EDGE_第04話

Last-modified: 2008-01-08 (火) 11:46:31

デバイスの起動に成功したアスランは、それから数日間ギンガに指導してもらっていた。
幾度かは苦戦するかと思われていたが、アスランはなんなく課題を一つ一つこなしていき、
その成長率はとてつもないものだった。
魔力の練り方、念話、基本魔法、デバイスについての勉学。
元々、秀才なアスランだったので、魔法に数理系が関係していることがわかると
その才能を発揮した。
ギンガが選りすぐりの問題で作ったテストも高得点でクリアしている。
作った本人は、かなり悔しがっていたとか…。

 
 

【108部隊-隊舎食堂】

 

二人は一つの食台に向かい合って座っていた。
ギンガの前には、新しい問題の答案用紙と回答用紙があり、
それを真剣な表情で交互に見ている。
そして、見終わるとふぅと溜め息をつき用紙を置く。

 

「どうなんだ?」

 

アスランが自信ありげな表情で尋ねる。

 

「……全問正解」
「…そうか、なら賭けは俺の勝ちだな」

 

ふっと勝利の笑みをだし、腕を組む。
アスランの言う賭けとは、いつも高得点を取る彼に少し意地悪のつもりで
ギンガが提案してきたものだった。
内容は単純明解、もし次のテストで満点をとったら、ランチの代金は彼女が奢り、
とれなかったらアスランが奢るというものだ。
その賭けに彼は乗ったので、ギンガはいつもより高度な問題を必死で製作した。
だが、結果は完敗。ランチを奢るはめになった。

 

「結構自信あったんだけどなぁ…」
「まあ、確かに難しかったが、基本応用したらなんとかなったからな」
「はぁ…でも負けは負けだから奢るわ」
「よろしく」

 

潔く負けを認め、席を立ち注文をしに向かった。
せめてトレイだけでも、持ってやろうとアスランもその後を追う。

 

食事をしながらもアスランは、わからない魔法関係のことをギンガに聴く。
食事時ぐらいゆっくりすればいいのに、と思いながらも丁寧に答えてやるギンガ。
アスランのきまじめな性格を知っているから、
ここで教えてやらないと彼は悩むことをやめないからだ。
ひと段落ついたら今度はギンガが質問をした。

 

「ねえ、アスランのいた世界にも地球があるんだったよね?」
「ああ、君とは違う世界の地球だけどな」

 

この間、聞いたギンガの話。
なんでもナカジマ家の祖先は地球から、このミッドチルダに来たらしい。
アスランの世界と同じ地球かと思われたが、ギンガの知っている世界の
地球の現状と、彼の知っている地球の現状があまりに違いすぎたので、それはないと判断された。
似て非なるパラレルワールドということになる。
もう一つの地球があると知り、アスランはその様子をきいたが、
それは彼にとってはとても羨ましく、まさに理想の世界だったのだ。
言わなければよかったと、ギンガは思ったが予想とは裏腹にアスランの
表情は晴々としていて、うれしそうだった。
その意図はギンガにはわからないが、これ以上の深入りはしなかった。
しかし、彼女には一つだけ知りたいことがある。それは、

 

「その地球の外、…宇宙にも人が住んでるって本当なの?」
「ん?…ああ、本当だ。月は知っているだろう?そこにも住んでいるし、
 コロニーという住構造物が宇宙空間に何個もあって、それが国になってる」
「うわぁ、すごいなあ。…アスランはそこに住んでたの?」
「まあ…な。というかそこが俺の生まれた場所だ」

 

興味津々で訊いてくるギンガに、少し困りながらも質問に答えるアスラン。
多分、このままいけば、あの事まで話さなければいけなくなると感じてきたからだ。
ギンガも恐らくは、周りくどい言い方で知ろうとしているのだろう。
そして、何個かの質問がされたあと予想は的中する。

 

「どうして…アスランはその、……軍に入ろうと思ったの?」

 

やはりきたかという感じで困惑するアスラン。
逆にギンガも、しまったという顔をする。

 

「あ、あの…その、ごめんなさい!やっぱりいいです!聞かなかったことに…」
「知りたいか?」
「……えっ?」

 

てっきり怒られるかと思ったが、予想外の反応に唖然とするギンガ。
だがアスランは冷えた目を合わせながら問いかける。

 

「俺が…どんな道を歩んできたのかを」

 

いつも以上に碧くなる眼光。ギンガは多少臆したが、
ここでひいてはもう二度と聞けなくなると思い、意を決する。

 

「…うん、聞きたい…アスランのこと」
「……わかった。でもここでは話せない」

 

と言って周りを見る。確かにそんな大事な話を、ここでするわけにはいかない。
なので、とりあえずは昼食を食べて場所を移すことに決めた。

 

【隊舎-中庭】

 

運よく人もあまりおらず、話し声程度ならだれにも聞こえないだろう。
二人は隅のベンチに腰をかけた。

 

「…さて、まずはどこから話そうか?」
「どこでもいいよ…わかりそうなことなら」
「じゃあ…戦争の始まった原因からだな」

 

そう言ってアスランは語りだす。すべての争いの始まり、それは人の進化からから始まったこと。
コーディネイターという新たな人類が誕生してからの歴史。
それによる人種差別の増加が一つの引き金を引いてしまったこと。
多くの人と自分の母がその犠牲になり、とうとう戦争に発展してしまったこと
とりあえず、そこまでを話終えたが、ギンガは苦い顔一つせず聞いていた。
その話でわかったことを尋ねる。

 

「じゃあ、…お母さんが亡くなったから軍に?」
「…そうだな、それがきっかけだった。だから、もうこんな事起こさせては
 いけない。早く終わらせなきゃいけない、と思って決意したんだ」
「…そうなんだ……私と似てるね」
「…え?」

 

唐突の発言に驚くアスラン。

 

「私の母さんも管理局に勤めてたんだけど、任務中に亡くなったんだ」
「…そうか、それで君も?」
「うん…元々入ろうかと思ってたけど、その事件が後押しになったのかな」

 

なるほど確かに似ているが、それは単なる理由。
それから進んでいった道はまったく違うのだ。
語るのをためらうがそれでも、言わなければいけないと思った。

 

「続きを聞くか?」
「……うん」

 

暗くなる表情、重くなる声色。
自分とは明らかに辛い過去だと人目でわかる。
ギンガは自然と膝に乗せている手に力をいれた。

 

……その話が始まってからどのくらいたったのだろう。
気づくと外の色は夕焼け色に染まっていた。

 

「……これが俺の歩んできた過去だ」

 

すべてを話し終えたアスランは、ようやくいつもの顔に戻る。
しかし、隣に座っているギンガの顔色は、正反対で暗い顔になっていた。
若干、目の端に涙が滲んでいて、今にもこぼれそうだ。
それを見てアスランは微笑しながら尋ねた。

 

「……どうして君が泣くんだ?」
「…だって、そんなのっ…残酷すぎる…から」

 

段々と嗚咽も混じってきているが、素直な感想を述べるギンガ。
その意見を聞いたアスランは、震えるギンガの手に自分の手を添える。
そして、この話しに付き合ってくれた彼女に言わなければならない。

 

「ありがとう…ギンガ」
「…えっ?」
「話を聞いてくれて」

 

礼を言うアスランに驚き、ギンガはすぐに首を振って不定する。

 

「…なんで?本当だったら…私が、私が謝らないといけないんだよ!」

 

自分の我が侭で彼の辛い過去を、抉ってしまったと思ったギンガは
そんな資格はないと答える。
だが、それでもアスランは微笑みながら答える。

 

「俺は最初、すごく怖かったんだ。」
「…怖い?」
「ああ。いきなり知らない世界に飛ばされて、知らない人達がいた。
 そして、信じられないような話を聞かされてな」

 

確かにそんな事に突然なれば、常人なら酷い鬱状態になってしまっただろう。
だがアスランは崩れなかった。それは、

 

「でも、君とゲンヤさんは俺に優しく接してくれて、
 この世界に迎え入れてくれた。そして生きる希望を与えてくれた」
「……」
「だからギンガ、君のおかげなんだ。俺が今ここにいられるのは」

 

アスランの添える手に力が入るが、それは痛くはない優しい温もりだった。
そして言葉を紡ぐ。

 

「君が友達だと言ってくれたこと。俺に魔法を付き添って教えてくれたこと。
 それが本当にうれしかった。独りじゃないってわかったから」
「…うん」
「だから、こんな俺の過去を知ってもらってもいいと思えたんだ。友達の君になら」
「!…アスラン」
「それとも……まだ俺は君に認めてもらえてないのかな?」

 

少し意地悪な笑みをしてギンガを見るアスラン。
彼女は静かに首を横に振る。

 

「私もアスランと友達になれてよかったと思ってるよ」
「そうか…ありがとう」

 

そう言い重なっていた手を離し、アスランはベンチを立つ。
数歩前に歩き、空を見上げ一言付け加えた。

 

「…それに、俺はもう大丈夫だから」
「え?」
「俺は此処にいて、今を生きてる。過去に囚われもしない。だから…大丈夫だ」

 

はっきりと宣言して、振りかえってギンガに笑みを見せる。
それに答えるように、彼女も涙をなくし笑顔を返す。
さっきまでの暗い雰囲気は消え去っていた。

 

そうして二人は並んで隊舎の中へと帰っていった。

 
 

悲しい過去を打ち明けたアスラン。だが彼に後悔はない。
今、最も信頼できる人に知ってもらえたから。
二人の絆はこの日を境にさらに深まった。