはは感じていた。
……何故か、声が聞きたくなった。
いつもの様に少し機嫌が悪そうに、でも実はそんなこと無いような、そんな声で自分の名前を呼んで欲しくなった。
(って、何考えてるんだろうね、わたしは。
これじゃあ、本当にわたしのほうが……
大体、そんな風に願ったところで……)
そんな自分にとって都合が良い様にこの世界は動かないよね、と自嘲気味に笑った、その瞬間だった。
「……なのはぁっ!」
背後から、唐突に強く名前を呼ばれる。
気がついたら涙はもう、止まっていた。
「ハッ……ハッ……ハッ……!」
シンは走っていた、今までこれほどまで全力で走ったことがあるのだろうか、という位のスピードで。
目的地は隊舎から出てすぐの海岸線。
確かティアナとそこで話している、とフェイトから聞いたので彼女と別れてすぐに全力疾走を始めたのだ。
程なくして目的の場所付近に到着。
焦る様に視線を巡らし、なのはを探す。
(……見つけた!)
思ったよりも簡単に見つかり、シンは一旦息を吐いた。
どうやらティアナとの話は既に終わったようで、その場にはなのはが一人、海に向かって佇んでいた。
シンにはその姿まるで誰かに助けを求めているようで……
そして同時にその助けを諦めているようにも見えた。
そして気づく。
その背中が、何故か少しだけ震えてるその肩が。
こんなにも儚げで、小さかったことを。
だから―――
「……なのはぁっ!」
強く、強く、その名を呼んだ。
荒くなった息を整えることも忘れ、ただ一心に、彼女の名前を叫んだ。
「え……シン、君?」
呆けた様に自分を呼び返すなのは。
そしてシンを振り向こうとした直後に、慌てるように背を向け、黙りこくった。
そんななのはをシンは一瞬不思議そうに見る。
色々と思う所はあったのだが、とりあえず話を始めることにした。
その為に、ここに来たのだから。
「なあ、俺も聞いたよ。
昔何があって、アンタがどうなったかって。
全部……教えてもらった。
アンタが話してくれるって言ってたのに、他の人に聞いたのは謝る。
それでも、アンタと……なのはと話す前に知らなきゃいけないって、そう思ったから。
だから……ごめん!」
そう言ってから、深く頭を下げた。
暫し、沈黙……
「そっか、じゃあ説明はいらないよね。
笑ってくれてもいいよ?
初めてシン君と会ったときに、あれだけ大きなこと言ってた私はね……
本当は自分のことすら、満足に守れないんだから……」
エースオブエースの名が泣くよね、とおどけた様に言うなのは。
「笑わない。」
「え?」
「笑ったりしない。
なのはが、どれだけ必死に、一生懸命に戦い続けてきたのか、全部とは言わないけど少しは俺も判るから。
だから、笑ったりしない。」
シンだって同じように戦ってきたのだ。
それなのに、どうしてその姿を笑うことができるだろう。
「……ありがとう。
心配、かけちゃったかな?」
背中を向けたまま、なのはが言う。
シンはそれに答えなかった。
心配しているか、と言うなら今でもそうだ。
今のなのはは見ていて不安しか涌いてこない。
だから、ここからが本番、核心なのだとシンは思った。
「でもね、大丈夫だよ、わたしは。
体だってとっくに治ってるしね。
だから……大丈夫。
あの時の事は、もう乗り越えたから。」
だから、そんなに心配してくれなくてもいいんだよ? となのはが言った。
背中しか見えないから、なのはが今どんな表情をしているのかシンには見えない。
でも、いつもの様に笑っている気がした。
(ああ、そうだよな……アンタなら、きっとそう言うんだろうな。)
自分の事より、他の誰かに迷惑を掛ける事を嫌って。
「……もう大丈夫? 乗り越えたから?」
ずっとそうして生きてきたんだろう。
きっと、本当に小さな時から。
「……シン君?」
でも、そんなの間違ってると思ったから。
ああ、そうだ。
だから、俺は―――
「じゃあさ……
なんでアンタはそんな辛そうな声で大丈夫って言うんだよ?
なんでいつも皆の事守るって言いながら、あんな何かに耐えるような笑い方するんだよ?
……なんでそうやって、一人で抱え込もうとするんだよ!?」
「……っ!」
「そんな風に大丈夫って言って……自分で自分のこと傷つけて……っ!
そんなの……間違ってるだろう!?」
「じゃあ……どうすれば良かったの……?
わたしは、皆のこと守りたくて……っ。
皆に笑顔で居て欲しかったから、わたしは……わたしはっ!」
シンの言葉になのはが語気を強くして抗弁する。
そういえばこんな風に声を荒げるなのはを見るのは初めてだよな、なんて頭の隅で考えながらシンは続けた。
「言えばいいだろ!?
辛いなら辛いって、悲しいなら悲しいって!
フェイト隊長だって、八神部隊長だってアンタには居るじゃないか!」
我慢なんてしなくてもいいんだ、とシン。
「そんなこと……出来ないよ!
だってわたしが泣いたら、我が侭を言ったら、皆に迷惑がかかるの!
だからわたしは―――!」
「そんなことな―――「あの時もそうだったの!」……な、に?」
突然シンの言葉を遮って、なのはが叫んだ。
「おとーさんが入院してて、おにーちゃんとおかーさんはお店の事で手が一杯で!」
シンにはなのはが何時のことを言ってるのか理解できなかったが……
それでも、その言葉に篭った感情に、心が痛んだ。
「おねーちゃんはおとーさんの看病で!」
(そうか……それが、なのはの生き方を決めたんだろうな。)
「わたしは家でずっと一人で、寂しくて、辛くて……でも誰にも頼れなくて……っ!」
(でも、そうじゃないだろう? その人たちをなのはが想うのと同じくらい、その人たちだってなのはを想ってくれてるはずなんだから。
頼ったって良かったんじゃないか?)
「わたしには、我慢するしか出来なくて!」
(でも、優しかったから、その人たちの事が大好きだったから出来なかった。
俺に出来ること……何が出来る?
この頑固すぎる、真っ直ぐな人に……って、ああそうか。
そうだった、その為に……
それを伝える為に、ここに来たんだったよな。)
シンは浅く笑ってから、大きく息を吸い込んだ。
「だから、わたしは一人で―――「俺がいるっ!!」
……え?」
なのはが言いかけていた言葉を遮って、シンが声をあげた。
「なのはがどんな泣き言を言っても、どんな不満を洩らしても、どんなに馬鹿なことしてもだ!
少なくとも俺はそれを絶対に迷惑だなんて思わない!」
「し、シン君……? なに、を?」
当惑気味な声音でなのはが聞いてくるが、シンはそれを無視して先を続けた。
「ああ、そうだ! 当然悲しんだりなんてしてやらない!
勿論、そんなことで苦しいなんて感じるわけもない!
――――――だからっ!
もう一人で我慢なんかするなよっ!!」
「……あ。」
「俺がいるから!
傍にずっといるから!
なのはが泣いて、泣いて、泣きつくした後、一緒に笑っていられるように隣にいるから!
一人で泣いて、泣き終わった後の空しさを俺は知ってるから!
だからっ―――っと?」
そこまで言った所で、体全体に衝撃を感じた。
一瞬ふらついたが、何とか突っ込んできたなのはの体を抱きとめることに成功出来た。
「どうして……?
うっ……どうしてそんなこと言うの?
今までずっと頑張ってきたんだよ……ぃっく。
なのに、そんなこと、っく、言われたら……わたし、もう我慢できなくなる……っ。」
シンの服に顔を埋めながらなのはが言う。
必死で堪えているのだろうが、嗚咽は隠し切れずシンの耳にも届いていた。
シンは襟元が涙で濡れるのを感じながら、そっと、昔泣いていた妹をあやした様に、ゆっくりとその頭を撫ででやる。
「別に我慢なんてしなくていいって。
泣きたきゃ、泣いていいんだ。
俺はそんなことでなのはのことを嫌いになったりしないから。」
だから思いっきり泣けよ、とその言葉がきっかけになった。
「~~~~~~~~~~~っ!」
堰を切ったように、あふれ出た涙を、なのはは流し続けた。
「……ぇっぐ、さびし、かった! っ、つらか、った! 怖かったひっくの……!
もうっ……歩け、なくなるかもって……まほ、うも、使えなく、なるか、もってい、言わぃっく、れて……!
わ、わた、しは……う、わたしは―――!」
8年前から、もしかしたらもっと前から、溜め込んでいたものを吐き出すように、なのはが喋り続ける。
それは既にもう意味を持たない、ただの嗚咽になりかけていたけど、シンはそれを黙って聞きながら、優しくその頭を撫で続けた。
なのはの言葉を信じるなら、彼女にとって本当に辛いこと、悲しいこととはつまり、誰にも見せてはいけないものだったんじゃないか、とシンは思う。
そんなに寂しいことは無いとも、思った。
自分に縋り付くようになっている彼女を見る。
一体この小さな背中にどれだけ沢山のものを背負ってきたのだろう。
この震える肩はどれほどの重圧に耐えてきたのだろう。
それら全てがシンに理解できるかと言えば、そうではなかったが。
ただ、こうしている事でそれが少しでも楽になるのなら、それでいいと思った。
暫らくそうしていると、ふとアコースが言っていた一節が頭の中に浮かんだ。
『自分にとって大切な物なんてのは、そう、きっと思ったよりも身近にあるものさ。
大丈夫、君ならきっとわかる。』
そう、確かこんな感じだったはずだ。
そしてこうも言われた。
大切な物を、そう思える誰かを持つことが怖いのか、とも。
その時は、答えることが出来なかったけども。
(……怖いですよ、アコースさん。
想像するだけで怖気が走る。
だから、失いたくないなら、いっそのこと何も持たなければいいんだって。
こっちに来た時、心の底から思いました。)
でも、そんな自分にまだ守ることが出来ると言ってくれる人がいた。
友や上司と死の間際に交わした”生きる”という約束。
それしか持ってなかったシンにその理由をくれた。
…………なのはが、新しい”始まり”をくれたのだ。
(思ったより身近に、か……
そうだな。こんなに近くに……本当に始めからあったのに。
ようやく、気づけた。)
これは遅かったのだろうか、早かったのだろうか。
よくわからなかったが、そんな事はどうだって良かった。
今はこの想いを、ただ伝えるだけだと、思った。
暫らく、そのままで。
右手で髪を梳くように彼女の頭を撫で続け、左手は支えるように支えるように肩に置いたままで。
なのはが少し落ち着いてきたかな、と感じたシンは口を開いた。
「なのは……」
「……っく……?
あ、ご、ごめんね!」
その声を離れて欲しい、ととったなのはが慌てて離れようとする。
そんなつもりじゃなかったんだけど、と内心苦笑しながらシンは動いた。
「きっとさ、アンタ馬鹿でしかも頑固だから。
無茶するなって言っても、どんだけ強く言っても、聞かないだろうから。」
間違いなく、いざとなったらそんなの忘れる。
それ位、シンでもわかった。
少しだけなのはが後ろに下がった瞬間、彼女の腕を掴んで。
「す、すぐ離れるか―――え?」
―――その体をぐいっと引き寄せる。
先ほどとは違い、しっかりと両手を回して、強く……抱き締めた。
何が起きてるのかわからなかったのだろう。
引っ張った瞬間、目を白黒させてるなのはの顔が少し面白かったように思う。
「え、え、え、ええぇ?」
本気で混乱してるのだろう、体を硬く固まらせて、驚いているなのは。
「だからさ。
アンタが無茶しても、傷つかないように、悲しまないように。」
「し、シン君……?」
戸惑うなのはを無視して、シンは腕の込める力を更に強くして、囁くように、誓うようにして言った。
「……俺が守るよ。」
かつて守れなかった約束を。
今度こそ、今度こそ、守ってみせると。
――――――俺が、なのはの事……守るから。
もう一度、自分でも確認するように繰り返す。
きっと、その為に自分はここにいるのだから。
それ以上は、やはり気恥ずかしくて、何も言える気がしなかった。
というか、言ってしまってから我ながらなんて馬鹿なことを、なんて思ってしまう辺りあれだなぁ……なんて感じながら。
それでも、この手を離す気にはなれなくて。
無言のまま、シンはなのはを抱き締め続けた。
「……あ。」
なのはの体から力が抜け、自分の方に体重を預けてくるのをシンは感じた。
「わたしの方がシン君よりも、強いよ?」
「今は、だ。
すぐアンタより強くなってみせるさ。」
「あ、最近ずっとだけど、またわたしのことアンタって言った。」
「……ごめん。
でも、強くなるから、アン……なのはを守れるくらいに。」
「わたしが嫌って言ったら?」
「それでも、守る。」
「……無茶苦茶だよ、シン君。」
「無茶苦茶でも気にすんな。
俺はもう開き直ってる。」
「開き直られても……
でも、シン君らしいなあ。」
「そうなのか?」
と、シンが聞き返してから、少し会話が止まる。
暫らくして、シンの胸元に顔を押し付けるようにして、なのはが言った。
「うん、ごめん。
もう一回、少しでいいから泣いていい?」
その問いにシンはぽん、となのはの頭の上に手を置いて。
「好きにしろって。
さっき言ったよな?」
「は、はは……そうだった、っく……ね。」
少し、沈黙。
声を押し殺して泣く彼女を見て思う。
もっと、大きな声で泣いてもいいんじゃないか、とも思ったが、人前で泣く事に慣れてないなのはにそれを求めるのは酷なのだろうか。
(というか、俺が泣きすぎなのか?)
子供の頃はマユの前で泣くまい、なんてかっこつけてたからそうでもないが。
最近は本当によく泣いていた気がする。
(まあ、悪いもんじゃないよな。)
恥ずかしくはあるものの、それは決して悪いものではないとシンは思っていた。
5分くらい経ってからだろうか。
シンの胸元から顔を上げて、上目遣いになのはが言った。
「じゃあ……約束、してくれる?」
「約束……?」
「そう。
もし、この先わたし一人じゃどうしようもなくて。
誰も守れなくて、またわたしが泣いちゃうようなことがあったら……
どんな時でも、わたしの事を……そ、その、ね。
ま、守りに来て……くれる?」
シンは驚きに目を見開いた。
まさかなのはがこんなことを言うなんて、とつい思ってしまう。
(ああ、でも。
受け入れてくれたって、そう思っていいのか?)
自分の言葉を。
なのはを守るという大言壮語を。
ずっと一人で頑張り続けてきたなのはが受け入れてくれてると思うのは、思い上がりなのだろうか。
だから、シンは強く頷いた。
「……当然だろ?
何があっても、どんな時でも、すぐ駆けつける。」
「絶対に?」
「絶対に、だ。
俺を信じろよ。」
「……うん、信じるね。
だから、約束、しよ?」
そう言って、なのははシンの体から離れて、小指だけを立てた右手を差し出した。
飛びっきりの笑顔をシンに向けて。
泣き腫らしたその目は赤くなっていて、他にも色々とどうにかなっていたが。
月夜に照らされたそれを見て、シンは思わず見惚れてしまった。
同時に気づく。
(そうだ。俺はこの笑顔に救われたんだ。
そして……だからこそ、俺は。)
この人を守りたい、自分の手で。
心の底から、そう感じた。
「指きり……もしかして、知らないかな?」
シンがそんなことを考えていると、なのはが所在なさげに右手をぶらつかせながら聞いてきた。
「……っと、いや、知ってる。
というか、こっちにもあったんだなぁ、それ。」
シンはそういいながら、自分の右の小指を差し出した。
それを見て、よし、となのはが意気込んでから歌を口ずさみだした。
「ゆ~びき~りげんまん。」
(あれ……もしかして?)
「う~そつ~いた~ら。」
(あ、やっぱり、歌まで一緒なのか。)
「でぃ~ばいんば~すたぁっ。」
(……ん?)
「ゆ~びきっ「って、切れるかぁーーーーっ!!」わっ。
もう、脅かさないでよ。」
「え? 悪いのは俺の方?
俺のなのか!?」
「にゃはは、冗談だよ。」
そう悪びれずに笑うなのは。
そしてもう一度小指を差し出してくる。
「……すっかり、元通りじゃないか。」
「何か言った?」
「いいや、なんでも。」
少し腹立たしくもあったが、素直にそう思う。
もう一度小指を絡め合わせる。
「ゆ~びき~り。」
「げんまん。」
今度はなのはに合わせて、シンも歌う。
「う~そ。」
「つ~いた~ら。」
心の中で、あの日守れなかった少女に今度こそ守ってみせるから、と言って。
「は~り。」
「せ~んぼん。」
「「の~ます。」」
自分を生かしてくれた人達に恥ずかしくないよう生きる、そう告げて。
「「ゆ~びきった!」」
リズムに合わせて振り上げた指を、その言葉と同時に振り下ろし、繋がっていた指が離れる。
「指きりなんて久しぶりかな、シン君は?」
「俺は……そうだな、俺も随分と久しぶりだ。」
自分の小指を眺めながら聞いてくるなのはにシンはそう答えた。
最後にしたのは、子供の頃にマユとした時だったような。
曖昧になっている記憶を引っ張り出そうとしているシン。
そんなシンになのはが声を掛ける。
「シン君……約束、だからね。」
少し不安そうに、呟くようにして言ったなのはに対して、シンは彼としては珍しく、柔らかい笑みを浮かべて。
「ああ、守るよ。
絶対に、守ってみせる。」
そう、宣言するように、誓いを立てるように言った。