DESTINY-SEED_118 ◆RMXTXm15Ok氏_004話

Last-modified: 2007-11-10 (土) 21:42:12

 マユがL3にあるコロニー“ヘリオポリス”のカレッジへ行くことが決まった。
 家族全員で“ヘリオポリス”一緒に行く、という手もあるんだろうけれど、それは父の仕事の都合で無理だった。そのため、文字通り女の子一人を“ヘリオポリス”へ送ることになった。
 その結果は、まるでロウソク一本で生活しているような心配性に陥ったアスカ家の誕生だった。仕事も食事も手に付かない。対してマユは勉強やその環境が楽しいらしく、しばらく帰る気になれない、といっていた。向こうへ行ったマユの方が落ち着いていたくらいだ。
 さすがにこの状態をいつまでも続けるのは不味い、と、オレと両親は考えた。
 「地上と宇宙は離れすぎている」
 「せめて宇宙、そうコロニー同士くらいがいいんじゃないか」
 そして水が零れそうになるほど一杯に入ったグラスのような家族会議と、落ち葉をいっぱい集めて焚き火をしているところにガソリンを投下したように勤め先と交渉したすえ、“プラント”と呼ばれるコロニーの一つ“ユニウスセブン”へ、残アスカ家は引越しをすることが出来た。
 勤め先と、具体的にどういった経緯があったか、そもそも支社が在るかどうかすら知らない。だから“ヘリオポリス”に引っ越せなかったことは、この際どうだっていい。とりあえずオレはマユと同じ宇宙に来れたことだけで十分だった。
 そのときは自分たちのことだけで手一杯だった。オレは、当時世間的に“ユニウスセブン”がどういった存在なのか、よく分かっていなかった。
 いや、連合と“プラント”との間の摩擦やコーディネイターとブルーコスモスの裂け目を甘く見ていただけかもしれない。『そんなこと起きるはずない』と考えていた。
 アスカ一家引っ越し。
 宇宙生活に慣れることとマユを驚かすためだけに、その事実はマユに伝えられることは無かった。これで家族が擦れ違うかといえばそうでもなくて、連絡だけはしっかり取り合ってはいた。
 ただ、驚かすことに念を入れメールは文章と音声だけ。写真も動画も一切いれず送る、という今時分には珍しく質素なことをやっていた。
 “ユニウスセブン”に来てしばらくして、オレはザフト、士官アカデミーへ。マユがいないことで、だらだら過ごす習慣と昼寝好きに磨きがかかった末の結果なんだろう。
 根性鍛え直して来いと両親に送り出されてしまった。息子が親元を離れ、他所のコロニーへ行くというのに、マユのときと比べて淡白した態度の両親に衝撃を覚えた。
 オレの堕落振りはそんなに酷かったんだろうか?
 とにかく士官アカデミーへ入った。入学当初は、そのこと自体本意ではないから、やる気なんて起きるはずなかった。ある弾頭をつけたミサイルが“ユニウスセブン”に当たるまでは。

 核ミサイルによる“ユニウスセブン”の崩壊。
 それがありふれた悲劇なのか運命の悪戯なのか分からない。けれど、それによる両親の死という現実はその後のオレの行動を決定付けた。
 オレはミサイルを放ったという連合、正しくはブルーコスモスの思想を持つ連中を全て殺すために。ただ標的を切り裂く刃になるためにアカデミーで懸命に学んだ。
 力が無いことを悔いてばかりいるような日々から脱却するために。護るべきもの、これから手に入れるもの、それを脅かす全てを壊す力が欲しいと願った。
 オレの体は殺意を伝える武器になればいい。目的を果たすために、オレは冷たい刃になりたい。それこそタロットカードの裁きの札ジャスティスが、罪人の首へ容赦なく振り下ろす剣のように。
 その気持ちに答えるかのように努力は実り、士官アカデミー成績上位のものだけが着る赤服を身にするようになった。
 マユについては、両親の死による落胆と未来への不安で、学業に支障を与えるのは良くないことと思いこの事実を隠した。
 酷いことをしたと思った。でも、せっかく楽しんでいるんだから、これを邪魔したくなかった。マユの勉強期間が終わってから、改めて伝えよう、と。
 だからマユが帰省することでばれてしまわないように、両親の分はオレが書き足して、メールで色々言い訳していた。
 このとき問題だったマユの学費生活費は、オレの後見人が支払ってくれることになった。その人は最高評議会議員の一人。後で知ったことだけど“ユニウスセブン”で難を逃れた人、皆が皆、後見人が付くわけではないらしい。どういう理由でオレがそうなったのかは知らない。
 知っていることといえば、その人のツテでヤマト隊へ配属されたことくらいだろう。

 “ヘリオポリス”襲撃。
 事前に、ヤマト隊長へ“ヘリオポリス”には妹がいることを伝えていた。彼の中で“ヘリオポリス”の崩壊はほぼ決定事項だった。だけど決定を覆せなくとも、住民たちの避難が完全に終了するまで待って欲しかった。
 余計な人死にを避けるということに関して、ヤマト隊長と同意見であったことが幸いした。2度目の攻撃までの時間を十二分に空けることを約束してくれた。
 作戦としては標的に猶予を与えることは問題あるだろうし、後々非難されるだろうけれど、そうしてくれたことにオレは心底感謝した。
 ただ“ヘリオポリス”崩壊によって、無理やり移動をさせられるマユには悪いと思った。そこを出れば、行き場はオレの所しかない。
 今まで嘘を付いていたことがバレるだろう。泣かれるだけでは済まないかもしれない。
嫌われてしまうかもしれない。親の死に目に立ち会えなかったのはオレも同じことだけど、そういう問題じゃない。色々な不安が胸中を渦巻いた。
 でも、オレは、あの連合に加担しているコロニーという存在が許せなそうにない。
 そう思ったとき、オレはマユの都合よりも自分の復讐心を選んでしまっただけだ、ということに気がついた。マユに両親の死を隠したのも、彼女がいるという安心感で自分の決意を緩ませることになる可能性を嫌ったからかもしれない。

 一度目の襲撃。
 格納庫への侵入。そこでは出会うことの無い人物と再会した。それは確かにマユだった。だけど、連合の関係者ではないはず。たまたま、その場に居合わせただけだと考えた。マユは、作業服を来た男に無理やりMSへ引き込まれた。
 格納庫を出た後、MSで援護に来ていた同僚と合流。残された機体に妹が拉致された可能性を伝えた。赤服では無いけれどそいつの腕は確かだから、何とかしてくれると信じ任務どおり退却した。
 帰艦後即座に後悔した。どうして、自分でやらなかったのかと。その場の雰囲気に流されることないのに。自分が未熟であることを悔やんだ。
 そいつが自分の機体を失って帰ってきたのを見て、自分の我侭で仲間の命を張っていたことに気がついて、なお嫌な気分になった。
 二度目の襲撃。
 マユが無事あのMSから降りたのか確かめるため、待機命令を放って出撃した。撃墜された友軍機が見えた。その機体はあのMSに妹がいる、と伝えておいたそいつが乗り換えて出撃したものだった。仲間を撃ったMSへの寒気と仲間を撃たせることになった自分への嫌悪が背筋を駆け回った。
 通信機であのMS“ストライク”へ話しかけると、思い出の中で擦れることなくはっきりと聴こえてくる声と同じものが聞こえてきた。
 “ストライク”の中にマユが居た。“ヘリオポリス”崩壊に巻き込まれる前に、連合から仕事を依頼されたことを聞いた。
 その後、崩壊により密閉された空気が外へ出ることで起きる疾風に巻き込まれ、“ストライク”を見失った。けれど無事ならば、“ヘリオポリス”内をうろついていたあの新造艦に帰還しているだろう。
 ヤマト隊長がザフト内において異端と呼ばれる人であっても、さすがに2度目はないと思った。『“ヘリオポリス”に妹が』に続き、『“ストライク”に妹が』とは、何かの冗談のように思えた。自分が言われても冗談もしくは単なる出撃拒否と考えるだろう。
 だいたい全く自体を把握しきれていない。マユは敵なのか? それとも無理やり協力させられているのか? 
 曖昧な報告をするわけにはいかない。解決方法は浮かばない。全てを丸く治める魔法の杖は持っていない。オレにあるのは復讐を果たすための刃と化した体だけ。
 だったらその刃は誰に向けて振るえばいいんだ? 小器用にマユを避けて斬ることなんてオレには出来ない。纏めて斬れるほど、オレの心は強く出来ていない。
 全く定まらないオレの気持ちと関係なく作戦は続いた。連合の新型艦は“足つき”という名前をつけられ、それが向かう先と予測されていた連合の要塞“アルテミス”を 陥落した。
 ただしこちらの読みを完全に超えた行動を取ったらしく“足つき”を見失った。それを撃墜するために、戦艦同士の戦いもあり得ると気合が入れた艦橋内は拍子抜けした様子になっていた。それとは裏腹に、オレはこの結果にほっとしていた。

「“足つき”、いなかったけど、どうすんの?」
 高速戦艦“ヴェサリウス”の格納庫が一望できる待機室で、水色のショートヘアに左から右へ流れるような弾むカールのかけた前髪とサイドとバックはあらぬ方向へ毛先を伸ばす少年、アウル・ニーダは、まるで人事のようにそう言った。
 まるっきり童顔でその目は無邪気そのままの丸い形をしていた。性格もそうだ。子供っぽい。これを指摘したら、人のこと言えるのかと返されたことがあった。実際、似たところはあるような気がした。平和な空の下で出会ったのなら一緒に色々なバカをやる友人になれたかもしれない。
 彼は、弛緩した顔に閉じる力をまるで入れていないような大きく見開く目で話を振ってきた。
「問題ないさ。どうせ目撃者は俺たちだけなんだから。報告書に、“アルテミスで見ました”って感じに、ちょこちょこっと事実を書き加えればいいのさ」
 このいい加減なことを喋るのはネオ・ロアノーク。頭蓋骨をすっぽりと囲むように鼻の頭から上の部分に灰色を基調に紅の線が後部へ走る仮面をし、そこから肩下まで伸びるブロンドヘアを持つ男。
 ここで男と言ったのは、こいつだけやけに歳を食っているから。正確な歳は不明。だけど若い人で構成されているヤマト隊の平均年齢を一人で上げている。オレの2倍くらい、30歳前後なんじゃないかと思わせるだけのがっちりとした肩幅と成長しきった体躯。太く長い喉から聞こえてくる低い声。顔は半分見えないけれど、どうみてもおっさん。
 でもって当人は、この部隊に入る前の記憶が無いそうで、自分の年齢を知らない。これで落ち込んでくれればまだ救いようがある。彼の場合は、それをいいことに何故か二十歳を名乗ったりしている。
 これ以上にないほど怪しい存在のはずだが、他の部隊からすれば、『ヤマト隊だから』で済むらしい。
「別にネオが書くわけじゃないだろ。それにアウルは『これからどうするか』を聞いてるんだ」
 そう言ったのは、緑色のベリーショートヘアに猛烈な風を前方から受けたようなスタイルの少年、スティング・オークレー。アウルとは対照的に、長い顔と角形のアゴ、大人びた切れ長の目をしている。
 ハッキリした物言いから熱い血が通っているように見えて、実は冷静沈着の良識派。アカデミー内での評判は、しっかりした兄貴分として貫禄があった。
 しかし力はあるが色物ぞろい、と悪名高いヤマト隊に配属されてからは逆に周囲から珍種扱いを受けている不遇の存在。
 何故か赤服着ているネオはともかく、アウルとスティングの二人は士官アカデミーからの付き合いで、彼らも上位成績卒業者であり、赤服の一人であった。
 その赤服一色の待機室に、隊長の証である白服の男が一人入ってきた。

「ネオさん、どうです。連合のMSの性能は?」
 我らヤマト隊の長、キラ・ヤマトだった。日向で乾かしたみたいなふさふさした茶色の髪を卵の殻半分を被ったみたいなヘアスタイルに人懐っこく優しい人畜無害な顔をした線の細い青年。
 その顔に似合わず、出生ではなく力だけで特殊部隊の隊長という地位に伸し上がった、といわれるザフトの生きる英雄の一人。
 資本主義上層階級が多いコーディネイターが作った組織であるザフトからしてみれば、士官クラスはそれら上層部の人が多いだけに、彼のような例はなかなか珍しいそうだ。
 だけれど、むしろ女性関係における通り名『婚約者キラー』『夜のコーディネイター』の方が有名で『月のある都市で、ナチュラルから彼氏つき37人、コーディネイターから婚約者つき6人を撃沈し、寝取り勲章を貰った』という都市伝説を持っていた。
 以前この事を聞いたら、さすがにそれはないよ、と笑って否定していた。その言い方だと『何かはあった』ってことになるんだけど……。
 彼は手に持った四つのボトルを放り投げながら、話しかけてきた。放り投げられたボトルは、ゆっくり飛行して待機室の中央に立っているネオ、その向かいの窓辺に腰掛けているスティング、その二人の間に浮遊しているアウルが順に受け取った。そして、三人から離れ待機室の隅に立っていたオレは最後に受け取った。
「いいなんてもんじゃないさ」
 ネオは遊び友達に話しかけるような軽口で話していた。
「ザフトの現行機を余裕で上回ってるぜ」
 “アルテミス”陥落作戦は、奪った機体“イージス”“デュエル”“バスター”“ブリッツ”の性能データ収集も兼ねていた。だからネオだけじゃなく、おれ達は皆それを感じていた。
 まずスティングが操る“デュエル”。白灰色を基本色に、胸、肩、手首、膝に青色を配色したデザイン。ビームライフルとビームサーベルを携えたスタンダードな機体。
 装備がシンプルなだけにザフト現行機と比較しやすく、連合の技術力の高さを分析しやすい。作戦後、彼は戦場での高揚感とは裏腹にその性能に肝を冷やしたそうだ。
 次にアウルが使用した“ブリッツ”。今回の作戦の立役者で、レーザーも実弾も通さない防御膜を持つ難攻不落の“アルテミス”がそれを張る前の隙をついた漆黒の機体。レーダー及び目視すら不可視にする“ミラージュコロイド”を使用し、それに侵入を果たした。両陣営でこれほど隠密性に長けた機体はない。
 そして、オレが使った、赤色を基本色にした“イージス”。可変機構を持ち、仏教の法具である三鈷杵の先を四つにしたようなMA形態と人型のMS形態を持つ。
 両手足の先にビーム発信器が付いていて変則的な近接戦闘を行い、ときにはMA形態においてのみ使用出来る強力なエネルギー砲を発射するなど油断ならない攻撃を可能とする。

 最後に、奪った四機の中でもネオの操作した機体の強さは別格だった。彼が操った機体“バスター”は黄土色を基本色に深緑の半そでジャケットを羽織ったような姿をしたデザインで、腰に2本の大筒“350mmガンランチャー”と“94mm高エネルギー収束火線ライフル”を持つ。
 それは2丁拳銃みたいなものだ。映画などでは、その絵の派手さから2丁同時に使用されているのが目に付く。実際にこれをやると、普通は着弾が集中せず一丁で狙って撃った方がいいそうだ。
 反動がどうの以前に、2丁同時に狙いをつけるという芸当が出来ない。前方にたくさん撃つことは出来るが当たるかどうかは別問題。弾をばら撒く、ではなく、的に当てる、という点に関してMSでも同じことがいわれている。
 ところが高度な空間認識の力を有するネオが“バスター”を操れば、まるでランチャーとライフルは別々の生き物の目がついているかのように、それぞれが違った動きで上下前後左右を飛び回っていたMAを次々落していくのだ。
 さらにこの機体には、二つの大筒を繋ぎ合わせることによって対装甲弾砲と長射程ライフルを使用できるようになるというだから底知れない。
「こいつが量産されるようになったら、お前のお得意のヤツが出来なくなるな」
 ネオの言うヤマト隊長のお得意のヤツ、といえば、コクピットを外して標的を撃墜すること。
 この行為は今ザフトの中の若い者、特に新兵の間で流行していた。それを行う者たちには派閥があり、大きく二つに分かれていた。
 一つは、撃墜後のMAの滑稽な姿を嗜む組。
 胴体部から左右に1本づつ伸びる支えに大型のスラスターをつけた左右対称な形をしている連合主力MA“メビウス”。本体と似たような大きさを三基組み合わせた単純な構造のためあまり大きく見えないけれど、人を乗せて、機銃から大型ミサイルまで状況に応じて装備を変えることが可能なサイズの機動兵器。
 その腕のように見える本体とスラスターをつなぐ支え、どちらか一方を壊すと、“メビウス”は、その場でコマのように高速回転する。その憐れな姿を眺めること、もしくは中の人間の様子を想像することが彼らの娯楽になっていた。
 もう一つは、そういう技が出来ると自慢する組。
 簡単に腕の部分を切る、といったけれど、それは非常に高度な操縦力を必要とする。
敵の攻撃を回避しつつ高速で擦れ違えば、“メビウス”の本体とスラスターにある大きな間隔も、高速道路を走るような速度で単車を飛ばしながら葉書を投函するときの郵便ポストの口くらいの大きさになる。
 その難しさが、若い兵士の間でのパイロットステータスになっていた。赤服でもこれが出来ないと、その同期の卒業生まとめて質が低いなどと陰口をさされる始末。
 もっともこの流行は水面下のもので、表面上は禁止されていた。なぜなら、先ほど述べたようにこれは非常に困難な作業であった。そのため、これにこだわるあまり撃墜される者が出てきたからだ。
 このような事態になり、他兵士が真似をしないようにヤマト隊長にもその行為をするな、と禁止命令が下っていた。それでも彼は、その命令を無視してこれをやり続けていた。

「早く直せよ。でないと今度墜とされる側になるのは、お前かもしれないんだぜ」
 ネオは心配そうにそう言った。
 ……直す? コクピットを外して攻撃するのはワザとじゃないのか?
 ネオだけが確信したように話し、オレや他二人は何のことだか分からず、不思議そうに彼らを眺めていた。彼は困った風の苦笑いをしながら、ボクの心配よりネオさんの記憶を取り戻す心配をしたら、と話を逸らそうとしていた。
 ちょうどそのとき待機室の入り口近くに壁掛けされた通話機から電子音がした。アウルが、オレが取ると床を蹴り、ヤマト隊長の後ろへ飛んだ。スティングが子供じゃないんだから電話くらいでハシャグなよ、と軽くため息混じりに言い、ネオは無言で笑っていた。
「ヤマト隊長。評議会の方から、連絡だって。“ヘリオポリス”崩壊の件について、出頭しろってさ」
 物騒な内容にしては軽々しく話されるアウルの言葉に、これまた口笛を吹くような軽々しさで、ずいぶん遅かったな、とネオが漏らした。
 思い出したようにスティングがヤマト隊長に問いかけた。
「さっきアウルも言ったんだけど。“足つき”は、どうする?」
 彼は腰に左手をあて、右腕を内から外に開き、右ひじを曲げ手の平を天井へ向けた格好で、肩をすくめていた。
「“ヘリオポリス”崩壊に反応するのは、評議会だけじゃないでしょ。連合もそうだよ。あれを迎えに来る艦隊があるはず。そっちの方へ網を張っておけばいいよ。ボクは“ヴェサリウス”で帰るから、キミたちは“ガモフ”に移動してもらえるかな。留守中は頼んだよ」
 ヤマト隊長は、変わらず柔らかい表情のままそう言った。命令ではなくお願いになるのが、この人の特徴だ。これも彼が異端と呼ばれる理由の一つに数えられていた。というのも、彼のする命令というものを聞いた人があまりいないからだ。
 それと、と彼はネオに向けて内容を追加してきた。
「“足つき”見つけても、足止めだけにしてもらえますか? 出来れば残りのMS、ついでに新造艦も手に入れたいんです」
 ネオさんなら出来ますよね、と笑顔で言った。普通なら無茶な欲求だろう。しかし、確かにネオなら出来るかもしれない。そのくらい彼の実力は群を抜いていた。
 口元を不適な笑みで歪ませながらネオは、軽々しくこう返答した。
「構わないぜ。コレクションを全部揃えるってのも悪くない。そのくらいこだわった方がヤマト隊らしいしな」
 その言葉に胸を撫で下ろした。これなら、マユを撃墜せずにすむかもしれない。
 会話を聞いて安心すると同時に、自分も目標を捕らえられますと進言することも、自分の方へ話が振られることもないオレの弱さを再認した。
 オレたちは駆逐艦“ガモフ”へ移るため待機室を出ようとしたとき、ヤマト隊長が思い出したように、キミも一緒に来て、とオレを呼び止めた。それは評議会への出頭に同席してほしい、ということだろう。
「なんでオレまで行かなきゃならないんですか?」
 入り口の傍にいるヤマト隊長へオレが口を尖がらせて言うと、彼は少し目を潤ませた笑顔で優しく返答した。