EDGE_第05話

Last-modified: 2010-09-18 (土) 20:34:23

【2月末-ミッドチルダ北部-陸士訓練校】

 

まだまだ寒い風が吹く中、訓練場ではロードランをする見習い隊員達の姿が見えた。
終盤にかかっているようだが、ほとんどの者がゼーゼーと息を切らし、
ギブアップ寸前の状態であった。

 

「はあはあ、ぐっそ~~、何もこんな寒い中やらなくてもいいだろ!」

 

一人の隊員が、とうとう愚痴を垂らしはじめた。

 

「はっはっ、仕方ないっだろ!訓練規定なんだから」

 

隣を一緒に走っている、もう一人の隊員がそれをなだめようとする。
だが、それでも彼の不満は消えそうにない。

 

「だいたいっ、はぁ…体力ならもう十分についてるっつーの!」
「……そういうことは、前のあいつの様になったら吠えるんだな」

 

そう言って二人は、遥か前にいる一人の男に注目した。
へとへとの群れとは別に裕々と走っている。一見彼が率先しているようにも見えるが
実はここにいる全員、最初は同じペースだった。
徐々に疲労が溜まっていき、走るスピードが段々と落ちていっただけのこと。
なので彼は最初のペースを保っているだけで、スピードを上げている訳ではない。
手をぶらぶら振って走る者とは違い、ランニングスタイルもまったく変わってない。

 

「正にアレがお手本というものだ」
「……そうだな」

 

見たままの感想をする彼に、納得したように返す。
そして、自分も負けじとペースを上げるが、限界がくるとおちて元の場所に戻る。
結局、男はそのまま追い抜くことも追いつくこともできなかった。

 

走り終わり地べたに手を着いて肩で息をする隊員達。
それを見て教官は溜め息をつき、コーチ声になる。

 

「お前ら情けないぞ!たったこれだけの距離で!普段の生活がわかるな」

 

怒鳴り声もあまり耳に入らないが取り合えず返事だけはしている。
その中で一人の青年が口を挟む。

 

「だいたいお前らは…「すいません、教官殿」
「うぇ?なんだ?」

 

いきなりの声に説教が止まり、教官は顔を向ける。
だが、その青年を見て唖然とした。
彼はあれだけのペースを維持しながら走っているのにも関わらず、
汗を掻くどころか息も一つも切らしていないかったのだ。
これには他の隊員達も一緒に驚いた。
いくらなんでもあれだけ走れば自分達と同じように
疲労困憊な顔になっていると予想したからだ。
しかし、予想とは裏腹に彼はまったく元気である。

 

「時間がまだあるのなら自分は追走したいのですが、よろしいですか?」
「いっ!?」
「!!!!」

 

彼の言葉にさらに驚く教官と隊員達。
あれだけ走ってまだ走るのか?、という感じだ。
しかし、向上心があるのを不定する訳にもいかないので、
とりあえず教官は許可をだすことにした。

 

「ま…まあいいだろ。い、行ってこい」
「ありがとうございます」

 

そう言って彼は敬礼し、再びコースを走り出すがそのペースはさっきよりも速い。
呆然とその様子を見送る人達。

 

「み、見ろああいうたくましいやつもいるんだ!お前らもしっかり見習えよ」
((……あいつは異常だよ))

 

胸を張っていばる教官に見習い隊員達は、あきれたように心の中でそう思ったそうな。

 

風を肌に感じながら走る青年こと、アスラン・ザラ。
彼は今、魔法基礎の教習を終え、訓練校にて鍛錬に励んでいた。
最初は誰でも陸士から始まり、ここで戦闘基礎やフォーメーションを学ぶ。
しかし、彼は元軍人なので体はとうにできているし、白兵戦での訓練も既に経験済みである。
だから、あまり学ぶ事はないかも知れないが、ここではMSはなく魔法戦闘が常識なのである。
ならばそれに従い自身の戦闘技術をさらに上げなければならない。
ましてや彼は魔法に関しては全くの素人なのだからだ。

 

だがアスランは自ら楽しむようにそれを受けている。
体を動かすことは嫌いではないし、余計な事も考えなくてもいい。
魔法に関しての授業もこの世界の住人にとっては面倒なだけかもしれないが、
彼にとっては未知なことだらけだったので、逆に興味がそそられていた。
テストの方もギンガに予習をしてもらっていたおかげで、高得点をキープしている。

 

しかし逆に、いきなり現れた素人がすごい成果を出し続けているので、
この校に滞在し続けている訓練生にとっては、あまりいい印象を受けてはいないこともある。
しかも訓練機関はたった3ヶ月だというのだ。さらに妬みや嫉妬感が募る。
だが本人は、そんなことまったく気にせずに黙々と訓練に励んでいた。
一々構っていては状況はさらに険悪になるかもしれないし、
短い訓練時間がさらに短くなってしまうからだ。

 

先程の自分が走りたいと言ったことも何の後悔もしていない。
まず実際、彼はまだ体が暖まった程度で疲れてはいないからだ。
訓練は自分の限界までやって鍛えるもの、アスランはそう思っている。
そして、さっきの教官の説教を聞くのが面倒だったからの理由である。

 

「なつかしいな…」

 

走りながら自分がザフトのアカデミーにいた時のことを思い出す。

 

(あの時はイザーク達と競って自分もたまに向きになっていたんだっけな…)

 

アカデミーでのライバル争いは、結局はアスランの勝ちで彼はトップで卒業した。
でも今、この世界で知っている者は誰一人としていない。
ライバルも親友達も皆C.Eだ。
そう思うと暗い孤独感に包まれるが、新しい出会いもあった。
ナカジマ親子が見つけてくれて、嫌な顔一つせずに彼を迎えてくれた。
特にギンガはあの話をしてからは、さらに会話や教習をして、
離れている今もメールを毎日送ってくれている。
だから寂しい思いなどそれによりなくなっていた。

 

この訓練校の入隊資金も、すべてゲンヤが負担してくれている。
なのでアスランは、それに答えるべく恥ずかしくない成績を目指していた。
早くあの人達に恩返しをするために、
彼はその才を遠慮なく発揮していくのであった。

 

【陸士訓練生隊舎】

 

午前の訓練も終わり、今は昼休みとなっていた。
アスランもさすがに腹が減り、食堂へと足を向ける。
その通路の途中に見知った人がいて、気づいて近寄ってくる。
アスランも自然と頬を緩める。

 

「アスラン、調子はどう?」
「今のところは順調であります。ギンガ陸曹殿」

 

敬語を使う彼に少しムッとして念話をとばすギンガ

 

(敬語なんて使わないで、普通に話してくれればいいのに…)
(いや、それはまずいだろう、君は俺より上官なんだし)
(それはそうだけど……)

 

寂しそうな顔をして、うつむく彼女にアスランは苦笑し用件を訊く

 

「今日はどのような用事で?」
「え?…ああ、そうだった。あなたのデバイスの解析結果と、あと届け物を渡しに」
「届け物?」
「なんでも新しいデバイスらしいよ」

 

自分のデバイスはわかるが、もう一つとはどういうことだろう。
疑問に思いながらとりあえず食堂ではなく、ロビーに二人は向かった。

 

イスに座り、ギンガは解析結果の資料をアスランに渡す。
そして、説明を始める。

 

「起動に成功してから、少しだけだけどわかったことがあるの」

 

あの日、アスランは初めてデバイスを起動した。
その後技術部に預け解析を再び行ったら、不明な部分が少しだけ判明したらしい。

 

「でも、それがすごい機能だったの」
「え?」
「このデバイスには常に魔力を形成しているの。
 そしてそれが持ち主に配給されるようになってる」
「…てことは」
「このデバイスを付けている間は魔力切れがないってこと」

 

少し興奮気味に話すギンガだが、アスランはあまり驚いてはいない。
むしろ納得したように頷いている。
それを見て不思議に思い彼女は問う。

 

「驚かないの?」
「…いや、だって元の姿の時もそういう機能がついてたから…」

 

彼が想像するのはジャスティスに搭載されていた核エンジン。
あれは機体のエネルギー切れを無くすもので、稼働時間制限を半永久的にしていた。
それがこの姿になった時に合わせる為に魔力という形になったのだろう。
彼はそう解釈したのだ。

 

「でも私達にとっては驚くべきことなの。今までこんな複雑な機能は
 開発されていなかったから…」
「…そうなのか。それで?他には何かわかったことは?」
「えっと…あとは、装備の数が多いことね」

 

話によるとジャスティスには、さまざまなモードチェンジ機能がついていて、
戦況によってフォームを変えれるというもの。
これの資料も見たが、これも予想通りでアスランの知っている単語ばかりが、
書かれていた。

 

「…まさしく、これは俺のデバイスだな」
「大変だろうけど頑張ってね…」

 

装備の数が多いということは、それらをすべて扱えるようにならないといけない。
課題が増えたことで、苦悩するアスラン。これから大変だと思った。

 

「もう少ししたら、アスランのデバイスを使った本格的な訓練に
 入るからそれまでは、これを使って慣らしてくれって、父さんが…」

 

そう言って一つのケースをデスクの上に置く。さっき言っていた新しいデバイスだろう。
カチッと止め具を外し、ケースを開ける。その中には…

 

「…銃?」
「……これは!!」

 

中に入っていたのは黒光する拳銃が一丁収められていた。
アスランはこの銃にはっきりと見覚えがあった。