DEMONBANE-SEED_種死逆十字_08_1

Last-modified: 2013-12-22 (日) 06:11:10

「ええい! まさか仕損じるとは!」

 夜も更けたオーブ本島のはずれのはずれ、海に面したアスハ家の別邸。その地下に備えられたシェルターの分厚い壁を前に、ヨップ・フォン・アラファスは唇を噛む。

 彼を含む防弾チョッキにスコープ付ヘルメット、手に持ったサイレンサー装備のライフルといかにも怪しい風体の五人は、シェルターのロックをどうにかしようと躍起になっていた。

 彼等はザフトの暗部で動く特殊部隊。今彼らがここに居るのは上層部の命を受け、ここに潜伏しているという『ターゲット』を排除するためだ。

 ターゲット以外に注意すべき人物は三人、元軍人でかのエターナル、アークエンジェルを率いて闘ったアンドリュー・バルトフェルド』と『マリュー・ラミアス』、そしてフリーダムのパイロットだったという『キラ・ヤマト』。この三人以外は一般人や子供ばかり。かのアスハの別邸といっても普段は殆ど使われる事はなく、警備も手薄。人員の半数をMSに残し、残りの五人だけでも十分ターゲットを始末出来る……それが作戦開始前の部隊全員の考えだった。

 だがいざ作戦を開始すれば何故か即座に侵入を察知され、注意していた三人の予想以上の抵抗に二の足を踏んでしまった。終いにはシェルターまでの逃走を許してしまう始末。

 影のエリートたる特殊部隊にあってはならない失態だ。死傷者こそ一人も出ていないが、そんな事は慰めにもならない。

「だが、何としても今ここでラクス・クラインの命、貰わねばならんのだ!

 待機中のアッシュに出るよう連絡しろ!我々も一時戻り、MSでの殲滅を実行する!」

 ヨップの号令に、特殊部隊はシェルターから離れ慌しく動き始める。だがその時、

「なんだぁ~? 先客が居るなんて聞いてないぞ?」

 突然響いた若々しい声に、彼等は一斉にそちらへと目を向けた。

 そこには小さい背丈をストリートファッションで固めた少年と、圧倒的な上背にガウンを羽織り、髑髏を模したマスクを被ったマッシブな男──対照的な印象を与える二人が立っていた。

「何者だ貴様等!?」

 ヨップが声を上げるが、それを無視して巨漢がたどたどしいが迫力のある低い声を発する。

「……おそらク我々と狙いは同じらしいナ」

「うっわメンドクセー。なんでボクらと同じ時に動くんだよ空気嫁よ死ねよこのボケども」

 少年が顔を顰めながら、ヨップ達に罵声をマシンガンの用に浴びせる。だが流石に特殊部隊、ヨップは感情を乱さずに冷徹に言い放った。

「何者か知らぬが、見られた以上生かしてはおけん!」

 ヨップの一声で特殊部隊全員が銃を二人に向ける。それを見た少年は怯えるどころか、その顔をニヤつかせながらアカンベーと舌を出す。

「あ~ん?てめえら如きにボクらが殺れるかよ、百回死んで出なおしてこいや」

 シッシッ、と野良犬を追い払うように手を大きく振る少年に、流石にカチンと来たヨップが銃の引き金を引こうとし──コツンと何かが肩に当たった事で指を止めた。

「……?」

 振り向いた時、『それ』は丁度鈍い音をたてて地面に落ちたところだった。『それ』を見た瞬間、ヨップの頭の中が一瞬真っ白に染まる。



 ──『それ』は、自分の隣に居た仲間の首から上だった。



「ガァアアッッ!」

 響く咆哮。未だ我を取り戻していないヨップが反射的にそちらを向くと──



 ──視界を、巨大な拳が埋め尽くしていた。







 第八話『発現』







「……?」

「キラ?どうかなさいましたか?」

「ああいや、何でもないよラクス」

 何か遠雷の様な音が聞こえたような気がしたが、気のせいだろうとキラは傍らに居るラクスに微笑み返す。

 シェルター内の広い空間──緊急時様のシェルターにしては余剰スペースがありすぎな感があるが──の奥では、キラの母カリダとマルキオ導師の傍に10人弱の子供達が不安げに寄り添っている。自分達の傍には左肩から血を流して息を荒くして座り込むマリューと、彼女に救急セットで応急処置を施しているバルトフェルドの姿。

「ハァ……コーディネーターだわ。それも相当訓練をされてる……ううっ!」

「やれやれ、何処の誰か知らんが厄介な連中を送り込んでくれたな」

 マリューの傷を消毒し、包帯を巻きながら軽い口調で言うバルトフェルドも表情は笑っていない。

 正直、シェルターまで無事に犠牲者無しで逃げきれた事自体が奇跡と言っていい。ハロが侵入者に気付いていなかったら、どうなっていた事か。

 子供達の避難を最優先しつつ、バリケード等急ごしらえの防衛対策とはいえ準備出来ていたのが功をそうしたが……最悪、何人か犠牲になっていてもおかしくはなかった。

 現にマリューやバルトフェルドは危なかった。マリューは銃弾を受け、バルトフェルドも義手でなければ左腕を切り落とされていたかもしれない。

「……有難う御座います。もう大丈夫です」

 処置が済んだマリューが立ち上がり、肩をゆっくりと回す。痛みが走るのか幾度も顔を顰めるが、動かないことはないらしい。

「それでバルトフェルド隊長、連中は……」

「ああ、間違いなく狙っていたな……あいつ等の目的は、ラク」

「バルトフェルドさん!」

 声を荒げバルトフェルドの言葉を遮ろうとするキラ。だが名を呼ばれかけた彼女が、申し訳なさ気に顔を俯かせた。

「……やはり私のせい、なのですね……」

 ボソリと呟かれたラクスの言葉にキラが目を見開き、マリューやバルトフェルドの視線もそちらに向く。

「ラクス……」

「狙われたのは、私なのでしょう?」

 今度は顔を上げ、ハッキリと言い放つ。彼女も気付いていた、何度も自分に銃口が向いている事に──敵の狙いが、己の命だということに。

 バルトフェルドは頭をかき、マリューは複雑な表情でラクスから視線を外し……キラは悲しげに顔を歪めながら、己の思いを吐き出した。

「でもどうして、なんでラクスが狙われなきゃならないんだ!」

「さてねぇ、僕達を恨んでる人間なんて山ほどいるだろうが……仮に連中がプラントの兵士としても、誰が命令したのかは分からんしな」

 冗談じゃない。どんな理由だろうと、前の戦争で無益な戦いを終わらせようと尽力し、今は静かに暮らしているラクスを狙うなんて。

 ──そんな事、許せない。

「あら?」

「どうした?」

「気のせいかしら、壁の向こう側から何か音が……」

 マリューが首を傾げながらシェルターの防壁に近寄っていく。耳を澄ませると、キラの耳にも何かが防壁にぶつかっている様な音が聞こえ──その背をゾワリと、悪寒が通り過ぎた。

「マ……」

 キラがマリューの名を叫ぶ間もなく、一陣の風が『防壁の向こう』から吹いた。

「──え?」

 風を感じたマリューの頬に切れ目が入り、血が噴出し──

「馬鹿な──」

 ──バルトフェルドの目前で、特殊合金製の防壁に横一文字の線が走った。

「──っ!皆伏せてーーーーっっっ!」

 今度の叫びは間に合った。ラクスをキラが、子供達をマルキオとカリダが抱えるようにして伏せ、呆然としていたマリューをバルトフェルドが押し倒した直後──二度三度と、防壁に新たな傷が入り、そこから吹き荒ぶ突風がシェルターの内側にも傷を付ける。甲高い切断音と子供達の叫び声がシェルターに響き渡る。

 やがて突風が止み、胸を撫で下ろしかけた一同の心臓が今度は轟音によって跳ね上げられる。防壁の断面から何かがぶつけられ、爆弾でも破壊困難な防壁が徐々に変形していく。壁の向こうから断面を通じて響いてくる激突音と、眼前で壁が歪んでいく光景に、もはや声すら出せず震えるだけの子供達。マリューとバルトフェルドが拳銃を抜きながら少し下がり、キラはラクスを庇うように彼女の前に立つ。

 そして一際大きな轟音と共に、とうとうボロボロになっていた防壁の中央が何かにブチ抜かれた。

「……え?」

壁を貫通したソレが『人の腕』であることにキラ達が唖然とする中、ブチ抜かれた穴からもう一本腕が現れ、穴の両端に添えられ──壁をひしゃげさせながら、穴を更に大きく押し広げた。

「……見つけタ」

「ヒャハハッ……」

 ──マトモな人間じゃない。現れた二人の纏う雰囲気のせいか、はたまた何度も走る正体不明の寒気のせいか──現れた人間を見て、何故かキラは目の前の連中が非常に危険だという確信を持った。

 開かれた大穴から現れたのはドクロマスクの大男と、ストリートファッションの少年──格好も異常だが、纏う雰囲気はもっと異常だ。キラ以外も、その異様さを多少なり感じているようだ。

「何処のどちら様かな? さっきのコーディネーター達のオトモダチかい?」

「……コーディ? ああ、カベの前に突っ立ってたザコども? んならほれ、そこに転がってんよ」

 バルトフェルドの問いに少年と巨漢が穴の前から退き、その奥に指をやる。穴の先にあったのは……

「……っ!」

「うっ……」

 吐き気がキラを襲う。ふと見ればバルトフェルドの表情が嫌悪に歪み、マリューはその光景から目を逸らしている。

 床や壁に穿たれた幾つかのクレーターと切り裂き痕、その周囲にぶちまけられた血液と肉片、

そしてバラバラにされた人体──凄惨な光景が、そこに広がっていた。

 ふと見れば何とか原型を留めていた生首が白目で此方を向いている。それを見たキラは嘔吐こそギリギリで耐えたが、流石に視線を背けずにはいられなかった。

「貴方方が、やったのですか……?」

「おお。コーディっつっても大したコトないのな、ソッコーでツブせたぜ。宇宙の悪魔だのなんだの散々ビビられてるからどの程度かと思ってたが、やっぱ所詮カスだな。ヒャハハハハハッ!」

「……なんてことを言うのです! 人を……それもあのように無残に殺して、何も感じないのですか!?」

 顔を青くしながらも、蛮行を行ったらしい少年を問い詰めるラクスに、笑いながら返す少年。憤慨するラクスを、少年は不快そうに睨み付けた。

「ウッセーよピンク。ジャマなゴミ処分しただけだろーがよ。大体てめえを狙ってたんだろーがあいつらは。始末してやったんだからむしろ喜べよ。感謝しろよ。頭下げろよこのボクによー!」

 まくし立てる少年を厳しい目で見据えるラクス。だが喚き立てる少年を、巨漢が止めた。

「無駄口をたたいてないデ、とっとと仕事を済ませルぞ」

「ああ? んなこたぁ分かってんよ。けどたった二人掻っ攫ってくりゃいーだけのチョロイ仕事だろ?久方ぶりのシャバなんだぜ、少しは遊ばせろや」

「油断するな。時間掛けれバオーブ軍が動くやモしれん。それに先ほどノ連中に仲間がいないとモ限らん」

「なんだ? ビビってんのかデカブツ? いくら力が弱まってるからってビビリすぎだろバーカ」

「…………」

「うわっマジになってんじゃねえよ! 流石に今ここで暴れんのはマズイだろうが!」

「ふん!」

 緊張感もなく言い争い、一瞬だが一触即発の雰囲気まで醸し出す二人組に戸惑うばかりの面々。しかしその会話の内容と襲撃者達の惨状から、決して友好的でないことだけはよく分かった。

「とりあえず、私達の味方ってわけじゃないようね」

「ったりめーだろーが、乳ババァ……オイそこのピンクと優男!」

 マリューに罵声を吐き捨てつつ、少年がラクスとキラに怒鳴りつける。少年のギラついた眼とキラの眼が合った瞬間、少年はニヤリと、歳不相応な邪悪極まる笑みを浮かべた。

「……テメェらだよなぁ、キラ・ヤマトとラクス・クラインってのはよ」

「「っ!?」」

 名前を言い当てられ身体を一瞬強張らせる。『二人掻っ攫ってくりゃいーだけ』……その言葉が脳裏に響き、ある予想が立てられる。

 ──そして、皮肉にもその予想は的を獲ていたのだ。

「ちょいと頼まれ事でよ、てめえら連れて来いっつわれてんだわ。一緒に来てもらうぜ」

 少年の言葉に後退る二人、その前にバルトフェルドとマリューが立ち、拳銃を少年と巨漢に向ける。

「悪いが、君のような相手と遊ぶのは保護者として許可出来んな!」

 バルトフェルドが躊躇なく拳銃の引き金を引く。子供相手とはいえコーディネーターの特殊部隊をあんな目に合わせた連中に遠慮する気は無いと、放たれた銃弾は真っ直ぐ少年の眉間に向かい──

「ムダなんだよ、タコ」

 ──キンと音をたて、少年の前面に広がった魔法陣によって止められた。驚愕がバルトフェルドがら、全員に伝播する。

「……ヤりすぎんなよデカブツ。ターゲットまで殺しちまったらあのジジィがウルセェんだからよ」

「貴様に言われルまでもない。貴様こそちゃんト手加減をしロ」

「ま、ぶっちゃけそれなら他のヤツラ幾ら殺してもいいってことだよなぁ」

 少年の眼前からポトリと弾丸が落ちる。少年は舌を出しながら哂い、巨漢はその筋肉隆々な身体でファイティングポーズを取る。

「教えといてやるよ! ボクの名はクラウディウス! アンチクロスやってマース!」

「カリグラ……アンチクロスのカリグラだ。目標は、連れ帰ル……無理矢理にでもナ!」







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