EVAcrossOO_寝腐◆PRhLx3NK8g氏_03話

Last-modified: 2014-03-05 (水) 12:52:47
 

第参話前編「意義無き青春」

 

 かちゃかちゃと目まぐるしく動く機械で覆われた眼球の部分。
 脳みそと脊椎がむき出しになっているEVAのシミュレート装置二基。
 中に入っているのは、褐色の肌にやや癖のついた黒い髪の少年
 次世代試験参号機パイロット、刹那・F・セイエイ。
 もう一人はピンクの髪色をうねらせたツイストヘアの少女
 試作初号機パイロット、フェルト・グレイス。
 二人は3Dグラフィックスで形成される使徒を撃ち殺すゲームの様な訓練を行っていた。
 刹那は次々と反射的に敵を視認し、直感で射撃を繰り返している。
 機械のロックオンがそれに追い付かないので最初は弾が散発的になっているが
 確実に使徒に有効的な打点を上げていた。
 それに対し、フェルトは良くも悪くもマニュアル的な操作に終始……否、そうせざる終えなかった。
 敵を見つけ、そのまま目標がセンターに入るまでじっと待ち、ロックオンの完了と共に
 ようやくトリガーを引くような格好。確実だが、基本でしかない射撃。
 銃への認識、判断力、敵との対峙、経験etc。刹那とは段階が違っていた。

 

「ようやく、フェルトも初号機を動かせる様になってきたね」
「そうですね。此処のところシンクロ率も安定し始めていますし」
「実践に耐えられるかははっきりいって歴然の差がありますが」
「ティエリアは相変わらず厳しいわね」
「事実を言ったまでです」
「あんまし、根詰めても駄目よ、ティエリア? 焦ってどうにでもなる問題じゃないし」
「貴女達は緊張感が足りない」

 

 その成果を丹念にデータに打ち込んでいるのは三名。
 内訳は伊吹マヤ一尉、クリスティナ・シエラ二尉の女性二名。
 そして、ぱっと見女性と見紛う容姿をしている技術官のティエリア・アーデ。
 ティエリアは腕を組みながらも冷ややかな視線を女性二人に向ける。
 眼鏡掛けなおしながらも、パイロット二人の成果を睨み付けたまま
 評価を吐いて棄てた。マヤはその様子にやや眉尻を下げて戸惑うが
 クリスは合間に入ってまぁまぁっと空気を和ませる。
 それが気に入らなかったのかただでさえ目つきの悪い目で
 にらみつける様な視線と共に苛立ちの矛先をクリスへと向けている。
 また、始まったと二人は心の中で小さいため息を漏らす中
 ティエリアはばんっと大きく机を手で叩いた後、静かに
 だが一言一言は攻撃的な声色で捲くし立てていく。

 

「前回の参号機による勝利も暴走による不確定要素による勝利。
 言うなれば、偶発的な要素が重なり、運良く殲滅に繋がったに過ぎない。
 負けは我々人類が全滅を意味する。
 パイロットがいつまでも未熟ならそれだけ
 戦車随伴歩兵(スカウト)の貴女の危険が増す訳ですが」
「あら、心配してくれるの? 今日はやけに優しいじゃない?」
「そういう意味で受け取らないで頂きたい」
「んー? それじゃ、アレか。好きなほど苛めたいっていう奴? どうなのかしらねぇ、伊吹一尉」
「い、いえ私はそういうのはよくは」 

 
 

 厳しい言葉が続く。反論の余地はない。事実の羅列に暗くなりそうな雰囲気を
 蹴飛ばすクリスの茶化しに、ティエリアは呆れて言葉を一蹴する。
 突然、振られるマヤも対応できずに顔を赤らめる中、皆子供だなぁっと一人のんきに笑っていた。
 戦車随伴歩兵(スカウト)。EVAは一応軍事兵器の分類では戦車に当てはまる。
 公式での世界最大重量であるマウスの記録を軽くぶち抜いたこの機体は
 当初、この兵器単独での運用を主軸と考えられていたが
 パイロットの人材育成の困難さと暴走事故の教訓によりエントリープラグ射出から
 いち早くパイロットを救出、保護する為など諸々のフォローの為に設けられた兵科である。
 無論、先の戦闘でもあった様に通常兵器すら有効的打撃を与えられないのに
 生身の人間一人にやれる事など限られている。まして、クリス本人のサイボーグ化も試作段階で
 精巧で補充の利く、義手、義足パーツに毛が生えた程度。本来は、デスクワークの方が適任な位だ。
 それでも尚も必要性を求められている事がEVAの重要度をNERV職員に意識付ける事になっていた。

 

「下らない。もうちょっと自分の立場を弁えられてはどうか?」
「私の維持にはお金掛かってるし、場違いな階級を与えられてるのも解ってるわよ?」
「そこまで解っていてその献身さを勤務態度に向けられないのか?」
「あら、ちゃんと仕事量は増やしてるじゃない? こうやってそっちのお手伝いもしてる事だし」
「刹那君? 次はGNドライヴの試験と新しい武装の試験をするから、それが終わったら私と一緒に移動ね」
「了解した」
「ティエリア君。えーと、例の装備のデータはまとめてある?」
「はい。此方に」
「では、初号機とフェルトさんの事は引き続きお願いします。私は数日は帰ってこれそうにないので」
「はいはい」
「解りました」

 

 手をひらひらと振りながらも、クリスは砕けた表情を向けたままデータの解析を手伝っていた。
 コンソールを叩く指の正確さや早さは義手とは思えない程正確であり
 作業量は専門部署とほぼ同量をこなしている。単独で運用される歩兵。
 しかも22歳と言う若さで二尉クラスなのもこの仕事量が評価されての事なのだが
 現実は彼女の肉体の維持費用を給料から大分引かれている世知辛い現実もあった。
 マヤは二人のじゃれあいの様な衝突にはあまり口を挟まず、必要なデータが取り終えれば
 刹那と連絡を取り、そそくさと次の仕事の準備を進めている。
 ティエリアとも必要最低限のやり取りをした後、丁寧に頭を下げて部屋を出て行ってしまった。
 それを見て、クリスは大きなため息を漏らし、きっとティエリアの方へと鋭い視線を向ける。

 

「ほら、ティエリアがツンツンしてるからマヤさん逃げちゃったじゃない」
「次の任務が待っているだけだ」
「あなたねぇ。しっかし、あの人も大変ね。私と二歳違いなのにパイロットと同居に技術主任だなんて」
「前任は28歳、しかもその人物直々の採用だったと聞いている。それほど、優秀なのだろう」
「そうじゃなくてさぁ? もぅっ! ティエリアも聞いてるでしょ?」
「パイロットが学校で揉めた件か?」
「そうよ」
「たいした怪我ではないと報告は受けている」
「ティエリア? 学校って言うのはね、そう簡単じゃないのよ」

 

 クリスは呆れ返り、嫌味をティエリアにぶつけたままデータの打ち込みと報告書の作成作業に入っている。
 当の台風の目であったティエリアは台風の目らしく我関せずという態度のまま作業を進めていた。
 気難しい同僚の苦慮を忘れる様に話題はマヤへと移っていく。正直な話、マヤの能力を二人ともそんなに高くは評価していない。
 言うなれば、良くも悪くも彼女が一番真面目で扱い易い人物だっただけだ。
 仕事も卒なくこなし、特に目立った問題行動も無く、前任者赤木リツコの研究データ及び立案されていた計画を一番理解しているだけ。
 優秀だが天才ではない。自分の引き継いだ仕事ですら手一杯に見える彼女が更なる苦労を背負っているのを
 クリスは心配していた。だが、ティエリアは純粋な意味で職場での実力しか見ていないのでクリスとは会話が噛みあわない。
 そんな中、クリスのある話題でティエリアも手が止まる。数日前諜報部から報告を受けたパイロット達の学校での問題行動。
 そして、やはりティエリアはそれの真意をわざとなのかと思えるほど理解をしていなかった。

 

―二週間前 学校にて

 

「今日からこの学校で学ぶ新しい生徒が来ています。どうぞ、入って」
「失礼します」
「黒板に名前を。後、簡単に自己紹介をして」
「はい。日本名は刹那・F・セイエイです。
 日本語あまり解りませんがEnglishは多少解ります。宜しくお願いします」
「英語が解る生徒は率先して手伝ってやってくれ。
 しかし国際色豊かになったな、このクラスも。髪の色だけでもちかちかする」

 

 学校の教壇に立ち続けて何十年居るのだろうか定かでない化石の様な老教師が紹介をしたのは
 日本人の平均身長よりはやや背の低い少年であった。中等部の編入ミスではないかと思われるほど
 子供の様なサイズと童顔の少年だったが、浅黒い肌と目つきの鋭さからまるでアラビアンナイトの世界から
 出てきた様なミステリアスな雰囲気を見せていた。
 黒板で書かれた名前はメモを片手に見比べながら書き進められていく。
 実際、漢字、カタカナの部分は書き順は滅茶苦茶だ。メモに書かれた図をそのまま書き写している様で
 ただ、名前を書いているだけなのに見ている生徒達に不安を駆らせた。
 自己紹介も機械音声の様なイントネーションも抑揚もない声。
 これでも当人は保護者と二人で三時間、練習していたのだがその成果も虚しく
 既に生徒数名からひそひそと声を上げられている。その空気を老教師のとぼけた一言で和ませた。
 目をしぼませ、眉間につまむ所作にしながらもその老いた眼が教室をぐるりと見渡す。

 

「じゃあ、席はグレイス君の隣で良いかね? 彼女は英語も喋れた筈だが」
「問題ありません」
「了解しました」

 

 席へと案内される。隣の席は先日でハンガーで逢ったパイロットだった。
 日本人の生徒からは好奇の視線が注がれていく中、刹那の視界の中には何名か茶色や金髪の者も居る。
 肌の焼けた者が居ない訳ではないが、完全な褐色肌である刹那は髪の色こそ普通だが
 傍目から目立っていた。隣の席のグレイスと呼ばれた少女は無表情ながら少し緊張した面持ちで居る。
 刹那はふと、先日の使徒が襲撃した顛末を思い出して小声で話しかける。
 日本人の生徒からは既に何を話しているか解らない様子で「何、話してるんだろ?」っと僅かにざわめいている。
 邪推が邪推を呼ぶ事など気にすることなく、刹那は僅かな会話を交わしていた。

 

「先日はすまなかった。怪我はさせるつもりはなかった」
「う、うん。大丈夫」
「そうか。ならいい」
「では、授業を始めます」

 

 一時限、刹那は日本で始めて授業と言う者を体験する。全員に支給されるノートパソコン
 生徒達は皆同じ白いシャツと黒いズボン、青の上下制服と赤のリボンと規格統一された様子はまるで
 此処が軍か何かの予備学校の様に映っていた。基礎教育の部分は刹那もソレスタルビーイングに居た頃に
 多少受けてはいたが、現役の学生達の中ではやや難しい内容であった。そもそも、進学の為の
 勉学と言うモノを今まで意識した事の無い刹那にとって意義を見出す事すら難しかった。
 そして、学生生活の出鼻を挫くのに決定的になったのはその後の休み時間の事だった。
 やはり、近寄りがたい雰囲気があるとはいえ、物珍しさ目当てに女子と男子が数名集まっていた。
 皆興味津々だが、日本学生の平均的英語能力しかない者が大半で声を掛ける事に皆躊躇していた。

 

「ねぇねぇ、グレイスさん。刹那君に聞いて欲しいんだけど」
「何?」
「何処の国の出身なの?って。そういえば、自己紹介の時話してなかったし」
「解った。刹那君、何処の国生まれだって聞いてる」
「故郷はもうない」
「え?」
「何て言ったの?」
「故郷はもうないって」
「何それ?」
「外国でも中二病ってあるんか?」
「孤独な俺、格好良い!って奴か」

 

 そして、その人だかりの影響を受けてしまったのは隣に座っていたフェルトであった。
 先生からの御指名もあっての事もあり、簡単な質問を通訳の様に先ほどから通している。
 たわいない質問を坦々と応えている刹那にだったが、一つの質問でやや時間を置き、静かに答えを返す。
 その言葉にフェルトも一瞬きょとりっとした様子でそのまま言葉を生徒達に伝える。
 ざわめきが広がり、一部の生徒は訝しげな視線、侮蔑的な視線が混じっている。
 男子達は女子にもてはやされているのが気に入らない者も居るのか
 日本語が解らない事を言い事に好き勝手を言い始めている。
 刹那はそんな言葉など端から気にする様子もなく、一通りざわめき終わって
 静かになった後、言葉を続けていく。

 

「クルジスと言う国だったがアザディスタンに武力併合された。
 その時、住んでた村は焼かれ、故郷と呼べる国はもう無い」
「フェルトさん? なんて言ってる?」
「えと、数年前に紛争があってなくなった国出身だったみたい。
 その時住んでた所も焼けちゃったって。今はアザディスタンって言うらしいけど」
「マジで? ああ、何年か前にニュースで見た奴か? クルジス紛争だっけ?」
「うっそ、リアル天涯孤独?」
「けっ、被害者面かよ」
「いや、普通に被害者だろ」
「むしろ、どうやって日本に?」
「NPOの支援かなんかか?」
「……可哀想」

 

 坦々と語られる言葉に最後まで聞いたフェルトは沈鬱した面持ちでソレを伝えて良いモノか迷っていた。
 しかし、せっつかれた事により迷いはあったモノも刹那の言葉をそのまま伝えていく。
 その言葉に生徒全員の空気が凍り付いた。茶化していた男子達は罪悪感に苛まれたり
 それを突っぱねる様な強がりもする。女子生徒は同情的な視線を寄せて感想を漏らしていく。
 先日、謎の事件があったとはいえ、それでも此処は紛争や戦争を何十年と経験していない経済特区日本である。
 テレビ越しでしか、見聞した事の無い国と戦争の悲劇。その産物が今目の前に居る事に対処できる生徒は居なかった。
 数日は同情的な感情から何名かの生徒がちょくちょく話しかけては来たがそれも徐々に減っていき
 用事の無いモノが刹那に話し掛けて来る生徒は殆ど居なくなっていた。
 学校生活ではなんら問題は起きていない。ただ、それだけでは済まされない事件が数日後起こってしまう。

 

―病院受付にて

 

「三階310号室になります」
「あいよ。あんがとな」

 

 ぱりっと決めたスーツ、剃られた髭に巻き毛気味の赤紙は年齢を10歳は若く見せている。
 鍛えられた肉体はスタイルの良さと比例し、受付の女性をやや頬を赤らめさせる程であった。
 先日の使徒襲撃の際、人道軽視気味に作戦に当たっていたアリー・アル・サーシェスはそんな雰囲気を
 微塵も感じさせない程、爽やかな印象を振りまきながらとある病室へ向かっていた。
 病院では襲撃の際怪我をした人たちが溢れている中、目的の病室の前に立つ。面会謝絶と書かれていた札を気にする事はなく
 がらりっとその扉をあければ、びくっと肩をすくめたまま、振り返る。眼鏡でオールバックの青年が居た。
 器用に林檎の皮を繋げている中、サーシェスの来訪と共にそれが途切れてしまう。

 

「貴方ですか。ノック位したらどうですか? ほんと、しつこいですね」
「仕方ねぇだろ。暇なのは俺しかいねぇんだとよ。
 どっかの事務官さんはこの糞忙しい時に女の見舞いにいってるそーでね」
「自分の仕事は持ち帰ってやっている」
「日向君。ちょっと席外してくれる?」
「……っ。解りました」

 

 声の主は先日マヤに同居を言い渡した事務官。そして、ベットに横たわる女性に日向と呼ばれた男性。
 先日はぶしつけな態度で逢っていたマヤと違い、慈愛に満ちた顔で楽しげに会話をしていたのを見ると
 人によって大分態度が違う人間の様だ。現にサーシェスが入ってくるなり、行き成り不機嫌そうに
 冷ややかな視線を送る。その視線をものともせずにサーシェスは扉に肘を預けて皮肉を返す。
 痛い所を突かれたのか気まずそうに視線を逸らしている事務官の男にベットに横たわっていた女性は退席を願い
 事務官は不満そうな顔をしつつも席を立っていく。どんっと肩をぶつけながらもご苦労さんっと手を振り払うサーシェスに
 苛立ちを感じながらも入れ替わりとなっていった。サーシェスはずかずかとそのベットの傍らへと歩を進めていく。
 女性はまるでそれを劇激するかの様に言葉を連ねていった。

 

「サーシェス三尉? 私はもう既にNERVの依願退職届を出した筈なんだけど」
「あぁ? まだ、受理されてねぇからな」
「変ね? 二年前に出した筈なんだし、貴方が毎度来る度に受理のお願いをしてる筈なんだけど」
「三顧の礼って知ってるか? 昔のスゲー軍師様には君主は三回も頭下げてようやく口説き落としたんだぜ?」
「碇指令に頭下げられても私は嫌よ。というかあの人が頭なんて下げると思えないけど」
「ああ、そりゃそだな。で、送った資料は見てくれた様だな?」
「こ、これは……その」
「あんた位の年の意地っ張りなんざ見ても起たねぇよ」

 

 カーテン越しだった女性の姿があらわになる。ベットに寝たきりになっているが髪はきちんととかされていた。
 近くにあるクシから推察するにあの日向と言う男がやったのだろうか。身だしなみは綺麗でおしとやかそうな雰囲気もあったのだが
 その声と口調で全てそれが水泡と化していく。砕けた口調は女性がラフな性格だという事が一発で解った。
 そして、映像プレイヤーと資料の一部が枕の下に隠してあるのをめざとくサーシェスは見つける。
 ぴらっとそれを引っこ抜けば、先日の取れたてほやほやの機密情報がびっしり載っている。
 それをにたにたとした顔で見ながらも、拗ねる女性を返す刀でサーシェスは一刀両断する。
 空気が一瞬固まったかの様な錯覚。ぴしりっと体に皹が入った様にひくひくと頬を引きつらせる女性はじろりっと
 サーシェスの方へと睨みを利かせる。サーシェスはその睨みなど意に関することなく、どかっと座り込む。
 なにやら傍らには大きな荷物があり、それを花瓶やら写真やら色々おかれている棚をがさっと
 手で一気に退けて置くスペースを作っている。

 

「中々失礼ね」
「どういたしまして」
「ちっ。なんかアイツに似てて気に入らない」
「じゃ、これでご機嫌取りでもすりゃいいかい? 眠り姫?」
「ふつー、病院に持ち込む?……………はぁー、善処するわ」
「OK。で、感想を聞かせてくれ。グラスは無いか?」
「棚の二番目の所に入ってるわよ。ま、良いわ。それに免じて」

 

 傍若無人極まりない行動にベットに横たわる女性はむぅっと眉間にしわを寄せたまま
 ふとその行動パターンになにやら思い浮かぶ人物が居るのか軽く歯を軋ませている。
 明らかに交渉、話し合いの空気ではない。しかし、そんなギスギスした空気も
 サーシェスが持ってきた包みを紐解けば、一瞬にして氷解した。
 持ってきたものは自宅用ビールサーバー。しかも中身は高級ブランドのモノでなかなかの量だ。
 ベットに横たわる女性は目をぱちくりした後、やられたっと額に手を当てているが
 その間もずっとそのサーバーに釘付けである。サーシェスは指示通り束からガラスのコップを取れば
 備え付けの洗面所で軽く濯ぎながらも相手、戦術作戦部作戦局第一課所属戦術課長葛城ミサトの言葉を待っている。

 

「ありゃ、あんたとパイロットが知り合いだから出来るもんね」
「あー、現場でも言ってたな。”アウンノコキュー”だっけか。漢字しらねぇけど」
「そう。つまり、お互いをある種把握してなきゃ無理ね。で、NERVが私を頼る理由も今回ので完璧に解ったわ」
「ほぅ?」
「あんた、戦術だけなのよ。戦略性が無い。確かに野生の獣みたいにその場その場で最適な戦術を導き出せる。
 それは貴方個人や仲間数名が生存する為には最適だけど、戦闘で勝つだけであって戦争に勝利出来ない」
「ま、さっさと戦争終結したらおまんま食い上げだからなぁ」

 

 鼻歌交じりにコップを漱ぎながらもミサトの言葉にサーシェスは耳を聞いている。
 ふっと僅かに唇の端を歪ませながらもすっぽ抜けない程度にコップのしずくを落としながらも
 グラスをミサトのほうへと持ってくる。ミサトの視線はそれを追尾しっぱなしではあったが
 言葉は続けられていた。内容は大よそサーシェスの想定した範囲内の模範的回答。
 返すサーシェスの言葉に一瞬罰の悪そうな顔をする。この男の素性は大よそ知っていたとはいえ
 面と向かってきっぱりといわれると中々応えるものがあった。一瞬ミサトの言葉が詰る。
 数分の沈黙。何か自分の中で気持ちの整理をつけているのかそれをじっと待ちながらも
 サーシェスはサーバーからビールを注いでいる。こぽこぽと音を立てる液体は程よく
 泡立ち、僅かな麦の香ばしさが鼻先にはをくすぐっている。
 その匂いに押し負けた訳でもないが、ミサトは自ら沈黙を自ら破る。

 
 

次回予告
 使徒襲来。人類の未曾有の脅威に人々がそれを受け入れられないのを待たず第五の使徒が現れる。
 EVA初号機パイロットフェルト・グレイスは初めての実戦に戸惑いを隠せないまま戦場へと降り立った。
 誰もが心を、意識を処理し切れていない中、なし崩し的な事情など構わずに続けられる使徒の猛攻。
 そして、物語はNERVとEVAパイロット以外の人間へと因果を飛び火させていく。

 

次回、第参話中編「「知り得ぬ距離」
            じゃ、次の回もサービスサービスぅ♪

 
 
 

第参話中編「知り得ぬ距離」

 

―NERV司令部

 

  ビルと山岳の谷間を抜けて、その赤銅色の巨大な物体が都市の中心部へとまっすぐ目指していた。
 スペードの形をした頭部には目の様な紋様と仮面が付けられている。
 下からの映像には紅く輝く光珠が映っており、それが使徒だという事を裏付けていた。
 ざわめきと共に前回の襲撃よりは一段落落ち着いた雰囲気を滲ませている中
 いつもとは違うスーツ姿にしっかり剃られた髭と整えられた髪。
 一瞬誰だが区別が付かないほどにきっちりとした正装をしているサーシェスがモニターを睨みつけていた。

 

「ッたく、あー、日本語で言うタライマワシって奴はしんどいな青葉。目標到達まで後何分だ?」
「今の進行速度のままならおよそ20分後って所ですね。各省、政府への通達を済ませています」
「おし、上の許可の返事待ちな訳だな。ソランは何分で此方に到着出来る?」
「参号機は実験場から調節が終わり次第ですが、あそこからだと、どんなに飛ばしても30分は」
「じゃあ、あの小娘は10分持たせれば良い訳か。かー、厳しいなぁ」

 

 腕組みをしたまま、頬を引っかきつつも縛り上げていた髪留めを解いて
 わしゃわしゃと後頭部を掻き毟る。ネクタイを緩め、今度は首筋をぽりぽりと
 引っ掻きながらもトンボ帰りで戻ってきた司令部で情報を頭に詰め込んでいく。
 相変わらず使徒の生態等は不明。敵の形態、攻撃方法も不明。
 ミサイルで突っついてもものともせず、まっすぐに向かってくる敵。
 手の内を明かさない様にしているのか? 前回の奴から学習したのか良く解らない。
 此方の手の内はどんどんとバレている中、進化をし続ける敵に対し危機感が脳裏を過ぎる。
 その苛立ちを見せること無く、青葉と共に状況を確認するサーシェス。 
 参号機と刹那がいないのが痛い。サーシェスからすれば、戦力7割減と言った所だろう。

 

「アリー三尉。政府から正式な許可が出た。作戦行動に移ってくれ」
「了解しました! ……っと、初号機パイロット聴こえてっかー?」
「はい」
「作戦を伝達する。マニュアル通りで良い。
 狙って撃って逃げろ。ヤバイ時はこっちで誘導する。
 上手くやれるなら倒せ。無理なら参号機を待て。無茶をするな、以上」
「解りました」

 

 司令部の一番上で陣取っているゲンドウが僅かに声を上げれば
 茶番の様に敬礼を返しつつもモニターを見つめる。
 映る少女の顔色はあまりよくなかったが、そもそもサーシェスは期待をしていなかった。
 投げ槍気味ではあったがそれだけ多くの責務が無いのもまた事実。
 サーシェスは端的で自由度があり、確実に実行出来そうな言葉を並べ立てた作戦と呼べるか怪しい指示を出す。
 フェルトは待機しているエントリープラグの中で、習った事を反芻する様に
 何度も何度も小さく呟いている。脳裏から出来るだけ余分なモノを搾り出す様に 
 じっと蹲り、意識を集中させている。余計な考えを入れるとシンクロ率が下がる。
 そんな強迫観念が渦巻く中、ハンガーに載せられたEVAと言う名の巨人。
 正式名称人型汎用決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン実験初号機は
 以前の三号機と同じくレーンへと運ばれて射出される。
 押し出される重力にぐっと歯を軋ませる中、フェルトは初めての実戦へと駆り出されるのであった。

 

―シェルターにて

 

「……っ、なんなのよ、もう!」
「ルイス。あれはそのルイスだってさぁ」
「何? 沙慈もあの女の肩を持つの?」
「い、いやそうじゃなくて」

 

 シートを広げて学生達がまるで集団でピクニックをしているかの様な雰囲気。
 しかし、其処には晴れた青空もうっそうと茂る芝生もなく、冷たい鉄壁にぐるりと囲まれていた。
 ルイス・ハレヴィは苛付いていた。脳裏にヒリング・ケアの嘲笑する笑みと言葉が何度もリピートされる。
 そして、気遣う沙慈・クロスロードの慰めすらも気に障るほどに心がささくれ立っていた。
 その敵意の混じった言葉に沙慈はややひるむ。ルイスはそれでも献身的に優しくしてくれている沙慈への甘えを認識していた。
 それを自覚していると破綻しそうな心境を敢えて気付かない振りをするのも甘え。
 甘えの自己嫌悪が螺旋式に気分を盛り下げるのをなんとか歯止めを掛ける事にルイスは必死であったが
 その意識も沙慈の優しい言葉に乱されていく。
 
「お二人さーん。死んだ後まで痴話喧嘩しそうだね? こんな所じゃ犬どころか虫だって食えないよ?」
「ケンスケ君、その今は」
「何よ! 見世物じゃないのよ!?」
「あははっ、ごめんごめん。まぁまぁ落ち着いて」

 

 そのカップル二人の会話に割り込む様に入ってきたのは白いシャツに眼鏡をかけた少年。
 手にはデジタルカメラを持っており、検閲した情報しか流せないニュースをちらつかせていた。
 茶化す言葉にきっと睨みつけるルイスの視線。肩をすくめつつもケンスケ君と呼ばれた少年は
 どかりっとその二人の隣に座り込む。ルイスは不機嫌さを隠しきれては居ないが
 沙慈の前と第三者が入る事よる空気の変化にはそれなりに対応しているらしく
 視線をそらしている。沙慈も一時的とはいえ、出した角を引っ込めてくれた事に
 内心ほっとしていた。その解り易い様子にケンスケと呼ばれた少年はにたにたと口元を緩めていた。

 

「見てたよ。女だってのに怖いねぇ、二人とも」
「私は……別に」
「まぁ、あの娘の言う事も一理あるし、ルイスちゃんの言う事も解る。
 けど、二人が決定的な差が一個あるからそれが壁になっている。なんだと思う?」
「何? はっきり言いなさいよ?」
「ん、えーとー僕達は知らない事が多いからわからないな」
「そう、正解! ……っと失敬。指差すのは失礼だったね」
「え? あ、うん。平気。気にして無いから。で、如何いう事?」

 

 皮肉めいた言葉にルイスの苛立ちは火に油を注ぐ結果となっていた。
 猫かぶりをしていたまま怒りを抑えている中、ケンスケはわざわざカップルの会話に突っ込んで来るには
 なんらかの確信があったのだろう。いかにも理解者ぶった口調の中に自分の話へと誘導しようとしていた。
 沙慈も薄々その流れを察しているのかルイスのトゲトゲとした応対を宥める様に言葉を返していく。
 引っかかるワード、正解と人差し指で沙慈を指す。その挙動にルイスも沙慈も驚くが
 それに反して”しまった”っとケンスケは指を引っ込めて非礼を詫びる冷静さを見せていた。
 こほんっと咳払いを合間に挟んだ後、ケンスケはゆっくりと言葉を続けていく。

 

「知らないんだよ。その闘ってる兵器も目の前で襲い掛かってる敵も。
 戦争だったら解り易い。兵隊さんが兵器や武器を持って闘ってる。多少のオリジナリティがあっても
 それは既存のモノの延長上にある。けど、どうやらそういうのじゃないっぽいんだよ。今度の奴は」
「ミリオタの講釈を聞くほど暇じゃないんだけど」
「まぁまぁ、最後まで聞いて? 時にルイスちゃん、初めて箸を持った時はどうだった?」
「「へ? 箸?」」

 

 ケンスケは聞いてもいないのにぺらぺらと薀蓄を垂れ始める。
 段々とボルテージが上がってきたのか途中から熱っぽく早口気味になっていた。
 確かに言葉等はある程度理解を得易い言い回しになっているがそれはある程度知識が精通している人間の話。
 ルイス、沙慈はあまり軍事に精通していない事からイマイチ容量がつかめていない。
 あからさまに不機嫌な様子を隠さないルイスはさっさと追い払いたいという真意を隠す事もなく
 刺々しい口調でケンスケをけん制する。だが、ケンスケもそれにひるむことなく出された話題に対して
 ルイスはややきょとりっとした顔をして、一瞬その威勢をそがれる。その言葉の後にあまり良くない想い出が
 頭の中でフラッシュバックしていき、不機嫌さに拍車をかけていた。
 その様子に先ほどから沙慈は気が気ではない形相で言葉を挟むタイミングを見計らっていた沙慈も
 急に出てきたそのワードにルイスとそろえた様なすッ頓狂な声を出して

 

「私、あれあんまし好きじゃないんだけど」
「AEU圏生まれの君では馴染みが無いもんだろ? アレの持ち方や作法は色々難しいと日本人は思ってる。
 けど、箸を知り、使い続けていく内にただの食べ物を挟む二本の棒キレだと解る。
 ヌードルの食べ方もナイフ代わりの切り方もね」
「見知る事が理解に繋がるという事?」
「ソーいう事。お互い不理解のまま、いがみ合っても体力の浪費になるだけだよ。
 で、心中穏やかじゃない日々は続くって事さ。折角の学生生活がストレスで蝕まれるのは嫌だろ?」
「まぁ、あの話し振りからじゃ……ね」
「で? その認知の話をしに来たの? なら、もう用が済んだわね」
「ノンノン。実は耳寄りな話があってね」

 

 ルイスは露骨な嫌悪を表す。それは箸に対するモノと目の前の少年に対するモノも含まれていた。
 しかし、言葉が進むにつれて、徐々に沙慈もルイスもケンスケの言いたい事が大よそ理解に繋がってきた。
 成る程っと沙慈は素直に感心しているのに大して、ルイスはもうさっさとケンスケを追い払いたくて仕方ない様子だ。
 だが、それもケンスケのある提案に対して、二人の態度は一変する事になった。

 

―同時刻、第三新東京市

 

 悠々と空を泳ぐその紫色の巨体が作る影はビルをなぞる様に這いずり回り、都市の中心部へと伸びていく。
 影の主は低空スレスレでビルに傷を着ける事もない、丁寧な滑空を見せていた。
 前回襲来した使徒に比べて、都市への攻撃性は低かった。図らずとも、EVAと言う確実な兵器が出来た事による迎撃兵器の温存に繋がり
 相手もEVAに集中しているのかお互いにじりじりと焼け付く様な拮抗状態が保たれていた。そんな水面下の攻防が続く中
 フェルト・グレイスの搭乗する初号機は地下のレールを経由して、ビルの中へと押し出されていく。
 その気配に気付いたのか使徒もまるでそれを待っていたかの様に長い体を曲げて蛇が威嚇する様なポーズを取る。
 わしゃわしゃと胸部の節足を出して、いかにも臨戦態勢といった感じだ。

 

「作戦は事前説明どおり。まずは、フィールド張って、銃器のテストがてら浴びせてやれ!」
「解りました……っ!」
「相手は目の前だ、先制!」
「……目標をセンターに入れて……スイッチ!」
「ダメだな。撃った後、後ろに飛べ!」

 

 ビルのシャッターが開く。紫色にカラーリングされた巨体の手には巨大なガトリングガンが備え付けられていた。
 一本一本が長距離砲か戦車の主砲の様なサイズの銃身から銃弾と呼ぶにはにつかわしいサイズの弾丸が浴びせられる。
 相手の甲殻と呼ぶべき装甲にぶち当たり、砕け、硝煙と爆薬の煙に包まれていく巨体。間髪入れず吐き出されるソレに
 ただただ、撃ち込められている様子から緊張感が走る。だが、直撃したにしては煙が大き過ぎる事とタイミングが遅かった事。
 サーシェスは二つの理由から有効打は無理だと判断。通信で間髪入れずに指示を出す。
 案の定、敵に有効な打撃は与えられず、爆煙の中から伸びる様に光の鞭が打ちつけられる。
 手に持った銃の先はまるでネギの緑の部分にに包丁を入れた様に輪切りにされ、こぼれていく。
 僅かな判断の差、EVAも傷を付けられた訳ではないが、撃てない銃を後生大事に抱えている様子にサーシェスはため息を漏らす。

 

「やっぱり遅いか。ったく、ガトリングガンで一々狙いをつけるバカがいるか!
 それは敵に投げつけとけ。青葉! ライフル準備」
「はいっ!」
「えっ!?」
「疑問に思うな、脊髄で応えろ! ッたく素人が。予備の射出!
「は、はい………あっ……そ、あのっ………!?」
「さっさと受け取って、ばら撒きながら距離をとれ!」

 

 叱責と指示。それに独特の言語が混じって何処から何処までが自分に向けられたのかか判別が付かない。
 耳に響いた英語の指示だけを読み解こうと判断が遅れれる中、そんな事情を考慮してくれる筈もなく
 打ち付けられる使徒の連撃。前回の使徒とは違い、攻撃にしなやかさがある為、避けるのも受け流すのも難しい。
 何処まで伸びて、何処まで曲がるのか。定まらない距離感。何より始めての実戦に不明瞭な言葉での指示。
 フェルトの脳の処理は限界を感じ、それにあわせる様に紫色の鬼の様なデザインのEVAは
 その禍々しい外見とは裏腹に女々しく逃げ惑っていた。フェルトは途中から言葉は聞こえなくなっていた。
 錯乱する光景と処理しきれない情報。その中で、脳が導き出す判断は動物的反応に等しく
 それにシンクロしたEVAもまた同じ反応を示す。 なんとか決定打は避けているが
 それでもしなる鞭はプラグスーツ越しにミミズ腫れの様な痛みと傷跡が残る。

 

「くっ………あああっ」
「ちぃっ、3分ももたねぇか。指令! 一時撤退許可を」
「解った。良いだろう」
「パイロット! こっちで誘導する。さっさとずらかるぞ! 幸いそいつは地下への進入能力は高く無さそうだ。
 殲滅はソランと二名で当たる! おらっ! 聞いてんのか!」

 

 フェルトはガトリングガンを離せないで居た。まるで、篭城をする為の最後の一振りの様に大事に抱え込んでいる。
 ただの錘にしかなっていないそれはEVAの動きを鈍くし、使徒との距離を取る事が出来ない。
 だが、それが不幸にも使徒には何か重要なモノであると認識しており、執拗にソレを狙ってくる。
 茶番の様な戦闘の成り行きにサーシェスは大きくため息を吐きつつも怒声と繰り返す。
 通信からの音声、使徒との戦闘で崩れていくビルの崩落音、つぶれる車の音、色々な音が混じっている中
 フェルトの耳には一切の音が入ってこなかった。瞼にはただただ反射的に逃げる為の敵の攻撃の軌跡を刻むだけで
 悠然と立ち尽くし、光の鞭をしならせたまま、じりじりと詰め寄る圧迫感が脳裏へと焼き付けられてくる。
 
「しゃあねぇ、サイボーグ女と回線繋げ」
「はい。クリスティナ二尉応答して下さい」
「どうしたの? なんだか、随分一方的なんだけど?」
「あのガキ、俺の言う事全然聞きやがらねぇ。お前が通信で誘導しろ。こっちは指示に合わせて何とかする」
「……あちゃー。やっぱ実戦は厳しいか。了解ー。フェルトー聞こえてるー? フェルトー?」
「………あ、く、クリス? クリスなの?」
「そうy――」

 

 アリーは観念したのか頭をかきむしりながらも青葉に回線の指示を出す。
 通信の向こうで地下のエヴァと同じレールゲージに待機しているクリスティナが居た。通信映像は小さく
 カメラも司令部のモニターとは違って追いきれて居ないのは解っているが、それでも劣勢なのは明らかで
 心配そうにサーシェスへとたずねていく。そして、得られた回答には落胆と諦めに近いモノが混ざっていた。
 戦闘向きの性格でも無く、模擬訓練しか経験していないフェルトに対する実戦の困難さ
 おまけに指揮官との人間関係がアレでは有利な材料など一つも無い。
 ある程度予想されていた事態だが、それが最悪の形でクリスの所までお鉢が回ってきた。
 優しく宥めすかす様な言葉にフェルトはようやく通信に答える程度には冷静さを取り戻した途端
 鋭く振り上げられる光の鞭が、ガトリングガンごと初号機を一閃する。
 大きくビルと一緒に切り刻まれ、その際ケーブルが断線する。
 サーシェスの要望もあり、緊急警報は解り易くという意見を受け入れられた警報は
 モニターを真っ赤に染めて、警告音と残り稼働時間をでかでかと見せ付けている。

 

「ったく、やり過ぎなんだよ。サイボーグ女、聞こえるか? 今、予備電源に切り替わった。残りは4分半だ」
「うそっ!? くっ、フェルト! 返事して!?」
「あ……後、4分!?」
「サーシェス三尉! 私をフェルトの一番近いところへ出して!」
「落下予想地点、C5地区! 山岳付近です!」
「其処に射出だ! 舌噛むんじゃねぇぞ!」 

 

 再び混乱の渦中へと叩き込まれるフェルトの精神。回避行動すら覚束ない中、ついに足をとられてしまう。
 そのまま、まるで人形の様に大きく空へと大きく振り回された後、山のある方向へと放り投げられる。
 視界、意識は空転している中、地面へとたたきつけられる初号機は山に大きく人型の痕跡を残していた。
 意識が半ば朦朧とする中、初号機のカメラは手元に三人ほどの人影を確認する。
 それを見た瞬間、フェルト及び司令部の誰もがその事実に驚嘆を隠せなかった。

 

次回予告
 使徒の襲来中に巻き込まれた少年少女達。自らの愚かな好奇心が初号機を窮地へ追い込む。
 その事実は場慣れしていないフェルトへのプレッシャーと混乱を更に強める中、彼女のとった行動とは?
 そして、使徒を殲滅する事ができるのか?

 

第三話後編「為すべき使命」
             次は戦闘を盛りだくさんでサービスサービスぅ♪

 
 

第参話後編「為すべき使命」

 

「なんで、こんな所に」
「サイボーグ! とっととあのガキ共を回収しろ!
 パイロット聞こえるか! 下の連中には構うな。回収は済ませてやる! その機体だけは失うな!」
「フェルト! 今は目の前の敵に集中して!」
「……っ!?」

 

 錯綜する思考の中、EVAと言う名の巨人が手を退ければ、其処には怯え震えている学生が三人も居た。
 即座にデータは照合される。同じ学年、同じクラスの生徒だと判明しモニターには名前が出ている。
 ルイス・ハレヴィ、沙慈・クロスロード、相田ケンスケ。名前から報告を受けていたクリスは
 それらの意図する事が大体頭で繋がっていた。その思考を中断させる騒音。
 正体はエヴァのリフトゲージと同じ機構でクリスティナの三輪バイクが搬送されていく際の駆動音。
 山の入り口手前の近くの射出口にがきんっと大きな金属音を立て、そのまま放り出される。
 これを登りあがらなければならないとなると中々苦労するが泣き言は言っていられない。
 車輪を固定していた器具が外れるとフルスロットルでエンジンの吹かす。
 まるで、世紀末の荒くれ者が乗る様な機体。エンジンが唸りを上げ、環境に明らかに悪そうな
 煙を吐き出し、山道と獣道を直線で縦断する様に上がっていく。

 

「迎撃支援……は、当たるな。ちっ、あのガキ共ごとって訳にはいかんのか」
「サーシェス君。解っているが無駄に事を荒立てたくはない。その決断は此方がする」
「了解しました」

 

 もし、此処が紛争地地帯であった場合、罪無き民間人の被害があっても
 サーシェスは構うことなく作戦を続行していた。
 だが、現実はパイロットは混乱したままろくに指示も聞けない状態。
 これで、あの民間人ごと吹っ飛ばしたら余計に錯乱することは目に見えている。
 おまけに保障だ人道だなどの戯言はどうとでも出来るがそれもそれで金と手間が掛かる。
 組織としての立場の縛り、素人の運用、無駄な情報と配慮が歴戦の傭兵の判断を鈍らせていく。
 それを見かねたのか指令の傍らに居た副指令の老人が声を張り上げた。
 現場指揮官の懸念を一つ潰した事でサーシェスは目の前の事態に集中する。
 そんなどたばたした事情を使徒が察してくれる筈も無く、上空を覆いかぶさる様に現れる巨体。
 ゆらゆらと光の鞭をうねらせながらも暫く様子を見ていたのか、じっとりとした緊迫の時が続く。
 その永遠とも思える時間がほんの一瞬過ぎた時、光の鞭の殴打に初号機の装甲へと叩き付ける。
 まるで、庇うかの様にその攻撃を受けている。顔を護る様に手を掲げている姿は
 中のパイロットの弱さを現す様でもあった。
 
「な、なんで、反撃しないの?」
「僕達がいるから上手く闘えないんだ」
「そんなあぁ」
「兎に角、安全な所……安全な所って何処!?」

 

 少年と少女達は口々に声を張り上げつつも、抜けた腰を何とか元の位置に戻して立ち上がろうとする。
 だが、それもままならない。光の鞭の攻撃がいつ自分達に飛んでくるかも解らない。
 降りるべきか、登るべきかの判断も敵わず、ただ小動物の様に震えている。
 やや、ヒステリック気味に叫ぶルイスの声がきんきんと男子二人の耳を貫いていく。
 ケンスケの推測が通りフェルトは動くことが出来なかった。
 EVAが下手に動けば踏み潰してしまうし、使徒の攻撃を集中させねばならない。
もし鞭をまともに下へと流れれば、人間など軽く蒸発させられてしまう。
 EVAは口を閉じたまま苦痛の一つも漏らしていない様に見えているが
 司令部の通信にはまるでSMショーの様な少女の悲鳴が響いている。
 彼等ごと纏めて消し飛ばすか否かの判断を一任した冬月は
 いつでもそのGOサインを出せる様にはしていたがそれでも気が気ではない。
 緊迫した時を過ごしている中、草木を分け入って出てくる三輪の鉄の獣。
 ライダースーツに身を包み、ヘルメットも被っているその人物は
 まるで一つの生き物としての機械に組み込まれている様にも感じられた。
 未来から来た殺人ロボットの様な威圧感のある姿であり、一瞬学生三人はソレを見て固まってしまう。
 だが、声は厳しい口調ではあるが女性の声だったことから少年と少女達はそれが味方であると判断する。

 

「説明は後! 後ろに乗って! ココから離れるよ!」
「は、はい!」
「ルイスも早く!」
「あ、えっ……う、うん!」

 

 クリスの掛け声に三人は乗り込みその場からすぐさま離れようとする。
 フェルトの視界にもその様子が映り、安心したのも束の間。
 使徒はその救助している人間達に向かって光の鞭を突き刺していく。
 木の葉を焼きちらし、地面へと貫かれるそれはまるで大きな光の柱が山へと突き立てられたかの様に見えた。
 えぐれる地面とそれを伝えていく衝撃は砂煙を巻き上げる。
 男子二人は何とかそのバイクに乗り込んでおり、取っ手を掴んで身を振り落とされない様にしがみつく。
 しかし、ルイス1人だけがその場に残されてしまう。
 吹き飛ばされた衝撃とともに既にバイクは数メートル先の麓へと滑り落ちる様に
 進んでおり、スピードも乗ってしまっていた。もう既にルイスがとても小さく見える程に離れている。
 沙慈は既に離れている彼女をようやく視界に入れるとしばしその現実に絶句していた。

 

「ルイスッ! も、戻ってください!」
「バカ、そんな事したら僕達まで、いやでもそれでも」
「沙慈!」
「ダメよ! 相手はこっちに狙いを付けてる!」
「そんな! なら、僕は降りま――」
「バカなこと言わないで! こっちだって死人を増やしたくないのよ!」

 

 クリスもその状況には混乱を隠せていなかった。今、Uターンしてあの開けた場所へ戻るべきか。
 判断は非常に難しい。だが、今救助した二人が更に攻撃を受けて命を失っては元も子もない。
 まず、二人を助けるべきだとクリスは判断し、一気に山を駆け下りる。
 沙慈もその言葉にびくっと首を屈めるが、どんどんと離れていくルイスの影を見て涙を溢れさせていた。
 ルイスは遠ざかっていく沙慈へと声を上げている中、使徒は残っているルイスへと狙いをつける。
 目の前の初号機は片手間で倒せるという判断なのだろう。光の鞭はゆらゆらと狙いをつけ
 泣き叫んでいるルイスへと狙いを付けて突き刺す。誰もが少女の命が散ったと思った瞬間だった。

 

「あああっ……っ!!!」
「私を護って……くれたの?」
「……早く乗って……持ち応えられない……っあつぅ……いぃ」
「これに乗れって言うの?!」

 

 少女の小さな肉体を焼き焦がし、骨を溶かす筈だった光の鞭は今、初号機の手の平を貫通していた。
 ばちばちという音、そして焼け焦げる匂いを辺りに立ち込める。
 だが、それでもフェルトは必死の思いでそれを掴み続ける。
 掌にも熱さと痛みがシンクロしている中、熱で装甲が剥けるている両手でその光の鞭を掴み続けていた。
 ぐっぐっと突き入れる様に上下させる度に手に摩擦と熱が伝わり、激痛が脳髄へと響いてくる。
 そんな中、EVAの首筋の部分が開けられて、プラグが半分ほどされている。
 ルイスはそれの意図を何とか感じ取ったのか、多少迷った後駆け寄っていく。
 使徒の攻撃により、地面へと半ばめり込んでいる初号機のエントリープラグへと乗り込んでいた。

 

「水!? い、息がぁ」
「……っ! シンクロ率が……時間がない……」
「勝手な事を……まぁ、良いっ! 一旦退避だ! 聞こえているかパイロット!」

 

 ルイスがそのプラグを開けばそれが水中である事の驚愕、それに加えて
 パイロットが目星をつけていた少年ではなく、自分とさほど年齢の違わない少女であることの衝撃。
 混乱はルイスに沈黙と言う選択肢を本能的に与えてくれた。ここで彼是聞いて自らの延命を阻害すると言う判断。
 しかし、その判断とは裏腹に遺物が混入した事により初号機のシンクロ率が右肩下がりで下がっていく。
 プラグ内の映像も乱れていく。残り時間は2分をきっていた。通信からは撤退の命令が何度も下されている。
 しかし、フェルトの耳にその言葉は届いていない。脳髄が焼き切れてしまう程の処理を重ねる。
 バグやエラーは何回も発生している思考の中、いつの間にか自我はゆっくりと融けていく。
 ルイスもフェルトの様子の変化に気付く。日本語で言う所の鬼気迫る何かを感じていたと思ったが
 それが急にその気配を失せ、薄氷の様な透明感のある雰囲気へと代わる。 
 まるで其処に先ほどまで怯えすくみ続ける醜態を晒していたのと
 同じ人物が居る事が認識出来ないほどの静けさと落ち着きを見せていた。

 

「ちょっと、なんか撤退って言って」
「その命令は聞けません」
「「はぁっ!?」」
「目標に対して、白兵戦闘を敢行。殲滅を図ります」

 
 

 ルイスは後になって気掛かり程度に思い出すのだが、彼女の眼には一瞬フェルトの瞳の色の変化を感じられた。
 結構なインパクトをもたらす事象ではあるのだがそれを持って余りある行動の決断と態度の変化。
 通信先の男の声と少女の声はほぼ同タイミングで驚愕の声色へと変わっていた。
 フェルトの駆るEVAは両手を掴んでいた光の鞭をそのまま相手ごとビルへと投げ飛ばす。
 肩の拘束具からナイフを取り出し、手に持てばその刃は発光し、熱量を持ちはじめる。
 ビルから起き上がる様に浮遊を始める使徒に対して、山をそのまま駆け下りてナイフの柄を
 先ほど風穴を開けたEVAの手の甲で抑えたまま中央の光珠の部分に突き立てる。
 使徒も負けじと光の鞭で腹部へとそれを突き刺し、貫通する。
 本来なら痛みと絶叫で失神するほどの痛みが脳髄を駆け巡っている筈のフェルトだが
 ソレに一切リアクションを取る事も無く刃を突き入れる。
 唇をかみ締め、水中の中に血液が浮遊するのを見れば、ルイスは呼吸を止める為口を抑える。
 純粋な畏怖がルイスの心理へと入り込み、拒絶と恐怖を相殺している。
 自分と対して変わらない少女がこんな大きな巨人を動かし命を賭けて闘っている事もそうだが
 何より先程から様子が明らかに違う。まるで、別人格だ。

 

「痛くないの?」
「痛覚は正常に機能しています」
「な、なんで」
「使徒を殲滅しなければ、人類が滅びるから。やるしかないの」
「人類って」

 

 ルイスの口から漏れた疑問にフェルトは冷静に答える。
 問いかけた本人はその呟き程の疑問に答えが返ってくる事に驚いていた。
 数秒のやり取りだったが目の前の惨状とは違った冷静なやり取りとのギャップが混乱を塗り替える。
 熱を持った刃を突き入れる事に専念している様に見えるが必死の作業を片手で済ませているかの様な発言。
 実際はフェルトは蹲る様に腹部を片手で押さえながらも残ったもう片方の手はトリガーを前へと押し出している。
 その言葉と態度の変化、自暴自棄とも取れる言葉にルイスは言葉を失い、誰とも知れない神に祈ることにした。
 時間は後数秒しかない。倒せば終わる。倒せなければ命が終わる。
 そんな状況で祈る事しか出来ないと判断できたのはフェルトの冷静な態度の影響だろうか。
 まるで劣勢の激戦地へと運ばれる歩兵輸送車の様な空気が支配する狭いプラグ内。
 お互いどちらか死ぬか解らないチキンレースに司令部もそれを沈痛な面持ちで見つめていた。

 

「失敗」
「ど、如何するのよ……貴女の勝手な判断で!」
「あの位置からだとこの機体を自爆をしても巻き込まれる。撤退は危険が大きい。
 動きの鈍った相手を許して逃がしてくれるとは思えない。もし二人生き残る為ならコレがベスト。
 最悪殲滅出来なくても、外部から自爆信号が来るか上手くいけば、回収される」
「自爆ってそんな……貴女、死んでもいいの?」
「私が死んでも代わりが居る………か……うっ」

 

 EVAの電源が切れる。目の前の使徒は未だに健在だ。使徒もEVAの動きが無くなった事に気付く。
 それは生命の停止としての沈黙なのか解らず、目の前の巨人から光の鞭を引き抜き数秒の対峙をする。
 その間、非常電源で僅かに薄暗くなっているプラグの中でフェルトとルイスは会話を続けていた。
 これ以上何もする事は出来ない。後は死ぬか生きるかは全て外部の状況と判断による。
 諦めにも近い判断にルイスは怒る気力も無いのか
 八つ当たり気味に声を振り絞って張り上げるがそれもいなされててしまう。
 冷静に湧いた疑問。しばし、黙り込んだ後つぶやいた言葉を言いかけた後、気を失ってしまう。
 それとほぼ同時、どしっと何か上から押し潰される様な感覚と重圧を感じさせる。
 金属の軋む音とEVAの筋肉が痛めつけられる音がプラグの中にまで聞こえてきた。
 ルイスはそれが使徒の攻撃の再開と感じ、自らの死を感じ取り意識を失っていく中
 かすかに二人の少女は非常用無線の声が耳へと入ってきた。

 

「刹那・F・セイエイ。目標を殲滅する」

 

次回予告
 ルイス・ハレヴィ。彼女は焦っていた。 転校してきた少年とその時期。
 そして、先日起きていた軍の戦闘行為。それ等の全てが繋がり危機への連想を感じさせている。
 確かめなければいけなかった事象が行動を前のめりにし、そして自らの無力さをかみ締める事になる。
 第五使徒襲来の前に一体彼らに何があったのか?

 

 次回、第四話前編「知られざる者達」
  次回はちょっとドロドロでサービスーサービスー♪

 

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