G-Seed_?氏_第十四話(前編)

Last-modified: 2007-11-10 (土) 19:45:43

 ジブラルダル基地。
 ユニウス条約により、地球にただ二つ残されたプラントの拠点の一つ。
そのジブラルダル基地は今日、来客を待っていた。
「・・・どんな奴等ですかねえ。議長期待のルーキー達ってのは」
「さあな。だが、たった二戦のキャリアでプラント代表候補の座を射止めな
さったんだ。とんでもねー天才なんだろうよ」
 ジブラルダル基地司令官、ヨアヒム・ラドルはため息をついた。
「お前ら、頼むからそういうことを本人達を目の前にして言わんでくれよ?」
「へいへい。分かっておりますよ。・・・議長様に告げ口をされたらたまり
ませんからな」
「告げ口する場所は、勿論ベッドの中だろ?」
 品のない冗談が飛び、笑い声が起きた。
(まったく・・・。困ったものだ)
 だが、ラドルには部下の気持ちが良く分かった。
 
 ガンダムファイト代表。プラントの命運を、名誉を背負って闘う戦士達。
 それに選ばれるものは当然ザフト最強の戦士達であるべきである。前大戦
を生き抜いた者達の中には、我こそは、と思っていた人間も少なくなかった
であろう。
 そして壮絶な選発戦の結果残ったのは、アスラン・ザラ。イザーク・ジュール
ディアッカ・エルスマン。ハイネ・ヴェステンフルス。
 この4人はいい――凶状持ちが二人ほど混じっているが――実力的には
誰もが納得している。
 だが、議長の肝いりで選ばれていたという、シン・アスカ、レイ・ザ・バレル
ルナマリア・ホークとは一体何者なのだ?
 ザフトレッドとはいえ、新兵同然の奴等ではないか! 聞けばドモン・カッシュ
に弟子入りしたというが、だからといって仮にもプラント代表候補に選ばれて
いた人間が、何ヶ月もプラントで訓練を受けずに勝手に自主訓練をするなど
無責任そのものではないか! 許せん! とまあこのように、ザフトにおける
三人の評判は至極悪い。

 本音を言ってしまえば、ラドルも全く同感であった。選発戦に参加させず
に議長権限で押し込むなど、越権行為も甚だしいと言われても仕方が無い。
しかも、ザフト軍の目の届かぬ所で自主訓練を許すとは・・・。
(穏健派の議長は、軍がお嫌いなのかもしれんな)
 ラドルが思考を巡らしている間も、部下達の悪罵は続いている。
「そんでいきなり、たまには他の人間とも闘らせたいから胸を貸してくれ、
たあ、いい度胸だぜ」
「大体、ドモン・カッシュってのは本当につええのか? そりゃ機体が強い
のは分かっちゃ――」
「おい貴様!」
 流石に看過できず、ラドルは鋭い声を飛ばした。
「ドモン・カッシュ氏は、首長国の高官であらせられる。無礼な口は絶対に
許さんぞ!」
「し、失礼しました!」
 軽口を叩いた兵士は慌てて謝罪を口にした。
(ナチュラル軽視か・・・。我等コーディネーターの業病だな)
 ラドルは内心で舌打ちしていた。
 その時、
「来たな・・・」
 ラドルは姿勢を正した。
 ゴッドガンダムが近づいてくる。その手に・・・
「・・・何で、公用機を手で持って運んでるんだ?」
 誰かが呟いた。
 ゴッドガンダムが着地。コクピットから一人の男が姿を現した。
「ドモン・カッシュだ」
 ラドルの敬礼に答えるように男は手を差し出し、ラドルは男の手を握った。
「お会いできて光栄です。ドモン・カッシュ大使――」
 そこまで言って、ラドルはいるはずの人間達の姿がないのに気づいた。
「・・・失礼ながら、シン・アスカ、レイ・ザ・バレル、ルナマリア・
ホークは」
「あっ・・・すまない。あの馬鹿どもは・・・」
 慌てたようにドモンが公用機の方に向かう。
「起きろ!」
 という怒声が聞こえてきた。
「司令が出迎えているのに、寝てるだあ? 何様だ、あのガキども・・・」
 だれかが小声で吐き捨て、場の雰囲気は一気に悪化した。
「よさんか。私が出迎えたのは大使であって、代表候補達ではない」
 部下達をたしなめつつも、ラドルは自分の心に不機嫌の皺が刻まれるのを
感じた。
 しかし、その怒りは、出てきた三人の候補達を見た瞬間、消し飛んだ。
「・・・何だアレは?」
 誰かが呻いた。
 髪は、前の方こそ雑に切りそろえられているが、それ以外の部分は伸び
放題の上に砂まみれ。目には生気がなく、肌はかさつき、服はボロボロ。
 まるで幽鬼の如きいでたちである。写真で見た限りでは、みなそれなりの
容姿の少年少女であったはずだが――そのせいで議長に対する変な邪推が
発生したりするわけだが――その面影はまったく見られない。
 その上、
「・・・うお」
 誰かが呻いて鼻を抑えようとして、何とか思いとどまった。ラドルも鼻を
つまみたい衝動と必死に闘争を繰り広げたが、今にも前線は崩壊しそうであった。
(ど、どれだけ風呂に入っていないのだ?)
 ゾンビさながらに、ふらふらと歩いてくる三人の候補に、ラドルは心の中
で十歩ほど後ずさった。
 そんな周囲の反応に気づいていないのか――はたまた気づいていないフリ
をしているのか――ドモンは、
「失礼した、司令。お前ら、お詫び申し上げろ!」
「「「失礼いたしました!」」」
 ドモンの言葉がかかるや否や、少年達はいきなりびしっと身体を起こし、
はっきりした声で謝罪し、終わるとまたダラリと身体を崩した。
 呆れて二の句を告げることができないラドルに、
「司令。準備ができているなら、そちらへ移動したいのだが」
 ドモンが提案した。
「いえ、ドモン大使。失礼ながら、まずお弟子の方々を風呂にいれ、十分な
睡眠を取らせ、人間らしい格好をさせるのが先ではないかと」
 ラドルはドモンの言葉をやんわりと、しかし断固として拒絶したのであった。

*         *

 ドアが開く音に、周天を行っていたシンは目を開けた。
 やらないと死にかねないという切実極まる理由があったせいで、最早習慣化
している。つい、用がなくてもやってしまうのだ。
「あれ? レイって、対紫外線のコーディネート受けてないのか?」
 髪を切ってさっぱりしたレイの顔を見ているうちに、レイの顔が日焼けし
ている事にシンは気づいた。
 コーディネートとはそもそも、宇宙の過酷な環境に対応するために行われた
のが始まりである。紫外線が容赦なく降り注ぐ宇宙空間に対応するため、
普通コーディネーターは紫外線に対するコーディネートを受けているのが普
通なのだが・・・。
「親が金をケチったのだろう。というか、シン。それは今頃、聞くことか?
俺が毎日、日焼け止めを塗っていたのをお前は見ていたと思うんだが」
「・・・見てたんだけど、見てなかったんだよ、多分」
 そんな細かいことに神経を使う余力は残されていなかった。当のレイとて
習慣化した動作を身体が勝手に行っていたという状態で、気がついたら塗って
あったという感覚なので、シンが気がつかないのも当然であった。
「そうか。そういえば、これだけ正常な状態で会話するのも久しぶりだ」
 シンが噴出した。
「そうだよな。俺達ってここんとこず~っとテンパってた気がする」
「ベッドで寝るのも久しぶりだ。ベッドはいい・・・。ベッドは疲労した
身体を潤してくれる。人が生み出した文明の極みだ。そう思わないか? シン」
 シンは心の底から同意した。
「ほんっっとだよな! あとさ、シャワーも! お湯が蛇口を捻れば出てく
るって・・・いいよなあ」
「冷蔵庫があって、飲み物が冷えているというのもいい」
 興奮気味に話し合いながら、シンはふと我に返った。
「・・・何か俺らって、異様な会話してない?」
「気にするな。俺は気にしない」
 二人が顔を見合わせて苦笑し合った時、ドアが叩かれた。
「シン、レイ。呼び出しがかかったわよ。・・・試合ですって」
 シンとレイの顔が同時に引き締められた。