KtKs◆SEED―BIZARRE_第17話

Last-modified: 2012-09-11 (火) 20:06:21

 『PHASE 17:次なる戦いのために』

 
 

 様々な情報が記された紙に埋もれた部屋に、二人の男がいた。一人は右肩を露出した服を着て、目に妙な飾りを巻いた男。
 その男はコンピュータに向かい、キーを打ち込んでいる。モニターに文字や写真が現れては消えていく。
 もう一人は、その男の背後に無言で立っている。そのたたずまいは黒衣の死神を連想させた。
 コンピュータに向かう男の名はメローネ、死神のような男の名はリゾット・ネエロと言った。

 

「情報はなし、か?」
「アスハ代表をさらってからとんと音沙汰なしだね。何の反応もなし」
 二人が調査している対象は、アークエンジェルという船だった。その船に、彼らの仲間を殺した者が乗っているはずなのだ。

 

「チームメンバーからの連絡は?」
「ホルマジオとは連絡がついた。仕事が片付き次第合流するそうだ」
「じゃ、あとはプロシュートだけだね」
「あいつはペッシを探しに行っているはずだが……」

 

 彼らチームは、この世界に来たときはバラバラだった。それが情報収集をしている内に、仲間もこの世界に来ていることを知り、集ったのだ。
 だが、まだチームに戻っていない者もいる。その一人がペッシだ。仕事の合間を縫って探しているが、中々見つからない。

 

「Nジャマーとかのせいで連絡一つ取るにも一苦労だ。厄介な世界だよ」
「愚痴ってもいられん。早く全員に連絡を取らねば」

 

『ホワイトアルバム』のギアッチョを殺した者たち。おそらくはアークエンジェルに乗っている、仲間の仇。
 最期を迎える前に、ギアッチョは通信を寄越した。

 

『Nジャマーがうぜえから、ちゃんと通信できてりゃいいんだが……情けねえがやられちまった。この依頼は罠だ。ラクス・クラインを助けて関係を取り付けるために、俺たちを利用し……ゴホッ、敵は、確認できただけで三人……うち、少なくとも二人はスタンド使い……
 一人は俺みてえなスタンドのスーツをまとう、グウッ、触れたものをドロドロにしちまう奴、俺の氷も溶かされちまった。もう一人は……ゲハッ、やべ、意識が……ウウ、水、の、スタンド、遠隔操作系……』

 

 そこで通信は終わった。それを聴いて、リゾットは最初にこう言った。

 

『二人がかりか。そうか。そうだろうな。ギアッチョ相手に一人で勝てるものか』

 

 そして側にいたメローネに、

 

『連絡をとれ。チーム全員に、大至急だ……このままではすまさん』

 

 深く静かに、命令した。
 彼らはアークエンジェルの情報を待ち望み続ける。とりあえず、ラクスやキラなどは眼中にない。
 邪魔ならまとめて殺すのにためらいはないが、敵意を持つほどの相手とは見ていない。
 だが彼らを利用する何者かは、必ず殺す。
 目には目を。歯には歯を。そして死には死を。実に天秤のつりあった贖罪の追求。

 

「この乱世だからな……俺たちが殺すより先に死なれたらたまらない」

 

 返り討ちにあう恐怖などない。驕りではなく、その程度は可能性としてあって当然のことと、覚悟している。
 リゾットが恐怖を抱くとすれば、仲間のために何もできないうちに、何もかも終わってしまうということのみであった。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 豪華な料理の並ぶ食卓に、二人の男がついていた。一人は軍服を着ており、もう一人は風変わりなスーツを着ている。スーツの男がステーキを切り分けながら言う。

 

「戦場で、このような料理をよく出せるものだな」

 

 そう、そこは戦場。それも最前線と呼んでも差し支えない場所であり、テーブルは野外に置かれていた。
 周囲にはテントが張られ、兵士たちが泥だらけで動き回り、雑務をこなしている。

 

「さすがに普段はもっと質素にしているがな。客人はもてなさねば、俺の顔に傷がつく。それに、その肉は昨日しとめた野生のイノシシだ。新鮮なものを特別に出してやったのだ。感謝しろ」

 

 相手の男は赤ワインを口に含みながら答えた。確かに、木々生い茂るジャングルの中で、毎日こんな料理を出してはいられないだろう。
 しかし今だけにしても、これだけの料理を出せるのは大変なことだ。
 補給経路が完璧なのだろう。軍服の男の、軍人としての能力の高さがうかがえる。

 

「それで……何用かね? ブローノ・ブチャラティ」

 

 軍服の男は笑みを浮かべながらも、穏やかならぬ目でスーツの男を睨む。

 

「スリーピングスレイヴの隊長、ブローノ・ブチャラティ。その能力と評価の尋常ならざる高さは聞き及んでいる。そして、民衆を苦しめる粗悪な軍人への容赦のなさも」
「……あらかじめ言っておくが、俺は素行調査に来たわけではない。無論、軍人としての本分も忘れた者たちに、情けをかけることはないが」

 

 二人の間にピリピリとした空気が流れる。だが二人とも、仕草はあくまで自然であり、軍服の男はスプーンを取って、スープにつける。

 

「では俺もあらかじめ言っておこう。俺は同胞を痛めつけたりはしない。だがあくまで同胞に対してのみだ。敵に属する者ならば、たとえ非戦闘員でも区別はしない。いや、そもそも戦争という時代に、非戦闘員などという立場などないのだ」

 

 軍服の男が、苛烈なる視線を飛ばす。子供が見たらひきつけを起こしそうな形相だ。
 実際、彼はこことは別の世界において、捕虜たちを実験材料として血祭りにあげたことがある。彼はむしろ抵抗しない惰弱な人間にこそ、怒りを覚えるのだ。
 誰もが強くあれるわけではないのだが、そこまでの寛容さを彼に求めるのは無理な話だ。

 

「もう一度問おう。この、ルドル・フォン・シュトロハイム大佐に、何の用だ?」

 

 軍服の男、ルドル・フォン・シュトロハイム。
 フォックスノット・ノベンバーにおいて囮役を務めた彼は、作戦失敗の責任を押し付けられ、理不尽にも『少将』から『大佐』に格下げされた。
 兵士たちの人気が高まりすぎた彼への、押さえでもあったのだろう。
 そして現在、彼はこの南アメリカのジャングルでゲリラ活動を行っている、独立運動グループの相手をしている。
 アマゾンのジャングルは地球の酸素を生み出す場所として、戦争禁止区域になっている。それをゲリラたちは利用し、根城としているのだ。
 シュトロハイムにとって左遷ではあるが、不満ばかりでもない。
 いけ好かない上司のいる月基地にいるよりは、自由に息のできる地球の方が、彼にとってはいいのだ。

 

「単刀直入に訊こう。この戦争をどう思う? 正しいと思うか?」
「……俺たちに戦争をとやかく言う権利はない。軍人は国の方針に従うのみだ」

 

 スープをすすりながら、シュトロハイムは答える。そうしている間にも、彼は殺気を放ち続けていた。

 

「ではこの戦いで、一体どの国が利益を得られる?」

 

 シュトロハイムは押し黙る。たとえこの戦いでプラントを破ったとして、勝者である地球連合が、大西洋連邦が、どれだけの利益を得られるだろう。
 ユニウスセブン落下で傷だらけになって、傷を癒さぬうちに戦争へと走ったこの状況。
 たとえプラントに勝利し、プラントを属国としたところで、すぐに利益を得られるものではない。
 戦争が終結したときは、双方疲弊した後なのだから、絞り取るものも残っていない。敗者ならばなおさらだ。
 利益を得られるようになる前に、勝者すらも傷を塞ぐことができず、力尽きて共倒れになってしまうのではないか?

 

「もっとも、今となっては勝てるかどうかすらも怪しいがな。強国オーブがプラント側につき、連合内は紛争だらけで統率がまるで取れていない。無様なものだ」
「……貴様、その言葉は士気を下げる利敵行為となる。そして上層部批判だ」

 

 シュトロハイムの手の中で、金属製のスプーンがひねり潰される。

 

「お前には、目に見えない妙な力があるという噂があるが、それで調子に乗っているのか? ところで、そのイノシシをしとめたのは私だ。一撃一瞬で殴り殺した」

 

 そう言った途端、シュトロハイムは地を蹴って跳び上がり、ブチャラティの頭上に到達する。そのまま落下し、ブチャラティを地面に押し倒した。
 そして金属の豪腕を生身の人間ではできないほどに振りかぶり、一秒後、嵐のような勢いで拳を振り下ろした。
 爆発のような轟音が響き渡った。

 

「……なぜ何の反応もしなかった」

 

 ブチャラティの顔の右真横にある地面が、拳によって陥没している。拳があと3ミリずれていれば、吸血鬼をも上回る腕力が頬肉を削り取っていたであろう。
 だがブチャラティは顔色一つ変えず、冷静に答えた。

 

「さっき、自分で言っただろう」
「何?」
「同胞は傷つけないと」

 

 シュトロハイムはその答えに一瞬きょとんとした顔をし、次に渋面を浮かべた。

 

「貴様……俺が殴りつけないと、信じたのか。そこまで、初対面の俺を信じたというのか」

 

 そう言ってシュトロハイムは、しばし考え込むように目を閉じていた。やがて立ち上がると、黙って自分の椅子に戻った。
 そして、何事もなかったかのようにさっきまでの話を続けた。ただし、もう殺気は放たれなかった。

 

「そもそもが、利益を度外視してコーディネイター憎しで始まった戦争……勝とうと負けようと、未来はない。そう言いたいのか?」

 

 シュトロハイムの言葉に、しかしブチャラティは首を振る。

 

「ことはそう単純ではない。この戦争で真に利益を得られる『国』などない。だが、利益を得られる者は確実にいるんだ」
「……どういう意味だ」
「それをこれから話す。信じてくれなくても構わない、とは言わない。信じてくれるまで、説得する。この身勝手な戦争を終わらせるために、あんたは必要な人間なんだ」

 

 ブチャラティは力強く言い切る。シュトロハイムは感じ取っていた。彼が命を賭けていることを。
 だがそれは犠牲の心ではなく、未来への道を切り開こうとする勇気であることを。

 

「……ふん、いいだろう。話してみろ。つまらん話だったら今度こそ殴り飛ばすぞ」

 

 しかしシュトロハイムは、既にブチャラティという男を受け入れていた。命を覚悟している人間を信じないほど、愚かではない。

 

(もっとも、協力できるかどうかは別だがな。このシュトロハイム、軍に魂を預けた男だ。俺を利用するからには、相応の情報が必要だぞ。しかしまあ……)

 

 シュトロハイムは過去の戦争を思い返して、ブチャラティと比較する。

 

(イタリアの軍人など腰抜けばかりと思っていたが、こんな奴もいるのなら、少し考えを改めねばならんな)

 

  ―――――――――――――――――――――――

 
 

 北欧の海の底に一隻の戦艦があった。カガリをさらった後、アークエンジェルはアスハの威光をかざし、スカンジナビア王国に逗留していた。
 王族の合意を取り付けたのは、ラクス・クラインの洗脳的説得であったことは言うまでもない。
 逗留しているとは言っても、あからさまに姿をさらしているわけにはいかないので、今は海の底に身を潜めているわけだ。
 そこでキラたちは世界各国に流れるニュースを見聞きし、情勢を眺めていた。

 

「入ってくるのは連合の混乱のニュースばかりだな……プラントとの戦争はどうなってるんだ?」

 

 バルトフェルドはうなる。このごろ入ってくるニュースは地上でのデモや内乱、紛争ばかりで、連合が敵としているプラントとの戦争のニュースはほとんどない。
「プラントはプラントでずっとこんな調子ですしね」

 

 プラントの番組が流れているモニターに視線が集中する。そこにはラクス、いや、ラクスそっくりの少女によるコンサートの様子が映し出された。
 軍の慰問ライブのようだが、歓声や合いの手を入れる観客は、とても軍人とは思えない。普通に楽しんでいるアイドルのファンたちのようだ。

 

『勇敢なるザフト軍兵士のみなさぁーん』

 

 ラクスに似た少女は歓声に応え、笑顔を見せる。

 

『平和のため、わたしたちもがんばりまあす! みなさんもお気をつけてぇーっ!』

 

 声や姿はそっくりだが、言動はまるでラクスとは違う。バルトフェルドなどにしてみれば、これでなんで偽者とばれないのか不思議だ。

 

「みなさん、元気で楽しそうですわね」

 

 ラクスはにっこり笑って言う。しかしその奥には言い知れぬ怒りが感じられた。ラクスの隣に座るチャンドラが背筋を震わせ、ヴェルサスも血の気が引きそうになる。

 

「しかし、今ここから動くわけにもいかないからねぇ。こうして見ているしかできない。カガリのこともあるしなぁ……」

 

 現在、カガリはこの部屋にはいない。自室のベッドに横になっている。
 元々病み上がりの身で、いきなりさらわれたショックにより体調を崩したのだ……ということにしている。

 

「そうですね……何とかしたいけど、今はまだ動けない。まだ何もわからないんだ」

 

 キラがバルトフェルドの声に応えて言う。
 ヴェルサスからしてみれば、『あれだけやっといて何もわからないはないだろう!』と怒鳴りたいところだが、それはじっと耐える。

 

「そうね……プラントのデュランダル議長にしても」

 

 マリューの声が入る。
 ギルバート・デュランダル。ユニウスセブン落下の後、誠実な対応を行い、難癖のように開戦した連合に対しても感情に任せた復讐戦に走らず、市民や議会をなだめて自衛にとどめた、理想的な指導者。

 

「どう見ても悪い人じゃないわ。―――そこだけ聞けば」
「じゃあ誰がラクスを殺そうとした?」

 

 キラが厳しい声音で言う。そしてラクスに似た少女を見つめ、

 

「そしてこれじゃ、僕には信じられない。デュランダルって人は、ヴェルサスさんの言うとおり、みんなを騙してる」

 

 ヴェルサスは内心で嘲笑う。騙しているのはヴェルサスの方なのだ。
 騙している側として、ヴェルサスはデュランダルの騙しっぷりに感心する。

 

(しかしこの偽者で観客から批評家までみんな騙せるというのが不思議だぜ。方向性の変化とかでむしろ人気が出てるくらいだし……)

 

 いっそこのまま本物と戻らなくてもいいんじゃないかと思う。

 

「知らないはずはないでしょうしね……議長は」

 

 ヴェルサスの内心も知らず、マリューが呟く。

 

「なんだかユーラシア西側のような状況を見ていると、どうしてもザフトに味方して、地球軍を討ちたくなっちゃうけど……」
「お前はまだ反対なんだろ? それには」
「ええ」

 

 バルトフェルドがキラに問う。キラが頷くのを聞きながら、だがその意識の大部分は、さっきからずっとヴェルサスに向けられていた。
 ヴェルサスもそれは感じ取っている。
 ヴェルサスとしては頭の痛い問題だった。バルトフェルドはヴェルサスを疑い、自分の企みを暴くかもしれない危険人物である。
 だが下手に始末するわけにもいかないチームの重要人物であり、そしてキラやラクスの暴走をある程度は抑えてくれる存在でもあるのだ。

 

(まあ、今はまだ動くときではない。キラやラクスもひとまずは大人しくしているようだし、俺は俺で情報収集を行うとしよう)

 
 

 かつて世界の情報を牛耳り、人類の存在を永遠のものとするため歴史に介入し続け、必要とあらば悪を行使した組織、【一族】の一員であったヴェルサスは、滅び去った【一族】の情報網を、ほんの一部ではあるが握っていた。
 そこにクライン派の情報網を合わせれば、かなりのことが可能になる。

 

(ザフトのクライン派やブードゥーキングダム内のスパイからの報告によると、スタンド使い同士の戦いがあったようだ……。どうやら一方はアブドゥル。こいつが連れていたという犬は、ンドゥールから聞いたスタンド使いの犬に違いない)

 

 敵となる存在が現れたことに、ヴェルサスは喜んでいた。ンドゥールの働きに対し、支払える対価が増えたのだから。

 

(ンドゥールは使いでのある男だ。まだまだ俺の下にいてもらわなくてはな)

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 カガリの部屋にンドゥールはいた。看病という名目だ。キラたちも、カガリとヴェルサスたちが打ち解けあえるように、触れ合う機会は多い方がよいと考えている。

 

「なあ、あんた……ンドゥールだっけ。別にしてほしいこともないしさ、看病しなくても構わないよ?」

 

 カガリはそう言うが、気を使っているわけではない。ンドゥールの実際の目的がわかっていて、部屋から追い出したいのだ。
ンドゥールの実際の目的はカガリの監視だ。

 

「いや、気を使うことはない。俺も他にすることもないからな。せめて君の側にいてやるとしよう。病気でいるときに一人というのは心細かろう?」

 

(表面上は納得しているようにふるまっているが、やはり彼女は現状に疑問を持っている)

 

 ンドゥールが感じるカガリの心臓の鼓動音や歩く足音は、彼女が健康体であることをンドゥールに教えてくれた。
 カガリはラクスたちの行動に付き合うことを恐れて引きこもっているのだ。

 

(逃げ出すこともできない以上、協力しないためにはそうするしかないだろうな)

 

 ンドゥールはそんなカガリの側にいることで、プレッシャーをかけている。だがカガリは気丈に言う。

 

「そんなに弱くはないさ」

 

 カガリは笑って言うが、その目の光は挑戦的で、ンドゥールへの好意的感情はなかった。

 

(ふん……なるほど。並みの小娘よりは骨がある)

 

 ヴェルサスやンドゥールには仮病がばれていたが、キラたちは気づいていない。
 仮病を使う理由がそもそも思いつかないのだ。ただ一人、バルトフェルドだけはカガリの思いをわかっており、時折話し合っているようだ。
 カガリやバルトフェルドがキラたちに、ヴェルサスらの怪しさを強く訴えないのは、彼らがスタンド使いであり、敵に回せばいつでもキラたちを皆殺しにできる力があるからである。だが同時にヴェルサスも後ろ盾を失う。

 

 バルトフェルドとカガリは、ヴェルサスたちに疑いを持ちながらも、行動を取れぬまま現状維持をしている。
 ヴェルサスにしても、カガリやバルトフェルドは厄介でありながら、簡単に切り捨てることのできない重要人物だ。
(今はまだいいが……不穏分子を抱えたままだと、思わぬときに足をすくわれる。だが俺が考えるべきことではないな。ヴェルサスに期待するとしよう)
 ンドゥールはただDIOの敵の情報を対価に、ヴェルサスの命令どおり手足として働くのみ。それがヴェルサスの望みと理解していた。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 ペルシャ湾の奥、マハムールにあるスエズ方面司令本部にミネルバは入港していた。
 その中でアスラン・ザラは呼び出しを受け、船橋に出る。そこにはタリア、アーサー、そしてマハムール基地のザフト士官たちが待っていた。
 アスランが来たところで挨拶が始まる。タリアとアーサーが挨拶した後、アスランも自己紹介をする。

 

「特務隊、アスラン・ザラです」

 

 その言葉に、マハムール基地の士官たちが驚きを見せた。アスラン・ザラの名は、いろいろな意味で有名なのだと、改めて思い知る。

 

「いや失礼した。マハムール基地司令官のヨアヒム・ラドルです。遠路、お疲れ様です」

 

 ラドル司令官はタリア艦長と握手し、これからの戦いについて、話し合いを始めた。
 現在、地球連合軍はガルナハンに基地をつくり、マハムール基地とユーラシア西側のレジスタンスに睨みを利かせている。
 これによってスエズまでのラインを確保しており、同時にマハムール基地からジブラルタル基地までのラインを分断している。
 地球軍にとってガルナハン基地はスエズ確保のための重要拠点であり、それゆえの武装を固めている。
 攻めづらい地形で天然の要塞となっているガルナハン、その中で渓谷は比較的攻めやすいが、そのために陽電子砲が設置されている。
 まわりには反射装置(リフレクター)を装備したMAが配置され、一度目の攻撃は惨敗に終わったということだ。

 

「陽電子砲を弾き返すほどのリフレクター……強敵ですね」

 

 アスランはそう言うが、決して絶望的な口調ではない。対処法はあるはずだ。前回の戦いで、シンが絶望的状況を覆したように。
 アスランは戦いを恐れはしなかったが、何もできなかったあのときを思い起こし、自分の至らなさを悔しく思った。
 だから今度こそは、力を尽くしたいと思う。

 

「だが、ミネルバの戦力が加われば、あるいは……」

 

 ラドル司令官の台詞はお世辞ではなかった。今やミネルバは不沈を約束された、不敗の代名詞であり、ザフトの希望となっているのだ。
 自然にそうなったのではなく、そう宣伝した者がいるのだろう。某タヌキの顔がタリアの脳裏に浮かぶ。

 

「私たちに道作りをさせようってわけね……。まあいいわ。こっちもそれが仕事といえば仕事なんだし」
「では、作戦日時などはまた後ほどご相談しましょう。こちらも準備がありますし……ああそうだ。もう一つ。今回の援軍は、あなた方だけではないんですよ。いえ正確には私たちへの援軍ではなく、あなた方への援軍ということになりますか」
「それはどういう意味です?」
「ミネルバに新たなクルーが加わるということですよ。あなた方もよく知っている人間だとのことですが」
「よかったぜ、思い出してもらえて。このまま紹介なしだったらどうしようかと思ったぜ」

 

 新たな声が、その場に響いた。その声は確かに、タリアも、アーサーも、そしてアスランも聞き覚えのある声だった。

 

「よう! 久しぶりですね艦長。それにアーサー、アスランの兄ちゃん……はそう久しぶりでもないか」

 

 忘れようったって忘れられないキャラクターをしたその男を、もちろん三人とも憶えていた。彼は気取って挨拶する。

 

「ボンジュール。再びよろしく。ミネルバの方々」

 

 J.P.ポルナレフ、今再びミネルバに乗艦せり。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「それで、シンたちは元気かい兄ちゃん?」
「元気です……ところでその兄ちゃんというのはやめていただけます?」

 

 この後、現地協力員が来ることになっている。連合軍の支配に抵抗し、ザフトに協力を申し出ているガルナハン占領地の住民だ。
 彼らレジスタンスの持ってくる情報の内容によって、作戦を決めることになっている。それまでは待機だ。

 

「ポルナレフ教官!」

 

 ポルナレフを見たシンが声をあげる。

 

「よう! 元気そうだな」

 

 シンはポルナレフ以外には滅多に見せない、無邪気な笑みを浮かべて駆け寄る。

 

「なんでこんな所に?」
「ポルナレフさんは今回の作戦以降、ミネルバ配属となる。俺たちのチームのひとりとなるわけだ」

 

 シンの問いに、アスランが説明する。

 

「お前と一緒に兄ちゃん、いやアスランの下につくことになるな」

 

 ポルナレフはそう言うが、アスランとしては自分より遥かに戦闘経験豊富で、精神的にも強い人間を部下にするなど気が重くなる。
 ポルナレフに勝てると自信を持って言えるのは、MS操縦の腕くらいか。

 

「ま、これからもよろしくな!」
「はい!!」

 

 笑顔を向け合うシンとポルナレフ。その側で、アスランはやや暗い顔をしていた。
 恐竜の群れに単身立ち向かったシン。その師たるポルナレフ。この二人の上司として、自分は足る人物だろうか。思い悩まずにはいられないアスランだった。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 その後、レジスタンスの連絡員が到着したという連絡が入り、シンやポルナレフ、レイ、ルナマリア、形兆はブリーフィングルームに集まっていた。

 

「ふうん。じゃあアスランとはうまくやってんのか?」
「まだ着任から大してたってないですけど、不満はないですね。メイリンなんかは玉の輿を狙っているみたいですよ」
「メイリンはミーハーだからなぁ。隊長はトップエリートで歳も近いし、狙い目と言えば狙い目だけどさ」

 

 ポルナレフとシンとルナマリアがお喋りする横で、レイと形兆は相変わらず無言で通している。
 そうしているうちに、アーサーとアスラン、そしてまだ中学生程度の少女が入室してきた。
 茶色の髪を後ろで結んでおり、気の強そうな顔をしている。

 

「子供じゃん」
「何か、いつかの家出娘を思い出すな」

 

 シンとポルナレフは思ったことをそのまま口に出す。それを聞いたらしく、少女は唇を引きつらせ、きつい目つきで二人を睨んだ。
 子供だの家出娘だの言われて、気に触ったらしい。
 そしてアーサーたちが前に立ち、作戦の説明を始める。

 

「さあ、いよいよだぞォ。ではこれより、『ガルナハン・ローエングリンゲート突破作戦』の詳細を説明する」

 

 ローエングリンとは、地球連合軍の陽電子砲の名称だ。ミネルバのタンホイザーも原理は同じである。
 ちなみにローエングリンもタンホイザーも、共にワーグナーによって作曲された歌劇の名である。
 相反する二つの軍が、共通するものがある名称をつけるとは面白い偶然もあったものである。

 

「だが知っての通り、この目標は難敵である。以前にもラドル隊が突破を試みたが、あー……結果は失敗に終わっている。そこで今回は……アスラン」
「え?」
「代わろう。どうぞ、あとは君から」
「あ、はい」

 

 作戦説明の主役の座を譲ったのか、アーサーはアスランに説明を任せる。アスランは部屋を暗くし、大型モニターに俯瞰図を投影する。細長く曲がりくねった渓谷をポイントしながら、アスランは説明する。

 

「ガルナハン・ローエングリンゲートと呼ばれる渓谷の状況だ。この断崖の向こうに町があり、そのさらに奥に火力プラントがある。こちら側からこの町にアプローチ可能なラインは、ここのみ」

 

 次に、町の手前に一際高く聳える岩山の上を指し示す。

 

「が、敵の陽電子砲台はこの高台に設置されており、渓谷全体をカバーしていて、どこへ行こうが敵射程内に入り、隠れられる場所はない」

 

 アスランのスムーズな説明を、アーサーは感心したように聞いていた。
 実は彼には説明できなかったから、アスランに役目を押し付けたのだろうかと、シンたちは疑ってしまう。

 

「超長距離射撃で敵の砲台、もしくはその下の壁面を狙おうとしても、ここにはMSの他にも陽電子リフレクターを装備したMAが配備されており、有効打撃は望めない。君たちは、オーブ沖で同様の装備のMAと遭遇したということだが?」

 

 アスランがシンに視線を向けて言う。

 

「はい」
「へえ、どんなんだった?」
「どんなんと言われても……えーと、蟹?」
「カニ?」

 

 脱線しそうなシンとポルナレフの会話を断ち切るように、アスランは解説を続ける。

 

「そこで、今回の作戦だが……」
「そのMAをぶっ飛ばして、砲台をぶっ壊し、ガルナハンに入ればいいんでしょ?」

 

 シンはアスランを遮り、からかうように言う。

 

「おう、シンプルでいいな。それ」

 

 シンの後ろの席に座るポルナレフは、本気か冗談か、シンの言葉に賛同する。
 シンの両隣に座っているルナマリアとレイが、問題児二人の態度にため息をついた。
 ポルナレフの右隣にいる形兆は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

 

「それはそうだが、俺たちは今、どうしたらそうできるかを話してるんだぞ、シン、ポルナレフさん」
「やれますよ。やる気になれば」

 

 シンが調子に乗って言う。

 

「ほーう、じゃ、やってくれるか?」

 

 アスランは人の悪い笑みを浮かべながら続けた。

 

「俺たちは後方で待っていればいいんだな? 突破できたら知らせてもらおうか」
「えっ? あ、いや、それは……」

 

 シンは、予想外のアスランの仕返しに、言葉を失ってしまう。隣にいるルナマリアが笑うのを聞いて、シンは彼女を睨みつけた。

 

「馬鹿、こういうときはこっちも『お任せください』って言うんだ。そうすりゃ今度は向こうから止めてくるから」
「ポルナレフさん……悪いことを教えないでください」

 

 アスランは呆れた声をあげてから、説明を再開する。

 

「もう馬鹿な話はこのくらいにして……ミス・コニール」
「あっ、はい」

 

 蔑みの視線でシンを見ていた少女は、アスランに呼ばれて慌てて返事をする。

 

「彼がそのパイロットだ。データを渡してやってくれ」
「ええっ!! こいつが!?」
「そうだ」

 

 コニールは不躾にじろじろとシンを見る。そんな少女の態度に、シンも機嫌を害する。

 

「……何だよ?」

 

 だが、コニールはシンを無視して、アスランに訴えた。

 

「この作戦が成功するかどうかは、そのパイロットに懸かってるんだろう? 大丈夫なのか? こんな奴で」
「なんだと?」

 

 シンは声を荒げる。ポルナレフは、『この生意気具合、やっぱあの万引きのガキと通じるものが……』などと呟いていた。

 

「ミス・コニール……」

 

 アスランはコニールを宥めようとするが、彼女はなおも訴え続けた。

 

「隊長はアンタなんだろ!? じゃ、アンタがやった方がいいんじゃないのか? 失敗したら町のみんなだって、今度こそマジ終わりなんだから!」
「このガキ、年上に向かってそういう態度はなぁ」

 

 シンはついに立ち上がり、コニールに詰め寄ろうとする。

 

「シン! ミス・コニールも!やめろ!」

 

 両者を諌めようと、アスランも声を荒げる。そこへ、アーサーのどこかのどかな調子の声が割り込んだ。

 

「ああ、なるほど。アスランかぁ。いや、それは考えてなかったなぁ…でもなぁ」
「アーサー……お前のそういう気楽なトコは嫌いじゃねえけどさ、もうちょっと空気読めるようにしようぜ?」

 

 彼はしきりに頭をひねっており、かなり真剣に悩んでいるようだった。さすがのポルナレフも突っ込みを入れる。
 アスランは精神的に疲れながらシンに命じる。

 

「はあ……シン、とにかく座れ」

 

 シンは不承不承席に戻った。そしてアスランは表情を和らげ、コニールに話しかける。

 

「……彼ならやれますよ。大丈夫です。だからデータを」

 

 コニールはしばらく躊躇っていたが、やがて意を決したのか、アスランにデータディスクを預けた。
 アスランはシンに歩み寄ると、ディスクを差し出す。

 

「シン、坑道のデータだ」
「坑道?」

 

 まだ表情は面白くなさそうだが、シンはディスクを受け取った。
「ミス・コニールからの情報によると、目標の陽電子砲台付近に抜ける坑道がある。お前のインパルスの分離形態なら、ギリギリ通れるくらいの広さがある。俺たち主力部隊が、正面から仕掛けて敵を引きつけている間に、坑道を抜けたインパルスが砲台を破壊するんだ」
「ふうん……けど俺でいいんですか? あんたじゃなくて」

 

 やや挑戦的にシンが言う。ミネルバの一員としては認めつつも、アスランへのライバル意識は強い。
 新時代のエースとしては、アスランは乗り越えるべき壁なのだ。

 

「インパルスの操縦だけなら、お前が一番うまいだろう。お前ならできるさ」

 

 アスランはシンを褒めながらも、言外にインパルス以外での操縦は自分の方が上だと、匂わせた。シンはニイッと笑って、

 

「わかりましたよ。やってやります」
 アスランはこの責任重大の仕事を、笑って引き受けるシンに内心感心する。

 

(やれやれ、やっぱりこいつの上司をやるのは、楽じゃないな)

 

 そしてブリーフィングは終了し、作戦を始めるために各部隊のパイロットたちは部屋を出て行く。
 シンも部屋を出ようとしていたのだが、入り口まで来た所で視線に気づく。コニールが険しい表情で彼を睨みつけていた。

 

「何だよ? まだ文句があるのか?」

 

 シンは喧嘩腰でコニールに言う。この辺まだまだシンも子供である。

 

「まあまあシン、落ち着けよ」

 

 ポルナレフがシンを止めようとしていると、コニールは口を開いた。

 

「前に……ザフトが砲台を攻めた後、町は大変だったんだ。それと同時に、町でも抵抗運動が起きたから」

 

 シンは目を見開いて、思いつめた表情で語るコニールを見つめる。

 

「地球軍に逆らった人たちは、滅茶苦茶酷い目に遭わされた! 殺された人だってたくさんいる! 今度だって、失敗すればどんなことになるか判らない……だから、絶対やっつけて欲しいんだ、あの砲台! 今度こそ!」

 

 彼女は目を上げ、縋るようにシンを見て叫んだ。その目は涙に潤んでいる。

 

「だからっ……頼んだぞ!」

 

 少女の震える肩に、アスランがそっと手を置き、連れて行く。こうした気遣いは、アスラン以外のクルーにはできないことだ。
 シンは彼女の小さな背中を見つめながら、手の中のディスクの重さを思い知っていた。
 この作戦に懸かっているのは、ザフト部隊の勝敗だけではないのだ。
 コニールの目には、戦いを前に馬鹿話をしていたシンたちが、さぞふざけているように見えたことだろう。それは彼らの精神的タフさのなせる業なのだが。

 

「……やるしかねえな」
「ええ」

 

 ポルナレフがここに来て初めて真剣な表情で言う。その鉄をも貫きそうな鋭い眼光は、さっきまで馬鹿話に興じていた男のものとは思えない。

 

(成功させる……必ず!)

 

 シンは拳を握り締めて誓う。コニールたちを襲う理不尽を、必ず叩き潰すことを。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

 ガルナハン基地の司令官は面白くなかった。その原因は、数日前からここに配属された、ブードゥーキングダムの人間にある。
 その男自身の有能さは噂に流れている。護衛としては超一流で、多くの要人を暗殺から危機一髪で守ったことが、一度や二度ではない。 MSでの戦闘も中々のものだという。行動も控えめで偉そうに振舞うこともない。
 それでも司令官にとっては自分の権力が及ばない人間が、自分の基地にいることだけで苛立たしいのだ。
 そんなとき、彼の耳にザフトの部隊が攻撃を仕掛けて来たという知らせが入る。
 司令官は懲りない奴らだと嘲りながら、応戦の命令を下した。
 しかし、攻撃を受けていることをブードゥーキングダムの男には知らせなかった。ここは彼らの場所であり、余所者の出る幕はないのだ。

 

   ―――――――――――――――――――――――

 

「シン・アスカ、コアスプレンダー、行きます!」

 

 シンが出撃していく。普通ならすぐさま部品を合体させ、MSの形態になるのだが、今回はそうはしない。
 コアスプレンダーは岸壁に開いた狭い裂け目に飛び込んでいった。誘導されるチェストフライヤー、レッグフライヤーが後に続く。
 シンはこの裂け目から抜け穴を通って、敵基地に奇襲をかけるのだ。

 

「それまでせいぜいこっちは囮役を務めにゃな」

 

 ポルナレフは教え子の活躍に期待し、自分も出撃開始した。

 

「J.P.ポルナレフ、グフチャリオッツ、行くぜぇッ!」

 

 グフイグナイテッドを大規模に改造し、もはや別物となった銀色の機体が躍り出る。

 

「さあ、どっからでもかかって来な!!」

 
 

TO BE CONTINUED