EVAcrossOO_寝腐◆PRhLx3NK8g氏_02話

Last-modified: 2014-03-05 (水) 12:54:26
 

第二話前編「聖戦への裏切り」

 

 照らされている町の光は僅かに山々の隙間から僅かに見えるが
 ぽつぽつと蛍の灯火を髣髴とさせるものばかり。
 街は夜の暗がりに飲み込まれたまま死んでいた。
 その死んだ街の中を悠然と進んでいるのは黒いゴムの様な肢体と
 皹の少し入った白い甲殻を肩に背負った、ビルより大きい化け物であった。
 第四使徒サキエル。後にこう呼ばれたこの化け物はビルから発射される自動迎撃装置を
 一睨みの光線で焼き切り、誰も乗っていない車を玩具どころか紙細工の様に踏み潰す。
 だが、その化け物も別に地下から高速で何かかが近づいてくるを察知したのか、歩みを止める。
 凄まじいGを感じながらも地下のルートから射出される黒の巨人。
 交差点が割れ、それと同時に伸びるレールを頼りにまるでビックリ箱の様にその姿を現す。
 ずんっと来る衝撃に中に乗っている刹那は目を閉じる事も無く、まっすぐにその夜の街に目を慣れさせる。
 繋がれていたレールが拘束を解くとずしっとその巨体が道路に重みを感じさせている音が聞こえた。

 

「ソラン。応答しろ」
「問題ない」
「おし! じゃぁまず歩け。頭でイメージしろ。自分が手足を拘束されたる中
 それを引き千切って今すぐにでも歩きてぇって感じだ」
「歩く……歩く……歩く……歩く」

 

 刹那が目を閉じてを意識を集中するとふわっとした感覚の後にずしっと踏みしめる音が響く。
 そして、目を開けば僅かに距離感が変わる視界。一歩踏みしめた事に司令部の誰もが驚いた。
 起動実験が今まで一度も成功をしていない上にまして”新しい装置を組み込んだばかり”の参号機が
 今こうやって第一歩を踏みしめているのだ。まるで、自分の子供が始めて立ち上がり歩くことが
 出来た時の様な感動を一部の職員は感じ取っていた。

 

「おし! 後は全部その応用だ。青葉、ナイフの装備は外部から出してやりな」
「了解しました。刹那君、左の肩のパーツから刃物が出る。それを手にとって握り締めてくれ。
 今、それが取れる様に信号を送る」
「了解した……手を上げて……違う……もっと下……そう、そのまま……取る!」

 

 そう言うと、左肩のパーツが一部開いて中から刃物の柄の様な物体が現れる。
 EVAと呼ばれる漆黒の巨人は手をゆっくりと挙げて、左肩の方へと伸ばす。
 ぎぎぎっときしむ金属音が聞こえそうなほどぎこちない手の動き。
 最初はその位置も上手くつかめず、手を何度も宙を漂わせていた。
 空を掴んでいる間にも敵はその存在を察知したのか、ずしっずしっと足音を徐々に大きくしてくる。
 焦りで手汗を握っているのだろうが液体漬けになっている今の手の感覚ではそれも解り辛い。
 そして、手の感触もシンクロしているのかようやく”ソレ”を掴んだ瞬間一気に引き抜く。
 途中、熱を強く発して発光するナイフは緩やかに光の残像で弧を描いていた。
 それを佇んで見守る司令部の人間達。ほっと、胸を撫で下ろしたその瞬間
 刹那の乗っているEVA参号機の胸の辺りが爆散する。

 

「ぐあっ!! 痛みも……来るのか!」
「まだ、そこら辺の調節出来ねぇらしいからな。男だったら我慢しな!」
「り、了解した」
「強い子ですね」
「ま、場慣れしてるからなぁ。青葉! 今すぐ、D2地区防御壁展開!
 残ってる自動迎撃ミサイルを”上から”浴びせてやれ!」
「は、はい!」

 

 刹那は座椅子の掴めるトリガーの様な部分を掴む。それが可動する事に意味を見出せなかったが
 がむしゃらに握り締めたまま、ぐっと神経を弄る痛みに耐える。奥歯で僅かにきしむ音も
 L.C.Lの中に吸い込まれて良く聞こえない。吹き飛ばされたが
 先ほど伸びたレールに背を預けたので体制を立て直すには時間が掛からなかった。
 脳がぐつぐつと煮える様になりながらも、刹那の意思と共にEVAも態勢を立て直す。
 甲殻の様な顔の仮面もまるで生きているかの様に黒い穴が瞬きをする。
 向き直るEVA。腰を僅かに屈めながらも踵を上げて、踏み込む体制を作る。 
 体が覚えている。それを意識的に動かす。その意識をEVAに伝える。
 徐々にEVAもそれに慣れてくるのか、再現率は低いモノもその巨体の動きは応えてくれている。
 使徒もそれを察知して光線を再び撃つ。まっすぐに突き立てると見せかけて、そのまま横転を掛ける。
 突き立てる様に見えた姿勢からの回避、だが使徒もそれを考慮しているのか
 光線は地面を貫き、十字路から左右にも伸び、十字架の様な形で焼き尽くそうとする。
 その左右に伸びた内、使徒から左側側の光線は
 その横転したEVAも焼け焦がした……筈だと使徒は認識している。
 その認識に疑いを持つ前に”必死な位の量”のミサイルが上空から飛んできた。

 

「感謝する」
「見抜いたか。そーだ。奴の攻撃は基本的に直線。そして、オツムも弱い」
「迷っているな」
「ははっ、人間様がなんで何千年闘い続けてるのかよーく、あの化け物に教えてやんな!」
「了解した」
「緊急回避用レーンの開閉と非常用隔壁の準備、この地点だ!」
「はい! コマンド送信完了! 5秒後展開可能になります」

 

 刹那の乗るEVAは無事だった。アリーの指示を出した防御用隔壁が
 表面と第三層あたりまでを焼け焦がしたが丸々形を残す。
 それにあわせて刹那もぴくりとも動かずに息を潜めている。
 使徒の思考は目の前の巨人はさっきの光線でやれたのか? 
 息と存在は感じられる。ただ、動かないというのは既に瀕死なのか?
 ミサイルは対して痛くは無いがまた”上から”来るかも知れず、その量からあの巨人を守る為なのか?
 使徒は知能あるが故に迷う。選択肢が思い付けば付くほど、予想されうる事態は増えてくる。
 僅かな知能と目覚めたばかりの僅かな経験。
 そのほんの一握りの情報量が使徒の判断を鈍らせる。
 現状を改善するには確かめるしかなく、使徒は歩を進めながらも
 その横転したEVAの居る地点へと近づく。足音が大きくなり、その交差点へと差し迫った瞬間
 EVAは先ほどの使徒の攻撃により薄く脆くなっている防御壁を蹴りつける。
 えぐれるコンクリートに金属の軋むけたたましい音、へしゃげたままの壁が使徒の目の前へと覆いかぶさる。

 

「よし、いまだ! 緊急回避用レーンを開き、それと同時に非常用隔壁閉鎖!」
「ぇ? あ、はい!」
「へへっ、待ち伏せに落とし穴。実に原始的だが、手前にはコレで充分だ!」

 

 使徒はそのまま、覆いかぶさる壁に手から伸びる光の槍を付き付ける。
 恐らく、その向こう居るEVAを壁もろともと突き刺すつもりなのだろう。
 だが、それによって使徒の意識はその壁の方向へと集中する。
 同時、使徒が立っている交差点のの床が抜ける。
 ずるりっと光の槍は羊羹に突き刺したフォークの様に隔壁の下の方へとその壁を熱で溶かす中
 その巨体は重力で沈むと同時、分厚い隔壁がその使徒の細い足をねじ切る様に締め上げる。
 ぎゃりぎゃりと大きな歯車やポンプの駆動音が地下から鳴り響き
 必死にその穴を使徒の足ごと塞ごうとする。
 使徒はそれに足をとられる中、一番重要なことへと意識が逸れる。
 次の瞬間、刹那の乗ったEVAは使徒が突き刺し、くの字に凹んでいる防壁を足場にして
 そのまま飛び掛る様に熱をじっとりと溜めたナイフを突き立てる。
 火花と共に使徒の肉体、胸の部分にある光珠に向かってまっすぐに向かう。
 動こうにも足をとられている使徒。
 一瞬、勝ったか?と司令部の誰もが希望を抱いてしまっている中
 使徒はピンク色に発光し、足を取っていた隔壁も、目の前に覆い被さっていた防壁も
 勿論、上空から切りかかっていた刹那の乗るEVA参号機も纏めて
 数十メートル吹っ飛ばし使徒は僅かに飛翔する。
 ソレにあわせてミサイルも数発打ち込まれるが歩を止める事すら出来なかった。

 

「ソラン! 死んだか!?」
「ちぃっ……アリー・アル・サーシェス! アレはなんだ!?」
「A.Tフィールド。要するに意思で作るバリアみたいなもんだ。ちっ、奴さんも使い時が分かってやがる!」
「バリア? どう対処すればいい?」
「エヴァはそいつと同じくA,Tフィールドを持っている。
 お互いにそれを張り合っていれば、中和されるシロモンだ」
「俺も張ればいいのか?」
「その通り。技術代行。説明を”手短に”」
「ぇ? あ、はい。 刹那君。A,Tフィールドは心の障壁、それは拒絶や拒否の意思。だから、刹那君。
 君がその意思を示せば、エヴァもそれに応えてくれる……筈」
「筈?」
「まだ、実戦で三号機は一度も――」
「バカ野郎! 戦場で兵士を迷わすな! ソラン!
 手前が出来るかとか出来ないとか考えるな! ”やれ!”」
「了解した」

 

 刹那は困惑を隠せないまま、何とかEVAを立ち上がらせる。EVAも頭を打ったのか、刹那自身もクッションがあるとはいえ
 椅子に頭を打ちつけたのとEVAの神経の伝達とで二重の痛みに意識が朦朧としている中、サーシェスの声で叩き起こされる。
 刹那が吹き飛ばされる瞬間に目に焼き付けた、オレンジ色の何かについて説明を求める。
 サーシェスの説明された言葉、意味は大よそ理解した。続いてマヤの言葉にも頷きつつも一瞬、疑念が湧く。
 それを待たずにサーシェスは声を張り上げ、打ち消そうとする。人が倒れる様な音が刹那には聞こえたが
 そんな些細な事は彼の判断の中に入る事は無かった。ゆっくりとEVAは立ち上がる。
 それに対して、使徒は再び光線を放ち、今度は右手を爆発させる。ナイフは飛んでしまった。
 それでもまっすぐ歩を進める。 再び放たれる光線。今度は左肩の拘束具が爆発と共に吹き飛ぶ。
 ただ、それに使徒は瞬きを繰り返す。そうだ。なぜならば、使徒の本来の狙いは”中央の胸部”だった。
 再び放たれる光線は頭部へと放たれるが逸れる。もう一度放たれれば
 光線は目の前で爆発し、爆風には僅かに透けて見えるオレンジの壁が見える。
 司令部にもどよめきが起こる。今、現在の時刻をもって人類は初めてEVA参号機によるA.Tフィールドの展開を成し遂げたのだ。

 

「いいぞ、刹那君! それがA.Tフィールドだ!」
「了解した」
「まさか、初めての搭乗で行き成り?」
「信じられない」
「いや、だがあれは確かに」
「……凄い」

 

 青葉はマイク越しに絶叫に近い賞賛を贈る。
 歓声に近いざわめきの中、サーシェスだけはそれを訝しげに見ていた。
 サーシェスが視線をさまよわせる中、戦場でEVAは一歩一歩進んでいく。
 使徒はひるむことなく、光線を放ち続ける。目の前で爆散する。逸れる。
 焼け焦げた気配もなく、煌々とオレンジの障壁が張られている。
 使徒は両手を掲げて今度は光の槍を掌から突き出す。硬く割れる様な音と共にそれが突き入れられようとする。
 EVAは大きく手を振りかぶり、それを前に押し出そうとすれば、そのままATフィールドの領域は前へと突き進む。
 使徒の出していた光の槍はかき消され、両腕がへし折れ、勢いに推されて使徒はビルへとたたきつけられる。
 ぷらぷらと骨が折れた様になった両腕をにちゅにちゅっと肉の軋む音と共に再生をする中、更なる追撃。
 オレンジの障壁が投げつけられ、胸部中央の仮面へと皹を割らせる。
 今度は大きくおおぉっと言う歓声が司令部の中に木霊する。
 しかし、サーシェスは皆が浮き足立っている中、ぽんぽんっと青葉の肩を叩く。

 

「悪い。アレはなんて読むんだ? 俺は漢字読めないからよ? 何かタイム計ってるみたいだが」
「え? えーと、あれは予備電源残り時間……0分00秒!?」
「はぁ? 予備電源? って事は」
「今、映像を巻き戻して確認します! 最初の攻撃で元の電源部分が損傷。電力がコードから先に送られて無かった模様。
 敵、使徒のA.Tフィールド展開時にはケーブルは完全に外れていて……これは!」
「どういうことだ。手短に説明しろ」
「我々が最後に刹那君との通信を取っていたのは伊吹代行技術主任が説明をしている最中サーシェス三尉がやれと言ってる辺りかと。
 本来は、その後……エヴァは動くことが出来ません……理論上は」
「はぁ? それじゃ、お前、俺達の通信に”誰が”応答してたんだ? アラームは何故鳴らなかった!」
「最初の攻撃時ではコードの途中までは送られていた事、ケーブルがEVAに繋がっていた為、タイムラグが発生してたと思われます」

 

 青葉の言葉に司令部の殆どの人間が聞き入り、それを理解すると皆、画面を食い入る様に見つめなおす。
 まるで狐につままれたか、幽霊に騙されたかの様な違和感に司令部が一斉に凍りついた。
 EVAが活動するには大量の電力が要る。それを賄っているのが背中についているアンビリカブルケーブル。
 紐付きでしか行動出来ず、それが切れてしまったら五分と持たない。それがEVAの最大の制約であり、弱点であった筈だった。
 そして、司令部の疑念と沈黙とざわめきを破ったのもまたEVAであった。
 拘束された口を大きく開き、まるで全ての獣に対して、己が存在を立証せんが為に上げた様な声。
 司令部の誰もが抱いていた疑念が確信に変わった。EVA参号機は暴走していると。
 サーシェスは状況の確認の為に声を荒げる。それに我を取り戻したのか。ほぼ、同時にオペレーター達も一斉にデータの分析を始めた。

 

「ちぃっ! 暴走だと!? どの段階でだ? 何が起きてる!」
「解りません! ヴェーダも回答を保留にしています!」
「状況が解らないから、そいつに聞いてるんだよ! 他に解る奴は!?」
「MAGIは現在凍結中。動かせません!」
「ちぃっ、パイロットはどうなってる!」
「心音と脈拍を確認.生きてはいます!」
「エントリープラグ強制射出! その後自爆……いや、まだあのガキは使えるな。
 パイロットの生命を最優先だ! クリスティナは何処にいる!?」
「駄目です、信号受け付けません!」
「クリスティナ二尉は指令に報告後、持ち場に待機しています」
「くっ、サイボーグ女でも流石にあれから救出するのは無理か」

 

 司令部の下部と一つ高い部分、そして戦場での温度差は歴然たるモノであった。
 シンクロ率も切れ、いつの間にか信号も拒絶している巨人。それは制御できて兵器足りえる存在であった。
 それを失った今、モニター越しに移る黒い巨人は使徒と変わらぬ化け物である事は明確であった。
 司令部パニックになりながらもパイロットの保護を優先している。
 少なくとも起動は出来た優秀な人材にある事には変わりない。
 直ぐに救助して別の機体に乗せられる事も選択肢にある。
 だが、そんな最善の選択を選び取ろうとしている最中、目の前に広がった映像は彼らの思慮の範疇を超え始めた。
 その映像に司令部の皆……否、指令と副指令の二人の男以外全員がその現実に目を疑った。

 

「勝ったな」
「ああ」
「しかし、”受け入れさせた”のか。確かに優秀だな、彼は」
「ふん、当然だ」
「太陽炉。GNドライヴを起動させたの!?」

 

 EVA参号機はその咆哮と共に背中から血飛沫の様に緑色の粒子を吐き出す。
 きしくもその行動は夜の第3新東京市に”O”の字を描くことになった。

 

次回予告
 エヴァは使徒に勝つ。だが、それは全ての始まりに過ぎなかった。
 病院で出会った少女に刹那は自分の弱さを指摘される。
 穢れと悲しみから逃げるマヤにサーシェスは新たな苦悩の種を与える事になる

 

次回第二話中編「見知らぬ温もり」
                         次の回もサービス、サービスゥ♪

 
 
 

第二話中編「見知らぬぬくもり」

 

 刹那・F・セイエイが目を開けば、其処は真っ白な天井に真っ白い壁で作られた一室だった。
 病院なのだろうか? 近くには三つの引き出しがあるキャスター付きの棚があった。
 首から上だけ僅か左右へと向けて、周囲を観察、警戒する。まさか手当てしてまで襲撃の可能性も無いが
 全てをもう体に染み付いてしまった故の行動だった。天上の端には監視カメラが付けられている。
 視線だけをぎょろりっと部屋を見回した後、むくりと起き上がれば、それと同時にナースコールに手を掛かる。

 

「刹那・F・セイエイ。起床しましたか?」
「ああ」
「意識、体に異常はありますか?」
「見た範囲では問題ない」
「では、担当者を向かわせます。あなたの位置は把握しているので 
 好きに出歩いて構いませんが、くれぐれも院外へ出ないで下さい」
「了解した」

 

 僅かな言葉によるマイク越しでの応答。手をベットの上で開いて閉じて、首を鳴らし
 指の動きを確認する。そのまま、ひざを曲げ伸ばししつつもまるで、工場の製品を
 チェックしているかの様に言葉少なに自らの体をチェックする。
 昨晩の事をうっすらと回想する。この都市に来たこと、クリスティナ・シエラと出会った事。
 ハンガーにてEVAと呼ばれる巨人を見た事。そして、その場に居たアリー・アル・サーシェスとの再会。
 ぎゅっとひざを抱え込みながらも思想に耽る。なぜあの時、彼を殺せなかったのか。
 決めた筈だった。再会した際はどちらかが死ぬ時だと……それなのに。
 握りこぶしに力が入る。モノに八つ当たりをする前にぎゅっと足の指でシーツを掴む。
 そのまま、横に寝転がり、綺麗に敷かれていたベットシーツにしわを作る。
 胎児の様な姿勢になったまま、目を開き、じっと宙空を見つめ静かにため息を掃く。
 再開される回想。あの巨人の中では意識が飲み込まれそうになる。
 サーシェスの言葉に答え、自らの拒否と拒絶の意思を強く念じた途端……其処に誰かが居た。
 何か問答をされた記憶がかすかに残る。アレは誰だ?
 見知らぬ人だった。弱々しさを感じた。そして、温かさを感じた。何より優しかった。
 静かでいると心臓の鼓動が体中に感じられる。血液が循環する感覚を錯覚する。
 刹那はそれが怖くなったのか、起き上がる。用意されていたスリッパを履き、廊下へと出る。
 白い廊下に白い壁はまだ続いていた。廊下の真ん中には色のついたラインが引かれている。
 窓を見る。ここでもやはり空は青い。空は共通して青いものだと改めて実感をする。
 窓ガラスに手をついているとからからと車輪の回る音とストレッチャーの送り出されているのが視界に入る。
 振り返る。其処には1人包帯を巻いた同い年位の人物が居た。

 

「ちょっと止めて」
「検査が立て込んでいます。手短に」
「解ってるって。あんたが例のパイロット?」
「……」
「ああ、機密漏洩は平気。此処はNERVの病院だから」
「何故、解った?」
「ん~、L.C.Lのにおいがする。いいかおり~♪ えーと、あんたで何番目だっけか?」

 

 ストレッチャーを止めさせた少女は首だけ刹那の方へと向ける。起き上がる事もままならないほどの重症。
 それなのに少女は明るく振舞っていた。くしゃくしゃの癖のついたショートヘアは
 頭に巻かれた包帯で更に跳ね上がり、生白い肌は本当に生きているのかと言うのが怪しい位艶めいている。
 包帯が巻かれていない左手をそっと伸ばしながらも刹那の指先に少し触れる。
 刹那も一瞬ぴくっと僅かに震えるがじっとその場にたたずみながらも視線を返した。
 目を閉じてすぅっと息を吸い込み、少し鼻歌交じりに気分よさげな声色で
 ギプスの手首をギプスで固定された指でひぃふぅと指折り重ねながらも数を数えていく。
 刹那はずっとその様子を凝視しながらも言葉の節から思考を巡らせていた。

 

「他にも居たのか」
「ええ、私が四番目、君はえーと六番目かな」
「初号機パイロットが五番目か」
「そそ。あいつとはもう逢ったんだ。なんか、入院してる間に初陣始まってたりとかもう最悪ね」
「……」
「ま、生きてる間はチャンスがあるかな。次は私の獲物とっておいてね?」
「作戦内容による」
「ふふっ、ありがと。ん? あんた、勝ったのに浮かないね」
「そうか?」
「ははぁーん? さてはアリーのオッサンに虐められたのかな?」
「違う!」

 

 肩をすくめると少し「いつぅっ」と呻きながらも心底残念そうな顔を見せる少女。
 刹那はその様子に顔色一つ変える事はなく、坦々と言葉を返している。
 少女は視線を僅かに泳がせながらも、思考を練りながらも言葉を続けている。
 刹那にとって彼女はとても奇怪に見えた。望んで戦いを欲するというのは無い訳ではない。
 ただ、好戦的な女性と言うのは軽くカルチャーショックを受けるほどに意外性を感じていた。
 もし、もう少し刹那の表情が豊かだったら「何を言っているんだ?」とでも言わんばかりの表情のこわばりがあっただろう。
 唇の下に指を当てて、うーんっと唸りつつも視線だけきょとりっと刹那の顔を見上げる。
 目をすぅっと細めながらもサーシェスの名前を出せば、先ほどまでの鉄面皮が一点。
 強い拒絶の言葉と共に否定する刹那にくすくすと笑いを漏らしながらもその笑いの振動が傷に響くのか再び呻きを上げる。

 

「その顔、図星ね。私が慰めてあげよっか?」
「……っ! 俺に触るな!」
「人との接触を嫌がるなんて母親以外に抱かれて泣きじゃくる赤ちゃんみたい。
 自分の事を気取られるのが怖い? こんな、怪我だらけで笑うのすら痛がってる奴にさぁ?」
「違う……俺は」
「そろそろ、検査の時間です」
「ジャパニーズはほんと空気読めるね。じゃ、またね? 六番目の子供(シックス・チルドレン)」

 

 ぐっと僅かに身を起こし、少女は刹那の指を絡め取る。冷たくて白い手、体温は低い。
 さらさらときめの細かい肌は絹の様な手触りだった。指と指の間、褐色の肌にその白が混ざることなく
 絡み付くと同時、刹那はその行動に激しい嫌悪と恐怖を抱く。ばっと、指を振りほどく様に引っ込めれば
 憤怒の表情を向けながらも、拒否と警戒の意を示す。しかし、少女はソレに動じる事も無く、目を僅かに細めたまま
 言葉を続ける。刹那は顔を逸らし外を見る。少女は視線を外さない。暫しの沈黙。
 刹那は向き合うこともなく、誰に向けてか解らないが言葉をつぶやいている中、連れ添っていた医師が
 ふぅっとため息を漏らすと、刹那と少女二人に言い聞かせる様に少しの遅れても問題ない検査の時刻を告げて
 ストレッチャーを押し始める。少女は刹那に別れを告げながらも左手で、彼が見ていなくても手を振り続けている。

 

『何故、接触した?』
『通りがかっただけよ。あいつ、可愛いわね』
『ほぅ。それは異性としての認識かな?』
『もし、そうだったら妬いてくれる?』
『パイロットの資質が君より高いとなると少し嫉妬せざる終えないかな? 送り出した者としても』
『あら、そっちも御執心ね』
『まあね。で、結局どうなんだい?』
『ん? ん~、ひ・み・つ♪』

 

―NERVのとある一室にて

 

 NERV技術開発部技術局第一課所属臨時技術開発責任者伊吹マヤ一尉は新たな任務書の文字の視線を追って
 沈黙から一気に氷結したかと思うほどの硬直をスローモーションで見せる事になった。
 立ちくらみそうなほどの現実にこのまま倒れてしまったらどれだけ楽なのか。
 わなわなと震えながらも、ぎょろと目を見開いたままその任務書の親の仇の様に睨みつける。
 手に持った任務書をくしゃりと音を立てながら握り締めた後、それの任務を渡した事務官にまくし立てる。

 

「ちょっと、待って下さい! この任務なんなんですか! ありえ――」
「うぇっ、おっほんっ!」
「……! あ、いえ、その。すいません」

 

 事務官はわざとらしく大きく咳込めば、ちらりとマヤの斜め後ろにいる刹那へと視線を送る。
 マヤはその視線の意図を察したのか、ばつの悪そうにくぅっと下唇をかみ締めた後
 当人がすぐ後ろに居る事を思い知らされる。人を傷付けず、自分の我を通すというのは実に難しい。
 無論、刹那には日本語が解らない。だから、この事務官との会話の意味は解らない筈だ。
 それでも気配や態度で気取られるだろう。もとい、さっきの一発でもう大体空気が解ってしまった筈だ。
 後悔の念が頭に渦巻くが、それでも彼女は受け入れる事が出来ない任務だった。

 

「けど、非常識じゃありませんか? 彼は幾ら子供とは言え、少年……男の子なんですよ?」
「伊吹一尉にそういう趣味があるとは聞き及んでいませんが……もし、そうなら確かに問題ですな」
「違います! あのですね、私は倫理とか道徳的にですね!」
「クリスティナ二尉も前任の葛城一尉もパイロットにはそういう処置を取っている。
 まして、彼は日本語が喋れない上にひらがなも読めない。何かと生活に不便だろう」

 

 事務官は顔色一つ変えずにマヤをからかえば、彼女は顔を真っ赤にしながらも必死になって否定する。
 だが、この言葉も気取られないか?、刹那を傷付けていまいか?と一々思考にストップが掛かる。
 如何したらいいかと涙目になったまま事務官の続く言葉にははっと我に変える。
 そうだ。幾ら、あの戦場で生還したとはいえ、彼はまだ二十歳にもならぬ学生。
 子供なのだ。おまけにこの国の言葉も文字も解らない。
 アラビア語だったら自分は少しは解るし、幸い英語ならクリスティナ二尉とも
 コミュニケーションが出来る程ではあるが、それでもフォローが必要な事は誰が見ても明白だ。
 自分よがりな部分に対して軽く自己嫌悪へと陥る。ドロドロと、地面がのめりこむ様な
 テンションの下がり方に頭が痛くなる中、ふと頭にある人物が過ぎる。

 

「それじゃ、サーシェス三尉に……いや、アレは」
「送り出してどちらかが死体で帰ってきては困るだろう? 二人とも今のNERVには必要な人材だ」
「それはそうですか」
「では、了承と見る。私も今回の報告書を纏めなければならないのでね。失礼」
「あ、ちょ……はぁ~」

 

 1人他の候補が浮かんだがすぐにその選択肢は駄目だと気付いた。
 昨晩の事、あんな非常時ですら平気で命の取り合いが出来る程の中。
 戦闘中の指揮は阿吽の呼吸でもあったがそれが日常となると血の惨劇しか思い当たらない。
 仮に生き残ったとしてもお互いが命の危機を感じているとなれば、通常任務にも支障をきたすのは間違いない。
 他にアラビア語が話せる職員は青葉シゲルがいるが、少しずぼらな所がある彼に生活力があるとは思えない。
 となると目ぼしい適任者は自分だけだった。その現実にがっくりと肩を落としそうになるが
 後ろから静かに見つめている刹那の視線にそれをぐっと堪える。
 その様子に刹那は今まで重かった口にようやく開いた。

 

「どうした? 何か問題でもあったのか」
「問題って……ほどじゃないけどね。はい。これ。
 えーと、本日付を持って私、伊吹マヤ一尉が
 参号機パイロット刹那・F・セイエイの保護者兼同居人という形になりました」
「同居人?」
「今日から一緒に住むって事。幸い、私は前任者の部屋を間借りしてるから。あの部屋ちょっと1人暮らしには広かったしね」
「そうか。了解した」
「ほんとにいいの?」
「問題ない」
「私は……その」
「何かあるのか?」

 

 マヤは今までこういった類に色事を持ち込む輩が一番苦手であったが、今日認識を改めざる終えなかった。
 そう、鈍すぎると言うかそういうのが全く無ければ無いで、人と人との歯車というのはかみ合わないのだ。
 そういえば、前のパイロットの1人もこんな感じだった。そして、それを懇切丁寧に相手をしていたあの人も
 立派に職務をこなしていた。そう考えるとようやくマヤの背筋にぴしりっと一本線が通った様になる。
 そんなマヤの一喜一憂に多少の違和感を感じながらも、刹那はじっと視線を見返している。

 

「まぁ、良いわ。任務だしね。という事でよろしく。あ、それとこれサーシェス三尉からお手紙」
「サーシェスの? そういえば、アイツは見かけなかったが」
「作戦責任者だからね。今から、報告書と新たな使徒に備えて、色々準備があるらしいわ。
 彼も仕事で此処に来ているの。色々やることが多いのよ? 責任者っていうのは」
「……了解した」

 

 その言葉に表情では読み取れないが何となくがっかりしているのでは?と言う気配をマヤは感じ取る事が出来た。
 続く言葉は慰めになっていたのか本人にも良く解らないまま、刹那はその手紙を受け取り開封する。
 刹那は手紙と言う事で少し不機嫌そうな気配を一瞬漏らしたが、すぐに普段の平静を取り戻して文章を読み始める。
 癖の強いアラビア文字で書かれているので中東の人間以外は読解をするのは難しそうだ。
 内容は簡潔だった。仕事で暫くは出れないから話はその後で。日本では義務教育というのがあり、お前も学校に通え、これは命令だ。
 そして、最後の一文はあまりよく意味が変わらなかった。刹那はマヤと途中のコンビニでつくまでずっと何度も何度も読み返していた。
 その間の沈黙、空気はとても重い。否、正確には刹那は正に空気の様な気配だったのだが、それを気にするマヤはとても気が気ではなかった。
 勉強一辺倒でずっと過ごしてきた。職場以外で男性と連れ添うのはあまり経験が無い。それが、行き成りの同居。
 うまくやっていけるのか。心配と対処の思案の積み重ねが頭の中でぐるぐるとバターの様に溶け、思考停止と言う拘泥状態へと陥る。
 そして、志向の行き着く先は取り合えず、夕餉の買出しを済ませてしまおうという生活観溢れる現実逃避へと落ち着いた。

 

「じゃあ、今日は此処で買って済ませちゃうから。刹那君も好きなの選んでね?」
「わかった」
 
次回予告
 突然の新しい生活に刹那もマヤも戸惑いを隠せないままのスタートとなる。
 言葉の壁、文化の壁、ココロの壁を積み上げているマヤ。彼女は刹那を支える決断が出来るのか。
 そして、時を同じくして動き出す、委員会。彼らの目指す目的とは?

 

次回、第二話後編「越える壁、壊す壁」
                         次のお話もサービス、サービスゥ♪

 
 
 

第二話後編「越える壁、壊す壁」

 

 薄暗い会議場。昨夜、司令部の中央の座席で眉一つ動かさず、事の成り行きを全て見守っていた男。
 特務機関NERV指令碇ゲンドウはいかにも怪しげな集会の末席に座っていた。
 中央に座るのはバイザーをつけた、白髪の老人。左手にはやや、うねった長髪の青年とも中年とも捉え辛い男。
 もう1人はスタイルのいい中華風のドレスを身に纏った女性。右手にはまだ幼さも残るがそれでも
 大人びた雰囲気を漂わせる青年。後は白人のややいかつい顔の老人、禿げ上がり鼻の高い老人。
 数にして10に満たない老若男女が一堂に会している。

 

「使徒再来。あまりに唐突ですが、まずはその初陣の勝利を祝しましょうか」
「ええ、私たちの投資の甲斐もあったというものです」
「そいつはまだ解りますな。役に立たなければ無駄と同じでしょう。
 特に我が物面で人員を送り込んでおきながら、要らぬ事故で貴重な資金を水泡と化したどこぞの機関などね?」
「金など幾らでもかき集められましょう。能力ある人間を作るのはお金には変えられませんからね。
 まして、人類の危機だと言うのに金庫に溜め込んでいるなど具の骨頂ではありませんか?」
「天国に金は持ってはいけぬからな」
「あら、地獄の沙汰も金次第と言う諺もありましてよ?」
「ああ、それはあの世には金を持っていけないからどうにもならないという意味だと思ってたよ」

 

 口をまず開いたのは長髪の青年。張り上げる声は自信と思慮深さに満ち
 視線は委員会全員の顔色を見つめたまま、まずは議論の音頭を取る。
 それに同調するのは中華風のドレスを纏った女性。穏便なムードのまま事が進むと思ったが
 ソレに対して、老人の1人が噛み付く。皮肉めいた言葉をぶつけたのは一番若そうに見える青年へ。
 しかし、青年もそのやっかみを袖で振り払う様に軽く一蹴する。
 一気に険悪になるムードを比較的若いメンバーが茶化す。
 年老いたメンバーはその言葉に眉をひそめながらやり込められる様子を鼻で笑っていた。
 苛立ちも僅かに湧く中、その怒りの矛先は末席に座るゲンドウへと向けられる。

 

「まぁ、死んだ後の事などどうでも良い。それより、碇君。NERVとエヴァ。もう少し、何とかならんのかね?
 そんな口車だけで国を何個傾ければ気が済むのかね?」
「使徒の存在が明確になった以上、我々としても金の回し方に気をつけねばならない」
「それに金だけではない。資源、人材、時間。エヴァには色々と掛かっているのだよ」
「我々は常に最善を尽くしています。情報操作、諸々の問題については既に対処済みです」
「それはやって当然の事ですわ。その為に我々は資金を出し合っているのですもの」

 

 ゲンドウは苛立ちを募らせていた老人達を軽くいなしながらも資料と成果を提示していく。
 苛立っていたメンバーもふんっと鼻息を荒げながらも攻撃材料を探しながらぶつくさと文句を言うが
 先ほどから、チャイナ服を着た唯一の女性メンバーは老人も若者の肩どちらも持って
 煽っている。その様子を見兼ねてバイザーを付けた老人がごほんっと大きく咳を払う。
 メンバーはソレに目を通しながらも皮肉めいた言葉を吐く為の口を閉じていた。
 女性はそれに対して失礼と僅かにつぶやいたまま、空転しかけた会議が本来の路線へと戻っていく。

 

「聞けば、何処の馬の骨だか解らん孤児にあの玩具を与えているそうじゃないか」
「失ったものが大き過ぎたからといって、自らの痛みを避ける逃げの一手に思えるが?」
「彼にたまたま適正を見出したまでです。それに使徒殲滅だけが我々の仕事ではありません」
「左様。全ては唯一つの目的の為に」

 

 メンバーは資料に目を通し始めている間に作られていた静寂はすぐに壊されてしまう。
 老人達は不機嫌そうに椅子に背をもたれたままゲンドウへと言葉をぶつける。
 しかし、彼もまた動じることもなく、適切かつ最低限の言葉を切り返す。
 実質的にNERVは当面の存在意義と成果は出していた。
 だが、それでも投資家としてはリターンを増やし、リスクを減らしたいのだろう。
 皮肉めいた言葉も全て、打算的な損得あっての事。それに呆れる面子
 もっともだと思う面子、敢えてそれを放置して議論の行方を見守る面子。
 本音は皮肉と毒を混ぜて、交し合う会話は酷く殺伐としていた。
 そんな中、沈黙を破ったのは中央でバイザーを掛けていた老人だ。
 その言葉と共に1人の老人の映像が出る。頭は禿げ上がり、それに反比例するかの様に
 豊かな髭を蓄えた老人。老人といっても此処にいる面子とは違い黒々とした髪色を保持している。
 それと同時にファイルが展開される。其処に”人類補完計画”と書かれていた。

 

「イオリア・シュヘンベルク。今は亡き、彼の導き出したプランこそが我々人類に残された最後の選択肢」
「邪魔をされては困りますからね。その前にゲームオーバーでは全てが無意味」
「そう、もう人類には時間がありません。これが君のすべき最優先の急務ですわ」
「左様。人類補完計画。その為のエヴァであり、使徒の殲滅なのだ」
「如何なる事態を持ってしても計画の遅延は認められない。
 既に我々は2年の遅延を余儀なくされている。
 碇、心して任務を続けてもらう。予算については一考しよう」
「では、後は委員会の仕事だ」
「碇君。ご苦労だったな」
「碇……後戻りは出来んぞ」

 
 

―新第3東京市コンビニエンスストア

 

 伊吹マヤは故あって目の前の少年、刹那・F・セイエイと同居をする事になった。
 しかし、今まで1人暮らしと実家暮らししか経験のした事が無い大学上がりの女性。
 実生活において、親以外の他人を考慮する事など無かった女性が
 行き成り年頃の少年と同居などと言う刺激的な環境の変化に頭を悩ませていた。
 しかも、その相手は気難しいという表現では表現しきれない無口で無表情。
 この少年とどう接していいのかさっぱり見当も付かない。
 更にそのコンビニでの食事の買出しで更なる問題を一つ浮き彫りになった。

 

「好きなの選んでいいわよ? その分のお金は貰っているから」
「……」
「え、えーと。遠慮はしなくて良いからね? ほんと」
「……これを」
「ん? これだけでいいの? あ、えーと宗教上の理由で食べられないとか?」

 

 コンビニの食品棚を睨み殺すつもりなのだろうか?と思わせるほど刹那は沈黙と凝視を続ける。
 その時間はおよそ5分。店員も何事かと訝しげに見つめていた。マヤにとってその無言の五分は
 何倍にも感じられている。そして、少年がようやく手に取ったのはホットドック一つとカップに入ったサラダ。
 安いパンであり、包装も簡素でHOTDOGと書かれているだけの変哲の無い代物にレタスとコーンが乗っただけのもの。
 年頃の少年にしてはあまりにも量も少ないし、何よりまだ遠慮されているのではとマヤは少し心配になる。
 体調管理も無論、求められるだろう。だから、これは早めに対処しなければいけない。
 だが、頭では理解はしているモノの目の前の少年に対して如何切り出して言いか解らない。
 思考を巡らし、ギクシャクとしながらもそれでも言葉を紡ぎ、少しでも理解を得ようとする。

 

「伊吹マヤ一尉。俺が食べたことが無いものばかりでよく分からない。文字も何を書いているか解らない」
「ああ、なるほど」
「えーと、まぁ見た目で選んでも。パンとかはそんな変なモノじゃないし」
「この国ではヌードルをわざわざパンに挟むのは変じゃないのか?
 この黒い三角や丸はそもそも、食べ物なのか?」
「うん。まぁ、その……意外といけるのよ。コレはコレで」
「そうか。……俺には良く解らない。伊吹マヤ一尉と同じ物か選んだ物で良い」
「そ、そう? まぁ、それじゃ」

 

 マヤの心配を他所に案外とあっけない部分で難題への回答は出た。
 刹那の言葉に合点が要ったのかぱんっと手を軽く叩いて納得のジェスチャーを返す。
 今、マヤとは自然と大学時代に軽く齧ったアラビア語と英語を混ぜて会話をしているが、彼はそもそも日本に来たのは初めてなのだ。
 首都や露店などでの買い物経験はあるだろうが、コンビニエンスストアとなるとそれも場所が限られる。
 まして、英単語の羅列と発音の違いで言葉の差異を図る押収の言語と違い
 平仮名、カタカナ、漢字で構成される日本語はさぞ、難しい文字に見えるだろう。
 それを理解すると、適当にというわけにもいかず、選択を迫られる訳で今度はマヤも食品棚と睨む形になる。
 今まで他人のために食事を選ぶなどと言う行為はあまりした事が無い。まして、異性、男のためにななんて考えた事も無かった。
 相手は日本食に一切の免疫も無い上に、自分達とは違う宗教教義で長い生活をしていた子供。
 長い沈黙。……結果、手に取って追加したのは二つで一セットのヨーグルト。
 そして、ホットスナックのコンビニオリジナルの唐揚とフライドポテト。マヤの分はナポリタンとサラダだけである。

 

「ふむ。ヨーグルトか? 山羊か羊か?」
「そう。えーと、牛のだからちょっと味が違うかも。此処の唐揚……あーえーと、フライドチキンは結構美味しいのよ」
「そうか」

 

 刹那はその籠に入れる所作についてもじっと見つめていた。
 唐揚と言いかけた後、フライドチキンと言いなおした。恐らく、カラアゲといっても刹那はぴんとこないだろうと
 判断してのことである。何せ、ヨーグルトが牛乳製という選択肢が思い当たらない相手なのだ。
 短い受け答えに刹那は頷き返す。マヤは本当にそれで良かったのだろうか?と
 軽く疑心暗鬼になりながらもレジを通し、二人で家路へと急ぐ。その間、二人に会話は全く無かった。

 

―マヤ宅にて

 

 刹那が、マヤの部屋のマンションの前に立つ。開けられ、招かれた部屋の印象はまず、生活観がない。
 というか汚れが極端に少ない。掃除が行き届いていた。刹那は見たことはないが
 マンションのモデルルームの様な雰囲気。整理整頓された部屋から導き出される推理は二つ。
 一つはあまり部屋に帰っていないのか、もう一つは異常なほどに綺麗すきなのかどちらかだ。
 コンビニの袋を抱えたまま、テーブルへと置く。独り暮らしの割りに意外と大きなテーブルだ。
 目に着くのは二つの冷蔵庫。一つは標準的なサイズだがもう一つは業務用サイズで大きい。
 刹那はふと疑念を抱く。何故、二つもあるのか? 一つあるのは解る。
 だが、コンビニで食事を済ました事と台所の使用形跡が無い事から
 この大きな冷蔵庫を使う理由の見当が付かなかった。
 実験機材や媒体などを置いているのかも知れない。そんな結論に至っているとマヤから声が掛かる。
 マヤの方向へと顔を向けると刹那の視界に衝撃を受ける。
 多分、アレはゴミ箱なのだろう。それは解る。ゴミ箱位は刹那でも解る。ただ、問題は”数”だ。
 大小あわせて7個程ずらーーっと並んでおり、壁の一角を占拠していた。

 

「これは?」
「じゃ、刹那君。えーと、まずはゴミの出し方から。
 ごみ箱は右からが燃えるごみ、燃えないごみ、カン、ビン、ペットボトル、こっちは雑誌、本。
 ペットキャップとラベルは燃えるごみね? ビンのキャップはカンに
 ああ、えーとトレイとかプラスチックのはシンクにおいておいて。
 洗ってから後でスーパーに出しに行くから。
 あー、出来たら飲み残しがない様にしてね?
 一度水で洗ってくれたら嬉しいかな。虫とか湧きにくくなるし」
「…………?」
「分別よ。日本はこういうのが厳しいの。あんまし、混ぜてるとゴミ持っててくれないのよ」
「そ、そうか」
「あ、貼り紙貼っておいた方が良い?」
「いや、大丈夫だ。覚える」
「そう。じゃあ、えーとこっちがトイレ。お風呂はここで」

 

 マヤは一つ一つ空けて見せながらもどれがどの分別のゴミなのか説明する。
 小さいゴミ箱はあまり数が出ない種類の様で一番大きいのは燃えるゴミだった。
 マシンガンの様に矢継ぎ早に出される情報を確認しながらも刹那は視界から入る状況と
 説明される言葉を一つずつ噛み砕き、刹那は表情は変えてないが内心かなり動揺はしている。
 まず、同居するに当たってゴミの分別から話すというのはどうなのだろうか?
 刹那は最初、伊吹マヤの印象は真面目で平凡な人間だと思っていた。
 今でも真面目な印象は変わっていないのだが、文化圏の違いと言う他にも一癖ありそうだと確信する。
 案内される生活に必要な部屋の数々。どれも小奇麗に掃除が行き届いていた。
 少し1人暮らしにしては広いという印象がある。部屋が2~3個余分にあるし
 使われた形跡はあまりない。刹那は日本の住宅はウサギ小屋の様に狭いと
 前に聞いたのだが、その情報による認識も改めなければいけなかった。

 

「此処が君の部屋ね。何もないけど、後から荷物は届くと思うから」
「………誰か住んでいたのか?」
「解る? 此処ね、前のパイロットと現場主任が住んでた部屋なの。
 ちょっと事情があって私が維持管理も兼ねて間借りしてるから」
「それで、こんなに綺麗なのか」
「あ、それは……私がちょっと綺麗好きなだけだから。
 あんまし、お酒も飲まないし、部屋がごちゃごちゃしてると仕事が進まなくて」
「そうなのか」
「まぁ、この部屋は好きにして良いから。
 荷物は別に保管してあるし、流石に入って勝手に掃除したりはしないから」

 

 明らかに他の部屋とは様子の違った部屋。誰かが使った形跡こそは無いが
 家具の配置などしっかりと誰かが使う為に調整された後が見えていた。
 中々几帳面な性格の持ち主だったのだろう。よく言えば機能的、悪く言えば
 利便性のみを追求した感じの部屋であった。
 マヤは少しずつ緊張をほぐそうと無理に明るく振舞っているのが透けてみるのか
 刹那もある程度それにあわせようとする。
 そんな中、マヤは”しない”のではなく、”出来ない”と言うのは伏せておいた。
 多分、彼が住むという事になれば入る事は出来ないだろう。荷物の整理も青葉にやってもらった。
 その後のがらんどうとした部屋の掃除は出来たが誰かが入るとなればとても無理だ。
 伊吹マヤにとって”男の部屋”に入る事なんという事は溶岩の中を泳ぐのと同意義であった。
 そんな酔狂な真似をする者などこの世に居る筈が無い。
 この部屋に対する認識の切り替えが無言で行われる。
 刹那は一人、部屋の広さなどに視線を巡らせていた。
 そして、何かが無いのかきょろきょろと入り口の付近眺める。

 

「キーは無いのか?」
「日本の”襖(ふすま)”ってのは、そういう作りなのよ。気になるならドアを変えて貰うけど?」
「キーを掛けないで良いのか?」
「私の部屋は掛けてるから平気」
「………そうか」

 

 刹那は不可思議に首を傾げる。マヤはその疑問について気付く事は無く
 刹那に必要かどうかを尋ねていた。刹那にとって鍵は”掛けられるもの”であった。
 戦場では恐怖から脱走する者がしばしば出る。それはあってはならない。
 なぜなら、その脱走した者が情報を漏洩したり、敵側に付く事があるからだ。
 故に自分が管理されるモノという認識が強かった事とそれで今、目の前に居る女性と同居する理由が立ち消えた。
 何故、自分がこの女性と暮らさなければいけないのか? 監視、管理する為ではないのか?
 実験する為か、観察をする為か? 刹那には理解が出来ず疑念だけが膨らんでいた。
 マヤはマヤで基本的に自分のことしか考えてはいなかった。
 仮に何か刹那が間違いを犯そうとしても部屋には鍵が掛けてある。まさか、壊してまで事をなそうとは思うまい。
 お互いプライベートは入る事は無いだろうし、入れるつもりはない。その安全が唯一の支えだった。
 目の前の少年ならドア一枚位どうとでも出来るのは少し考えれば解るのだが
 敢えて、その思考を停止する事で懸念に近づかない様にしていた。
 しかし、刹那のその不可思議な質問にその芽は残している。
 こうして、お互いを知る事で逆にお互いの疑念を植え付け合う結果に終わる。
 その後の食事は実に重い空気であった。刹那は疑念からマヤをどうしても見てしまう。
 マヤは面と向かって男性と食事をする事は久しぶりなのでどうしても遠慮がちになる。
 視線を逸らされれば、刹那は相手の気分を害したのだと思い、見るのを一旦中断する。
 視線を合わさない時間とお互いの遠慮が更に空気を重くする。

 

「あ、えーと」
「なんだ?」
「シャワーは先で良いわ。私は片付けと書類の整理がまだ残っているから」
「了解した」
「着替えは持ってきたバックにあったわね? 脱いだ服は籠に入れておいて。洗濯機はかけておくから」
「感謝する」

 

 食事は恙無く終わりを差し迫った頃、マヤの提案に刹那は重い口を開く。
 理由、動機は不明だが取り合えずシャワーは先に済ませて欲しいのだというニュアンスは受け取れた。
 立ち上がり、シャワー室へと向かう刹那。服を脱いでいるとバスルームに気配を感じる。
 それに反応して僅かに身を屈めながらも対処が出来る様にしておく。
 扉がひとりでに開く。影は小さい事から相手も身をかがめているのだろうか。
 緊迫した空気の中、刹那はその影に向かって手を伸ばす。

 

「はぁ、大丈夫かな。ほんと」
「うーん、言葉は何とか通じてるみたいなんだけど」
「なんだか、レイみたいな子ね。ほんと」
「悪い子じゃないとは思うんだけどな……うん」

 

 マヤはシャワーを浴びに言った刹那を見届けると、はぁあーーっと大きなため息とともにテーブルにうつぶせになる。
 緊張感ある食事だった。コレは以前の技術主任と初めて食事した時に匹敵する。
 自信は融解し、不安と恐怖だけが言葉と共に癒着、結合し大きな塊へとなっていく。
 言葉でごまかそうとしても理論立ててくる不安要素のマーチに呑まれていく。
 どろどろと視界が溶けて真っ暗になっていく感覚。このまま眠って何もかも忘れたいと思っている中
 どたどたとやや駆け足気味の足音が耳と腕にひびいてくる。
 なんだろう?とボケッとしてそのまま陥没しそうな空気がサルベージされていく。

 

「伊吹マヤ一尉」
「どうしたの?」
「風呂場に不審者、もとい鳥らしき生物が侵入していた」
「クァッー」
「ああ、それは前の人が飼ってたペットで名前はペンペン。
 新種の温泉ペンギ………っきゃあああっーーーーーーーー!!!」
「? 何か問題が起きたのか?」
「何かってナニが問題――ってそうじゃなくて、あっ、えああぅっ」
「? どうした、伊吹マヤ一尉?」
「――先輩、私もうダメです」
「伊吹マヤ一尉!?」

 

 まどろんだ思考と意識の中、声を掛けられて最初は生返事を返す。 
 声のする方向にはもう1人の同居人であるペンギンの姿があった。
 見た目はイワトビペンギンの様な目元に毛の生えおり、温泉や風呂につかる事を好む
 変わったペンギンだ。風呂の沸かし方などを理解しているのか時々1人で勝手に入っている。
 姿を見ないと思ったら先に入っていたのだろう。
 だが、にこやかにその説明を続けようとしてた中、マヤの視界がはっきりとそれを捉えていた。
 服を一切身に着けていない少年。鍛え上げられた薄い筋肉に引き締まった腹部。
 そして、やはり男であるが故にぶらさがっているモノ。
 意識の覚醒が正確にそのモノを視界に焼き付けてしまう。
 絹を引き裂いた様な絶叫。その声に刹那も僅かに驚きを隠せないまま、直立不動で返事を待っている。
 冷静な対処が逆に堂々としている様に見えてしまい、マヤの思考は加速、そのまま焼き切れてしまう。
 今日一日色々あった事、先ほどまでの重苦しい空気、悩ましき諸問題。
 数々が一気に押し寄せて、マヤの意識を融解させ刹那の呼び掛けが聞こえる事は無かった。

 

次回予告
 刹那の日本での学生生活が始まる。
 しかし、現実に対して執着のない刹那は言葉の壁もありクラスで孤立してしまう。
 学校に所属する意味すら見出せないまま日々を過ごす中
 アリー・アル・サーシェスはとある病室を訪ねていった。

 

次回、第参話前編「意義無き青春」
            じゃ、次の回もサービスしちゃうわね!