DEMONBANE-SEED_種死逆十字_03_1

Last-modified: 2013-12-22 (日) 05:20:47

『大気圏離脱完了。これより通常航行に入ります』

 パイロットのアナウンスが客室に響く。それを聞いて、オーブ首長国連邦代表首長カガリ・ユラ・アスハはふう、と一息ついた。

「やっぱり大気圏は離脱も突入もキツイな、なかなか慣れない」

「仕方ないさ。今の技術じゃ負荷が機内の人間に掛からない様にすることは無理だからな」

 何時の間に席を立って傍に来たのか、バイザーを被った青年がカガリの右側にいた。

「けど、なんだかイヤなんだよアス……アレックス。お前はいつも結構平気な顔してるから、慣れないと負けてるみたいでさ」

「なんだよそれ。まあパイロットだって簡単に慣れるもんじゃないんだから、気にするな……それと、今はアスランでいいよ、カガリ。彼の席は大分後ろだし、普通に話してれば聞こえないだろうから」


 子供のような理屈を言うカガリに、彼女のボディーガードであるアレックス・ディノ──本来の名をアスラン・ザラという青年は微笑んだ。それでもカガリは納得いかないという顔だ。


「でも……って、そういえばあいつどうしてるんだ?」

「座ったままだ。外を見ていたようだったが……」

「ユウナに頼み込まれて連れて来たけど……大丈夫なのか?随分変わったヤツみたいだが」

「実際は軍の方からのツテだから信用はして良いだろう。俺も独自で洗ってみたが、傭兵としての経歴は折り紙つきだ、文句のつけようが無い……ただ2年より以前の経歴が全く分からなかったが妙だが……」


 カガリとアスランは後ろ側の席にチラリと目を向ける。視線の先では黒装束の男が窓の外を眺めていた。

「……書物や映像では何度も見たことはあったが……」

 ティトゥスは窓から外を──自分が今しがた飛び立った場所を見つめる。

 壮大な姿。澄んだ蒼に大地の緑、雲の白が混ざった鮮やかな色彩。人間の最初の故郷、地球。

 ティトゥスはその惑星の姿を、穏やかな目で見つめていた。

「中々に美しいものだったのだな……この惑星〔ホシ〕は」





 L4宙域に存在するコロニー、アーモリーワン。現在ここでは新造艦及び新型MSの開発が行われており、

 発表と進宙式を間近に控えている。進宙式の準備のため工業ブロックには警備、作業用問わず大量のMSで溢れかえっている。

 殆どの人間は知らない。今このコロニーにオーブの姫君が到着し、現在プラントのトップであり、進宙式に立ち会う予定であるプラント評議会議長との極秘会談を行おうとしている事を。


 そして殆どの人間は知らない。彼等以外にも秘密裏にこのコロニーに潜入した者達が居ることを。そして、その姿を隠して外から事態を見守る者達が居ることを──





 第三話「始まりを告げる笛の音」





「そろそろ始まる頃ですな……」

 アーモリーワンの外壁と腕時計を交互に見ながら、宇宙艦『ガーティー・ルー』のブリッジで、艦長席に

座ったリーが呟く。

 現在この船はミラージュコロイドを使い、その姿をほぼ完全に隠している──ユニウス条約で禁止された行為。故に、ザフトには未だ気付かれていない。

「あまり心配しすぎるなよリー艦長、アイツらだって十分に立派な兵士、任務はしっかり果たせるさ」

 しかめっ面のリーに横の席に座るネオが明るい声で言う。仮面で顔の上半分はどのような表情なのか分からないが、それでも笑っているのは分かる。

「エクステンデットですか、いやはや興味深いですな。ブロックワードを制御キーとすることで精神を安定させる事に成功した強化人間──『ラボ』の最新作!いやいや全く、全く興味深い」


 そしてもう一人、ブリッジには不釣合いなスーツの老紳士はネオの席の背もたれに手を置き、楽しそうに笑う。逆にネオの笑いは止まる──彼はどうにもこの男が気に入らなかった。口から出る言葉も刺々しくなる。


「随分と楽しそうですが、ウェスパシアヌス卿……そちらの連れて来た兵士は大丈夫なのでしょうね?」

 ネオの挑発するかのような言葉に、ウェスパシアヌスはニコリと笑ったまま返した。

「勿論、勿論ですとも大佐殿。アレ等はちゃんと働いてくれますとも。おっとそれと一つ、認識に間違いがあるようですな……アレは『兵士』ではありませぬ。とても、とても役に立つ『道具』ですよ……まあ、 まだまだ発展途上、『兵器』と呼ぶにも『芸術』と呼ぶにも、ちと物足りぬ代物ではありますが」




 数名のザフト兵に囲まれながら、カガリとプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルは対話を交えつつ工業ブロックを歩いていた。カガリの両側にはアスラン──アレックスとティトゥスが控えている。


 今回の対談におけるカガリの目的は、二年前の連合によるオーブ侵攻の際にプラント側が受け入れたオーブの難民、その中の技術者達の軍事関係への関与及び彼等からもたらされるオーブ系技術の軍事転用停止を求める為だ。だが、交渉の旗色は悪い。カガリも多少は食い下がっているようだが、デュランダルの返す言葉は事実であり、結局は反論できず黙り込んでしまう。


(……どう見ても舐められているな)

 少なくとも自分にはそう見える……と、ティトゥスは出そうになった溜息を何とか押さえ込んだ。

 ちなみに黒装束に長刀二本というティトゥスの格好は、やはりプラントでもそこらから好奇の目を向けられているが、当の本人は何処吹く風だ。刃物の携帯許可が下りたのは銃よりは危険ではないと思われたのか、もしくはコーディネーターのナチュラルに対する優位性から来る油断ゆえか──


 まあそれは兎も角。

(若いな……それに直情が過ぎ、策謀を知らなさ過ぎる。政治屋には向いていないのではないか?)

 それが現時点におけるティトゥスから見たカガリの感想だった。暑苦しい位真っ直ぐで熱い所は好感が持てない事もないが、それだけでは政治は動かない。オーブ国民の人気に反して各所から神輿扱いされているという噂があるのも納得がいく。理想論でがむしゃらに突っ込んでは正論に折れ、周囲の人間の望んだ方向を向かせられてしまう……そんな所だろうか。


「だが!強すぎる力は、また争いを呼ぶ!」

 堪えきれなくなったように声を荒げて訴えるカガリ。彼女とて考え無しに理想論を振りかざすわけではない。

彼女もまた戦争で戦い、またその中で仲間や父親を亡くしている。戦争の悲惨さの一端を、身を持って知っているのだ。その悲劇を二度と起こさないよう、彼女は奔放し、言葉を尽くす。唯々、真っ直ぐに。


 ……だが、志が高いからといって何もかも上手くいくわけでもなく、更にその考えが間違いなく正しいということはない。カガリの言葉にデュランダルは首を振り、言い放った。


「いいえ、姫。争いが無くならぬから、力が必要なのです」



 工業ブロック第六ハンガー。今そこにあるのは血塗れで倒れた死体の山と、三つの人影、そして固定された新型MS──『カオス』『ガイア』『アビス』の3機のみだ。


 スティング・オークレー、アウル・ニーダ、そしてステラ・ルーシェ……彼等エクステンデット三人のみで、ここに居た十を超えるザフト兵と技術者達をものの数分で殲滅してしまった。


 ステラは撃ち終えた銃とナイフを捨て、先程までの鬼のような表情を一変させて虚ろな目を泳がせる。

「おいステラ、ボーッとしてんじゃ……後ろだステラ!」

 スティングの叫びに振り向くステラ。見れば倒れたままの兵士が最後の気力で銃をステラに向けていた。

 戦慄の貌を浮かべるステラ。今からでは武器を拾う間は無い。アウルとスティングは距離が離れすぎている。

 兵士の銃口から弾丸が飛び出すのを誰一人止められない……筈だった。



グシャリッ!



 響いたのは発砲音ではなく、何かが潰れる音。音がした方は銃を構えた兵士から。

 灰色の『足』に銃ごと潰され、兵士の手が鉄と骨と血の混じった肉塊に変わり果てていた。

「──っ!あぎ」

 兵士が叫びを上げる前に、もう一度粉砕音。今度は兵士の頭が踏み潰された。潰れたスイカのように、イロイロ大事なモノが辺りにぶちまけられる。ステラは勿論、それを見ていたスティングやアウルの表情も、戦慄を浮かべたまま固まっていた。


 兵士を踏み潰した『それ』は人の形をしていたが、当然ただの人ではなかった。パッと見で例えるならパイロットスーツとヘルメットを着込んだ人のようにも見えるが……実際の所は違う。全身を覆うのは、脆弱な繊維質ではなく、無骨な灰色の装甲。ヘルメットのような頭部の顔、その中央にある大きな紅いレンズが怪しい光を放つ。それがどうやら『眼』としての器官に相当するらしい。


 突如としてその場に現れたそれは、間違いなく『異形』の存在だった。

「……な、なんだお前か。驚かせるな」

 突然の出来事で止まった脳味噌が再び回転を初め、『それ』が何なのかに気付いたスティングは多少引きつりつつもホッとした笑みを浮かべる。事前のブリーフィングで『彼等』とは既に対面し、説明も


受けている。詳しい説明ではなかったが、用は『こちらに害は為さない』という事が分かっていれば十分だ。

「スティング!急がないとヤバイんじゃないっ!?」

「おっと!いくぞアウル、ステラ!」

「うん……」

 すぐに三人はMSに乗り込む。素早い手つきでキーボードを操作、OSを起動させ、MSを立ち上がらせる。

 PS装甲が起動し、色の無かった装甲を鮮やかな色に変える三機を見ながら、異形は呟く。機械によって変換された、人ならざる声で。

《ナンバー2、3に伝達……MSの戦闘行動と陽動とし、行動を開始する……リンク正常、誤差修正。全躯体、目標の最終確認……捕獲目標、カガリ・ユラ・アスハ及び、アスラン・ザラ》


 アビスの一斉掃射がハンガーの壁を消し飛ばす。異形は吹き上がった煙に呑みこまれ……煙が晴れた時には、既にその場には誰も居なかった。



 カガリ、アレックス、そしてティトゥスは走っていた。

 何者かに奪われ、辺りを破壊し尽くさんとする三機の新型MS。そんな状況では会談などしている余裕は無く、三人はシェルターに避難しようとMSが暴れ回る工業ブロックを右往左往しながら駆け回っていた。


 シェルターまで案内するよう議長に命じられて先導していたザフト兵もいたが、不幸にも彼は先程爆風に飲み込まれて消えてしまった。

(くっ、まさかプラントの内側でこのような事態になろうとはっ!)

 ティトゥスは内心で舌打ちする。彼のツヴァイダガーは港近くのハンガーの中、とても今すぐ乗って戻れる距離ではない。

 近くにいたガイアの攻撃の余波で、近場に配備されていたMSが彼等の目の前に倒れてくる。衝撃が過ぎ去り、アレックスの腕に庇われていたカガリは悲痛な面持ちで呟く。


「なんでこんな事に……どうしてガンダムなんて……」

「カガリ……」

 カガリの肩を抱くアレックス。そのアレックスの顔も似たような状態なのは、サングラス越しでも分かった。

「……連中は工場の破壊に重点を置いているようだ、あ奴等を避けて此処から離れられれば……っ!」

 言いかけて、ゾクリ、とティトゥスの背を悪寒が走った。即座に振り向き右手で抜刀、逆袈裟に斬り上げる。

 キィン!と響く金属同士のぶつかる音。刀の切っ先が、突然その場に現れた『それ』の左腕の装甲に止められていた。

 MSをも切り裂くティトゥスの斬撃を受け止めた装甲の表面には、うっすらと何かの文字が浮かんでいた。

「──何、だと?」

 『それ』の姿を見たティトゥスの思考が一瞬止まった。全身に装甲を纏った、鋼鉄の異形。その姿、そしてその異形からやけに弱い気配以外に、わずかではあるがしっかりと感じ取れるもの。


 懐かしくも忌まわしい、暗い闇の匂い──魔力の流れ。その装甲に浮かんでいるのは、まごう事無き、魔術文字。

 そこから連想されるものは──

「──がっ!」

 異形の右拳が、無防備なティトゥスの腹にめり込む。掛かった力を受け止められない体は真後ろに大きく

吹き飛び、倒れていたMSにぶち当たる。それを追う様に走り出した異形の先にあるのは……ティトゥスではなく、アレックスとカガリ。

 カガリの前に出たアレックスが拳銃を抜き、迷わず発砲。だがそれは左腕の装甲に阻まれ、軽い音を立てながら弾かれる。驚きの声は、銃を弾き飛ばした直後自分の首に掛けられた右腕に止められた。


「カ、ハッ……!」

 首に掛かる圧力と停止した酸素供給に、喉から掠れた呻き声を上げるアレックス。異形はその身体を難なく持ち上げる。その様に激昂したカガリが何も考えず異形に掴みかかろうとするが──




「アス……あ、がっ!」

 足を踏み出した直後、同じように異形の左腕に首を締め上げられてしまう。手足をジタバタさせるが、

手に掛かる力は弱まらない。むしろ強くなっていく。

 徐々に朦朧としていく二人の意識。カガリは手足を既にだらりと下げ、アレックスも何も出来ず、ただカガリへと手を伸ばすが、届かない。二人の意識がブラックアウトする、寸前──


「……その二人を殺させるわけにはいかぬ」

 耳に届いた声は、有り得ない方向から聞こえ── 

 ──直後疾ったのは、閃光と斬撃……風と鋼鉄を切り裂いた、刀の唸る音。

 宙に舞い、頭を下に向けた体制で大きく身体を捻りながら斬撃を放った黒いサムライ。

 地面に落ちて尻餅をついた、一国の代表とその護衛。

 そして、両腕の肘から下を斬り落とされ、切り口から赤い血と黒い液体を滴らせて後ろに仰け反る異形。

「ゴホッ、ゴホッ……のうわっ!」

 咳き込みながら、ゴロリと地面に転がった異形の腕を見て慌てふためくカガリ。アレックスの顔も微妙に引きつっているのは、咳き込んでいるからだけではあるまい。

 尻餅をついたままの二人と異形の間に、ティトゥスが体制を整えて二の足をしっかり地面に付けて着地した。

 右手に握ったままの刀を、異形の方向に突きつける。

「二人とも大事ないか?」

「あ、ああ。俺もカガ……アスハ代表も無事だ。それよりも、そっちこそ大丈夫なのか?」

「流石に無傷、とはいかぬが。あばら骨の何本かにヒビ程度は入っているかもしれんが、その程度よ。

 受身こそ取れなかったが、力の逃し方は心得ているのでな」

「いやその程度って十分酷い怪我なんじゃ」

「……今はそれを気にしている場合ではなかろう」

 ティトゥスの目は二人の方を向いていない。両腕を失っても未だ此方の前に立つ異形から目を離さない。

「……そうみたいだな。しかしなんなんだコイツは?」

「……さてな、味方ではあるまい……それよりも油断するな。敵はあ奴だけではない」

「分かってる、まだ辺りで奪われたMSが暴れてるんだ。早く目の前の奴をどうにかして」

「違う。目の前にいるのは奴だけ『ではない』と言っている」

 冷え切ったティトゥスの言葉をアレックスが認識すると同時に、怪異は起きた。異形の両横の空間が一瞬、グニャリと歪んだ。直後──

「なっ……こいつ等、どこから!?」

 腕を失くした異形の姿が、三つに分かれた──否、増えた二体の異形にはちゃんと両腕が存在する。

 新たに二体の異形が、腕の無い異形の横に現れたのだ。



(……少々拙いかもしれんな)

 驚愕の連続で事態についてこれてないアレックスやカガリの横で、厳しい表情のティトゥスは今の状況を確認しつつ、その悪条件に溜息をつきたくなった。

 目の前には正体不明の異形が三体。気配は微弱で姿まで隠せるようだが、神経を集中させるれば気配やその魔力をなんとか感じ取ることが出来る。伏兵は少なくとも今は、周囲に感じ取ることは出来ない。


 当面の問題は後ろの二人だ。護衛のアレックスは勿論、カガリも少なからず護身の心得があるようだが、如何せん目の前にいる異形相手では足手まとい以外の何物でもない。正直彼等を守りながら戦うのは分が悪い。例え敵を倒せても護衛対象を殺されては本末転倒だ。


 しかし自分が異形を足止めして逃がそうにも、目の前の三体の内いずれかを逃がした、もしくは別働隊がいた場合、抵抗する術の無い二人だけでは対処の仕様が無い。さらに周囲を未だMSが暴れ回っている現状で、どこまで逃げられるものだろうか?


 そもそも前方には異形、後方は倒れているMSが壁になっている状態で、まずどうやって二人を逃がせと──



 ──倒れているMS──



「アレックス、後ろのMSで今暴れているMSどもを振り切って逃れる事はできるか?」

 ティトゥスの言葉をアレックスは最初理解し切れなかったが、その意図を察すると後ろのMSを見る。

 そのMSはザフトの次期主力量産機である、ザクウォーリア。

「……やってみなければ分からないが、何とかしてみせる……貴方は?」

「足手纏いが居なければ遅れは取らぬ」

「……すいません。お願いします」

「よし、目の前の連中は任せよ……往け!」

 アレックスがカガリを抱え上げ、ザクの上に駆け上がる。それを見て駆け出そうとした無傷の異形二体の前にティトゥスが飛び出す。左手でも刀を抜き、両手に持った長刀を上から一気に振り下ろす。異形は刀を魔術文字の浮かぶ腕の装甲で受け止めるが、その受け止める一瞬こそティトゥスの意図するところ。


 コーディネーターの能力をフルに使って素早くザクに乗り込み、OSを立ち上げるアレックス。その横で未だ状況を飲み込めずに慌てふためくカガリ。

「おいアスラン、お前何やってるんだ!?それにティトゥスはどうする気だ!?」

「こんな所で君を死なせるわけにいくか!それに……俺達がいても彼の邪魔になるだけだ」

 立ち上がったザクがスラスターを吹かせながら大きくジャンプする。巻き上がる風と瓦礫を意に介さず向かい合うティトゥスと、三体の異形。

《……優先順位一時変更。障害者の戦闘能力、想定外……傷害の排除を優先する》

 異形が発する、奇妙な音程の声。進み出た二体の異形が構えを取り……その両腕にビームの刃を作り出す。

 ティトゥスは無表情のまま、二本の刀をそれぞれ上段と下段に構える。

「あいにくと仕事中でな。あまり長く付き合ってはやれん……参る」





「くっ!」

「こいつ!?」

 あの場から飛び出した直後、すぐさまガイアに捕捉されてしまったザクウォーリア。放たれたガイアのビームライフルを避け、そのままショルダータックルの体制で突っ込む。衝撃で銃を手放してしまったガイアはサーベルを、ザクはビームトマホークを抜く。互いのシールドも交え切り結ぶ中、ザクの後方からカオスが迫る。


「落ちろっ!」

「後ろ!?うっ……!しまった!」

 カオスのビームサーベルは避けたが、気を取られた隙を疲れガイアに左腕を切り落とされてしまうザク。

 そしてカオスが再び攻撃を掛けようとした瞬間、カオスの背で爆発が起こった。

「ぐあっ!何だァ!?」

「あれは……戦闘機なのか?」

 カオスに攻撃を仕掛けたのは一機の戦闘機。それは攻撃を仕掛けた後再び空へと舞い上がり、飛んできた別の戦闘機……否、上半身と下半身の形をした二機のユニットと合体し、一体のMSの姿を成す。続いて飛んできたもう一機の戦闘機の機種部分が分離し、残った部分がMSと合体しバックパックとなる。


 色の付いていなかった身体を赤く染め、新型MS『インパルス』が着地する。バックパックに装備された二本の大剣『エクスカリバー』を抜き、互いの柄を連結して豪快に振り回す。


「なんでこんなこと……また戦争がしたいのか! アンタ達は!」

 インパルスのコクピットの中で、パイロットの少年『シン・アスカ』は胸中に滾らせた怒りを、そのまま声に乗せて叫んだ。





「そう、戦争がしたいんだ。世界の皆が戦争を望んでいるのさ。人間自身が……そしてボク達もね」

 彼等の頭上に『それ』は浮かんでいた。頭上、といっても空の上でもなければ、コロニー内ならではの向かい側の大地、というオチでもない。

 『それ』はコロニーの外壁、強化ガラスで出来た壁の『向こう側』から眺めていた。インパルスを、ザクを、ティトゥスを……灰色の異形達を。

「ウェスパシアヌスも相変わらず趣味人だね、こっちでもあんな玩具を作っちゃうなんてさ。ま、いいけどね。

 障害は多いに越したことはないし……『本命』の方もちゃんと造ろうとしてくれてるみたいだし。ねえ?」

 『それ』は黒い無貌の女。その艶やかな肢体を晒して宇宙空間に浮かぶ姿は、正しく怪異。

 そしてもう一つ。黒い女の横に、人間一人分ほどの質量を持った赤い液体があった。まるでアメーバのように形を不定形に変えるそれもまた、怪異。

 もしここが空気のある場所で、液体の周囲に嗅覚を持った生物がいればすぐ気付くだろう──鉄錆の匂いを撒き散らすそれが、血液であることに。

「さあ、また道化芝居の幕が上がる! 前奏曲を奏でよ!既に舞台に上がった者も、未だ舞台に上がらぬ者も、観客スタッフ全てに告げよう! この世界で何度目とも知れぬ、しかし新しい要素をふんだんに加えた書き割りの開演の時間だ!」


 女は笑う。踊りながら笑う。身体からいろいろ噴出しながら笑う。三つの赤い目を炎のように見開き、笑う。

「アッハハハハハハハ! さあ数多の『種』達よ! 今再び芽吹きの時だ! 今度こそ、今度こそ!ハハハハハハ!」

 嘲笑う無貌の横で、血の怪異は蠢く──その中央で、周囲を囲む血液よりも更に真っ赤な革表紙を持つ一冊の本が浮かんでいた。その表紙に描かれた血の染みのような模様はまるで……まるで人の顔のようで。


 その表情は渇望と希望と欲望と絶望をない交ぜにしたかのような────この世の全てに向けられる、心よりの嘲笑に見えた。





 腐りかけの箱庭に、狂ったフルートの旋律が鳴り響き始める──





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