DESTINY-SEED_118 ◆RMXTXm15Ok氏_003話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 21:41:52

「なぜ“専属パイロット”にすると言ったのですか」
 そう言ったのは赤い髪をした士官だった。ショートカットで頭の天辺には跳ねるように一本髪が立っている姿。“アークエンジェル”の艦橋、階段状になった場所。その二段目の真正面を向く一つの椅子前にて、その一本髪を揺らしながら、藍髪の男に言い寄る。
「“OSの完成”を頼むだけだったはずです」
 MA乗りから“ヘリオポリス”を攻めてきた部隊を指揮している男と“ストライク”が彼女の手に余るという話を聞いた。そのとき、彼は、OSの完成を頼む、とだけ言っていた。それなのに、あの少女の前に来ると、突然、パイロットにすると発言した。
 艦側の意見の不一致を見せることで、相手を不安がらせないように、そのときは、平静を保った。しかし、彼女の内心は納得していなかった。
 赤い髪の士官が目を吊り上げているのとは反対に、藍髪の男は凛とした瞳で、その疑問に返答する。もっとも冷静というより、少し張り詰めた空気をまとって口を開く。
「子供を相手にしている。ならば、単純に仕事を頼むより、実物に触れてもらった方がやる気が出ると思ったからだ」
 しかし、と赤い髪をした士官は不満を投げかける。藍髪の男は話を切らずに続ける。
「それに、パイロットの生命の安全は、過去の事実が保証している。ならば、誰が操作しても同じことだ。それが非戦闘員の研究者であっても、子供であってもな」
 艦橋の後方中央部、入り口の所から、ほう、と声が聞こえる。OS開発を依頼した少女の近くにいた男、アゴまで立派にもみ上げを生やした褐色肌の彼が、ポケットに手を入れた格好で立っている。
「“子供に玩具を与えれば、その分仕事に性が出る”か。君にとっては、OSの完成の依頼のみを、あっさり引き受けたことの方が計算外だったってことかな」
 その男は、この艦の設計に携わったなどと、ほらを吹いていながら、現場の人間を丸め込める知識と度胸を併せ持つ、少女の保護者である三人のうちひとり。少女の話を聞いてから、彼らが実は一般人であると分かったが、それまで誰一人、関係者である事実を疑う者はいなかった。
 そんな彼らだ。関係者以外艦橋に立ち入るな、と言っても、十二分なほど口を回し、この場に居続けるだろう。そう思った藍髪の男は、男の話を止めさせずに黙って聞いた。 
「いやいや、なぜマユのような子供を専属パイロットにする気になったのか、引っかかっていてねぇ」
 褐色肌の男は、休憩中に差し出されたコーヒーのような落ち着いた雰囲気で、そう話す。それは冗談を言うような口調であったが、今度は声色を少し落とし、彼もまた、赤い髪の士官と同じように疑問を提示する。
「今、面白いことを言ったね。パイロットの生命の安全を保証する過去の事実、とは何だい?」
 中立国オーブ所属のコロニー“ヘリオポリス”の外は戦争をしている。平和だった“ヘリオポリス”で製造されたとはいえ、“アークエンジェル”という名のこの艦や“ストライク”と呼ばれるあのMSは、今から、その外で使用されるものである。ならば、戦場を駆け抜け、撃墜される可能性があるのに、なぜ、パイロットの生命は安全、と言い切れるのか。

「あの部隊の指揮を取っているのが、キラ・ヤマトだから、です」
 褐色肌の男は、藍髪の男の台詞を繰り返すように、キラ? と問う。それに答えたのは赤い髪の士官。
「MAを撃墜すれども、コクピットを決して狙わない、という男です。連合でも真実性の高い事実として広まっています。また彼の指揮下にある部隊も、ほぼ同様の行動をするという報告もあります」
 赤い髪の士官もおそらく、その事実を信じ切れていないのだろう。藍髪の男に詰め寄ったときの強気な仕草から一変、自信が欠けたような口調で話している。それとは対照的に、藍髪の男は、張り詰めていた空気を、さらに引き締める。胸中は、濁流の中で藁を掴む様相。しかし、そんな思いを表に出さないようにしながら語る。
「彼らがコクピットを狙わない、という事実は好都合です。余裕の無い、この状況下なら、年端のいかない少女でも敵の酔狂でも、使えるものは全て、OS開発に注がせてもらいます」
 ただし、制限時間がある。この艦を月に、最低でも連合主力と合流するまで、他の部隊に当たらなければ、の話と。藍髪の男は続けて言う。
「キラ・ヤマトの指揮下以外の部隊に当たる前に、OSを完成させる。それが彼女に与えられた仕事だと思っていただきたい」
 その意見に褐色肌の男が、それまでに出来なければ、と聞けば、MSパイロットもまた命がけになるだけ、と返される。
 彼は静かに考える。そして、話の要点であるキラ・ヤマトという名の男を、戦場で人を殺さない男か、と不思議そうに呟く。
 すると、そこへ、金色のストレートヘアをなびかせながら、MA乗りが艦橋に入ってくる。入り口の前に立つ褐色肌の男の横を通りながら、あいつがそんな玉か、と発言する。
「コクピットを狙わないのは、単に、厚い中央部を切り裂くより、細い継ぎ目を狙った方が省電力化が図れる、とも考えられる」
 連合の主力MAであるメビウスは、両腕にスラスターを2機づつ持つような形状をしている。その腕を片方だけ切り落とせば、正常に航行することは難しくなる。腕にあたる部分や継ぎ目を狙えれば、攻撃に割く電力を減らせる、というもの分からなくも無い。
 MA乗りは艦橋の下部に向かいながら、自機であるMAがまだ出れないこと、それでCICにつくことを告げる。
 藍髪の男は、MA乗りの省電力説に対し、死人が出ていないのは事実だ、と返事をする。MA乗りが信じられなくても、そういった報告は、いくらでもある。
「たしかに艦載機の撃墜の際に死人を出した、という話は聞かない。が、艦船以上の大きさのものには、どうだ?」
 赤い髪の士官のみが眉をひそめ、難しい顔をし出す。藍髪の男は軽く拳を握り、無理に平静を保とうとしている。MA乗りは、彼らの姿を流し見ながら、こう付け加える。
「まぁ、MSを誰も扱えない以上、私は、艦長の判断に異論を唱える気にはならないけどな。議論なんて、するだけ無駄だ。真相は本人に聞かないと分からないしな」

 MA乗りは、ただ事実を述べているつもりのようだ。けれども、赤い髪の士官は、艦長となった藍髪の男に対し反論した自分への当て付け、と捉えたようで軽く唇を噛む。
「それより発進、急げよ。次の攻撃で、おそらく“ヘリオポリス”は、墜とされる」
 何でもないことのように言うMA乗りの言葉に、場の空気が動き揺らめく。それは、中立国のコロニーをザフトが倒壊させる、という忠告。褐色肌の男がアゴを摩りながら、そこまでするかね、と問う。
「するさ。艦船以上の大きさのもには容赦しないんだ、あれは。子機の帰る場所を失わせ、逃げ道を塞ぐ。残された機体を、攻めるか降伏するかしか出来ない状況へ追い込む」
 馬を射るタイプということか、と褐色肌の男が表現すると、MA乗りは頷く。  
「それに、もう住民たちの避難も完了している頃だろう。無駄な人死にを心配することもないしな。“ヘリオポリス”が墜ちれば、我々はジリ貧だ。それくらいは分かるだろう?」
 敵軍にいる男を良く知る者のように“あれ”と指すMA乗りに、褐色肌の男は腕を組み考える。そして、彼は口元に笑みを浮かべながら、飄々とした雰囲気に戻り、MA乗りへ話しかける。
「艦船以上に容赦しないってことは、“ストライク”に乗っているマユたちより、“ストライク”の馬である、これに乗るボクたちの方が危険なのかな」
 その疑問には藍髪の男が、どちらにしろ、と答える。
「我々は、この艦とあのMSを持って、大西洋連邦司令部に、たどり着かなければならない。敵の誰が指揮を取っていようと、この艦の方は、生き残こりを賭ける条件の項目に、変化はない」
 そして、彼は落ち着き払った仕草そのままに、今後の動向を述べる。
「ヘリオポリスを脱出。月の方向へデコイを発射後、コロニー倒壊で発生する破片を、レーダー及び熱探知のかく乱として利用し、“アルテミス”へ慣性航行を行う。そこで補給を行い、改めて月へ向かう」
“アルテミス”とは? と褐色肌の男が尋ねると、MA乗りが、最寄の友軍基地さ、と答える。
 “アークエンジェル”はザフトの襲撃を受けたため、物資搬入が、まともに行えてない。搭載されるはずのMSが外においてあったことからも、それは伺える。物資を瓦礫から掘り起こすにしても、人手も時間もない。“ストライク”のパーツ拾いすら、ギリギリなくらいだ。
 地球を挟んで衛星軌道上にある月へ行くには、心もとない懐の“アークエンジェル”。MA乗りのいうジリ貧とは、このことだ。
 だから、早急に補給するため最寄の友軍基地へ行く、という藍髪の男の判断は、常識的で、まともな考えだろう。これに異論を唱える者はいない。もっとも、褐色肌の男を除いての話だ。
「しかし、金髪のお嬢さんが言うとおり、敵がヘリオポリスを必然的に崩壊させるのであれば、そのくらい読んでくるじゃないのか。袋小路に追い詰める話は、さっき彼女が言ったしな」

 変わらず艦橋入り口近くから聞こえてくる声に、皆がハッとする。これには、藍髪の男が、現状を確認するように答える。
「この艦は足に自信がある。しかし、向こうにも高速艦はある。直接、月まで逃げ切ることは出来ず、必ず戦闘になる。さらに、弾薬もそうだが、食糧、水が少ない。月にたどりつく為には、一旦どこかで補給する必要がある。本艦の位置から考えて、もっとも取りやすいコース上にある“アルテミス”へ寄港する以外、他に手は無い」
 そこまで発言して、彼自身が気付き驚く。『他に手は無い』とは、相手に、こちらの動きを誘導されているのではないのか。それは指摘された通り、大口を開け構える敵に飛び込んでいくようなものなのでは、と。
 焦りの色が藍髪の男の額に浮かんでくるのを見ながら、褐色肌の男は、こう述べる。
「いいかい? 鬼ごっこは足の速さだけじゃ決まらない。鬼を、いかに出し抜くかがゲームの本質なんだ」
 彼の顔を見ると、まるで悪戯を考えている子供のような目をしている。
「補給は、デブリベルトで行う。それから月へ行こうじゃないか」
 どうだい? と褐色肌の男は不適な笑みで提案する。デブリベルトとは、地球の引力に引かれ漂う宇宙のごみ地帯。廃棄された人工衛星から、破壊された戦艦、そして、あるコロニーの残骸が、そこに留まっている。
「そんなやり方、聞いたことがない。それに、我々に墓泥棒をしろ、とでもいうんですか?」
 くもの巣を乱暴に払うような言い方で、藍髪の男は彼の意見を否定する。彼は、そんな藍髪の男の素直な態度を笑って受け止め、真摯な瞳で、その男を見つめ、こう言った。
「何でも利用する、といったのはキミだろう。それに戦力の足りないボクらはね、彼らの想像を超えたことをしなければならない。でないと、生き残れないよ」

 デュランダルさんと“ストライク”に乗り、瓦礫の下敷きになっているパーツを拾い集めているのだけど、同時に私は“ストライク”を調整している。
「遊びを今の2倍くらいに。それとペダルに対する“ストライク”の加速を今の0.75倍くらいにしてもらえるかな」
 というデュランダルさん。ペダルを踏む角度に対する加速の割合を減らして欲しいってことかな。ザラさんが操作したとき、地面を蹴る力がありすぎて滑ってしまったみたいだから、足の裏の接地圧を上げる方向で行こうかと思っていたんだけれど。 
「そんなに、ゆっくりでいいんですか」
 私はデュランダルさんの膝の上に座り、キーボードを叩く。彼は微笑みながら言う。
「マユみたいな子供には、ゆっくりかもしれないけれど。我々のような大人には、それくらいでないと、体がついてこないんだ」
 そういうものなのかな。それとも、私が、どういう存在なのか気が付いたのかな。気が付いっちゃったのなら、怖いものがある。
 この世界には、自然のまま生まれてきたナチュラルと、遺伝子をイジり、好みの才能を詰め込んだコーディネイター、と呼ばれる者たちがいる。
 そして、ナチュラルの中にはブルーコスモスという主義者がいて、コーディネイターをこの世から排斥しようとしている。
 さらに、プラントの尖兵ザフトはコーディネイターの集まりに対して、連合はナチュラルの集まり。おまけに連合の上層部にはブルーコスモスがいる、という噂は常識と化してる。
 連合だけじゃない。私のお兄さんを名乗る三人の内ひとり、ジブリールさんもブルーコスモスの一員で、コーディネイターを毛嫌いしている。
 そして、私はコーディネイター。藍髪の男の人との間に感じた差異は、そのナチュラルとコーディネイターとの間にある決定的な能力差。
 私がコーディネイターだと皆にバレたとき、どういう目に合ってしまうのだろう。
 そんな感じで悩んでいると、頭にポンッと手を置かれ撫でられる。デュランダルさんを見上げると、私の悩みを見透かすように、大丈夫だよ、と言っているみたいな微笑み方をしてた。

 引き続き作業を続けていると、空を飛ぶ“ジン”が数機、こちらに近づいてくるのが見える。それらは、私たちに見向きもせず、頭上を越えていく。
 私が頭に『?』マークを出していると、デュランダルさんのいつもの落ち着いた声が聞こえてくる。
「こちらに見向きもしないというのは、逆に気になってしまうな」
 ストライクのカメラで、過ぎ去っていく“ジン”をモニター画面の端に小窓サイズで拡大してみると、背中に大きなミサイルを装備しているのが分かる。今度は、何をする気なんだろう。
「まるで、“ヘリオポリス”を墜とすような武装だな」
 コロニーを壊しちゃうってこと? 信じられない。でも、本当なら、そんなことさせるわけにはいかない。

 今、ちょうど取り出した“ストライカーパック”と呼ばれるパーツがある。“ストライク”に、それをアジャストするように指示。“ストライク”に入っている情報によれば、これは近接戦用の武器で、“ストライク”の身の丈ほどの大きさを持つ剣は、実刃とレーザー刃で標的を切り裂く武器。
 これは、ちょうど良いのかもしれないね。これまでに拾った他の武器は、中遠距離戦ようの物だった。でも、これなら、当たるかどうかも分からない代物を使い、無闇にコロニーを傷つけてしまうことはないわけだし。
「デュランダルさん。彼らを追いかけます。準備は良いですか?」
 これに乗ったとき、戦闘が起きることに関して、腹が決まってた。それは、OS完成のため、より多くのデータが欲しいから。後先考えないって怒られそうな気もしたけれど、彼も迷いが無かったみたい。余計な事を一切聞かずに、そのまま空中に飛び出せばいいのかな、と質問してくる。
 “ストライク”は上昇し、“ジン”の後を追う。でも、飛ぶように出来ていないみたいで、いっぱいに加速しても追いつくような感じがしない。
 でも、“ジン”の群れのうち一機が、こっちに気が付き、引き返してくる。そして、ミサイルを二つ発射。ミサイルが命中しても、こちらにはPS装甲がある。さっきの戦闘で、物理攻撃は効果が無い、という情報が流れていないわけじゃないと思うけれど。
 ひょっとして、撃墜目的じゃなく、時間稼ぎのつもり? まともにくらうと、ミサイルに押されて後ろに飛んでいく、なんてこともありえるかも。
 だから、回避を指示。とはいえ、コロニーを傷つけさせないために、一つくらいは撃墜したい。ミサイル目掛けて、頭上に掲げた剣を振り下ろす。でも、結果は空振り。
 デュランダルさんが、小回り出来ない、とぼやく。ペダル操作一任の移動というものではなく、近づいてい来る物体に対し、自動的に一定の距離を保てるようにした方がいいのかもしれない。
 そんなことを考えているうちに、“ジン”自体が目の前に迫ってきていた。
「このまま体当たりする様にして。当たっても、PS装甲がある分、こちらが有利です」
 分かった、と返す、デュランダルさん。ただ、装甲が無事でも慣性が消せるわけじゃないから、本当に体当たりしてしまうと、中身の私たちは無事じゃすまない。
 そのことは“ジン”の方も分かっている。特攻するこちらの動きに対して、左に回避行動を取ってくる。その動きを利用して、それが、すり抜けようとする側に、絶妙なタイミングで、刃を向ける。長い刀身が、“ジン”を逃すことなく捉え、それの胴体部を切り裂き、真っ二つにする。
 そして、“ストライク”は大きく弧を描き反転。モニターで、それが爆散するのを見届ける。
「これが、『MS』ってことなの!?」
 爆炎となり散りゆく“ジン”を眺めながら、背筋に寒気が走る。
 ここは密室であり、外を映すのは窓じゃなくてモニター。空を飛んでも風を受けることの無い世界。現実から隔絶されたような空間に、私たちはいる。別の場所から遠隔操作で“ストライク”を動かしていることと、大きな差を感じない。デュランダルさんがGがつく高級なゲームといった意味を、ようやく実感できた。
 そして、撃墜したMSに、乗っているであろう人の姿は全く確認出来ない。撃墜したのに、人を殺したかもしれないのに、何も感じることが出来ない。そのことが、こんなにも怖いことなんて考えてなかった。
「これでは引き金を引く指の力を軽くするだけだな」
 デュランダルさんの呟きを聞きながら、私は生唾を飲んだ。

 “ジン”の爆発が、向こうの注意を引いたみたい。今度は藤壺のような形をした赤い機体が、右斜め上からこちらに向かってくる。
 十数m離れた所で、それは変形し、こちらと同じMSの形になる。その姿は格納庫に居た、お兄ちゃんらしき人が乗り込んだ、あの鬼。唐突に、無線が入る。
「“ストライク”のパイロット、聞こえるか。こちらは……」
 この声、やっぱり、あの人はお兄ちゃん!?
 お兄ちゃん、と呼びかけると、少し間を置き、マユ? と返答してくる。
「何でマユが、そんな所に!?」
 お兄ちゃんの声の人が問いかけてくる。問いかけじゃなく、疑問が口から漏れただけかもしれない。その疑問は、もっともだと思う。実際、私のような子供が、ここにいるのは、まともな思考なら、ありえない話。
「何でって、“たまたま”だよ」
 でも、お兄ちゃんが、そこにいることも、私にとっては、まともな事態じゃない。
「お兄ちゃんこそ。何で、そこにいるの。そっちは、ザフトでしょ」
 赤い機体と擦れ違うように交差する。今度は切るわけにはいかない。手足だけ切るなんて細かいこと出来ない。また、PS装甲は機体のみで、この剣で峰打ちする折れてしまうかもしれない。
 傍から見れば、斬りかかる機会を見計らうように、2機が空中で輪舞する。デュランダルさんが、会話を気にして一生懸命近づこうとするんだけど、上手くいかない。勢いづいた“ストライク”の慣性力を中和し、空中停止するなんて、もちろん無理。なので、円を描き続けるように飛び回りながら、無線で話し続ける。
「“たまたま”って、何だよ。子供のお使いじゃないんだから」
 無線の向こうから不満そうな声が聞こえてくる。でも、一から説明したって納得出来るものじゃない、と思う。
「お仕事を依頼されたんです! そしたら、こうなったの。それで、お兄ちゃんは何でザフトなんかやってるの? お父さんたちは知ってるの?」
 先刻は、すぐに応答してきたのに、今度は少し間が空く。
「そんなことより、マユ、危ないから、そこから降りろ」
 ちょっと強めの口調で、あからさまに話を逸らされる。直感的に良くないことをしている、と思った。
「こら、少年! ご両親が泣いてるぞ。そっちの方こそ今すぐザフトなんて止めて、お家に帰りなさい!」
 私は、冗談交じりに、そう言うと、さっきより、もっと長い間を空けて返事が聞こえてくる。頼りなく力の入らない声。
「マユ、わがまま言うなよ。お願いだから、そんなものから降りて、こっちに来るんだ」
 なんか隠し事をしてる気がする。しかも、『こっち』ってザフトのことだよね。
「いやです。お兄ちゃんの方こそ、そんなものに乗ってないで……」
 そう言いかけると、マユ! と強い口調で遮られる。私の言い分も酷いとは思うけど、『なぜ』に答えようとしない、お兄ちゃんの言うことも聞いてられない。
「お兄ちゃんが、言うことを聞かないのなら、私だって、お兄ちゃんの言うこと聞かないよ」
 事情も分からず付いていくのは、知らない人に付いて行くのと同じ。私の知る、お兄ちゃんとの差分が埋まらない以上、あっさり付いていくのは危険。あんまり言いたく無いけど、なんか頼りないところあるからなぁ、お兄ちゃんは。事情を話せないんじゃあ、無心の信頼をおけるほどの状況とは、とても思えない。

 そう考えていると、突然、赤い機体との距離が大きく開いて、そのまま離されていく。後ろにいるデュランダルさんを見ると、険しい顔をして、こう言う。
「“ヘリオポリス”が倒壊する」
 “ストライク”の目で空を見上げると、土埃を吐き出すようにしながら、大地に直線が走り分断していくのが見える。足元の方へ視線を向けても同じ。切れ目から大気が逃げ出し、それが作り出す乱気流は、こちらの操縦を奪っている。
 疾風に乗り、黒い空へ投げ出される。デュランダルさんは、流されすぎないようにと、“ストライク”のスラスターを噴射させ姿勢を制御する。私は周囲を見回す。だけど赤い機体はもうどこにも見当たらない。代わりに、あるものが視界に入ってくる。それは、数十、数百m以上の大きな土の塊と巨大な金属片。虚空を漂う“ヘリオポリス”の欠片だった。それらを眺めながら身震いする。
 “ジン”の装備と合わせて嫌な想像が脳裏を横切る。自分の兄が、こんなことに加担しているかもしれないなんて。
「お兄ちゃん、きっと騙されているんです」
 私は振り返らず、そのままの姿勢でデュランダルさんの服の裾を掴み話す。
「お兄ちゃん、優しすぎっていうか良い人すぎるっていうか、とにかくお人好しな所があるんです。だから、きっと、これも……」
 何かの間違いだと信じたい。

 デュランダルさんが何かを言おうとしたみたいなんだけど、それを邪魔するように、電子音がする。救難信号? 
 周辺を調べてみると、同じく虚空を漂う円筒形の救難ボートの点滅するランプが目に付く。どうやら、推進器が壊れているみたい。
<“ストライク”……聞こえるか? 応答せよ>
 藍髪の人の声が通信機から聞こえる。それに、いつもの落ち着いた声でデュランダルさんが答える。
「こちら“ストライク”。不躾で申し訳ないが、故障した救難ボートを見つけたので持って帰ろうと思う」
 本当に不躾な気がする。ゴミ捨て場で使えるものを見つけた人みたいに言わなくてもいいのに。
<ちょっと待ってください。現在、本艦は戦闘中なんですよ>
 これ、赤い髪の人の声だね。
<おいおい、酷いな。それじゃあ故障したボートは、そのまま宇宙の藻屑にするのかい? それは、いくらなんでも非人道的じゃないのかな?>
 あ、虎さんだ。
<非戦闘員が、いつまで艦橋にいるんですか>
 赤い髪の人、ちょっと怒っているみたいだね。
<落ち着け、ホーク少尉。“ストライク”、こちらの位置は分かるな。救難ボートを持って帰るのはかまわないが、着艦する時、気をつけろ>
 これは藍髪の男の人の声。通信は、赤い髪の人の不満の声を少しだけ届けた所で切れる。最後の一言が意味深だね。たしかに荷物持ったまま着艦できるかな?
 無重量状態であることが幸いした。甲板で着艦せずに“ストライク”をゆっくりと“アークエンジェル”内へ突っ込こませる。まず救難ボートを下ろし、そのあとゆっくりと“ストライク”を着艦させることに成功。

 戦闘データを手早く整理して、“ストライク”のコクピットから顔を出すと、ちょうど救難ボートから、女の子が出てくるのが見える。同い年? ううん、私より少し年上くらいかな。それほど歳は離れていないと思う。
 私と同じ茶色い髪を頭の後ろで一つにまとめ、その姿はパイナップルのような感じ。黒系の色で固められた迷彩柄のロングパンツに、ミリタリーテイストのブルゾンをはおった子。オドオドした様子はないけれど、周囲を警戒するような顔つきをしている。
 その子は、救難ポッドから体を出し切った後、くるっと半回転して、マンホールのような丸い形の入り口へ向き直り、誰かに差し伸べるように手を伸ばす。差し出された手につかまりながら、次に出てきた人は、カトー教授の研究室で見た金色の髪を持つ女の子。
 あの人、無事だったんだ。
 顔見知りってほどでもないけれど、知っている人がいる、ということが、私の心を歓喜させる。膝に軽く力を入れ、彼女の方へ飛んでいく。飛んでいくと言っても、風船が宙を行くように、ゆっくりと空中を進む。
 私は救難ボートへ向かう途中、“大丈夫でしたか”“カトー教授には、どういった用件で?”etc. という感じで、何を聞こうか考える。
 知らない人からいきなり話しかけられるのはキツイかな? でも、あそこに居た理由、工場区のこと、聞きたいことがある。

 長髪の男が“ストライク”から、その真下へ降りると、褐色肌の男に迎えられた。
「おつかれさん。面白いことを聞かされたよ」
 それは、“ヘリオポリス”崩壊前に、艦橋で聞かされた、ある男の話。
「それなら、次からは、ジブリールが乗ってもいいかもしれないな」
 話を聞いた長髪の男が、弱気とも取れることを言うので、褐色肌の男が肩で笑う。
「一回の出撃で怖気づいたのか」
 長髪の男は、首を横に振り否定する。さきほどの戦闘データをマユと分析していると、彼のゲームをやっていた頃のクセが無意識に出ていたらしく、必要以上にペダルを細かく踏み返していることが分かった。中身が真っ白な“ストライク”相手に先行入力をしようとして、体が勝手に動いていた記録のことを話す。
「私の操作だと、妙な癖がつきそうだとマユに言われてしまったよ」
 どこか寂しげな微笑みを浮かべる。そして、周囲に目をやり、長髪の男は、耳打ちするように小声で話しかけてくる。
「こちらも報告がある。向こうの赤い機体には、マユの兄が乗っているみたいだ」
 確かなのか? と褐色肌の男が問う。
「無線からの声を聞いて、マユが彼を兄と呼んだのは確かだ。しかし、それに赤い機体のパイロットが機転を利かせて話を合わせただけ、とも考えられる」
 あちらも闘うだけが芸じゃないだろう、と付ける。
 そのとき二人の真剣な話に割って入るように、ひゃあっと少女の高い声が上がる。何事かと思い、声のする方を見る。それは救難ボートの上からだった。

 私が救難ボートの上、彼女の近くに降り立つと、突然、平べったい銀色の尖ったものが空を切り、私の目の前に突きつけられる。
「ステラ様に近寄るな」
 金色の髪をした女の子と私の間に滑り込んできた。それは小型の折りたたみナイフ。鋭い眼差しが私を睨み付ける。それはパイナップル頭の女の子のもの。
「貴様、何者だ」
 何者って言われても、この状況ならナイフを取り出している、あなたの方こそ何者なの? そう言ってやろうと口を開こうとしたら、その子の後ろにいる金色の髪をした女の子が、ゆっくりと一言一言を落とすように、こう言う。
「コニール、待って。その子。カトー教授の所にいた。だから大丈夫」
 丁寧、というより、単語に感情の欠片が足りてないようなしゃべり方。
 パイナップル頭の女の子は、ステラ様がそう言うのなら、とナイフをたたみ、ズボンのポケットに入れる。それを見て、私は胸を撫で下ろし、改めてステラと呼ばれる金色の髪を持つ女の子に挨拶してみる。
「私、マユ・アスカっていいます。あの、カトー教授を尋ねていらした人ですよね?」
 茫洋とした瞳が私を見下ろしている。ちゃんと、こっちを見ているのかな?
「うん、そう」
 だいぶ間を置いてから、さっきと同じように、一言一言を、ゆっくり唇から落しているみたいに話す。独特なテンポで話す人だなぁ。
「ステラ様、行こう。いつまでも、ここにいたら他の人に迷惑になる」
 パイナップル頭の子に、そう言われ、気が付く。ここはノンビリ会話をする様なところじゃないね。案内してあげたい所なんだけど、どこに連れて行けばいいのかな。そう思っていると、マユ、と後ろから声をかけられる。デュランダルさんたちだ。
 私が“ストライク”の足元にるデュランダルさんたちの方へ行こうと飛ぶと、なぜかステラさんに追い越される。彼女は私より先に、デュランダルさんたちの前に降り立つ。
何か用事があったのかな。もともとカトー教授に会いにきていたわけだし。外見上、私よりデュランダルさんたちの方が適任と思われたのかもね。
 彼女は私のときと同じように茫洋な瞳で、デュランダルさんを見つめる。私がステラさんの左隣に立った後でも、何も言わない。デュランダルさんが、何か用かな、と尋ねても無反応。私に遅れて、パイナップル頭の子がステラさんの右隣に来る。
「ステラ様。この人たちに聞きたいことでもあるの?」
 彼女が、そう尋ねると、ステラさんは一言だけ答える。
「ない」
 なんとなく私についていこうとして、力加減が分からず追い越してしまったって所なのかな。とりあえず、物凄く大物な気はする。様付けで呼ばれるからじゃなく、この雰囲気を保ち続けられるマイペースさに、そう感じる。
 私は脱力して苦笑いをすると、ステラさんの右隣から、失礼だぞ、と聞こえてくる。さらに、その子に言葉を投げかけられる。
「こんな状況でなければ、おまえなんか近づくことすら叶わないんだぞ」
 そう言われてもなぁ。大物だとは思うけれど、要人とは思えない。彼女は、カトー教授の所でも、無防備に一人で立っていたっていうのに。

 ん? 一人で立っていた?
 そういえば、このパイナップル頭の子は誰なんだろう。ステラさんはコニールと呼んでいたけれど、どういった関係?
「近づくこと叶わないって言うけれど、あなたは、どうなの?」
 私は体を傾げながら、ステラさんを挟んで向こうにいる女の子に尋ねる。仮にステラさんが要人だったとしても、私が無理で、この子が可能な理由を知りたい。
「私は良いんだよ。ステラ様の護衛なんだから」
 護衛? と漏らしたのは虎さん。間抜け面という表現が似合う顔をしてる。気持ちはよく分かる。
「でも、カトー教授の所にはステラさん一人で居たよ?」
 彼女がボディガードだったとしても、護るべき対象を残して、どこに消えてたんだろ。
「……それは、ほら、ちょうど、えっと……」
 歯切れの悪い彼女を代弁するように虎さんが、トイレか、と言うと、すかさず彼女は、虎さんの両脚の付け根を蹴り上げながら、そうだよ、と返答する。虎さんは見事だ、と残しながら、その場にしゃがみこむ。その様子を眺めながら、デュランダルさんがいつもの落ち着いた口調で言う。
「護衛というより、家出してきた良家の箱入り娘と、その侍女といったところか」
 それに対して、彼女は、護衛ったら護衛、と顔を真っ赤にして懸命に言い返す。これをかばう用に、ステラさんが喋る。
「コニール、護衛。ステラ、護ってくれる」
 ステラさんの言葉に、彼女は汚れをふき取った後の水晶玉が輝いているみたいな笑顔をする。彼女は改めて、デュランダルさんに向き直り、さっきよりも強い口調で話す。
「言っとくけど、家出でも無いからな。ステラ様が、どうしてもっていうから」
 彼女の言い訳にデュランダルさんは、それで無断で外泊とは良く無いな、とため息をつく。どうやら無断外泊は当たってるみたい。彼女は言葉を失いそっぽ向く。
 なんか、とんでもない拾い者をしたのかも。

 ……続く。