ともかく、そうして各地の戦乱に参加して生身の強さとMSの操縦技術双方を鍛え上げながら、ティトゥスは世界各地を巡り見聞を広めた。ある戦場で、紆余曲折あり現在の愛機ツヴァイダガーも手に入れた。
そんな日々を過ごして早二年。ある日、たまたまオーブに寄った際この世界では比較的古い知り合いになるネス一尉──この二年で昇進したネス三佐に呼び出され、向かった先で待っていたのは──
「プラントに極秘会談へ向かうカガリ・ユラ・アスハ代表首長の護衛?」
「そーゆーこと。いやー良い時にオーブに居てくれたよ」
軍施設の待合で出された茶の湯飲みから口を離して問うティトゥスに、何時もの様に帽子を被って煙草を咥えたネスはだらけ口調で言った。
「ボディガード一人いりゃ十分だとは思うんだが、セイランの御曹司が変に心配しちゃってなー。 トダカの旦那、もといトダカ一佐に護衛もMS操縦もできて、信頼も置ける人材はいないかって話が来ちゃってさ。それが回りまわって、何故か俺にまで御鉢が回って来たってワケよ」
「軍から適当に人を出せば良いだろうに、何故そんな機密に関わるような役をわざわざ外部の傭兵に? それにMSまで持ち出すのは流石に物騒ではないか?」
疑惑の目を向けるティトゥスに、ネスは飄々とした態度を崩さないまま、口から紫煙を静かに吹き出した。
「MSについては最近テロが多発してるからあっちに向かう途中で襲われるんじゃないかって理由だそうだ。まあ確かに否定できんこともない世の中だしな。別にプラントの中までMSでずっと付いて回る訳でもないし、一機だけシャトルに積んで非常時に運用するだけならプラントの方からも許可は出た。ただし、一応『極秘会談』ってのが問題なわけよ」
「……正規のMSを持ち出して、万が一それを運用する事態になるのは拙い、ということか。アスハ代表はもちろん、オーブに関するものが非公式に宇宙やプラントに居て良いものではない、と」
まあそういうことだな、とネスは煙草を灰皿に押し付け、ようやく少々軍人らしい真剣さを含む顔になった。
「ともかく護衛に軍は動かせない。それに傭兵は傭兵だからこそ、よっぽど歪んでる奴じゃなきゃ依頼主は裏切らん。悪評で仕事が途絶えたら話にならないからな。実績と多少の面識がある奴ほど信頼度は上がる……まあそういうワケで引き受けちゃもらえねえかな? 報酬はそれなりに出せるぜ」
「……承知した、ただ条件がある。報酬の一部を前払いで戴きたい、『こちらの希望する形』でな」
ティトゥスは少々思案した後、ネスにその『条件』を提示した。
「拙者のツヴァイダガーに宇宙戦用の調整を施してもらいたい。それと軍なら仮想訓練シミュレーターがある筈だ。あれを宇宙戦の訓練に使わせてもらう……宇宙は、初めてなのでな」
かくして、ティトゥス初めての宇宙への旅が決定し、モルゲンレーテ社によるツヴァイダガーの調整、及びシミュレーターによる宇宙戦闘訓練がスタートしたのだが……ティトゥスはそこで、MSの操縦に手を染めてからずっと感じていた不満足感と、真っ向からぶつかることになった。
『ついてこられるMSはない』──ティトゥスはエリカのその言葉を呆然と、しかしどこか納得していたかのような表情で聞いていた。
「貴方の身体能力と神経系が人並み外れているのは分かってる。そう、普通のコーディネーターを軽く超えてるほどにね。けどだからこそ問題なの。貴方の反応速度は……MSの動作限界を超えてるわ」
ティトゥスのコーディネーターをも超えた身体能力、そこから生まれる高速の反応。確かにかつて程の力はないが、それでも『人間』という規格から見れば異常の一言だ。そしてその反応性はMSの操縦にも活用されているのだが──肝心のMSの方がついてこれないのだ。
MSは操縦者がコクピット内の機器を操作し、その操作をコンピュータとOSが認識。その操作に合った命令を信号に変換、神経に当たる回路を使って伝達し、それが各部位に伝わることで行動する──その伝達速度が、ティトゥスのそれと比べてしまえば遅すぎる。そもそも人間を模したMSの反応性は人間に劣っているが、ティトゥスは更に人間を上回っているのだ。ティトゥスの反応についてこれる道理はない。
「既存のMSでは──いえ、今の技術では貴方の反応速度についてこれるだけのMSは造れないわ。駆動系その他への過剰負荷は剛性を高めることでなんとかなるかもしれない……けど限界反応も追従性も、今のOS技術と伝達回路技術じゃ貴方の能力を余すことなく活かせる機体は造れないわ」
頭を抑えながらエリカは語った。彼女自身も、どうしようもない壁にぶつかった無力感を抱いているのだ。
「勿論、これからも強力なMSは造られていくわ。貴方の能力を活かせない、といってもそれはあくまで反応のみの話よ。むしろあらゆるMSを限界速度で扱える貴方なら、高性能機に乗ることで戦果は今よりずっと上がる筈よ……ごめんなさい、慰めにもならないわよね」
所詮妥協案であることは、エリカ本人も分かっていた。謝るエリカに、ティトゥスは首を横に振る。
その顔はどこか笑っているかのようで、同時にないているかのようだった。
「……いや、良い。気を使ってもらってすまぬ」
それだけ言って、ティトゥスは踵を返して歩き出す。その背中に声も掛けれず、エリカは申し訳なさそうに見つめることしか出来なかった。
夜も更け、宿泊しているホテルに戻っていたティトゥスは、ベットの隅に腰掛けてとある『本』に目を通していた。部屋の明かりはつけず、ベットの傍の電気ランプのみをつけて読み続けているその本は──『屍食教典儀』。何度読み終えても再び最初から読み返す──それが何もすることのない時のティトゥスの習慣となっていた。
何故そんなことを始めたのかはティトゥスにも分からない──だが何か、抗い難い衝動があった。
そして既に、何度も何度も読み返すことで彼は書の内容……記憶から失われていた、忌まわしき外道の知識全てを『思い出して』いた。
しかし──ティトゥスは未だその呪法を一切、ほんの僅かな身体強化の術ですら使用してはいなかった。
魔術とは確かに知識が多分に必要とされる。だがそれはあくまで術式の構成まで、魔術そのものは実践によってのみ培われ、研ぎ澄まされる。使わなければ何も分からないし、それを発展させることも出来ない。
極めることなど夢のまた夢。ブラックロッジの『実践こそ魔術の本質』という教義は、あながち間違っていないのだ。つまり今のティトゥスは魔術師としてはまだ位階も持たぬ、駆け出しにも満たない状態と言える。
……だが例え力と知識を失ったとしても、幾重にも積み重ねられた剣と魔の蓄積──肉体と精神に染み付き、刻まれた『経験』までも消えたわけではない。全てを忘れてしまっても、残ったものは0ではないのだ。
今のティトゥスの生身による戦闘能力は、それによる部分も少なくない。だがそれ故に、もし再び魔術に手を染めてしまえば、かつて修練した時とは比べ物にならぬ速度で一気に道を極めてしまうだろう。
そしてその『経験』は皮肉にも、彼の精神をじわじわと侵食する──
──何を迷っている?何を踏み止まる必要がある?──
五月蝿い。
──貴様はその程度で満足する男ではあるまい──
五月蝿い、黙れ。
──脆弱な身体と、その程度の力に耐えられぬ駄馬ばかり……こんなことで満たされると?──
黙れと言っている。
──無様! 無様の極み! そこまで腑抜けきって尚、下らぬ幻想に縋り付くかっ!──
五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い!
──人外の肉体と鋼の軍馬……あの力を何故拒む! 何故脆弱なヒトに拘る必要がある!──
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!
──我は外道、我が剣は邪道! 目に留まるヒトを斬れ! 修羅となれ! あの血塗れの道こそ……我が道ぞ!──
「黙れ!」
力任せに書を閉じ、立ち上がると同時に放り投げるティトゥス。その右手は即座に腰の刀に伸び、抜刀。
剣閃が書を目掛け煌き──
「──くっ」
本が床に落ちる。刀は直前まで本があった位置で止まっている。
屍食教典儀を読み始めて……否、かつての力が無くなってからずっと聞こえ続ける、ティトゥス自身の声。
魔導書が己を使わせるために幻惑しているのか、己の内に巣食った本心なのかは分からないが──
声は囁く、外道に堕ちよと。悪鬼に成れと。再びその身と刀を血で染よと──魔の道へと誘惑する。
それは紛れも無い、魔道と修羅道に堕ち、邪悪に呑まれた、かつての己自身の声。
だがティトゥスは誘惑に抗い、魔への一線を踏み越える直前のギリギリの所で耐え続けていた。
その理由は、知っているからだ──外道に堕ちた先の空虚と怠惰を、そして人道を歩み続けることで得られる力を──それを知ることが、ティトゥスが魔道に踏み込むことを止める、躊躇させる。
だが声は止まない。まるで踏み止まるティトゥスを罵るかのように、嘲笑うかのように──
──それでも何故か、彼は屍食教典儀を捨てることが出来ない。切り捨てることが……出来ない。
「拙者は……何をやっているのだろうな……」
頭を抱えて呟いた言葉は、かすれていた。
そんなティトゥスの傍、床に落ちた屍食教典儀。その表紙に一瞬、ほんの一瞬──
僅かに輝く魔力の光が一筋、音も無く流れた。
「……ザフトの新型機奪取、ですか」
「まったく、ジブリール卿にも困ったもんだ。どっから手に入れた情報か知らんが、今からじゃかなり
ギリギリだな。せめてもう二日もあればなあ……」
月基地の作戦会議室で言葉を交わす、渡された資料に目を通す軍人の男と、その上官である奇妙な仮面を被った軍人。
資料を見ていた軍人──イアン・リー少佐は資料を読み進めるほどその表情を厳しくしていく。
「あのエクステンデット三人を強奪要員として連れて行くのはまあ良いでしょう、奴等の人格はともかく、戦闘能力は認めていますから……しかしこちらの『試作人間兵器』五体と『特別随伴員』一名というのは 何なんです?持ち込まれる機材も意味不明な物がかなりの量あるようですが……」
「やっぱリー艦長もそう思うよな?俺もそう思ってジブリール卿に聞いてみたさ。そしたらジブリール卿、苦虫噛み潰したような顔で何て言ったと思う?」
「何と言われたのです?……大佐?」
すぐに答えを言わない上官にリーは怪訝な顔をする。まだ一年も経っていない付き合いだがこの上官──ネオ・ロアノークは滅多な事ではその飄々とした態度を崩さない。崩す場合は……よほどの事だ。
「……リー、お前『コロッセオ』って機関の噂を聞いたことあるか?」
低いネオの言葉に、リーの表情が一瞬で強張った。
「なっ……ロゴスの『例の男』が設立したという、『ラボ』を超える非人道性と悪名高い、あの……」
「そう、そして今回派遣されてくるのはその研究成果と……責任者であり開発者でもある『例の男』本人さ。もう月には着いてる筈だから、そろそろ此処に──」
「お邪魔しますよ。いやいや、遅くなって申し訳ない。いや誠に申し訳ない。」
会議室のドアが開き、一人の男が入ってくる。ネオとリーの視線の先に立つのは、白いスーツとマントを纏い、ステッキを持った、穏やかな笑みを浮かべる老紳士──
(グッ! なんだ、頭が……っ!?)
「大佐っ!?」
その姿を見たとき、ネオを強烈な頭痛が襲う。ふらつくネオをリーが支える。それを見て老紳士の笑顔が一瞬嘲笑に歪んだように見えたのは、ネオの気のせいか──
「おっと、ノックを忘れましたか。度々失礼を……どうかしましたかな? 足元がおぼつかぬようだが」
「い、いえ……私が本作戦の指揮官ネオ・ロアノーク大佐です。で、貴方が……」
紳士の顔には既に嫌味のない笑みが浮かぶのみ。頭痛もすぐに消えたネオはリーを離すと紳士に確認を取る。
「これは、これは何度も失礼を。自己紹介もまだしておりませなんだ。私はフラウィウス・ウェスパシアヌス。僭越ながら今回アーモリーワンへの作戦行動に同行させて頂く。ご迷惑をおかけするだろうがまあ宜しく、宜しくお願いしますよ……ロアノーク大佐殿」
ウェスパシアヌスは笑いながら、ネオの手を取り握手を交わた。哀れみに似た嘲笑を、瞳の奥に隠して。
オリジナル機体設定1
ツヴァイダガー
ティトゥスが傭兵として参加した南アメリカ独立紛争において、南アメリカ軍が回収した105ダガーを、傭兵として生身だけでなくMS戦闘でも功績を上げていたティトゥスに譲渡した機体。戦い続ける中何度も戦地修理、改修を受けており、その内ストライクダガーやダガーLのパーツまで流用され、外見的にはかなりゴチャ混ぜな姿となっている。
しかし内部パーツは元々共通のものが多く、多少のカスタム化もあり基本スペックは本来どおり、機動力と格闘能力だけを見れば軽量化その他の小規模カスタム化で従来以上の性能を持つ。
機体色はダークシルバーを基調に塗装、ティトゥスの意向で携帯用火器とシールドは外されている。
その最大の特徴は装備されたストライカーパックで、二つのソードストライカーを使い改造した《ツヴァイストライカー》を装備している……というは正直建前、実際はバッテリーパックにシュベルトゲベールを二本マウントしただけのお粗末なものである(爆)
とはいえこれは高機動格闘に特に秀でていたティトゥスの意見を元に造られた物で、とにかく軽量化と近接特化なこの装備は元々局地戦が主で近接装備、特にソードストライカーが多用されていた独立紛争で、ティトゥスの技量もあって高い戦果を上げた。作成自体は比較的簡単なものなのだが、汎用MSで二本のシュベルトゲベールを自在に振り回すには相当の操縦能力と格闘センスが必要となるので、ティトゥスの物以外には造られていない。
何度目かの改修の折、同軍に所属していたソードカラミティの機体データとOSを元に改修することで、格闘戦で更に効率的な動きが可能となっている。
独立紛争終結後もティトゥスの愛機として、各地の戦場を転々としている。
武装
40mm口径イーゲルシュテルンII近接自動防御機関砲×2
ES01ビームサーベル×2
15.78m対艦刀「シュベルトゲベール」×2
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