Fate of Destiny プロローグ

Last-modified: 2009-01-13 (火) 00:26:24

Fates of Destiny
プロローグ
 彼は戦い続けた。かつての上官に敗北し、家族を殺した英雄に信念をうち砕かれても。
 彼は戦い続けた。敵からも味方からも裏切り者と罵られながらも。
 彼は戦い続けた。いつも傍らにいた少女がいつの間にかいなくなったとしても。
 そして――

 

 任務自体はごく単純な内容だった。プラントを襲撃しようとする反乱組織の鎮圧。だが、まともな戦力は自分一人だけだ。『デュランダル派』であった自分が何の咎もなく、愛機と共に軍隊に残っていられることだけでも運が良かった。本来ならば問答無用で死刑にされても文句が言えない立場である以上、こうした捨て石扱いに文句を言うつもりはない。
 テロリストの戦力は、司令部の立てた予想よりも遥かに多かった。上層部はどうにも戦場を楽観視する癖がある。『平和の歌姫』が議長に君臨してからは特にその傾向が顕著になっていた。恐らくは、自分を嵌めようとした上層部の意図もあったのだろうが。
 いつ終わるともない戦闘は熾烈を極めた。二十倍以上の戦力差相手に、それでも勝利することができたのは、前大戦で培った戦闘技術の賜物だろう。
 それでも無傷というわけにはいかず、致命的な損傷をいくつも追った愛機はほとんどの機能を停止しかけていた。
「右腕応答なし、VPSダウン――アロンダイト欠損、あぁビームシールドも壊れちまったか」
 電子部品がスパークし、火花が舞い散るコックピットの中で呟く。
 レーダーには何も写っていない。敵も味方も、そのどちらも周囲には存在しない。あるのはどこまでも続く暗闇と、遙か遠くに存在する砂時計――プラントの姿のみ。
「ハッチも開かない、エアコンは――死んでるみたいだな」
 ここは宇宙だ。当然周囲に酸素はない。空調機能が壊れた以上、残った酸素はノーマルスーツのものだけだ。そのノーマルスーツも飛び散った金属片により穴が空いていた。
 絶体絶命の状況であるにもかかわらず、焦りは全く感じなかった。
「それにしてもこんなもんか」
 ――俺の最期は、という言葉が喉から漏れた。

 
 

 戦友達がいなくなり、常に傍にいてくれた赤毛の少女が逝き、味方と呼べる者はほとんど残っていない。唯一残ったかつての――今もそうなのだが――上司は頼ることができないほど立場に差があるし、仮にできたとしても頼りたくなかった。
 『平和を護る』彼らと『命を守る』自分では、目指すものがあまりにも違いすぎる。和解はしたが、彼らの理想に魂を捧げようとは思わなかった。
 一人になっても戦い続けたのは、彼らに対する意趣返しのつもりだった。我ながら子供じみているとは思ったが、それ以外に思いつかなかったのだ。
 だが、その結果がこれだ。テロリストを相手に戦い、どことも分からない場所でたった一人でもがき苦しんで死ぬ。戦争が終わってからたった半年でギブアップするのは、少し情けないが、大切な物など何一つ守れなかった男にはお似合いの最期。
 蔑んだ笑みが自然と浮かんだ。

 

 後悔はある。だが未練はない。後少しで、何一つ守れなかった人生が終わる。

 

 何故だ。何故彼はこんな惨めな最期を迎えなければならないのだ。
 大切な物を失う哀しみを二度と繰り返したくない。誰もが一度は思うような単純で――純粋な願いを叶えたくて、血を吐くような思いをして力を手に入れた。
 そんな彼の想いがとても眩しく思えて、彼のような人間に仕えられることが『兵器』として生まれた自分にとって何よりの喜びだった。
 なのに、何故なのだ。『護る』と約束したはずの少女を目の前で殺され、信じたはずの仲間に裏切られ、信念さえ打ち砕かれて――そして今彼は自信の命さえ失いかけている。
 助けたい。こんなところで彼を終わらせたくない。
 そのときだった、目の前に何かが漂っていることに気が付いたのは。
 それは、青色の燐光を放つ菱形の宝石だった。宝石はそこら辺に転がっているデブリ片よりも遙かに小さいはずなのに、今までに見た何よりも強力なエネルギーを発していた。
 宝石の中心には小さく"II"と刻まれている。奇しくも、自身の額に刻まれた数字と同じだった。
 
 何故だか分からない。奇妙な偶然に運命を感じたのかも知れない。藁をも縋るような想いで願った。
 彼を助けてくれ。無力な自分の代わりに、戦うことしかできなかった自分の代わりに、主を助けてくれと。できることなら――彼にもう一度だけ機会を与えて欲しい。そして力尽きる自分の代わりに、彼を支えて欲しい。

 それはあまりにも純粋な『願い』だった。

 
 

"I'll never let you die."
「え……?」
 景色を写していたモニターに、突然文字が浮かび上がる。誰かからのメッセージが死んだはずのモニターに写し出されているのだ。だが、ここには誰もいない。
 ならば、一体誰が?
"Please survive,my master."
 まるで言葉を覚えたばかりの子供のような、拙い文章が再び流される。それと同時に、起こった出来事が理解できず、
"Please."
 機体を青色の輝きが包み込み、光が消えた次の瞬間に彼は機体ごとその場から消えていた。

 

 その日、ザフトで一人のパイロットがMIAが認定された。彼はプラントを攻撃しようとするテロリストに一人立ち向かい、そして機体だけを残して姿を消した。本来ならば捜索が行われるはずなのだが、そのパイロットは存在自体が問題視されていたこともあり、その情報は意図的に無視される形となった。一週間後、事態に気付いた『英雄』アスラン・ザラによる異例の要請がなければ、永遠に黙認されたままだったかもしれない。
 その後の捜索によって、機体だけは見つけられたもののパイロットはコックピットから姿を消していた。当初は脱走したのだと考えられたが、ハッチに開けられた形跡がないことからその可能性は無いと判断された。
 結局、どこに消えたのかという謎を残したままパイロットはMIAから戦死へと扱いを変更された。
 遺書に書いてあった本人の意向によって葬儀は行われず、ほとんど手の付けられていなかった口座内の財産はメイリン・ホークへという名の少女に譲渡された。
 彼の名はシン・アスカ。波乱の人生を駆け抜けた人間の最期としては、あまりにもあっけないものだった。

 
 

 手入れされた庭園の中を、一人の少女が歩いていた。少女の名はフェイト・テスタロッサ。まだ幼さを色濃く残す彼女は何かを探し回るように、きょろきょろと周囲を見回していた。
「気のせいじゃなければ、この辺なんだけど……」
 リニスに課せられた魔法の訓練の最中に、巨大な魔力反応をフェイトは感知したのだ。
 監督役のリニスも出かけていなかったし、母のプレシアも研究室から出る様子はない。
 フェイトは同年代の子供と比べて大人びていたが、それでも歳相応の好奇心はある。訓練を中止して、魔力が発生した場所に向かったのだが。
「誰……?」
 魔力反応があったそこには傷だらけで倒れる一人の青年の姿があった。
「だ――大丈夫ですか!?」
 フェイトは駆け寄り青年を抱き起こした。どうしてこんなところに見知らぬ他人がいるのか、という疑問よりも青年の容態の方が気になったのだ。
 フェイトに抱き起こされた形となった青年は、赤い瞳でフェイトを見上げ――
「――ユ」
 何かを呟きかけてそのまま意識を失った。

 

 全ての始まりは願いを叶える蒼玉。見初められしは共に赤い瞳を持った少女と少年。
 本来交わらぬはずの二つの運命が交差し、起こりえぬはずの物語の幕が上がる。