KtKs◆SEED―BIZARRE_第12話

Last-modified: 2008-06-28 (土) 00:04:38

 『PHASE 12:ファントムブラッド』





 SPW隊がチョコラータに勝利し、オーブが破滅の危機から救われた後……オーブの別の場所、アスハ家の別邸で動きがあった。

 連合軍艦隊の攻撃も、グリーン・ディの侵蝕も、影響のなかったその場所で、今、戦いが繰り広げられていた。



「コーディネイターの特殊部隊か……一体どういった連中だ……?」

 バルトフェルドは身を潜め、銃撃をやり過ごしながら言う。

 おそらくラクスを狙ってきた連中であるとは思うが、隠遁しているラクスを狙うメリットがわからない。

 ナチュラルのコーディネイター絶滅主義の過激派ならまだわかるが、コーディネイターとあっては更に不可解だ。

「まあ、襲ってくる以上は迎え撃つまでだがね」

 彼の左手には大口径の拳銃があった。威力が大きすぎて生身の腕では扱いの難しい銃だが、左腕が義手である彼ならば、自在といわないまでも、使いこなすことができた。


「スピードワゴンが呼べればいいんだが……」

 ナチュラルであるが、コーディネイターに含むところのまったくない、便利屋の友人の顔を思い起こす。

 モルゲンレーテの仕事で、『荒事』をする時は組むことも多く、助け合ったものだ。

 彼と彼の相棒の協力があれば、この程度は危機の内にも入らないだろうが、呼んでいる暇も、到着を待つ余裕もない。

「ま、ここは大人として気張らなくちゃな!」

 スピードワゴンと付き合ううちに、彼に負けてはいられないという気になってくる。最近まで、バルトフェルドはキラ達に遠慮するようなところがあった。

 腫れ物に触るような、というものか。

 だがスピードワゴンがキラ達に自然に接するのを見ているうちに、それを改めたいと思うようになった。

 どんな過去があろうと、キラもラクスもまだ子供だ。子供は大人が護り、育てなければならない。

 子育ての経験などないバルトフェルドには、勝手がわからないけれども、そのように在る努力はしていこうと、自らに誓ったのだった。







 一方、アスハ別邸を襲撃した特殊部隊は、予想外の抵抗に遭い、攻めあぐねていた。

「くそ……思いのほか手強い……」

「うまくいかないようだな」

 思わず愚痴るヨップ・フォン・アラファスの耳に、冷静な声が響く。嘲りも怒りも含まれぬ冷たい声であったが、ヨップにはどうしても当てこすりに聞こえた。

「それでは貴様はどうにかできるというのか? 相手は『砂漠の虎』だぞ」

 かつて、ザフトでその名を知らぬ者のいない英雄であった男。トップクラスのコーディネイター。その英雄は、ヨップにとって許しがたい逆賊として牙を剥いていた。

 ナチュラルとの和平などを望む、愚劣なラクス・クラインの手駒として。

「虎だろうと狐だろうと、何とかしろと言われれば、何とかするとしよう」

 ヨップの脅しを意にも介さず、男は淡々と言い放った。

(な……ナチュラルふぜいが!!)

 自分たちコーディネイターの特殊部隊が束になっても倒せぬ相手を、あっさりと何とかすると言われ、ヨップは馬鹿にされたような気分になる。

 目の前にいる男は傭兵だと紹介されていた。

 ヨップたちが雇ったわけではなく、ヨップたちにラクスの居場所を教えた『ある人物』が、余計な気を回してヨップたちの部隊の助っ人として連れてきたのである。

『ある人物』はヨップたちの協力者であるが、詳しいことはわからない。ただその人物もラクスを邪魔に思っているらしく、利害が一致した結果、協力し合っているわけだ。


「いいだろう……では何とかしてもらおうか!!」

 ヨップの言葉に、男は頷いて、戦場へと足を踏み入れていった。その後姿を見送った後、ヨップは部隊に命令を下す。



「奴が戦っている間に我々は撤退し、屋敷の外から攻撃を加える。奴もラクス・クラインもバルトフェルドも、まとめて焼き尽くしてやれ」



 ヨップは、もうすぐ忌々しい者たちがまとめて吹き飛ぶことを思い、気分を晴れやかにする。

 しかし直後、外に出たら、外で待機している『もう一人の』ナチュラルの傭兵と顔を合わせなければならないことを思い出し、渋面をつくった。







「攻撃は収まってきたようだな……」

 バルトフェルドは一息ついた。そして首をひねり、背後の護衛対象を確認する。

「全員無事か?」

「はい、子供たちにも怪我はありませんわ」

 ラクスが応える。そこにいるのはキラ、ラクス、マリュー、キラの母であるカリダ、マルキオ導師、孤児たち、そして色とりどりのハロの群れ。

 軍人であったマリュー以外は戦闘力として期待はできない。今のうちにシェルターへ逃がさなくては。



 カツッ



 音がした。自然の物音でも、キラ達が出したものでもない。

 バルトフェルドが音の方向へ体を向けたとき、その横を黒い影が通り過ぎた。通り過ぎ様にナイフが突き出されたが、とっさに義手で防御し、事なきを得る。

(隙を突かれたか!)

 バルトフェルドは、攻撃が収まったことで油断した己を後悔した。

 黒い影は、さっきまで攻撃してきた者達と、どこか違うようだった。格好は彼らと同じであったが、動きが軍人のものとは違う。

 戦いの技術を身に付けた軍人ではなく、ただひたすらに人を殺す術を磨いた、暗殺者の身のこなしであった。



 暗殺者は鈍く輝くナイフを振りかざし、キラへと襲い掛かった。

「させんッ!!」

 横合いから、バルトフェルドが弾丸を放つ。暗殺者はとっさに体をひねったお陰で、右の二の腕をかすめただけのようだった。

 だが大口径の銃弾はそれだけで強烈な衝撃を暗殺者に叩き込んだ。負傷した暗殺者は形勢不利と見たか、あっさりと退いていった。

(………?)

 その退き方に、バルトフェルドは違和感を覚えた。チラリと見えたその口元には、退却する者とは思えない、凶暴な笑みが刻まれていたように見えたのだ。

 気にはなったが、追っている余裕はない。

「急げ!!」

 バルトフェルドはキラ達を促す。戦士としての直感が、彼に訴えるのだ。途方もない危険を。

 だが……遅かった。







 だが突如、ラクスの背後をついて来る、青色のハロが奇妙な震えを見せた。

「ハロハロ…!?……ミトメタクナイ……ッ……ビビッ……ハハハファハハグエッブババババ……」

 ガクガクと振動し、壊れたラジオよりも耳に障る騒音が吹き出る。まるで病気のようだ。

「ネ、ネイビーちゃん?」

 ラクスが困惑した表情で近寄った瞬間、



「ケケケケケケケケ――――――――ッ!!」



 ネイビーは奇声をあげると共に、本来のポテンシャルを超越する速度でラクスに飛び掛った。

「キャアッ!!」

 ラクスはその突進の軌道から身を避ける。

 ネイビーはあっという間にラクスやキラたちから、十数メートル離れた位置まで移動した。

「ラクスッ!!」

 キラが駆け寄り、目を見開く。ラクスの肩が裂け、血が流れ出しているのを見たためだ。

「大丈夫です……大したことはありません……」

 ラクスはキラを安心させるように言う。実際、肌を薄く傷つけられた程度である。

 もし避けなければ、もっと深い傷を負っていたか……あるいは既に死んでいたかもしれない。



「うけけけけけ!! 惜しい惜しい、もーちょっとだったなぁ!!」



 ネイビーが声を出した。それはどす黒い殺意を詰め込んだ、男のものであった。

 黒い機械的な目は、血走った人間の目と代わり、口に相当する部分には、サメの如き牙が並び、涎を垂らしている。

 先ほどラクスの肌を切り裂いた、鋭い爪を備えた作業用アームが、クネクネと不気味に動いていた。

 あまりの光景に、子供たちが悲鳴をあげる。マリューすら顔を青ざめさせ、身を震わせていた。



「コンピュータ・ウイルスとか……そういうもんじゃないね、これは……君、一体どうしたのよ?」

 一人冷静なバルトフェルドが銃を向けて問いかける。

「うけけけけけけッ!! さっき俺に痛い思いさせてくれたばっかりじゃねえかよ―――ッ!! 忘れちゃうなんて悲しいぜ―――ッ!! うけけけけッ!!」

 ネイビーは嗜虐的な笑い声をあげた。



「まあいい……どーせてめえら全員おっ死ぬことは決定済みなんだからなぁ~~。この『呪いのデーボ』の漆黒の悪魔……『エボニーデビル』の力でなぁ!! ぶはははっははは!!」






「痛い思い……さっきの暗殺者! 貴様、まさかスタンド使い!」



 キラやバルトフェルドたちは、重ちーからスタンドのことを聞いていた。

「ほっ! スタンド使いを知っているのかよ! ケケケッ! だがスタンド使いではないようだなぁ! スタンド使いだったら、さっきの攻撃で出したエボニーデビルに気づいているはずだもんなぁ!!」


 ネイビー、いや、エボニーデビルは嘲りに満ちた言葉を放つ。



「いかにも、この俺はスタンド使い! スタンドはタロットにおける『悪魔のカード』の暗示、エボニーデビル。呪いにふりまわされ精神状態の悪化! 不吉なる墜落の道! を意味する……」




 バルトフェルドは、相手についてある程度の推測をたてることができた。

 おそらく、この敵は無生物に憑依し、操ることのできる能力なのだろう、と。

 その推測は完全ではないが当たっていた。

 エボニーデビルは、まず本体である呪いのデーボが自身を傷つけられることで、その恨みのエネルギーによって発動する特異なスタンドである。

 発動した後は人形に取り憑き、同化して自由に動き回る。力も速さも高くはないが、長距離から操ることができ、恨みを晴らすまでその能力は持続する。

 しかも恨みが強ければ強いほど、スタンドの力も強くなる。

「ご挨拶はこの辺で終わりにして……次はお遊戯の時間といこうじゃねーカッ! いや、お食事の時間かなぁッ!?」

 ギュルルルルルと音がしそうなきりもみ回転をしながら、エボニーデビルは大口を開いて飛び掛る。今度の狙いはキラ・ヤマト。

「ああっ!」

 叫ぶものの、戦闘訓練を受けたことの無いキラに対処方法はない。そういった面では役に立たないキラを庇い、マリューは無言で引き金を引く。

 しかし、エボニーデビルの影響か、そもそもハロが頑丈なのか、彼女の銃の弾ははじきとばされ、エボニーデビルの突進を食い止めきれない。

「キャアッ!!」

 結果、マリューは右上腕部の肉を、食いえぐられることになった。血が舞い散り、床に紅い模様を描いた。

「ぐぬぬぬ……」

 腐っても軍人であるマリュー・ラミアスは、激痛に歯を食いしばってこらえるが、もはや戦闘力として数えることはできない。

 エボニーデビルは更に攻撃を加えようとしたが、一発の銃弾がそれを阻む。バルトフェルドによるものだ。

 マリューの銃では威力不足であったが、バルトフェルドの銃であればエボニーデビルにも通用した。

 それは、今この敵に対抗できるのがバルトフェルドしかいないことを意味していた。

「こいつは俺が相手をする。お前たちは逃げろ」

 バルトフェルドは、超常の力を前に、毅然として言った。

「バルトフェルドさん、そんな」

「ここは任せて先に行くんだ!」

 キラの躊躇いを強く断ち切ると、バルトフェルドはラクスの目を見て、



「アレを出すんだラクス……悔しいが、この状況はそれでしか破れない」





 アレについて、ラクスは正確にその意味を受け取った。



 その名はフリーダム。前大戦においてキラが搭乗し、戦場を駆けた伝説の機体。核エンジンを搭載した最強のMS。

 自由の名を冠する、誰にも妨げることのできない圧倒的蹂躙者。



 バルトフェルドとしても、キラを再びフリーダムに乗せるのは苦渋の決断である。だが、世界の事情を見れば、死蔵したままでいるわけにはいかない。

 遅いか早いかの違いだけで、いつか乗る日はやってくる。

 できれば、こうした仕方がないから乗る、というような状況ではなく、自ら選び取る形で乗って欲しかったのだが……。



「わかったわ……必ず、また生きて会いましょう」

 マリューとラクスはバルトフェルドに頷く。納得しきれぬ表情のキラを引っ張り、子供たちを連れてシェルターへと急ぐ。

「ケッ! しょうがねえ、まずはてめえから死なす!! 元々、てめえへの恨みが一番深いんだからよぉ!!」

 大口径の銃弾が貫通したというのにピンピンしている。一体化しているとはいえスタンドはスタンド。



『スタンドはスタンドでしか攻撃できない』



 このルールは曲げられない。並みの武器で攻撃したところで、ハロを破壊するだけで、本体のデーボにダメージを与えることはできない。

 それでもハロを行動不能なまでに破壊しつくすことができれば、この場を収めることは可能だ。

 そこまでの破壊を与えることが大変なのだが。



「厄介だね……でもこんな奴に負けたら、スピードワゴンに笑われてしまうね……」



 バルトフェルドは不敵な笑みを浮かべ、死闘へと突入した。

 銃弾が連続で放たれる。だがエボニーデビルは、床へ壁へ天井へ、機敏に跳ね回って、それらをことごとくかわしきった。

「うぎっ、うぎっ、当ったらねーーよぉ!!」

 そしてそのまま噛みかかってくる。バルトフェルドは避けるものの、素早く不規則な動きを見切ることは難しく、脇腹を切られる。

 肌を薄く裂かれ、ジリジリとした痛みが生まれる。

「ギャハハハハハッ!!」

「やかましい奴だッ!!」

 そう怒鳴り返すものの、彼の撃つ弾丸はことごとく壁や床を破壊するのみで、エボニーデビルには命中しない。

 逆に、バルトフェルドの体は奴が通り過ぎるたびに、爪や牙によって引き裂かれ、血を流していく。



「へたっピィイイイイイーーーッ! 伝説の軍人さまが、可愛いペットロボット一つ仕留められねえたぁお笑いだぜぇーーー!! アギアギ アギッアギッ アギッアギッ
アギィィーーッ!!」



 縦横無尽に跳ね回り、バルトフェルドの全身に二十を越える傷をつけ、エボニーデビルは嘲り笑う。

 やがて、バルトフェルドの銃から弾丸が尽き、引き金を引いても金属音がするのみとなった。



「きゃっきゃっきゃっ! おしまいかぁ!?」



 バルトフェルドは素早く弾丸を込めなおそうとする。彼ほどの腕になれば、要する時間は瞬き程度のものであろう。

 だが、その間は確実に存在する。悪魔が仕掛けるには充分すぎる間が。



「ドっにぶィゼィイイッ!!」



 悪魔は銃を握る手にかぶりついた。大型の銃が悪魔の牙によって手ごと噛み砕かれる。

 この凶悪な怪物への抵抗手段がなくなった……というのに、バルトフェルドの顔に浮かんでいたのは微笑みだった。

「アギ?」

 エボニーデビルもそれに気づき、怪訝な声を出すが、それよりもすぐに口を離すべきであった。



 ドガガガガガガッ!!



 爆音が悪魔の口の中で轟いた。



「ドゲエッ!?」



 衝撃で吹っ飛びながら、さしもの悪魔も驚愕した。それはそうだ。



 左腕がショットガンになっているなんて、普通思いもしない。



「俺も驚いてるよ。マジで使うことになるとは思ってなかった」

 モルゲンレーテの酔狂な科学者たちが、冗談(と思いたい。本気だったら手に負えない)でくっつけた義手内蔵武器。

 安いマンガのごときギミックであったが、その威力は絶大である。

 エボニーデビルが憑依しているハロの、口の後ろ側を吹き飛ばし、全体の3分の1以上を砕き散らすことができた。

「ウギ、ウギギギギ………」

 ハロの全身を罅が覆い、ボシュウボシュウと煙が立ち昇っている。機械油に引火でもしたのだろうか。動いただけで体が砕け、跳ねれば部品がバラバラと落ちる。

 やがて、動きは止まり、ギラギラとした目も、牙の生えた口もなくなり、ただのハロの残骸が残った。

「……ふう~~」

 バルトフェルドは一息ついた。

「あ~、痛いなぁ。早く治療しないと」

 傷を抑えながら呟く。そうしていると、爆音と共に大地が揺れた。次に、屋敷のどこかが崩れた音が聞こえる。

「……外でもやらかしはじめたな」

 襲撃者は屋敷ごと自分たちを潰すつもりなのだろう。それはキラが相手をしてくれるだろうからいいが、ぼさっとしていると屋敷の破壊に巻き込まれるかもしれない。

「ちゃっちゃと避難しないとねぇ」



   ―――――――――――――――――――――



 男はその戦いを見ていた。



 ザフト最新の水中用MS・アッシュと、実在すら疑われた伝説のMS・フリーダムの戦いを。

 アッシュはフリーダムを十数機がかりで取り囲んでいた。丸みを帯びた体を動かし、両手のハサミで迫り来るフリーダムを攻撃する。

 だが、ビームクローを備えたハサミが当たる前に、ハサミは腕ごと切り落とされる。

 砲弾が放たれる。ビームが放たれる。ミサイルが放たれる。そのどれ一つとして、フリーダムを阻むことはできなかった。

 最も危険に満ちた空間である戦場を、あまりに自在に、俊敏に駆け抜け、その後ろには無力化されたアッシュが残される。

 まさに『自由』の名に偽りなく、彼を止められるものはそこにいなかった。









 男は、コーディネイターの特殊部隊に組み込まれたもう一人のナチュラルである男は、フリーダムの戦闘を観察し、判断した。



 勝てる、と。



 そして男は動き出す。『自由』の名を、過去のものとするために。



   ―――――――――――――――――――――



 キラはフリーダムを操り、次々とアッシュを行動不能にしていく。それは戦いですらない。命の奪い合いですらない。

 奪おうと必死になるコーディネイターたちに対し、キラは決して殺さぬように戦った。腕を、足を、武装を破壊し、コクピットは絶対に傷つけなかった。

 コクピットを攻撃し、パイロットの命が奪われれば、残された人間は奪った者に恨みというカスを残す。

 恨みを抱いた人間は、奪った者へと復讐の牙を向け、その連鎖によって戦いは永遠に続く。

 そうならないために、戦場で命を奪ってはいけない。それがキラの信念であった。

 その信念が、正しいか否かは問題ではない。問題なのは、キラ自身がその信念に対して覚悟を持ち、貫いていけるかということだった。

 だが、その問いは今のキラには考えもしないことであった。

「よし、早くバルトフェルドさんを助けに行かなきゃ」

 いくらスタンド使いといえども、このフリーダムに敵うはずはない。キラはそう考えていた。



 そして、その考えは間違っていた。



 ガクン



 突如、バランスが崩れた。倒れこみそうになるところで、ブースターを作動させ、体勢を整える。

「なんだ今のは」

 右足の調子がおかしい。動きが酷く鈍くなっている。

 原因を探る間もなく、アッシュのビームが放たれる。ブースター噴射で飛び回ることで、それをかわし、逆にビームを放ち、アッシュを沈黙させる。

 そしてどうにか地面に降りるが、油が切れたかのように右足の動きが悪い。これでは走ることは不可能だ。

 どういったトラブルかわからないが、キラは残りの敵を倒すためにブースターを使って移動することにした。

 他に手段がないゆえに取ったその行為は、しかし敵の望みを更に加速させることになるのだった。



   ―――――――――――――――――――――



 外に出たバルトフェルドは、キラの乗るフリーダムを見て眉をひそめた。

 動きがおかしい。どうしようもなくぎこちなく、今にも倒れこんでしまいそうだ。

「何かトラブルか……?」

 しかし、彼に他人の心配をする暇は与えられなかった。







 ガズッ!!



 飛来した何かが足を打つ。よろめいたのを立て直しつつ地面を見ると、ハサミが一つ落ちていた。

 幸い義足の方だったので支障はないが、問題は誰が投げたのかと言うことだ。

「ケケケケケ……やっぱガキどもを飼っているだけのことはあるな~~」

 木陰から声が響く。

「ちょーっと探せばおもちゃがたくさんあったよ……人形とか、ぬいぐるみとかもなぁ……」

 姿を現したのは、人間の赤ん坊ほどの大きさのあるクマのぬいぐるみであった。ただし、血走った目と牙の生えた口は、さきほどのハロと同じく凶悪だ。

 両手に台所から持ち出したらしい包丁を二本備えていた。

「体が一つ壊れたってよ……いくらでも代わりはある」

 ニタァ~~とした笑みを浮かべ、エボニーデビルはクマの首を高速回転させた。



「今度こそてめーのタマキン、噛み切ってやるぜーーーッ!! メーーーン!!」



 悪夢の再戦が始まった。



   ―――――――――――――――――――――



 事態は、男の望んだ通りになっていた。



 男が今どこにいるかというと、フリーダムの右すねの裏側だ。フリーダム本体からは見えづらく、発見されにくい場所に能力を使って張り付いているのである。

 高速で動き回るフリーダムに飛びつくのは難しかったが、スピードは男も中々のものであったし、敵味方の位置から、動きの軌道を予測し、準備していればできないことではなかった。


 後は踏み潰されたり、弾き飛ばされたりすることを恐れぬ、クソ度胸があるかどうかの問題である。

 ほとんどギャンブルに近い行動であったが、成功したのであるから良しとしよう。





 男の能力は、フリーダムの動きをどんどん鈍らせていった。完全に停止するのも時間の問題だ。

 ただ問題は、動かなくなる前に、アッシュがすべてやられてしまいそうであるということだ。



「さすがに伝説の機体っつーだけのことはあるな」



 そうなったら男がコクピットを攻撃するしかない。男にしてみればフリーダムごと攻撃されない分、そちらの方がよいかもしれない。

 さすがの男もビームによって起こる爆発にはまだしも、ビームの直撃には耐えられない。

 攻撃を受ける直前にフリーダムから離れるつもりであったが、この分ではそんな計画も無意味だ。

 結局全滅という結果になるのだったら、最初から戦いが終わってフリーダムから降りてくるまで待っていればよかったと思うが、今更仕方ない。



「全身『凍りつく』のに、あと1分くらいか……それまで持つかな……あの偉そうなコーディネイターの皆さんはよぉ~~」



 男は呟く。

 そう、今、フリーダムの温度は急速に低下していた。空気中の水分が氷となって張り付き、機体のパワーですら動かせないほどに間接を固めていく。

 それでもブースターを使えば動けるが、無理に激しく動こうとすれば、風圧をかぶって、更に温度が下がってしまうのだ。



「しかしコーディネイターってよぉ……コーディネイトってのはわかる。調整って意味だ。遺伝子を調整されてるってことはわかる。スゲーわかる。けどよ……コーディネイターってよ……調整する者って意味だよな……」




 そこまで呟き、男は急に表情を怒りで歪めた。



「なんで遺伝子調整された奴がコーディネイターって呼ばれてんだよーーッ!! 遺伝子の調整をする科学者とかがそう呼ばれるべきだろうがッ!!

 ハンターは狩りする者で、テニスプレイヤーはテニスする奴のことなのに、なんでコーディネイターだけ『される側』なんだよッ!! いらつくぜチクショウ!! ナメやがって!! クソッ! クソッ!」




 フリーダムの足をガツガツと殴りつつ、眼鏡をかけた巻き毛の男、ギアッチョは能力を発揮し続けた。

 能力の名は『ホワイト・アルバム』。ギアッチョの周囲を超低温の世界へと変える事ができる。

 スタンドのヴィジョンはなく、戦闘時には氷の装甲スーツをまとう。

 その強固な防御は生半可な攻撃では突破できず、下手に触れればそのまま凍らせられる。

 まさに無敵の矛と盾である。

 ホワイト・アルバムが生み出す、宇宙の最低温度マイナス273.15℃の前に、止まらないものはない。

 爆走する機関車であろうと、荒巻く海だろうと、殺人ウイルスだろうと、そして、最強のMSであろうと……すべては静止する。



 やがて、フリーダムは完全に自由を失い、彫像のように立ったまま凍結した。



   ―――――――――――――――――――――



「なんで……なんでっ!」

 キラが叫ぶ。理解ができない。異常はないはずなのに、なぜ動けないのか。

 まったく予想していないことであったから調べてもいなかったが、温度センサーを動かせばわかっただろう。

 今この機体が、南極や宇宙空間よりなお冷たい、超低温空間の中にいるということを。

 もっとも、わかったところでどうしようもないことではあったが。



「落ち着け……敵MSは全部動けなくした……ここは安全だ。落ち着いて脱出を」



 キラは更なる考え違いをしていた。



「……あれ? なんだこれ……操縦桿から、手が離れない!?」



 操縦桿には霜が降り、キラの手に凄まじく張り付いていた。

 すでにコクピットは安全な場所ではなかった。



   ―――――――――――――――――――――



「機体は完全に凍結し……そろそろ『内部』にも影響が出ている頃だな……」



 ギアッチョはフリーダムをよじ登りながら呟いた。



「こうやってコクピットに近寄れば……その分、コクピットの温度も下がる。そのままコクピットを『棺桶』にして、眠っちまいな」



   ―――――――――――――――――――――



 クマのぬいぐるみが包丁を振り回しながら飛び掛る。

「ギャッハァァアアァ!!」

 残虐なる歓喜に叫び、エボニーデビルはバルトフェルドの首筋に、刃を振り下ろした。

「ぬうっ!」

 バルトフェルドは呻きながら、ショットガンとなった左腕でその攻撃を受け止める。

「アギィッ! よくよけたなッ! だが時間の問題だッ! 俺はスタンドだが、そっちは生身!! しかも傷だらけッ!! 自然、てめえの方が早く力尽きるぅぅぅ!!」


 クルクル回転しながら着地したエボニーデビルが、右手の包丁を投げた。包丁は、今度は義足ではない右足に突き刺さる。

「ぐああっ!!」

 バルトフェルドの顔が苦痛に歪む。疲労のピークに達した体は、その衝撃に耐え切れずしりもちをついた。

「もらったぁぁぁッ!!」

 今度こそ! と意気込んで、クマの口からよだれを垂らしながら、悪魔の刃が迫り来る。

「まだだッ!!」

 バルトフェルドは、義足の方の足を振り上げた。



「ファイア!!」



 ゴウッ!!



 左足の踵から、それは放たれた。細長い円柱に申し訳程度の羽がつき、先端は尖っているという形状。

 しかしそれは、矢のように突き刺さってダメージを与える類のものではない。

「嘘ぉ!?」

 それがクマのぬいぐるみの最後の言葉。



 ドッグォォォォン!!



 空気を痺れさせる大音を生み、『小型ミサイル』が爆発した。

(さすがに冗談じゃすまないんじゃないかなコレ)

 バルトフェルドにも冷や汗を流させるような灼熱により、クマのぬいぐるみは当然のごとく灰になった。



 ビュンビュンッ!!



 バルトフェルドは空気を切る音を察知し、左腕を振り回してその音源を弾き飛ばす。二本のナイフが地に落ちた。

「さすがにもうひっかからねえか」

 そう言ったのは、木の枝の上にいるフランス人形。

 尻をつけずに不良のような姿勢で座っており、かわいらしかった顔は、トカゲのような化け物染みたものに変化している。

「まさかミサイルまで持ってるとはなぁ。他にも何かあるのかい? まあどっちみち、おしまいだろうけどよぉ」

 バルトフェルドの体から力が抜けていく。すでに多くの血が流れ、ナイフを払ったのが限界であった。そして仰向けに倒れ込む。痛みは無かった。すでに感覚が麻痺していた。




(こ、ここまでだってのか……駄目だろ、こんなとこでくたばってちゃ……アイシャに会わせる顔がない……)



 だがもはや体は言うことを聞かない。目も開けていられなくなり、心が絶望に落ちようとしたとき、



「な、なんだこりゃ……?」



 エボニーデビルの、呪いのデーボのうろたえた声が耳に届いた。



「え? て、てめえ一体……」



「ちょ……ちょっと待てコラ」



「嘘だろぉ!? なんだってアンタがここにぃ……!!」



 そこまで聞いて、バルトフェルドの意識は途絶えた。

 眠りにつく彼の側には、男が二人立っていた。

 男の一人はバルトフェルドに脈があることを確かめると、傷の応急処置を始め、もう一人の男はフリーダムの方へと歩いていった。



   ―――――――――――――――――――――



「んん……?」



 フリーダムの右脇腹、もう少しでコクピットというところで、ギアッチョは不穏な気配を感じた。

 フリーダムに触れる手のひらから、奇妙な振動が響くのだ。

「なんだ……なんかわかんねえが……ヤバイ気がするぜ……!!」

 殺し屋としての長年の勘が、ギアッチョに危機を教えた。氷の装甲スーツを形成し、万が一に備える。



「!!」



 ギアッチョはフリーダムの表面に異変が生じるのを見た。

 自分が張り付いている部位より、1メートルほど上に当たる辺りに、波紋がたったのだ。

 そして、フリーダムの中からズリズリとそいつが顔を出した。

 体にぴったりとフィットする奇妙な服で、全身を覆った男。頭や顎も覆っていて、露出しているのは顔のみ。

 男はフリーダムから上半身を現し、通信機を一つ、ギアッチョに突き出した。

(スタンド使い!)

 およそいかなる物質よりも頑丈であるPS装甲が、まるで水のようだ。それがこの男の能力か。



「なんだってんだぁオイ」



 だがその程度で怯むギアッチョではない。ただ苛立ちに顔をしかめながら、相手の意図を問い質す。

 相手は応えるように、通信機のスイッチを押した。それから数秒経過し、



『ガ・ガ・ガ……あー、通じる? Nジャマーの影響が、少ないといいのですが……』



 通信機から声がする。



「誰だテメーは」

『ああ……通じるようですね……私は、今回の襲撃の……まあスポンサーです』



 スポンサー……つまり、ヨップたちにラクスの情報を渡した人間であり、そして自分たちをヨップに紹介した者ということか。

 それがなぜ? ギアッチョが訊ねるまでもなく、相手は説明した。



『私が本当に相手をしたかったのはヨップたちではなく……ラクス・クラインたちだったのですよ。私は【一族】という組織に身を置いていたのですが……このたび、組織が壊滅しましてね。新たな後ろ盾が必要なのです。


 そこで、ヨップたちにラクスたちを襲わせ、その窮地から彼女たちを救う……そうして恩を売り、関係をつくる。そういう作戦だったわけです。古典的でしょう?』

 声の相手は、冗談めかして言うが、ギアッチョはクスリともしなかった。

「確かにベタな手だが……なんで俺たちを雇った?」

『一つは、ヨップたち程度では窮地に陥らず、彼女らだけで解決してしまえるからです。ちゃんとした恩を売るためには、もっとピンチになってくれなくては困りますから。そしてもう一つは……あなた方をスカウトするため』


「すかうと?」

『そう……フリーダムさえ止めるあなたの力、見せてもらいました。その力を、私の部下として使って欲しい。今回のことは、ラクスたちとの関係作りと共に、あなた方との関係作りでもあったわけです……。


 すでにもう一人の方とは話がついています。あなたも、どうか私の計画に乗って欲しい。無論、あなたのチームごと。報酬はいくらでも払いましょう』

「ふうん……断ったら?」

『この計画を知ったあなたを、ほってはおけないことになりますね……』



 予想通りの答えだった。



「『ホワイト・アルバム』!!」



 ギアッチョは通信機を持つ男に殴りかかる。男はフリーダムの中に『潜って』その攻撃をかわした。

 そしてギアッチョの拳の射程外からまた顔を出す。

『決裂……ということですか?』

「顔も見せない相手の下につけるかよ……そんなのはもう懲りてるんだ」

 ギアッチョは怒りも露わに言う。かつての屈辱を思い起こし、その苛烈な闘志をそのままスタンドパワーとして注ぎ込む。



『わかりました……では死んでもらうぜ!!』



 丁寧だった口調が、突如獰猛なものへと変化した。

『セッコ……そういうことだ。後は任せた。そいつをぶっ殺せ!! ――ブツン』

 通信は途絶えた。

「あっ、ああっ」

 セッコと呼ばれた男は妙な声をあげ、ギアッチョと向かい合う。その目は異様に濁っていた。



(フリーダムの中に入り込む、か……どの程度の実力かわからんが、ここは初っ端から全力でいくぜ!!)



「『ホワイト・アルバム ジェントリー・ウィープス(静かに泣く)』!!」



 これこそが、ギアッチョの奥の手。ホワイト・アルバムの力を最大限に発揮し、空気をマイナス210℃という低温によって凍らせる。 凍って固体となった空気は、ギアッチョへの攻撃を阻む壁となり、何者もその領域に入り込むことはできない。




「来やがれッ!!」



 ギアッチョは絶対の自信を持って、言い放った。

 対してセッコは、特に注意や警戒をする様子もなく、



「『オアシス』」



 手刀を振り下ろした。



 シュバァッ!! ズパァァァンッ!!



 ギアッチョの右胸が切り裂かれた。



「なっ、がっ、がぁああぁぁぁ!?」



 ギアッチョは痛みを感じるより前に混乱する。

 超低温の防御が、無敵の氷の装甲スーツが、絶対零度のジェントリー・ウィープスが、ナイフでバターを切るようにあっさりと切り裂かれたのだから。

 確かにその手刀は、人には出せぬ高速であった。しかし、しかし、それでもホワイト・アルバムの奥義を切り裂くには不足のはず。

(こいつ……フリーダムだけじゃねえ……俺の氷にまで『潜り込んで』きやがる!!)

 ギアッチョは右拳でパンチを放った。だがそれはセッコに当たる前に、手刀によって切り落とされる。

「なん、だって……」

 ギアッチョの顔が蒼ざめる。その顔を見て、セッコに初めて無関心以外の表情が表れた。セッコは、確かな嘲笑を浮かべたのだ。



「オアアァアアアシス――ッ!!」



 セッコは突きの連打(ラッシュ)を繰り出した。それをギアッチョは間一髪かわす。代わりにフリーダムの装甲がそのラッシュを受け、泥細工が砕けるようにグチャグチャに破壊された。


「逃げんじゃ、ねーーーッ!!」

 セッコはギアッチョを睨み、更に突きを放った。壁に張り付いて戦うようなこの状態では、かわすことにもすぐ限界が来る。



 ドグブッ!!



 セッコの拳は、ギアッチョの足をへし折っていた。

「グヒホハハハ!! もう逃げられねえぜッ、くたばりなッ!!」

「てめーがな……覚悟はできてるか?」

「ああ?」

 セッコは思わぬ言葉に首を傾げる。だがすぐに、相手の意図を理解した。

「んっ……なっ、手が足から離れねえ……! 体が凍る!!」

「てめーの能力は……俺のホワイト・アルバムみてーに、体に纏うタイプのスタンドらしいな……。そして、触れた物体を液状化させる。俺とは逆だな」

 ギアッチョは残った左手を伸ばし、セッコの首を掴む。

「だがよ……こうして直接凍らせられたらどうだ? 凍った物を溶かせてもよ、自分の体まで溶かすわけにはいかねえよな? ドロドロになっちまうもんなぁ?」

 だからあえてセッコに足を打たせた。接触するために。

 ピキピキと細かい音を立て、セッコの体は凍っていく。もはや呼吸もままならない。



「ブチ……割れな……!!」



 ズンッ



「ああ?」



 ギアッチョは下に目を向けた。すると、自分の左脇腹に透明な『槍』が突き刺さっているのを発見した。『槍』は左脇腹から右胸に抜けている。傷口から血が溢れ、ギアッチョの肌を伝って流れた。


「生……生暖けえものが……血、血か……なんだ、こりゃ……」

『槍』は肺を片方貫いているらしく、次第に呼吸が苦しくなる。

「ぐぐ……この……くらいで」

 それでもギアッチョは能力を解除しなかった。もう少しでセッコに止めをさせるのだから。だが、『槍』はそれを許さなかった。



 ギアッチョの右胸が破れた。



「がぼっ!?」



 血がフリーダムとセッコを濡らす。

 ギアッチョは自分の右胸を突き破った凶器を見た。それは、『水』だった。

『槍』の正体は、凍った『水』だったのだ。高速で飛来した水は、ホワイト・アルバムの力で強固な『槍』となり、ギアッチョを貫いた。 そして、暖かな装甲スーツの内部で『水』に戻り、内側から攻撃をしかけたのだ。




(『水』のスタンド……二人もスタンド使いがいたのか……)



 口からゴブリと血が吹き出る。その瞬間、ホワイト・アルバムの効果は消え去り、フリーダムの凍結は解除された。

 そしてギアッチョの体は重力によって傾き、フリーダムから離れ、地上へと落下していった。



   ―――――――――――――――――――――



「キラ!」



 ラクスは叫んだ。

 すべてのアッシュを倒し、戦闘能力を失ったアッシュが自爆しても、キラはずっとコクピットから降りてこなかった。

 心配になってフリーダムの側に行ったラクスたちが見たものは、力なく座るキラと、全身に包帯を巻いたバルトフェルド、そして3人の男だった。



「ああラクス」

 キラは笑みを浮かべた。疲れきっているようだったが、重症を負っているということはなさそうだった。

「ど、どうしたんですの? それに、この方たちは?」

 只ならぬことがあったらしいと察し、ラクスが一同を代表して訊ねた。

「うん、危ないところを、この人たちが助けてくれたんだ」

 キラは信頼のこもった声で言ったが、バルトフェルドは『どうだか』という感じに顔をしかめた。

「この人たち……?」

 マリューが呟き、その場の全員が新参の3人を見つめる。



 一人は、全身をダイバースーツのような奇妙な服で包んだ男。

 一人は、杖を持った、目が不自由らしき男。額に布を当て、大きな輪の耳飾りをしている。

 一人は、ユウナ並みに長いモミアゲをし、後ろ髪を短く二本に結んだ、中々に端正な面持ちの青年。



 彼らを見たラクスたちの見解は、『怪しい』を通り越して、『変』ということで一致した。

 それ以外はまったく正体不明である。ラクスは、とにかく話を聞いてみることにした。



「はじめまして。わたくしはラクス・クラインです……あなたのお名前は?」



 ラクスは知らない。目の前の男が、『魔の血統(ファントムブラッド)』を受け継ぐ存在であることを。

 男は穏やかに応えた。



「はじめまして。ミス・クライン……私の名は、ドナテロ・ヴェルサス。あなた方の力となる者です」



 最悪の邂逅がなされ、そして災厄は始まった。

 災厄から幾度となく世界を救った『黄金の血統』のいないこの世界に、果たして救いはあるのだろうか。



『奇妙な冒険』はなおも続いていく……。




TO BE CONTINUED