GUNDAM EXSEED_B_21

Last-modified: 2015-04-27 (月) 20:37:45

ドロテス・エコーはオフィスの中、自分のデスクでゆったりと煙草を吸っていた。至福のひとときである。斜め前のデスクでは同僚のギルベール・サブレットが週刊の漫画雑誌を読んでいる。
ギルベールのデスクには漫画雑誌が山のように積まれており、ドロテスのデスクの上には煙草と、煙草の吸殻が山のようになっている灰皿があるだけであった。
とても仕事をしているように見えないがこれでいいと上司のロウマ・アンドー大佐に言われているのだ。
ドロテスとギルベールはセーブルからクライン公国の首都であるアレクサンダリアに帰ると、ロウマに、このオフィスに案内され、その上で好きなデスクを使っていいし、好きなことをしていて良いと言われたのだ。
ちなみにこのオフィスに限り喫煙可、飲酒可だという。
ドロテスとギルベールは驚愕した。なぜなら、このオフィスは聖クライン騎士団の本部にあるからだ。そしてこのオフィスは本部の1つのフロアの半分を占領している。
そして、もう半分はというと倉庫である。だが、その倉庫もドロテスらが好きに使って良いということらしいので、実質1フロアがドロテスらのものだった。
ドロテスとギルベールは、ロウマがまたあくどいことをしてこのフロアを手に入れたのだと考えていた。
だが、オフィスの居心地は最高なのでドロテスとギルベールは喜んで使わせてもらっていた。
肝心のロウマというと、オフィスの奥の方に自分だけの部屋を造っていた。
ドロテスとギルベールは一度中を見たが、ロウマの部屋は圧巻だった机も椅子も最高級の物であり、来客用のソファーと机も豪華極まりないもの。
壁には高価そうな絵画や、彫刻が飾られ、豪華な装飾がされた剣や銃も掛けられていた。
そして、見ただけで高級と分かる棚の中にはいくらするか分からないような高級酒が並んでいる。本棚も内容より装丁の絢爛豪華さだけで選んだ本が並んでいた。
高級な絨毯も引いてあるうえ、窓からはアレクサンダリアの街並みが一望できた。
ドロテスとギルベールの感想はどこかの悪徳企業の役員の部屋のようであるで一致した。
「なんか格差を感じる」
「奇遇だな、俺もだ」
ドロテスは煙草を吸い、ギルベールは漫画を読む。二人はそれだけで満足だが、自分たちもロウマの部屋が欲しいと思うのだった。
まぁそんなこんなで2人がのんびりと過ごしていた、ある日、珍しくオフィスに人が来た。
「失礼する!」
凛々しい女の声がしたが、ドロテスとギルベールは気だるい感じで、声の方を見た。声の先にいたのは凛々しい顔立ちの長身の美女だった。
「プラチナブロンドの前髪パッツンてどうなん?」
ギルベールの疑問に対し、ドロテスも突然現れた美女の髪型には思うところがあったが何も言わないことにして、煙草を吸っていた。
突然現れた美女はほぼ銀色のプラチナブロンドであり、その髪を額の辺りで真っ直ぐ切り揃えていた。短髪ではなく、長髪で腰までありそうな長い髪だったが、前髪がとにかくドロテスらには印象的だった。
「私の名はイザラ・ジュールだ。よろしく頼む!」
そう言って、銀髪の美女イザラは一礼をする。ジュールというと名門のジュール家の人間かとドロテスは思った。そして思った通りだった。
「私は武門の家、ジュール家の出身だが、そのことは気にしないでくれ!」
いちいち声がでかいとギルベールは思った。

 
 

「ジュール家も、もはや没落した家。だからこそ私が戦場で武勲を立て、家を再興させるのだ!」
それよりも前髪を再興させたほうがいいと、ドロテスらは思った。
「ちなみに、私の階級は少佐で貴様らの上官だ。そしてロウマ・アンドー大佐がいない時は私が隊長代理となる」
ドロテスらは、は?となった。上官は別に良いが、隊長代理とはなんだと思った。そもそもドロテスらどこかの隊に入れられたという話しも聞いていないのだ。
「我らは、これより“ガルム機兵隊”として戦場で活躍するのだ。これは名誉なことである!」
“ガルム機兵隊”?ドロテスとギルベールは訳が分からなかったが、なんとなく察した、ロウマ・アンドーはそのガルム機兵隊という部隊のために、このオフィスを用意したのだ。
「早速だが、新入隊員の紹介をする。入ってこい!」
イザラが言うと、白髪の少年がぼんやりした様子で部屋に入って来た。
「よし、自己紹介!」
イザラが言うと、少年はぼそりと呟く。
「……ゼロ……です」
かろうじて聞こえる声だった。ドロテスとギルベールは不安しか感じなかった。するとイザラが言う。
「ジェミニとかいう前にいた隊員と同じようなものらしいので、あまり気にするなと大佐からの伝言がある!」
やはりドロテスもギルベールも不安しか感じなかった。ゼロという少年は場の状況が分からないようで、ぼんやりと何も無い宙を見ている。
「とにかく、最初はこのメンバーだが、後々、隊員は増員されるらしいので楽しみに待つように!」
イザラはそう言った後で、改めてメンバー見回し言うのだった。
「この中で、ロウマ・アンドー大佐に死んで欲しいと思う者は手を挙げろ!」
するとゼロを除く3名全員が手を挙げた、言いだしたイザラも手を挙げていた。
「よし、部隊の統率は取れているな。問題なしだ。この調子で行くぞ!」
オーとは行かなかったが、取り敢えず皆ロウマ・アンドーが大嫌いだという一点においては共通したチームだった。
しかし、後にこのガルム機兵隊はクライン公国最凶の部隊として誰もが恐れることになるとは、まだ誰も知る由がなかった。

 

ガルム機兵隊という隊の名前が決まったのは良かったが、何をするのかは隊長代理のイザラにも分かっていなかった。なので各々、好きに過ごしていた。
イザラはとりあえず体を鍛えていた。とにかく筋トレに励んでいたのだ。ドロテスはひたすら煙草を吸い、新聞を読み、空いた時間は昼寝をして過ごした。ギルベールは漫画を読んでいる。
ゼロはというと、意外なことに役に立つことが判明した。ギルベールが試しに茶の淹れ方を見せると、茶の淹れ方を覚えた。そして、誰かが、茶、というと茶を淹れて持ってきてくれるようになった。
というわけで、ゼロは教えれば一通りのことができると分かったので、メンバーはゼロを雑用係にした。イザラはプロテインを用意しろと命令するし、ドロテスは煙草を買ってこいと命令、ギルベールは週刊の漫画雑誌を買ってくるように命令した。
そうやって、のんびり過ごしていたある日、隊長のロウマ・アンドーがやって来た。

 
 

「よ、みんな元気?」
元気は元気だ、何もすることが無くて暇を持て余しているのだから。
「まぁ、ヒマだと思うけど好きに過ごしててよ。仕事がある時は俺が言うから、それまで勝手にしてていいよ。遅刻無断欠勤なんでもありだから、俺の力で給料とか色々の評価に影響でないようにするからね」
「超絶ホワイトじゃん」
ギルベールが馬鹿なことを言うが、裏があるに決まってるとイザラとドロテスは思った。
「ただし、俺が命令した仕事はキッチリやれよ。それさえすれば、俺はなんも言わんから」
そう言った後で、ロウマは不意に何かを思い出したように言う。
「ああ、そういや仕事はあるわ。毎月の月末に俺の素晴らしいところを書いたレポートを提出してもらうから、あと、俺の良いところを発表してもらうから」
何を言っているんだこの男は、とゼロを除くメンバー全員が思った。
「とりあえずギルベール君から、俺の良いところ発表」
ギルベールは、え?といった顔になりながらも何とか思いついた。
「顔が良い」
「次、ドロテス君」
「頭が良い」
「次、イザラちゃん」
「えー、えーと……性格が良い」
「よし、全員オーケーだ」
ロウマは満足したようだった。とりあえず皆ほっと胸を撫で下ろす。
「ところでさ、イザラちゃん。26歳だよね、それで少佐なんだよね?俺、26の時には中佐だったんだけど、どう思う?あと2年で大佐になれる?無理だよね。うん無理だね。頑張って、階級上がるといいね」
イザラはイラッとしたが我慢した。
「とりあえずキミら頑張ってね。キミらが頑張るとキミらを管理してる俺の評価が上がるから。俺の評価が上がると階級が上がって俺もついに准将って感じになるんで、死ぬ気でやれよ」
どこまでも自分勝手な男だと、メンバーは思う。が思ってもどうしようもない。階級の差が問題ではなく、ガルム機兵隊は全員が、ロウマに弱みを握られていた。
ロウマは最後に脅しをかけるように低い声で言った。
「キミらは、俺の命令に対して、死ぬ気でやらないとどうなるか分かるよな?」
そう言うと急に明るい声に戻ってロウマは言うのだった。
「じゃあ、俺は忙しいのでさよなら。あとはイザラちゃんよろしくね」
そう言うとロウマは去っていった。
残されたメンバーの雰囲気は暗いものとなっていた。全員、気づいているのだ自分たちが蛇の舌先で転がされる駒だということに。

 
 

クランマイヤー王国は初夏を迎えていた。ハルドらがセーブルから帰ってから数日が過ぎた頃である。
ハルドらがセーブルから帰って来た時には大騒ぎになった。その原因はバラバラになったブレイズガンダムであり、レビーとマクバレルは呆然とした後に、発狂した。
2人は奇妙な笑い声をあげながら「徹夜、伸びる開発期間、止まる製造ライン……」とブツブツ言いながら、ブレイズガンダムを工業コロニーのMS製造区画まで運んで行った。
セーブルから新たに仲間になったクリスはすぐさま歯医者と病院へ行き、折れた前歯と奥歯を差し歯にし、折れた鼻筋を元に戻した。
顔が元に戻るとクリスは如才なく皆に挨拶をし、自分が軍師であることを伝え、防衛大臣のアッシュの手伝いに入った。クリスが加わったことでアッシュの仕事量は半分以下になり余裕ができた。そしてできた余裕で。

 

「こうして夜に酒が飲めるというわけだ」
ハルドとアッシュは久しぶりに酒を酌み交わしていた。
初夏といえど、夜はまだ涼しい。酒で体が熱くなるのも悪い物ではなかったので、2人は強い酒を飲むことにした。飲む酒はウィスキーであった。クランマイヤー王国産の上物である。
「やっぱ酒はいいぜ」
「ああ、そうだな。しかし僕らは21歳だぞ。この年で酒飲みというのも変な気がするのは僕だけか?」
そんなことを言いながら、アッシュはウィスキーをストレートで飲む、ハルドも同じだ。
「別にいいじゃねぇか、酒でも飲まなきゃやってらんないだから、しかたねぇだろ」
「まぁ、そうだな」
言いながら2人は一杯目のグラスを空にする。2人はお互いのグラスにウィスキーを注ぐ。
「……最近、ていうかセーブルの頃からセインが面倒くさい」
「思春期なんだから面倒なのは普通だろ?」
アッシュはたいしたことではないように言うが、ハルドの方はイライラしていた。
「ガキがふてくされているみたいで、なんかムカつく。馬鹿で弱いくせに一人前のつもりでいやがる」
「セーブルで何かあったんだろう。知ってる範囲で教えてくれ」
アッシュにそう言われたので、ハルドはセインがセーブルでボコボコにやられたことを言った。
「多分、MSに乗って力を手にして自分が強くなったと思い込んでいたが、実際はそうではなく、何も変わらない自分だったということに気づいて落ち込んでるんだろう」
「流石はアッシュ先生、分析家だね」
茶化しつつ、ハルドはグラスの酒に口をつける。
「セイン君にはそういう態度は取るなよ。ただでさえナーバスになってるんだから」
「そういうのが面倒なんだよ。なんで俺がガキの顔色をうかがわなきゃなんねーの?」
アッシュは肩を竦めるとグラスの酒を飲んでから言う。
「そりゃ、きみがセイン君の師匠だからだろ?」
「師匠じゃねぇよ。ただ、なんとなく教えてやってるだけで、そんな気持ちはないな」
ハルドがそう言うとアッシュは意外といった表情になる。
「てっきり楽しく師弟ごっこをやってるもんだと思っていたんだけどな」
はんっ、とハルドは吐き捨てるように言うと酒を飲み、言う
「そんなんでもねぇよ。面倒なだけだ。後は1人でやってくれってのが本音で最近は全く面倒見てねぇや」
「それは少し可哀想だな。一応年長者として相手をしてやれよ」
アッシュも飲みながら言っていた。ハルドは負けずに飲みながら言う。
「だったら、アッシュ先生にお願いしますよ。俺よりはガキの扱い上手いだろ?」
「あのなぁ、それでも構わないが、きみとセイン君の関係は余計こじれるぞ。セイン君としてはきみに優しい言葉をかけてもらいたいんだよ」
なんで、俺がという顔をハルドがするとアッシュはたしなめた。
「一応、師匠という存在になってしまったんだから、少しは責任を取ってやれ」
「めんどくせ」
我慢しろとアッシュは言って、その後は雑談をしつつ適当に飲んで、適当な時間に2人は寝た。

 
 

結局、翌日になってもハルドはセインに何か言う気にはならなかった。とにかく面倒くさいのだ。
ハルドもセインも未だに王家邸に世話になり、そこに住んでいるが、セインはハルドと顔を合わせるのを避けるように、自分1人だけ食事の時間などをずらすようなマネをしてくる。
ハルドもそういう態度をされると煩わしいので関わりたくなくなってくる。なので今日も関わらない方向性でいくことにした。
ハルドは、今日はMS製造工場の方に顔を出すことにした。製造工場の人々は初夏の暑さにも負けずに今日も元気に働いていた。
とりあえずハルドはレビーかマクバレルを探すことにしたが、探すまでもなく2人はすぐに見つかった。2人はブレイズガンダムの前で作業の指示を出していたのだ。
「うっす」
ハルドが適当に挨拶すると、レビーもマクバレルもハルドを睨んだ。相当にピリピリしていた。
「機嫌悪いなぁ、ブレイズガンダムだってほとんど直ってんのに」
ハルドはブレイズガンダムを見る。外から見た感じでは新品同様にも見える。
「それは外装だけの話しだ」
マクバレルがイライラした声で言う。
「プラモデルじゃないんだからパーツを付けただけで動くわけがないだろうが」
「この後、フレーム接続のチェックと断絶した各部の動力ラインを繋げる作業があるんですけど、ブレイズガンダムは、これが面倒なんですよ」
レビーもイライラした口調で言う。
「我々とて、この機体を完全に理解しているわけではないのでな。作業効率は恐ろしく悪くなるのだ」
天才さんがそう言うなら大変な機体なんだろうとハルドは思った。だからレビーらもイライラしているのかと思ったら、理由はまた別にもあるらしい。
「セイン君が一度も、機体を見に来ないんですけど」
レビーはやはりイラついたように言う。
「自分の愛機が心配とかないのかしら」
なるほどセインの機体に対する愛着の無さが気に喰わないということか。
「それとフレイドの実戦データだがな。貴様の腕が良すぎてマトモなデータにならんぞ」
どうやらイラつきの矛先はこちらにも向いていたようだとハルドは理解した。なので、そのイラつきを抑えるための物をマクバレルに渡すことにした。
「そうなると思って、運用レポート持ってきたから、目を通しておいてくれ私見だから、どこまで参考になるか分からんがな」
そう言って、ハルドはマクバレルにレポートが入ったメモリーを渡す。
「ふむ、案外気の利く男だな。まぁ目を通すのは後になるが、実際フレイドはどうだった?」
「性能は良いよ。けどパワーとサイズを活かせるパイロットの育成が難しいから量産機には向かないな。エース用の少数生産が良いところだと思うが」
ハルドのフレイドの評価を聞いて、レビーもマクバレルも難しい顔になる。
「一応、もう1機の試作機が形になりそうなんで隊長にはそちらのテストもお願いしますね」
気づいたらテストパイロットになってるぞ。とハルドはこの技術屋2人組の強引さに辟易とする思いだった。

 
 

ハルドはMS製造工場から王家邸に帰ろうと思った。午後はのんびりと昼寝か読書をして過ごすのだと、思い帰り道を歩いている途中、偶然セインを見つけた。
セインは1人物思いにふけっているようだったが、ハルドの姿に気づくと目を逸らした。
ハルドはそれが何となく気に食わなかったので相手をしてやることにした。少し痛い目を見せなければ性根は直らないようだとハルドは結論付けたからだ。
ハルドから目を逸らすセインに対し、ハルドは近付き、その首根っこを掴んで、立たせた。
「何をするんですか!?」
セインが生意気にそう言ったので、ハルドは腹にパンチを一発入れて、大人しくさせた。
「ちょっと、話しをしようぜ」
そう言うとハルドはセインの首根っこを掴んだまま引きずって行く。そして、連れていった先は、誰もいない草原である。
「さて、俺に対する文句を聞こうじゃねぇか」
ハルドはセインを草原に座らせ、自分は立ってセインを見下ろしている。
「文句なんかありませんよ……」
セインはぼそりと言った。ハルドはイラッとしてセインの顔面を蹴飛ばした。もちろん手加減してだ。
「そういう態度が気に食わねぇんだよ、はっきりしろ」
セインは蹴飛ばされると、キッとハルドを睨みつけ、ぼそりと言う。
「自分が強いからってこんなことが許されるなんて思うな……」
「聞こえねぇんだよ!」
ハルドは聞こえていたが、気に食わないからもう一度セインの顔を蹴飛ばした。
蹴飛ばされたのは2回目だ、セインの鼻から血が垂れる。それがセインの心に火をつけた。
「……どうしてアンタはそうなんだ。嫌なんだよアンタみたいなのは!」
セインは叫ぶ。
「アンタを見ると自分が惨めになるんだ。強くなったと思ったら、本当は自分は弱くて、強い人間は一杯いて、その中でアンタが一番強くて、弱い自分と比較すると自分が何の価値もない人間のように思えて、辛いんだよ!アンタには分からないだろ!」
叫んだ声がうるさかったので、ハルドはもう一度セインの顔を蹴飛ばした。
「これもそうだ!アンタは強いから、誰にも負けないから好き勝手にふるまう!暴力を振るうのだって平気だ。だってアンタは強いから何を言われようが、されようが、無視して勝手ができる。それはアンタが強いからだ!」
ウンザリだ、面倒くさいとハルドは思った。
「弱い奴が吠えてるのを聞くのは、気分が悪いな」
セインはその言葉にカッとなってハルドに掴みかかろうとしたが、ハルドはセインの顔を思い切り殴った。その衝撃でセインは草原に倒れる。
「手加減なしで殴られるとスゲー痛いだろ?」
セインは怯えた目でハルドを見る。その目が気に食わないとハルドは思った。

 
 

「俺が強いのが問題なんじゃねぇ、お前が弱いのが問題なんだ」
ハルドはセインの鳩尾に蹴りを入れる。痛みによってセインは息が出来なくなり地面の上をのたうち回る。ハルドはセインが、自分の声を聞ける程度に回復するまで待った。
「……すぐに折れる弱い心、多少はマシになったと思ったが、まだ全然なっちゃいねぇ」
倒れたセインを無理矢理立たせ、ハルドはセインを投げ飛ばす。
「自分を律することのできない弱い心。だから反省し、自らを律し、自分を改善することができない」
セインは何とか受け身を取って投げのダメージを最小限にした。
「だから、同じ相手に同じようにやられる。褐色と赤いザイランの2機相手にだ」
セインは倒れながら、敗北を思い返すが、アレは相手が強かったからで……
「自分に非が無いと言い訳する弱い心」
ハルドは倒れているセインを蹴飛ばす。
「いま、言い訳を考えたろ?相手が強いからとかなんとか、だいたい想像がつくぜ」
ハルドは座ってセインを見ている。その表情は明らかにセインを馬鹿にしたものだった
「くそ、ちくしょう、ちくしょう……」
セインは必死の思いで立ち上がるするとハルドも立ち上がる。
「弱いのは心だけじゃなく頭もだな」
セインがハルドに殴りかかるが、ハルドは軽く躱しながら、セインの顔にジャブを何発か当てる。
「考え無しの猪突猛進。その場だけの考えで動く理性の弱さ」
セインの顔面の皮膚がパンチで切れて血が流れ出す。
「情勢の読めない察しの悪さ。本音と建て前も分からず、お世辞かどうかを考える頭もない」
セインの遅いパンチを躱し、ハルドはセインにボディブローを決める。
「だから、どんどん取り巻く状況が悪くなる。戦いだって頭の使いようだっていう理解が無いから弱い」
腹に決まった衝撃にセインはうずくまる。それをセインは冷たい目で見降ろしていた。
「相手が強いことに文句を垂れる前に自分が強くなれよ、カス」
ハルドはセインの髪を掴み。顔を上げさせる。
「戦うと決めたら覚悟を決めろよ、泣き言は言うな、甘えんな、自分が弱い?自分がちっぽけ?惨め?
そんなの俺の知ったことじゃねぇ、全部お前の頭が悪くて弱いのが、悪いんじゃねぇか、それを俺がどうしたのこうしたの、グダグダ言いやがって、気持ち悪いんだよ!」
ハルドは顔を上げ、上を見上げさせられている状態のセインの顔面に拳を打ち降ろした。
グチャリという音がしてセインの鼻が折れる。
「グダグダ言う前に強くなる努力をしろ。自分が弱いと思ったら強くなる努力をしてからグダグダとなんか言え、何もしてねぇでふてくされて意味なく時間を浪費するなら、その時間で強くなれるように頭を使え!」
ハルドが手を離すとセインは崩れ落ちて地面に倒れ伏す。だが、セインはまだ立ち上がろうとしていた。

 
 

「僕の……気持ちを……分かろうとも……しない癖に……」
そうセインが言った直後、ハルドはセインの腹を勢いよく蹴り飛ばした。
「分かるかボケェ!分かってほしかったら、口で言えガキィ!誰もが何もかも察して自分の思い通りに動いてくれると思うんじゃねぇ!てめぇの方が周りに甘えてんじゃねぇか!俺がお前の思い通りに動くか、馬鹿が!」
セインは蹴りの衝撃に、げほげほと咳き込む。
「優しくしてほしかったら、優しくしてくださいって言えば俺だって優しくしてやるし。
アイツは僕の仇なんで殺してくださいって、直接俺にお願いしたら、殺してやったかもしんねぇっつうの。それをてめぇは母の仇だか何だかで、何にも説明しねぇで、それで俺にどうしろってんだ馬鹿野郎!
そもそも気持ちを察してくださいって常日頃から言ってたら、俺だってお前に気を使ってやるっつうの!理解する努力はしてやってもよかったってのによ!」
もうハルドの方も訳が分からなくなってきていた。ハルド自身もこんなに興奮することは久しぶりだからだ。ハルドはセインの胸元を掴み、無理やり立たせるとセインの額に頭突きをする。セインの額が切れて血が噴き出す。
「ガキが格好つけていい気になりやがって、自分は頭が悪くて弱いので助けてくださいとでも言えば、何とかしてやるっつうの。自分一人で何かがどうにかできるほど、てめぇはたいした人間じゃねぇってことを知れ、カス!」
フラフラと立つセインにハルドはもう一発パンチを叩き込む。
「なにが自分はちっぽけだ!惨めだ!小さい存在だぁ!?てめぇみてぇな弱いガキはみんなそうだっつうの、格好つけて自己嫌悪に浸ってんじゃねぇ!
そんな暇があんだったら強くなる努力をしろ!自分のケツを自分で拭けるようになってからだっつうーの、自分の弱さを省みるのはなぁっ!それまで、てめぇは黙ってろ、馬鹿野郎がっ!」
最後に思い切りハルドはセインの顔面にパンチを叩き込んだ。そして気づく、マズいと。
ハルドが冷静になった時には血まみれのセインが草原に横たわっていた。

 

「……うん、まぁあれだ僕が最初に何か言っておけばよかったな……」
アッシュとハルドは夜中、酒を酌み交わしていた。セインは見た目よりは重症ではなかったが念のため検査入院となった。
「……別に気にしちゃいねぇし……」
そうは言っていても、流石にハルドはやりすぎた気がした。アッシュはそんなハルドを見ながらビールを飲む。
「まぁきみが言いたいことは全部言ったし、彼にも伝わったと思うよ」
アッシュはハルドに気を使い、そう言った。
「アッシュ先生は優しいなぁ」
ハルドは茶化しながら言うが、それほど元気な様子もない。
「本当のこと言うとムカついたから殴った部分も大きい」
ハルドはビールを飲みながら言う。
「ぶっちゃけ、俺はそんなにセインが好きじゃない。今日で理解した。ああいうグチグチした奴は嫌いだ」
そうハッキリと言われるとアッシュも困る。
「まぁ、それでもきみは努力したんじゃないか、セイン君は立ち直ったと思うぞ」
実際、セインは病院に搬送される最中、うわ言のように「強くなる」とずっと呟いていた。
「だと良いけどさ、間違いなく俺は人にものを教えるのに向いてないと分かった」
なにせパンチを使わなきゃ物を教えられないのだからとハルドは思う。
「……きみはセイン君をガキだと言ったみたいだが、僕たちもまだ若いんだ。色々と協力していこう」
「さすがアッシュ先生、うまくまとめるね」
そう言って、ハルドはビールを飲み干した。

 
 

数日が経って、セインは病院から退院した。退院するなりセインはすぐにハルドの元に向かった。
そしてハルドを目の前にして言うのだった。
「僕は自分が言ったことを悪いとは思っていません。僕はあなたを見ると自分が弱い存在だと感じるところも変わっていません。
ですがそれを考えるのと同時に、あなたに近づけるように強くなりたいとも思います。だから、僕を強くしてください。そして僕の復讐を手伝ってください」
セインは頭を下げてハルドに言った。ハルドとしては面倒だったが言った以上、仕方がない。
「俺はめんどくさがりなんで全部それなりでもいいなら、俺の出来る範囲で手伝ってやる。お前が自分で自分のケツを拭けるくらいにはしてやるよ。時間がかかるかもしれんがな」
そう言うと、セインとハルドは互いに僅かに微笑むのだった。
「男はよくわかりません」
その場を目撃したミシィは不思議そうに2人を見て、そう言った。
「まぁ、セイン君は殴られすぎてちょっとおかしくなってる部分はあるし、ハルドは元々おかしいから、ようやく釣り合いの取れた師弟関係になれたんじゃないかな?」
アッシュは悪意なくひどいことを言いつつ、ミシィに理解を求めた。そして多分これからもハルドとセインは揉めるだろうという予感をアッシュは抱き、これからも毎回この程度で済むことを天に祈るのだった。

 
 

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