DEMONBANE-SEED_種死逆十字_05_2

Last-modified: 2013-12-22 (日) 05:28:45

「うう……」

 眩しい。それが目を覚ましたティトゥス最初の感想だった。

「拙者は──っっ!」

 身体を起こそうと力を入れた直後、激痛が体中を駆け巡る。

 それに耐えつつなんとか上半身を起こして己の身体を見渡せば、まるでミイラ男並の量の包帯が体中に巻かれていた。

 此処は何処だろう。頭上には変哲の無い天井と灯り、横を向けば一つの自動ドアと幾つか並べられた簡易ベッドが見える。

 どうやら自分は今その内の一つで寝ていたらしい。

 脱がされたらしい服はベッド横の小型タンスの上に畳まれており、鞘に収められた二本の刀も棚に立てかけられてあった。

「拙者は、助かったのか……何故」

「お、気がついたかい」

 部屋のドアが開き、見知らぬ若い男が現れる。

 顔にはニヤニヤと自信満々という感じの笑みを浮かべているが、そこに軽薄さはカケラもない、変わった雰囲気を持った男だ。

「御主は?」

「ロウ・ギュールってんだ、ジャンク屋をやってる。んでここはオレ達の船『リ・ホーム』。ザフトとは別にユニウスセブンの破砕作業をしてたんだが、その帰りにアンタを見つけてな。機体と一緒に回収したのさ」


 ロウと名乗った男はそう言うとティトゥスの傍に近付いてくる。

 徐々に覚醒し始めたティトゥスの頭は、己が目覚める前どういう状況に居たのか思い出し始める。

「破砕作業……そうだ、リベル・レギスは!? ユニウスセブンは、地球はどうなったのだっ!?」

「いくつか破片が落ちてえらい事になってはいるが、地球はまだ大丈夫だよ。リベル・レギスってのはあの赤いデカブツだよな? アイツはアンタが乗ってたデカイのとユニウスをぶっ壊してすぐ消えちまったよ」

「そうか……助けていただいた事、感謝する。名乗るのが遅れた、拙者は」

「ティトゥス、だろ? 聞いてるよ。それに、正確に言えばアンタを助けたのはオレじゃない」

「何?」

 その言葉でようやく、ティトゥスはロウが事情に通じ過ぎている事に気付く。何故この男は自分の名前やリベル・レギス、はては皇餓を操っていたのが自分であることまで知っているのだ!?


「貴様、一体何も」

「ワンス・アポン・ア・タイム・インジャッパァァァァァァンッッ!」

 ティトゥスの問いは、扉の向こうから聞こえてきた大声とギターの大音量に遮られ……直後、開いた扉から特大の大音量が放たれた。

「『こちら浦島、任務はなんなんだ』『救出任務だ』『誰を?』『亀だ』『……なんだって?』かくして作戦通り亀を助けた浦島太郎は竜宮城に潜入、性欲を持て余しつつ乙姫ごと玉手箱搭載式二足歩行戦車を破壊した! 任務を終えた浦島はクローンの宿命、急激な老化で衰えていくも次の戦いに向かうのであった」


「待たせたなロボ!」

「…………(通夜のような沈痛な面持ち)」

 現れた■■■■とロボッ娘に呆然とするティトゥス。

「フン、何を呆然としているであるか逆十字。御主を見つけ回収してやったこの我輩に、さっさと惜しみない感謝の言葉を捧げ……ぬおおお純潔で醜悪な儀式が蘇り胸に深く突き刺さるゥゥゥゥゥ!?」

「おお~惜しいロボ、もう少し左なら命中だったロボ」

 エレキギターを掻き鳴らしながら部屋に飛び込んできたウェストに、迷い無く放たれる折れた刀。折れて尚剛性を失ってはいなかった刀は彼の心臓を僅かに逸れてギターに突き刺さり、彼の胸に達する寸前、紙一重で止まる。遅れて部屋に入ってきたエルザが、製作者の身の安全など心配する素振りも見せずその鋭い一撃を淡々と評価した。

「き、貴様ーーっ! 拾ってやった恩人にいきなり! いきなり仇を叩き付けて来るとはーっ! 胸に刃物をプスッ♪と刺されるのが我輩唯一の死亡フラグだと知っての狼藉かーーーーっっ!?」

「ロウ・ギュール、この船に良からぬ悪霊が取り付いているようだ。ちと手荒くなるが、祓って良いか?」

「まあまあ、落ち着けよ二人とも。お互い積もる話もあるんじゃないか?」

 この混沌とした状況でも平然としているロウ。

 ティトゥスは正直この■■■■と関わりたくないと思ったが、流石にこのまま無視を決め込むわけにもいかなかった。

「……ドクター、何故御主等までこの世界におるのだ?」

「フン、それはこちらの台詞である。おっ死んだ筈の貴様が何故生きていて、しかもこんなところにいるのであるか?人の話を聞きたいならまずそちらの話を聞かせるのである」

 相変わらず傲岸不遜な態度だが、それが本当にこの男があのドクターウェストであるという確信を持たせる。溜息を漏らしながら、ティトゥスはウェストに事情を説明した。死んだと思ったらこの世界に飛ばされていた事、それまで培った全ての魔術を全て失っていた事、既にこちらに来て二年が経過している事、紆余曲折の末ユニウスセブン落下に居合わせ、思うところがあり皇餓を無理矢理召還して落下を阻止しようとした事、等々。

「フン、アンチクロスの貴様が地球を守ろうとするなどとは、かつての御主を知っている人間としては信じられん話であるな」

「まあ、そうであろうな。とりあえず拙者の事情は話した、次はそちらの番だ……色々と聞きたい事もあるのでな」

 クトゥルーが召還され、滅ぶ寸前だったあの世界。自分が死んでからあの世界がどうなったのか、ティトゥスとて興味が無いわけではない。ただそれを知ることはもはや出来ぬと諦めていただけだ……今の今までは。

「よかろう、我輩も男同士で交わした約束を違える気はない」

 ウェストはティトゥスに、彼が死んでからの事を語った。アンチクロスが滅した筈の、マスターテリオンの復活。更に彼がクトゥルーを贄として行った邪神、ヨグ=ソトースの門の召還。その門の中に消えたマスターテリオンを狩り倒す為、そして数多の異界へと繋がる門から新たな邪神達の出現を食い止める為、戻ってこれるかすらどうかも分からぬ門へと突入していった、魔を断つ剣──大十字九郎とアル・アジフ、デモンベイン。彼等が突入して暫く後、ヨグ=ソトースの門は閉じ世界に平穏が戻った事。

 ──そして門が閉じて一年が過ぎようとしても、彼等が未だ世界に帰還しなかった事を。

「腹立たしい! 実に腹立たしいのである! 我が宿敵とあろう者がたかが数千世界に飛ばされた程度で戻ってこないとは! これはライバルである我輩への侮辱、挑発、挑戦、敵前逃亡と受け取った!」

「ああ、ダーリンの居ない世界なんて、エルザには夜も眠れず昼寝するくらい辛いものロボ……ダーリン、カムバーーック!」

 それまでの説明も色々とややこしい内容と語り口調で要点を汲み取り辛かったが、ここにきてヤケ気味にヒートアップまでし始めたウェストにいい加減ティトゥスはウンザリだった。


「成程……で、御主は今何故ここに居るのだ? 拙者のように突然飛ばされたか?」

「否、否である! 予想通りの安直な発想をしよってからに。我輩は自力でこの世界へやってきたのであーる!」

「何?」

「この我輩が、この大! 天! 才! ドクターウェストがこれ以上待たされるのは御免であーるっ! ということで、別の世界に跳んだ大十字九郎らを追う為、我輩は更に一年かけて遂に、遂に人類初の大快挙っ! 異世界異次元並行世界パラレルワールド、ありとあらゆる世界を自由自在に跳躍して移動する装置、名付けて『跳躍装置ヨーグ=ルトソースたん~原材料:砂漠のホワイトタイガー~』を完成させたのであーーーーるっ!」


 その言葉にティトゥスは驚かざるをえなかった。単なる瞬間移動や空間転移ならともかく、隔たれた世界を渡るなど魔術ですら為し得ない領域だ。ウェストの科学力は認めてはいた(性格はともかく)が、真逆そこまでの領域に辿り着いていたとは思わなかった。これは紛れも無く賞賛に値することである。


「エラそうに言ってるけど、結局失敗ロボ。出発前夜にアーカムシティで最後の大暴れをしようとしたら破壊ロボのドリルをぶつけて壊した上に誤作動、こんな世界に飛ばされてしまったロボ。しかもいきなり宇宙空間に出るわ空気は無いわ、ロケットの推進剤は入れ忘れてるわ、オマケに漂流者を一人拾ってタダでさえ少ない空気が更に減るわ、ロウに拾ってもらわなかったら確実に博士は死んでたロボ。
まあロボットのエルザは空気が無くても博士が死んでも大丈夫ロボけど」

「エルザァァァァァァァァァッッ!?」

 ……訂正、やっぱりコイツ唯の紙一重な■■■■だ。

「分かった、もう良い。とりあえず大体のところは理解した……あの世界は、救われたのだな」

「……うむ、それは間違いない事実である」

 ティトゥスは安堵する。あちらで己がやってきた事への罪悪感か、望郷の念か、安堵する理由は自分でもよく分からない。だがそれでも己の生きた世界が残っていることを知り、世界を滅ぼしかけた男は頬を僅かに緩ませた。


 ウェストとエルザがそんな自分を狐に摘まれたような顔で見ているのに気付いて、ティトゥスはコホンと咳払いして表情を引き締めた。

「まあ良かったじゃないか、同郷の人間に会えて。やっぱり誰も自分の事を知らない世界なんて寂しいもんだろうからな」

 話が纏まったと思ったのか、それまで傍聴者に徹していたロウがティトゥスの背をポンと叩いた。瞬間走った激痛にティトゥスが表情を苦悶に歪め、気付いたロウはバツの悪い顔で謝罪した。

「ああ、ワリィワリィ。怪我してんのすっかり忘れてた」

「お、御主な……」

「そのそそっかしさは問題であるなロウ・ギュール。貴様のメカニックとしての腕は我輩も認めるところ、我輩のように落ち着き払い静まった海のような心を持てば我輩までとは行かずとも更なる栄達が望めよう」

 いや、お前だけには言われたくないから。その場の二人&一体の思いが一致した瞬間だった。

「さて、ティトゥス。我輩貴様にもう一つ聞いておきたいことがあるのである」

「む?」

「……あの紅いリベル・レギスはなんなのであるか?」

 沈黙が部屋に落ちる。皇餓ごとユニウスセブンを一撃で破壊した鬼械神。それは本来のリベル・レギスを知るティトゥスやウェスト達は勿論、詳しい事を知らぬロウにさえ驚愕と恐怖を与えるに十分な力を示した。

「拙者にも詳しい事は分からぬ。分かっているのはアレに乗っているのは大導師ではないことくらいだ」

「ほう、その根拠は?」

「あれの乗り手の名乗りを聞いた。『I am Providence of evil』、あやつはそう名乗った」

「フン……『我は邪悪なる神意なり』であるか?気取った輩であるな」

 不機嫌そうに吐き捨てるウェストに、ティトゥスはふと思いついた言葉をポツリと漏らした。

「……この様にも取れるのではないか?『我は邪神の意なり』とな」

「っ! 邪神、であるか」

 ウェストが驚いたように目を見開く。『邪神』、彼等の中でその言葉にはロクな思い出はない。

「それともう一つ伝えておきたい事がある……リベル・レギスが現れる前、拙者はプラントでウェスパシアヌスが造ったと思わしき人間魔導兵器と刃を交えた」

「ぬぁにい!?」

「確証はない。だがメタトロンやサンダルフォンには遠く及ばぬ代物であったとはいえ、あんな物を造れる輩を拙者はウェスパシアヌス意外に知らぬ。それに偶然拙者が飛ばされた世界で、偶然人間魔導兵器に似通った兵器が造られたなどとは、出来すぎだと思わぬか?」

 そう思うとウェスト達が此方に来たのも偶然とは思えなくなってくるが、流石にそれは勘繰り過ぎだろう、■■■■だし。

「今思えば奇妙な事だ。此方に飛ばされた拙者、ウェスパシアヌスが造ったと思わしき魔導兵器、そして真紅のリベル・レギス……我等の世界に関係するものがこうも次々とこの世界に現れる……

 まるで何者かに意図されているかのようだ。それこそ神のように強大な力を持ち、尚且つ狡猾な存在に……まあ、現状では何も分からんのが正直なところなのだが」

「……全く、これだから我輩は魔術関係が好かんのである。厄介且つ面倒極まりない」

 忌々しげに言うウェスト。元々科学至上主義な彼は魔術関係がどうにも好かないのだ。とはいえ魔術理論を科学で制御し活用、転用する機転や応用はちゃんと利く。むしろ科学でもって魔術を製する事こそ、今のウェストの目的の一つである。

「まあ良い。拙者は大十字九郎を追う為、こちらで何とか跳躍装置を造り直してオサラバするだけである。この世界がどうなろうと、我輩の知った事ではないのでな……で、貴様はどうするのであるか?」

 ウェストはティトゥスに問う。元はアンチクロスであり、悪逆非道の限りを尽くしたティトゥスはこれから、どうするのかと。

「……さて、な。もはや魔道に未練は無い、人として剣の道を極める事が我が唯一の目的……だが、未だに拙者はそこに至るどころか、進むべき道すら見えぬ有様……」

 それだけ言って、ティトゥスの言葉は止まる。しばしの沈黙の後、ウェストは大きく溜息を付いた。

「長話が過ぎたのである、我輩は破壊ロボの調整に戻るとしよう。エルザ、行くである」

「了解ロボ。まあせいぜい養生するロボ」

 ウェストは真っ直ぐ振り返ることなく、エルザは軽く手を振りながら部屋を後にする。それを見届けて、ロウもまた部屋の出口へと足を向ける。

「まあオレには詳しい事はわかんないが、とにかく此処はオレ達の船だ、遠慮はいらないからゆっくり休んでくれ」

「心遣い感謝……ロウ・ギュール、最後に一つ問いたい」

「ん?」

「拙者の持ち物の中に、本が一冊無かったか?」

 ロウは少し怪訝そうな顔をした後、首を縦に振った。

「いや? オレは見てないな。アンタの私物は其処に置いてあるのだけだった筈だが……失くしちまったのか?」

「いや……引き止めてしまってすまぬ」

 首を傾げながら部屋を出るロウ。一人だけになった部屋で、ベッドの上のティトゥスふと右手を広げ、掌に目を向ける。

「屍食、教典儀……」

 そう、無いのだ屍食教典儀が。

 ロウが嘘をついているとは考えにくい、そんな素振りは無かったしそもそもそんな事をする理由が無い。と、なるとどういうことか。無理な手順で召還を行った影響で消滅してしまったか、もしくはロクな使い方をしない持ち主に愛想を尽かし、何らかの方法でティトゥスの元から消えたか……魔導書ならば、在り得る話だ。


 ただ確実なのはティトゥスはとうとう、長年歩み続けてきた魔道との接点、そしてその象徴とも言えるあの魔導書と完全に袂を分かったという事実のみ。

「……くっ」

 掌を強く握り締めるティトゥス。後悔は無い、むしろ魔道を捨て人の道を歩む事こそが、今のティトゥスの本懐。それに偽りは無い。

 だが、長年道を共にしたモノとの決別に一抹の寂しさが去来する事実を、ティトゥスは否定しなかった。







「博士、結局どうするロボ?」

 リ・ホームの通路を歩くウェストと、後ろから付いて行くエルザ。エルザの問いに、ウェストは答えない。

「エルザは大丈夫だと思うロボ。今のティトゥスはブラックロッジに居た頃と随分感じが違うロボ。人間変われば変わるものロボね」

「フン、分かっているのである。元々あれはアンチクロスの中でも結構な変わり者であったしな」

 不貞腐れているような口調でそう言いながらウェストは白衣の内側に手を突っ込み、そこから結構な厚みを持つ本を取り出す。

「……まあ今後ゆっくり様子を見て渡すかどうか決めるとして、とりあえず設計図は引いてやるのである。

 ロウ・ギュールにも手を貸してもらうとするであるか。せっかくの上質な素材である……前の世界で試せなかった理論も使って、我輩の技術を持ってして、最高の作品を造ってやるのであーーるっ!」


 その本はまごうことない、魔導書『屍食教典儀』であった。





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