D.StrikeS_第16話

Last-modified: 2009-06-08 (月) 17:55:19

 生まれた時、世界はわからない事ばかりだった。
 故に知りたいと思った。世界を。全てを。この世に在る何もかもを。
 何処までも”欲”した。何も持っていなかったから。何も与えられなかったから。何もかもが欲しくて。

 

 ただ、ひたすらに、手を伸ばした。

 

 コードネーム・アンリミテッドデザイア―――飽くなき欲望。
 それが自分を指す言葉だと知ったのは何時の話だったろうか。
 自分を生み出したと言う輩から言われるとおりに、また己が欲求を……知りたいという願いを叶える為に研究を続けて、どれ位たった時のことだろうか。

 

 私は私自身が自然の摂理に逆らって生まれた存在だと知る。
 しかし、それはあまり気にはしなかった。
 己の異常なまでの知識への欲が異端なのは十二分に理解していたし、だからどうするわけでもなかった。
 ただ……私の興味はその時を境に生命……殊更、人という存在へと傾倒していった。
 手始めに現実に存在している人間を模してみようと思った。
 まあ、中々に楽しかったのを覚えているが、下らない輩が横槍を入れてきたため研究は中断。
 次は人と機械を混ぜこぜにした戦闘の為の存在を作れと言う。それも……悪くないと感じた。
 そして今に至ってようやくその成果は形になりつつある。

 

 12体の戦闘機人……私が生み出した、存在。

 

 魔法少女リリカルなのはD.StrikerS
 第16話「ある意味で、本当の始まりなの」

 

「では、そういうことで頼むよ。ああ、助かる。いつもすまないね、可愛いルーテシア。」
 薄暗く淀んだ空気が漂う一室に彼は居た。
 ジェイル・スカリエッティ。次元犯罪者。機動六課の敵。ガジェットの操り主。
 彼は紫色の長い髪をした少女―――ルーテシアとの通信をそう言って切った。
 現状の把握は既に済んでいた。彼が管理局最高評議会の依頼を受け手に入れたベルカ聖王の遺伝子。
 それを用いてスカリエッティの預かり知らぬ所で生み出された聖王の器。
 即ちかつての王のクローン体である少女をレリックと共に輸送している所をガジェットが襲った。
 これは当初の計画通りだった。最高評議会が切り札として保有している”ゆりかご”を手に入れるための初めのステップ。
 だが……それはいきなり狂い始めていた。

 

「フフ……まさか彼らがアレを確保するとはね。」

 

 目の前のモニターに映るのは一人の少年がソレを抱き抱えてる情景。

 

「全く、私程度の読みではこれが限界と言ったところか。まあ、いい。」

 

 手元に置いてある、この空間に似つかわしくないゲーム途中のチェス盤を眺めて呟く。
 既に彼の手は打たれているが、ゲームの相手との連絡が途絶えて久しい。
 自分の手を温いと常々評していた相手がこの不利な状況をどうかわすか、少しだけ彼は楽しみにしていた。

 

『ドクター。少しよろしいでしょうか?』
「ん、なんだいウーノ?」

 

 つぅーと盤の端に指をなぞらせながら、どうしたものかと考えを巡らしていたスカリエッティの元に通信が入る。

 

『いえ、ノーヴェが不貞腐れていたもので何かあったのかと……』
「ああ、さっき自分も戦いたいと言いに来てね。彼女には悪いがまだ微調整が残っている以上、出させるわけにも行かないだろう?」
『なるほど、それで……』

 

 納得いったように頷く彼女を見つつスカリエッティは思う。
 彼女たちは一体なんなのだろう、と。
 人間ではない。しかし機械でも無いだろう。
 ならばこそ、戦闘機人という彼が生み出した彼女たちは。。
 自分が生み出した存在に対してこういった疑問を持つことはどうなのだろう、とも思う。
 自分の目的の為の道具。それでいいではないか。心の中に生まれそうになっている不可解な感情に対してそう言い聞かせる。

 

(……感情? 所詮私も造られた存在、その様なものが……ああ、いや。この”欲”というのもそれのひとつか。)

 

 そこまで考えて馬鹿馬鹿しいと吐き捨てるように頭を振り、不機嫌そうに横目で睨むようにウーノを見やると。

 

「それで、まさかそれを確認する為だけに通信を入れたわけではないのだろう?」
『はい。博士宛に……その、何と言いますか不可解なデータが……恐らくミッドチルダ以外の世界から送られてきたのでしょうが、特定は無理でした。』

 

 ふむ、とそれを聞いてスカリエッティは唸る。

 

「わかった、こちらに回してくれるかい?」
『はい。』

 

 そして送られてきたデータを確認してから開く。

 

「これは……暗号化されているが……文書ファイル? 中身は……」

 

 ファイルを開き、中の文章を見た瞬間、スカリエッティは大きく目を見開いた。

 

『……博士?』

 

 その様子を変に思ったウーノがスカリエッティに呼びかけるも、彼はそれに反応することなく、ただ一心不乱にモニターに映し出される文章を読みふけっていた。

 

 どれ位の時間が経ったのだろうか、ようやくスカリエッティはモニターから視線を外すと手元のチェス盤の駒を動かした。
 その文書の最後に添えられていた手通りに盤面を進めていく。

 

「……君は……そうか逝ったのか。逝く前にこんなものを送りつける辺り、全く君らしい。
 さて、その手で来るなら確かに私はこう打って……それに対して君がこう、で私が……おや、チェックメイトだ。」

 

 そしてその後自分の駒を一つ動かす。

 

「何故、君はそんな手を打った? もっと逃げる為……いや、それどころか私を射抜く手はあった筈だろう。これでは……まるで……」

 

 まるでチェックメイトしてくれと言わんばかりのその一手に彼は一瞬不思議そうにして、しかし……

 

「く……くく、君は……その手が何の意味も無い事を理解して、打ったな? そして私にもそうしろと……そういうことなんだな?」

 

 くぐもった様な声で呟く。文書の内容。それにこのチェスの勝敗。それら全てが示すメッセージにを彼は気づいた。

 

「……ふ、ふふ……ああ、長年の疑問が疑念が問いが消えたよ。今なら、十年前の彼女の気持ちも……わからないでもないさ。ふ、ふは……はははは。」

 

 そして笑う、哂う、嘲笑う。ひとしきりそうして、そして暫しの間黙考。

 

『……あの、博士?』
「ああ、すまないね。ウーノ、計画を少し変更することにしたよ。すまないが後で色々と調整を頼みたい。」
『はぁ……それは構いませんが……』
「どうかしたのかい?」

 

 らしくなく歯切れが悪いウーノを不思議に思ったスカリエッティは疑問を口にする。

 

『……いえ、失礼しました。』
「? ああ、もう少ししたらまた連絡を入れる。少し話したいことがあるのでね。」
『はい。それでは、また後ほど。』

 

 そして通信は切れる。スカリエッティの前には物言わぬモニターと、先ほどから提示され続ける彼に宛てられた文章と、そしてチェス盤がひとつ。

 

「これは……は、はは……」

 

 ふと顔に手をやったスカリエッティがもう一度、少しだけ笑う。

 

「涙……か。ふふ、私がよもやこんなものを流す日が来るとはね。
 ふむ、そうか。私は今……悲しんでいる? はははっ、これはこれで面白い、か。」
 濡れた手を見やりながらつぶやく。その頬にはまだ途切れる事無く一筋の涙がモニターの光を反射していた。

 

「……いいだろう。君の言う通りにするのも、悪くないだろう。きっと……私もそれを望んでいたのかもしれない。……言われて気付いたことだがね?
 だが、それだけではつまらない。ああ、そうだ、詰まらない……
 ふむ、ならばゲームの続きといこうじゃないか。
 さっきのが君との最後のゲームだとは認めないよ。こんな勝ち方を私は勝利と認めはしない。」

 

 口にしてスカリエッティは不思議に感じた。そこまで己はあの人物との遊びを楽しみにしていたのだろうか。
 始めは単なる時間つぶし、むしろ向こうが度々誘ってくるので仕方なく、という形だったと彼は記憶していた。
 それが今ではこれか、と笑いを零す。

 

 大きく払った手がチェス盤を払いのける。床や机、様々な場所に駒が散らばる様をスカリエッティは笑って眺める。
 そして一端大きく息を吸うとその口を開いた。

 

「さあ、始めよう! 私と君の最後のゲームだ!
 君の指し手は彼ら二人! ゲーム盤はこのミッドチルダ! 私がそれを受けようじゃないか!
 勝利したとしても誰も何も手に入れることのないゲームだ……だがそれはそれでなんとも愉快なことじゃないか!?
 そうさ、私たちの最後のゲームにはそれ位で丁度いい!
 さあさあさあ! これが私からの勝手に逝ってしまった君への手向けだ!
 ああ、実に楽しそうじゃないか! そう思うだろうそう思わないか君も!?

 

 …………なあ?」

 

 ――――ギルバート?

 

 囁くように言ってから、彼は大声で笑い続けた。
 その瞳から流れ続け、彼の足元を濡らすそれを拭う事もせずに。

 

「さて、今回お前さんがたと一緒に行動することになったハイネ・ヴェステンフルスだ。よろしく頼む。」

 

 レリックの反応が出た地下水路、最後にそこに降りてきたハイネは改まって目の前の4人に対してそう言った。

 

「えーっと……はい、こちらこそお願いします。ヴェステンフルス、三尉殿?」

 

 それを受けて4人、つまり六課のスターズ、ライトニング小隊のフォワードの面々を代表してティアナが敬礼をし、他の三人もそれに習った。
 困惑しつつも頭を働かせ、ティアナはこれはよくわからない状況でだな、と感じた。何故、この目の前の男が六課の作戦行動に関ってきているのか。
 そもそもこの男は何者なのだろうか。そして何故彼女の相棒は隣で必死に笑いを耐えている形相なのだろうか。等々、色々と不思議なことになっている。
 正直自分ではお手上げだ、と思いながらとりあえずやることをしようと動き出そうとしたのだが。

 

「ちょっとまった。そういうのやめようぜ?」
「え、と……そういうのとは?」

 

 ハイネが声を上げるのでそれに自ら待ったをかけた。

 

「だからそういう階級つけて呼ぶのをだよ。そりゃ上の方はしらんがね?
 俺ら現場の人間はそういうのに縛られてちゃいかんと俺は思うのよ。
 俺のことはハイネでいいって。俺もお前さんらのことをそんな感じで呼ぶから。」

 

「でもヴェステンフルス三尉……それって普通のことなんじゃないですか? 敬語とかそういうのって。」

 

 ハイネの言葉にエリオが疑問を口にする。真面目な彼らしい意見ではあったが、

 

「だぁーかぁーらぁ! ハイネだっつってんだろ? まったく管理局は固い奴多いよなぁ……」

 

 ややオーバー気味に肩を落しながら溜息を吐くハイネ。
 それを見ながらやや困ったようにキャロが口を開いた。

 

「ヴェ……じゃなくてハイネさん、でいいんですか?」
「おお! オーケーオーケー、それでいいんだ。えぇとそっちはキャロ、でよかったか。それにティアナにエリオだよな? 
 後は……スバル。なににやけてんだよ、お前は。」

 

 名前を呼びながらそれぞれの顔を指差していったハイネは。スバルを見て少し苦笑しながらその名を呼んだ。

 

「いや、久しぶりだなあって思って。」
「そりゃ、お前が全然家に帰ってこないからだろ? 偶には顔見せに来ないとゲンヤさん泣くぞ?」
「あー……それはほら。ハイネさんとギン姉で頑張って!」
「いい笑顔で俺に投げるか、それを!?」

 

 妙に親しげなその素振りにティアナにエリオ、キャロは少し不思議そうに顔を見合す。

 

「ねぇ、スバル……あんた三尉「ハイネ。」……ハイネさんと知り合いなの?」

 

 ティアナがその三人を代表してスバルに尋ねた。途中で入った横槍に対して律儀に対応する辺り、そこは彼女らしかったが。

 

「あれ? キャロやエリオはともかく……ティアにも言ってなかった?
 この人、うちで居候してるんだよ?」
「「「……へ?」」」

 

 三人はスバルを凝視した後、ハイネの方にも視線を向け……

 

「ああ、そうなんだ、これが。出てこうとするとゲンヤさんが迷惑じゃないからここに居ろって言うんだよなぁ……
 と、まあそれは追々道すがら話すとして……だ。」

 

 疑問を孕んだ視線にハイネが頷きながら答えて、そして彼が表情を引き締めるのを見た。
 先ほどまで漂っていた何処にでもいそうな気さくな雰囲気は鳴りを潜め、そこにある紛れもない戦う者の表情を彼らは確認した。
 ぞくりと、ハイネと知り合って少し経っているスバルも含めてその場にいる全員は背筋を少し震わせる。
 その様を見ていかんいかんとハイネはまた表情を改めた。

 

「おいおい、そんなに緊張するなよ。とりあえずは、だ。」

 

 先ほどまでの何処か酷薄ささえも漂わせたそれとは打って変わって、見る者を安心させるような自信に溢れた笑みを浮かべてハイネは声にした。

 

「この五人にギンガを含めたので一つのチームだ。まあ、仲良くやろうや。」

 

 そして眼前のまだ彼よりも幾分も若い――――内二人はまだ本当に子供である、四人を見渡す。
 どこか釈然としないものを感じているのが数名……というかスバル以外の殆ど。
 それは仕方ない、と理解していた。
 いきなり現れた人間を信用し切れる筈が無い。スバルと知り合い、ということでマシにはなるだろうが、それでも、だ。
 まあ、その辺りはこの先幾らでもしようがあるし、とも思う。

 

「さてと。じゃあ、行きますかね? 目標は……はい、エリオ!」
「へ!? えぇっと……レリックの確保と、後は……ガジェットの掃討?」

 

 突然指名されて慌てたものの、そこは真面目な性分であるエリオらしくきっちりと答える。

 

「よし、正解! よくわかってるじゃないか。それが今回の任務の勝利条件の一つだ。もう一つは既に確保したレリックとあの女の子を保護すること。
 それがわかったらちゃっちゃとギンガの奴と合流しようかね。」

 

 ハイネは現在彼らが居る少し開けた十字路から動くように指示を出し、そして他の面々はそれに従って動こうとした。

 

「っと悪い、待った。」

 

 それを何故か指示を出したはずのハイネが止める。何事かとこちらを向くスバル達にそっと目配せをしてから、小さく口を動かす。

 

「ちっ。こりゃ、いきなり囲まれてるか? ……まあ、これも仕方ないか。」
「囲まれてるって……ガジェットにですか? でもそれだとしたらAMFが展開されてるはずじゃ……」

 

 それに対してスバルが同じように小声で聞き返す。
 AMFの力場が作用している空間では魔力の結合が困難になるので、個人差はあれど魔導師ならば多少の息苦しさに似た感覚を覚える。
 そして今、この場においてはそれが無かった故の質問であった。
 しかしそれに答えたのはハイネではなく、スバルの相棒であるティアナだった。

 

「……まさか。AMFを使うと気づかれるから……接近しきるまで切ってる?」
「お、多分それだぜ? なかなか優秀だ。よし、合図したらすぐにしゃがんでくれ。
 第一陣は俺がどうにかするから後は……そうだな。指示は出すが基本的に好きなように戦ってくれ。」

 

 少し考え込んでからハイネが出した指示はおおよそ指示と言えるようなものではなかった。
 当然……

 

「ちょ、そんな指示がありますか!?」

 

 抗議がティアナの口から溢れ出た。

 

「いやー、だってお前さんらが何出来るか俺知らないしな? お、AMFが展開されたな……よし、タイミング合わせろよぉ!!
 3……!」

 

 しかしそんなものは意に介さず、ハイネがカウントを取る。

 

「2……っ。」

 

 慌ててしゃがみ込むティアナ、スバル、エリオ、キャロの四人。

 

「1っ……! イグナイテッド、スレイヤーウィップ!」
『ようやく出番……か。まあ、いい。』

 

 彼のデバイスであるイグナイテッドの声に併せてその腕が振るわれ、手甲の部分から飛び出たワイヤーの様な物がハイネを中心に円を描く。

 

 鞭とは本来打撃を与える為の武器である。が、ことハイネが操るそれに至っては魔力を帯びている所為か凄まじい切れ味を有している。故にその軌跡を遮る物は存在し得ない。
 軌道上にあった壁も、ほぼ同じタイミングで四方の通路、その全てから飛び出してきたガジェットの一型4体も。
 全て同様に、一直線に切り裂かれた。そして、4体のガジェットは即座に爆発四散。
 光の届かない地下を炎の赤で染め上げた。

 

「次、来ますっ!」

 間を置かずに地に伏せたまま顔を上に向けたキャロが声を張り上げる。
 確かに彼女の言うとおり、舞い上がる炎を突っ切って更に数体のガジェットがそれぞれの通路からこの空間へと入り込んできていた。

 

「スバルっ、6時の方向の通路……突破して見せろ! 後、弾幕張れる奴はスバルの援護!」
「射撃魔法ならそれなりに出来ます! スバル、後ろは任せなさい!」
「は、ハイネさんっ!? その方向、一番敵多いですよ!?」

 

 ハイネの叫びにティアナ、それにスバルがそれぞれ答える。

 

「大丈夫、お前なら出来る! それにギンガならこれ位どうにかするぞ?」
「……あ~もう! その言い方は卑怯です!」
「ならやってみせろよ! エリオとキャロは俺と一緒に他の方向から来る敵の足止め! いけるな!?」

 

 更にエリオ、キャロの二人にも檄を飛ばす。

 

「は、はい! 行くよ、フリード!」
「了解です……ストラーダ!!」

 

 それぞれ自分の相棒と、自分自身を鼓舞するように叫び、そして構える。
 迫り来る敵を打ち払うために、そして仲間の背中を守るために。

 

「ようし、いい返事だな! スバルたちが突っ切ったらお前さんらは先に行け! 殿は俺が務める!」

 

 言いながら彼自身も左腕の盾から一本の剣――――テンペスト――――を引き抜きざまに目の前のガジェットを叩き切り、更に返す刃でキャロに向かっていたガジェットも破壊して……そして叫ぶ。

 

「さぁて――――息合わせてバッチリいこうぜぇ!」

 

 本来静寂に満たされているはずの……そもそも人など滅多に入るはずの無いこの地下水路。
 ハイネのその叫びを皮切りに……凄まじい破砕音、炎、そして怒号がその場に散乱した。

 

「……この子、これからどうなるんですか?」

 

 シンはヘリのすぐ横を飛びながら、通信を開きヘリの中で先ほど保護した少女を診ているシャマルに尋ねてみた。
 既になのはとフェイトはこの場にはいない。
 海上から迫ってきたガジェットの二型の迎撃に出ているのだ。
 つい先ほど接敵したという報告があったばかりだが、あの二人なら大丈夫だろうと、シンは感じていた。

 

『そうねぇ。多分親類とかは居ないでしょうから……』

 

 少し低トーンの声でシャマルが答えようとして少し言い淀む。
 その言葉を継いで横から割り込むように声がかかる。

 

『ま、普通は施設送りって所だろ。ああ、後は一応色々調べたりするかもな。』
「ヴァイス陸曹……でもっ、そんなこと!」

 

 一般論を言ったヴァイスに対して、シンは抗弁しようとして言葉に詰まる。
 シン自身もそれが普通だと心の何処かで認めてしまったからだ。とても認られたものではなかったが。
 例えば……これがザフトにいたころならフェイス権限を上手く使えば、どうにか出来たかもしれない。
 フェイスになった後、ステラの時にこの力があれば……と何度も考えてしまっていたからだ。
 ただ今の自分にはそんな力は無い。それが歯痒くて、また先ほどなのはと言い合った言葉すら守れないような気がして、辛かった。
 
『まあ、普通……ならそうねぇ。
 ただ……レリックと一緒に見つかったって点から、身柄が六課預かりになる可能性もあると思うわよ? だからそんなに落ち込んだ顔しないの。』
『そうそう、お前がそんなへこんでるのはにあわねえって。』

 

 言われてから、シンは通信モニター越しに二人の顔を見る。
 何処か呆れられてる様に感じて、自分は本当に進歩というかそういうのがないよなぁと、落胆。
 そして一つため息をつくと。
 自分の両頬を、あらん限りの力でもってして。
 バチンと叩き、大きく息を吸い込む。

 

「だぁあああああああああああああああああああああっ!!」

 

 叫ぶ。頭のてっぺんから足の爪先まで。その全身をもってして、あらん限りの大声を張り上げた。
 大気がビリビリと震え、耳をちゃっかりと両手で塞いでいたシャマルはともかくとして、ヴァイスは自分の耳を押さえもだえ苦しむ。

 

『し、シン、てめえ! なんちゅー大声出しやが「よし、もう考えんのやめ!」は、はあ?』
「今の俺に出来ることはこの子を無事に六課まで連れ帰ること!」

 

 それは先ほどハイネから、そしてなのはから言われたこと。
 その都度納得はしていたものの頭の何処かで余計な事を考えていた。

 

「そんなこと今の俺が考えたってどうしようもない! だからそれはその時考える!」

 

 開き直り、とも言えるだろう。
 だがこの開き直りによって散漫だったシンの意識は一気に集中する。
 自分の為すべきこと、つまり迫り来る敵を倒し守るべきものを守る。

 

『この単純野郎は……ったく、心配して損したよ。』
『まあ、これがシン君のいい所なのかもしれないわね。』

 

 今度こそ本当に呆れたようにヘリの中の二人。
 そこでヴァイスが軽く驚きを含んだ声をシンにかけた。

 

『っと……シン、気合が入ったところ早速で悪いが敵さんが来たぜ。迎撃を頼む。』
「あれ、レリックは封印したからガジェットは襲ってこないとか言ってませんでした?」
『そのはずなんだが……まあ、敵が来たことには変わりないからな。こっちに近づけないよう頼むわ。』

 

 分かりやすい。とシンは思った。
 敵をヘリに近づけさせない。そして殲滅する。
 勿論、何かを守りながら戦うことの難しさをシンは重々承知している。
 しかし、それ位なんだと思わせる程今のシンは気合が充実していた。

 

「了解! シン・アスカ、いきます!」

 

 そうヴァイスに返事をして全身に滾る魔力を操作。
 受け取ったデータに示された方向へとシンは全速で飛翔した。

 

 そしてほぼ時を同じくして。
 ヴァイスの駆るヘリから少々離れた高層ビルの屋上。

 

「うふふ。ディエチちゃん、ディエチちゃん。」
「な、なに? どうかしたの、クアットロ?」

 

 ほとんど何も無い、そんな殺風景な場所に似つかわしくない二人組みがそこにいた。
 共にジェイル・スカリエッティが手がけた戦闘機人、つまりは人と機械の融合体である。
 その内の一人、先に声をかけた方の女性――――クアットロが彼女の手元のコンソールの上に指を滑らせながら続ける。
 その瞳は今まさに始まろうとしている、各地での六課の面々とガジェット達の戦闘を映していた。

 

「別に大したことじゃあないんだけどねぇ?」
「……ないんだけど?」

 

 そのクアットロの言い方にもう一人の少女――――ディエチは背筋に寒いものが走るのを感じた。
 こういう時の姉は碌な事を言った試しがなかったからだ。
 さっきから行っていた彼女の使用する武装、ヘヴィバレルの調整の手も止まる。

 

「博士の玩具がもう戦闘を始めたからそろそろ出番かもね?」

 

 なんでもないように言うのでディエチは半分ほど聞き流しそうになって、しかしすぐに慌てて聞き返す。

 

「ふぅん……って、ぜ、全然大した事あるよねそれ!?」
「あら、思ったよりいい反応。可愛いわぁ……」

 

 慌てふためく妹を見ながらクアットロはくすくすと笑いを零す。
 姉のそのような態度から自分がいつものようにからかわれたのだと知ったディエチはは怒る気無くし、がっくりと疲れたようにうなだれ呻いた。
 口でやって勝てるわけが無いのは重々承知していたし、元々気が強いほうではないディエチには諦めるしかなくて、それでも小さく呟いた。

 

「うぅ……ドSだよ、この人。」
「あぁら、何か言ったかしらねぇ。ねえ、ディエチちゃん?」
「な、何も言ってないし聞こえて無いと思うよ!」
「そう。まあ、冗談は置いといて、と。
 あなたはちゃんと自分の仕事をわかってる?」

 

 口調に少しだけ真剣さを含ませて、クアットロがディエチに尋ねた。

 

「う、うん。一応は……あのヘリにこれを撃てばいいんだよね?」
「ええ、タイミングは私が出すから……そんなに気負わなくても大丈夫よん?」

 

 彼女にしては珍しく気を使うような言葉を聞いてディエチは目を見開いた。
 それを見てこの子は普段自分のことをどう見てるんだか、とクアットロは思ったが……しかしそれも仕方ないかと自問自答。
 実際クアットロにとっての優先順位は造物主であるスカリエッティが第一にして最高位で、その後に他が来る。
 無論、ディエチを始めとする姉妹を嫌っているわけではなかったが、しかしそれでも越えられない壁は存在するのだ。
 そして今、彼女の瞳に映るのは愛するスカリエッティの邪魔をする存在――――つまり機動六課。

 

「ふふ……さあさ、惑いなさい、踊りなさい? ドクターの邪魔をする貴方達は……私の手の中で死に絶えるまで踊りなさいな。
 ねえ……機動六課の皆様方?」