魔法少女リリカルなのはD.StrikerS
18話「危機と出逢いと覚醒と、なの 後編」
市街地の外れ、ヴァイス達が確認した召喚陣は既に消え去っていた。
その代わりに現れたのは巨大な、余りにも巨大な存在だった。
4本の足は大地を踏みしめ、全身を覆う硬い甲羅のようなものは甲殻類のそれを思わせた。
「な、なんだあ、こりゃ?」
「すっごい……大きいですねぇ……」
それを上空から眺めるのはヴィータとリィンフォースⅡ。
地下水路に入った新人達のフォローに向かうためここまで来たのだが、いざ地下へ行こうとした直後あの魔方陣が現れたため一旦その行動を中止したのだ。
「虫さん……ですか?」
「だなぁ……いや、でかすぎるけど。
でも、そうならこれの術者はお前が言ってた虫使いって事じゃねーか?」
術者はどうも近くに居ないようだったので、もしかしたら地下に居るかもしれない。
そう思いヴィータはティアナ達に通信を繋いだ。
開かれたウィンドウにティアナの横顔が映し出され、声を掛けようとした瞬間。
『ああ、くそっ! 逃げられたか!! ったく、なんて揺れだよ……!
全員、無事か!? エリオ、レリックは確保できてるな!?』
不意打ち気味に響いた怒鳴り声がヴィータの耳を貫いた。
『は、はいっ!』
『じゃあ、こっちでキャロと封印処理しちゃうから貸して! あっ、そうだ、キャロ……』
『あの子達、どこ行っちゃったんでしょうね……』
『た、多分、上だと思います……地上の方で大きな召喚反応を感じましたから……』『よし、でかしたキャロ! ギンガ、スバル!』
『『はい!』』
『俺が地上まで穴開けるからウィングロードで道を作れ!
殿は俺が勤めるから先頭は任せる! って、ティアナにキャロ、お前ら何してる!?
え……? ああ、なるほどな……わかった、許可する。但し次からは上官の許可とってからそういうことはしろよ?
じゃないと責任とってやれんからな……っと、次はエリオか、どうした!?』
「くぅううううううう……耳が、あたしの耳があ!」
「なんか、大変そうです……でも、今ので色々わかったですよ!」
始めに聞こえた大声に耳を押さながら通信を切ったヴィータの横で、リィンが頷きながら今得た状況を指折り分析する。
「頭がガンガンするぅ……と、とりあえず敵は既にこっちに向かってきててあいつらもそれを追ってくるんだろ?
なら私たちは……」
「待ち構えて挟撃、がいいですね!
とりあえずそういう内容の簡易通信を飛ばしとくですー!」
程なくして了解の旨を伝える通信が地下の面々から届き、ヴィータ達は身を潜めながら敵が現れるのを待った。
現れた巨大な虫は、出現した直後に大きく振動して以来特に動きを見せていない。
「あっ、居ましたですよー。」
「だな……でも、地下の奴らが出てくるのを待つぞ。タイミングを合わして一気に決める……!」
「りょーかいです!」
「ルールーは無茶しすぎだ! あたしやゼストの旦那に何も言わずに一人でこんなとこ来て!
さっきだってあたしが援護に入らなきゃどうなってたか……!」
「……そうかな? でも……ドクターからの依頼って言ったら……止めなかった?」
辛くもハイネ達の猛攻をしのいで、地下から脱出してきた少女――――ルーテシアに、その横を飛んでいる小さな紅い影が心配を滲ませた声をかけた。
大きさは広げた手のひらよりもすこし大きい位。しかし姿はしっかりとした人間。
赤い髪に赤い瞳、赤い羽根をもった活発そうな少女である。
「そりゃ……止めたろうけどさあ! 心配するこっちの身になってくれよ、本当にさ!」
「うん、ありがとうアギト……次から、気をつける。」
先ほどもそうだった。ギリギリの所でアギトが助けに来てくれて、そして生まれた隙をついてあらかじめ準備していた召喚陣を起動させ、逃げる時間をつくったのだ。
「で、どうすんだよルールー? あいつら埋まっちゃって死んじゃったかもだぞ?
そんなことしていいのかよ……それにレリックも。」
「ん……でも、あのレベルの術者なら多分……大丈夫。
レリックは後でクアットロとセインに頼んで……取ってきてもらう。」
そんなことだろうと思ったよ、とアギトは頭を抱える。
「ガリュー……もう大丈夫だよ。ごめんね……こんなに怪我させちゃって。」
ルーテシアは自分に付き従ってくれている影――――ガリューに労いの言葉をかけ、送還の呪文を唱えようとするが、それを他でもないガリュー自身が止めた。
「まだ、危ない? ……ありがとう。でも、ガリュー傷だらけだから……」
彼女の言うとおり、その漆黒の人型の虫はすでに大小さまざまな傷を負っていた。
満身創痍というほどでもないが、見ていて痛々しい。
しかし、それでもまだ戦うと言ってくれる従者を見て、感謝を覚える。
「あのオレンジ色の奴強かったもんなぁ……魔力はそんなでも無いくせに。
って、ルールー、どうかしたのか?」
「……なんでもない。ガリュー?」
アギトが地下での戦いを思い出しながらルーテシアの微妙な表情の変化に気付いた瞬間。
ガリューが動いた。ルーテシアを抱え、アギトをその手に優しく包み込んでその場を離れる。
直後……
「魔力反応!? しかも結構な大きさだ、こりゃ!」
「……下、から?」
先ほどまで彼女たちがいた空間の直下。地面が赤熱融解破壊され橙色の閃光が天を穿った。
「って、おいおい! 管理局が公共物壊していいのかよ!?」
「……アギト、くるよ……!」
大きく開いた穴の中から淡い青と濃い蒼の光が螺旋を描き道を造りだす。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
そしてその間を縫うようにして、一筋の黄色の光が咆哮と共に一直線に翔け抜ける。
「蒼穹を奔る白き閃光――――」
そしてその光の行く先に召喚陣が生み出されていくのと、朗々と詠われる詠唱を聞いてルーテシアは無表情だったその顔に、驚愕の色を浮かべる。
「彼の者の翼となり天を翔けよ――――」
「これは……召喚の詠唱……?」
黄色の光――――槍を携えた少年――――にしがみ付いていた小竜がその召喚陣の中に飛び込み、その姿を変質……否、本来のそれへと戻していく。
「来よ、我が竜フリードリヒ……!!」
巨大な翼竜。大地を揺るがす咆哮を上げ、その姿を白日の下に曝け出した。
「行くよ、フリード!」
本来の姿となったフリードの背に跨り、エリオは一旦大きく息を吐く。
地下から脱出するときの事だ。
ハイネがデバイスのモードを彼が言うガナーザク・ファントムというのに変え、天井を破壊する直前。
頼み込んだのだ。一番槍を任せて欲しいと。理由は相変わらず自分でも不明。
分不相応なのは、理解していた。ただ、このままじゃいけない気がしたのだ。
赤い魔力球と刃をかたどった魔力がフリードに襲い掛かるがそれを小さく旋回、次いで一度宙返りすることで回避。
逆にフリードの炎を纏った息吹が相手を分断させる。
それを確認するとエリオはその背から飛び降り、地上に降りたとうとしている少女を追った。
途中、あの黒い虫がこちらに向かってきたが、
「てめーの相手はこっちだよ! この虫野郎!!」
「ヴィータ副隊長!」
「そっちは任せた、エリオ! スバルとギンガはあたしと一緒にこいつの相手だ! 回りこめ!」
突如現れたヴィータの強烈な一撃による横槍が入る。
そして彼女はエリオに一声掛けると、既に穴から出てきていたスバル達に指示を飛ばした。
エリオはそれを聞きながら地上へと降り立つ。
フリードはキャロとあの巨大な虫の相手をして貰う事になっていた。
スバルやギンガ、ティアナ達があの黒い虫とリィンフォースとほぼ同サイズの敵を足止めしてくれている。
ハイネは……まだ地上に向かってきている途中だろうか。
砲撃魔法は使えなくも無いが決して得意ではない、消耗が激しいだろうから後は任す、と地下でエリオの無茶を承認してくれた時に彼自身が言っていたからだ。
「ッ……!」
着地の衝撃で肩の傷が疼いたが無視。あの少女もエリオに気付いている。
そんなものに構っていたらやられるのはこちらなのだ。
「……」
視線が合う――――刹那、放たれるエリオを狙った射撃魔法。
それを高速移動用の魔法を用いてかわす。よける。そうできない物は魔力の込められたデバイスで弾く。
白いバリアジャケットが肩口から赤く染まっていく。簡単なヒーリングは受けたがまた傷が開きつつあるようだった。
奥歯を噛み締め、神経が伝えてくる鈍い痛みは無視する。
「私の……邪魔を、しないで。」
そう少女が呟くのが聞こえる。
しかしそういうわけにもいかない。それがエリオの仕事でもある。
それに、何故か……気にかかるのだ。
「でも、それは出来ないよ……!」
言うと同時に最後の加速。フェイトとの訓練のお陰で敵の攻撃を見切るのは大分慣れてきている。
最低限の動きで放たれた攻撃をかわし、駆ける。
手に構えたストラーダの柄と刃の間にある噴射口から魔力の光が溢れ出し、エリオの体を更に加速させた。
「……っ。」
首筋にストラーダを突きつけて、告げる。
「君が呼び出した虫達を、還して欲しい。」
少女は意外にも一瞬逡巡した後、エリオのその要求に頷いた。
渋々と言った風でもなく実質のところ降伏を求めるその言葉に従う。
その瞳からは何の感情も読み取れない。何も無い、ということは無いのだろうが、見るものに何も感じさせない。感じさせないようにしている……?
ただ、エリオは……似たようなものを見たことがある様な、そんな気がした。
「……ガリューと地雷王、戻した。」
「え? あ、ああ、ありがとう……って言うのも変か。
管理局員として君を拘束する。これ以上の抵抗は、しないで欲しい。」
言いながらも戦力の殆どを手放したのだから今更抵抗することも無いか、とエリオは思う。
「一つ、聞いてもいいかな? なんで君みたいな女の子が、その……こんなことを?」「…………」
「嫌なら別に言ってくれなくてもいいんだ。でも、出来るなら教えて欲しいと思うんだけど……」
その問い掛けにやはり答えは返ってこず、エリオは少し肩を落とす。
(まあ、武器突きつけてる相手に話すはずも無いか……)
「……言っても……きっと理解して、くれないから。」
不意に聞こえた、蚊の鳴くような声。
注意していなければきっと聞き漏らしてしまいそうな程小さなそれを、エリオは偶然耳にする。
「え?」
「…………」
思わず聞き返すも既にその口は噤まれていて……
その少女がこれ以上何かを喋ってくれそうにはなかった。空を見上げるとその巨大な体躯をこちらに向けてくるフリードが見えた。
恐らくヴィータやスバルと言った他の面々もこちらに向かっているのだろう。
戦闘が終わった事を把握してエリオはストラーダを構えたまま人知れず溜息をついた。
「あらん? ルーテシアのお嬢様は捕まっちゃったみたいねぇ。」
ビルの屋上で中空に浮かび上がったコンソールを叩きつつ、クアットロがぼやくように言葉を発した。
どうしようかしらん、と悩ましげにしつつもその言葉には楽しげな響きが含まれている。
「ええ? どうするのさ、クアットロ?」
それに対して答えたのは既に自身の準備をほぼ終えて、己の獲物を構えているディエチだった。
クアットロと違うのは本気で捕縛されたルーテシアの身を案じている所だろうか。
余談ではあるものの不思議な事に、ある意味で正反対と言える彼女たちの仲は悪くない。
その胡散臭さから、他の姉妹からあまり好かれているとは言えないクアットロをなんだかんだ言いつつ、ディエチは嫌いではなかった。
「ふむふむ……あ、こうすればいいのかしら?
はいは~い、聞こえるセインちゃん?」
何か思いついたのかクアットロが手元のコンソールを操作し通信を繋げる。
相も変らず甘ったるい猫撫で声で彼女が呼んだのは、今は別行動を取っている妹の名前であった。
『あいよー、どしたのメガネ……じゃなくてクア姉?』
少量の沈黙を経て快活な雰囲気の返事が返ってくる。
「んー、ルーお嬢様が捕まっちゃったのは把握できてる?」
『もちもち。ちゃんと近場で待機してるから何時でも救出できるけど、どするの?』
「いい感じよ、セインちゃん。じゃあ、後でこっちから合図入れるからそれ見てルーお嬢様を助けるのと……
レリックの確保も出来るわよねん?」
『まあね。あたしのスキル忘れた? それくらい余裕だね、余裕!』
確認するように尋ねたクアットロの問いに、言葉通り余裕を感じさせる返事をするセイン。
まあ、それもそうかと横でその会話を聞きながらディエチは思う。
セインが持つ戦闘機人としてのスキルは姉妹の中でも特殊な物で、こういう時には確かに大変役に立つ物なのだ。
だからと言って余裕を持ちすぎるのもどうかと思ったが……
(とりあえず私は私の仕事をしないと。)
彼女に与えられていた任務は起動六課に保護された”何か”――――具体的に何かは彼事前に彼女には知らされていなかった――――に向けて攻撃を放つこと。
それによって目標の周りに居る敵を殲滅。クアットロ曰く『あれが本当に例のマテリアルならディエチちゃんの砲撃にだって耐えれる』との事なので手加減は無用、ということなのだが……
(いまいち……気が進まないなあ……)
改めて考え直してディエチは呻いた。
何せ今から攻撃を加えるのはまだ6歳ほどの女の子だからだ。
今更良心がどうの、とか言える立場かと言われれば違うと自分でも思ったが……それでも、気分がいいものではない。
まあ、そう思った所でそれが覆されることはなく、彼女も命令を遂行しきるだろう。
「ディエチちゃ~ん? 何ぼうっとしてるのかしら?」
「な、なんでもない。」
と、物思いに耽っていたディエチの意識をクアットロの呼び掛けが現実に戻した。
「そう? じゃあ、もうやっちゃうからエネルギーの充填、しときなさいな。
あ、ルーお嬢様~? 今から伝える事をそこの連中に言っちゃってくださいな?」
クアットロに言われたとおりに、ディエチは意識を切り替えてから彼女の武装であるライフル銃……というには余りにも長大な”それ”を構えなおし狙いを定める。
寝そべったままの態勢でサイト越しに狙い打つ対象を覗き込んだ。
(あれ、思ったより激しい動きじゃない……? 油断してるのかな?)
確認したヘリはほぼホバリングを行うのみで大した動きを見せていなかった。
(ガジェットを全部倒したからって……まあ、撃ちごろだからいいんだけど。)
同時に彼女の得物――――イナーメス・カノン――――の側面から突き出た取っ手を思いっきり引き、エネルギーの充填を開始。
慣れた手順ではあるものの、サイトといいこのボルトアクションといい、なぜこのような時代がかった造りになっているのかと言えば……
結局の所、作り手の趣味らしい。温故知新の心がどうとか言っていたのをディエチは覚えていたが面倒くさい作業を増やしてどうするのだ、とも思う。
どちらにせよこの分ならものの30秒も掛からず、目標を落とす程度の威力を発揮できるはずである。
クアットロはどうもルーテシアと通信を行っていたようだった。
セインとの打ち合わせも終えているようで、後は全員クアットロ合図を待つだけなのだろう。
「クアットロ、こっちはもういいよ!」
「そう。じゃあ、ちょっとだけ待ってなさいな。
ルーお嬢様? 今言ったのにこれ、付けたしてくれません?」
ディエチは小声で傍らに立つ姉に向かって言い放ち、本格的に狙いをつける。
彼女と目的が一直線で結ばれ、その間に阻むものは何もなく。
確実にそれが当たる――――否、中ると確信した瞬間。
口を動かしながら確かにクアットロが視線で指示を放ったのを感じ……
「『あなたは……また、守れないかもね?』」
ディエチは引き金を引いた。
「な……ッ!?」
唐突に自分を見据えられ放たれた言葉に、ヴィータは絶句した。
今は先ほど合流したエリオが捕縛していた少女――――間違いなくガジェットを使った一連の犯罪の関係者と思われる――――に簡易的な尋問を行っていたのだ。
つい今しがたまでだんまりを決め込んでいたその少女が突然口を開いた。
その言葉が告げたのは余りにも不吉な言葉の数々。
『今、この場で自分を捕まえるのもいいけど……ヘリは大丈夫なのかな?』
そして今の言葉と同時にに凄まじいエネルギーが市街地から発生。
「てめぇ! 仲間が居たのかっ!」
「…………」
鬼気迫る表情でヴィータは少女に詰め寄った。
額が擦れる程の至近距離でガンを付けるように睨み付けるがその少女の表情は微動だにしない。
それが一層ヴィータを苛立たせた。
「ヴィ、ヴィータ副隊長……!」
「どうした、スバっ!? ありゃあ……ヘリが……!」
ミッドチルダの首都であるクラナガン。
その中で乱立する高層ビル。彼女達の現在位置から遥か遠く。
余りの熱量故に揺らめいて見えるそれ=一発のエネルギーの塊が。
ヘリに向かって放たれようとしているのを、その場の全員が確認した。
「そん……な……っ。」
ヴィータを始めとした面々が色を失い、呆然とただ光を増していくそのエネルギー体を眺める中、誰が零した言葉だろうか?
しかし誰であろうとも変わりは無かった。状況は最悪。
今、ここに居る誰もあれを止める術を持たないし、ヘリに向かってきているなのはとフェイトもまだ間に合っては居ない。
認めたくなくても、全員が心の何処かでヘリに乗るシャマルやヴァイス、そして保護した少女の命を諦めて……
「なぁに、慌ててんだよ?」
いなかった。
この絶望的とも言える現状で。
今、言葉を放った男――――ハイネ・ヴェステンフルス――――は、不敵な笑みを湛えていた。
「は、ハイネさんっ!?」
「何……落ち着き払ってんだよ、てめえは!? あそこに居る連中がどうなったっていいのかよ!」
「くっ……いやいや。俺には何であんた等がそんな焦ってるのか理解できないんだがね。ヴィータさんよ。」
食って掛かるヴィータ。
襟を掴まれ少し苦しそうにしながらもハイネは言葉を続ける。
「いいから、落ち着けよ。あのな、あそこに居るのが誰かはお前さんらも知ってるだろう?」
「なっ……まさかシンの事言ってんじゃねえだろうな!?
ありゃざっと見てランクS位のエネルギーを持ってんだぞ!?
大体てめえがアイツの何知ってるってんだ! あいつはまだ魔法を知って2ヶ月ちょいなんだぞ!?」
「そうですよ、ハイネさん! それに幾らシンだって……」
ハイネが言わんとすることを理解してヴィータと彼女に続いてティアナが抗弁するが……
しかし彼女達がそうしている間にも、ヘリに向かって”それ”が放たれようとしていて。
「何を知ってる……ねぇ。そりゃこっちの台詞だ。
ま、付き合いはそこまで長くは無かったけどな。
だが、この世界であいつを抜いたら俺しか知らないことは沢山あるんだ。
例えば……負傷したザクを抱えたままの大気圏突入。」
直後放たれる。
その光の大きさにキャロやスバルが引きつらせたように息を呑む中、ハイネは先を続ける。
「例えば……目の前には連邦の新型MAを含む艦隊。後ろには先ほどまで自分たちがいたオーブの艦隊。その包囲網を単艦での突破。
他にもまあ、難攻不落のローエングリンゲート落とすのに一役買ったとか……色々な。」
ハイネが語るのはシンがかつてZAFTの一員として為した事。
シンとC.Eで出会った時はおくびにも出さなかったが、彼は知っていたのだ。
軍本部に勤めていて各地からの戦況は耳に入る状況にあった。
そして続々と伝えられるミネルバの奮戦。その中で活躍するインパルスの勇姿。
それらを耳にする度に彼は人知れず体を震わせたのだ。
自身に与えられた権力――――軍の情報部等を用いて調べれば調べるほど、ハイネの関心は高まっていった。
状況は芳しくなかった。地球の悪意は全てプラントに向けられていた。
それでも地上にいて踏ん張ってる奴等がいた。
その逆境の中でそれこそ不可能を可能にしている連中がいた。
そしてその中核を担っていたのは、色々と問題もあったと聞くが、しかしそれでもシン・アスカだったのだ。
そして自分が去った後、彼はFaithに任命されてもいる。
故に信頼できる。信じられる。そしてだからこそ地下で言ったように『不可能を可能にする男』と、影でハイネは呼んでいたのだ。
「まあ、まだまだガキっぽさは抜けてなかったけどな。それでも、あいつならどうにかしてくれる――――
そう信じるに足る証拠は幾らでもあるんだよ。」
そう言ったハイネの背後で光が爆ぜる。
「なんせ、俺はあいつの元上司なんだぜ?
部下の功績くらい把握してなきゃ駄目だろ。」
生まれた衝撃波、音、光、そして――――咆哮。
それらが吹き荒れる中、ハイネは微塵の不安も感じさせない表情でそう言い切った。
「な、なんなんだよ、いきなり!?」
ハイネがその様に自分を評しているなど露知らず、シンは掲げた盾が軋むのを聞きながさ叫びを上げた。
ほんの数瞬前。ヘリの横を回りを警戒しながら飛んでいたシンは、突如としてこちらに向かってきた砲撃に気付くや否や……
意識するよりも早く、反射的に、それが当然であるがごとく。
その体を射線上に割り込ませていた。
気を抜けば体ごと消し飛ばされそうになる破壊そのものを体現した光を必死で受け止める。
「くっ、が……!」
『マスター! 無茶が過ぎます……! この威力の砲撃を耐えるなんて!』
盾を支える左腕が大きく震え、自分の体が限界に近いことを知らせる。
そもそも今はなんとか持ってはいるものの、盾そのものがその余りの熱量に融解を始めているのだ。
その背に備えられた魔力を推力に変えるためのスラスターも限界ギリギリまで酷使している。
インパルスが言うようにかなりの無茶。とっくに自分のキャパシティを越えた力を発揮している。
だが……それでも。
「こ、ここで……俺が守り切れなかったら……!」
退かない。逃げない。恐れない。
その意思を反映して背部のデバイスが更に大きな光を吐き出す。
しかし、余波を受けてその片側が吹き飛んだ。
「がぁああああああっ!」
『マスター!!』
推力を一部失いバランスを崩す。
また、飛び散った破片が腕に突き刺さり傷口から生々しい赤が滴り落ちる。
それでもその瞳から力は失われていない。
睨み付けるように視線を上げて、口を開いた。
「ヴァイス、陸曹はどうなる……? シャマルせん、せいは……どうなるっ?」
限界など知ったことか。そんなものに負けて何かを失う方が怖い。
「あの子は……どうなる!? それにな……俺は、俺は嫌なんだっ……」
『マスター……』
大気中の魔力素を取り込む。即座にリンカーコアに送る。精製された魔力を全身へと行渡らせる。
構えた盾は中央はひび割れ、端は溶け出していた。
もう数秒持つかどうかもわからないそれを左腕で支えて、シンは叫んだ。
「もうっ、これ以上! 今日という日を……!」
脳裏に浮かぶのは今朝見た夢。3年前のこの日の出来事。
破壊し尽くされた町空を翔る青い翼のMS逃げ惑う自分と家族。
そして、唯一残された妹の、マユの■。
「悲しい日に……してっ……堪る、かぁあああああああああああああああッッッ!!」
シンは確かに感じた。
自分の中で何かが弾け飛んだのを。
今までも何度も感じたことのある”その”状態。
しかし今までのどの時とも違っていた。
割れるというよりも内側から押し破られると言った方が正しい感触。
ホテルの一軒でこの状態になった時よりも、一層クリアに己の体の中に何が起こっているのかを感じて。
弾け飛んだのは”リンカーコア”そのもの……というよりもその外皮。
植物の種子が外郭に守られているように、その中から一点の曇りも無い緋色の球体が現れる。
シンは感じていた。これが、これこそが己の力の源泉だと。
そして振り上げる。何も持っていない。この破壊を防ぐには余りにも心許ないその右手を。
決壊したダムの様に自分の内から生まれ出る流れ出る溢れ出るその魔力の全てを集中させて。
「ぅううううううう、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
突き出した、その右手を。破壊しつくされた左腕の盾の代わりに。
何かの術式を伴ったものではない。
純粋に、ただ魔力そのものを放出する余りにも無謀なその行為。
魔力とは術式を解して初めて魔法という力に成り得るものであり、今シンが行っているような使い方をするものでは決して無い。
詰まるところ、効率が悪いのだ。そのものをぶつけた所で威力はたかが知れている。
この場合、程度の差こそあれどなのはが使うようなシールド等の魔法に魔力を注ぎ込むことでその力をフルに使える。
本来なら、それこそ数瞬も持たずにヘリごとシンは消滅してしまう。
少なくとも放たれた砲撃にはそれだけの威力があった。
だが――――
「う……嘘? イナーメス・カノンの砲撃に……耐えてる?」
「しかも単なる魔力の放出だけで、ねぇ……ディエチちゃん。こりゃ旗色悪いわね。
セインちゃんもちゃんと仕事してくれたようだし……この騒ぎにかこつけて逃げるわよん?」
「えっ? あ、う、うん……」
己が絶対の自信を持って放った砲弾が受け止められる様を見て、唖然としているディエチをクアットロが促し、彼女達はその場から飛び去った。
「な、言っただろ?」
目を焼くような光を片手で遮りながらハイネが言う。
「ハイネ……あなたの後輩、とんでもないですね。」
「む、無茶苦茶じゃねえか……嘘……だろ?」
「い、いいえ、ヴィータちゃん……リィンもちゃんと観測してるから現実、です……よ?」
「……すごい。でも、あんなの……」
他の面々が呟くように、あの様な無茶に体が耐えられるのだろうか、とエリオは不安に思いながら……しかし同時に憧憬の念が胸の内に湧き上がるのを禁じえなかった。
あのような無茶を、自分に出来るのだろうか、と。
あんな風に、自分は成れるのだろうか、と。
「シン君……!」
ヘリの手前、空中に停止した姿のなのはが驚き、シンの名を叫ぶ。
フェイトは既に逃走を開始したであろう敵の姿を追っている。
彼女も追従しようとしたのだが、シンのフォローをフェイトに頼まれ、何も出来ずにこの場に居る。
ギリギリの所で間に合わなかった彼女は、誰よりも近くで、すぐ傍で、その姿を見ていた。
横から手を出せる状況ではなかったのだ。
敵が放った砲撃は盾で防いだ時からシンのすぐ目の前で余波を周辺に撒き散らしていたし、何よりシンとそれが近づきすぎていた。
今となってはシンの放つ魔力と合わさって、下手に手を出せば――――例えば横合いからディバインバスターを放つといった――――それこそ、シンとヘリをまとめて消し飛ばし兼ねない状況だった。
シンが何をしているのか、なのはにもよく理解できた。そしてそれが如何に危険なのかも。
それしか手が無かったのも、わかっている。
普段、相手の攻撃を防ぐのに実体を持った盾を使用しているシンは基本的に魔法を使った防御手段を持たないのだ。
「――――――――ッ!」
シンの苦悶を含んだ叫び声が聞こえた気がして、なのはは息を呑みその身を竦ませた。
目の前でシンが苦しんでいる、必死で戦っている。なのに自分は何も出来ない。
胸が締め付けられるように、鋭利な刃が突き刺さったように、叩き潰されるように――――強く痛む。
ここまでの無力感を味わったのはいつ以来だっただろうか?
久しぶりに感じたその感触が恐くて、怖かった。
自分は……弱くなった? と考えてなのはは否定するように首を横に振って――――
ただ、今は彼の無事を祈った。
ひゅうひゅうと喘ぐ様に息を吸う。その音が妙に大きく感じた。
右手から放たれる魔力は未だにその勢いが衰えることは無く、むしろ時が経つに連れ増大していくようにすらシンは感じていた。
その中でシンは漠然と理解する。先ほど感じた種子の外郭のようなものは、決してリンカーコアを守るための物ではなかったのだと。
「――――うぐ、が……ぎぁ……!」
もはや声にすらならない――――ただ喉を震わすだけで苦しげに呻く。
視界の端々に白い点が連続して現れて増えて増殖肥大拡大繰り返し繰り返し繰り返し埋め尽くしていく。
白濁していく意識。その白を染める赤。鮮血が舞い散る。右腕が、右手が、その掌が、焼けるように熱かった。
枷が取り払われたリンカーコアは無尽蔵とも思える量の魔力を生み出し、内側からシンを灼き焦がす。
もう右肩から先の感覚は消え失せていた。痛みすら感じることは無くて。
朦朧とした途切れかけている意識の中でシンは……
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――――――」゛
その右腕を、左手で掴み、更に、前へと、突き出した。
ガクガクと右腕が左腕が体全体が揺さぶられる。
振動を感じるたびに左の掌がぬめりとした粘度の高い感触を味わう。
しかししっかりと右腕を握りしめ支えさせた。
爪がめり込むのが見えたが、やはり痛みを伴うことはなかった。
真っ白に染まった視界意識の中で繰り返すのはただ”守る”という言葉だけ。
それだけを想い、シン・アスカが認識するセカイは――――その幕を閉じた。
「――――まったく、相変わらずお前は無茶をする。」
唐突に、何の前触れも無く、シンの胸元で鈍く光を放つフェイスバッジが震えた。
呆れたようなその声は、しかし何処か懐かしそうな雰囲気を纏っている。
直後また別の、人間味のまるでない合成音――――何処か人間臭さを持っているインパルスとも違う――――が、大気を震わした。
『S.E.E.D.の発現を確認、SystemDestinyの起動を開始します。
同時にSystemImplseを休止状態に移行。一時的にAIを凍結。
統括デバイス、インパルスの能力限定解除を申請――――不許可』
これから起きる事をシンは覚えていない。
『大剣型デバイス、エクスカリバーの能力限定解除を申請――――不許可
砲撃用デバイス、ケルベロスの能力限定解除を申請――――不許可
飛行用デバイス、フォースウィングの能力限定解除を申請――――不許可』
この時聞こえた声もその記憶には残らない。
『零距離攻盾デバイス、パルマ・フィオキーナの封印解除を申請――――不許可
その他、各機能の能力限定解除――――現段階の処理能力では不可――――■■■■■■■■の存在を<検閲>する必要があります。』
狂ったように警告音とメッセージを吐き出し続けるインパルス。
甲高い耳障りな音が鳴り響く中、淡々とその声は続けた。
「そして世話が焼けるのも変わってないか。
あの時のデバイスの転送と今、合わせると二度目か。さて……始めよう。」
『■■■■■■■■のコードを確認――――第1位の管理権限を認証
限定条件下での攻盾デバイス、パルマ・フィオキーナの封印解除を申請――――許可』
意識を失った今でも先ほどまでと同じように魔力を放出し続ける右手に光が収束していく。
「……っ。この分だと……後、一度が限界か。
これ以上は俺の存在が消えてしまう。まだ、やらなければならない事がある。」
自嘲めいた声がシンの胸に付けられたフェイスバッジから響く中、シンの右手に集まっていた光が形を成した。
手首から手の甲、その指先にかけてを覆う青い無骨な手甲。
『パルマ・フィオキーナの顕現を完了。
使用可能術式を検索……防御魔法ソリドゥス・フルゴールを発見。
術式の構築、行使を開始――――』
無造作に放たれ続けていた魔力が方向性を持ち流れ出す。指向性をもって構築されていく。その存在に意味が付加されていく。掲げられた指先に純白の光が集い、形を成していく。
『カードリッジロードシークエンスは弾倉が空の為省略――――
その他全シークエンス、作業を完遂。ソリドゥス・フルゴール<光の盾>を展開。』
「シン。俺がお前を助けてやれるのは……これで最後、いや、後一度が限界……だろう。
次にこう……お前と会え……ならそれは――――」
ノイズ混じりのその声が徐々に小さくなっていき、最後まで何かを告げる前に途切れる。
直後。シンの掌、その先に光り輝く白が人間大の大きさの障壁となって顕現した。
拮抗していた――――どちらかと言えばシンの放つ魔力の方が押されていた――――状況が、一気に逆転する。
その余波で辺りに破壊を撒き散らしていた砲撃が、破壊そのものを体現していたエネルギーを目に見えて減らしていく。
護る為のその力は対峙するものを容赦なく、無慈悲に、残酷なまでに喰い荒らした。
侵略し、蹂躙し、圧殺し、略奪して、終には最早見る影も無くなった砲撃をその手で握りつぶす。
鮮やかな青の中、その力は四散した。
『敵性エネルギーの消失を確認。
S.E.E.D.の再封印処理を行います――――完了。
デバイス、パルマ・フィオキーナに対する封印処理――――完了。
前5分間のログの消去、ダミーデータの挿入を開始――――完了。
SystemDestinyの終了処理を開始――――完了。
デバイス、インパルスの再起動を確認。
全行程を終了しました。』
シンの右手から手甲が光となって霧散する。
その場に残ったのは無事な姿で空を飛び続けているヘリと、気を失ったままのシンだけであった。
ぐらりと、シンの体がバランスを崩し、落下。
当然といえば当然であった。何せ未だに彼の意識は覚醒していないのだから。
仰向けに四肢を力無く放り出したまま、まっすぐに落ちていく。
このままでは数秒と経たずに地面に落下していくシンに対して。
横合いから凄まじい速度で桜色の粒子を撒き散らしながら一つの影が迫った。
「シンくうぅぅぅぅぅぅぅん!!」
高町なのは。
誰よりも近くにいた彼女はシンが落下していくのを見るやすぐさま動き出していた。
その動きは掬い上げると言うより、体当たりと言った表現が相応しい程の乱暴さ。
しかし、だからこそ間に合った。
地面にシンの体が届く直前に、彼女は抱きつくように彼の体にぶち当たった。
腕の中に感じる温かさに安堵しながらすぐさまに魔力を操り急制動。
だが勢いを殺しきれない。
このままだと目の前に迫るビルの壁に慣性のままに激突するのは必至だった。
「レイジングハート!! レストリクトロック!
対象はわたし! いけるよね!?」
『All right mastar』
焦りながらも冷静に状況を判断して彼女は叫んだ。
レイジングハートの補助のもと自身とビルの間に幾重もの桃色の網を展開させる。
直後、彼女は無理矢理に姿勢を変更して腕の中のシンを守るように背中からその中に飛び込んでいった。
「く、ううぅっ……!」
掛けられた魔力の網に引っかかることで速度が一気に減衰していく。
その時かかる重力になのはは顔を顰めるが、それでもシンを強く抱きしめて我慢する。 しかし、彼女たちの体を支えていたレストリクトロックが突然消え失せる。
それはギリギリの状態で集中力が足りなかったのもるし、更に言えば純粋にそれだけなのはがスピードを上げすぎていたからだろう。
「し、シールドを……!」
そのまま突っ込んで行き、ビルの壁を突き破る。
「っが……はっ……!」
咄嗟に背中を中心に簡易シールドを貼ったものの、衝撃を殺しきる事は不可能であった。
衝突の際にかなりのエネルギーが発散されたものの、10メートル近くビルの内部を転がり続け、壁に辿りついた所でようやく動きが止まった。
カラカラと破片が落ちる音だけがその場にに響きわたる。
「……あ、いてて……シン、君は……?」
しばらくしてから重たげに頭を揺らして、なのはがゆっくりと苦しげに閉じていた瞳をゆっくりと開く。
動きこそ緩慢さを湛えたものであったが怪我は無く、なのはは強く抱え続けていたシンの様子を伺った。
まだ意識は覚醒していないようでその目蓋は閉じられたままだったが……
「良かった……」
全身に感じられる暖かさが彼女の心に安らぎをもたらした。
思わず涙が出てしまいそうなるのを、何とか我慢する。
だが、それも仕方なかった。本当に怖かったのだ。
シンが飛び出した時、壊れた盾を放棄して無茶な魔力だけの防御をした時、そしてヘリを守りきった後――――真っ直ぐに地面に落ちていくシンを見た時。
「でも、ちょっとやりすぎちゃったかな? ……っていうかこの体勢、結構……その、恥ずかしい、かな。」
なのはは仰向けの状態でシンを抱き締めている現状を思って呟いた。
見ようによってはこれはシンに押し倒されてるようにも見えるのでは、と。
落ち着いてみると途端に気恥ずかしくなる。きっと今の自分の顔は真っ赤で、きっとこんなだから朝みたいにフェイトやシグナム達にからかわれるんだろうなぁとかなんとか。
とりあえずシンの下から抜け出そうと彼の腕を掴んで……ぬめりとした感触に違和感を覚えた。
「……え?」
べったりと赤黒い何かが付着した自分の左腕を、信じられないような目で見る。
いや、腕だけでなかった。よくよく見てみれば自分の左半身――――つまりシンの右半身――――を中心に、純白のバリアジャケットが所々赤く濡れていた。
「し……ん、く…………ん?」
声が震えた。いや、それだけではなく。彼の肩を掴む手に。体を抱える腕に。最終的には体全体に、その震えが伝わる。
「う……そ? え? し、シン、く……ん? だい、じょうぶ……だよ、ね?」
慌てて体を入れ替えてシンの様子を確認する。
声を出そうとして、でも、言葉にならずに喘ぐ様に口だけが無意味に動く。
カチカチと噛み合わない歯がぶつかって生まれる音がやけに五月蝿く聞こえる。
腕を使ってシンを揺らすも、反応は無く、余計になのはの焦りを助長した。
レイジングハートが繋いでくれた通信――――相手が誰かを気にしている余裕も無かった――――に対して、救援を寄越す様に叫ぶ。
なのは自身でもその時にどんな事をどんな風に言ったのかよく覚えていなかった。
ただ、叫んで喚いて呻いて……そして戦慄いた。
恐怖が暗闇となって彼女の心を包み込む。焦燥感が激しく胸を焼いた。
そしてその全てがないまぜになったような声音で何度も何度も叫んだ。
「……シン、君!!」
彼の名を。ただただそれだけを口にし続けた。
「ん……うぅ……」
徐々に覚醒し始めた意識の中で、シンが始めに感じたのは異様なまでの気だるさと全身の痛みだった。
同時にガンガンと体全体に響き渡るような頭に感じる鈍痛。
誰かが傍で何かを叫んでいるような気がしたが、上手く聞き取れない。
フィルターがかかったようにぼやけた音の羅列しか認識できなかった。
「あ――――」
声を上げようとして引きつるような痛みが喉に走った。
それでも知りたいことが、確認したいことが、聞かなくてはいけないことがあったから頑張ってみるもパクパクと酸素を求める魚のように口が動くだけ。
(……あれ、暖かい……?)
ふと右手――――最も痛みを感じていた箇所――――に、小さな火が灯ったような暖かさを感じる。
まるで何かに包まれてるように、安心できる温もりを。
先ほどまで痛みしか訴えてこなかった体に少しだけ力が戻った気がして、もう一度声を出そうと試みる。
「……リは……あの、こは……」
「――――からっ! ……いじょう……らっ!」
少しだけクリアになった声が、恐らく無事を伝えてくれた。
ぶるりと、体全体が歓喜に震える。
(ああ……父さん、母さん。……マユ。俺は……)
あの日からもう3年も経ってしまった。
その間に何度も何度も挫折しそうになって、それでも我武者羅にここまでやってきて。
そして、今日。ようやく、何かを守る事が……出来た。
自分にとっての今日という日を、大切なものを失った日を――――
更なる悲しみで染めずにすんだ。シンはその事実を万感の想いを持って受け止める。
「――――やっ……た。」
呟いたその言葉は単純で、しかしそれ以上に今のシンの気持ちを代弁する言葉は無かった。
知ってはいる。これが単なる自己満足でしか無いこと位。
あの子は、失った家族の代替品等ではない。死んだ人が生き返るような奇跡も起きない。
それでも、きっと、父も母も……そして妹も――――喜んでくれている。
そんな気がしたのだ。
初めて味わう充足感の中、右手に感じる温もりを強く感じる。
「――――――――シン君!?」
最後の最後に、はっきりと声が聞こえた。
その声が余りに悲痛に聞こえて少しだけ胸が痛んだ。
なんとか、少しでも声をかけようとしたが、
(なの……は? ごめん……でも、ちょっと、今は……きつ……)
放とうとした言葉は胸の内に溜まるだけで……シンは薄れゆく意識をゆっくりと手放した。