GUNDAM EXSEED_EB_10

Last-modified: 2016-01-12 (火) 20:24:55

どうすっかなぁ……、リヒトは珍しく本当に困っていた。流石に300mを超える敵との戦いは想定していなかったからだ。とりあえず、パイロットの位置は変わっていないので、パイロットを殺すことを重要視して行動することにした。
まずは接近、脚にしがみついて、そのまま、よじ登って、ビームサーベルで装甲を削って、パイロットのいるコックピットまで刃を届かせる。
距離はすでに、一挙手一投足の間合いだ。一瞬で敵機の脚にしがみつける。そう思った瞬間、人型になったモビルギガントは、足裏のスラスターと背中のスラスターを噴射させつつ、軽やかに跳躍して、リヒトの機体から間合いを離す。
「ははは」
リヒトは笑うしかなかった。すっげぇ軽い身のこなし。と、モビルギガントの動きを見て変な笑いが漏れ。どうにもならんなコレ、と思うしかなかった。
300m超えの機体が軽やかにバックステップを決めたのだ。常識では考えられないし、非現実的な光景過ぎた。急に現れた背中のスラスターは恐らく、大型砲で塞がっていたのが、変形で使用可能になったのだろうが、まぁそれはどうでも良いとリヒトは思う。
問題なのは、巨体の癖に動きが速すぎることだ。距離を詰めように一瞬で間合いが離される。巨体のせいで、一つの動きが極端に大きいためだ。リヒトの乗っている機体の二十倍はあるかもしれないサイズなのだ。ちょっとやそっと速く動いたところで、距離は詰められない。
かといって、射撃は重力制御を応用したバリアのようなもので逸らされてしまい、完全に無効化される。
「この機体じゃ無理だよなぁ」
ジェネシスガンダムを使えればいいのだが、自分が乗っていると悟られるような行動は避けたい上、あまり戦場で大っぴらに使って良いわけでもないのだ。使っていいのは機関の任務くらいで、PMCの仕事で使うのは、ご法度ということになっている。
というわけで、プロメテウスPMCの量産MSであるベイオットに乗っているリヒトだったが、どう考えても、この機体でモビルギガントの相手は無理な気がしてきていた。
四足歩行の状態だったら、それほど速い機体でもないのでいくらでも仕留めようはあるように思えたが、今の状態と先ほどのバックステップを見ると、速度でどうにもならないため、倒しようがない気がしていた。
そんな風に、無理かなぁ……と、リヒトが考えているとモビルギガントは前方に発射方向を集中させた四門の大型砲を発射する。実体弾の巨大な榴弾だ。それが四発凄まじい速度で、リヒトの機体の周囲に着弾し、大爆発を起こす。
「ひゃー」
リヒトはふざけた声をあげながらも、リヒトの機体は爆発を無傷で切り抜ける。かなりアバウトに狙ってきていると思ったが、まぁ、この火力だったら、そんなに細かく狙う必要はないなとリヒトは考えた。
とりあえず、接近はきついよな、と思いながら、再び発射される大型榴弾の有効範囲から逃れつつ、リヒトはとりあえず思いついたことがあったので、機体に装備されている迫撃砲を撃ってみることにした。
迫撃砲の発射角度をかなり大きく、自機のほぼ真上に打ち上げるようにリヒトは迫撃砲を発射する。たぶん計算は合ってると思うんだが、とすぐに機体を動かしつつ考えながら。
リヒトの機体が何かしたのを全く関知せず、モビルギガントは、再び大型砲を発射しようとする。その瞬間であった。リヒトの機体の発射した迫撃砲弾がモビルギガントに対して垂直に落下し、右肩の大型砲に直撃する。
しかし、モビルギガントは無傷のようであり、攻撃を受けたのも関係なく大型砲を発射するのだった。

 
 

「とりあえず、垂直に落下するのは当たるって感じかな?」
リヒトは榴弾を回避しながら、迫撃砲をもう一度発射する。たぶん重力制御の都合で垂直の攻撃に関しては、バリアのようなもので逸らせないのではと見当づけて攻撃してみたわけだが、さてどうなるかと、リヒトは二発目の行方を見守る。
すると、今度は左肩の大型砲にリヒトの機体の発射した迫撃砲弾が着弾した。
「予測は当たったけど、あんまり意味ねぇな」
機体のサイズ差がありすぎてどうにもならないとリヒトは思った。ノーダメージってわけじゃないだろうが、現状、相手を垂直方向から攻撃できる武装は迫撃砲しかない。
仕留めるのにマトモに攻撃していたら、先にこっちが息切れするか。リヒトはそう予想すると、別の攻撃の手段を考える。
とはいえ、他に攻撃手段がないんだよなぁ……、とリヒトはそうそうに諦めた。
なんていうか、武器強化とレベルアップがあるアクションで準備不足で、ボス戦に入った結果、ボスの動きとか完全回避できるけど攻撃してもゲージをミリ単位でしか減らせない時と同じような不毛な気分だなぁ……。と余計なことを考える余裕はあった。
「とりあえず、飛んでみるか」
地面を動き回っていても、攻略法は思いつかないので、リヒトはとりあえず機体を跳躍させてみた。理想としては、モビルギガントの真上ぐらいまで、飛べればいいのだが、陸戦用のカスタムがされた機体に300mを超える上昇能力があるのか疑問だった。
そして、実際に無理だった。100mを超えた段階で、スラスターの出力が限界に近づく。
そんな中、モビルギガントが、両腕にびっしりと装備されたビーム砲を、上昇中のリヒトの機体目がけて斉射し、さらに、四足歩行時には隠れて見えなかった、胸部の大型機関砲も同時に連射し始める。
「あ、これ無理だな」
リヒトは、そんな言葉を口に出しつつも、スラスターの出力を落としながら、空中で陸戦用の機体を自在に操り、モビルギガントの攻撃を全て回避する。
空を飛んでいくのは結構きついか?まぁ、一回試しただけなので、何とも言えないとリヒトが思っていると、モビルギガントは両の掌をリヒトの機体に向けていた。
おっと!リヒトは、気をつけなきゃなと思いながら、機体を操り、モビルギガントの両の掌の砲口から同時に発射された陽電子砲を何事もなく避けつつ、前進しながら、リヒトは再び機体を跳躍させる。
今度はモビルギガントも即座に胸部の機関砲を撃ち始め、次いで両脚にびっしりと装備されているビーム砲を上方へ向け、斉射する。
リヒトは腕のビーム砲が発射されないことを一瞬、不思議に思ったがすぐに見当をつける。陽電子砲を撃ったせいで、エネルギー供給が間に合わないのだと、考えたのだった。
そんなことを考えている間にも、ビーム砲と機関砲弾はリヒトの機体に迫っていたが、リヒトは機体を上昇させながら、それらの攻撃を容易く躱す。操縦の技量的な面で見れば、リヒトはモビルギガントの操縦者たちより圧倒的に上であった。

 
 

リヒトが負けているのは機体ぐらいであったが、それも結果的にはリヒトにとって、ちょうど良いハンデだったかもしれない。
やっぱ、落ちるな。リヒトはスラスターが噴射限界に達しているのを感じると、スラスターの出力を弱める、緩やかに降下させようとする。その時だった。目の前に急に巨大な拳が迫ってきたのは。
リヒトは咄嗟の判断でスラスターを損傷させるかもしれない危険を感じながら、スラスターを最大出力で噴射し、巨大な拳を躱した。巨大な拳はもちろん、モビルギガントのものである。
まさか、殴ってくるとは思わなかったリヒトは、少し驚いた、すぐにもっと驚くはめになった。なぜなら拳を躱しゆっくりと降下する、リヒトの機体目がけてモビルギガントは蹴りを放ってきたのだから。
300mを超える機体とは思えない身軽さで放たれた蹴りと、片脚で機体を支えるバランス性能というか、“ギフト”の能力にリヒトは驚愕したが、すぐに、チャンスだと思った。
リヒトは降下中の機体のスラスターを僅かに噴射させ、蹴りを放ったモビルギガントの脚に自機を着地させ、即座にジャンプさせると、リヒトの機体はモビルギガント右肩部分に飛びつき、しがみついた。
「馬鹿だな、キミ達」
無理せず、後ろに下がれば良かったろうに、こちらが、ふわふわと降下していたからチャンスだと思ったのか、それにしてもビーム砲を使えばいいのに、パンチにキックとは頭が悪い戦い方だとしか、リヒトは思えなかった。
しかし、リヒトはすぐに考え直してみる、もしかしたらパワーダウン中なのかもしれないな。と、重力制御の“ギフト”は常に発動させていなければいけないから、常にエネルギー消費はある。
その上で大量にビームを撃ち、陽電子砲まで撃てば、パワーダウン状態になるのも仕方ないのかもしれないが、結局の所、後ろに下がらず深追いして、隙を作ったというミスを犯しているので、頭が悪いというリヒトの結論に変化はなかった。
「まぁ取り敢えず、こうやって密着させてもらったので色々とさせてもらいましょうか」
リヒトは、そう言うと、機体にビームサーベルを抜かせ、肩の装甲に突き立てる。位置的には、パイロットの一人が乗っている真ん前にしがみついて、ビームサーベルを突き立てているわけだが、中々にパイロットにまで届かない。
それどころか途中でビームサーベルの刃の長さの限界に達してしまった。ホントにめんどくせぇな!リヒトは苛立ちつつ、ビームサーベルをしまうと、ビームライフルの銃口をビームサーベルで開けた穴に突っ込み、ビームライフルを連射する。
「ホントに作った奴はアホだな!」
装甲が厚すぎる。ビームライフルを何発撃っても、パイロットがいるコックピットまで届かない、リヒトは左目をつぶって右肩の部分に乗っているパイロットの位置を確認しているが、まだまだ装甲を貫くには時間がかかりそうだった。

 
 

モビルギガントの方もそんな風に右肩にしがみついているリヒトの機体をノンビリと眺めているわけはなく、モビルギガントの左手が右肩にしがみつくリヒトの機体に襲い掛かる。
それに対し、リヒトの機体は即座に右肩から離れると、真下に落ち、右脚の付け根部分にしがみつく。そして、リヒトはバックパックの迫撃砲の角度を調整し、右肩に当たるようにし、発射する。それも一発ではなく、残っている迫撃砲弾全てを使いきって。
迫撃砲弾はリヒトの機体から打ち上げられると、そのままモビルギガントの右肩に直撃し爆発する。そしてそれは、十回ほど連続で続いた。
最初の着弾の段階でモビルギガントの右肩は爆発と煙で隠れ、見えなくなったが、全ての迫撃砲弾の直撃が終了し、爆発と煙がなくなり、再びモビルギガントの右肩が見えるようになると、その右肩は、まだ存在しており。パイロットも無事であった。
だが、リヒトの狙いは最初から、迫撃砲を使っての破壊ではなかった。右肩が残っているといっても、モビルギガントの右肩は明らかな損傷を受けている。それはリヒトの機体がビームサーベルとビームライフルで付けた穴を中心に広がっていた。
「そんだけ、穴がデカけりゃ、これも入んだろ」
リヒトの機体は、バックパックにマウントされている高威力のロングレンジビームライフルを手に取ると、モビルギガントの右脚の付け根から、飛び退く。
そして、スラスターを噴射させ、モビルギガントの右肩に飛びかかると、ロングレンジビームライフルをモビルギガントの右肩に開いた穴に突っ込み、連射する。
普通にしていたら絶対に入らないが、迫撃砲で無理矢理に損傷箇所を広げ、突っ込めるようにしたのだ。
「いい加減、鬱陶しい」
リヒトが怒鳴ると同時に、ロングレンジビームライフルから発射されたビームは、ようやくコックピットに達したが、それは最後の装甲一枚を溶かしたまで、リヒトはトドメのつもりで引き金を引き、右肩に乗るパイロットをビームで消し炭にした。
その瞬間、リヒトの機体もパワーが落ちてきていた。少し待てば回復するが、どうしたものかとリヒトは思う。現状、右肩に張り付いている状態だが、この状態でパワーが戻るのを待つのはそれなりに危険だ。
何故なら、左手が襲ってくるし、右腕の動きが死んだわけでもないからだ。リヒトは機体を躊躇わず、後退させた。
モビルギガントは後退するリヒトの機体目がけて、両腕のビーム砲を斉射するが、リヒトは出力が落ちた機体でも、問題なく回避し距離をとって、パワーが戻るのを待つ。
少しは楽になったが、これを後五つかと思うと、リヒトはウンザリとした気分になったのだった。

 
 

最初から分かっていたことだが、それでもかなりきついものがあるとリヒトは思う。結局の所、モビルギガントに乗っているパイロット六人全員を殺さない限り、モビルギガントは止まらないのだ。
六人乗っている意味は機体の操縦の負担を軽減するためだ。実際の所は一人で操縦できる機体だとリヒトは見当をつけていた。
パイロットを人工EXSEEDで統一して、パイロット同士の精神を完全に同調させて、乱れの生じない機体操作を行わせているとか、そんなところだろうとリヒトは予想していた。
おそらく頭部のパイロットが上半身のまとめ役で、下半身の真ん中のパイロットが下半身のまとめ役で、色々とバランスを取っているのだろうとリヒトは考えていた。そのリヒトの考えは当たっており、実際にその通りである。
そういう理由で、リヒトは目の前の巨大な機体を潰すには、先ほどのような手間を、あと五回繰り返さないといけなかった。リヒトは本当にウンザリした気分だったが、まぁやってやるかと、敵を見据えた時である。
モビルギガントは、軽やかにバックステップをすると、リヒトの機体に背を向け、綺麗なフォームで走り出し、どんどんとリヒトの機体から遠ざかっていく。
まぁ、そうか。試作機だから無理はしないのね。リヒトは納得すると追う気もなくなったので見送ることにした。
とりあえず、機関の方に報告だけ上げておけばいいとリヒトは思った。そうすれば誰か別のエージェントが破壊しに行くかもしれないし、自分がジェネシスガンダムに乗って破壊しに行くことになるかもしれない。
とにかく、リヒトはこの機体では、もうあのモビルギガントとは関わりたくないし、そもそも追いつけないから無理だ。300m超えている巨人が普通に全力疾走しているのだ。
18mあるかないかの、この機体がどんなに急いでも歩幅が違いすぎて追いつけない。ということで、敵を見送って終了。
「カッコよく言えば、敵が撤退したので戦闘終了ということで」
リヒトはコックピットの中で独り言をつぶやき、戦闘終了ということなので帰る準備を始めるのだった。

 

リヒトは気づくと荒野にいた。
確か、自分は戦闘を終え、プロメテウスPMCの基地に帰って、そこから兵器開発施設に戻る輸送機に乗っていたはずだが、どうやらその途中で寝てしまったようだ。リヒトは別に自分が荒野にいることに関して驚きはなかった。なにせ自分が作った場所なのだから。
「よう“僕”」
リヒトは声をかけられ、声の方を振り向くと、そこには死体の山が築かれ、その頂点に自分と同じ姿をした“俺”が座っていた。
「ずいぶんと穢れたな」
“俺”は満足そうに言う。言われてリヒトは自分の服と手が真っ赤な血に染まっていることに気が付いた。
だが、不快感はなく、血に濡れた手は石鹸をつけて念入り洗った後のようにさっぱりと爽やかな感覚であり、血に汚れた服も洗濯したての上等な衣服のように感じ、心地が良かった。
「充分かな?」
“僕”は“俺”に尋ねるが、俺の方は困った表情を浮かべる。
「俺に聞かれてもなぁ。俺が出来るのは、“僕”が心の奥底で思っていること明確化することと、“僕”が生きていく上で、半分にしなきゃいけなかったものを“僕”に返すことだけだからなぁ。外の人間について“僕”が予測とかしていないことはアドバイス出来ないぞ」
そういやそうだったなぁ。と、“僕”は“俺”に質問する。
「そもそもなんで僕はユウキ・クラインのカーボン野郎にこんなに執着してんだろう?負けて悔しいからか?」
「まぁ、それもあるな。俺達は昔からやられたらやり返さないと我慢できない性分だったからなぁ。だけど、なんていうか根っ子の部分でアイツ気に食わないんだよな、俺は顔がムカつく、声がムカつく、性格がムカつく、存在がムカつくんだよ、分かる?」
「分かるなぁ。なんかアイツ嫌いなんだよな、僕。理由はないけど嫌いってのが理由。なんていうか我慢できないだよな、アイツが生きてんの、だから、ぶっ殺したい」
死体の山の上に座る“俺”は拍手をしながら言う。
「ほら、答えが出た。俺達の場合、戦う理由はそれで充分ということで」
「異議はないな」
“僕”がそう言った瞬間、世界が歪み、リヒトは目を覚ましたのだった。

 
 

C.E.2XX――そういえば、ユウキ・クラインのことは本当に嫌いだったな。とエルヴィオはリヒトのことを思いだしていた。
まぁ、夢の話しはなんとも信じがたいことだが、リヒトはだいたいの事柄を夢の中で処理していたという。人間、誰かに相談する時には既に心の内では答えが決まっているのだというのがリヒトの持論であった。
まぁ、そんなものかもしれないとエルヴィオは思わないでもなかったが、リヒトは誰かに相談するのが手間だから自分の中で処理をつけるために夢の中で本心を語ってくれる存在である“俺”を作ったという。
それは、すぐに嘘だと分かった。だが、リヒトが言う“俺”は確かに存在していた。だが、リヒトが二重人格というわけではなく、心の内を語ってくれる存在として作られたわけでもない。ただ、リヒトが生命を維持していくうえで必要だっただけだ。
リヒトは、それを明確に分ける必要があり、便宜上“俺”と呼んでいただけのことであった。これはリヒトの一人称が俺に変わってからも続いていた。その際は“僕”に変わっていたが。
話し最初に戻そう。リヒトはとにもかくにもユウキ・クラインを嫌っていた。生理的に受け付けないというレベルでの嫌いっぷりだった。エルヴィオもユウキ・クラインのオリジナルに加え、そのカーボンヒューマン何人かと言葉を交わす機会に恵まれた。
その際にエルヴィオが抱いた印象は、教科書に書いてある人物像とは全く違ったものだった。良く語られる、ユウキ・クラインの三つの性質。凶暴性、強い野心、独善的な性格。それも、エルヴィオは実物を見た際に違った印象を抱いた。
凶暴性は前へと進んでいく確固とした意志、強い野心は理想と言い換えられ、独善的だったというのは、彼の持つ不思議なカリスマと正しさから生じる周囲の人々の絶対の忠誠。そのようにエルヴィオは感じた。
本人曰く、教科書にはなるべく悪く書けと言ったらしいが、エルヴィオには正直なところ、ユウキ・クラインという人間が分からなかった。
たぶん、ユウキ・クラインを理解していたのは、彼に死を与えた、リヒトだけだろう。どんなに嫌っていても、リヒトが間違いなくユウキ・クラインのオリジナルを最も理解していたはずだと、エルヴィオは思う。
こんなことを言えば、リヒトは嫌がるだろうとエルヴィオは思ったが、実際そうなのだから仕方がない。
そんなことを考えていると、いつの間にか家の中が静かになっていることにエルヴィオは気づいた。いつから、静かだったのか、ハッキリとは思い出せない。別に執筆作業に集中していたというわけではないというのに、こんなことにも鈍くなるとは。
本当に歳は取りたくないと思い、エルヴィオは居間の方へ確認しにいくと、居間には誰もいなかった。いつの間に消えたのやら、そんな風にエルヴィオが思っていると、不意にドアのチャイムが鳴った。
まったく忙しいことだと思いながら、エルヴィオは玄関へと向かい、家の入り口のドアを開けると、そこには二人の男が立っていた。
なるほど、この家にいた奴らが消えた理由が分かったぞ、とエルヴィオは見知った二人の男を家へと招き入れた。

 
 

一人は2m近い体躯を持ち、金に輝く髪を獅子のごとく逆立てた偉丈夫、そしてもう一人は背こそ僅かにもう一人の男より低いが、間違いなく長身と言って良い体躯を持ち、銀に輝く長髪を後ろで一つにまとめた美男子だった。
金の髪の男はアベル・グレン。銀の髪の男はカイン・グレン。現在のグレン家の筆頭のふたりであった。
「我が家の者がいつものごとく、迷惑をかけているようで」
アベルは居間へ案内され、ソファーに座るなり、頭を下げた。なんともまぁ、変な光景だとエルヴィオは思った、不倒の金獅子と呼ばれたアベル・グレンが只の爺に頭を下げ艇というのはどうにも、尻がむず痒くなる。
子どもの時分から、このアベルは全くリヒトに似ず、礼儀正しく謹厳実直だったなと、何となく思い出す。
対して、カインの方は何をヘラヘラと笑っており、何を考えているのか分からない。銀狼と呼ばれるこの男は、アベルの双子の弟なのだが、見た目に関しては、二十歳は違うようにも見えた。
アベルの歳は四十代半ばだったとはずとエルヴィオは思い出す。アベルの顔は年相応に見えるが、とにかく逞しく男前であるのに対し、カインの方は二十代にも見える美青年だ。性格も顔もリヒトの息子達の中では、かなりリヒトに近い。老けない点も似ている。
「家のモンが迷惑かけてないかと見に来たけれど、逃げてしまったみたいだね。兄貴が気配を隠さなすぎるから、ルーオ辺りが気づいたんじゃないかな」
カインはヘラヘラとした態度を崩さず、アベルをからかうように言うが、アベルの表情は動かなかった。こういう兄弟だったなとエルヴィオは思い出しながら一応、言っておく。
「別に迷惑をかけられたということはないがの」
エルヴィオは心の中で、お前らの親父にかけられた迷惑に比べれば、何ほどのこともないと言いたかったが、まぁやめておいた。
リヒトにかけられた迷惑については、これから嫌でも書かねばならないのだから、一つ一つ思い出してもしょうがない。
「ところで、おじさん、何か書き始めたんだって?」
カインの方が興味深そうにエルヴィオに尋ねる。さては、それを見に来たかとエルヴィオはカインがわざわざやって来た理由を理解した。
カインもどちらかといえば、外へと出たがらない気性の持ち主だ。とはいえ、リヒトを父親に持つ、グレン家の年長組の子どもらに比べればマシだが。

 
 

リヒトの実子の方で最初に生まれたのをエルヴィオは年長組とくくっていた。その年長組はどうにも、癖の強いのが多かった。リヒトの最初の子で長女のリーザ・グレンは政治、戦争など、社会全般に興味がなく、芸術の道に進み成功を収めた。
リヒトの三番目の子で長男のグリム・グレンは武術を極めると言って、十代で家を出ると、その後は音信不通で、つい数年前に消息が分かったが、今は仙人のような暮らしをしており、俗世を捨て、山奥で悟りの境地に達するべく、修行をしているという。
とまぁ、マトモではないと言うと可哀想だが普通ではないのが年長組で、その下のアベルからの年代から下の子は、年中組となるが、この年代は割とマトモであった。
その中でも、アベルというリヒトから生まれたとは思えないほどマトモな子がグレン家の当主となった結果、多少なりともグレン家の奇行は収まったわけだ。
「おじさん、何か失礼なこと考えてない?」
カインはエルヴィオの思考を遮るように声をかける。エルヴィオは、また余計なことを考えていたと、少し反省しつつも、立ち上がり、今まで書き溜めた原稿をカインとアベルに渡す。
「なんだ、親父の話しか。こんなん、いくらでも出回ってるぜ、おじさん。つーか、親父の話しなんか読みたくねぇよ」
「しかし、実際の父上を知っていて、書いているのはエルヴィオ殿ぐらいだから、書き残す意義はあるだろう。まぁ私もあまり読みたくないが」
アベルとカイン、二人は何ともいえない表情で、そう言った。別にリヒトのことが嫌いではないとエルヴィオは分かっているが、まぁ身内の過去話など読みたくはないというのも自然な感情だろう。
それも相当にヤンチャをしていた頃の父親のことなど知りたくないだろうとエルヴィオは思ったが、書いてしまった以上、仕方ない。
まぁ散々、お前らの親父に迷惑をかけられたことに対するささやかな復讐だと思って許してくれてとエルヴィオは口に出さず思うのだった。
それから数十分、アベルとカインはとりあえず原稿に目を通し、大きなため息をつくと、エルヴィオに長居をしたことに関して謝ると、若干肩を落としながら帰っていった。
うーむ、そんなにショックな内容だったろうか?エルヴィオはアベルとカインの落ち込み具合を見て、自分の書いた物に自信がなくなったが、まぁ事実を書いているのだし、息子の身では色々と思うところもあるのだろうと、エルヴィオは思った。
そして、二人が読んだ原稿をまとめると、再び執筆の作業に戻ることにしたのだった。

 
 

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