DEMONBANE-SEED_種死逆十字_05_3

Last-modified: 2013-12-22 (日) 05:29:44

 軌道エレベータ『アメノミハシラ』。その中の豪華な内装が整えられた一室で、艶やかな黒髪と漆黒の瞳を持った美女がモニターを注視し続けている。

 ロンド・ミナ・サハク。オーブ五大氏族の一つ、サハク家の当主。だが現在はオーブとは距離を取り、サハク家主導で造られていたアメノミハシラを掌握してその主となっている。

 とはいえその影響力は未だ健在、更に連合やザフトすらそう簡単に寄せ付けないアメノミハシラの戦力、そして彼女の駆る『ゴールドフレーム天』の力から、オーブ影の軍神、影の女神と称されるほどの人物である。

 その彼女は己の執務室で、『ユニウスの魔神』の出現からユニウスセブンが砕けるまでを記録した映像を繰り返し何度も眺めていた。

 モニターの中にいる銀色の巨人と紅い巨人……その力を目の当たりにする度、ミナの眼は鋭さを増し、座り込んだ椅子の手すりを強く握る。コンコン、と扉をノックする音が響いて、ようやくミナはモニターから視線を外した。

「なんだ?」

「ルキーニ様がお見えです。如何致しましょう?」

「ルキーニが?……分かった、通せ」

 告げられた名に眉を顰めつつ、扉の前に待機させていた忠実な部下に許可を出す。

 ドアが開き、オーブの旧式軍服を来た無表情な少年と、左右に尖った変わった髪形をした人相の悪い男が入ってきた。

 ナチュラルに反抗できぬよう遺伝子操作されて生まれた戦闘用コーディネーター、ソキウス。そして裏の世界でその名を広く知られた情報屋、ケナフ・ルキーニである。

 ソキウスはかつて縁あって『三人』がサハクの兵となり、ルキーニは最近ある人物から追跡されていたところをミナに客人として招待され、これ幸いにとアメノミハシラに身を寄せていた。

「どうしたルキーニ、情報漁りに忙しいお前が直接顔を出してくるなど珍しい」

「ちょっと小耳に挟んだ事があってな。アンタに直接確認したくてね」

「フ……良かろう、座れ」

 ソキウスが退室し、テーブルを挟んで座るミナとルキーニが視線を交差させる。数秒の沈黙の後、ルキーニが話を切り出した。

「『天空の宣言』を中止するらしいな」

「流石に耳が早いな」

 『天空の宣言』とはミナが近日、全世界に発信する予定だった声明で、その内容は単純ではあるが難しいものだ。

 「全ての人類は他者の理念を妨げない範囲で己の信念に従い、自由に生きるべきである」という言葉を根幹に置き、連合やプラントを含む国家或いは組織等は他者に主義・主張を押し付けてはならないものであるとする。そしてそれはあくまで強制ではなく、しかし賛同したものにサハクは援助を行うという旨。

 それを近日発表する──その予定だった。

「自分の居る場所の動向ぐらい把握しておくのは当然だ……しかし、急な話だな。何故だ」

 ルキーニの問いにミナは答えない。とはいえ彼の中でおおよその答えは分かっていた。ここに来たのは、ミナの口から直接答えが聞きたかったからだ。

 ミナがその意思を曲げることになったであろう、決定的な理由──それはルキーニ自身、認めることを戸惑う非常識な出来事だった故に。

「ルキーニ、お前はあの『魔神』を見てどう思った?」

 やはり、とルキーニは胸中で溜息を付いた。『ユニウスの魔神』、やはりそれがミナの決意を動かしたのだ。

「……我と死んだ兄弟ギナ……ロンド・サハクはかつて力こそ全てだと思っていた。アスハを、奴の理念を笑い、絶対的な力を持つ優秀な者が弱者を支配することこそ理だと考えていた……それこそが真にオーブを繁栄させる正しい道だと信じていた」

 ルキーニの質問には答えず、ミナはまるで関係ないような事を語りだす。その表情はいつもの妖艶な笑みだが、どこか悲しみと懐かしさを綯い交ぜにした、儚い微笑だ。

「だがギナを失い、そのギナを倒したロウ・ギュールに出会い、我は己の考えが唾棄すべきアスハの考えと何も変わらぬ事に気付いた。結局は、己の考えを民に押し付けるだけの身勝手な傲慢に過ぎぬのだということに……そして、国を形作り繁栄させていくのはあくまで、そこに住まう民達自身であることに」

 ミナの語る言葉をルキーニは珍しげに聞いていた。ミナがどういう考え方でどういう道を進んでいるかはルキーニも知っていた、このように本人の口から直接聞くのは始めての事だった。

 ちなみにルキーニ自身は決してミナの理想に共感しているわけではない。彼はどのような思想にも一長一短があることを理解しているし、そもそも個人や国の思想がどうであっても知った事ではない。

 己の操った情報で世界を動かす事──良くも悪くも、ルキーニにはそれが全てだった。だから今現在の世界を変えようとするミナに興味を持ち、お互い利用しつつ勝手に行動している。ただそれだけのことだ。

 まあ思想に絶対的なものがないのはミナも理解しているのだろう。その上で、彼女はこの道を選んだのだ。

「全ての根幹たる個人個人が自由に生きる事が出来る社会……その実現の為に私は尽力を惜しまぬ。時間はかかるだろう。解決していかねばならぬ問題も多い……だがいつか、我が生涯をかけて成してみせる。我が代で成せぬとも、未来に繋がる種は撒いてみせよう。その決意は今も変わらぬ……だが、そうも言っていられなくなった」

 ミナの表情がガラリと変わった。唇は一文字に引き締まり、顔中に緊張が見て取れる……ルキーニが始めてみる表情をしたミナの頬に、一筋の冷や汗がきらりと流れ落ちた。

「白状しよう。私はあの魔神がユニウスセブンを破壊した様を見て、恐怖した。それも、その異形や力にではない……あのようなモノが『存在するという事実そのもの』を認めたくなかった。あれが、恐ろしかったのだ」

 どこか落ち着きのない、切羽詰ったように聞こえるミナの言葉。ルキーニはそんなミナに驚きつつ、同時に納得もしていた。顔にこそ出さないが、彼もまた似たような感情を覚えた一人であったからだ。

「初めてだ、我がこれほどの恐怖を感じたのは……不覚にも震えたよ、この我がな。そして、その時我は根本的な事に気付いた。人は支配される事よりも、自由を阻まれることよりも……何よりもまず『恐怖する事』を恐れるということに」

 そう、それはヒトに刻まれた、最も単純な防衛本能のようなものだ。

 僅かな恐怖にすら人はそれを避け、忌み嫌い、排除しようとする。ナチュラルとコーディネーターの争いも、ある意味その一つだ。奴等が牙を向く前に殺してしまえ、また攻撃してくる前に殺してしまえ。殺られる前に殺れ──互いに疑い、恐れているからこそ、その存在が許せないのだ。

 ──だが『本当の恐怖』と対峙した時、人はそれに抗う事が出来るだろうか?一体どれだけの人間が『絶対的な悪意』と向かい合った時、屈服せず、隷属せず、己の自由意思を貫けるというのだろうか?

「あの怪物に思い知らされた気分だ──人知を超えた不条理極まる力の前では、人間の半端な力など、所詮何の意味も持たぬということをな……あのようなバケモノが世に存在すると分かった以上、悠長に個人の自由を尊重している場合ではない」

 悔しげにミナは神妙に目を伏せる──が、次に目を開いた時その瞳にはもう迷いはなく、逆に燃え滾るほどの決意に満ち満ちていた。

「今必要なのは自由ではなく、あの絶大なる脅威に対する為世界が、人類が一丸となって纏まる事だ。それも早急に、次にアレが現れる前に──それが、我の結論だ。『天空の宣言』は今行っても、ただ無用な混乱を呼びそれを遅らせるだけにしかならん」

 いい終わり口を閉ざすミナは、ルキーニを見据える。ルキーニはボリボリと髪を掻きながら、ミナの言った事を頭の中で組み立て直していた。

 ハッキリ言ってしまえばタチの悪い冗談のような話だとルキーニは思う。あんな夢のような存在、実際に見た人間ですら信じられるものではない。そんなものを恐れ、その為に世界をまとめ、対抗する?なんと馬鹿馬鹿しい。誰も賛同なんかしない。不可能だ。

 だがミナの言う事が大げさではないと訴える奇妙な確信も、ルキーニの心中にはあった。

「……で、結局『天空の宣言』は諦めるのか?」

「馬鹿を言うな」

「……なに?」

「延期するだけだ。我の決意には何の変化もない、ただ過程が変化したに過ぎぬ。全て終わればまた機会を伺って行う……その時になって我が考えを変えていなければ、だが」

 その台詞を聞いて、ルキーニは笑いを堪える事は出来なかった。なんのこともない、何が起きてどんな事をしようと、目の前に居るのはロンド・ミナ・サハク以外の何物でもないのだ。そもそも馬鹿馬鹿しい、誰も賛同しない、不可能というのなら『天空の宣言』も似たようなものではないか、何を今更。

「ククク……流石はロンド・ミナ・サハク。そうでなくては俺も面白くない」

「お前にもこれから働いてもらうぞ、ケナフ・ルキーニ。これから何をするにも情報は山ほどかき集めねばならんのだ……裏社会最高の情報屋の手腕に期待させてもらうぞ」

 その後二人は己の感じ方や予測、想像を交えた様々な論議を、数十分に渡って語り合った。

 リ・ホームがアメノミハシラに近付いている事がミナに伝えられたのは、その最中のことだった。







「やはり、連合との同盟は避けられませんか」

「だねぇ。流石に国家間によるユニウスセブン被害への支援体制ってのを名目に出されちゃね。対プラント戦力集めの方便って分かっていても、受けなきゃオーブは地球で孤立して終わりさ。この際下手に時間掛けて、余計に無理難題押し付けられる前に受けたほうが無難でしょ……開戦して一週間以内、待たせるにしてもそれくらいが限度かな」

「……また、戦争になるんですね」

 オーブ行政府、そこでアスランは現オーブ政権の一翼を担う氏族、セイラン家の後取りであるユウナ・ロマ・セイランと面会していた。

 ミネルバがオーブに到着してすぐカガリとアスランは行政府に呼び出され、代表であるカガリは他の政治家達と会議に入った。そしてカガリを待っていたアスランは会議終了直後、何故かユウナに彼の執務室へと呼び出された。

 そこでアスランはユウナに、ユニウスセブンを落とそうとしたのがザフトのMSなのを既に連合が知っている事、そして連合から地球の各国に同盟加入の申し入れが来ているのを聞かされた。

「しかしカガ……代表は納得されたのですか?正直あの方が納得するとは思えないのですが……」

「ん~それなんだけど、確かにカガリは何度かゴネたよ。でも何度かしたら割とすぐ引き下がった。むしろ今までみたいにただ怒鳴り返すんじゃなくて、結構きわどい問題点を突いてきたもんだから驚いた。何も理解せずただ主張ばかり言ってる馬鹿共への問題提起にはなったんじゃない?」

「はあ……」

 どこか真剣味のないユウナにアスランは気のない返事を返す。元々アスランはユウナにあまり良い感情を持っていない。セイラン家はオーブの中でも特に連合に傾向している事で知られているのもあるが、アスランが気に入らないのはこのユウナがカガリの許婚であるということだ。

 常に飄々としている、というかヘラヘラとしているユウナをアスランは真面目さがかけているよう思っており、そんな彼がカガリが望んでも居ないのに彼女と添い遂げるのが気に入らなかった──同時にそれを止められず、さらに護衛という道を選んだのに未だカガリを求め、ユウナに嫉妬する己自身への憤りも覚えていた。

「ところで、何故自分を呼び出してそんな話を?自分は代表の護衛です、そんな大したことない人間に一体何を……」

「確かに『アレックス・ディノ』はそうだろうね。まあ急がないで……これからが本題なんだよ」

 そう言った直後、それまで何時ものようにヘラヘラしていたユウナの目つきが変わった。外面はパッと見変わりないが、その真剣な目が纏っている雰囲気すら一変させる。これまでのイメージとは違うユウナに、アスランは一瞬息を呑んだ。

「確かにオーブは連合と同盟を結ぶ。でもそれはあくまで仕方なくだよ。地球での孤立を避けるためと他国への支援の効率化、そして連合にオーブを攻める口実を与えないためだ。でなけりゃあんな危なっかしい国と同盟なんてゴメンだよ、まあそんな国だから同盟でもしないとヤバイんだけどね」

「ムチャクチャ言いますね……ってユウナ様、連合寄りの人間じゃなかったんですか!?」

「あ、やっぱりそう思われてた? まあ父上がああだからセイランはそういうイメージ持たれてるってのは知ってたけどさ」

 にこやかな顔で笑うが、ユウナの目は笑っていない。いやむしろ、余計に真剣さというか、熱が入ったような──

「確かに単に国として見るなら嫌いじゃないよボクは。今のオーブがあるのは連合の支援やあそことの貿易ルートあってのものだし、現大西洋連邦大統領のコープランド氏は政治家としても人間としてもなかなかだしね……ただ、連合の裏にいるブルーコスモスとかはダイッキライなんだよね」

 ユウナの顔からとうとう笑みが消える。その声はどんどん低くなり、握った両手に力が強く篭っているのが分かる。

「ああいう身勝手な連中が一番行動が読みにくい上に迷惑なんだ。連中のテロがオーブで何度あったと思う?その被害額はどれくらいだと思う!? あいつらは利益もクソも考えずにただコーディを殺したいだけなんだよ! んな得もないクサれた道楽になんでボクらが付き合わなきゃいけないのさ!? そんな連中が蔓延してる国を警戒しないわけないだろ、それが当然だよねぇ!?」

 ヒートアップし語気まで荒くなったユウナに、アスランは呆然とした顔で首を縦に振るしか出来なかった。これまで培ってきたユウナのイメージ、その大半が崩壊した瞬間だった。

「……失礼、取り乱した。ま、まあそれは置いておいて。つまり攻められないための同盟なんだ、前のようにこの国を焼かれない為にね……けど、だからといってザフトに攻められちゃ本末転倒なワケなんだ」

 ユウナの心配は一般的に見れば尤もだ。オーブのすぐ傍には地球上におけるザフトの最重要拠点、カーペンタリア基地がある。連合とプラントが再び戦争状態になれば、連合と同盟を結んだ場合オーブはどう見てもプラントの『敵性国家』だ。カーペンタリアからの攻撃がオーブに及んでも何の不自然もない。

「ですがデュランダル議長は良識ある方です、むやみやたらに攻撃を仕掛ける人では……」

「まあ内面はどうあれデュランダル議長が見た目そういう人物なのは認めるけどさ、それじゃ確証も何もない。ともかく、プラントとの関係もあまり悪くしたくないんだ。それも連合に知られる事無く極秘裏にね。と、いうわけで」

 一度声を止め、ユウナはアスランを見据える。開いた口から、ようやくアスランを呼んだ本題が告げられた。

「君にオーブの特使としてプラントに赴き、デュランダル議長にオーブからの書状を渡した上でオーブの現状を説明してもらいたい。それも『アレックス・ディノ』としてではなく、『アスラン・ザラ』としてね……引き受けてもらえないかな、アスラン君?」







 オーブ近海のアカツキ島にある、マルキオ導師の孤児院。住人達こそシェルターに守られ無事だったものの、ユニウスセブン落下による津波でここも大きな被害を受けていた。

 流された住居の残骸や倒れた木々を見て嘆く子供達。その中に二人、周りの子供からかなり歳の離れた少年と少女が居た。その目は悲しげに、広がる惨状を見つめている。

「どうして……こんなことが起きてしまうんだろう」

「キラ……」

 キラ・ヤマトとラクス・クライン──かつて大戦を終結に導いた者達の中心に立っていた二人は互いの身を寄せ合い、その瞳の悲しみが、ほんの少し和らいだ。

「これは酷い、なんという有様だ」

 二人の背から、よく通る低く渋い声が上がった。二人が振り向いた先には、黒衣を纏った黒人男性が顔に手を当て大げさに嘆いていた。

「まさかこんな事になろうとは……ここだけでなく、世界各地で多くの被害と死者が出た事だろう。神は時として、人には厳しすぎる試練をお与えになる。ああ神よ、貴方はなんとむごい仕打ちを……」

「……そうかもしれません。けれど神父様、私達はそれを乗り切らねばなりません。生き残った私達にはやるべき事がある……神様はそう仰っているのではないでしょうか?」

 悟ったような口調でラクスが語ると、『神父』と呼ばれた男は伏せていた顔を上げた。

「そうかもしれないね。私が今日ここにマルキオ導師を訪ね、運良く危機を乗り越える事が出来たのも神の思し召しかもしれない。感謝しなければな、神に……そして君達に」

「いえ神父様、僕達は何も……」

「いや、君達のおかげで目が覚めたよ。私の信じる神の為、私と同じ神を信じる同志たちの為、そして今苦しんでいる人々の為に!私はより一層奮起し、我等が神の道を民衆に伝え、迷える子羊に希望と救いを与えなければならない! それが卑しくも一宗教の長として私が成さねばならぬ事なのだァ!」

「あらあら、お元気になられたようで何よりですわ」

「そ、そうだねラクス、アハハ……」

 オーバーアクション気味に熱弁する神父にラクスは特に気にすることなく朗らかに笑い、キラは少々引き気味に苦笑した。

「キラ、ラクス」

 そんな二人に声をかけたのは、現在二人の身を匿っている盲目の男性、マルキオ導師だ。彼が現れた途端、子供たちは我先にと導師の傍へと駆け寄っていく。

「オーブ本国と連絡が取れました。少しすれば迎えが到着するそうです。荷物をまとめるのでシェルターへ」

 マルキオの言葉に二人は頷き、シェルターのある方向へ向かっていく。子供達も二人に付いて行き、残った神父にマルキオは呼び掛けた。

「貴方も中へどうぞ、神父アウグストゥス」

「ええ、少ししたら……一服して参ります。その後でまた語り合いましょう」

「分かりました。では……」

 マルキオがシェルターに戻り、一人になったアウグストゥスは取り出した葉巻に火をつけ、強く吸い込む。煙を吐き出し、開いた唇が閉じた時──その形は邪悪で下卑た嘲笑の形を取った。

「そう、全ては我等が『神』の為に……その復活の為に、いずれ君達の力を借りる時が来るだろう。『英雄』キラ・ヤマト、そしてラクス・クライン──『種』を持つ君達の力──その力こそ、神への供物に相応しい」







to be continued──







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