EDGE_第12.5話

Last-modified: 2022-04-27 (水) 12:16:31

【六課隊舎―医務室】

 

お昼下がりの時間、六課の医務室に二人の人物がいた。
部屋に設けられた寝台にTシャツとジャージをはいた男、アスランが仰向けに体を預けている。
体の腕や足に小さな吸盤のような器具を何個も付け、ちょっと変な姿であった。
そしてすぐ横でこの部屋の担当者であるシャマルがモニターを出し、真剣な表情で見ている。
アスランはその表情を緊張しながら横目で見ていた。

 

「はい、これで全部終わりですよ」
「…ありがとうございます」

 

シャマルから検査が終了した声を聞き、アスランはゆったりと体を起こす。
吸盤をとりながら今だ作業をしている彼女を見るがうって変わり彼女はにこやかにアスランのデータを整理しているようだ。
何らかの同様の仕草もないことを確認するとアスランは内心で安堵する。
どうやらうまくいったようだ。昨晩の潜入工作の成果を嫌々ながらも認める。

 

昨日の夜、皆が寝静まっている時間に彼は医務室に潜入した。
担当者であるシャマルは宿舎に住んでおらず、別居していることも事前にわかっていたので彼にとっては都合が良かった。
そして今日の為に医療機械を弄くっておいたのだ。
コーディネイターは体外関係のものは別に大丈夫だが、中身は常人と比べるとやばい数値がでるため
彼はそれ関係の機械をすべて弄くった。いや、悪い言い方だと改造したの方がしっかりくるかもしれない。
その中でも血液検査の機械はとくに念入りにやっておいた。
ただ、そんな難しい偽装作ではなく一般的な成人男性のデータを予め入力しておいて、自分の結果に反応するように命令入力する。
それでアスランの検査データにその偽データを上書きさせるというものだ。
そして今見事に成功し結果が出ている。
だがやっていることは犯罪そのもの、アスランにそんな重荷が着せられた。

 

(………でもやっぱり嫌な気分だ…こういうの…)

 

仲間として受け入れてもらっているのにそれを裏切るような行為は気持ちいいわけがなかった。
しかし、身の上を知られたくないのも確かに事実。
そんな良悪の思いが何度も絡み合ったが結局は仕方がないと自分自身を納得させるしかないのだ。

 

「予定より早く終わったわね。アスランさんはこれから訓練?」

 

シャマルがデータを整理しながら訊いてきたので慌てて平静を繕う。

 

「あ…いえ、午後は休んでいいそうなので夕方の訓練から参加します」
「じゃあ、少し暇になりますね~。う~ん…」

 

彼女はモニターを閉じると人差し指を頬にあてて考える動作をした。
そしてぱんっと両手を合わせる。

 

「そうだ! アスランさん、お昼ご飯まだでしたよね?」
「ええ…まあ」
「私、朝サンドイッチ作ったんですけど、どうです? お腹の足しに食べません?」
「へ?…えっと…じゃあ、頂きます」

 

普通に答えるアスラン。まさに空腹を感じていたので彼もちょうどいいと思ったのだ。
その返事を受け取ったシャマルは嬉しそうに顔を綻ばせた。
いそいそと自分の机に向かい、置いてあったナプキンに包まれた物体を持ってくる。
彼女は寝台に腰掛けアスランの横に座り、それを膝の上に乗せ布を解く。
出てきたのはパックに入った3つのサンドイッチ。その内の一つを取り、アスランに差し出す。
何の戸惑いもなくそれを受け取る彼。ありがとうございますと、礼を述べ口に運ぼうとしたが…

 

「……あの…なにか?」

 

自分の動作一つ一つをまるで監視するかのようにシャマルが目を輝かせ見つめていた。
その視線がとても気になったので尋ねるが

 

「いえ、気にしないで。どうぞ遠慮なくばくっといっちゃってください」
「はあ…?」

 

彼女は全く気にせず急かすように言う。
だったらそんな目をぎらつかせないで見なくていいのにと思ったが
とりあえずは言うとおりに――ばくっと…

 

「………………!!!!」

 

歯をいれて舌が味を感知した瞬間、なんとも言えない味が口内を支配した。
もぐもぐとその擬音一文字ごとにさらに濃くなっていく。
彼は今時分の食べている物を再度確認した。………間違いなくサンドイッチです。
挟んでいるのは何かのジャム。………ジャム?
アスランの頭の中に素朴な疑問が浮かぶ。そういえば一体なんのジャムだろう?、と。
イチゴでもブルーベリーでもピーナッツバターでもない。
どことなく生臭いような気もする。魚でも使っているのだろうか。
アスランの頭の中では科学的根拠で結べるようにこの味を探ろうとした…だが無理だ。
脳の方がこの味に負けてしまい、おまけに洗脳されつつあったからだ。
彼はふるふると震えながらシャマルを見る。

 

「おいしいですか? それ、私の作った特製“鰻”ジャムなんです。ほら、鰻を食べると
 精がついて滋養強壮に良いって言うじゃないですか? この時期にはピッタリだからちょっと試してみたの♪」
(う…なぎ??)

 

にこやかにシャマルは説明するがアスランは苦しみながら聞きなれない原料に?マークを浮かべる。
それもそのはず、生まれも育ちも宇宙のアスランには地球の、しかも一部の地域しか生息しない魚の名前なんて知る由もない。
オーブには2年間住んでいたがそのような魚料理は出てこなかったし、食べたのはオーブ近海で取れた魚のみ。
得体のしれない原料がどういった物なのか訊いてみようかと思ったがやめた。――きっと吐き出すだろうから。
長年の勘がそう告げているのだ。

 

素材を想像できないアスランは戸惑いながらゆっくりと喉に流し込む。できるだけ表情にださずに。
そして本題である、旨いか不味いかについて言わなければならない時がきた。
率直に言えば当然、「まずいです」になる。――が、いえるはずがない。
だって彼女は本当に悪意のない表情をして、ん?っとこっちの答えを期待するような笑顔を見せているのだから。
その表情からわざとではないことは読み取れる。――さてどうするか…。
即座に思考しようとしたが、目線があるものを捉えた。
それはあと二つ残っているサンドイッチ。
その挟んでいる具材を見てはっとなる。―これならばと。

 

「すいません! もう一つだけいいですか!?」
「えっ? えっと、その、あの…どうぞ…」

 

アスランの唐突の言葉に逆に驚くシャマル。
持っていたパックを差し出すと彼の手が電光石火の速さでサンドイッチの残りを掴む。
そしてばくっと口に入れる。

 

アスランが選んだのは卵とレタスとハムが挟んでいるメジャーなサンドイッチ。
これならば味はまともなはずであり、失礼だが口直しにはちょうどいい。
これを食べた後なら普通に言えると思ったのだ。
―――「美味しい」…と。

 

「それにも私の特製ドレッシングが入ってるんですよ♪」

 

―――撃沈!!!
ドレッシングに使われている油の量が多いのかぬるぬるがひどい。
そして卵やハムはそのしつこい味に強調されまったくしない。
完全に本来の旨みを消してます。というかなんでサンドイッチにドレッシング?
そのひどい味に彼の大脳はエマージェンシーと告げる。もう限界ですと。

 

でも顔には決して出さずになんとか食いきりました。
そしてそれを見たシャマルが期待に満ちた表情でパックを差し出す。……最後のサンドイッチ。

 

もういくしかないか……

 

ここまできたらどうにでもなれといった感じで掴み、決死の覚悟で口に入れる。挟んであるのはポテトサラダです。

 

(――塩辛ッ!!!!!!)

 

さっきの二つは変な味といったところだが、これは単純にやばいとしかいいようがない。

 

「少し、お塩の入れる量間違えちゃったんだけど……」
(す、少し!?)

 

ツッコミたいが今口を開けたら絶対にリバースしてしまう。
そんなもんじゃない、致死量超えてるのではないかというぐらい辛すぎるのだ。
せめてお茶が欲しいと思ったが哀れ叶わず、ここにはそんな物はない。
やがて最後の一口を気合で飲み込むと、ふっと一息つく。本当は深呼吸したいぐらいにもっと酸素が欲しいのだが…。
口の中では今だ混沌とした後味が染み付いていた。
シャマルは食い終わったの確認すると身をズイッと乗り出し、アスランを光り輝く瞳で見つめる。

 

「そ、それでどうでした? おおお、美味しかったですかっ!?」

 

異様に興奮気味の彼女。この様子にアスランはもしかしてと悟った。

 

(この人、料理に自信ないの分かってて食べさせたんじゃあ…)

 

だとしたら最悪の結果だ。
最初の一個目で正直に「まずい」と言っておけばちょっとの罪悪感ですんだのに、自分は勢いで全部食べてしまったのだ。
今更まずいじゃ期待はずれもいいとこで深く彼女を傷つけてしまうだろう。
どうする?――どうする俺!?

 

思えば自分は此処に入ったばかりの新入り。これから一緒にやっていく仲間に悪印象は作っておきたくはない。
それにこの人には大きな嘘をさっきついたばかりだ。
それの謝罪のこととして「美味しい」と言ってしまえば…いやだめだ。
嘘に嘘を重ねてどうする。謝罪のつもりなら本当のことを言ってしまえば今後の彼女のためにもなるのではないか。
しかし、あの邪気のない笑顔が落胆の表情になるのを想像するとどうにも痛堪れない気分になる。
――様々な思考の末、アスランは最良ともいえないがこれしかないと決めた。

 

アスランはシャマルの瞳を見つめ返す。彼女の目はさらに輝きを増す。

 

「――どうもご馳走様でした。ありがとうゴザイマス。では私はこれで…」
「………へ?」

 

不味いとも旨いとも言わずだが、できるだけ笑顔で礼を言ってそそくさと医務室を出て行くアスラン。
しかしこれは第三者から見れば“逃げた”とういうことに変わりはないだろう。
だが彼にとってはこれがシャマルにとって相応しい答えだと思ったのだ。
どう受け取ったのかはわからないが、どっちにしたって料理の腕を磨くきっかけになるかもしれないのだから。
もっともっと彼女には上達してほしいと心から願うアスランだった。

 

残ったシャマルは彼の出て行った出口と空になったパックを交互に見ていた。
そして体がわなわなと震えだす。――怒り爆は…

 

「――いィやったァァッ!!」

 

かと思われたが彼女は飛び切りの笑顔でしかもどっかも盟主のような雄叫びを上げた。
ガッツポーズをした次の瞬間、シャマルは今度は口元を手で覆いすすり泣く。

 

「うぅ…苦節10年…ようやく…ようやく、ひっく…“美味しい”と言ってくれた人が…」

 

いや、全然間違ってますよシャマル先生。

 

「ぐすッ…仲間達には罵倒されて、はやてちゃんにも見放されかけ、挙句の果てに罰ゲームにも
 利用されていたこの私の料理を…“美味しい”って…“ご馳走様”って…ぅあぁぁ…」

悲惨な過去を振り返りながら涙を流す彼女。
どんな脳内変換したか分からないが彼女にとってあの返事はどうやら“美味しい”の部類に入るらしい。
おまけにあの笑顔が余計にそう感じさせていたのだろう。彼にとっては唯の作り笑いだが…
だが今までそんなことを言ってもらえたのは初めてなのか、段々とアスランの印象が彼女の中で神々しいものとなる。
シャマルは涙を拭くと今度はほうっと、とろけた様な表情になる。若干赤みもおびて。

 

「アスランさん…なんてステキな人なの///」

 

ぼそっと一人呟くシャマルであった。

 

――ぞくッ

 

「!?…なんだ今の寒気は…」

 

その嫌な寒気。気のせいかと思ったが彼は知らない。
とんでもない過ち(フラグ)をたててしまったことを…。